【登場人物表】
佐原悟(18)…大学1年生。法学部。
中田大二郎(18)…大学1年生。経済学部。
永澤里香(18)…大学1年生。文学部。
島村奈緒(18)…大学1年生。教育学部。
椎名礼子(22)…大学4年生。理工学部。
伊集院達也(22)…大学2年生。法学部。
緑川葉子(20)…大学2年生。文学部。
早乙女英治(26)…大学6年生。医学部。
山村真吾(65)…ペンション経営者。
山村恭子(63)…山村真吾の妻。
山村明日香(20)…山村夫妻の娘。
望月純一(35)…ルポライター。
川崎真紀(18)…中田大二郎の元恋人。
早乙女涼子(8)…英治の妹
唐草模様の風呂敷の老婆
中年女性
花屋の店主
甘味処の店主
商店街の通行人A
商店街の通行人B
ポケットティッシュ配りの男
工員風の中年男
プロポーズする男
プロポーズされる女
赤い風船の少女
バスの乗客A
バスの乗客B
バスの乗客C
バスのアナウンス
ベビーカーを押す母親
バスで席を譲られる老人
白杖の男性
花火工場の社長
花火工場の息子
三河夏子
引越業者A
引越業者B
柔道部員A
柔道部員B
柔道部員C
帰国した医者
空港のアナウンス
○里香のアパート・外観
二階建てアパートの前に、引越業者のトラックが停車している。
永澤里香(18)、二階の外廊下で引越業者2人に挨拶している。
引越業者A「これでお荷物は全部ですね」
里香「はい」
引越業者B「ありがとうございました」
里香「お世話になりました」
引越業者2人、外階段を下りる。
里香、部屋に入る。
○里香のアパート・室内
部屋中に段ボール箱が積み重なっている。
里香、腰高窓を開けて、窓に腰掛ける。
里香(モノローグ)「今日から私の新しい人生が始まる。初めての一人暮らし…」
里香、窓の外を見る。外に、ありふれた家並み、商店、道路、行き交う人々。
里香(モノローグ)「初めての街。初めて出会う人たち。誰も私の事を知らない街。この街から私、絶対有名になってやる!」
窓に腰掛けて外を眺める里香の姿。
空の片隅に、流れ星が光る。
流れ星が次第に大きくなり、燃える隕石となって迫る。
ホワイトアウト。
○大学のキャンパス
桜吹雪が散っている。様々なサークルの大学生達が看板を掲げたりビラを配るなど勧誘活動している。
佐原悟(18)、騒々しいキャンパスの中を歩いている。
悟(モノローグ)「現代の日本の大学生は、人類史上最も甘やかされている人種だと誰かが言ってたけれど…」
派手で奇抜な格好をした大学生達が踊っている。それを見て手拍子し、奇声を発する若者達。
悟(モノローグ)「これじゃ、大学というより、まるでレジャーランドだな。地方の国立大学でさえ、こんな有様なんだから、東京の私立大学は一体どうなっていることやら。日本の未来が思いやられるなあ…」
柔道着姿の集団に追いかけられて、中田大二郎(18)が走ってくる。
大二郎「おおーっ! ここにいたのか! お待たせーっ!」
大二郎、悟の腕を掴む。
大二郎「早く行こうぜ。心の友よ」
悟「お前…誰だよ?」
柔道部の集団が追いつく。
柔道部員A「中田君~っ。観念して入部してよ~っ」
大二郎「すいません先輩、俺もうコイツと(悟の肩を抱く)一緒に別のサークルに入ることにしたんで…」
柔道部員B「勿体無いよ~。中田君、インターハイ出場者なのに~」
柔道部員C「どこのサークルに入るつもりだよ?」
大二郎「えーっと…(悟に)どこだっけ?」
悟「僕、サークルなんか入らな…」
大二郎「あっ、そうそう! さ…茶道部!」
柔道部員A・B・C「茶道部~っ⁈」
大二郎「そうっす。柔の道の次は、茶の湯の道。大和魂の精神を極めたいと思います。では!」
大二郎、悟の腕を引っ張り一目散に駆け出す。柔道部員達、唖然と見送る。
○路上
悟と大二郎、息を切らして走ってきて、立ち止まる。
大二郎「ここまで来れば大丈夫だろう」
悟「な…何なんだよ、お前…」
大二郎「せっかく大学生になったのに、男ばっかりの汗臭い世界で青春を無駄にするのは嫌だもん。やっぱり、テニス同好会とかダンスとか軽音とか…今しかないキャンパスライフをエンジョイしなきゃね」
悟「…茶道部じゃなかったのかよ」
大二郎「お前、マジメか!」
2人の目の前に喫茶店がある。
「時間列車」の看板。
大二郎「喉、渇かないか? 男をナンパする趣味はないけど、さっきのお礼に奢ってやるよ」
悟「いや、これから図書館に行って勉強を…」
大二郎「マジメか! いいから入ろうぜ」
大二郎、悟を連れて喫茶店に入る。
○喫茶「時間列車」・店内
カウンターに5席。2人掛けのテーブル席が2卓。カウンター内に、椎名礼子(22)がいる。奥のテーブル席に里香と島村奈緒(18)が座っている。
ドアチャイムが鳴る。悟と大二郎、店内に入ってくる。
礼子「いらっしゃい」
悟と大二郎、ドアの近くで立ち止まる。
礼子「どうしたの? 好きな席に座っていいのよ。新入生?」
悟「はい。あの…僕、喫茶店に入るの初めてなので」
大二郎「そんなこと言わなくていいぞ」
礼子「じゃあ、カウンターに座ったら? 色々と教えてあげるわよ(ウインクする)」
悟と大二郎、カウンター席に並んで座る。大二郎、礼子に見とれる。
礼子「2人ともコーヒーでいいかしら?」
悟「あ。こいつは茶の湯を極めたいそうです」
礼子「じゃあ紅茶ね」
大二郎「(ぼーっと礼子を見る)…あい」
悟「僕はコーヒーでお願いします。種類は分からないので、お勧めを」
礼子「(笑う)素直で正直な子ね」
礼子、コーヒーと紅茶の準備をする。
悟「ええっと…そういえば、まだ自己紹介してないよね」
大二郎「え? ああ…俺は中田大二郎…」
大二郎、礼子の方を向く。
大二郎「俺、中田大二郎です。経済学部1年です! よろしくお願いします!」
礼子「はい、よろしくね。私は礼子よ。椎名礼子」
奥のテーブル席で、里香と奈緒がクスクス笑う。
大二郎「そこのお二人さん、何がおかしいのかな~?」
テーブルの奥に座る奈緒が俯く。
奈緒「あっ、ごめんなさい…」
里香「謝るこたぁないよ」
テーブルの手前に座る里香が振り向く。
里香「あんた分かりやすいよね。礼子さんに一目惚れしたんだろ。まあ仕方ないけど。女の私が見ても、惚れ惚れしちゃうからね」
大二郎「お前らも1年? 学部は?」
里香「私は文学部。永澤里香。で、こっちは島村奈緒。教育学部」
大二郎「押忍。俺は経済学部…」
里香「あんたのは、さっき聞いてたよ。うちの奈緒が『かっこいい』とか『可愛い』って言ってる、そっちの爽やかボーイは?」
奈緒「(恥ずかしがる)やめてよ里香ちゃん!」
大二郎「(悟に)おい、お前だよ。…(小声で)俺の方が格好良くて可愛いけどなあ」
悟「僕? えっと…法学部1年の佐原悟です」
里香「サハラサトル君…面白い名前ね。サハラ砂漠の真ん中で悟りを開いたみたいな名前」
大二郎「俺の名前も珍しくて格好いいだろ?」
里香「(口を押さえるが笑いがこみ上げる)ぷっ…ダイジローって。江戸時代かよ!」
奈緒「里香ちゃん、失礼よ」
と言いつつ奈緒も笑いを堪える。
大二郎「ひどいや…。思い描いていた大学生活のスタートとは違うなあ…」
悟「どんなイメージだったんだよ?」
大二郎「そりゃあ、モテモテで楽しいキャンパスライフ…あっ。何かサークルに入らなきゃ!」
里香「どうせ、浮かれた軽薄なサークルでも探してるんでしょ?」
大二郎「なんで分かるの?」
里香「(呆れた顔)…ねえ、佐原君は何かサークルに入るの?」
里香、奈緒に目配せをする。
悟「いや、僕は別に…大学は勉強するところだし…」
英治(声)「おいおい。いい若いモンが、何を言ってるのかな~?」
階段から、早乙女英治(26)が降りてくる。
英治「未来あるピチピチの1年生諸君! まだサークルが決まっていないなら、ぜひ…」
礼子「ちょっと英治さん…ここで勧誘するの、やめてって言ってるでしょ!」
英治「…ごめんなさい」
礼子「もう。邪魔だから二階に戻ってよ」
英治「でも、我らが『しあわせ倶楽部』の存続の危機なんだよ。俺達二人が卒業したらどうなるんだ?」
礼子「そもそも『倶楽部』じゃなく『同好会』なんだから。私達がいなくなったら、もういいんじゃない?」
悟「あの…すみません」
英治「何?」
悟「部と同好会の違いって何ですか?」
大二郎「しあわせクラブって何?」
里香「しあわせ同好会、ね。…なんか宗教っぽくない? ここ、ヤバイとこだった⁈」
英治「おお、皆さん興味津々のようですね! では説明しましょう。まず、質問その1」
英治、悟を指差す。
英治「部員の数が少なかったり、活動実績がないサークルは部として認められず同好会扱いとなる。…質問その2」
英治、大二郎を指差す。
英治「しあわせクラ…同好会とは何か。一言で言うと、いたずらやドッキリを仕掛けるサークルである。ただし、普通のいたずらやドッキリとは違う点が3つある。1つは、騙す相手が街の一般市民であること」
***
(フラッシュ)
街を歩く人々。
***
英治「2つめは、騙された人が幸せな気持ちになること」
***
(フラッシュ)
路上で男が女の前で跪き、花束を渡す。女、感激した様子で男に飛びつく。
周囲の人々が拍手する。
男と女に「仕掛け人」のテロップ。
周囲の人々に「騙された人々」のテロップ。
***
英治「3つめは、最後まで騙された人に真実を明かさずネタバレしないこと。以上の3ルール。入部…いや入会の資格は、秘密が守れること。分かった?」
里香「大二郎は口が軽そうだから無理なんじゃない?」
大二郎「いきなりファーストネームかよ。俺に気があるの?」
里香「うるせー。あたしゃ誰にでもファーストネームだよ。こう見えて帰国子女なんでね」
英治「どう? 興味が湧いたでしょ?」
静まり返る店内。英治、咳払いする。
英治「自己紹介が遅くなったけど…俺、医学部6回生の早乙女英治。で、ここは俺の店」
悟・大二郎・里香・奈緒「ええーっ⁉」
英治「二階が居室と娯楽室で…」
***
(フラッシュ)
二階の寝室2部屋。広い居間に大型テレビ、ソファ、ダイニングテーブル、ビリヤード台。
***
英治「三階は天体観測室になってるんだ」
***
(フラッシュ)
三階。大きな天体望遠鏡。周囲に精密機械やモニターが多数。
***
英治「俺と礼子ちゃんは二階に住んでるんだ」
礼子「ちょっと! 誤解を招く言い方やめてよ。部屋を間借りしてるのよ。自由に天体望遠鏡を使っていいという条件でね」
英治「礼子ちゃんの専攻は天体物理学だからね。宇宙物理学だっけ?」
礼子「もともと天文部の部室だったのよねぇ」
英治「おっと忘れてた。質問その3」
英治、里香を指さす。
英治「宗教とは一切関係ありません。あ…でも宗教を開いてみるのも面白そうだな!」
里香「なんか怪しい話になってきたね…(奈緒に)そろそろ帰ろうか?」
英治「待って待って。そんなんじゃないから。俺が教祖になったら、まず、こうするな…」
○(回想はじめ)・宗教っぽい施設
英治、架空の宗教服を着て、多数の人々の前で壇上で説教している。
