がんばれ、アックス ミステリー

「アックスが負けたら、負けるたびに人を一人殺す」。  プロ野球・名古屋ゴールドアックスの代打の切り札・岸辰彦(27)は、地道にチームに貢献していた。警視庁の刑事・内藤竜二(45)は、東京で発生した連続殺人事件の捜査に行き詰っていた。  名古屋と東京。野球とミステリー。表と裏。二つの物語はやがて交わり……。
マヤマ 山本 41 0 0 04/28
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第一稿

<登場人物>
岸 辰彦(27)アックスの選手
内藤 竜二(45)刑事
蛭間 陽子(23)同
麻田 一巳(44)同、管理官
塩屋 勇気(27)被害者遺族
岸 美幸(29) ...続きを読む
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<登場人物>
岸 辰彦(27)アックスの選手
内藤 竜二(45)刑事
蛭間 陽子(23)同
麻田 一巳(44)同、管理官
塩屋 勇気(27)被害者遺族
岸 美幸(29)岸の妻
染田 俊平(27)アックスの選手
渡辺 総一(22)同
石橋 直樹(30)同
花(21)焼き肉屋の店員
大田 浩樹(61)野球解説者
小野(64)アックスの監督
屋代(52)アックスの球団社長
選手A
選手B
選手C
コーチ
アナウンサー
刑事A
DJ 声のみ
審判 声のみ



<本編>
○名古屋城・外観

○株式会社ゴールド・外観
   大きな自社ビル。

○同・球団社長室
   受話器を持つ屋代(52)。
ボイスチェンジャーの声「名古屋ゴールドアックスの球団社長に告ぐ。お前のチームが負けたら、負けるたびに人を一人殺す」

○ボールパーク名古屋・外観
   メジャーリーグの球場のような外観。「名古屋ゴールドアックス ー 広島アドベンチャーズ」と書かれた看板。
ボイスチェンジャーの声「脅しではない、本当に殺す」

○同・ベンチ裏
   大きな鏡のある、ウォーミングアップ用の部屋。
ボイスチェンジャーの声「この話は、すぐにマスコミに公表しろ」
   黙々と素振りをする岸辰彦(27)。岸の元にやってくるコーチ。
コーチ「岸、出番だ」
   コーチに続いて部屋を出る岸。
DJの声「名古屋ゴールドアックス、ここでメンバーチェンジ」

○同・グラウンド
   ベンチを通り、グラウンドに出る岸。
DJの声「バッター、谷田部に代わって、タツヒコ〜キシ〜」
   まばらな観客と歓声。肩を落とす岸。
   二点差でアックスが負けている事を示すスコアボード。
   ネクストバッターズサークルにいる染田俊平(27)。
岸「もっとこう、主役の登場を盛り上げてくれないもんかね〜」
染田「へぇ、お前が主役だったのか。知らなかったぜ」
岸「なら、覚えとけ」
染田「じゃ、このワンナウトでランナー三塁って場面、主役のお手並み拝見だな」
   打席に立つ岸。
   相手投手が投げ、岸が打つ。
   大きくバウンドしたショートゴロ。相手の遊撃手が捕球し、一瞬迷うも一塁へ送球しアウト。
   その間に三塁ランナーがホームイン。
   スコアボードに一点が刻まれる。
   ベンチに戻ろうとする岸。途中で打席に向かう染田とハイタッチ。
染田「さすが主役、点の取り方が違うぜ」
岸「褒め言葉として受け取っておくよ」
染田「おかげでツーアウト、ランナーなしだけどな」
岸「気楽に行ってこいや。打てなくたって、命取られる訳じゃねぇんだからさ」
   軽く手を挙げ、打席に向かう染田。
   ベンチに戻り、チームメイトとハイタッチする岸。
岸「(盛り上げるように)ヘイヘイ、野球は最後のアウト取られるまで終わらねえぞ」

○マンション・外観(朝)

○同・岸の部屋・ダイニング(朝)
   朝食の並んだテーブルを囲む岸と岸美幸(29)。岸の読んでいるスポーツ新聞にはアックスが敗戦した旨が記載されている。
岸「昨日は惜しかったんだけどな〜」
美幸「負けに惜しいも何もないでしょ」
岸「でもさ、一〇点差で負けんのと一点差で負けんのとは、やっぱり違う訳よ」
美幸「でも、負けは負け。『絶対に勝つぞ』っていう気持ちが、一点分足りなかったって事なんじゃないの?」
岸「お言葉ですけどね、美幸さん。世の中には……」
美幸「世の中には『絶対』という事はない。『絶対』とは神にしか使えない言葉だ。でしょ?」
岸「よくおわかりで」
   再び新聞に目をやる岸。紙面をめくると東京で起きた殺人事件の記事。

○メインタイトル『がんばれ、アックス』

○東京スカイツリー・外観

○小竹署・外観
   「警視庁 小竹警察署」の文字。

○同・捜査本部・前
   「練馬区刃物使用連続殺人事件捜査本部」と書かれた紙が貼ってある。
   その前に立つ内藤竜二(45)。
内藤「『連続殺人事件』ねぇ。二時間ドラマじゃあるめぇし」
   部屋から出てくる蛭間陽子(23)。
陽子「内藤さん、ここにいたんスか」
内藤「おう、何か用か? ヒヨッコ」
陽子「陽子っス。中入んないんスか? もうすぐ始まるんスけど、捜査会議」
内藤「関係ねぇよ。俺帰るし」
陽子「そうっスか、帰るんスか。……って、え、帰るんスか?」
内藤「当たりめぇだろ。俺はな、会議が嫌いなんだよ」
陽子「嫌いだから、って。普通、そんな理由通用しないっスよ? っていうか、会議に出ないで帰るなら、内藤さんは今日一体何しにここに来たんスか?」
内藤「決まってんだろ。ただの顔見せだよ」
   そのまま立ち去る内藤。
陽子「自由人だな〜」

○同・同・中
   捜査会議が行われている。
   席に座る陽子ら捜査員達。
   その捜査員達に向かい合う席に座る麻田一巳(44)、立ち上がる。
麻田「今回の被害者は新倉和彦、三九歳、独身。職業はフリーのスポーツライター。傷跡から見て、犯人はおそらく身長一八〇センチ以上の左利き、凶器は刃渡り二〇センチ程度と推測される。そしてコレが現場に(強調するように)げ、ん、じょ、う、に残されていたメッセージだ」
   スクリーンに映し出される「二番 サード 新倉和彦 アウト」と書かれている紙。

○警視庁・捜査一課
   席に座り、捜査資料を読む内藤。そこには「一番 キャッチャー 塩屋政治 アウト」「二番 サード 新倉和彦 アウト」と書かれたメッセージのコピーが掲載されている。
   その脇でノートを読む陽子。
陽子「推定される犯人像、凶器の形状、そしてこのメッセージ。以上の共通点から、この二つの事件が同一犯による連続殺人事件である可能性は極めて高い。(ノートを閉じて)というのが、捜査本部の考えっス」
内藤「(資料を手に持ち)んな事は、コレ読めばわかんだよ。俺が聞きてぇのは、お前の意見だ。ヒヨッコ」
陽子「陽子っス。自分の意見は……まぁ、捜査本部の考え通りじゃないっスかね。二つの事件には共通点も多いし、何よりあのメッセージっスよ。あれは公表されてない、犯人にしか知り得ない情報なんスから」
内藤「なるほど。なら、二つの事件の相違点についてはどう説明する?」
陽子「相違点……殺された場所と、遺体の発見現場っスか?」
内藤「確か、一件目の事件では殺害現場も遺体発見現場も被害者宅で一致しているが、二件目の殺害現場は不明、だったよな?」
陽子「(ノートを開いて)そうっスね。少なくとも、遺体が発見された公園でない事は確かみたいっス。でもそれだけじゃ……」
内藤「それだけじゃねぇ。殺害方法もだ」
陽子「え? 両方とも胸を刃物で一突きっスけど」
内藤「一件目はな。二件目はそれプラス、手足を縛っていた痕跡がある」
陽子「確かに、そうっスね」
内藤「他にも、二つの事件の間にある三日間の空白の意味もわからねぇし、何より被害者二人の接点が見えてこねぇ」
陽子「じゃあ、内藤さんはこの二つの事件は全く別ものだと思ってるんスか?」
内藤「いや、連続殺人だろ」
陽子「は?」
内藤「二つの事件には共通点も多いし、何よりあのメッセージだ。あれは公表されてない、犯人にしか知り得ない情報だからな」
陽子「それ、自分が言ったまんま……」
内藤「さて、うだうだ言ってねぇで、さっさと捜査に行くぞ、ヒヨッコ」
陽子「陽子っス。……ったく」

○走っている車

○車内
   運転する陽子と助手席に座る内藤。メッセージのコピーを見ている内藤。
陽子「あの、気になってたんスけど、犯人は何で野球のアウトに例えたんスかね?」
内藤「さぁな。ただ、野球のアウトは漢字じゃ『死』って書くんだよ。『一死一塁』とか『二死満塁』みたいにな。逆に、守備側がアウトを取る事を『殺す』とも言うな。『捕殺』『刺殺』『併殺』ってな」
陽子「そうなんスか。って事は、このメッセージは『塩屋政治は死んだ』。あるいは、『新倉和彦を殺した』って意味なんスね」
内藤「単純に考えればな。ただ、もっと深い意味が含まれてる可能性もゼロじゃねぇ」

○塩屋邸・外観
   一般的な一軒家。
   「塩屋」と書かれた表札。
   家の前に内藤達の車が停まっている。

○同・リビング
   一八〇センチを超す長身の男、塩屋勇気(27)に案内され、やってくる内藤と陽子。
   テーブルの上に食べかけのカップ麺。箸は持ち手が右側を向いている。
陽子「お食事中でしたか、失礼しました」
塩屋「いえいえ、お気になさらず」
内藤「塩屋さんはもう独り立ちされて、こちらにお住まいではないんですよね?」
塩屋「えぇ、片付けなどもありますので、職場には休みを貰って、ここに。……それより、父の事で何かわかったんですか?」
陽子「実は(新倉の写真を見せて)この男性なんスけど、ご存知ありませんか?」
塩屋「う〜ん……。ちょっと見覚えないですね。この人が犯人なんですか?」
陽子「いえ、殺されました。おそらく、お父様の事件と同一犯っス」
塩屋「そうですか……」
陽子「それで今、二人の被害者の接点を捜査しているんスけど、お父様のお部屋、調べさせて頂く事はできますか?」
塩屋「はい、もちろんです。犯人逮捕に繋がるのであれば、喜んでご協力します」
陽子「ありがとうございます。じゃあ内藤さん、早速……」
   既に階段を上っている内藤。
陽子「早っ」

