登場人物表
大中花梨(21)うどんチェーン店店員
平源一(33)会社員・うどん店の常連・元ホスト
宮川(64)うどん店店員・通称「宮さん」
○うどんチェーン店・中(夜)
大中花梨(21)、きつねうどんと別皿のかき揚げを運び、
花梨「(ぶっきらぼうに)お待たせしました」
と、カウンター席に置く。
平源一(33)、七味をかけ、うどんを一口。
花梨「あの……」
源一、手を後ろに組む花梨を見る。
花梨「よく来てますよね?」
源一「あぁ。そうだね」
花梨「こんな日にですか?」
源一「こんな日?」
と、花梨の頭上に目を向け、
源一「あぁ。大変そうだね」
花梨、浅くかぶった安っぽいサンタの帽子を隠す仕草をしつつ、手元に隠した紙切れがチラッと伺える中、金髪のまとめ髪を確認。
源一、うどんや油揚げに口をつける。
花梨、厨房を一瞥し、不服そうに、
花梨「あ、あの――」
源一「暇なの?」
花梨「えっ?」
源一「まぁ、暇か」
○うどんチェーン店前(夜)
広い駐車場のある郊外の古びた店の店内には、花梨と源一しか見えない。
○うどんチェーン店・中(夜)
源一「おっさん一匹、こんな日にって?」
と、うどんをすすり、
源一「無様だと?」
花梨「いや、そうじゃなくて、その――」
「大中」と書かれた花梨の名札。
源一「大中さん?」
花梨「(上ずった大きな声で)はいっ!」
源一、少し驚きつつ、
源一「きれいだよね」
花梨「へっ?」
源一「店内」
と、店内を眺める。
源一「俺しか来てない「こんな日」も、いつもと変わらずきれいだ。丁寧にやってるもんね? 掃除」
花梨「い、いえ、仕事ですし」
源一、うどんの汁を啜り、
源一「もしかしてさ」
花梨「はい」
源一「薄めにしてる?」
花梨「……お気に召しませんでした?」
源一「やっぱ君か」
花梨「えっ?」
源一「食べたときの反応とか、残り具合とか見て、調整してるんでしょ? 1年くらい前か。初めの頃より、味が薄めだし」
と、かき揚げを一口。
源一「揚げ時間長め、たまねぎ多め。厨房からチラッと覗くだけじゃ、ここまで人の好みに細かく対応できないでしょ? しかもお客さんと一言も交わさずに、だ。「今日は運が良いな」くらいしか思ってないよきっと。相当気が利くのに、あえてそれを隠すように、いつも不機嫌そうに――」
宮川「よくわかったねぇ!」
トナカイのカチューシャを付けた宮川(64)、厨房から顔を出す。
花梨「ちょっ、宮さん!」
源一「こりゃ参ったな」
宮川「ちょくちょく花梨ちゃんに指示されててさ。口止めされてたんだけど、つい。あっ、大中花梨ちゃん。21歳、彼氏なし」
花梨「宮さん!」
宮川「ありゃ、お呼びでない? ま、「こんな日」って言う人だし、わかるよね? お兄さん。何か渡し損ねたのも」
花梨、手の中のくしゃくしゃの紙切れを、慌ててポケットにしまう。
源一「一回り違いか。俺も歳とったなぁ」
花梨「(小声で)一回り……33……うん」
と、軽く頷く。
源一「あののど飴、結構気に入ってたな」
花梨「のど飴?」
源一「舐めたことない? カリン味」
花梨「……えっ、カリンって……?」
宮川「え、自分の名前なのに知らないの?」
花梨「……すいません」
源一「これが世代のギャップってやつか」
宮川「いやでもね、花梨ちゃん苦労人なんですよ。見た通り」
花梨「みっ、見た通りって」
宮川「高校生の頃からだから、もう6年? 早いなぁ。ずっと孫みたい……あぁ今も孫みたいなもんか。大人びてたよぉ? 酸いも甘いも知り尽くしたみたいに。でもほんとは遊びたい盛りだろ? なのに夏休みも冬休みも年末年始もクリスマスも、率先して入ってさ。色々事情があったんだよ。これでも大分ソフトになったよ? ちょうど、お兄さんが通い始めた頃からかな? ここらじゃ指折りのべっぴんさんなんだから、もっとソフトになってもいいと思わない?」
源一「確かに。他にも働ける所はあったろうに、なぜここに?」
花梨「えっと……その……」