英治「皆さん、私を信じてはいけません。私を崇めてはいけません。私を頼ってはいけません…」
里香(声)「変な宗教ね」
英治「お布施をしてはいけません。お金を集めてはいけません。あらゆる集金活動を禁止します」
大二郎(声)「それで成り立つのかよ」
英治「勧誘してはいけません。他人に宗教を広めてはいけません」
悟(声)「もはや宗教とは呼べない気が…」
英治「皆さん、人は独りです。本物の神秘的な体験や、この世界の真実なんて、人間の言葉で伝えられるものじゃないのです。ましてや、人と人が寄り集まれば利害関係や余計な感情・思惑で汚れていくのは避けられません。組織や団体なんて所詮そんなものです。だから皆さん…群れてはいけません!」
(回想終わり)
英治「どう? 画期的だろ?」
大二郎「斬新すぎるなあ」
里香「それじゃあ信者の不満が爆発しない? いつか殺されるよ」
英治「ダメかなあ…」
礼子「私は天文部を復活させたいんだけどね」
大二郎「あっ、入ります俺! 入部します」
里香「あんた絶対、星とか宇宙に興味ないだろ?」
悟「僕、星座とか天体観測は分からないけど、宇宙論には興味ありますよ。宇宙の果てはどうなってるんだろう、とか」
大二郎「(悟を睨む)むむっ。ライバル出現か!」
里香「悟君は純粋な意味で言ってるのよ。大二郎のは下心でしょ」
大二郎「こいつだけ君(くん)付け⁈」
礼子「それでも人数的には部の復活は無理ね」
英治「しあわせ同好会と天文同好会を合体させたらどう? 俺、賛成!」
英治、手を挙げるが、誰も無反応。
礼子「佐原君、宇宙論に興味があるんだったら、文系でも分かりやすい本を貸してあげるわよ」
礼子、悟に本を渡す。
大二郎「いいなー。礼子さん、俺にも何か…」
礼子、大二郎に別の本を渡す。
大二郎「な…何すか、これ」
大二郎が手にした本の題名は、「サルでも分かる宇宙入門」。
里香、本を覗き込んで大笑いする。
奈緒、笑いを堪えて顔を隠す。
礼子「あ。ごめんなさい。そういうつもりじゃ…」
大二郎「感激です! 僕をペットにして下さい! 鬼退治でも何でも、ついて行きますっ!」
里香「桃太郎かいっ。じゃあ悟君が犬で、私は…美しい雉かな。で、鬼は早乙女先輩にやってもらおうっと。あ、ごめん…奈緒の役がなかったね」
奈緒「私は裏方がいいから…」
礼子「何の話?」
里香「私達、演劇部に入部するつもりで部室を探してたんです。でも、なかなか見つからなくて…」
英治「たしか演劇部って、去年廃部にならなかった? 新入部員が入らなくて」
里香「ええーっ!」
里香、全身でショックを表現する。
大二郎「舞台女優だなあ」
英治「時代かな。もう舞台じゃなく映像の時代ってことだろうね」
里香「(がっくり肩を落とす)私…帰ります。行こ、奈緒」
里香、トボトボと店を出て行く。
奈緒、気遣わしげに里香を追う。
奈緒「すみません、また来ます。ごちそうさまでした」
奈緒、ペコリと会釈して店を出る。
悟「じゃあ、僕も帰ります。明日の講義の予習をしなきゃ…」
英治「大学生が予習復習だなんて、世も末だな~」
悟「本、お借りします。失礼します」
悟、店を出る。
英治「で…(大二郎に)君は、いつまで居るのかな?」
大二郎、礼子をうっとりと見ている。
○商店街
里香と奈緒、商店街を歩いている。
里香「あーあ、どうしよう。演劇部で看板女優になって、地元のテレビに出演して、ゆくゆくは東京進出…って私の計画はどうなるのよぉ~っ」
奈緒「里香ちゃんなら大丈夫だよ。地元の劇団とか、探してみる?」
近くで、通行人同士の肩がぶつかる。
通行人A「おいこら、どこ見て歩いてんだよ!」
通行人B「そっちからぶつかったんだろ。早く謝れよ!」
通行人A「なんだと、てめぇ…」
奈緒「里香ちゃん…」
里香「なんかヤバイ雰囲気だね。ここから離れよう」
遠くからドタバタと中年女性が駆け寄ってくる。
中年女性「ちょっとぉー! そこの人ぉー! 待ってぇー!」
通行人AとB、口論を止めて振り返る。
中年女性、通行人A・Bの前を通り過ぎ、若い女・緑川葉子(20)に追いつく。
中年女性「(息を切らして)あなた…これ…バスの中で忘れ物ですよ…」
中年女性、葉子に古びた財布を渡す。
葉子「わざわざバスを降りて追いかけて下さったんですか? ありがとうございます。これ、亡くなった母の形見なんです…本当にありがとうございます!」
中年女性「あら、お母様の? 不思議ねぇ。実はね、その財布、色と形がソックリなのよ。私の死んだ娘が持っていた財布に。だから思わずバスを降りて追いかけちゃった…」
傍で聞いていた花屋の店主が、花束を二つ持って近づく。
花屋の店主「聞かせてもらいましたよ。いい話じゃないですか。お二人に、こちらを差し上げます」
花屋の店主、中年女性と葉子に花束を一つずつ手渡す。
花屋の店主「青いバラです。花言葉は『奇跡』です。私からのサービスです。どうぞ」
甘味処の店主が近づいてくる。
甘味処の店主「お二人さん、よかったらうちの店でお茶でも飲んでいきな。お互いの思い出話でもするといいよ」
中年女性と葉子、甘味処の店主について行く。
通行人AとB、気まずそうに相手の顔をチラチラ見る。
通行人A「おう…」
通行人B「どうも…」
通行人AとB、去って行く。
里香、ほんわかした顔で佇む。
奈緒、ハンカチで目尻を拭う。
○喫茶「時間列車」・店内
カウンター内に礼子と英治。
カウンター席に悟と大二郎。
テーブル席に里香と奈緒。
里香「…というわけなのよ。最初は、通行人同士の喧嘩が始まって、どうなることかとヒヤヒヤしたんだけど。若い女の人とオバサンの奇跡みたいな話で、心が温まったわよねぇ~」
大二郎「実は俺達も昨日、すごく感動的な場面に遭遇しちゃったんだよ。(悟に)なあ?」
悟「うん」
○(回想はじめ)・路上
青年がポケットティッシュ配りをしているが、通行人は受け取ってくれない。青年、段ボール箱を抱えて場所を移動しようとする。
汚い工員風の中年男が青年にぶつかる。段ボール箱の中身の大量のポケットティッシュが路上にこぼれる。
青年「あ…すいません」
青年、しゃがんでポケットティッシュを拾い始める。中年男、無言で手伝う。通行人の中にいた悟と大二郎、目顔で手伝おうと語り、一緒にポケットティッシュを拾う。
青年「すいません。ありがとうございます。…あっ!」
青年、中年男を凝視する。
青年「あの…もしかして…お父さん⁈」
中年男、はっとして青年を見る。
青年と中年男、見つめ合う。
中年男、帽子を目深に被り、立ち去ろうとする。
青年「待って下さい! お父さん…だよね? 大丈夫だよ。お母さんも僕も恨んでなんかいないよ。ずっと帰りを待ってたんだよ」
中年男、背中で震えている。
通行人達が、何事かと見ている。
青年「お父さん。お母さんは、まだあの家に住んでるよ。だから…帰っておいでよ」
中年男、じっと立ったまま頭を振る。
青年「僕、去年結婚したんです。赤ちゃんも生まれました。お父さん、お祖父ちゃんになったんだよ!」
中年男、振り向く。涙を流している。
中年男「帰って…いいのか?」
青年「当たり前じゃないですか。…おかえり」
傍で聞いていた路上ミュージシャンが即興で歌い始める。
路上ミュージシャン「おかえり~♪」
周囲の通行人達から自然に拍手が湧く。
悟と大二郎も拍手している。大二郎は号泣している。
(回想終わり)
大二郎「…てな感じでさ。もうメチャクチャ感動したよ。こんないい話、本当にあるんだなー」
礼子と英治、顔を見合わせる。
礼子、困ったような顔。
英治、悪戯っぽくニヤニヤ笑っている。
里香「何よ、早乙女先輩。何がおかしいんですか?」
英治「いや~、みんな素直だなと思って。(礼子に)もう皆にバラしてもいい?」
礼子、ご自由にという仕草。
英治「あのね…その2つの出来事、みーんな嘘。フィクション。いたずら。ドッキリ」
悟・大二郎・里香・奈緒「えっ⁈」
英治「まずは、商店街の事件の種明かし…」
○(回想はじめ)・商店街
葉子、花屋の前で佇んでいる。
近くで通行人Aと通行人Bの肩が触れ、険悪な雰囲気。
葉子、掌に隠した小型トランシーバーを口に近付ける。
葉子「こちら葉子、タイミング、今がいいわ。近くでつまんない喧嘩が始まりそうだし…よーい、スタート!」
曲がり角にいる中年女性、耳に当てていたトランシーバーを口に近付ける。
中年女性「了解」
中年女性、角を曲がって商店街を走り出す。
中年女性「ちょっとぉー! そこの人ぉー! 待ってぇー!」
(回想終わり)
里香「えっ…マジっすか…⁈」
奈緒「でも、どこまでが嘘…というか、俳優さんなんですか? 花屋さんやフルーツパーラーの人は?」
英治「ああ、あの人達は喜ぶべき不確定要素だったね。あのシチュエーションを本気で信じて、結果的には自主的に参加してもらった感じ。ま、こういうのも醍醐味なんだけどね」
里香「ひどいわ。騙すなんて…」
大二郎「俺達のは本物だろ? あんないい話が作り物だったなんて信じないぞ!」
英治「がっかりさせて悪いけど、作り物でーす」
○(回想はじめ)・路上
ポケットティッシュ配りをしている青年に、変装した英治が近付く。
英治「(青年の耳元で囁く)人通りも増えてきたので、そろそろ始めて下さい」
中年男が歩いてくる。
英治、中年男に頷く。
中年男、青年にぶつかり、段ボール箱のポケットティッシュが路上に撒かれる。
(回想終わり)
大二郎「ひどいや…そんな」
礼子「(申し訳なさそうに)夢のない話でごめんなさいね」
大二郎「ああっ! 感動して泣いた俺が馬鹿だった! なあ、悟…」
悟「あのポケットティッシュ、この店のでしたよね。何か変だなとは思ったんですが…」
***
(フラッシュ)
路上に撒かれたポケットティッシュ。「時間列車」の広告が入っている。
***
英治「観察眼が凄いね君。…才能あるよ」
ドアチャイムが鳴る。葉子が店に入ってくる。葉子、カウンター席に座る。
英治「葉子ちゃん、お疲れさま」
里香「あっ…ああーっ!」
里香、葉子を指さす。
葉子「おい小娘。人を指差すな」
里香「だって、この人…詐欺師…」
悟「お金を巻き上げてないし、何の利益もないから詐欺罪は成立しないよ。ちなみに刑法第二四六条」
大二郎「さすが法学部。…って、お前、まだ入学したばっかなのに勉強しすぎ!」
大二郎、葉子を見る。視線は、足を組んだ葉子のミニスカートに釘付け。
大二郎「俺、1年の中田大二郎です~」
葉子「2年の緑川葉子よ。文学部。あんたも『しあわせ同好会』に入部したの?」
大二郎「ええっと…(葉子の脚を見ながら)まだ考え中です。でも葉子先輩がどうしてもと言うのなら入部します~っ」
里香「文学部…私の先輩か」
悟「僕は納得できないですね。こんな風に人を騙して馬鹿にして…何が楽しいんですか?」
英治「出たね、マジメ君。いや、馬鹿にしてなんかいないよ」
里香「だいたい、何のメリットがあるんですか? 目的は何?」
英治「あのさ…。君達は今、騙されたと知ったから怒ってるんだよね? もし、知らなかったら…どうだった?」