○同・政治の部屋
   写真立てに飾られた、政治と小学生時代の勇気が並んでバットを構えている写真。
   机や棚など、引き出しという引き出しを開けて調べている内藤と陽子。
陽子「全然っスね。新倉との接点なんて影も形もないっスよ。そっちはどうっスか?」
内藤「まぁ、多少は収穫有りだな」
陽子「え? マジっスか?」
   内藤の元に来る陽子。
   手元の写真を陽子に見せる内藤。
   政治の高校時代の写真。場所は甲子園球場、野球のユニフォーム姿でグローブを手にしている。
陽子「あ、これ甲子園じゃないっスか」
内藤「問題はそこじゃねぇ。(グローブを指し)見てみろ。キャッチャーミットじゃねぇだろ?」
陽子「はぁ……、それが、何か?」
   メッセージのコピーを見せ、「キャッチャー」の部分を指差す内藤。
内藤「つまり塩屋政治はキャッチャーじゃねぇ。このメッセージに書いてあるポジションは、そんな単純じゃねぇみてぇだな」
陽子「っていうか内藤さん、ずっとソレ探したんスか?」
内藤「んな事ねぇよ。ホレ、名刺ホルダー」
   内藤から名刺ホルダーを受け取る陽子。中には多数の名刺。
陽子「まさか、この中に新倉の名刺が……」
内藤「ねぇよ。さっき全部確認した」
陽子「何スかそれ」
内藤「とりあえず塩屋の息子に言って、それ持って帰れ」
陽子「はいはい」

○警視庁・外観(夜)

○同・捜査一課(夜)
   テレビでプロ野球中継(アックス対東京ライノス)を観ている内藤。そこにやってくる陽子。
陽子「内藤さん、聞いてきたっスよ。新倉側の捜査でも、結局塩屋との接点は見つからなかったみたいっス」
内藤「(テレビを観ながら)そうか」
陽子「ただ一つだけ、二人の共通点が見つかったんスよ」
内藤「(陽子に視線を移し)何だ?」
陽子「(ドヤ顔で)二人とも高校時代、甲子園に出場した事があるんスよ」
内藤「他には?」
陽子「他、って何スか?」
内藤「色々あるだろ。何回戦まで勝ち進んだとか、何本ヒット打ったとか」
陽子「すいません、そこまでは……」
内藤「(テレビに視線を戻して)ったく、それくらい調べとけ」
陽子「でも『甲子園出場』だけでも、十分な共通点じゃないっスか?」
内藤「あのな、春夏合わせりゃ毎年延べ一五〇〇人が甲子園のベンチに入ってんだぞ? ましてや塩屋と新倉は年代も被ってねぇ。そんなんで共通点なんて言わねぇよ」
陽子「すいません……。あ、あと新倉についての追加情報っス。野球専門のライターで日米問わず、プロアマ問わず、ガセは飛ばさずに野球界の闇を暴く、業界内では評判の良いライターだったみたいっス。フリーになる前は週刊真報の記者で……」
内藤「(ライノスにランナーが出て)よし」
陽子「ちょっと内藤さん、聞いてんスか?」
内藤「黙ってろ。今いい所なんだからよ」
陽子「野球ねぇ。(テレビ画面を見て)東京ライノス対名古屋ゴールドアックス……で内藤さんはどっち応援してるんスか?」
内藤「東京都民なんだから、ライノスに決まってんだろ。それがこんな格下に負けたりしたらお前……」
   テレビ画面。ホームランを打つライノスの選手。
内藤「よし、逆転サヨナラ。こりゃ、今日も美味い酒が飲めそうだぜ」
   帰ろうとする内藤。
陽子「え、ちょっと、こっちの話はまだ終わってないんスけど〜」

○河原(朝)
   高崎成美(67)の遺体がある。
   サイレンの音。

○小竹署・外観

○同・捜査本部・中
   捜査会議が行われている。それぞれの席に着く陽子、麻田ら捜査員達。
麻田「これで被害者は三人目だ。警察の威信にかけて、犯人を捕まえねばならない。かくなる上は、俺も直接現場に赴く所存だ」
   ざわつく捜査員達。
   周囲の幹部達にたしなめられる麻田。
麻田「……え〜、とにかく、何でもいい。何か情報はないのか?」
刑事A「(恐る恐る手を挙げて)あの……」
麻田「何だ?」
刑事A「事件に関係あるかどうかはわかりませんが、ちょっと気になる話が……」
麻田「言ってみろ」

○走る新幹線

○新幹線・車内
   並んで座る内藤と陽子。
陽子「今回の被害者は高崎成美、六七歳。学校法人栄海学園高等学校の理事長っス。犯人像や殺害方法も同じっスね。ただ、一週間前から行方がわからなくて、家族から捜索願が出されていたみたいっス」
   メッセージのコピーを見ている内藤。「三番 センター 高崎成美 アウト」と書かれている。
内藤「こいつ、センター守ってた事は?」
陽子「ないっス。っていうか、今回とうとう甲子園出場者どころか、野球経験者ですらなくなっちゃったんスよね」
内藤「んな事だろうと思った。まぁ、栄海学園って言えば、昔は甲子園の常連だったけどな」
陽子「そうなんスか?」
内藤「一〇年以上前の話だ」
陽子「そうっスか。で、報告は以上なんスけど、まだ質問ありますか?」
内藤「ある」
陽子「何スか?」
内藤「俺は何で新幹線に乗ってるんだ?」
陽子「だから、この事件に関して……」
内藤「そうじゃなくて、何でそれを調べに行くのが俺とヒヨッコなんだ?」
陽子「陽子っス。それは……まぁ、一言で言えば、体よく押し付けられたからっスね」
内藤「ったく。次何か言われたら、そん時はちゃんと断れよ」
陽子「自分で断ればいいじゃないっスか。ちゃんと会議に出て」
内藤「断る。だが、断れ」
陽子「(小声で)……理不尽」

○株式会社ゴールド・外観

○同・球団社長室
   自動車の模型や写真が飾られた室内。
   ソファーに座る内藤と、模型や写真を興味深そうに見ている陽子。
陽子「うわ〜、超かっけ〜。(内藤に)さすが大手自動車メーカーって感じっスね」
内藤「興味ねぇな」
   部屋に入ってくる屋代。
屋代「お待たせして申し訳ありません。会議が少々長引きまして」
内藤「(小声で)だから会議は嫌いなんだ」
    ×     ×     ×
   机の周りに立つ内藤、陽子、屋代。
   机にはパソコンが置いてある。
屋代「では、行きます」
   パソコンのボタンを押す屋代。
ボイスチェンジャーの声「名古屋ゴールドアックスの球団社長に告ぐ。お前のチームが負けたら、負けるたびに人を一人殺す。脅しではない、本当に殺す。この話は、すぐにマスコミに公表しろ」
屋代の声「どういう事ですか? 貴方は一体……」
   電話の切れる音。
屋代の声「もしもし? もしもし?」
   停止ボタンを押す屋代。
陽子「この電話があったのが、八月二三日の金曜日。間違いないっスね?」
屋代「えぇ、間違いないです」
陽子「(内藤に)最初の殺人があった前日っス。内容も含めて、いかにも『怪しい電話』って感じっスよね」
内藤「偶然の一致かもしれねぇ」
陽子「でも、実際……?」
屋代「東京で連続殺人が起きた日と、ウチのチームが負けた日が一致するんです」
陽子「(内藤に)じゃあ、やっぱり……」
内藤「まだ、偶然かもしれねぇ」
陽子「はぁ……。(屋代に)すみません。えっと、何か、他には……?」
屋代「あと、こんなものも届いてまして」
   陽子に紙を見せる屋代。
陽子「(驚いて)内藤さん、コレ……」
内藤「ん?」
   陽子の持つ紙を見る内藤。
   「三番 センター 高崎成美 アウト」と書かれたメッセージ。
陽子「これは……」
内藤「さすがに、偶然じゃなさそうだな」
   窓の前に立つ内藤。
内藤「名古屋ゴールドアックス、か……」
   窓の外から見える野球場。

○同・同(夜)
   誰もいない部屋。
   部屋の窓から見える野球場。照明が付いている。

○ボールパーク名古屋・グラウンド(夜)
   スタンドに入るボール。
   悠々とベースを回るアックスの外国人選手、オズボーン(35)。
   ベンチで喜ぶ岸らアックスの選手達。
岸「ナイバッチ、オズちゃ〜ん!」

○焼き肉屋・外観(夜)
岸の声「それでは、今日の勝利を祝って」

○同・中
   座敷席でテーブルを囲む十名程度のアックスの若手選手達。岸や染田、石橋直樹(30)がいる。
一同「乾杯!」
   それぞれ飲み物を口にし、誰からとも無く拍手が起こる。
岸「え〜、今日は若手主体の決起集会という訳で、大いに食べて、大いに飲んで。お代は全部、石橋さん持ちだから」
染田「ごちそうさまで〜す!」
石橋「え、俺かよ。(財布を見ながら)お前ら、自重しろよ?」
   ウーロンハイ(と見せかけたウーロン茶)を一気に飲み干す岸。
   盛り上がる一同。
岸「お代わり!」
石橋「岸、お前聞いてんのか」
   席にやってくる渡辺総一(22)と店員姿の花(21)。
花「お連れの方いらっしゃいましたよ〜」
岸「おう、ナベ。悪いな、先に始めてた」
染田「遅れてくるとは、さすが大エース様は違うぜ」
渡辺「すみません。マッサージ受けるのがルーティンなもんで」
岸「まぁまぁ、来てくれただけで十分だよ。何飲む?」
渡辺「じゃあ、オレンジジュースを」
岸「花ちゃん、オレンジジュース一つと、ウーロンハイのお代わり一つね」
花「はい、かしこまりました」
   その場を去る花。
染田「オレンジジュースって、お子様の飲み物だぜ?」
渡辺「酒は飲まない事にしてるんで」
岸「まぁまぁまぁ、飲まない奴は無理して飲む必要ないからな。その分食って、精出して。お代は全部、石橋さん持ちだから」
石橋「だーかーらー」
岸「さてと、ちょいとトイレ(と言って立ち上がる)」
染田「おいおい、もうダウンか? いくら何でも早すぎだぜ?」
岸「小便だよ。あ、肉来たら焼いといてな」
   座敷席を離れる岸。店内を歩く花に近づく。
岸「花ちゃん」
花「はい、何ですか?」
岸「さっき頼んだウーロンハイなんだけど」
花「いつも通り、ですよね?」
岸「さすが花ちゃん。よろしく」

○マンション・外観(朝)

○同・岸の部屋・寝室(朝)
   ベッドが二つある部屋。
   その片方のベッドで寝ている岸を起こす美幸。
美幸「タッちゃん、ちょっと起きて。お〜い辰彦、起きろ〜!」
岸「(目を覚まして)ん……どうかした?」
美幸「何か、変なニュースやってんだよね」
岸「変なニュース? 今じゃなきゃダメ?」
美幸「今じゃなくていいなら、わざわざ起こさない」
岸「そりゃそうだ」

○同・同・ダイニング(朝)
   ニュースを映すテレビ。麻田の記者会見の様子が流れている。
麻田「以上の共通点から、練馬区内での連続殺人事件と、名古屋ゴールドアックス脅迫事件の間には、何かしらの因果関係があるものとみて……」
   テレビを観ている岸と美幸。
岸「何だよ、コレ……」
美幸「ようするに、そういう事らしい」
岸「俺たちが負けたら人が死ぬ、って事?」
美幸「って言うより、もう死んでるって事でしょ」
岸「……」

