タバコやめなよ 日常

喫茶店で、売れない女優と売れないミュージシャンが「やめたくてもやめられないことってあるじゃん?」という駄話をするだけの話。
ビル・ローゲン 6 1 0 09/18
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第一稿

【登場人物】
・ケンジ(32)売れないミュージシャン
・サリナ(31)売れない女優
・トム (?) おじさんかおばさん
・店員
・店主


〇喫茶デジール
店員「 ...続きを読む
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【登場人物】
・ケンジ(32)売れないミュージシャン
・サリナ(31)売れない女優
・トム (?) おじさんかおばさん
・店員
・店主


〇喫茶デジール
店員「ブレンドコーヒーお二つ、お持ちしました」
  窓際、テーブル席に向かいあって座る男女(ケンジとサリナ)。
  テーブルにコーヒーを置く店員。
  ケンジはライダースジャケットを着ており、横にはギターケースが置かれている。
  サリナはブラウスにカーディガン、そして大きなサングラスをしている。
ケンジ「どうも」
  店員、行く。
  ケンジ、胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。
  ジジジ……とタバコの燃える音。
ケンジ「どうだったんだよ、オーディション」
サリナ「……」
  ケンジを睨むサリナ。
ケンジ「……なによ」
サリナ「タバコやめなよ」
ケンジ「えー」
サリナ「こないだやめるって言ったよね?」
ケンジ「言ったっけ?」
サリナ「言った。もうこれで最後だって言った」
ケンジ「覚えてないなあ」
サリナ「だいたいさあ、ミュージシャンって喉が命でしょ? タバコダメじゃない?」
ケンジ「うーん、そうなんだけどさあ……俺だってタバコやめたいんだよ?」
サリナ「やめればいいじゃん」
  ケンジ、煙をふかす。
  サリナ不快そうな顔をしながら煙を手で払う。
ケンジ「やめたくてもやめられないものってあるじゃん?」
サリナ「はあ? なにそれ」
ケンジ「うーん……たとえばさあ」
  辺りをキョロキョロと見回すケンジ。
  少し離れたカウンター席に一人座る老人を指差し
ケンジ「例えばあのおじさん」
サリナ「おじさんってどれよ」
ケンジ「あれだよ、あれ、カウンターに座ってる」
サリナ「……え、あれおばさんじゃないの?」
ケンジ「え、あれおばさんなの?」
サリナ「え、違うの?」
ケンジ「……まあいいや。あのおじさんの名前は……そうだな……ロバート」
サリナ「え、外人じゃないよ?」
ケンジ「例えだよ」
サリナ「今から例え話するの?」
ケンジ「そうだよ」
サリナ「なんで例えるの?」
ケンジ「いいじゃん、聞けよ」
サリナ「てゆうかロバートだとしぶすぎて無理。なんかもっと他のにして」
ケンジ「……えー……じゃあ……トム?」
サリナ「んー……まあ……よしとしましょう」
ケンジ「ありがとうございます」
サリナ「で? トムがどうしたの」
ケンジ「ああ、うん。トムには一人息子がいたんだ。妻を早くになくしたトムは息子をそれはそれは大切に育てた。精一杯の愛情を注いだんだ」
サリナ「うん」
ケンジ「トムと息子は毎朝このカフェで朝食を済ませていた。息子がここのマフィンが好きだったんだ、たぶん」
  不満そうな顔をしたサリナがメニューを取り出しじーっと見る。
ケンジ「……なにしてんの?」
サリナ「マフィンなんてないよ」
ケンジ「例えだって言ってるじゃん」
サリナ「この『昔ながらのナポリタン』じゃダメ?」
ケンジ「朝からナポリタンは重いだろ」
サリナ「うーん……ここ安いだけで基本的にそんなにおいしくはないからなあ」
ケンジ「まあいいや、ナポリタンで。そのナポリタンをね」
サリナ「昔ながらのナポリタン」
ケンジ「……その昔ながらのナポリタンをトムの息子は毎朝食べていたんだ」