悟と里香、顔を見合わせる。
英治「今もまだ、幸せな気分に浸ってたんじゃないかな?」
悟「それは…そうでしょうけど…」
英治「騙された人達…というか、あの場面を直に遭遇した町の人達は、きっとハッピーな温かい気持ちになったよね? 喧嘩していた男達も、おとなしくなっただろ?」
里香「それは、まあ…」
英治「自分が見た心温まる話を、家族や友達にも話して聞かせたんじゃないかな。そうやって幸せな気持ちの連鎖がつながっていく…」
礼子「私達はね、人を騙して楽しんでるんじゃないのよ。この殺伐とした世界に、人工的かもしれないけど気持ちが優しくなるような風景を街の中に作り出すの。それが、ほんの少しでも世の中を明るく照らすんだったら、私達のやってることは意味があると思うのよ」
英治「砂漠に水を撒く程度の意味しかないのかもしれないけどね」
里香「いや…でも、結局は嘘ですよね?」
葉子「誰も傷つけない嘘でしょ。作り物だけど、人は自分が信じるものが真実なんだから。だったら、信じさせればいいのよ。愛や善意や優しさを。ね?」
里香「…ちょっと混乱してます。少し考えさせてもらっていいですか?」
奈緒「私は、素敵な試みだと思います。皆さんのやってることは良いことだと思います。だから…私にも、お手伝いさせて下さい!」
大二郎「俺も…(葉子の脚を見つめて)入部します!」
英治「佐原君は、どうする?」
悟「ちょっと質問があるのですが」
英治「何でもどうぞ」
悟「仕掛け人の中に、明らかに大学生には見えない人もいましたよね。あの人達は?」
里香「そういえば、私達の時もいたわ。中年のオバサンとか…」
英治「あの人達はアルバイトの仔猫ちゃん達ですよ。インターネットで募集するんだよ。大抵いつも常連さん達が多いけどね…秘密厳守だから。葉子ちゃんは一応、うちの部員だけど」
葉子「幽霊部員みたいなもんだけどね」
大二郎「脚は、あるみたいだ…」
英治「で。佐原君。どうする?」
悟「僕は…正直言って人の心理はよく分かりません。でも、何かが引っかかるんです…まだ上手く言葉に出来ないけど。それを見定めるためにも、しばらく参加させてもらっていいですか?」
葉子「なんか理屈っぽい子ね。入部でいいのよね? あとは…(里香に)あんた、文学部って言ったわよね。何を専攻する予定?」
里香「心理学ですけど」
葉子「だったら、うってつけよ。一緒にやろうよ」
奈緒「里香ちゃん、演技の勉強にもなると思うよ」
大二郎「えっ。女優志望なの?」
里香「(奈緒を睨む)もう!」
奈緒「ごめん…」
里香「分かったわよ。なんか中途半端に関わっちゃったから、もうやるわよ」
英治「よし! じゃあ新入部員4人を歓迎して、今日は新歓コンパだ!」
○喫茶「時間列車」(夜)・外観
店の明かりが外に漏れている。
○喫茶「時間列車」(夜)・店内
悟、大二郎、里香、奈緒、礼子、葉子、英治がいる。カウンターやテーブルに酒、ジュース、料理が並んでいる。
葉子「結局いつも、ここじゃん。たまには外で飲もうとか思わないの?」
英治「葉子ちゃ~ん、俺の店に何か不満でも?」
葉子「いや。礼子さんがいつも料理作って大変そうでしょ。美味しいけど…可哀想よ」
礼子「私はいいのよ。好きでやってるから。でも、ありがと」
英治「未成年は酒はダメだからな」
大二郎「はーい。分かってまーす」
悟「こんなに新入部員が増えたら、もう同好会から部へ昇格できるんじゃないですか?」
英治「いや。大学の規則だと十人以上だから、まだ足りないな。今、8人だから、あと2人か…」
悟「えっ。(店内の人数をかぞえる)7人ですよね?」
礼子「あと1人いるのよ、幽霊部員が。法学部2年だから、悟君の先輩ね」
英治「あいつ、ボクシング部と掛け持ちだから忙しいのかもな」
礼子「部への昇格の話だけど…部員の数だけじゃないのよ。部活動としての実績が認められないとダメなの」
悟「ということは…」
英治「そうなんだ。活動内容は絶対秘密だから、部への昇格は永久に無理なんだよーっ!」
葉子「里香ちゃん、女優を目指してるの?」
里香「ええ…一応」
葉子「私、去年まで演劇部だったのよ。新入部員が来なくて廃部になっちゃったけど。私が最後の部員だったわ」
里香「えっ、そうなんですか。葉子先輩、ひょっとして高校でも演劇部でしたか?」
大二郎「奈緒ちゃん、何を飲んでるの? オレンジジュース?」
奈緒「あ、えっと…はい。たぶんオレンジジュースです」
大二郎「同級生なんだからタメ語でいいよ」
奈緒「あ、はい。あっ…すみません…あっ」
悟「礼子さん。こないだの本、お返しします。面白かったです。なんだか目から鱗でした」
礼子「でしょ? 多元宇宙を前提にすれば、色んな宇宙の謎が解明できると思うのよ。なぜ宇宙人はいないのか、とか。次は宇宙が数学で出来てるって本を貸してあげるわね」
英治「おいおい。結局、葉子ちゃんが一人で全部、酒を飲むんだから。また酔っ払って怪我しても知らないぞ…」
葉子「うるせぇ。飲まずにやってられっか」
葉子、ふらつく。
○喫茶「時間列車」(夜)・外観
店の明かりが外に漏れている。
ガシャーンと派手な物音。
里香(声)「あーっ! やっちゃった」
英治(声)「ほらみろ。だから…」
礼子(声)「葉子ちゃん、大丈夫?」
○路線バス・車内
唐草模様の風呂敷を背負った老婆が、ハガキを手に持ち、困った顔でキョロキョロしている。
乗客A「お婆さん、どうぞ」(席を譲る)
老婆「あー。ありがとうございます」
老婆、席に座りながらも困った様子で周囲を見回す。
乗客A「どうしましたか?」
老婆「あのう…ここに行きたいんですが…」
老婆、ハガキを見せる。
乗客A「ホテル・グランドボヌール? ごめんなさいね、ちょっと分からないわ」
乗客B「ああ、そのホテルなら、聞いたことありますよ。ちょっと見せて」
乗客B、ハガキを見る。
乗客B「結婚式の招待状ですね」
老婆「孫の結婚式なんです。早く行かないと、間に合わないんです…」
乗客B「でも、お婆ちゃん、これ路線が違うよ。乗り換えなきゃ!」
乗客の大二郎、立ち上がる。
大二郎「俺、暇だから案内しますよ。お婆ちゃん、次で一緒に降りましょう」
乗客の里香、降車ボタンを押す。
里香「私、先に降りてタクシーを捕まえますから、そこのお兄さん(大二郎に)お婆さんが降りるのを手助けしてあげて下さい」
乗客B「それじゃあ間に合わないだろ。この辺り、全然タクシーが通ってないぞ」
乗客C「それだったら、うちの会社の車を使って下さい。この近くなんで、すぐに呼びます」
乗客C、携帯電話で通話を始める。
乗客C「俺だ。車を一台、大至急、寄越してくれ。…経費削減で使えない? うるさい! 俺が責任を取る。早く寄越せ!」
バスが停車する。里香、老婆、大二郎、乗客C、降車する。
乗客C「いいか。場所を言うぞ…」
老婆「皆さん、本当にありがとうございます」
バスが発車する。一番後ろの座席に、英治と礼子が座っている。
英治「(大きな声で)ちきしょう…世の中まだまだ捨てたもんじゃないな!」
礼子「あなた…意地を張らないで、そろそろお母様のお見舞いに行ってあげたら?」
英治「…おう! (涙声で)次で降りるぞ!」
バスの車内アナウンスが流れる。
アナウンス「次は、県立病院前。次は県立病院前です。お降りの方は…」
英治、降車ボタンを押す。他の乗客達、一様に和やかな顔。ハンカチで目頭を押さえる者もいる。
○公園
ベンチに座る人々。散歩する人々。
大型ベビーカー(双子用)を押して歩く母親。
突然、雨が降り出す。周囲の人々が駆け寄り、母親の頭上とベビーカーの上に傘を掲げる。
木陰で傘を差して見守っている英治。手に持っているスマホの画面に、雨雲レーダー。局所的な雨雲が動いている。
雨が止み、日が差す。
英治、ベビーカーに集まる人々を見て微笑み、親指を立てる。
集団の中に、大二郎がいる。大二郎、チラリと英治の方を見る。
○横断歩道
歩行者信号が青になる。人々が横断歩道を渡り始める。
老婆が一人、遅い歩みで横断歩道を渡っている。高校生、サラリーマン、主婦等が一斉に両側の車道に向かって両手を広げて立つ。
悟、老婆をエスコートして横断歩道を渡る。歩行者信号が点滅。すみません、という風に人々が車に向かってジェスチャー。老婆、悟に手を引かれて無事に横断歩道を渡り終える。
○喫茶「時間列車」・店内
カウンター内に英治と礼子。
カウンター席に悟と大二郎。
テーブル席に里香と奈緒。
英治「やっぱり女優の卵は違うね。里香ちゃん、初めてなのに堂々としてたよ」
里香「舞台とは違うから、何か変な感じですけど…」
大二郎「礼子さんとの夫婦役、俺がやりたかったなあ~」
悟「それにしても、公園での雨のタイミング、バッチリでしたね」
英治「雨雲レーダー様々だよ」
奈緒「私、どこまでがアルバイトの人達で、どの人が本当の善意でやってくれた人達なのか、見分けがつきませんでした」
英治「ある意味では仔猫ちゃん達も皆、善意でやってるんだけどね」
礼子「バスの中で最初に席を譲ってくれた女性。あの人は予定外だったけど、嬉しかったわね」
英治「横断歩道にも、飛び入りの参加者が何人かいた気がするなあ」
悟「あれだけの人数をアルバイトで雇うと、すごい金額になるんじゃないですか?」
英治「そりゃまあ…でも大丈夫。俺、金持ちだから」
里香「なんか、ヤな感じ」
奈緒「葉子さんは今日も来ないんですか?」
英治「あいつ、色々と忙しいからなあ」
里香「あっ。私もバイトしなきゃ。奨学金を受けてる貧乏学生なんだし」
英治「えっ。しあわせ同好会からの出演料じゃ足りない?」
悟・大二郎・里香・奈緒「えっ⁈」
大二郎「部員にも…出演料、出るんですか?」
英治「あれっ。言ってなかったっけ?」
英治、礼子を見る。礼子、首を振る。
英治「時給制だけど、たぶん感激するくらいの額が振り込まれるよ。秘密厳守料も含まれてるからね。後で銀行振込手続、よろしくね」
悟「そのお金は一体、どこから…」
英治「俺のポケットマネーだよ。どう? 部活とアルバイトを兼ねて、しかも人を幸せにするんだよ」
里香「なんだか私達…何かの共犯者みたい。なんとなく」
大二郎「こんなに世の中のために良い事をしてるんだからさぁ…日本国内だけじゃなくて、海外にも進出しない? お金はあるんでしょ?」
礼子「それはダメよ」
大二郎「どうして?」
英治、気まずそうに咳払いする。
礼子「…英治さん、飛行機恐怖症なの。だから、海外旅行にも行ったことないんですって」
里香「大金持ちなのに、勿体無~い!」
礼子「ねえ、それより…(英治に)そろそろ、達也のこと、なんとかしないと」
英治「そうだよなあ(頭を掻く)…悟、法学部だよね。同じ学部だから、達也を連れて来てよ」
礼子「それじゃあ何の事か分からないでしょ」
英治「あっ、そうか。えっと…実はうちには、あと一人、部員がいるんだよ。法学部2年の伊集院達也という…」
***
(フラッシュ)
ボクシングジムでサンドバッグにパンチを打っている伊集院達也(22)。