○ボールパーク名古屋・外観

○同・グラウンド
   練習する選手達と、多数のマスコミ。
   対応に追われるユニフォーム姿の男、小野(64)。
   打撃練習中の染田。凡打を繰り返す。染田のゲージの裏に来る岸。
岸「どうした? フォームバラバラだぞ?」
染田「簡単に言ってくれるぜ。お前、ニュース見てねぇ訳じゃねぇだろ?」
岸「見てるに決まってんだろ。それに、仮に見てなくたって、嫌でも耳に入るから」
染田「だったらわかるだろ? この状況で落ち着くなんて、無理な話だぜ?」
   ゲージから離れる岸の元にやってくるスーツ姿の男、大田浩樹(61)。
大田「よう、岸君」
岸「あ、大田さん。ご無沙汰してます」
大田「大変な事になってるみたいだな。俺が現役の頃には考えられんよ、まったく」
岸「同感です」
大田「昨日もテレビでガツンと言ってやった所だよ。『自首しろ。警察からは絶対に逃げられない』ってな。ハッハッハ」
   別の選手の元に行く大田。
岸「世の中には『絶対』という事は……まぁそれどころじゃねぇ、か」
   グラウンドを見渡す岸。
   相変わらず凡打を繰り返す染田。
   ランニング中の渡辺、石橋ら。マスコミを気にしながら走る石橋。
   キャッチボールでボールをポロポロこぼす選手。
   マスコミに囲まれ戸惑う選手。
   そんな様子を見ている岸。
岸「(小声で)仕方ねぇな」
   自分の頬を叩き気合いを入れる岸。
岸「ヘイヘイ、どうした? マスコミが集まってるからって舞い上がってんのか?」
   岸に注目する選手やマスコミら。
岸「難しい事考えんなよ。俺達は野球をして試合に勝つ。やる事は今までと何にも変わんねぇじゃねぇか」
   染田と交代で打撃ゲージに入る岸。
岸「お願いします」
   打撃練習を始める岸。快音を連発。
岸「よっしゃ〜」
   その様子を見ている小野。小野の元にやってくる大田。
大田「監督、どうも。この度は大変な事になっているようで」
小野「おう、大田君か。昨日のテレビ観させてもらったよ。胸がスッとしたね」
大田「ありがとうございます。(岸を見て)ああいう選手がいると、監督も助かるでしょう」
小野「まったくだ」

○同・同(夜)
   試合が行われている。
   ベンチから身を乗り出し、声を張り上げる岸。
    ×     ×     ×
   ベンチの前でホームランを打った選手を出迎える岸。
    ×     ×     ×
   守備に出る選手達を送り出す岸。
岸「さて、そろそろかな……」
   ベンチ裏に下がる岸。
    ×     ×     ×
DJの声「名古屋ゴールドアックス、ここでメンバーチェンジ。バッター、宮武に代わって、タツヒコ〜キシ〜」
   ベンチから出てくる岸。
   まばらな歓声。
   ネクストバッターズサークルにいる染田の元に近づく岸。
岸「ワンナウトでランナー二塁、か。ヒットで同点、ホームランなら逆転。どっちがいい?」
染田「……」
岸「? 俊平?」
染田「え? あ、あぁ。俺の事は気にしねぇで、お前で決めてこいよ」
岸「あぁ。なるべく、そうする」
染田「なるべくじゃなくて、絶対だ」
岸「悪いけど、世の中に『絶対』なんて事は無いからな」
   打席に立つ岸。九回裏一死、一点差でアックスが負けている事を示すスコアボードを見る岸。

○(フラッシュ)マンション・岸の部屋・ダイニング(朝)
   テレビを観ている岸と美幸。
岸「俺たちが負けたら人が死ぬ、って事?」

○ボールパーク名古屋・グラウンド(夜)
   打席に立つ岸。余計な考えを頭から振り払うような仕草。
岸M「落ち着け。平常心、平常心」
   相手投手が投げる。見逃す岸。僅かに外れてボール。
岸M「よし、ボールは見えてる」
   相手投手が投げる。打つ岸。いい当たりだがファウル。
岸M「スイングも悪くない」
   相手投手が投げる。変化球にタイミングを崩される岸。
岸M「やべっ」
   それでも食らいつき、セカンドゴロ。その間にランナーは三塁へ。
DJの声「ネクストバッター、一番、セカンド、シュンペイ〜ソメダ〜」
   ベンチに戻る途中で、染田の元に行く岸。
岸「ランナー三塁、お膳立てしといたぜ」
染田「……俺に押し付けんなよ」
岸「え?」
染田「何で最後の最後、俺に回ってくるんだよ……」
岸「そんな事言わないで、気楽に行ってこいや。打てなくたって……。あ……」
   顔が引きつる染田。
岸「悪い……」
染田「……気にすんな」
   ガチガチのまま打席に立つ染田とベンチに戻る岸。
   ストライクに手が出ない染田。
岸「俊平、振れ! 手出せ!」
   ボール球を振り、空振り三振に倒れる染田。打席で立ち尽くす。
   染田を出迎える岸。無言で染田の肩を叩く岸。
染田「俺が打てなかったせいで、人が死ぬ」
岸「お前のせいじゃない。俺だって凡退した一人だ」
染田「お前はちゃんとランナー進めたじゃねぇか。俺は違う。俺は何も出来なかったんだぜ? 俺のせいだ。俺のせいで、人が死ぬんだ」
岸「落ち着けって」
染田「俺が殺した、俺が人を殺したんだ」
岸「落ち着け、俊平。少なくとも、まだ誰も死んでない」
染田「でも、これから死ぬんだ」
   ベンチに座り、肩を震わせる染田。

○マンション・外観(夜)

○同・岸の部屋・寝室(夜)
   ベッドで眠っている染田。
   その脇に立つ岸。部屋を出る。

○同・同・ダイニング(夜)
   寝室から出てくる岸。ソファーに座っている美幸。
美幸「どう?」
岸「よっぽど気ぃ張ってたらしいな。すぐに寝ちまったよ」
美幸「そう……」
岸「ごめんな、急に連れてきちゃって」
美幸「いいって。一人にしておく訳にもいかないし」
岸「(ソファーを指して)今日は俺がここで寝るから、美幸はベッド使いなよ」
美幸「いいよ、私がこっち使う。タッちゃんに風邪引かれたら、私は野球選手の妻失格だから」
岸「……わかった、ありがとう」
美幸「(テレビを見て)あっ」
   ニュース番組を映すテレビ。
アナウンサー「被害者は埼玉県在住の会社員、西岡剣さん、二七歳です。現場は……」
岸「西岡……?」
アナウンサー「警視庁では一連の連続殺人事件と同一犯と見て捜査を進めています」
   別のニュースに変わるテレビ画面。
   テレビから目を離す岸と美幸。
岸「西岡が、殺された……?」
美幸「知ってる人なの?」
岸「俺が高校の時のチームメイト……」
美幸「え?」
岸「嘘だろ。一体、何の関係があって……」
   無言になる岸と美幸。
   僅かに開いている寝室の扉。閉まる。

○同・外観

○同・岸の部屋・ダイニング
   ソファーに座る美幸。手には「ご迷惑おかけしました 染田」と書かれた紙を持っている。
   外から帰ってくる岸。
美幸「どうだった?」
岸「駄目だ、どこにも居ない。電話にも出ないし、どこ行ったんだか……」
美幸「ごめん、私気付かなくて……」
岸「気にしなくていいって。それは俺も同じなんだし。それより、まだ探してない所は……」
美幸「(時計を見て)いや、タッちゃんは行って。球場入りの時間だし」
岸「そうだけど……」
美幸「もしかしたら、ほら、染田君も球場に来てるかもしれないし。ね?」
岸「……ならいいんだけど」

○ボールパーク名古屋・外観
DJの声「さあ、一回の裏、名古屋ゴールドアックスの攻撃は」

○同・グラウンド
   打席に向かう選手。
DJの声「一番、ライト、カイセイ〜モチヅキ〜」
   ベンチにいる岸。中を見回す。染田の姿はない。
岸「(気を取り直すように)落ち着け〜、お前はやれば出来る子だぞ〜!」
    ×     ×     ×
   一対〇でアックスがリードしている事を示すスコアホード。
   マウンドに立つ渡辺。相手打者を三振に仕留める。ゲームセット。
   渡辺らをベンチ前で出迎える岸。
岸「さすがナベ、一点ありゃ十分ってか?」
渡辺「そんな訳ないじゃないですか。次はもっと援護して下さいよ」
岸「頼りになるぜ、この野郎」

○マンション・外観(夜)

○同・岸の部屋・ダイニング(夜)
   テーブルを囲む岸と美幸。
美幸「勝てて何より」
岸「まぁ、俺は今日は何の貢献もできなかったけどね」
美幸「毎日打てたら、とっくにレギュラーになってるでしょ。そんな事より、染田君は……?」
   首を横に振る岸。
美幸「そう……」
岸「どこに行っちまったんだか、アイツ」
   岸のスマホに着信。
岸「(スマホの画面を見て)ん? 球団事務所から? (電話に出て)はい岸です。お疲れさまです。……はい。……え!?」
美幸「(テレビ画面を指差し)タッちゃん」
   驚いて振り返る岸。
   ニュース番組を映すテレビ。「染田選手 自殺」と書かれたテロップ。
アナウンサー「名古屋ゴールドアックスの染田俊平選手、二七歳が自宅で首をつっている所を発見され……」

○葬儀場・外観(夜)
   雨が降っている。
   「故染田俊平儀葬儀式場」と書かれた看板。

○同・中(夜)
   染田の遺影が飾られている。
   喪服姿で参列する岸と美幸。その後ろには石橋、渡辺らナインもいる。

○マンション・外観(夜)
   雨が降っている。

○同・岸の部屋・ダイニング(夜)
   喪服姿のままソファーに座る岸。そこにやってくる美幸。
美幸「タッちゃん、もう寝ないと。明日朝一番で大阪でしょ?」
岸「あぁ」
美幸「告別式の方は私がちゃんと行くから。心配しないで」
岸「あぁ」
美幸「ちょっと、タッちゃん。ちゃんと聞いてるの?」
岸「……何で誰も俺を責めないんだよ」
美幸「え?」
岸「だって、俺のせいだろ? 俺があの時打ってれば、俺が余計なプレッシャーかけなければ、家に連れてきた俊平を、俺がちゃんと見てれば……」
美幸「……バカ」
   岸を抱きしめる美幸。
美幸「確かに、タッちゃんも悪かったかもしれない。でも、あの日打てなかったのは他の選手も同じ。プレッシャーをかけたのはマスコミも同じ。いなくなった事に気付かなかったのは私も同じでしょ? 少なくとも、タッちゃんだけが悪い、なんて事はないから。ね?」
   美幸の胸の中で泣く岸。

