登場人物
清次郎 (35) 鐘撞役人
平蔵 (32) 鐘撞役人
からくり右左衛門 からくり技師
托鉢僧
住職
○日本橋石町・右左衛門の家・前
ぼろ長屋の前にたくさんの人だかり。
町民の目の先には、からくり時計。
右左衛門、自慢げに時計を披露。
からくり時計の針が牛の刻を指す。
町に響く鐘の音。
○同・時の鐘・中
矢倉の上で鐘を叩く清次郎(35)
隣にいる平蔵(32)
○同・右左衛門の家・前
町に響いている鐘の音。
からくり時計の下についている箱が開かれ、
小さな鐘撞き人形が出てくる。
鐘撞き人形は鐘の音に合わせ、鐘を撞く。
高まる歓声、唸る声。
○同・時の鐘・前
木造りの鐘楼前。
清次郎と平蔵が腰かけている。
清次郎「まったく腹立つねぇ」
平蔵「何がだい?」
清次郎「からくり右左衛門の野郎だよ」
平蔵「ああ」
清次郎「南蛮時計を是見よがしに、ひけらかしやがって……」
平蔵「俺らも使ってんだろ」
平蔵は懐から懐中時計を出す。
平蔵「こいつはピタリと時を教えてくれるし、近頃は俺らも重宝してるじゃねぇか」
バツの悪そうな清次郎。
清次郎「そ、そうじゃねぇ。あいつぁからくり時計で町民を惑わしてやがんのさ」
平蔵「そうかねぇ。なかなかのからくり細工だったぜ。右左衛門の腕もたいしたもんだ」
清次郎「おめぇなぁ」
平蔵「いやいや、ありゃ良く出来てる」
清次郎「いいか、良く考えてみろ」
平蔵「?」
清次郎「町民たちが時計なんてもんに現を抜かし始めたら、俺たちゃどうなる?」
平蔵「……」
清次郎「どいつもこいつも時計を持っちまったら……俺たちゃどうなる?」
平蔵「お祓い箱だ!」
清次郎「そうだ」
平蔵「そりゃ困る!」
清次郎「そうだろ?」
平蔵「どうしよう……」
清次郎「鐘撞きが本当の金尽きになっちまう」
平蔵「はは、うまいこと言う」
清次郎「笑い事じゃねぇんだよ」
平蔵「でも、どうすんだい?」
清次郎「あの如何わしいからくり時計をぶっ壊しちまうんだよ」
平蔵「そんな事やったら、町民から袋叩きだ」
清次郎「じゃあ黙って、餓死するかい?」
平蔵、少し考えて
平蔵「やっぱ駄目だ。おっかねぇ」
平蔵、走り去る。
清次郎「おい!」
鐘撞き役人がやってくる。
役人「おい、交代だ」
清次郎の顔は険しい。
○同・一石橋
平蔵、川を見ながら、考え事をしている。川に石を投げる平蔵。
橋の近くを見ると、托鉢僧が立っている。
○同・道~右左衛門の家
思いつめた様子で、道を歩く清次郎。
清次郎、右左衛門の家の前まで来る。
清次郎の懐には金槌。
清次郎「いるかい?」
右左衛門が出てくる。
右左衛門「なんだ、鐘次郎じゃないか」
清次郎は無言で右左衛門を見つめる。
○同・一石橋
念仏を唱えている托鉢僧。
托鉢僧の隣に座っている平蔵。
平蔵「……つう、わけなんだよ」
念仏を唱え続けている托鉢僧。
平蔵「壊しちまった方がいいのかね?」
平蔵を無視して念仏を唱える托鉢僧。
平蔵「俺、この先どうなっちまうんだろう?」
托鉢僧は念仏を唱えているだけ。
平蔵「あんた無口だねぇ」
托鉢僧、お辞儀をして、念仏を終える。
○同・右左衛門の家・中
右左衛門と清次郎がいる。
清次郎、険しい顔でからくり時計を見ている。
清次郎「で、鐘撞き人形はいつ出てくるんでぇ?」
右左衛門は笑いだす。