サリナ「胃もたれしそうだね」
ケンジ「うるせえなあ」
サリナ「続けて」
ケンジ「(不服そう)……トムは息子がおいしそうにナポリタンを食べるのを見るのが好きだったんだ。だから毎日通った。いつの間にかこのカフェが第二の我が家のような存在になっていたんだ」
サリナ「いいね、そういうの」
ケンジ「いいだろ?」
サリナ「それで?」
ケンジ「息子はトムの愛情を受けてすくすくと育った。……しかし世界は荒れていた。各地で小さな戦争が起きていた。そして息子が成人したとき……彼は徴兵されてしまうんだ」
サリナ「ええ……急展開すぎない?」
ケンジ「戦地へ向かうその日の朝もトムと息子はここで朝食を食べた。昔ながらのナポリタンを」
サリナ「うんうん」
ケンジ「そしてトムは言った。『俺はここでお前が帰ってくるのを待っている。必ず生きて帰って来い。そしてまた一緒にナポリタンを食べよう』と……」
サリナ「泣けるね」
ケンジ「息子は戦地へ向かった。二ヶ月、三ヶ月経ち、戦争は終わった。……でも息子は帰らなかった」
サリナ「……」
  ケンジ、短くなったタバコの火を消し、新しいタバコに火をつける。
ケンジ「トムは待っているのさ、このカフェで。息子は死んでいる、そんなことはわかっている。ここに来ても辛いことしか考えられない。不合理だってわかってる。でも、やめたくてもやめられないのさ、ここで息子を待つのを」
  ケンジ、煙をふかす。
  得意げな顔。
サリナ「……なんの話だっけこれ」
ケンジ「だからやめたくてもやめられないものの話」
サリナ「あー、そっか」
ケンジ「どう? 納得いった?」
サリナ「……うーん、どうだろ、あんまりよくわかんなかった」
ケンジ「なんでだよ」
サリナ「だってトム、おじさんじゃなくておばさんじゃん」
ケンジ「まだそこ? どうだってよくない?」
サリナ「禁煙しない言い訳にしか聞こえない」
  ケンジ、タバコをふかす。
ケンジ「じゃあもう言っちゃうけど。決定的な『やめたくてもやめられないこと』」
サリナ「なによ」
ケンジ「サリナはなんで売れない女優なんて続けてるんだ?」
  タバコをサリナに向けるケンジ。
サリナ「……タバコ人に向けないでよ」
ケンジ「あ、ごめん」
  タバコを吸う。
サリナ「それは……」
  突然、トムと呼ばれていた老人が咳き込み始める。
  トムを見るケンジとサリナ。
  散々えずいたあと「カーッ!」と痰をはこうとする……が途中で止め、その痰を飲み込む。
二人「……」
  なに食わぬ顔のトム。
  店内に流れるBGMにあわせて体を揺らす。
ケンジ「き、汚ねえ……」
サリナ「……」
  ケンジを睨むサリナ。
ケンジ「睨んでる?」
サリナ「思いっきり」
ケンジ「サングラスしてるからわかんないよ、外しなよ」
サリナ「せっかく買ったんだし」
ケンジ「店内だぞ。大丈夫だよ、誰も主人公の友達Cなんて役の人気づかないよ」
サリナ「……」
  サリナ、黙ってサングラスを外す。
サリナ「なんか今日辛辣じゃない?」
ケンジ「そう?」
サリナ「バンドうまくいってないの?」
ケンジ「……」
サリナ「自分に言ってるの? もうやめとけって」
ケンジ「……」
サリナ「そうなんだ」
ケンジ「……うーん」
  ケンジ、短くなったタバコの火を消す。
ケンジ「売れないミュージシャンと売れない女優のカップルってお先真っ暗だな、と最近思った」
サリナ「まあね」
ケンジ「だいたいこういうのってどっちかまともじゃないとダメじゃない? 二人共サクセスストーリー目指して歩いて二人同時に転んだらどうするんだよ」
サリナ「……七転び八起きだよ」
ケンジ「七転八倒だよ」
  新しいタバコに火をつけるケンジ。
サリナ「また吸ってる」
  煙をふかすケンジ。
ケンジ「うん、だからこう語っときながら音楽もタバコも本気でやめる気なんてないんだろうよ、俺。俺からタバコと音楽とったらもうそれは俺じゃないしな」