○大阪の球場・外(夜)
   球場の外から見える通天閣。

○同・グラウンド(夜)
   ベンチに飾られた染田の遺影とユニフォーム。
   アックスが大差で負けている事を示すスコアボード。
   沈んだ空気のベンチ。声をかけようとするも、言葉が出ない様子の岸。

○東京タワー・外観(夜)

○テレビ局・前(夜)
   複数の警察車両が停まっている。
   大田の遺体にかけられたビニールシートをめくり、傷口を見ている内藤。
内藤「こんなん放送したら、BPOに何言われるかわかったもんじゃねぇな」
   内藤の元にやってくる陽子。
陽子「内藤さん、被害者の身元なんスけど」
内藤「野球評論家の大田浩樹だろ?」
   ビニールシートをかけ直す内藤。
陽子「まぁ、有名人みたいっスからね。昨日もここで生放送のスポーツ番組に出てたらしいっス。で、出てきた所をグサリ」
内藤「最初は通り魔の犯行かと思われたが、コイツが残っていた、と」
   「七番 レフト 大田浩樹 アウト」と書かれた紙を手に持つ内藤。
陽子「大田はテレビ番組なんかで、今回の一連の事件の事、犯人の事、結構ボロクソ言ってたみたいっスね。それが犯人の怒りを買ったんじゃないか、って」
内藤「そんな単純な動機じゃねぇだろ」
陽子「え、何でっスか?」
内藤「(メッセージを指差し)野球には九番以降の打者はいねぇ。おそらく、九人目が殺されたらこの事件は終わる。その貴重な一人を、そんな衝動的には使わねぇだろ」
陽子「ってことは、大田はもっと以前から犯人に恨まれていた、って事っスか?」
内藤「まぁ、このオッサンのコメントは、いつも辛口だからな」

○小竹警察署・外観

○同・捜査本部・中
   捜査会議が行われている。それぞれの席に着く陽子、麻田ら捜査員達。
麻田「七件目だぞ、七件目。お前らは何をやっているんだ。もう我慢できん。お前らが指揮を執れ。俺が現場に行く」
   周囲の幹部達に説得される麻田。
麻田「とにかく、被害者と名古屋ゴールドアックスとの関係を中心に、マル暴絡みの野球賭博、無差別殺人の可能性も含めて、徹底的に捜査しろ。いいな!」

○住宅街
   並んで歩く内藤と陽子。スポーツ新聞を手に持つ内藤。「アックス3連敗」と書かれた見出し。
内藤「三連敗したからって、三日連続で人を殺すとは、律儀だねぇ」
陽子「おかげでコッチが追いつかないっスよ」
内藤「で、これから行くのは何番バッターの家だったっけ?」
陽子「五番セカンド、横村一郎っス。スポーツ用品店経営者で少年硬式野球チームの監督もしてたみたいっスね。で、これから行く場所は横村の自宅兼職場兼殺害現場兼遺体発見現場っス」
内藤「お、全部一緒なのか。助かるな……」
   立ち止まり、周囲を見回す内藤。
内藤「なぁ、ヒヨッコ」
陽子「陽子っス」
内藤「確か、一番バッターの家ってこの近くじゃなかったか?」
陽子「塩屋政治の家……そうっスね。割と近所っス。……それがどうかしたんスか?」
内藤「いや……塩屋と横村の接点が見つかったんじゃねぇか、って思っただけだ。まぁ、そんな話はもうとっくに捜査会議かなんかで出てるわな」
陽子「あぁ……捜査本部は今、被害者同士の接点なんかはあんまり気にしてないんで」
内藤「は? 聞いてねぇぞ?」
陽子「いや、渡した資料には書いてあるんで読めばわかるじゃないっスか」
内藤「あのな。俺が毎度毎度資料に目ぇ通してるなんて思うんじゃねぇぞ」
陽子「え、逆ギレっスか?」
内藤「もういい。帰るぞ。被害者同士の共通点を洗い直す」
   来た道を戻る内藤。

○警視庁・外観

○同・捜査一課
   ホワイトボードに貼られた七人の被害者の写真。その下にそれぞれの名前と職業を書いている陽子。
   椅子に座ってホワイトボードを見ている内藤。
陽子「(書き終えて)こんな感じっス」
内藤「パッと見はねぇな、共通点」
陽子「そうなんスよね」
内藤「前にお前が言ってたアレはどうだ?」
陽子「アレって何スか?」
内藤「言ってたじゃねぇか、甲子園出場者がどうとか」
陽子「あぁ。でもアレは結局全然関係なかった話で……」
内藤「俺は『調べとけ』って言ったよな」
陽子「はぁ、まぁ……」
内藤「お前の事だ。調べたんだろ?」
陽子「……途中までっスけど」
内藤「それでいい。調べてねぇ奴の分は、出場の有無と出身校だけでいいから、まとめて持ってこい」
陽子「わかりました」
   部屋を出ようとする陽子。
内藤「あ〜、ちょっと待て、ヒヨッコ」
陽子「陽子っス。何スか?」
   ホワイトボードに書いてある「福島博光」の文字。
内藤「福島博光……」
陽子「六人目の被害者っスね。どうかしたんスか?」
内藤「どっかで見た事ある名前だな」
陽子「まぁ、被害者の名前っスからね。今日も捜査会議で名前出てますし」
内藤「俺は会議には出てねぇぞ」
陽子「そういえばそうっスね」
内藤「福島、福島……あ、おい。塩屋の家から押収した名刺ホルダー、あれ持って来られるか?」
陽子「現物は無理っスけど、中身を記録した資料なら、多分」
内藤「じゃあ、先にそれも持ってこい」
陽子「……人使い荒いっスね」
   部屋を出る陽子。
    ×     ×     ×
   部屋に戻ってくる陽子。
陽子「内藤さん、出来ました」
   資料を内藤に渡す陽子。
内藤「ご苦労さん。で、どうだった?」
陽子「甲子園に関しては、出てたり出てなかったりバラバラなんスけど、一組だけ、共通点のある被害者がいました」
内藤「ほう、誰だ?」
陽子「四人目の被害者、西岡剣っス。甲子園には出てないんスけど、出身校が栄海学園高校でした」
内藤「栄海学園……三番目の被害者、高崎成美が理事長を務めていた学校か」
陽子「とりあえず、まずは二人繋がったんスね。内藤さんの方はどうっスか?」
内藤「あったぞ。福島博光の名刺だ」
   名刺ホルダーの中身を写した画像の貼付けられた資料とメッセージのコピーを並べる内藤。片や「栄海学園高等学校野球部強化担当 福島博光」と書かれた名刺、片や「六番 ファースト 福島博光 アウト」の文字。
陽子「塩屋政治が福島の名刺を持ってたって事は、これでまた二人繋がったんスね」
内藤「二人じゃねぇ」
陽子「え?」
内藤「塩屋と横村は家が近所だ。ましてや塩屋は親子で野球をやっている。横村のスポーツ用品店を利用してる可能性は高い」
陽子「繋がったのは、三人っスか」
内藤「三人でもねぇ」
陽子「え? あと誰っスか?」
内藤「よく見てみろ。福島の肩書き」
   名刺の福島の肩書きを見る陽子。
陽子「あ、栄海学園」
   ホワイトボードに書かれた福島の職業は「稲田高校野球部スカウト」。
陽子「転職してたんスね」
内藤「まぁ、どっちも都内の名門野球部スカウトだけどな。さて、これで調べる事はあと二つに絞られたな。残りの二人と、栄海学園の関係。それから……」
陽子「栄海学園高校と、名古屋ゴールドアックスとの関係っスね」
内藤「ただ、それが問題なんだよな」
陽子「何でっスか? 名門野球部って事は、栄海学園出身のプロ選手がいてもおかしくないじゃないっスか」
内藤「名門すぎんだよ。監督コーチ含めりゃ栄海出身者が各球団に二、三人いてもおかしくねぇ」
陽子「へぇ。そんなに凄い名門が、どうして今は落ちちゃったんスかね」
内藤「色々あったんだよ」
陽子「色々っスか」
内藤「まぁ、いい。お前は一応、選手名鑑で栄海学園出身の選手、監督、コーチを調べとけ。アックス以外の球団もな」
   内藤の前にプロ野球選手名鑑を放り投げる陽子。
内藤「(選手名鑑を手に取り)何だこれ?」
陽子「自分は捜査本部に報告しないといけないんで、内藤さん、お願いします」
   部屋を出る陽子。
内藤「人使い荒ぇな。(選手名鑑を開いて)ったく、栄海学園、栄海学園っと……」
   選手名鑑の中に「栄海学園」の文字。
内藤「お、いたいた」
   選手名鑑に写る岸の写真。
内藤「岸辰彦か」

○ボールパーク名古屋・外観

○同・監督室
   ノックし、入ってくる岸。
岸「失礼します」
   向かい合って座る小野と内藤、陽子。
小野「(内藤と陽子に)彼が岸です。岸、こっちへ」
岸「はい。……あの、こちらの方々は?」
陽子「申し遅れました。(警察手帳を開き)私、警視庁捜査一課の蛭間と申します」
内藤「お前『蛭間』なんて名字だったのか」
陽子「何言ってんスか、今更。それより、内藤さんも早く自己紹介して下さいよ」
内藤「同じく、内藤です。まぁ、どうぞ。おかけになって下さい」
岸「失礼します」
   小野の隣に座る岸。
陽子「どうぞ楽に。別に岸さんを逮捕しに来た訳ではありませんので、ご安心下さい」
岸「それは何よりです。てっきり東京での火遊びがバレたのかとヒヤヒヤしてました」
内藤「余計なおしゃべりしてんじゃねぇ」
陽子「何言ってんスか。自分は少しでも緊張を和らげてもらおうと……」
内藤「時間がねえ。さっさと本題入れ」
陽子「はいはい」
   テーブルの前にこれまでの被害者七人の写真を並べる陽子。
陽子「この人達に見覚えは?」
岸「……二人ほど」
陽子「それは、どなたでしょうか?」
岸「西岡は高校の同級生です。それから大田さんは、よく取材で球場に」
陽子「特別に親しい関係でしたか?」
岸「いえ……大田さんはたまにお話する程度でしたし、西岡も同級生というだけで、特別仲がいいという事では……」
陽子「そうっスか。では(新倉の写真を指差し)この方は、ご存知ないっスかね?」
岸「う〜ん……ないですね」
陽子「そうですか……」
岸「あの、今日は何で僕が呼ばれたんでしょうか? これ、例の東京での連続殺人事件の捜査ですよね?」
陽子「それは捜査中ですので詳しくは……」
内藤「栄海学園高校」
岸「え?」
陽子「内藤さん、何言ってんスか」
内藤「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇ」
陽子「そういう問題じゃ……」
岸「栄海学園が、僕の母校が何か事件と関係あるんですか?」
内藤「一連の被害者は全員、栄海学園と何かしら関係を持った人達です。例えば(成美の写真を見せ)この人は理事長だった人なんですが、本当に見覚えないですか?」
岸「すみません、理事長の顔までは……」
内藤「まぁ、そんなもんでしょう。で、この名古屋ゴールドアックスの中で、栄海学園出身者は岸さん、貴方だけなんですよ。他の球団には監督コーチ含めて二、三人は栄海学園OBがいるんですがねぇ」
岸「僕は疑われているんですか?」
内藤「そういう訳ではありません。もしかして岸選手なら、次に狙われる人の見当がつくんじゃないか、と思っただけでして」
岸「次に狙われる人、ですか? ……すみません、全く見当がつかないです」
内藤「そうですか。まぁ、そうでしょうね」
岸「あの、ひょっとしてこの連続殺人事件は、僕のせいで起こっているんでしょうか?」
陽子「いえ、そんな事は……」
内藤「それは捜査中なので、何とも」
陽子「そこ秘密主義?」
岸「そうですか……」
小野「あの、この辺にしていただけますか? 試合前の選手をこれ以上動揺させたくないんです」
陽子「そうっスね。じゃあ、また日を改めさせていただきます」
岸「(立ち上がり)失礼します」

