どうも、探偵部部長の大森です。第8話『自由に生きるという事は、自由に死を選べるという事だ』(ヤンシナ応募ver.) 学園

良い連続ドラマというのは総じて、七~八話あたりに面白い回があるものだと思う。 この『どうも、探偵部部長の大森です。』は、ごく平凡の高校生活を送っていた阿部紗香(17)が、ひょんな事から変人・大森宗政(18)率いる探偵部に入ったために巻き込まれる様々な出来事を一話完結形式で綴った連続ドラマであり、本作はその第八話として想定している。
マヤマ 山本 3 0 0 06/01
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第一稿

<登場人物>
 レギュラーキャスト
阿部 紗香(17)探偵部部員
大森 宗政(18)同部長
沢村 諭吉(16)同部員
鈴木 友美(17)紗香の元親友
須賀 豊(18)  ...続きを読む
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<登場人物>
 レギュラーキャスト
阿部 紗香(17)探偵部部員
大森 宗政(18)同部長
沢村 諭吉(16)同部員
鈴木 友美(17)紗香の元親友
須賀 豊(18) パソコン部部長
佐野 詩織(17)風紀委員会副委員長
保科 亜紀(30)養護教諭
岡本 久典(45)紗香の担任、探偵部顧問
阿部 公太(9) 紗香の弟
阿部 静香(45)紗香の母

 第8話ゲスト
有川 皆実(16)自殺志願者



<本編> 
○愛丘学園高校・探偵部室・中
   T「これまでのあらすじ」
   机に置かれる高校生の男女のデート現場を盗撮した写真。

○同・廊下
   対峙する阿部紗香(17)と鈴木友美(17)。
紗香「こんな事、私頼んでない!」
友美「紗香……」

○同・探偵部室・中
   向かい合って座る紗香と大森宗政(18)。泣いている紗香。
大森「探偵部に入ってみないかい?」
紗香「……え?」

○大通り
   バレバレの尾行をする紗香。
大森の声「世の中には」

○愛丘学園高校・教室・外
   教室の中の様子をデジタルカメラで撮影する紗香。
大森の声「知らない方が」

○同・同・中
   文化祭でのメイド喫茶風室内。
   メイド姿で接客をする紗香。
大森の声「いい事もある」

○同・探偵部室・中
   対峙する紗香と大森。
大森「それでも、知りたいかい?」

○メインタイトル「どうも、探偵部部長の大森です。第8話『自由に生きるという事は、自由に死を選べるという事だ』」

○愛丘学園高校・保健室・前
   「保健室」と書かれた表札。
   T「月曜日」

○同・同・中
   妖艶な雰囲気の室内。
   椅子に座る紗香。落ち着かない様子。
   T「阿部紗香(高2)探偵部部員」
   一枚の紙を手に取り、紗香の向かいの椅子に座る保科亜紀(30)。妖艶な雰囲気。
   T「保科亜紀(養護教諭)」
亜紀「まだ慣れないのかしら? 阿部さん」
紗香「え? あ~……そうですね、この部屋は何度来ても……すみません」
亜紀「いいのよ。阿部さんのそういう初々しい所、先生は好きだから。ごちそうさま」
紗香「ごちそうさま、って。(話題を変えようと)ところで先生、依頼したい事って……?」
亜紀「そうそう、ちょっと気になるメールが届いちゃってね。見たい?」
紗香「えぇ、そりゃあ、まぁ」
   亜紀から一枚の紙を受け取る紗香。目を見開く。そこには「私は自殺します。」と書かれている。
紗香の声「『私は、自殺します。』」