***
英治「あいつ、二回も留年してるから、今度留年するとヤバイんだよな。ここにも顔を出さなくなったけど、大学にも全然行ってないみたいで」
礼子、悟にメモを渡す。
礼子「ここが達也の住所よ。お願い、悟君。様子を見に行ってくれる? 私達の言うことじゃ聞かないから…みんな心配してるよって伝えて」
英治「新入部員が入ったと知ったら、何か違うかもしれないし。なんなら腕尽くで引っ張って来てよ」
大二郎「俺が行きましょうか? こう見えて柔道二段ですよ」
礼子「達也はボクシングの達人よ」
英治「メチャクチャ喧嘩が強いらしいぜ」
大二郎「やっぱり辞退します」
悟「僕なんかが行っても、相手にしてくれないと思いますけど…」
○達也のマンション・外観
悟と大二郎、ドアの前で佇む。部屋の中から重い金属音と呻き声が聞こえる。
大二郎「なんか…ものすご~くヤバイ人なんじゃない?」
悟「呼び鈴もインターホンもないのか…」
悟、ドアをノックするが返事がない。
悟「何か、事件に巻き込まれてるのかも…。仕方ない。入ろう!」
大二郎「えーっ」
悟と大二郎、ドアを開けて中に入る。
悟「お邪魔します。伊集院先輩」
大二郎「達也さーん…」
○達也の部屋
悟と大二郎、立ちすくむ。薄暗い部屋の中、達也がベンチプレスでバーベルを上げながらうめき声を出している。部屋の中は、トレーニング器具、サンドバッグ、パンチングボールで溢れている。床の上に散乱する多数のウイスキーの空き瓶。灰皿に多数の吸い殻。
悟「伊集院…先…輩…?」
達也、ベンチプレスを止めて、体を起こす。
達也「誰だ、お前ら?」
大二郎「はいっ。しあわせ同好会の新入部員でありますっ!」
悟「礼子さん達に頼まれて来ました。皆さん心配してますよ」
達也「礼子?」
大二郎「(小声で)呼び捨てかよ⁈」
悟「見たところ、昼間は体を鍛えてイジメ抜いて…夜は酒浸りですか。体、壊しますよ」
達也「余計なお世話だ。先に心がぶっ壊れてるから、体もそれに合わせてるだけだ」
大二郎「ははーん…」
悟「何だよ?」
大二郎「失恋だな? 原因は女だろ。恋愛マスターの俺には分かりますぜ、先輩」
達也「……」
悟「あれっ?」
悟、床に落ちていた白い封筒を拾う。大二郎、封筒を覗き込む。封筒の表に「遺書」と書かれている。
大二郎「うわっ! 先輩、早まらないで下さいっ!」
達也「おいおい、勘違いするな。俺はトレーニングの前に必ず遺書を書くことにしてるだけだ」
悟「何故ですか?」
達也「決まってるだろ。死ぬ気で限界まで肉体を鍛えるからだよ」
悟「酒と煙草とトレーニングですか。破滅に向かう美学を気取ってるんでしょうけど、本気であなたの事を心配してる人達の気持ちも考えてあげて下さいね」
大二郎「おい、悟~っ」
悟「失礼します」
悟、部屋を出て行く。大二郎、達也に頭を下げ、悟の後を追って出て行く。
○喫茶「時間列車」・店内
カウンター内に英治と礼子。
カウンター席に悟と大二郎。
テーブル席に里香と奈緒。
悟「…というわけで、説得は失敗しました」
悟・大二郎「すいません!」(二人、同時に頭を下げる)
礼子「いいのよ。無理なお願いして、ごめんなさいね」
大二郎「俺が腕尽くで連れて来ても良かったんですけどね」
悟「原因は、失恋だったみたいですよ」
礼子「えっ…」
大二郎「ははーん」
悟「何が『ははーん』だよ?」
大二郎「鈍いな、お前…。礼子さん、達也さんと、どういう関係ですか?」
礼子「幼馴染みよ」
大二郎「ふーん」
悟「何が『ふーん』だよ?」
英治「まあ、いいじゃないか。達也も、悟の言葉が少しは堪えてると思うし…いずれ、顔を見せるだろ」
礼子「悟君、ありがと」
大二郎「あっ、ズルい。俺も褒めてよ、礼子さ~ん」
礼子、微笑む。
里香、礼子をうっとりと見ている。
○(回想はじめ)・喫茶「時間列車」(過去)
スローモーションで微笑む礼子。
礼子「いらっしゃい」
里香(モノローグ)「一目惚れだったわ…」
店の入口で立ち尽くす里香。
他の客と談笑する礼子。
里香(モノローグ)「知性と美貌と品格…私が理想とする女性像がそこにいた。生きた『お手本』だわ」
コーヒーを炒れたり、皿を拭いたり、本を読む礼子。
里香(モノローグ)「この人を目指そう! …と思ったけど、すぐに諦めたわ。無理よ。こんな素敵な女に、私なんかがなれるわけがない」
テーブル席で後ろ姿の里香。
向かい側に奈緒が座って話している。
里香(モノローグ)「とてもあの人を直視できない。だから私は、いつも彼女に背を向ける席に座る。悪いけど、奈緒の話は半分しか聞いていないの…」
奈緒「…なんだよね。ねぇ、里香ちゃん?」
里香「ん? ああ…そうだね」
奈緒、里香に話し続ける。
里香(モノローグ)「奈緒は悪い子じゃないんだけど、ちょっと私に対する依存体質がある。幼稚園からずっと一緒なのに、ほとんど成長してないんじゃないかしら…悪いけど」
奈緒、不安な表情。
奈緒「里香ちゃん…何か怒ってる?」
里香「ううん、そんな事ないよ。どうしたの?」
奈緒、ぱっと明るい表情になる。
奈緒「良かった。それでね…」
里香(モノローグ)「気が弱くて人見知りのくせに、私にだけは自分の事をよく喋る。ごめんね、本当はあんまり耳に入ってないけど。小・中・高ずっと演劇部だった私を追いかけて一緒に入部したけど、人前に立つのが嫌いな奈緒は、ずっと音響係だったのよね。大学に演劇部がなくて本当はホッとしてるんじゃないかしら。まあ…似たようなサークルに入っちゃったけど」
(回想終わり)
○達也の部屋(夕)
トレーニング用ベンチに腰掛ける達也。首に掛けたロケット・ペンダントを外し、中を見る。若い女性の写真(不鮮明で誰だか分からない)。達也、立ち上がり、ペンダントをポケットに入れる。
○海沿いの防波堤(夕)
達也、防波堤からペンダントを海に向かって投げ捨てる。
○喫茶「時間列車」(夜)・店内
カウンター内に礼子。
カウンター席に悟、大二郎、葉子。
テーブル席に里香、奈緒。
それぞれ、酒やジュースを飲んでいる。
ドアチャイムが鳴る。店に達也が入ってくる。
葉子「よぉー。久しぶりじゃん」
達也「お前…飲み過ぎるなよ」
葉子「あんたに言われたくないよ」
悟「あ。先日は…どうも」
達也「おう…ありがとよ」
里香「誰?」
大二郎「この人が達也さんだよ」
里香・奈緒「(立ち上がる)はじめまして」
英治、二階から降りてくる。
英治「全員揃ったかな? やっと部員が勢揃いしたね」
葉子「急に呼び出して何よ? あたし忙しいんだからね」
英治「お待たせしました。しあわせ同好会、夏のビッグイベントを発表しま~す!」
英治、テーブルに地図と写真を並べる。
全員、テーブルの周りに集まる。
葉子「何? 今回は大がかりね」
英治「普段は、不特定多数の街の人々に幸せの種をばら撒いている俺達だけど、今回はちょっと違うんだ…」
里香「どう違うの?」
英治「今回のターゲットは、この二人…」
英治、テーブルの上の写真を指さす。写真に老夫婦が写っている。
山村真吾(65)と山村恭子(63)。
英治「山村さんご夫婦だ。場所は、ここ。山奥のペンション『月光』…」
英治、テーブル上の地図を指差す。ペンションの写真と間取り図面がある。
英治「実は、一週間ほど前の話なんだけど…」
○(回想はじめ)喫茶「時間列車」(朝)店内
カウンター内に英治と礼子。
山村夫妻、手前のテーブル席で、コーヒーを飲んでいる。
山村「こちらのコーヒー、本当に美味しいですね」
礼子「ありがとうございます」
英治「うちの女性マスターは、世界大会で入賞したこともあるバリスタなんですよ」
恭子「ああ、どおりで。素晴らしかったわ」
山村「うちのペンションでも、この味が出せるといいなあ」
礼子「ペンションをなさってるんですか?」
恭子「ええ。田舎の山奥で。小さいですけど」
山村「よかったら、ぜひ遊びに来て下さい」
恭子「この夏でペンション経営はもう辞めようと思ってますので、ぜひ最後に」
英治「じゃあ、うちのサークルで合宿に行きますよ。全部で8人ですけど大丈夫ですか?」
山村「ぜひ。お待ちしております」
恭子「久しぶりに賑やかになりそうで楽しみね。明日香もきっと喜ぶわ」
英治「アスカ…さん?」
山村「…何でもありません。気になさらないで下さい…」
恭子「うちの娘です。20年前に亡くなりましたけど」
英治「あ…すみません」
山村「変な話をして申し訳ありません。でも、本当に良い所なんですよ。湖が綺麗で…」
恭子「夏になると花火大会があってね。大きな花火が湖に反射して、それはそれは美しい景色なんですよ」
山村「恭子、花火大会は三年前から中止になっただろ」
恭子「そうだったかしら? 明日香が大好きだったのに…」
礼子「残念ですね。最近は過疎化が進んで、そういう地域は多いらしいですね」
山村「でも素敵な所ですから、ぜひ」
英治「もちろん。楽しみにしています」
(回想終わり)
里香「で? その話が同好会の活動と、どう結びつくんですか?」
大二郎「合宿に行くって話ですよね。幸せを配る活動はとりあえず忘れて、夏のバカンスを楽しむんでしょ?」
悟「いや、違うと思うよ。何か策略を考えてるんでしょ、先輩達?」
英治「さすがだね、悟君。でも『策略』って言葉は良くないな。せめて『幸せな嘘』とでも言ってよ」
里香「で…何をするの?」
葉子「せっかちねぇ」
英治「まだ分からないかなぁ。この中にミステリーファンはいないの? …じゃあ教えよう。山村さん夫婦の娘さんが20年前に亡くなっていること、娘さんが大好きだった花火大会が三年前から中止になっていること。…ここまでは良いね?」
全員、頷く。
英治「山村さんの奥さんが不治の病で余命幾ばくもない、というのは?」
全員、頭を振る。
里香「そんな情報、ありました?」
英治「山村さんのテーブルの上に、処方箋の薬が置いてあったのを見たんだ。
***
(フラッシュ)
山村夫妻のテーブルの上。
薬の入っている袋が置かれている。
***
英治「薬の名前と分量…俺が医学部だってこと、忘れてないかな皆さん?」
悟「薬の情報なんて、なかったですよ。ミステリだとアンフェアだって散々叩かれるパターンですよー」
英治「じゃあ、もう一つ。娘さんが亡くなった当時、音大生でピアニストの卵だったってことは?」
里香「さっきの話に、そんな箇所あったかしら?」
英治「ペンションの名前が『月光』だろ? そこから推理して、山村明日香の名前で検索したんだ。そしたら国際ピアノコンクールの受賞者の中に名前があった…」
悟「それもアンフェアですよー」
英治「本題に入ろう。我々の今回のミッションは…」
○喫茶「時間列車」(夜)・外観
店の明かりが外に漏れている。
夜空に月。
○山奥の田舎道(朝)
二台の車(高級車と古いジープ)が走っている。
○英治の高級車(朝)・車内
運転席に英治。助手席に礼子。
後部座席に里香と奈緒。
里香「私、こんな高そうな車に乗ったの初めて! さすが早乙女先輩。お金持ちね~」
奈緒「私、普段は乗り物酔いするんですけど、この車、全然揺れないから大丈夫です」