○同・グラウンド(夜)
   野球の試合が行われている。
   ベンチに座る岸の元に来る小野。
小野「今日は、お前は使わないからな」
岸「いや、大丈夫です。いけます」
小野「いいから、今日は休め」
岸「……はい」
    ×     ×     ×
   内野ゴロを打つアックスの選手。全力疾走を怠る。
    ×     ×     ×
   打たれるアックスの投手。
    ×     ×     ×
   あっさり打ち上げるアックスの打者。
   ベンチで拳を握りしめる岸。

○同・ロッカールーム(夜)
   選手や監督、コーチが集まっている。
選手A「今日また、どこかで誰かが殺されるって事か……」
選手B「嫌になっちゃいますよね……」
   沈黙する選手達。
   岸の隣に座る石橋。岸を小突く。
石橋「(小声で)ほら、こういう時こそ、お前が盛り上げんだろ?」
岸「……」
石橋「(小声で)おい、岸」
選手C「俺達が何したって言うんだよ……」
岸「……俺のせいかもしれない」
石橋「え?」
   岸に目を向ける選手達。
岸「昼間来た刑事が言ってたんだ。このチームの中で、事件と関係ありそうなのは俺だけだ、って」
石橋「おい、冗談だろ? お前、誰かにそんな恨み買うような事したのか?」
岸「いや。でも、逆恨みされるような覚えなら、あるかな」
石橋「逆恨みなら、別に岸のせいじゃ……」
岸「でも、俺のせいなんだよ。これまで七人が殺されたのも、今日また一人殺されるかもしれないのも、それから俊平も」
   染田の遺影を見る選手達。
岸「だから、どんな理由であれ、俺に原因の一端があるのなら、俺はこの事件を止めたい。いや、止めなきゃいけないと思う」
選手A「そんな事言ったって、なぁ?」
選手B「僕ら、警察じゃないですし……」
岸「勝てばいい。勝って、勝って、勝ち続ければ、誰も死なせずに済む」
選手C「勝ち続けるって……今シーズンってまだあと一八試合残ってんだぞ? 全部勝つなんて、絶対無理だろ」
岸「世の中には『絶対』って事はない。全試合勝つ事だって、不可能じゃない。ただ……」
石橋「ただ?」
岸「俺はあくまでも代打要員で、一日に一打席あるかないかで、だから、俺一人じゃどうしようもなくて」
   立ち上がり、頭を下げる岸。
岸「だから、お願いします。みんなの力を貸して下さい。勝つために。これ以上、誰も犠牲者を出さないために」
   沈黙する選手達。
渡辺「いいんじゃないですか?」
岸「ナベ……」
渡辺「少なくとも俺は、投げる試合は全部勝つつもりです。今までもそうでしたけど」
選手A「じゃあ、ナベが全試合……は無理だとしても、せめて中三日くらいで投げてくれよ」
渡辺「それは無理です。俺も今年で潰れる訳にはいかないんで。ローテーションは崩さずにお願いします」
選手C「自分だけずるいな」
渡辺「だから、俺と岸さんだけでもダメなんですよ。他の皆さんはどうなんですか?」
   沈黙する選手達。
石橋「勝とうぜ」
岸「石橋さん……」
石橋「勘違いするなよ、岸。別にお前のためじゃねぇ。これは俺達全員の問題でもあるし、俊平の弔い合戦でもある」
   染田の遺影に目をやる選手達。
石橋「このまま犯人の思い通りにさせるか、ってんだ。なぁ、みんな」
選手A「……やるしかないっしょ」
選手B「望む所ですね」
選手C「あぁ。一泡吹かせてやろうぜ!」
   次々と「おう」「やるか」などと言う他の選手達。
   その様子を感慨深そうに見る岸と、岸の肩を叩く石橋。
小野「ついでに、もう一つ。今から全試合勝てば、逆転優勝も夢じゃない」
岸「おっ、じゃあ、ついでに優勝も狙っちゃいますか」
石橋「優勝が『ついで』かよ。偉くなったもんだな」
   笑いが起きる。
岸「っしゃあ、行くぞ!」
一同「おう!」

○各野球場
   ベンチから声出す岸
    ×     ×     ×
   二塁手がジャンピングキャッチ。
    ×     ×     ×
   中堅手のダイビングキャッチ。
    ×     ×     ×
   右翼手が捕球しバックホーム。好返球で三塁ランナーをアウトにする。

○警視庁・捜査一課
   テレビを野球中継を観る内藤。
内藤「やるじゃねぇか」

○どこかの机の上
   どんどん積まれるスポーツ新聞。見出しはそれぞれ「アックス3連勝」「アックス4連勝」「アックス5連勝」。

○各野球場
   盛り上げるアックスのマスコット。
    ×     ×     ×
   二塁に盗塁するアックスの選手。
    ×     ×     ×
   三塁にヘッドスライディングするアックスの選手。
    ×     ×     ×
   内野ゴロを打つアックスの選手。際どいタイミングでアウト判定。
   猛抗議する小野。退場を宣告される。
    ×     ×     ×
   三塁を回ってホームに突入する岸。相手捕手のブロックをかいくぐりホームイン。ナインの手荒い祝福を受ける。

○株式会社ゴールド・球団社長室
   テレビで野球中継を観る屋代。
屋代「いいぞいいぞ」

○車・中
   スマホで野球中継を観る陽子。
陽子「よしっ」

○繁華街
   電光掲示板に流れる「アックス 10連勝 2位浮上」の文字。

○各野球場
   踊るアックスのマスコット。
    ×     ×     ×
   相手打者をアウトにして、ガッツポーズするアックスの投手。
    ×     ×     ×
   相手打者をアウトにして、吠えるアックスの投手。
    ×     ×     ×
   相手打者を三振にとる渡辺。クールにマウンドから降りる。
    ×     ×     ×
   ベンチから声を出す岸。
   二死満塁。マウンドに立つ石橋。
   相手打者を三振にとり喜ぶ石橋。ハイタッチするナイン。
   石橋とハイタッチする岸。

○小竹署・捜査本部・中
   テレビで野球中継を観ている捜査員達。歓喜に沸く。
麻田「よっしゃ〜!」

○焼き肉屋・中
   店内のテレビで野球中継を観ている花ら店員達と客達。歓喜に沸く。
花「やった〜!」

○マンション・岸の部屋・ダイニング
   テレビで野球中継を観ている美幸。
美幸「よし、よし、よしっ!」

○染田家・仏間
   誰もいない室内。ニュース番組を映すテレビ。
アナウンサー「名古屋ゴールドアックスは球団新記録の一四連勝で、首位の東京ライノスとのゲーム差は一となりました」
   染田の遺影が飾られている仏壇。

○各野球場
   ベンチに飾られた染田の遺影と染田のユニフォーム。
    ×     ×     ×
   ベンチ前で円陣を組むアックスの選手達。ヘルメットには染田の背番号が記されている。
    ×     ×     ×
   バク転しようとして失敗するアックスのマスコット。
    ×     ×     ×
   次々とヒットを打つアックスの打者。
    ×     ×     ×
   ホームランを打つオズボーン。
    ×     ×     ×
   打つ岸。大きな当たりの犠牲フライ。
   ベンチ内でハイタッチする岸。

○マンション・外観(夜)

○同・岸の部屋・ダイニング(夜)
   帰ってくる岸。
美幸「おかえり」
岸「ただいま。やったぜ、一七連勝」
美幸「今日はナベ君様々だったね」
岸「あぁ。これであと一試合。次のライノス戦で、全部終わる」
   ニュース番組を映すテレビ。塩屋の写真が映っている。
アナウンサー「警視庁は練馬区で発生している連続殺人事件に関して、塩屋勇気容疑者、二七歳を全国に指名手配しました」
   テレビを見つめる岸。
岸「塩屋……」

○ボールパーク名古屋・監督室
   (前の監督室のシーンの続き)
岸「(立ち上がり)失礼します」
内藤「あ〜、すみません。あと一つだけよろしいですか?」
   小野と顔を見合わせる岸。渋々頷く小野。座り直す岸。
内藤「すみませんね、刑事ドラマみたいな台詞で」
岸「で、何でしょうか?」
   塩屋の写真を見せる内藤。
内藤「この人に見覚えは?」
岸「塩屋、ですね。西岡と同じで、高校の同級生です」
内藤「なるほど」
陽子「内藤さん、何でここで塩屋勇気の写真が出てくるんスか?」
岸「塩屋もこの事件に何か関係が?」
陽子「一人目の被害者の息子さんです」
内藤「岸さん、西岡、そしてこの塩屋。一〇年前のあの事件の時、三人とも高校三年生ですね?」
陽子「あの事件?」
岸「……はい」
内藤「そして貴方は、あの事件以降にプロ入りした唯一の栄海学園OBだ」
岸「僕は幸い、あの当時のレギュラーメンバーの中では唯一、一般入部でしたから」
内藤「そうですか。てっきり、あの学校からプロ入りするような人は、みんな特待生なのかと思ってましたよ」
岸「一般入部からプロ入りまで行ったのは僕が初めてだ、って聞いた事があります」
内藤「なるほど。ちなみに、この当時の塩屋はどんな選手でしたか?」
岸「ただただ、野球が好きな奴でしたね。もちろん、実力も伴ってまして、うちのエースピッチャーでした。決め球のクロスファイヤー……あ、利き腕と対角のコースに投げるストレートの事ですが、あのキレは素晴らしかったですね。右打者の胸元にグサリと突きささる感じで……」
陽子「胸元にグサリ……?」
内藤「『右打者の』という事は、塩屋勇気はサウスポー?」
岸「はい、左投手です」
陽子「左? 塩屋は、確か右利きじゃ……」
岸「あぁ、基本は右利きですよ。箸を持つのも、ペンを持つのも。ただ野球だけは『左の方が有利だから』って、子供の頃に親父さんに矯正されたとか」
   驚き、内藤の顔を見る陽子。
   驚いた様子のない表情の内藤。