右左衛門「大方、そんな事だろうとは思った」
ドキっとする清次郎。
清次郎「な、何がだい?」
右左衛門「これを壊しにきたんだろ?」
清次郎「ま、まさか」
清次郎は声が裏返る。
右左衛門「いいだろう」
清次郎、きょとんとした顔。
右左衛門「ただし、六ツ刻まで待てよ」
○同・玉円寺・本堂・中
住職と平蔵がいる。
平蔵「俺ぁどうしたらいいんですかねぇ?」
住職「世は諸行無常、これは生滅の法でございます」
平蔵「俺には難しい事は、さっぱり」
住職「物事に永遠などはなく、ただ一切は移りゆくのみという事です……」
平蔵「じゃあ、どうしょうもねぇって事?」
住職「古きは去り、新しきを迎える、それが世の常……」
平蔵「古きは、黙って死ねって事かい?」
平蔵の悲しい顔。
○同・右左衛門の家・前(夕)
集まる町民たち。
その目線の先には、清次郎と右左衛門、
そしてからくり時計がある。
清次郎は右左衛門に耳打ちをする。
清次郎「本当に壊しちまっていいのかい?」
右左衛門「披露し終わったらな」
清次郎、悪い笑み。光る金槌。
町民A「おい、まだかー?」
町民のヤジが飛ぶ。
右左衛門「今しばらく。その前にちょっと」
町民がざわつく。
右左衛門「ここに居られるのは、鐘次郎くん。
日頃より、この日本橋に時を知らせてくれる、天下の鐘撞き人その人!」
清次郎、怪訝な顔で右左衛門を見る。
右左衛門「このからくりには、一つ本物には及ばないものがございます。それは何か?」
首をかしげる町民たち。
右左衛門「それは鐘の音色でございます」
おとなしく聞いている町民と清次郎。
右左衛門「あのような天上の音色は、いくら私でも作る事が出来ない!」
目を丸くして驚く清次郎。
右左衛門「彼の撞く鐘の音こそが、この鐘撞き人形に命を与えている!」
呆然の清次郎。
右左衛門「彼あってのからくり時計!」
歓声に沸く町民。
町民A「そうだ、いいぞ。鐘次郎!」
町民B「おめぇがいなきゃ、始まらねぇ!」
町民C「よっ、鐘撞き屋鐘次郎っ!」
清次郎への声援。
照れるが、まんざらでもない清次郎。
夕焼けに染まる町。
からくり時計が酉の刻を指す。
鐘の音が響く。
からくり時計の下箱が開かれ、小さな鐘撞き人形が出てくる。
鐘撞き人形は鐘の音に合わせ、鐘を撞
く。
大喜びの町民。
右左衛門は笑って清次郎を見る。
清次郎も少し微笑む。
右左衛門「このからくりは、おめぇさんを見
て作ったんだ」
清次郎「わ、悪い気はしねぇな……」
笑う清次郎と右左衛門。
鐘を撞く、からくり人形。
日本橋に響く鐘の音。
からくり人形に振りかざされる金槌。
金槌が何度も振り下ろされる。
音をたてて破壊される、からくり時計。
固まる右左衛門、清次郎、町民。
金槌を振り下ろしたのは平蔵。
平蔵「黙って死ねるか!」
平蔵は興奮している。
平蔵「へへ、やったぞ」
平蔵は笑って、清次郎を見る。
怒った町民たちが、罵声を浴びせなが
ら、平蔵を袋叩きにする。
右左衛門は固まったまま動かない。
平蔵「た、たすけてくれ」
平蔵は清次郎に助けを求める。
清次郎、ハッと我に返り、町民に混じって平蔵を殴る蹴る。
わけがわからない様子の平蔵。
日が暮れていく日本橋。
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