○達也の古いジープ(朝)・車内
運転席に達也。助手席に葉子。
後部座席に悟と大二郎。
悟「達也先輩、車もワイルドなんですね」
葉子「私、普段は乗り物酔いなんてしないけど、この車…(口に手を当てる)エグいわ」
達也「文句言わずに、ちゃんとナビしてくれよ」
○湖の沿道(朝)
二台の車(高級車と古いジープ)、湖の傍の道を走行している。
○英治の高級車(朝)・車内
里香「うわー。綺麗な湖ね」
礼子「(ナビを見て)もうすぐ着くわよ」
○達也の古いジープ(朝)・車内
葉子・悟・大二郎、口を押さえている。
大二郎「もう限界…」
葉子「景色を見てる余裕なんてないわ…」
悟「まだ着かないんですか?」
達也「(地図を悟に渡す)自分で調べろ」
○ペンション「月光」(朝)・外観
高級車と古いジープ、ペンション前に到着。全員、降車する。
里香「最高のドライブだったわね~」
葉子「最悪~。やっと着いた~」
悟「帰りは、組み合わせ変えませんか?」
大二郎「そうだよ。俺、早乙女先輩に言いたいことがあります!」
葉子「そうよ。言ってやってよ」
英治「何?」
大二郎「男女比、おかしくないですか? そっちが女子多いでしょ。権限乱用ですよ!」
葉子「えっ。そこぉ~?」
○ペンション「月光」(朝)・一階サロン
しあわせ同好会の一行、それぞれ荷物を持って集合。
山村夫妻が出迎えている。
恭子「すぐ、お部屋に案内しますからね。遠い所から、お疲れでしょう?」
里香・奈緒・礼子「いえ、全然」
悟・大二郎・葉子「はい、すっごく」
山村「二階に寝室が5つあるので、2人1部屋で使って下さい。それと…あと1人、夕方から別のお客様がいらっしゃいます。貸し切りじゃなくて申し訳ないのですが」
恭子「後で食堂を案内しますから、まずは部屋でお寛ぎ下さい」
恭子、皆を二階へ案内する。
○里香と奈緒の客室(朝)・室内
里香、ベッドに横たわる。
里香「私のアパートより快適~っ」
奈緒、窓のカーテンを開ける。
奈緒「わあ。景色もすごいよ。見て、里香ちゃん」
○悟と大二郎の客室(朝)・室内
悟、窓から景色を見ている。
大二郎、ベッドに横たわる。
大二郎「疲れたー。俺、夜まで寝てていい?」
悟「なんだから推理小説っぽいシチュエーションだな。こういう時、最初に殺されるのが寝てる奴だよ」
大二郎「…嫌なこと言うなあ」
○礼子と葉子の客室(朝)・室内
礼子と葉子、テーブルで向かい合う。テーブル上に楽譜が置かれている。
葉子「今回のミッション…礼子さんの役割、すごく大変ですよね。頑張って下さい」
礼子「ありがとう。ベストを尽くすわ」
○英治と達也の客室(朝)・室内
達也、腕立て伏せをしている。
英治、窓から双眼鏡で外を見ている。
○ペンション「月光」の食堂(夜)
しあわせ同好会のメンバー、食卓で夕食中。恭子、給仕をしている。
英治「このニース風サラダ、美味しい!」
里香「こっちのヤムウンセンも最高!」
大二郎「(恭子に)おばさーん、ファラフェルのおかわり、お願いしまーす」
恭子「はいはい。沢山あるから、どんどん食べてね。(厨房に)真吾くーん、ファラフェル追加ねーっ」
里香「…シンゴ?」
大二郎「…くん?」
山村、厨房から顔を出す。
山村「恭子ちゃん、お客様の前で恥ずかしいだろ」
葉子「…キョウコ」
英治「…ちゃん!」
奈緒「いいわね~。あんなご夫婦、憧れるわ~っ」
里香「私も。ああいう風に、年齢を重ねたいわねぇ」
大二郎「ところで作戦会議は、いつ開くんですか?」
英治、人差し指を口に当て、山村夫妻が近くにいることを目配せする。
大二郎「あっ…そうか」
里香「馬鹿ねぇ」
英治「食後、俺と達也の部屋に集合。OK?」
望月純一(35)、食堂に入ってくる。
恭子「あっ、望月さん。そちらのテーブルでお願いしますね」
望月、隣の二人用テーブルにつく。
礼子「騒がしくて、ごめんなさい。私達、大学のサークル仲間で合宿中なんです」
望月「(ジロリと見る)何のサークル?」
礼子「えっと…」
英治「こんぱんは。代表者の早乙女です。うちら、何というか…天文観測同好会みたいなもので。あと、演劇サークルみたいな」
望月「みたいな?」
英治「あははは(笑ってごまかす)」
望月、英治に名刺を渡す。
英治「ルポ…ライター?」
名刺に『ルポライター望月純一』と印刷されている。
望月「フリーのジャーナリストですよ。今ちょうど、大学生のグループが関わっていると思われる大規模な悪戯というか、不可思議な出来事を取材していましてね…」
望月、しあわせ同好会の一同を、意味ありげな目つきで見回す。
望月「どうぞ、よろしく。ナントカ同好会の皆さん」
○英治と達也の客室(夜)・室内
しあわせ同好会の全員が集まっている。
葉子「あの人、何か感づいてるわよね」
大二郎「俺達のこと、調べてるのかな?」
里香「大丈夫かしら…私達、何か罪に問われるの?」
悟「何も法律に触れることしてないでしょ。心配いらないよ」
英治「悟の言う通り。あのルポライターの事は、ひとまず置いといて。これからの作戦を考えよう」
葉子「そうね」
英治「礼子ちゃん、曲は覚えた?」
礼子「一応、楽譜通りに指は動かせるけど…(ピアノを弾く仕草をする)山村明日香さんと同じ音色を出すのは無理よ」
英治「分かってる。そこで奈緒ちゃんの出番だ。(奈緒を見る)準備はOKかな?」
奈緒「はい。明日香さんの昔の演奏は、録音済みです」
英治「葉子、衣装とメークは?」
葉子「インターネットでコンクールの動画を拾ったわ。明日香さんの最後のコンクールの時のでいいよね。メークは本番当日に私がやるから。…本当は特殊メークが専門なんだけどなあ」
英治「さて。ニセ明日香さん、すべては君にかかってるよ。どう?」
里香「やっぱり、私が明日香さんを演じるのって…無理がありません?」
大丈夫「今更、なんだよ。女優の卵だろ?」
葉子「私が完璧にメークするから大丈夫よ」
英治「あとは、花火大会の復活か…」
○ペンション「月光」のウッドデッキ(朝)
里香と奈緒、手摺りにもたれて、湖を眺めている。
里香「来て良かったね。山村さん達を騙すのは気が引けるけど、すごくいい所だし…」
望月、デッキに現れて、手摺りに寄りかかる。
望月「何の悪だくみかな? 君達のサークル、怪しいよね。ここで何をするつもりなの?」
望月、煙草を取り出し、火をつけようとする。
奈緒「ここは禁煙ですよ」
望月、構わず煙草に火をつける。
達也(声)「おい、あんた」
望月、振り向くと達也がいる。達也、軽いフックで望月が口にくわえた煙草を飛ばす。火の付いた煙草がデッキから外へ落ちていく。
達也「ヘビースモーカーの俺だって、我慢してるんだ。一緒に我慢しようぜ」
里香「何すんのよ! 山火事になつたらどうすんの!」
里香、慌ててデッキから出ていく。
奈緒、里香の後を追う。
望月「君達の会話の断片から推理すると、どうやら最近、街で起こってる奇妙な『いい話』ってのは、君らの仕業だと思うんだが…当たってるかい?」
英治・礼子・悟・葉子、現れる。
英治「だったら、どうなんです?」
望月「俺は、そういう嘘や偽善が大嫌いでね。真実を暴くのがジャーナリストの使命だ」
悟「僕達のことを記事にするんですか?」
葉子「偽善も善のうちよ。私達、何か悪い事した?」
里香、戻ってくる。
望月「親のスネをかじってる大学生の甘ったれた自己満足だろ。騙された人は真実を知る権利があるんだよ。悪いけど、これが俺の飯の種なんでね」
英治「分かりました。あなたの仕事だし、あなたの自由ですからね。どうぞ、ご自由に。でも、俺はスネかじりじゃないですよ。全部、自分のお金でやってるんです。…俺は母子家庭で育って、高校も奨学金で行かせてもらったんです。高三の時に母親が死んで大学進学を諦めて働き始めたんですよ。ところが、生まれて初めて買った宝くじが大当たりで…おかげで今、医学部生です」
里香「私も親に頼ってないわよ。学費は全て奨学金だし、生活費も自分で稼いでるもん」
悟「実は…僕も奨学金を受けてるんだよね」
里香「国立大学の貧乏学生をナメんなよ!」
望月、鼻で笑って立ち去る。
葉子「ホント、嫌な奴!」
里香「(悟に)あんたも苦労してんのね…」
悟「(英治に)宝くじですか! やっと、色んな謎が解けました…」
英治「内緒だよ」
○ペンション「月光」・一階サロン
礼子と奈緒、ピアノの傍に立っている。
恭子、掃除機を持って入ってくる。
礼子「このピアノ、弾いても構わないですか?」
恭子「もちろんよ。明日香がいなくなって誰も弾く人がいなかったから、ピアノも喜ぶと思うわ。調律は欠かさないようにしてたから音は大丈夫だと思うわよ」
礼子「ありがとうございます」
恭子、会釈しサロンを通り抜けて去る。
礼子、ピアノの蓋を開けて、試し弾きを始める。奈緒、ピアノの下を覗いて、電子機器を取り付け、配線をつなぐ。
○里香と奈緒の客室
里香、スマホで動画を見ている。動画の画面は、山村明日香(20)がコンクールでピアノを弾いている場面。
続いて、明日香が取材記者のインタビューに答えて喋っている場面。
○湖の沿道
英治の高級車が、湖沿いの道を走る。
○花火工場・外観
工場の前に、英治の高級車が停車する。
英治・達也・悟・大二郎、降車する。
大二郎「こんなに乗り心地が違うとは!」
達也「悪かったな」
英治、工場の奥に声を掛ける。
英治「すいませーん」
工場の社長と息子、奥から出てくる。
社長「何ですか?」
英治「お願いがあって参りました」
× × ×
社長「そりゃ無理だな。いきなり言われても、準備が間に合うかどうか…。そもそも打上花火の職人が足りないよ。三年前に花火大会が中止になってから、みんな県外に出て行っちまったよ」
英治「それなら心配いりません。既に職人の手配は済ませてあります。20人くらいで大丈夫ですか?」
社長「に…20人⁈ どうやって…?」
英治「もちろん謝礼は支払わさせていただきます。通常の5倍で、いかがですか?」
社長「…俺は金持ちの道楽は好かん。帰ってくれ!」
息子「親父ぃ。カネの問題じゃないよ。俺、この人達の心意気が気に入ったよ。花火大会の復活…嬉しいじゃん。協力しようぜ」
社長「ふん」
突然、演歌のメロディーが鳴る。
悟、携帯電話を出して通話を始める。
悟「あ、夏子おばさん? ごめん…今、ちょっと取り込み中だから…また後でいい?」
悟、携帯電話を切る。
社長「おい、お前。若いのに三河夏子の着メロって…お前もファンか?」
悟「えっ。夏子おばさんのこと?」
社長「お、お前…いや、君。夏子様の身内か?」
悟「はい。僕の叔母ですけど」
社長「…(息子に)何をボサッとしてる! 早く皆さんにお茶を用意しろ! さ、皆さん、中へ入って…」
工場の壁に、演歌歌手・三河夏子のポスターが沢山貼られている。
英治と悟、頷き合う。
○湖の遊歩道
葉子、遊歩道を散歩している。
望月、葉子に追いつく。
葉子「何よ…あんた、変質者?」
望月「君達、一体何を企んでる? 教えてくれたら取材協力費を出してもいいよ」
葉子、無視してUターンする。