○走る新幹線

○新幹線・車内
   並んで座る内藤と陽子。
内藤「高校野球では、野球特待生を一学年で五人までとする、ってルールがある。まぁ実際には『学業優秀』だとか『経済的な理由』だとかかこつけて、それ以上の人数の特待生を入れている学校もあるらしいけどな。だがその裏で、野球のみの特待生を一学年で一〇人も二〇人も入れていた学校があった。それが……」
陽子「栄海学園高校っスか」
内藤「その事実が、週刊真報によってスクープされた。それが今から一〇年前、岸達が高校三年生の年だ。ほれ」
   週刊真報を陽子に渡す内藤。
   週刊真報を開く陽子。「高校野球界の闇」という見出しの記事を開く。
陽子「これ、一〇年前の……? いつの間に手に入れてたんスか」
内藤「その記事を書いたのは、当時週刊真報の記者だった……」
   記事の文末に書かれた「(文 新倉和彦)」の文字を指す内藤。
内藤「新倉和彦だ」
陽子「え!?」
内藤「そしてその報道後、栄海学園を激しく非難し、世論に影響を与えたのが、大田浩樹だった」
陽子「これで七人全員が繋がった……。で、その後どうなったんスか?」
内藤「栄海学園高校野球部は、当時特待生だった生徒以外の選手だけでチームを編成し甲子園大会の予選に挑んだ。ベスト16にも残れずに負けたらしいけどな」
陽子「そうだったんスか……」
内藤「さっきの岸の話を聞いた限りじゃ、引き続きレギュラーだったのは岸だけだったみてぇだな。そりゃ、逆恨みもされるってなもんだ」
陽子「でも、内藤さんは何で塩屋勇気が怪しいと思ってたんスか?」

○(フラッシュ)塩屋邸・リビング
   持ち手が右側を向いた箸。
陽子の声「塩屋勇気は右利きだって、内藤さんもわかってたっスよね?」

○新幹線・車内
   並んで座る内藤と陽子。
内藤「五人目の被害者の横村一郎は、少年野球チームの監督だったよな?」
陽子「そうっスね。確か、そこそこ強いチームらしいっス」
内藤「そのチームを調べたら、この事件の関係者の一人が、過去に在籍していた事がわかった」
陽子「まさか、それが……」
内藤「塩屋勇気だ」
陽子「つまり、塩屋親子と横村には、家が近所ってだけじゃなくて、そんな接点もあったんスね」
内藤「それから、塩屋政治が福島博光の名刺を持っていただろ? 福島は高校野球のスカウトだ。状況的に、塩屋政治に会った目的は……」
陽子「息子の、塩屋勇気」
内藤「栄海学園の特待生事件と塩屋政治、横村一郎の二人を結びつけるもの。それは塩屋勇気しかいねぇんだよ」
陽子「それで内藤さんは、塩屋勇気を……」
内藤「それだけじゃねぇ」
陽子「え、まだ何かあるんスか?」
内藤「この事件、実行するのに一番の難点は何だと思う?」
陽子「難点っスか?」
内藤「アックスが負けてからじゃねぇと人を殺せねぇ所だ。つまり、いつアックスが負けてもいいように準備する必要がある」
陽子「まぁ、確かにそうっスね」
内藤「そのためには、仕事しているような奴は無理だろ? となると犯人は無職の人間か、あるいは……」
陽子「休職中の人間、って事っスか。確かに塩屋勇気は今、仕事を休んでる。条件はピッタリっスね」

○大桜中学校・外観
   古びた校舎。使用している形跡なし。
   多くの警察車両が停まっている。

○同・校庭
   捜査する捜査員達。
   校庭の真ん中に立つ内藤。手には「8番 ライト 竹川康文 アウト」と書かれた紙を持っている。傍らには遺体のあった形跡がある。
   そこにやってくる陽子。
陽子「内藤さん、新情報っス。まずは、被害者の竹川康文なんスけど、職業は大学教授で……」
内藤「一〇年前は?」
陽子「高校野球連盟の会長っス」
内藤「狙われる訳だ」
陽子「ちなみにこの竹川なんスけど、やっぱり捜索願が出されてたらしいっス。二週間前からっスね」
内藤「今までの被害者の中で、他に捜索願が出されてたのは誰だ?」
陽子「高崎成美と福島博光の二人っスね。それから、この大桜中学校。まぁ、今は廃校なんで元中学校なんスけど、塩屋勇気の母校らしいっス」
内藤「そうか。で、その肝心の塩屋は?」
陽子「相変わらず、行方不明っスね。そしてもう一つ。これが一番重要なんスけど(校舎を指差し)教室の中で血痕が見つかったらしいっス。しかも、複数名分」
内藤「複数名分の血痕、ねぇ。でも竹川の殺害現場は、この校庭なんだよな?」
陽子「そうっスね。それは間違いないっス。ちなみに、別の教室からも足あとが見つかってるらしいッス。やっぱり、複数名分」
内藤「殺害現場がまだ不明なのは誰だ?」
陽子「新倉和彦、高崎成美、福島博光の三人っスね。もしかしたらここが、その中の誰か、あるいは三人全員の殺害現場」
内藤「よし、調べとけ。ヒヨッコ」
陽子「了解。あと、陽子っス」

○警視庁・捜査一課
   席に座る内藤と陽子。
陽子「で、調べた結果なんスけど、見つかった血痕は全部で三つ。やっぱり、新倉和彦、高崎成美、福島博光の三人でした。まぁ、予想通りっスね」
内藤「これで全員の殺害現場が確定した、って訳だな。で、足あとの方は?」
陽子「それなんスけど……足あとは全部で六人分見つかったらしいっス」
内藤「六人?」
陽子「はい。殺された三人と、同じく校庭で遺体が見つかった竹川康文。容疑者と思われる塩屋勇気。そして、四人目の被害者・西岡剣っス」
内藤「西岡? 奴の殺害現場は、どっかの路上だったよな?」
陽子「そうなんスよ。だから、またちょっと混乱してきて……」
内藤「どこがだ?」
陽子「え? だって……」
内藤「まず、西岡と塩屋以外の四人は、確か手足に縛られてた跡があったんだろ?」
陽子「そうっスね。そのうち、新倉を除く三人は捜索願が出されてました」
内藤「フリーライターの新倉は、ちょっと音信不通になったくれぇで捜索願までは出されねぇ。となると、この四人はあの教室に監禁されていた可能性が出てくるよな」
陽子「となると、やっぱり西岡の足あとだけは説明つかないんスけど」
内藤「まだわからねぇのか? これだけの人数を誘拐、拉致、監禁してんだ。塩屋の単独犯とは考えづれぇ」
陽子「まさか、西岡は共犯者っスか?」
内藤「可能性の問題だけどな。調べとけよ」
陽子「わかりました。……でも、犯人が仮に塩屋と西岡だったとして、何でその四人を監禁する必要があったんスかね?」
内藤「前に言ったろ? この事件、実行するのに一番の難点は何だと思う? って」
陽子「え〜っと、『いつアックスが負けてもいいように準備してないといけない』っスよね」
内藤「それには続きがあってな。もしアックスが負けた日、殺したい九人の中に誰も殺せそうな奴がいなかったら、この事件は成立しねぇ」
陽子「確かに、そうっスね。じゃあ、塩屋はどうしたんスか?」
内藤「そのために、あの四人はここに監禁されていたんだよ」
陽子「まさか、ストックっスか? 殺したい時に殺して、あとは捨てるだけって」
内藤「問題は、塩屋勇気がそこまでアックスにこだわる理由だな。同級生の岸がいる、ってだけじゃ、あまりに弱すぎる」
陽子「そうっスね。どうしてそこまでして、アックスに勝って欲しかったのか……」
内藤「ん? 勝って欲しかった?」
陽子「だって、そういう事っスよね。『勝て』って要求してんスから」
内藤「なるほどねぇ……」
   内藤のスマホが鳴る。

○喫茶店・外観

○同・中
   向かいあって座る内藤と岸。
岸「そうですか、やはり捜査状況は教えていただけませんよね」
内藤「すみませんね。それにしても、アックスは絶好調ですね。今、一二連勝中とか」
岸「えぇ、おかげさまで。明日からのライノス戦が難関ですけど」
内藤「期待してますよ」
岸「ありがとうございます。本当、逆でよかったな、って今は思うんです」
内藤「逆というと、『負けろ』ではなく『勝て』と要求された事ですか?」
岸「はい。僕たちのやる事は一つですから、わかりやすいです。むしろ相手球団の方がやりづらいですよね。僕達に勝ったら、人が死んでしまう訳ですから」
内藤「おそらく、それが犯人の狙いだったんでしょう」
岸「え?」
内藤「犯人は球団事務所に『勝て』と要求し『公表しろ』とも言った。これは遠回しに他球団へ『負けろ』と言っているのと同じだとは考えられませんか?」
岸「じゃあ、犯人はアックス以外の全球団に恨みがあるって事ですか? 何で……?」
内藤「それは、アックスには一人もいないからでしょう。元栄海学園の特待生が、ね」
岸「確かに、アックスには一般入部出身の僕しかいない……。つまり、犯人が怨んでいるのは、栄海学園の特待生だった人物、全員……」
内藤「そこで、私も一つ質問が。殺された西岡剣について、お聞きしたい」
岸「西岡ですか?」
内藤「例えば、西岡と……塩屋の関係など」
岸「……二人とも、特待生同士でした。ただ塩屋はエースでしたけど、西岡は高校で伸び悩んで……最終的にはベンチメンバーからも漏れてました。……あっ」
内藤「どうされました?」
岸「いや……これはあくまでも、ただの噂なんですけど……」
内藤「構いません。参考までに、お聞かせ願えますか?」
岸「……週刊真報に、栄海学園の特待生問題の記事が載ったじゃないですか?」
内藤「(週刊誌を取り出し)これですか?」
岸「お持ちだったんですか……。その記事の中に、証言者として『特待生のK君』という人が出てくると思うんですが」
内藤「(記事を見ながら)確かに、出てきますね、K君」
岸「もちろん、特待生の中には『K』が付く奴はたくさんいたんですよ。でも、当時レギュラーだったメンバーがわざわざ週刊誌の記者にリークするとは思えません」
内藤「まぁ、そうでしょうねぇ」
岸「となると怪しいのは、ベンチにも入れなかった特待生です。その中で名前に『K』が付くのは、一人だけ……」
内藤「西岡剣、ですね?」
岸「……だから、僕たちの間では、週刊誌にリークしたのは西岡じゃないか、と。あくまで噂ですが、さすがに西岡本人に確認する事もできなくて……」
内藤「その事は当然、塩屋も……?」
岸「……知っているはずです」

○小竹署・外観

○同・捜査本部・中
   捜査会議が行われている。それぞれの席に着く陽子、麻田ら捜査員達。
麻田「声紋鑑定の結果、アックス球団事務所に電話をかけた人物と、塩屋勇気の声紋が一致した」
   ざわつく捜査員達。
麻田「旧大桜中学校の教室に残っていた足跡も含め、塩屋勇気を殺人及び名古屋ゴールドアックスへの脅迫容疑で全国に指名手配する!」