○同・探偵部室・前
   「探偵部」と書かれた表札。
紗香の声「『この学校にはイジメが存在します。』」

○同・同・中
   応接室のような向かい合う椅子とテーブル、その奥に部長席、脇には多くの資料棚がある室内。
   部長席の前に立つ紗香と沢村諭吉(16)。紗香の手にはプリントアウトされたメール文。
紗香「(読みながら)『私は、そんな現状がとても嫌になりました。だから、自殺します。止めたければ、今週の土曜日までにご連絡を。』。以上が、保健室の相談窓口に届いたメール内容です」
   T「沢村諭吉(高1)探偵部部員」
沢村「でもこのメール、イタズラという可能性もありますよね?」
紗香「うん。(部長席に向き直って)なので真偽を確かめる、って事も含めた依頼みたいです。大森先輩」
   部長席に座る大森。
   T「大森宗政(高3)探偵部部長」
大森「なるほど。確かに、このメールの内容は看過できないね」
紗香「そうなんですよ。この学校にイジメがあるなんて……」
大森「いや、そこはさほど問題ではないよ、阿部ちゃん」
紗香「え? いや、イジメですよ?」
大森「いいかい、イジメというものは、それこそ魚の世界にすらあると言われているものなんだよ? これだけ多くの人間とコミュニティーのある学校という場で、イジメが一つもないと考える方が不自然だ」
紗香「そんな言い方……」
大森「沢村ちゃんはどう思う?」
沢村「大森先輩のおっしゃる通りですね」
大森「二対一だね、阿部ちゃん」
紗香「……じゃあ、大森先輩の言う『看過できない』事って、何ですか?」
大森「決まっているだろう? このメールは自殺の予告やイジメの告発はなされているが、一言も相談事項が記入されていない」
紗香「そこ?」
大森「(立ち上がり)さて、まずはそんな不届きものなメールの送り主を特定するとしようか、阿部ちゃん」
紗香「それはもちろんですけど、メールに差出人の名前も載ってないのに、随分と簡単に言いますね」
大森「そりゃあ、簡単だからさ」

○同・パソコン室・前
   「パソコン室」と書かれた表札。

○同・同・中
   四〇台近いパソコンが並んだ室内。
   そのうちの一台の前に座る須賀豊(18)とその脇に立つ紗香、大森。
   大森に資料(写真付きプロフィール、ただしこの時点ではまだ顔写真は見えていない)を渡す須賀。
須賀「(疲れきった表情で)ほれ」
大森「(勝ち誇るように)ね?」
紗香「……何もしてないくせに。(須賀に)お疲れですね」
   T「須賀豊(高3)パソコン部部長」
須賀「本当、人使い荒いよな」
大森「仕方ないだろう? 阿部ちゃんが『どうしても』と言うんだからね」
紗香「私のせいにしないで下さいよ」
須賀「なら、仕方ねぇか」
紗香「信じないで下さいよ」
大森「(資料を見ながら)で、説明してもらえるかい? 須賀ちゃん」
須賀「あ~、はいはい。そもそもそのメールの送信に使われたのは(最前列を指し)あそこのパソコンだった」
紗香「学校から送られてたんだ……」
須賀「そしてその送信時刻、この部屋を使っていたのは二年六組の情報の授業。あのパソコンを使っていたのは出席番号一番(資料を指差し)有川皆実って訳だ」
大森「なるほど、リカちゃんか」
紗香「リカちゃん? アリカワ……って、え、そこ?」
須賀「俺達独自の計算に基づくと、イタズラでそんなメールを送るタイプじゃねぇな」
大森「確かに、成績は悪くないし、出席日数にも問題がない。中学時代も以下同文のようだね」
須賀「あ、中学といえばこの子、阿部ちゃんと同中なんじゃねぇ? 東中出身だって」
紗香「え?」
   大森から奪うような形で資料を手にする紗香。「市立東中学校卒業」と書かれている。
紗香「本当だ……」
須賀「え、知らねぇの?」
紗香「あ~、私、中三の秋に転校してきたんで、あんまり……」
須賀「へぇ、珍しい時期に転校したね」
紗香「えぇ、まぁ。(資料を読みながら)あっ、この有川さん、誕生日が今週の土曜日ですよ……」
大森「今週の土曜日を指定する動機もある、となると、いよいよ本物の自殺予告という事になってくるね。面白い」
紗香「面白い、って……」
   資料に目を落とす紗香。ここでようやく有川皆実(16)の写真が映る。