望月「早乙女が雇ったアルバイトの何人かから裏付けが取れてんだよ! 今度はここで何をするつもりだ?」
葉子、急ぎ足になる。
望月、走って葉子に追いつく。
望月「あの老夫婦を騙すつもりだろ? 娘さんが20年前に死んで可哀想だよな。もうすぐペンション経営もやめるって話じゃないか。で…? 具体的に何をするつもりか教えてくれない? 百万円でどう?」
葉子、ピタッと足を止める。
望月「おっ、さすがに百万円の効果は…」
葉子、振り向いて望月の頬を叩く。
葉子、スタスタと歩み去る。
○ペンション「月光」・一階サロン
礼子、ピアノを弾いている。
奈緒、機械の調整をしている。
里香、傍で様子を見ている。
葉子、サロンに入ってくる。
葉子「計画、急いだ方がいいわ。あいつが…」
望月、サロンに入ってくる。皆に視線を向けてニヤリと笑い、二階の客室へ向かう。
里香「なんだ、あいつ…」
礼子のスマホの着信音が鳴る。
礼子、スマホを見る。
礼子「花火組も、上手くいったようね」
奈緒「礼子さん、セッティングOKです」
里香「あとは…私か」
○ペンション「月光」(夕)・管理人室
山村夫妻、紅茶を飲んでいる。
恭子「明日は、明日香の誕生日ね」
山村「ああ。本当は今日でペンションもお終いにする予定だったけど…賑やかになって、明日香も嬉しいかもしれないね」
恭子「毎年、誕生日に花火を見るのが楽しみだったのに…残念ねえ」
山村「仕方ないさ。時代は流れるんだ。私達も、そろそろ明日香の所へ行かないと」
ノックの音。
恭子「はい。どうぞ」
ドアが開く。英治と礼子、入ってくる。
礼子「お邪魔して、すみません」
英治「あの…もし、よろしければ、夕食後に私達、ピアノ鑑賞会をするので、ご一緒にいかがですか?」
礼子「娘さんに比べたら私、下手なので恥ずかしいですけど」
恭子「いえいえ。それはぜひ、楽しみにして伺うわ。ねえ?」
山村「うん。若い人達と一緒に過ごすのは嬉しいからね。こういうの、久しぶりだな」
礼子「ありがとうございます」
英治「それでは、夕食後にサロンで」
○ペンション「月光」(夜)・一階サロン
礼子、ピアノを弾いている。照明が落ち、月の明かりと間接照明で幻想的な雰囲気。英治と奈緒、思い思いの場所に座り聴いている。望月、壁際に立って腕組みして、いる。ピアノの前に空席の椅子が2つ。
○礼子と葉子の客室(夜)
葉子、里香の顔にメークを施している。
里香「食べ過ぎてドレスがパンパンですぅ~」
葉子「本番前なのに、美味しいからって欲張るからよ。ちょっと…動かないで! もうすぐ仕上げだから」
テーブルの上にスマホ。スマホの画面に、山村明日香の顔写真。
里香「私、全然似てませんよ~。…メーク、ちょっと濃すぎませんかぁ?」
葉子「もう! …喋らないで。大丈夫だから、私に任せて」
○ペンション「月光」(夜)・一階サロン
曲が終わり、英治と奈緒が拍手する。
山村夫妻、サロンに入ってくる。
英治「お待ちしてました。どうぞ、こちらへ」
英治、山村夫妻をピアノの前の席へとエスコートする。
葉子、サロンに入ってくる。
葉子「(英治に耳打ちする)里香ちゃんは準備OKよ」
英治、頷く。英治、サロンの隅へ行き、スマホを打つ。
○ペンション「月光」(夜)・サロンのテラス
サロン内から見えないテラスの端。
悟、スマホ画面を見る。トーク画面に『スタート!』の文字。
悟、スモークマシンで白い煙をテラスに放出し始める。
テラスの反対側の端。大二郎、照明機材で煙に光を当てる。
○ペンション「月光」(夜)・一階サロン
礼子、「月光」(ベートーベン)の演奏を始める。ガラス戸の向こうに夜空と月が見える。霧のような煙が反射する。
山村「霧が出てきたかな」
恭子「幻想的ねえ」
礼子の演奏が続く。
恭子「この音…この音色…」
山村夫妻、驚いて顔を見合わせる。
山村「明日香…」
恭子、泣いている。
ガラス戸の向こうに、ぼんやりと女性の姿が浮かび上がる。白い霧に霞んで、ドレスを着た里香の姿。
山村夫妻「(二人同時に)明日香⁈」
里香、微笑んで口を「ありがとう」の形に動かす。
山村「…あ、り、が、と、う…?」
恭子、山村の胸に顔を埋めて号泣する。
礼子のピアノが優しく続く。里香の姿が消え、星空に月。演奏が終わる。拍手喝采。望月、拍手しかけて、止める。
英治「(小声でスマホに)今だ!」
○湖の対岸(夜)
岸辺に、打上げ花火の筒が並び、職人達が待機している。
達也、耳にスマホを当てている。
達也「(スマホを耳から離し、職人達に向かって)今です! お願いします!」
○ペンション「月光」(夜)・一階サロン
大きな音と供に、打上げ花火が窓いっぱいに咲く。山村夫妻、英治、礼子、奈緒、葉子、望月、歓声を上げる。
恭子「こんなこと…」
山村「奇跡だ。…明日香…」
次々と打上げ花火が上がる。
○ペンション「月光」(朝)・外観
しあわせ同好会のメンバー達、荷物を持って出てくる。山村夫妻、見送りに出てくる。
里香「お世話になりました~」
悟「楽しかったです」
大二郎「また来ま…あっ」
山村「また、いらして下さい。来年も」
礼子「えっ。じゃあ…」
恭子「はい。(山村を見て)続けることにしました。これも、皆さんのお陰です」
望月、荷物を持って出てくる。
達也「あんたも、今日、発つのか?」
望月「ああ」
望月、英治に近づく。
望月「(山村夫妻に聞こえないように)ピアノの音色…あれ、トリックだろ? 自動演奏装置で、亡くなった娘さんの音源を再生したんだよな?」
***
(フラッシュ)
礼子が弾くピアノの下に機器。奈緒が手元に隠したリモコンのボタンを押す。
***
望月「娘さんの亡霊…あれは、やり過ぎじゃない? でも、あの子、上手いな。迫真の演技だった。俺も一瞬、本物かと思ったぜ」
英治「山村さん夫婦に、バラすのか?」
望月「どうしようかな…騙した相手が2人じゃ、インパクト弱いからなあ。スクープは別の機会にしてやるよ。…じゃあな」
望月、サイドカーに乗る。
悟・大二郎・里香・奈緒、ペンションの前で山村夫妻と記念撮影をしている。
○英治の高級車(朝)・車内
里香「結局、望月って男、山村さん達に本当の事を言わないでくれたんですか?」
英治「里香ちゃんの演技を褒めてたよ」
里香「えーっ。あいつ、意外と良い奴じゃん」
礼子「望月が真実の報道に拘る理由…あいつの両親が詐欺被害に遭って自殺したらしいの。だから、世の中のあらゆる嘘を憎んでるんだと思うわ」
奈緒「でも、人を幸せにする嘘もあるんですよね」
○山奥の田舎道(朝)
望月のサイドカーが、英治の高級車と達也のジープを追い抜いて行く。
○達也のジープ(朝)・車内
大二郎「あの望月って奴、俺の一本背負いで投げてやりたかったぜ」
葉子「どういうわけか今回は見逃してくれたけど、これからは気をつけないとね」
悟「でも、あの人の言うことも一理あるんだよな。僕たちのやってることは、本当に人を幸せにしてるのかなあ。誰かの役に立ってるのかなあ。ひょっとすると自己満足なんじゃないかって…」
○ペンション「月光」(朝)・管理人室
山村夫妻、並んで窓から外を見ている。
山村「あれは、もう必要ないかな…」
恭子「私も今、同じ事を考えていたのよ」
恭子、テーブルの上に置いていた薬の小瓶を手に取る。蓋を開け、中の錠剤をゴミ箱へ捨てる。瓶のラベルには、『劇薬・睡眠薬』の文字。山村、灰皿の上で白い封筒にライターで火を付ける。灰皿の上で燃える封筒に『遺書』の文字。
○交差点
大二郎、唐草模様の風呂敷包みを背負った老婆を背負って、横断歩道を渡る。
悟、先導して車に会釈している。
○路線バス・車内
達也、ヤクザ風の格好で座席に大股で座っている。周囲の乗客、怖がっている。バスが停車し、風呂敷包みを背負った老婆が乗車する。達也、老婆に席を譲り、サングラスを外して優しく微笑む。乗客達、驚きつつ笑顔になる。
○公園
里香、車椅子で現れる。バイオリン、ギター、アコーディオンの楽団が現れ、里香の近くで演奏を始める。
悟、白いタキシード姿で現れ、里香の前で跪いて花束を捧げ、指輪の入った小箱を差し出す。里香、受け取る。周囲の人々、拍手する。近くにいた少女が駆け寄って、持っていた赤い風船を里香に渡す。英治・大二郎・奈緒、木陰で見ている。英治、涙を手で拭う。
大二郎「あれっ。仕掛け人が泣いて、どうするんですか」
英治「あの女の子、仔猫ちゃんじゃないよ。きっと、幸せな気持ちになったんだろうな」
奈緒「あの子もいつか、あんなプロポーズを受けたいなあって夢見て、幸せな気持ちになってますよ。みんな英治先輩のお陰です」
英治「俺にも、あの年頃の妹がいたんだ。可愛かったなあ。母子家庭だったから、俺が父親みたいなもんでね。授業参観にも俺が行ったんだ…」
○(回想はじめ)・小学校の教室
授業参観。早乙女涼子(8)が起立して作文を発表している。
涼子「私の夢。私の夢は、みんなを幸せにすることです。沢山の人が笑顔で優しい気持ちになれたら、世界は平和になると思います。だから私は、人の心を優しくする方法を見つけたいです」
英治、教室の後ろで父兄に混じって聞いている。
○(回想終わり)・公園
英治「俺が高三の時、8歳で死んじゃって…母さんも看護疲れと働き過ぎの体にショックが重なって、そのあとすぐ死んだんだ…あ、すまん。こんな話をするつもりじゃなかったんだけど」
○喫茶「時間列車」(夜)・店内
カウンター内に礼子。
カウンター席に悟と大二郎。
テーブル席に里香と奈緒。
大二郎「悟と礼子さんって、いつも二人で宇宙の話をしてるよね?」
悟「うん」
大二郎「俺も混ぜてよー」
里香「あんたは礼子さんと仲良くしたいだけでしょ?」
大二郎「馬鹿にすんなよ。俺だって宇宙に興味あるんだぜ」
礼子「悟君、マルチユニバースの話、してあげたら?」
悟「はい。…宇宙は1つじゃないことは定説になりつつあるんだよ。平行宇宙って知ってる? パラレルワールドとか…」
大二郎「おっ、知ってるよ。SFで出てくるやつ」
悟「SFや空想じゃなくて、本当にパラレルワールドは実在するというのが宇宙物理学の最先端なんだ」
礼子「数学的にも証明されてるのよ」
里香「へえ~っ」
大二郎「第二次世界大戦がなかった世界とか、地球にエイリアンが来て共存してる世界とか。小説や映画によくあるよね」
悟「そんなに大きな違いじゃなくてもいいんだ。例えば…(コーヒーカップを指さす)このカップの色が白じゃなく黒の世界とか、赤の世界とか、青の世界とか…」
礼子「そのコーヒーカップが1㎝右にズレてた世界もあるかもね」
大二郎「じゃあ、左に1㎝ズレてる世界も!」
里香「2・5㎝でもいいわよね」
悟「もっとミクロな違いもあり得るよ。空気の分子構造が、ほんの少し違う世界とか」
礼子「原子や粒子のレベルでね」
奈緒「それじゃあ、無数に世界が存在しませんか⁈」
大二郎「俺が不思議なのは、地球以外に生き物がいないって事なんだけど。宇宙人っていないの?」
礼子「諸説あるけど、私は宇宙人なんていないと思うの」
大二郎「夢がないなぁ~」
