時空銭湯 ギャグ

久しぶりに実家に帰った笠松友樹は20年ぶりに父親と近所の銭湯に行った。父親と並んで湯船に入っていると・・・。
はんがーもっぷ 17 0 0 11/01
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第一稿

都内下町の銭湯。夜7時過ぎ、そこそこ人が入っている。
一組の親子連れ。息子が父親の背中を洗っている。
(親父と銭湯に来るなんて、小学校卒業以来だから、20年ぶりくらいか)
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都内下町の銭湯。夜7時過ぎ、そこそこ人が入っている。
一組の親子連れ。息子が父親の背中を洗っている。
(親父と銭湯に来るなんて、小学校卒業以来だから、20年ぶりくらいか)
そう思いながら笠松友樹は父親の背中を優しく洗う。65才になる父親は目を閉じたまま、気持良さそうにしている。

笠松が前に実家に帰ったのは一昨年で、普段なら家でだらだら過ごして1泊して帰るのだが、今回は父親が久しぶりに銭湯に行こうと誘ってきた。笠松も長いこと銭湯に行ってなかったし、親孝行のつもりもあって応じた。

(親父も年取ったなー。体も細くなって、少し小さくなったみたいだし。昔は筋肉質でツヤツヤしてたもんなぁ)
ほとんど白くなった短髪、肩やあばら骨が浮き出ている背中を見ていて笠松は思わず涙ぐんだ。

今の銭湯の様子は昔とはだいぶ違っていて、番台もないところが多く、番台代わりの料金所は外が見えないようになっていたりするが、ここの銭湯は映画『三丁目の夕日』に出てくるような、昔ながらの様相をまだ残していて番台があった。その当時は番台にでっぷりした主人が座っていたが、亡くなった後は今ではすっかり老いた妻が腰を丸めてチョコンと座っていた。久しぶりだったが近所に住む笠松親子が来ると笑顔を見せた。

笠松は父親の背中にお湯をザーとかけて石けんを流した。
「友樹ィ、今度はオレが洗ってやるよ」
「うん」
笠松は背中を洗ってもらいながら父親の力の衰えに改めて気づかされた。
子どもの頃は父親が力を込めてゴシゴシと洗うから痛くて、洗ってもらうのが嫌だった。
「痛いよぉ、お父さん」
と言っても父親は笑うだけだった。
それが今では、もっと力入れてくれ、と言いたくなるほどタオルは弱々しくゆっくりと笠松の背中を上下した。笠松はまた涙ぐんだ。
泣き顔を父親に見られたくなくて、背中にかけてくれたお湯を体をこするようにしながら顔をこすって涙をぬぐった。
親子はそろって湯船に入った。笠松は首までお湯につかった。ちらっと父親を見ると、目を閉じた父親も首まで使っていて、ふうっ、と息をついている。笠松は昔のことを思い出した。