宮川「いやね、小さい頃、ここ来たんだってさ? その頃は良かったが、その後段々歯車が狂ってったらしい。ここが提供してるのは、ほんとに何でもないうどんだ。何でもない味、何でもない時間。忘れてもいいような何でもない思い出になるはずが、そうはならなかった。その何でもなさがいかに貴重で、繊細で、大事なことか。その歳で知ってしまったんだ。あとこれは、俺の推測だがね? 似た雰囲気の野郎が来るでしょ? ここ。愛憎入り混じるもんがあるだろうが、克服したいって思いも、あるのかもね。にしてはお兄さん、ここらの野郎とは違って、結構甘いマスクしてんじゃない? 何、ブイブイ言わせてた?」
源一「ブイブイかはわかりませんが、まぁ」
宮川「だよね? 今からでもいけんじゃ――」
源一「ホストですか?」
宮川「そうホス……あれもしや?」
源一「えぇ。ホストでしたよ。まぁ、商売道具にはなりましたね」
宮川「今も、そういう?」
源一「いや、業界からは離れました。5、6年前ですね」
宮川「そうかぁ。そういうのを見抜けちゃうんだなぁ、花梨ちゃんは」
源一「え?」
花梨、恥ずかしそうに俯く。
宮川「人を見る目はある。ただそれは、防衛本能、恐怖心の裏返しなんだろう。顔色ばかり気にして、気を悪くしないよう、気を遣わずにはいられない。人を、危険を、傷つくのを避けるノウハウはあっても、どう関わるかはからっきし。お兄さんの色気は見抜けても、どうアプローチするかは見当もつかない。「こんな日にまで来たんだから当たって砕けろっ!」ってつっついても、これだ。これじゃせっかくのチャンス! やっと来た青春を逃しちまう。だからこうして、お爺さんがお節介しちまったのさ。長々付き合ってもらって、すまんね」
源一「いえいえ、俺が意地悪したのもありますし。しかし、伸びましたね。うどん」
宮川「作るよ? 新しいの」
源一「いや、伸びたうどんも、嫌いじゃないんで」
と、うどんを一口。
源一「「親ガチャ」っつうんですか? 俺の親も、俺の顔と同じ。偶然の結果です。子供の頃に多少モテたって、金にはならんでしょ? 借金だけはもう山ほどあった。全てのこと、己自身も含め、期待しなかった。全てが数字に見えた。量が多いか少ないか。俺に関わるもの全て、マイナスだった。膨大なマイナスを、ゼロにしなきゃならない。ホストだったとき、全てが数字に見えるのは有利だった。ようやくゼロになって、気づいた。「俺は、数字じゃないものを考えたことがなかった」と。ここは、地元に似てる。ホストを辞めてからは、野郎ばかりの小さな会社と、自宅の往復。夢も目標もなく、時間は過ぎた。ただこの時間のおかげで、この何でもない町が、少しずつ、本当に何でもない町に見えてきた。数字じゃなくね。古びたうどん屋が、目に入った。目つきの鋭い店員がいた。客の動きを見逃さず、テキパキ動くじゃないか。その風貌も相まって、若い頃の母を思い出した。いわゆる、器用貧乏でね。母の作った、安かったんだろう、何でもないうどん。あれは、数字には見えなかった。俺は、きっとここから始めるしかない。いつの間にか通ってたのが、この店で。その店員が」
と、花梨へ目を向ける。
花梨、目を丸くする。
源一「俺は、この何でもない価値に感謝してる。何でもないという価値は、量じゃない。数をいくら足してもかけても作れない」
と、かき揚げの残りを口にし、
源一「何でもないことも、考えられるようになった。例えば、もし、俺が風邪をひいたら、あの店員……いや、あの人は、何を作ってくれるだろう? やっぱりうどんだろうか? あるいは――」
花梨「(心の声が漏れるように)雑炊」
源一、「おっ?」と言うような目を花梨に向ける。
花梨「嫌ですか?」
源一「いや……(色気たっぷりに)最っ高」
花梨「……はぁっ」
と、倒れかける。
宮川「おぉ大丈夫か? 何か俺も久しぶりにドキッとしちゃったよ」
源一「ふっ、そりゃどうも」
と、うどんの残りをかきこみ、
源一「ごちそうさまでした」
と、鞄に手を入れ、
源一「そろそろ終わりでしょ?」
花梨「……はい」
源一、付箋を取り出し、ボールペンで書き込み、カウンターに貼る。
源一「連絡先」
花梨「へっ?」
源一「俺の。さっきは意地悪してすまなかった。君の勇気のおかげだ。置いとくよ」
と、お代も置き、窓の外を指差し、
源一「あのアパートの右上。どこか忘れたら連絡して。来ないんだったら、連絡しなくていい。ちょっと掃除しないと。おやっさん、御馳走さんでした!」
宮川「おぅっ! まいどありっ!」
源一、出口へ。