礼子「これだけ生物に適した条件、しかも人類のような知的生命体が誕生する確率って、これだけ宇宙が広くても、ほぼゼロに近い奇跡なのよ」
悟「だから神様を持ち出す人もいるけど…」
礼子「むしろ当たり前なのよね。どんなに奇跡的な確率でも宝くじに当たる人がいるように、無数の宇宙、無数のパラレルワールドの中には、知的生命体が誕生する宇宙も存在する…」
悟「むしろ、生命の全くない宇宙の方が圧倒的多数なんだろうけどね」
大二郎「スケールの大きな話だなあ」
里香「話…ついてってる?」
悟「僕、時々思うんです。大学に入って、見知らぬ街で期待に胸を膨らませて新生活を始めた日に…」
○(回想はじめ)・里香のアパート・室内
冒頭シーンと同じ里香の部屋。部屋中に段ボール箱が積み重なっている。
悟、腰高窓に腰掛けている。
悟(モノローグ)「今日から僕の新しい人生が始まる。初めての一人暮らし…。そう思った瞬間、地球に巨大隕石が降ってきて、地球が滅亡した。そんな世界もあったかもしれません」
空の片隅に、流れ星が光る。流れ星がだんだん大きくなり、燃える隕石となって迫る。ホワイトアウト。
(回想終わり)・喫茶「時間列車」店内
悟「だからね、僕は思うんです。偶然この世界で一緒になった皆さんと、仲良くしようって」
里香「なんだか…勇気づけられる。この世界で上手くいかなくても、どこか別の世界の私は、もっと上手くやれてるかもしれない」
大二郎「この世界で力尽きて倒れても、別の世界で幸せに生きているかもしれない。この世界の自分がダメだったら、別の世界の、自分に託そう…」
奈緒「でも…なるべく、この世界でね」
悟「そうだね」
皆、頷き合う。
悟(モノローグ)「もしも、この世界で僕と里香が結ばれなくても…」
里香、悟を見て微笑む。
悟(モノローグ)「大丈夫。別の世界では、きっと二人は結ばれているから。どんな可能性の世界も、きっと存在する。だから必ず、そんな世界も存在するはずだ。例えば…」
悟、壁のカレンダーを見る。
悟(モノローグ)「明治、旭宝、昭和、平成の次の元号が『帝永』ではない別の元号だった世界で僕たちはきっと…」
壁のカレンダー。
『帝永5年』と印刷されている。
○喫茶「時間列車」・店内
カウンター内に礼子。
カウンター席に悟と大二郎。
テーブル席に里香と奈緒。
奈緒(モノローグ)「私は、本当は悪い女。今、里香は私の目の前で、私の話に頷いてる。でも、私の話なんか聞いていないのは知ってる。心ここに非ずって事ぐらい、私にも分かる」
里香、振り返って悟と大二郎に話す。
里香「あんたのは、さっき聞いたよ。うちの奈緒が『格好いい』とか『可愛い』とか言ってる、そっちの爽やかボーイは?」
奈緒「やめてよ里香ちゃん!」
奈緒(モノローグ)「ホントに、やめて欲しいわ。格好いいとか可愛いって言ってたのは、里香…あんたでしょ。私は、中田大二郎の方が好みなのよ! ホントにもう…勝手に人の事を決めつけないでよね。昔からそうなんだから。それに、『うちの奈緒』って何よ。あんた、何様のつもり⁈」
里香「ダイジローって。江戸時代かよ!」
奈緒「里香ちゃん、失礼よ」
奈緒(モノローグ)「里香~っ、本当に失礼だぞ。でもまあ、ここは可愛く笑っとくか」
奈緒、口元を手で押さえて忍び笑いのふりをする。
〇(回想はじめ)・ペンション「月光」のテラス
里香「何すんのよ! 山火事になったらどうすんの!」
里香、走ってテラスから出て行く。
奈緒、里香の後を追う…ふりをして、林の中へ行き、大二郎と会う。奈緒と大二郎、手をつなぎ林の中を歩く。
奈緒(モノローグ)「大ちゃんと私が付き合ってることは、誰も知らない。大ちゃんは、おそらく私と同類だ。外見の印象と中身が、まるで違うんだと思う」
(回想終わり)
奈緒(モノローグ)「演じるという意味じゃ、悪いけど里香より私の方が上ね。ご愁傷さま。…あーやだやだ、こんな性格。もっと可愛い女になりたいよー」
〇大二郎のアパート(夕)・室内
大二郎、薄暗い部屋で座っている。
目の前にスマホ。トーク画面。差出人『真紀』から『会いたい』の文字。
大二郎(モノローグ)「なんで今更…もう、忘れてしまったはずだった」
〇(回想はじめ)・桜並木の通学路
制服姿の高校生達が歩いている。
大二郎(声)「初めて真紀と出会ったのは、高校の入学式だった。隣に並んだ真紀に、俺は一目で恋に落ちた」
〇高校の教室
大二郎、隣の席の川崎真紀(18)と目が合う。真紀、大二郎に微笑む。
大二郎(モノローグ)「真紀が俺と付き合ってくれたのは奇跡だったと思う。こんな可愛い子が、なんで俺なんかと? 今でも不思議だ」
〇喫茶店
大二郎と真紀、テーブル席で向かい合ってジュースを飲む。大二郎の坊主頭を手で撫でて笑う真紀。
〇校庭
柔道着でランニングする大二郎。
真紀、大二郎に小さく手を振る。
〇遊園地
大二郎と真紀、手をつないで歩く。
大二郎(モノローグ)「おかげで俺の高校生活はバラ色だった。そう…あの日が来るまでは…」
〇公園
大二郎と真紀、ベンチに座っている。
大二郎「ええっ! 別れたい⁈ なんで…どうして?」
真紀「中田君、大学合格おめでとう。でも…」
大二郎「でも?」
真紀「地方の大学なのよね。私…東京の大学に行くし…」
大二郎「関係ないよ。会おうと思えば、すぐ会えるよ」
真紀「そうじゃなくて…ごめんね。私、好きな人が出来たの」
大二郎(モノローグ)「世界がグラグラと揺れて崩れ落ちたと思った。彼女の言葉は耳に聞こえていたが、頭の中に届かず理解できなかった。なんで? どうして? 自分の叫び声が頭の中で反響していた」
(回想終わり)・大二郎のアパート(夕)室内
大二郎(モノローグ)「風の噂で後から知ったが、柔道部の練習が忙しくてなかなか会えない俺に隠れて、真紀は別の男と二股かけていたらしい。その男は東京の有名な私立大学に合格した。真紀は、俺とそいつを天秤にかけて、地方の国立大学に行く俺より、東京の有名大学に行く男を選んだのだ…」
スマホの画面にトークメールの着信。
真紀から『お願い。一度だけ会って』の文字。
大二郎「なんで…?」
再び着信。真紀から『私、もうすぐ死ぬのよ。病気なの』の文字。
大二郎「えっ⁈」
大二郎(モノローグ)「いや、騙されるな。しあわせ同好会で今まで人を騙してきたから分かるだろ。こんなの嘘に決まってる。心を乱されるな。やっと忘れたんだぞ。やっと…」
〇(回想はじめ)・大学のキャンパス
桜の花が舞い散る。様々なサークルの大学生達が看板を掲げビラを配り勧誘している。大二郎、歩いている。
大二郎(モノローグ)「真紀との別れから立ち直れないまま大学に入学した俺だった。しかし、せっかく地元を離れて隣の県の大学に進学したんだ。誰も俺を知らないし、俺と真紀のことも知らない。じゃあ、生まれ変わろう。楽しく明るく、馬鹿みたいに暮らそう。真紀のことを忘れて…」
〇喫茶「時間列車」前・路上
大二郎と悟、立っている。
大二郎「せっかく大学生になったのに、男ばっかりの汗臭い世界で青春を無駄にするのは嫌だもん。やっぱりテニス同好会とかダンスとか軽音とか…今しかないキャンパスライフをエンジョイしなきゃね」
大二郎(モノローグ)「俺は軽くて楽しい男を演じた。実際、馬鹿みたいに見えたはずだ」
〇喫茶「時間列車」・店内
大二郎、入口ドア近くで立ち止まり、礼子をボーっと見る。
大二郎(モノローグ)「初めて入った喫茶店で、綺麗な人を見た。俺はボーっと見とれるふりをした。美人に見とれる俺を周りの連中が呆れた顔で面白がっている。うん、それでいい。それでいいんだ…」
大二郎、店内ではしゃぐ姿。
大二郎「そりゃあ、モテモテで楽しいキャンパスライフ…あっ。何かサークルに入らなきゃ!」
大二郎、ふざけている姿。
〇公園
大二郎と奈緒、ベンチに座り思い思いに本を読み耽っている。
大二郎(モノローグ)「そんな俺の正体を見抜いたのが奈緒だった。俺は、やっと心の安らぎを見つけた」
(回想終わり)・大二郎のアパート(夜)室内
大二郎、真っ暗な部屋で座っている。
目の前にスマホ。
大二郎(モノローグ)「俺は上手くやっていたはずだった。真紀のことなんか忘れて、新しい恋人もできて。俺は、お調子者で軽薄な中田大二郎。浅く広い付き合いで皆を笑わせて楽しく過ごす…はずだった。それなのに…」
スマホの着信音。トークメール画面。
真紀から『病院に面会に来てください。病院の住所を送ります』の文字。
〇大二郎のアパート(朝)・室内
大二郎、身じろぎせずスマホを見つめている。
大二郎(モノローグ)「確かめに行くだけだ。確かめに…俺は自分に言い聞かせた」
〇長距離バスのバス停(朝)
長距離バスが停車している。乗車口に乗客の列。大二郎、駆け込んで列に加わる。
大二郎(モノローグ)「どうせ病気なんて嘘に決まってる。それを確認して、馬鹿な女だと笑って帰ってやる。それだけだ」
〇電車(朝)・車内
大二郎、座席に座って車窓の景色を眺めている。
大二郎(モノローグ)「病院へは、バスと電車を乗り継いで3~4時間かかった。着くまでの間、俺は何も考えないことにした」
〇病院・外観
大二郎、バスを降りて病院へ向かう。
〇真紀の病室
大二郎、病室へ入る。真紀、ベッドの上に座り、窓から外を見ている。大二郎、真紀に近づく。
大二郎「真紀…ちゃん?」
真紀、振り向かず背中で話す。
真紀「窓から見てた。来てくれてありがとう」
大二郎「ナースセンターに行ったらホスピスケア病棟だと聞いて…ごめん。まさか本当に…」
真紀「嘘だと思ってたんでしょ。いいの。私、そんな女だと思われて当然よね。大ちゃんに酷いこと、しちゃったし」
大二郎「それで…どうなの? 体は…」
真紀「あと3か月だって。(笑う)罰が当たったのよ。私、地方の大学に進学した大ちゃんより、東京の有名大学に行った彼の方が将来有望だと思って乗り換えちゃったのよ。だから罰が当たったのね。あいつ、大学に入ってすぐ他の女と付き合うようになって…私、捨てられたのよ。馬鹿みたいでしょ?」
大二郎「…どうして俺に連絡を?」
真紀「今更だよね…勝手だよね。わかってる。でも、こんな状態になって最期に会いたかったのは…大ちゃんだった…」
大二郎「俺は…もう…」
真紀「許してほしいなんて言わないから安心して。でも…最後の最後に一つだけ、お願いを…最後のワガママを聞いてください」
大二郎「…(ためらう)」
真紀「あたし、死ぬのよ。…ごめんなさい、ズルい言い方で」
大二郎「言ってみて…ごらん。わがままを」
真紀「(後ろ向きのまま)肩を抱いて欲しいの」
大二郎「それだけ?」
真紀、頷く。
真紀「でも、絶対に顔は見ないでね。薬や治療の連続で、酷い顔になってるから。それに…」
大二郎、真紀を後ろから抱きしめる。
大二郎「それに?」
真紀「大ちゃんには、泣いてる顔を見られたくない。私、今、涙でグチャグチャだから」
真紀、震えている。
大二郎「わかった…泣いてる顔は見ないよ」
大二郎、顔が涙でグチャグチャになっている。
〇喫茶「時間列車」(夜)・店内
カウンター内に英二。