サリナ「たしかに。ケンジがタバコ本気でやめたらケンジじゃないみたい」
  笑うサリナ。
ケンジ「だろ? お前だってこのまま売れなくても女優、続けちゃうだろ?」
サリナ「(悩む)……うーん、タバコとはちょっと違くない? なんかケムに巻かれてる気がするんだけど」
ケンジ「うお、タバコだけにか、うまいね」
サリナ「そうじゃない」
  ケンジ、煙をふかす。
ケンジ「でも、事実、もう諦めるべきだよなって思いながら続けるんだろ?」
サリナ「まあ……私もこの歳まで夢とか見ちゃって……もう引き返せない感じ?」
ケンジ「だろ? 俺もお前も夢なんて諦めて普通の幸せを目指すべきなんだよ。でもそんな簡単じゃないじゃん。ライムスター曰く、夢別名呪いで胸が痛くて、だよ」
サリナ「ライムスターって誰」
ケンジ「日本語ラップ界のレジェンドだ、バーカ」
  ケンジ、コーヒーを一口飲む。
サリナ「うーん……でも、そっかあ。そうか……うーん。やめなくちゃいけないけど……やめられない……女優……タバコ……夢……」
  ケンジ、くわえタバコ。
  それを悲しげに見つめるサリナ。
サリナ「ケンジは……本当はタバコやめなくちゃいけないって思ってるってこと?」
ケンジ「当たり前だろ? このままじゃ肺がん一直線だ。やめられるもんならやめたいよ」
サリナ「じゃあさ」
  サリナ、自分のお冷に指を突っ込む。
  氷を指で転がす。
ケンジ「きたな。なにしてんの?」
  サリナ、悲しげに微笑む。
  コップから指を出し、その指でケンジの火のついたタバコの先をつまむ。
サリナ「私がケンジのタバコの火、消してあげる」
  ケンジ、目を見開いて驚く。
  慌ててサリナの指をタバコから放させる。
ケンジ「バカ、なにやってんだよ」
  タバコを灰皿に乱暴に置く。
サリナ「うん」
ケンジ「熱いだろ、バカ」
サリナ「うん」
  ケンジ、サリナの指を手に取り、見る。
  サリナ、涙目。
ケンジ「ああああ、火傷してるよ……これ水膨れになるよ?」
サリナ「おかしいな、昔、氷掴んでからなら熱くないってテレビで見たんだけど……」
ケンジ「痛いか?」
サリナ「うん……でもさ、たぶんなにかやめるって痛いんだと思う。うん、きっとそう……なんかケンジの話聞いててわかった。痛くてもやめなきゃいけないんだよ、きっと」
  ポロポロと涙を流すサリナ。
ケンジ「……」
  唖然とした表情でサリナを見つめるケンジ。
  サリナ、両手で顔を覆って泣き出す。
  ケンジ、ハンカチを取り出し渡す。
サリナ「ありがとう……」
  ハンカチに顔をうずめる。
ケンジ「……」
  灰皿に置かれたタバコの火を消す。
ケンジ「お前いくつになった?」
サリナ「(鼻声)二十七……」
ケンジ「事務所プロフィールじゃなくて本当は?」
  一瞬、ハンカチから目をはなしうらめしそうにケンジを睨んで
サリナ「……三十一……」
ケンジ「そうか」
  窓の外を見つめるケンジ。
ケンジ「タバコやめるよ」
サリナ「……うん」
ケンジ「まともな仕事にもつく」
サリナ「……うん」
ケンジ「……結婚するか」
  サリナ、泣き声が大きくなる。
サリナ「……うん」
ケンジ「……こんな形でごめん……」
サリナ「ううん」
トム「お嬢さん」
  突然の問いかけに体を強ばらせる二人。
  いつの間にか、トムと呼ばれていた老人が横に立っている。
サリナ「は、はい?」
  驚き、思わず泣き止むサリナ。
  ケンジも目が点。
トム「これ」
  サリナに手ぬぐいを差し出す。
サリナ「あ、ありがとうございます……でもハンカチあるので……」
トム「そうじゃなくて」
  トム、胸ポケットからサインペンをとりだす。
トム「これにサインをお願いしたい」
サリナ「……は?」
トム「見ましたよ、あなたを。映画で」
  ニッコリと笑うトム。
  右の前歯がない。
サリナ「あー……ありがたいんですけどたぶんそれわたしじゃ……」
トム「いえ、あなたですよ、まだぼけちゃいませんから」
  笑うトム。
  笑いすぎて咳き込む。