○警視庁・外観

○同・捜査一課
   席に座る内藤。それぞれの現場に残されていたメッセージを見ている。
   そこにやってくる陽子。手には新聞を持っている。
陽子「あ、内藤さん。いよいよ明日、塩屋勇気が指名手配されるらしいっスよ」
内藤「そうか」
陽子「何スか、その素っ気ない返事。あぁ、何見てんのかと思ったら例のメッセージっスね。まだ何か気になる事あるんスか?」
内藤「このメッセージに書いてあるポジションだよ。未だに意味がわからねぇ。西岡剣がショートな理由が、どっかにあると思うんだけどな」
陽子「そんなのいいじゃないっスか。もう犯人もわかったんスよ?」
内藤「……この事件を止める方法は、全部で三つある。わかるか?」
陽子「何スかいきなり。一つ目はアックスが負けない事。二つ目は犯人を捕まえる事。三つ目は、九人目として狙われている人を先に見つけて保護する事。どうっスか?」
内藤「正解だ。やるじゃねぇか」
陽子「確かに、ポジションの謎が解ければ、九人目がわかるかもしれないっスね……。あ、なら役に立つかもしれないんスけど、自分も凄い事に気付いたんスよ」
内藤「凄い事?」
陽子「これっス」
   手に持っていた新聞を見せる陽子。一面には「浜川高校 甲子園優勝」と書かれた記事と喜ぶ選手達の写真。何人かの背番号が写っている。
陽子「これ、アックスの球団事務所に脅迫電話があった八月二三日の新聞なんスけど、何とこの前日、甲子園大会の決勝があったんスよ。コレ、この事件に関係あると思いません?」
内藤「(興味なさそうに)あるだろうな」
陽子「ちょ、何スかそのリアクション」
内藤「んな事、とっくに知ってたからな。今更騒ぐ事じゃねぇ」
陽子「え〜。だったら、教えてくれればいいじゃないっスか〜」
   新聞を折り畳む陽子。
内藤「(ふと気付いて)ん? おい、ヒヨッコ。もう一回その新聞開け」
陽子「陽子っス。何スか今度は」
   新聞を開く陽子。写真を見る内藤。
内藤「……そういう事か」
   机の上の、メッセージのコピーを並べ替える内藤。
内藤「キャッチャーは塩屋政治、ファーストは福島博光……」
陽子「何してんスか?」
内藤「ポジション順に並べ替えてんだよ。セカンドは……横村一郎」
陽子「ポジション順……って、どういう意味っスか?」
内藤「何だ知らねぇのか? 野球のポジションには、それぞれ数字があるんだよ。ピッチャーは一番、キャッチャーが二番……ってな具合にな。(新聞を指差し)高校野球じゃ、選手の背番号にもなってる」
陽子「へぇ、そうなんスか」
内藤「できた……」
   ポジション順(塩屋、福島、横村、新倉、西岡、大田、高崎、竹川)に並べ替えられたメッセージのコピー。
内藤「……塩屋勇気は、父親の塩屋政治から野球を教わったって言ってたな」
陽子「あ〜、そうっスね。岸選手がそんな事言ってたような」
内藤「福島博光から栄海学園に特待生としてスカウトされたら、当時の所属チームの監督だった横村一郎にも、当然相談はしただろうな」
陽子「あ、まさか……」
内藤「その後、新倉和彦が特待生問題を記事にしようとし、西岡剣がリークした」
陽子「その問題に関して大田浩樹がテレビで批判的な発言をし、世論に影響を与えた」
内藤「最終的に理事長の高崎成美が特待生のみをメンバーから外す決断を下し、高野連会長だった竹川康文がそれを了承した」
陽子「このポジションは、そういう順番だったんスか」
内藤「さぁな。これはあくまで俺の推測だ。だがなかなか的を射たシナリオだと思わねぇか? 最終選考くらいには残してもらいてぇもんだな」
陽子「じゃあ、もし仮に内藤さんの推理が正しかったとして、このポジションが、その順番を表すものだったとして、残ってるピッチャーは一番だから……塩屋政治より前って事っスか?」
内藤「そういう事だな。父親よりも前、となると……最後の一人は、アイツだ」

○マンション・外観

○同・岸の部屋・ダイニング
   テレビに映る塩屋の写真。
アナウンサー「塩屋容疑者の行方は依然として……」
   テレビのスイッチを消す岸。カバンを渡す美幸。
美幸「いよいよだね」
岸「うん。行ってくる」
美幸「行ってらっしゃい。って言っても、私も後ですぐ球場行くけどね」
岸「待ってる。じゃあね」
   家を出る岸。
美幸「負けんなよ、辰彦」

○小竹署・捜査本部
   電話で話す麻田。
麻田「何? わかった」
   無線のスイッチを入れる麻田。
麻田「捜査員各局に告ぐ。塩屋勇気らしい人物が練馬区内の松武屋百貨店屋上で目撃された。全員直ちに現場へ急行せよ」
   上着を手に取る麻田。
麻田「俺も行く。誰も止めるな!」
   出て行く麻田。

○松武屋百貨店・外観
   一〇階以上はある高い建物。
   警察車両が多数停まっている。

○同・屋上
   屋上の端に立つ塩屋。手には包丁を持っている。
   塩屋を遠くから取り囲む麻田ら捜査員達。
麻田「おとなしく降りてこい、塩屋」
塩屋「悪いけど、それはお断りです」
麻田「無駄なあがきはよせ。この状況じゃ、次の殺人は無理だろう?」
塩屋「そんな事ないですよ。何故なら、次に僕が殺す予定の、9番ピッチャーは……」
陽子の声「塩屋勇気」
   捜査員達の元にやってくる陽子。
陽子「つまり貴方は自殺しようとしてるんスよね、塩屋勇気さん」
塩屋「おや、あの時の刑事さんじゃないですか。僕のメッセージ、気付いていただけたんですね。嬉しいです」
麻田「おい、蛭間。お前いつの間に……」
陽子「いや、この謎解いたのは……」
   捜査員達の元にやってくる内藤。
内藤「ったく、こういう時は崖っぷちじゃねぇのかよ。ビルの屋上じゃ、いまいち雰囲気出ねぇじゃねぇか」

○ボールパーク名古屋・ロッカールーム
   円陣を組むアックスの選手達。
小野「泣いても笑っても、今日が最終戦だ。もう俺から言う事は何も無い。全員、全力を尽くしてくれ」
一同「はい!」
石橋「ほら、岸。お前からも何か言えよ」
岸「え、俺ですか?」
   全員の視線が岸に集まる。
岸「え〜っと……世の中には『絶対』という事はない。俺は今まで、そう思って生きてきたし、これからもそれは変わらない。でももし『絶対に負けられない試合』というものがあるとしたら、それは今日なんだと思う」
   頷く一同。
岸「だから、あえて言う。絶対勝つぞ!」
一同「おう!」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
陽子「あのメッセージのポジションはそういう順番だったんスよ。だから、父親の前は自分自身しかいないだろう、って」
麻田「つまり、今のこの状況は……」
内藤「リーチかかっちまってんな」
   手に持った包丁を自分の首にあてる塩屋。
塩屋「その通りです。皆さんがそれ以上近づくと、僕は自分を刺し、かつ、ここから飛び降りますよ? そうしたら被疑者死亡で送検。そんな結末は、皆さんとしても不本意でしょう?」
麻田「うぅ……」
塩屋「ご安心を。今日の試合で名古屋ゴールドアックスが勝てば、おとなしく投降しますから」
麻田「そんなの信用できる訳……」
内藤「信用していいんじゃねぇか?」
麻田「何故だ?」
内藤「奴の目的は自殺だ。今日のアックスの勝敗に関係なく死のうとしているのなら、わざわざ人前に出てくる必要も無ぇ。それをせずにこうして出てきたって事は、アックスが勝てば本当に投降する気がある、って事だろう」
塩屋「素晴らしい。まさにその通りです」
内藤「じゃあ、褒めてもらった所で一つ。まだ、細けぇ所で色々わかってねぇ部分があるんだ。お前の口から、話聞かせてくれねぇか?」
塩屋「話、ですか」
内藤「試合は、始まったばっかだ。それまでただ待つのもつまらねぇし、もしお前がここで死ぬ事になったら、最後なんだぜ? お前が喋るチャンスは」
塩屋「確かに、おっしゃる通りですね。では何から話せば……」
   包丁を持った右手をブラブラさせながら考える塩屋。
塩屋「僕は、本来右利きです」
麻田「何の話だ?」
内藤「黙って聞け」
塩屋「ですが父の、塩屋政治の指導で、僕は左投げに矯正されました」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   アックスの左投手が投げている。
塩屋の声「僕は異論を持つ間もなく、左で投げるようになりました。でも、僕は野球が好きだった。ただただ好きだった。だから一生懸命練習しました」
   ライノスの打者を打ち取る。
塩屋の声「その甲斐もあって、都内でも指折りのピッチャーに成長した僕の元にある日、栄海学園高校野球部スカウトの福島博光がやってきました。僕を特待生として迎えたいと。でも僕は迷っていました。僕はただ野球が好きなだけです。別に名門校とか、特待生等というこだわりもありませんでした」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「だから僕は、当時所属していたチームの監督だった横村一郎に相談しました。横村は僕に、栄海学園に進学するように勧めてきました。横村は昔からの顔なじみでもあるし、信頼もしていました。そして僕は栄海学園への特待生入学の話を受ける事にしました。でも……」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   ボールがスタンドに入る。
   盛り上がる観客。
塩屋の声「横村は、自分のチームから名門高校の特待生が出たとなれば箔がつく、という理由で僕に栄海学園進学を熱心に勧めたのだと、後に知りました」
   悠々とベースを回るオズボーン。
   盛り上がるアックスベンチ。
岸「ナイバッチ、オズちゃ〜ん!」
塩屋の声「それさえ無ければ、僕は普通の高校に普通に進学し、普通に野球を楽しめていたのに……」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「栄海学園に進学した僕を待っていたのは、大勢の野球特待生でした。僕はその時初めて、栄海学園高校が規定以上の特待生を集めている事を知りました」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   アックスの攻撃で、ランナー満塁。
   盛り上がる岸らアックスベンチ。
塩屋の声「その事に感づいていた新倉和彦は当時、証言を得ようと多くの生徒に接触していました。もちろん、僕達は誰も証言などしませんでした。そう信じていました」
   打つアックスの選手。トリプルプレーでチェンジ。
   どよめく観客。
   落胆ムードのアックスベンチ。
選手A「マジかよ……」
選手B「初めて見ました、三重殺」
岸「マズいな……流れが変わる……」
塩屋の声「しかし、その問題が週刊真報で記事になりました。証言をしたのは西岡剣だろう、と。その理由が、自分が特待生でありながらベンチにすら入れなかった憂さ晴らしだろう、という噂が流れました。おそらく、それが事実だろうと思いました」
    ×     ×     ×
   投げるアックスの投手。際どい球をボールと判定され、ライノスの打者を四球で歩かせる。
塩屋の声「世間は激しく栄海学園を非難しました。特に野球評論家の大田浩樹はテレビ番組でその事に触れ、激しく非難していました。それが世論に与えた影響は大きかったと思います」
    ×     ×     ×
   連続でヒットを打つライノスの打者。
塩屋の声「そして事態を重く見た栄海学園の高崎成美理事長は、事態を収束すべく、全特待生の試合出場停止を提案しました。それは学校側の独断でした。彼らは、僕たち特待生を使って学園の知名度を上げてきたにもかかわらず、僕たちを切捨てる事で学園の名誉を守ろうとしたのです」
    ×     ×     ×
   ホームランを打つライノスの打者。天を仰ぐアックスの選手達。
   ライノスが逆転した事を示すスコアボード。
塩屋の声「その提案を、当時高校野球連盟会長だった竹川康文は受け入れました。その結果、僕達の夏の甲子園は奪われました」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「僕達高校生に、一体何の罪がありましたか? 何の罪も無いでしょう?」
陽子「だから、アックスの球団事務所に電話をかけたのが、八月二三日だったんスね」
麻田「どういう事だ?」
内藤「本当は、お前はすぐにでも復讐をしたかった。が、余計な報道で高校生を戸惑わせたくねぇ。高校生に罪は無ぇからな。だから甲子園大会の決勝が終わるまで待っていた。そうだろ?」
塩屋「(頷いて)そしてあの事件以降、僕はまるで犯罪者を見るような視線を感じるようになりました」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   ファウルボールを捕ろうと飛び込むアックスの選手。捕れずに悔しがる。
塩屋の声「大学への推薦も取り消され、それまで野球しかしていなかった僕が、今更勉強を始めても間に合う訳がありません。結果、浪人し、そこから一年間は、ロクに野球の練習はできませんでした」
    ×     ×     ×
   空振り三振するアックスの打者。悔しがる。
塩屋の声「それでも僕は翌年、何とか大学に合格する事ができました。もちろん、野球部に入部しました。けれど、一年のブランクは容易には埋められませんでした。それでも僕は練習しました。猛練習と言ってもいいかもしれません。おかげで大学四年の頃には試合で投げさせてもらえるようになり、ある社会人チームから声をかけていただけるまでになりました。僕は卒業後、そのチームに入団しました」
    ×     ×     ×
   フライを捕るライノスの外野手。
   アックスの三塁がタッチアップするもホームでタッチアウト。悔しがる。
   ベンチにいる岸達。同じく悔しがる。
塩屋の声「でも入社後すぐ、僕は左肘を痛めました。大学時代の猛練習がたたったんだろう、というのが医師の見解でした。僕は結局ロクに投げられないまま、一昨年、そのチームから戦力外を通告されました」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「それでも諦めず、リハビリを続けていましたが、昨年ついに『もう野球は諦めた方がいい』と、医師から宣告されました」