カウンター席に葉子。
テーブル席に里香と奈緒。
葉子「今日は1年男子の凸凹コンビ、来なかったわね。珍しいんじゃない?」
里香「悟君は、一日中みっちり講義を受ける日だって言ってたけど。大二郎はどうしたんだろ? …まさか授業に出るとは思えないし」
葉子「奈緒ちゃん、知ってるんじゃない?」
奈緒「えっ。私が…ですか?」
葉子、意味ありげに微笑む。
里香「いやいや、それは無いでしょ」
ドアチャイムが鳴る。悟、入って来る。
英二「いらっしゃい。あれっ…大二郎は一緒じゃないの?」
悟「僕、ずっと講義に出てたんですよ」
里香「だよねぇ」
奈緒「なんか…心配ですね」
葉子、ニヤリとする。
悟「あの…礼子さんは?」
英二「三階の天文観測室かな」
悟「礼子さんに借りてた本を返しに来たんですけど」
英二「じゃあ、直接行ってみて(上を指さす)」
〇喫茶「時間列車」(夜)・三階、天文観測室
機器がカタカタと音を立てている。
礼子、天体望遠鏡を覗いている。
悟、入ってくる。
悟「お邪魔しまーす」
礼子「(天体望遠鏡を覗いたまま)悟君なら邪魔じゃないわよ」
悟「何を見てるんですか?」
礼子「イオよ。木星の第一衛星ね。もうすぐ終わるから待っててね」
悟「借りてた本、ここに置いておきます。面白かったです。特に惑星グリーゼ321Bの話。宇宙人が住んでいる可能性として現時点で最有力候補なんですよね」
礼子「そうよ。ハビタブルゾーン…つまり生命に適した環境にあると考えられている惑星ね」
礼子、天体望遠鏡から離れ、パソコンに向かってキーボードを叩く。
礼子「地球人のような姿形の生命体という意味だけど。でも私は、それよりイオの方に興味があるわ」
悟「どうしてですか?」
礼子「イオには水があるからよ。水がある所に生命ありってね。地球に近いぶん、グリーゼ321Bより現実的じゃない?」
悟「そうですね」
悟、礼子の近くの椅子に座る。
悟「ところで礼子さん、僕達に何か隠してること、ありますよね?」
礼子、キーボードを打つ手を一瞬止める。が、再び打ち始める。
礼子「名探偵サトル君、さすがね。で…何を見破ったのかしら? お姉さんに聞かせてくれる?」
悟「ペンション月光で出会ったジャーナリストの望月さん…あの人、ニセモノでしょ? 礼子さんが仕込んだんですか?」
礼子「その根拠は?」
悟「勘です」
礼子、手を止め、驚いた顔で悟を見る。
礼子「あら…珍しいわね。論理的な推理じゃないなんて。悟君らしくない…」
悟「もともと僕は感情的な人間なんです。だから、人と人のちょっとした目配せで関係が分かったりしちゃうんです。恋人同士だと、目だけで会話するでしょ? …大二郎と奈緒ちゃんみたいに」
礼子「それ、悟君も知ってたのは意外ね」
悟「本人達は気付かれてないと思ってるでしょうけど。気づいてないのは、里香ぐらいじゃないですか?」
礼子「みんな、大人の対応をしてるのよ」
悟「本題に入りましょう。僕、見ちゃったんですよ。一瞬でしたけど、礼子さんと望月さんが目と目で会話してたのを。…どういう関係か、聞いてもいいですか?」
礼子「関係、だった…。過去形よ。私が高校生の頃、家庭教師をしてもらってたの。私が初めて付き合った人。ジャーナリストというのは本当だけど」
悟「あのペンションでの出来事に、望月さんは必要なかったんじゃないですか? むしろ邪魔というか…」
礼子「ターゲットはあなた達じゃなくて、英二さんだったのよ」
悟「英二さん? …どういうことですか?」
礼子「英二さん、海外の宝くじで巨額の富を築いたんだけど、『しあわせ同好会』の活動資金に注ぎ込み過ぎて、もうすぐ底をつきそうなの」
悟「えっ。そんなに使ったんですか⁈」
礼子「私…見ていられなくて。このままじゃ、英治さん破産するわ。だから警告を与えて活動を止めさせようと思ったのよ」
悟「逆効果だったかもしれませんね」
礼子「その点については責任を感じてるわ。みんなにも申し訳なく思ってる」
悟「じゃあ、『しあわせ同好会』最後のミッションをしませんか?」
礼子「えっ?」
悟「ターゲットは早乙女英治。活動経費は…申し訳ないけど、皆で出し合いましょう」
○喫茶「時間列車」・店内
カウンター内に礼子と悟。
カウンター席に達也と葉子。
テーブル席に里香と奈緒。
悟「それでは、これから作戦を説明します」
里香「ちょっと待って。私達が作戦会議してる間に早乙女先輩が下りてこない?」
礼子「大丈夫。今、銀行を何軒か廻ってるから当分帰ってこないわ」
葉子「そんなに切羽詰まってたのか…」
達也「あれっ。大二郎は?」
悟「まだ大学にも顔を出してないようです」
奈緒「私…ちょっと見てきます」
奈緒、急いで店を出る。
葉子「あらら。なりふり構わなくなっちゃったわね」
里香「何の話?」
悟「…ええっと。作戦の説明を始めてもいいですか?」
達也「いや。その前に、ちょっと皆に聞いて欲しいんだけど…」
達也、テーブルの上に古い新聞記事や雑誌の切り抜きを広げる。
達也「刑事訴訟法のゼミの準備で、古い刑事事件を調べてたら…」
悟「何ですか、これ。医療過誤事件?」
礼子「あ。この事件、覚えてるわ。私が中学生の頃、ニュースやワイドショーで騒がれてたと思う」
葉子「私も、うっすら記憶が。幼い女の子が手術ミスで死んじゃったのよね。可哀想だったわ。たしか、担当した医者が二日酔いで手術したんだっけ?」
礼子「違うわよ。(新聞記事を手に取り読む)夜勤の医師が当直中に隠れてウイスキーを飲んでいたところに、明け方、8歳の少女が救急搬送され…」
達也「その女の子の名前を見てごらん」
里香「早乙女涼子…あっ! 早乙女って…⁈」
達也「英治さんの妹だ」
悟「担当した医師は、どうなったんですか?」
達也「酩酊状態だったことが証明できず、不起訴。病院ぐるみで隠蔽したんじゃないかって、当時のワイドショーが騒いでたよ」
里香「許せないわね、この医者! 今、どうしてるんだろ?」
達也「マスコミから逃げるようにアメリカへ渡って、フロリダ州立病院で勤務してるよ。でも、今年、日本に戻ってくる」
悟「あ…」
葉子「何?」
悟「そういえば英治さんに、この前、聞かれたんです。医療用のメスを勝手に医学部の実習室から持ちだしたら罪に問われるのかって。それって窃盗罪だし大学に迷惑がかかりますよって言ったら『ふーん。じゃあ、メスじゃ駄目だな』って…」
達也「礼子。キッチンの包丁、なくなってないか?」
礼子、キッチンを探す。
礼子「果物ナイフが一本、ないわ…」
悟「まさか英治さん、妹さんの仇を討つつもりじゃ…⁈」
礼子「そういえば英治さん、銀行へ行く前に、私に店の権利証とか印鑑とか、大事な物を全部私に預けて行ったのよ。変だなとは思ったんだけど…」
達也「やっぱり、そうか。実は、その医者がアメリカから日本へ帰国するのが今日なんだ。飛行機の到着まであと3時間だ」
里香「えーっ! どうするんですか? なんとかしなきゃ!」
悟「やっぱり…作戦決行です。少しアレンジを加えますが。今から集められるだけ仔猫ちゃん達を集めましょう」
○空港・構内
発着案内板が、フロリダ発・東京着の便の到着を表示する。
構内アナウンス「フロリダ発JNA321便は定刻通り到着しました。お出迎えのお客様は…」
英治、物陰に立っている。ジャンパーのポケットからナイフを取り出し確認し、再びポケットに入れる。
到着口から人々がゾロゾロ出てくる。
英治、ポケットに手を入れたまま、到着口に向かって歩き出す。
悟、英治の前に現れて立ちはだかる。
悟「英治さん…こんな事、やめましょう」
英治「…どけ」
英治、悟をよけて行こうとする。
大二郎と奈緒、現れて英治の前に立ちはだかる。
大二郎「ダメです、英治さん。聞きましたよ。気持ちは分かるけど…俺が立ち直れたのは、英治さんが作った『しあわせ同好会』のお陰です。だから…」
奈緒「月並みな言い方ですけど、それでもやっぱり言わせてもらいます。…妹さんは、こんな事を望んでいませんよ!」
英治「月並みだな。(寂しく笑う)ありがとよ…でも、お前らには関係ない」
悟「英治さん、あなたが殺そうとしている医者は、日本で彼にしか出来ない手術をするために帰国したそうです。その患者さんは、小学生の女の子だそうです」
英治「…」
到着口から、一人の男が出てくる。
英治、その男を見て顔つきが変わる。
英治、悟達を振り切って早足で到着口に近づいて歩く。
突如、歌声が聞こえる。
里香「♪あなたは私を救ってくれた~」
里香、歌姫風のドレス姿で現れる。
続いて、礼子と葉子、両脇からドレス姿で現れる。
里香・礼子・葉子「♪の人の心の温かさを~」
周囲の人々、何事かと足を止める。
通行人A「何だ何だ…フラッシュモブか⁈」
通行人B「なんか面白そうじゃん」
英治が狙う男、ちらりと里香達を見るが、人混みに紛れていく。
英治「どけ…行かせてくれ…」
ギター、バイオリン、アコーディオン、タンバリンを持った人々が現れて伴奏を始める。『仔猫ちゃん達』が多数現れる。その中に達也と望月もいる。
合唱が始まる。
英治「…」
英治が狙う男、群衆の中に消え去る。
英治、膝から崩れ落ち、ポケットに手を入れたまま泣く。
○喫茶「時間列車」(朝)・外観
店の前。雀がさえずっている。
悟(声)「翌日から英治さんは、いなくなった。大学もやめたそうだ。『人を殺そうとした自分には医者になる資格がない』と言って」
○喫茶「時間列車」(朝)・店内
カウンター内に礼子。
カウンター席に悟と里香。
テーブル席に大二郎と奈緒。
悟(声)「その後、英治さんの姿を見た者はいない。けれど、飛行機に乗れない英治さんだから、きっと日本のどこかに、いるのだろう」
大二郎と奈緒、テーブル席で談笑している。
里香、カウンターの下でそっと悟の手を握る。
礼子、皆を微笑んで見ている。
悟(声)「店は、英治さんが戻って来るまで、礼子さんが維持管理することになった。しあわせ同好会は自然解散することになったが…僕達の活動は終わらない。ささやかな、小さな形に姿を変えて、今も、これからも続けていくだろう」
○路線バス・車内
悟(声)「例えば、バスの中で席を譲るとか…」
達也、老人に席を譲る。
○横断歩道
悟(声)「例えば、道路でエスコートするとか」
大二郎、白杖の男性をエスコートし、横断歩道を渡る。
○里香の部屋
里香、パソコンに向かっている。女性タレントのブログ画面を開く。書き込み欄に「ブス」「演技が下手」「テレビに出るな」とコメントがある。
里香、顔をしかめキーボードを打ち始める。入力画面の文字『あなたの笑顔に勇気づけられます。これからも応援しています!』
悟(声)「小さな一歩でいいんだ。ほんの少しの言葉や行動でいいんだ。世界は、きっと、ほんの少しだけど…良くなる!」
○アパートの一室
窓に腰掛けて外を眺める明日香の姿。
空の片隅に、流れ星が光る。
流れ星の数が増え、流星群になる。
ホワイトアウト。
(END)
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