○同・廊下
   T「火曜日」
   歩いている皆実。その前に立ちふさがるようにやってくる紗香。
紗香「有川皆実さん、ですよね?」

○同・探偵部室・中
   入ってくる紗香と皆実。
紗香「大森先輩、お連れしまし……あれ?」
   誰も座っていない部長席。
   そこにやってくる沢村。
沢村「阿部先輩。大森先輩がコレを」
   沢村からA4サイズの分厚い封筒を受け取る紗香。「リカちゃんにこれらの質問を漏れなくぶつけてくれたまえ」とのメモ書きが添えられている。
紗香「ったく、自分勝手な……」
   封筒の中身を取り出す紗香。分厚い書類の束が出てくる。
紗香「……って、分厚っ」
   その間に部長席を物色している皆実。
皆実「広い部室に立派な机、探偵部って意外と待遇いいんだね」
紗香「あ、その辺勝手にいじらないで……」
   プリントアウトされたメール文を手に取る皆実。
皆実「私をここに呼び出した用件って、やっぱりコレ?」
紗香「あ……」
皆実「まさかこんなに早くバレるとはね~。アンタ達、思ってたより優秀なんだ」
   応接用の席に腰を下ろす皆実。
皆実「じゃ、さっさと始めようよ。私に聞きたい事があるんでしょ?」
紗香「あ、はい。じゃあ……」
   皆実の向かい側に座り、書類の束に目を通す紗香。
紗香「では、早速お聞きします。まず『質問1、本当に自殺するんですか?』」
紗香&皆実「って、直球」
   気まずい沈黙。
皆実「するよ。本当に」
   真偽を疑うような目で皆実を見つめる紗香。
皆実「疑ってるんだ?」
紗香「そういう訳じゃ……」
皆実「じゃあ……(と言いながら、手首に巻いた腕時計を外す)コレでどう?」
   腕時計を外した手首に、リストカットの跡(ただし、やや古い)。
紗香「!?」
皆実「(腕時計を付け直しながら)で、質問は終わり?」
紗香「いえ、まだ。えっと『YES、と答えた場合は質問2へ』か。『質問2、何故あのようなメールを送ったんですか?』」
皆実「当ててみてよ」
紗香「『当ててみてよ、と答えた場合は質問8へ』か……」
紗香&皆実「って、あるんだ」
   互いに目を見合わせる紗香と皆実。
紗香「えっと『質問8、自分をイジメていた連中に対する当てつけであり、かつ心のどこかでは止めて欲しいと願っているんじゃないのかい?』」
紗香&皆実「って、急に口調」
   目を見合わせ、吹き出す紗香と皆実。
紗香「気が合いますね」
皆実「さすが、同中」
紗香「え、知ってたんですか?」
皆実「三年の時に転校してきた子でしょ? あ、私の事は知らないだ?」
紗香「……すみません」
皆実「いいって。転校してきた側って、そんなもんだろうし。それに……」
紗香「それに?」
皆実「何でも無い。で、さっきの答えが『YES』だとすると、次はどんな質問?」
紗香「えっと、その場合は……」
   書類の束をめくる紗香。そこには「いつ自殺しますか?」「どこで自殺しますか?」「自殺方法は何ですか?」等と書かれている。
紗香「……」
   開いていた書類の束を勢いよく閉じ、テーブルの上に置く紗香。
皆実「あれ、もう終わり?」
紗香「……すみません。『自殺する』前提の質問ばっかりで、嫌になっちゃって」
皆実「そっか。私は興味あったんだけどな。読んでいい?」
   書類の束を手に取り、ページをめくっていく皆実。
紗香「何で自殺するんですか?」
皆実「アンタもなかなか直球だね」
紗香「やっぱり、イジメ?」
皆実「どうだろう? キッカケの一つには違いないけど、それだけでも無いっていうか……。で、理由聞いてどうすんの? 止めたいの?」
紗香「もちろんです。どうしたら、思いとどまってくれますか?」
   開いていた書類の束を勢いよく閉じる皆実。
皆実「内緒」
紗香「内緒って、そんな……」
皆実「だって、探偵部って『調べる』のが仕事でしょ? 本人に直接答え聞くのって、何かズルくない? だから、その答えは宿題、って事で」
   書類の束を持って立ち上がる皆実。
皆実「その代わり、私もコレ、ちゃんと答えてメールするから」
紗香「メール?」
皆実「? ココに送ればいいんでしょ?」
   書類の束の最終ページを見せる皆実。
   そこには紗香のメールアドレスが書かれている。
紗香「あ、私の……。(小声で)人のメアド勝手に載せんな、って」
皆実「じゃあ、そういう事で」
   部屋を出て行く皆実。
   紗香の元にやってくる沢村。
沢村「良いんですか? 帰してしまって」
紗香「良くはないけど……。有川さんの言う通り、まずは調べないと……」
   そこにやってくる大森。
大森「なかなか手強そうな相手だよ?」
紗香「そうなんですよ。それが問題で……って、大森先輩!? いつからここに?」
大森「(資料棚の奥を指し)ずっとそこにいたんだが、寝心地がよくてね。ついつい寝入ってしまったよ」
紗香「寝心地って、どこが……」
大森「それにしても、阿部ちゃんが僕の用意した質問を全然聞いてくれないから、困ってしまったよ。せめて『質問152、何故メールを送る相手が亜紀ちゃんだったんですか?』くらいは聞いてもらいたかったものだね」
紗香「すみません。(小声で)っていうか、だったらもっと若い番号にしろ、って」
大森「まぁ、無いものは仕方ない。今ある材料だけで、報告書を作成するとしよう」
紗香「で、私は何から調べましょうか?」
大森「終わりだよ」
紗香「そうですか終わりですか。……って、え、終わりですか?」
大森「あぁ。メールの送り主はわかった。真偽の程も含めて、ね。あとは報告書をまとめるだけだ。僕の主義には反するが、今回ばかりはタイムイズマネー、だからね」
紗香「待って下さい。まだ全然、何も解決してないじゃないですか」
大森「リカちゃんも言っていただろう? 僕らの仕事は調べる事だ。イジメや自殺を止める事ではない」
紗香「放っておく、って言うんですか?」
大森「そういう事だ。今週は他に依頼もないし、久々にゆっくりと過ごせそうだね」
紗香「……嫌です」
大森「ほう」
紗香「人が一人、イジメられているんです。死のうとしているんです。それを放っておくなんて、私にはできません」
大森「では、どうすると言うんだい?」
紗香「今週は他に依頼が無いんですよね? なら、私が何を調べようと自由。違いますか?」
大森「何も違わないね」
紗香「では、失礼します」
   部屋から出て行く紗香。
沢村「大森先輩。前々から気になっていたんですが、阿部先輩って、イジメ問題に対するこだわりが異常にお強いですよね。何故なんでしょうか?」
大森「世の中には、知らない方がいい事もある。それでも、知りたいかい?」