○ボールパーク名古屋・ブルペン
   投球練習をする石橋。
石橋「(グラウンドの方を見ながら)こりゃいつもより出番早そうだな」
   石橋の隣で投球練習を始める渡辺。
石橋「おい、ナベ。いいのか? お前、前の試合で完投したばっかだろ?」
渡辺「大丈夫ですよ。ここで壊れるほどヤワじゃないですから。それに……」
石橋「それに?」
渡辺「野球人ならこの状況で、じっとしてなんかいられないですよ」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「僕の人生には、野球しかありませんでした。その野球が奪われたんです。それは僕の人生が奪われたも同然でした」
麻田「だから……奪った奴らの人生を、奪ってやろう、殺してやろう、って?」
陽子「じゃあ、何でお父さんまで殺したんスか? 特待生事件とは、直接関係ないっスよね?」
塩屋「僕の人生が野球だけになってしまったのは、父のせいですから」
麻田「アックスへの脅迫、いや、アックス以外の全球団を脅迫した理由は何だ?」
塩屋「特待生だった先輩達がいるからです。彼らに罪はありませんが、いい思いだけ味わったのは納得できませんから、自分達の『勝ちたい』という欲望のせいで誰かの人生が奪われる、という苦しみだけでも味わって欲しかったんですよ」
内藤「そのせいで、無関係だったアックスの染田って選手が自殺してんだぞ?」
塩屋「……確かに、それは誤算でした。彼のご冥福は、心からお祈り致します」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   ベンチにある染田の遺影。
   ライノスの打者を三振に取る石橋。ベンチに戻り岸達とハイタッチ。
岸「大丈夫ですか、石橋さん。ちょっと飛ばし過ぎじゃ……」
石橋「大丈夫、ナベが準備してくれてる」
選手C「ナベが? 何だよあいつ、やるときゃやるんじゃん」
選手B「後はこっちが逆転するだけですね」
選手A「よっしゃ、やってやろうぜ!」
   盛り上がるアックスベンチ。
   安心したような表情で、ベンチ裏に下がっていく岸。

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「僕の話は以上ですが、まだ何か聞きたい事はありますか?」
内藤「一つある。俺達は最初、お前がアックスや岸に恨みを持っているんじゃねぇかと思ってたんだが……?」
塩屋「ありませんよ。むしろ、僕は岸を尊敬していますから」

○ボールパーク名古屋・ベンチ裏
   黙々と素振りをする岸。
塩屋の声「彼はチームに足りない部分を補ってくれる、本当のプロですから。一般入部からレギュラー入りした高校時代も、プロに入ってからも」

○(フラッシュ)同・グラウンド
   ベンチで盛り上げる岸。
塩屋の声「別に根が明るい性格ではないのに、ベンチの士気が下がっている時にはチームを鼓舞できる奴で」

○(フラッシュ)焼き肉屋・中
   一気飲みをする岸。
塩屋の声「その場を盛り上げるためなら、酒の一気飲みもできる奴で」
    ×     ×     ×
   花と話す岸。
塩屋の声「でもその酒はウーロンハイに見せかけたウーロン茶だったりして、体調管理も万全な奴で」

○(フラッシュ)ボールパーク名古屋・グラウンド
   セカンドゴロを打つ岸。その間に二塁ランナーが三塁へ進む。
塩屋の声「例え個人成績が下がっても、チーム打撃に徹する事ができる奴で」

○同・ベンチ裏
   黙々と素振りをする岸。
塩屋の声「その中でも、例えば代打なら代打で、自分の本来の仕事をおろそかにせず、きちんと準備ができる奴なんです」

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
塩屋「だから彼には、彼のいる名古屋ゴールドアックスというチームには、勝って欲しいんです」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   マウンドに立つ渡辺。ライノスの打者から三振を奪う。思わずガッツポーズする渡辺。
    ×     ×     ×
   ヒットを打つ選手A。塁上で喜ぶ。
   盛り上がるアックスベンチ。
    ×     ×     ×
   高いバウンドのゴロを打つ選手B。一塁へヘッドスライディングしセーフ。
    ×     ×     ×
   ファウルで粘る選手C。四球を選び、ガッツポーズ。
    ×     ×     ×
   三振するオズボーン。
   九回裏、ツーアウト、アックスが一点負けているを示すスコアボード。
   審判に選手交代を告げる小野。

○同・ベンチ裏
   鏡の前で黙々と素振りをする岸辰彦。岸の元にやってくるコーチ。
コーチ「岸、出番だ」
岸「はい」
   コーチに続いて部屋を出る岸。
DJの声「名古屋ゴールドアックス、ここでメンバーチェンジ」

○同・グラウンド
   ベンチを通り、グラウンドに出る岸。
DJの声「バッター、藤田に代わって、タツヒコ〜キシ〜」
   超満員の観客と大歓声。

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
   傍らに置いてあるラジオから流れる野球中継。
塩屋「岸……」
内藤「皮肉だな、ここで岸か」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   ベンチの前で素振りをする岸。
   ネクストバッターズサークルにいる染田(の霊)。
染田「盛り上がってるな。さすが、主役の登場だぜ」
岸「ツーアウト満塁、か」
染田「打てば優勝でお前はヒーロー、打てなければ、誰かが殺されるぜ?」
岸「で、責任感じて自殺ってか?」
染田「そんな馬鹿な奴いねぇだろ」
岸「あぁ、もういねぇよ」
染田「打てなくたって、命まで取られる訳じゃねぇんだ、安心して仕事してこいよ」
岸「おう、その目に焼き付けとけ」
   染田(の霊)とハイタッチする岸。空を切る、岸の手。
   打席に立つ岸。
   ライノスの投手が投げる。見送る岸。
審判「ボール」
    ×     ×     ×
審判の声「ストライク」
   盛り上がるライノスベンチ。
    ×     ×     ×
審判の声「ボール」
   盛り上がるアックスベンチ。
石橋「ナイス選、ナイス選」
    ×     ×     ×
   客席から祈るように見ている美幸。
審判の声「ボール」
   ホッと胸を撫で下ろす美幸。

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
   傍らのラジオから流れる野球中継。
審判の声「ストライク」
陽子「ツーアウト満塁、カウントスリーボール、ツーストライクっスか……」
内藤「次で決まるな」

○ボールパーク名古屋・グラウンド
   打席に立つ岸。
   それぞれの塁上から見守る選手A、B、C。
   ベンチから見守る石橋。
   ベンチ前でキャッチボールをしながら見守る渡辺。
   固唾をのんで見守る客席のファン達。
   客席から祈るように見守る美幸。
   ライノスの投手が投げる。
   岸がバットを振る。快音。

○松武屋百貨店・屋上
   塩屋を取り囲む内藤ら捜査員達。
   包丁を持った手を力なくおろす塩屋。包丁を足下に放り投げる。
麻田「確保!」
   塩屋を押さえ込む捜査員達と陽子。
   その様子を見ている内藤と麻田。
内藤「さて、と。俺は帰るとするか」
麻田「次の会議には出てもらえるか?」
内藤「あいにくだが、俺は会議が嫌いでね」
麻田「その気持ちはわかる。俺だって現場の方が好きだ。だが、色々と説明してもらいたいんだよ。おたくのヒヨッコの説明じゃ今ひとつ伝わらなくてな」
内藤「ヒヨッコじゃねぇ、陽子だ」
麻田「とにかく頼んだぞ」
内藤「(陽子に)おい、ヒヨッコ、帰るぞ」
陽子「陽子っス。今いい所じゃないっスか」
内藤「俺の出番はもう終わったんだよ。行くぞ」
   屋上から出て行く内藤。

○ボールパーク名古屋・ベンチ裏(夜)
   T「翌年 夏」
   テレビでニュースが放送されている。
アナウンサー「昨年発生した、プロ野球チーム名古屋ゴールドアックスへの脅迫と合計八名の連続殺人事件の裁判員裁判で、塩屋勇気被告に死刑が求刑されました」
   テレビも観ず、黙々と素振りする岸。
   やってくるコーチ。
コーチ「岸、出番だぞ」
岸「はい」
DJの声「名古屋ゴールドアックス、ここでメンバーチェンジ」

○同・外(夜)
DJの声「バッター、荻野に代わって、タツヒコ〜、キシ〜」
   大歓声が漏れる。      
                  (完)

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