花梨「あっ、あのっ――!」
源一、振り返り、
源一「源一。平源一。じゃっ、また」
と、店を出ていく。
花梨、反射的に頭を下げる。
○うどんチェーン店前(夜)
源一、振り返らず、寒そうに帰路へ。
○うどんチェーン店・中(夜)
あと数分で21時になる店内の時計。
秒針の音の中、佇む花梨、じっと前を見る。
前に組まれた花梨の両手、止まっては動き、止まっては動きを繰り返す。
宮川「(段々大きく)花梨ちゃん……花梨ちゃん……花梨ちゅぁんっ!」
花梨「はいっ!」
宮川「先帰んな」
花梨「へっ?」
と、時計を見る。
21時を過ぎた時計。
宮川「後はやっとくから」
花梨「えっ、でも――」
宮川「言ってなかったけどさ。俺の連れ合い、ここの店員だったの。さっきのお兄さんみたいに、連絡先、俺から渡してさ。で、いつの間にか、ここで一緒に働くようになって。でも、花梨ちゃんがここの仲間になる直前、倒れた。何でもない価値なんて、当たり前にあると思ってた。花梨ちゃんやあのお兄さんのように、もっと早く気づいてたらな」
と、姿勢を正し、
宮川「健闘を祈る」
と、敬礼し、ウインク。
花梨「ありがとうございます!」
と、頭を下げ、バックヤードへ。
宮川「あっ、そうそう」
花梨、立ち止まる。
宮川「似合ってるよ、帽子。持ってったら?」
花梨「えぇ……?」
宮川、トナカイのカチューシャを外し、
宮川「いる?」
花梨「いや、いいっす。お疲れっす」
と、バックヤードへ。
宮川「お疲れ……」
と、見送る。
宮川「こんな日か」
と、向かいのコンビニを眺め、
宮川「コンビニで、何か買ってくか」
と、作業に取り掛かる。
○うどんチェーン店前(夜)
裏口から出た花梨、手に持ったサンタの帽子を恥ずかしそうに見ていると、雪が帽子に付き、
花梨「あっ」
と、見上げ、
花梨「雪」
花梨、帽子を鞄にしまい、スマホを取り出し、スマホの裏に貼った付箋を見、少し考え、電話をかける。
源一の声「はい」
花梨「あっ……大中です。大中……花梨です」
源一の声「どこか忘れた? らしくないね」
花梨「いえ、そうじゃなくて、その……」
源一の声「断りの連絡ならいいって言ったでしょ? いい? いい歳したおっさんにナンパされただけだよ? 気ぃ遣う必要なんかないんだから」
花梨「いえそうじゃなくて……私なんかで、良いんですか?」
源一の声「それはこっちのセリフでしょう。俺はただ、君を、花梨さんを通して、夢を見ただけだ。期待してみたかったんだ。ほんの少しのつもりが、膨らみ過ぎた。伸びたうどんみたいなもんさ俺は。君の青春とは程遠い。決定権は、君にある。好条件な物件なんていくらでも――」
花梨「私も! 嫌いじゃないんです。伸びたうどん。私も、夢見てました」
源一の声「どんな?」
花梨「た、平さんと――」
源一の声「源でいい」
花梨「げっ、源さんと……うどん、食べるの」
源一の声「そんなのいつもとほとんど変わらないじゃない」
花梨「それでいいんです。それが、いいんです。マイナス同士をかけたら、プラスになりますよね?」
源一の声「マイナス同士を足したら、マイナスだよ?」
花梨「でも……でも、今の私の想いは、決してマイナスじゃないと思うんです!」
源一の声「ッハッハッハッハッハッハッ!」
花梨「何がおかしいんです?」
源一の声「いやぁ、青春だなぁと思ってね? そもそも俺たちは、マイナスでも、ましてや0でもないだろう? どう転んだって、プラスにしかならないさ。……あれ、雪じゃん! 今どこ?」
花梨「あ、あの、一つ、確認したいことが」
源一の声「何」
花梨「コンビニで、何か、欲しいもの……ありますか……?」
源一の声「わかった。俺も行くよ。向かいのコンビニでしょ? 先見てて。傘もう1本あったか?」
花梨「1本が良いです」
源一の声「え?」
花梨「傘、1本が良いです」
源一の声「りょーかい。切るよ?」
花梨「はい。待ってます」
と、スマホをしまい、見上げると、何か思いついて鞄へ手を入れる。
サンタの帽子をかぶった花梨、駐車場を軽やかに駆け抜けていく。
メインタイトル「Xmasにも、うどん屋かよ。」
(了)
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