  痰が絡む。
  嘔吐く。
  死にそう。
ケンジ「じーさん!?」
  思わず立ち上がるケンジ。
トム「(咳き込みながら)だ、大丈夫! 大丈夫じゃから! ……サイン……!」
サリナ「は、はい!」
  サリナ、急いで手ぬぐいにサインを書く。
  トムの咳が治まる。
  ケンジ、心配そうにトムをみながらゆっくりと座り直す。
サリナ「はい……」
  サリナ、トムに手ぬぐいを渡す。
  トム、満足そう。
トム「うん、ありがとう」
  トム、手ぬぐいを首にかける。
トム「(サリナの肩に手を置き)がんばりなさいよ、お嬢さん」
サリナ「は、はあ……」
  トム、笑顔でカフェから出て行く。
  「カランコロンカラン」と綺麗な鈴の音が鳴り響く。
サリナ「……励ましてくれようとしたのかな、トム」
ケンジ「いい人だったな、トム」
サリナ「近くで見ると思いっきりおじさんだったね、トム」
  少し笑う。
店主の声「おい! あのじーさん、金払ってないぞ!」
  店主の声を聞いた店員が慌ててトムを追いかけて外に飛び出す。
二人「……」
  携帯の着信音が鳴る。
ケンジ「……トム、ダメじゃん……」
  サリナ、カバンから携帯を取り出す。
サリナ「あ、マネージャーだ」
ケンジ「でなよ」
サリナ「うん」
  電話に出るサリナ。
サリナ「はい。……はい、そうです……はい」
  ケンジ、胸ポケットからタバコを取り出す。
  ……が、すぐに仕舞う。
サリナ「本当ですか? はい……はい……うーん……ちょっと彼と相談してもいいですか? ……はい、またかけ直します」
  サリナ、電話を切る。
ケンジ「なんだって?」
サリナ「……オーディション最終に残ったって」
ケンジ「そっかあ」
サリナ「うーん」
ケンジ「悩んでんの?」
サリナ「だって今の今そういう話してたばっかりだし……」
ケンジ「……まあ」
サリナ「うん…」
  一瞬、二人共黙る。
ケンジ「しょうがないな」
  ケンジ、微笑みながらタバコを取り出し火をつける。
サリナ「あ」
  煙をふかす。
ケンジ「俺がタバコ吸ってる間は夢追いかけるか」
サリナ「えー、なにそれ」
  笑うケンジ。
  つられてサリナも笑う。
サリナ「でもいいの?」
ケンジ「なにが?」
  「カランコロンカラン」と鈴の音がなり、先ほどトムを追いかけて外に出た店員がゼーゼー息切れをしながら帰ってくる。
  店員たちに目を向けるケンジとサリナ。
店主「どうだった?」
店員「(息切れ)逃げられました……」
店主「……あのクソジジイ……」
ケンジ「(サリナに向き直る)……んで、なにが?」
サリナ「あ……さっきほら……プロポーズみたいの……してくれたじゃん」
ケンジ「ああ」
  煙をふかす。
ケンジ「安心しなよ。タバコなんていつでもやめられる」
  優しく微笑みかけるケンジ。
サリナ「……そっか」
  笑うサリナ。
サリナ「じゃあ、私事務所行くね。マネージャーさんに直接会って返事してくる」
  カバンを持って立ち上がるサリナ。
ケンジ「おう。がんばれよ」
  ギターケースを触るケンジ。
サリナ「……うん。ケンジがタバコやめなくてすむようにがんばるね」
ケンジ「肺が真っ黒になるまで吸わせてくれ」
サリナ「またね」
  サリナ、出口へ向かう。
  それを見送るケンジ。
  サリナ、一度振り向き、ケンジに手を振った後、喫茶店を出て行く。
  「カランコロンカラン」と鈴の音が響く。
ケンジ「さて……」
  タバコの火を消すケンジ。
  立ち上がりギターケースを背負う。
ケンジ「俺もタバコ吸うためにがんばりますか」
  笑顔で喫茶店を出て行く。
  「カランコロンカラン」と綺麗な鈴の音が店内に鳴り響く。
店主「……だから金払えや!!!!」
  店主がケンジを追って外に出る。
                            了

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