今と同じように湯船に親子で並んで首までつかっている時、子どもだった笠松はふざけて湯の中に頭まで潜らせ、鼻から息を吐いてブクブクとさせてから頭を出す、という遊びをよくしていた。そしてそれを何回かしていると必ず何回目かに、隣にいた父親が上がってくる笠松の頭を押さえつけて上がってこさせないようにした。湯の中の笠松が手足をバタバタさせると父親は手をどかし、頭を湯から出してプハッーと息をする笠松を見ると、ガハハハッと大きく笑うのだった。それはたまに銭湯に来ると毎回やっていた恒例行事みたいなものだった。
そんなことを思い出した笠松はなんとなく背中を滑らせて潜った。体が大きくなっているから子どもの頃のように完全には潜れなかったが額あたりまで湯に浸かった。目を閉じているとその頃の学校での出来事を思い出したりして懐かしい感じがした。
軽くブクブクと鼻から息を吐いて泡が上っていき、そろそろ湯から頭を出そうとしたときである。ぐいっと頭を押さえつけられた。思わず湯の中で目を開けると隣の父親が体をこちらに向けている。
(なにしてんだよぉ、親父ィ。オレはもうガキじゃないんだぞ。まぁでも、親父も昔を思い出したのかな)
そう思うと力づくで頭を持ち上げるのも野暮か、としばらくそのままでいたが父親は頭に乗せた手の力を弱めようとしない。仕方ないから昔のように体をバタバタさせて苦しがっているフリをしてみせたが、それでも力を弱めようとしなかった。
(ん?親父、なんでいつまでやってんだ?今時はこんなことしてると問題になるぞ。まして、白髪頭のオヤジが誰かの頭を押さえつけて湯に沈めていたら通報されかねないぞ)
しかし、父親は力を弱めなかった。
(い、いいかげんにしろよ、もう十分だろ!)
だんだん腹が立ってきた笠松はぐいっと頭を持ち上げようとした。が、思ってたより力が強くて湯から顔が出せず本当に息が苦しくなってきた。笠松はまだ力を緩めない父親の体をたたくように押してようやく湯から顔を出して、プハッーと息を吸った。
「なにやってんだよ!死んじ、」
まうだろ、と父親に怒鳴りかけて、
(え⁉)
と目を見開いた。
ガハハハッ、と笑っているのは父親ではなかった、というより、さっきまでの父親ではなかった。そこで笑っているのは20年前の父親だった。筋肉質でツヤツヤした体をした父親だった。
(な、な、なんだこれは?)
辺りを見回したが白髪頭の親父はいない。
「悪い悪い、いつもより長くやっちゃったな。でも友樹ィ、お前もずいぶん長く息が持つようになったなぁ」
20年前の父親は嬉しそうにそう言うと、呆然としている笠松の頭をポンポンと軽く叩いた。
(いったい、どうなってるんだ?これは現実なのか?)
「さ、出ようか」
まだ呆然としている笠松に父親は言うと、湯船から出た。
わけがわからない笠松は状況を受け止められずにいたが父親の後に続いて湯船から出よう
と足を上げたときに再び驚いた。自分の足が細く、短くて、すね毛がなかった。陰毛もない。腕も同じだった。ふと、壁に均等に貼り付けられている鏡を見ると口を半開きにしている裸の男の子が映っていた。
(オ、オレだ・・・こいつは10才くらいの時のオレだ)
もう1度あたりを見回すと銭湯に入ってきたときと若干雰囲気が違う。茶色が多くて古めかしくなっている。浴室と脱衣所を仕切るガラス戸もサッシではなく木の枠になっている。その脱衣所も記憶に残っている昔の脱衣所だ。番台には死んだはずの主人が座っている。あの頃のまま、でっぷりしている。
(こ、こんなことって本当にあるんだ・・・オレ、異次元に来ちゃったんだ)
ようやく状況を受け入れられてきた笠松は裸のまま突っ立ていると、
「どうした友樹ィ?早く着替えろ、風邪ひくぞ」
と若い父親がランニングを着ながら言った。
ふと、笠松はある考えが浮かんだ。
(これが時空の歪みが原因だかなんだか、ここがパラレルワールドだか知らんが、今のオレは子どもだ。少なくとも外見は幼い男のだ。これなら女湯の方に行っても平気だろ。昔、お袋も一緒に来たときは子どもだったから普通に男湯と女湯を行ったり来たりしたもんだったなぁ)
昔の銭湯は番台を中心にして木の壁で男湯と女湯を仕切っていた。浴場のほうもだが、壁は天井までは届いていなくて声や音がよく聞こえた。番台のすぐ近くにはドアがあって男湯と女湯を簡単に行き来できるようになっていた。当時のドアはバーのカウンターにあるようなスイングドアになっていて、目隠しに長めの暖簾がかかっていた。2,3年後にはノブのあるドアに代わったが、今見えているのはスイングドアだった。
(あの頃近所にすごいきれいな人がいて、その人が歩いているの見ると子供心にもドキドキしたのを覚えている。20代前半てところだったか、時々洗面器を持ってここの銭湯に入るのを見かけたことがあったなぁ。湯上がりを見かけたこともあったっけ。長い髪をアップにしてて色っぽかったなぁ。もしかするとあの人、今、女湯にいるかもしれない・・・)
そう思うと、笠松の足は自然とスイングドアに向かって歩き出した。
ちょこちょこと歩く子ども姿の笠松に、
「おい、友樹ィ、どこ行くんだぁ?」
と声をかける若い父親の声が遠くで聞こえた気がしたが笠松は止まらず、スイングドアの前に来ると暖簾をよけながらゆっくりとドアを押した。
笠松がドアから吸い込まれるように女湯に入ると同時に、
「キャー!」「イヤー!」「ヘンターイ!」
と叫び声がしたかと思うと、後から勢いよく前のめりに倒された笠松は強い力で床に押さえつけられた。そしてそのままズルズルと引きずられて男湯の方に戻された。
「現行犯逮捕!」
と背中の声が怒鳴った。
「え?なに?」
「逮捕だ!我々は警察だ!」
「た、タイホって、オ、ぼ、ぼくはお母さんとこに行くだけだよっ」
「なにを言ってる!子どもじゃあるまいし!」
「子どもだよっ、お母さんがあっちにいるんだよ、ホントだよっ、ボクはお母さんの子どもだよっ」
「誰でもみんなお母さんの子どもだ!」
「だから会いに行くんじゃないかっ」
「仮に女湯にお袋さんがいるとしたって、あんた、大人じゃないか!」
「え⁉」
笠松は自分の手や腕を見た。甲には血管が浮き出ており、腕には黒い毛が生えている。顎の辺りを触るとジョリジョリした感触がした。
(戻ってる、大人のオレに戻ってる!さっきまで子どもだったのに!)
親父はどこだ?と体を背中で押さえられながら頭を振って探すと、半円で囲んでいる他の客の後に年老いた父親がこちらを見ていた。
父親は驚いたように目を見開いていたが、笠松と目が合うと、情けない、というようにため息をつくと後を向いて、着替えや入浴セットが入った手さげ袋を持ってドアから出ていった。
2人の警察官は笠松を立たせると、
「まったくここの銭湯はどうなってんだ?女湯に入ったのはこの男で今月15人目だ」
呆れたように言った。
「え?15人?そんなに?」
「そうだよっ、だから我々は客のフリして見張ってたんだ。大の男が女湯に入りゃ、どうなるかわかりそうなもんだがなぁ。ほれ、着替えろ、署まで行くぞ」
笠松はパンツを履きながら思った。
(15人、みんな時空の歪みにはまってオレと同じように子どもに戻ったんだな。警察に時空がどうこう言ったところで通用しないだろうな。まぁ、そんな希少な経験をしてもたいていの男の考えることは一緒なんだなぁ。まだ半立ちしてるし)
番台の老いた未亡人に睨まれながら、笠松は両側の警察官に挟まれたまま外に連れ出された。

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