○阿部邸・外観
   二階建ての一軒家。
   「阿部」と書かれた表札。

○同・リビング
   入ってくる紗香。
紗香「ただいま~」
   サッカーボールを持って立っている阿部公太(9)と、号泣している阿部静香(45)。
静香「(泣きながら)紗香、お帰り」
紗香「(非難するように)公太~」
公太「いや、俺別に何もしてねぇって」
紗香「じゃあ何で……?」
静香「公太がね、そこの公園でサッカーしてたら怒られたんだって」
紗香「あ~、確か『サッカー禁止』って書いてあるもんね、あそこ。それで?」
公太「で、『前住んでた所の公園はサッカーできたのにな~』って言ったら……」
静香「(号泣しながら)ごめんね~、公太にまでそんな思いさせて~」
公太「だから、いいって。ほら、姉ちゃんも何とか言ってよ」
紗香「その件に関しては、私も……」
公太「だから、そういうつもりで言ったんじゃねぇんだ、って。それにサッカー出来ないなら出来ないで、どっか別の出来る場所でやればいいだけの話じゃん?」
紗香「……ありがとう」
公太「別にお礼言われる筋合いねぇって」
   泣き続ける静香の姿を見ている紗香。
   決意を新たにした表情。

○愛丘学園高校・中庭
   T「木曜日」
   ところどころにベンチが置いてあり、思い思いに昼食をとる生徒たち。
   一人、ベンチに座り弁当を食べている皆実。そこにやってくる紗香。
紗香「ここ、いいですか?」
皆実「どうぞ」
   皆実の隣に腰を下ろす紗香。
皆実「ねぇ『雲になりたい』って思った事、ある?」
紗香「雲に?」
   空を見上げる紗香と皆実。
皆実「中学の頃とかさ、たまに屋上に行って何も考えずに雲見てる時が一番幸せでさ。憧れてるんだよね。自由に生きてる感じがするじゃん? 何も考えず、ただプカプカ浮かんで、行き先は風の吹くまま。運を天に任せて」
紗香「『運を天に任せて』……」
皆実「だから、生まれ変わったら雲になりたいな、って」
紗香「……止めます」
皆実「昨日来なかったから、諦めたのかと思ってたけど」
紗香「言われた通り、調べてたんで」
皆実「へぇ、マジメじゃん。っていうかさ、私から言っといてアレだけど、調べるって何を調べんの?」
紗香「有川さんの人となりを」
岡本の声「あ~、有川皆実ね~」

○(回想)同・職員室
   T「水曜日」
   席に座る岡本久典(45)の脇に立つ紗香。
岡本「正直、あんまり覚えてないな~」
紗香「去年、有川さんの担任だったのに?」
   T「岡本久典(探偵部顧問)」
岡本「まぁ、そう言うな。それに、そもそも有川って今は六組だろ? だったらアイツに聞けばいいんじゃないか? ほら、阿部と仲のいい……」
紗香「(話を遮るように)あ~、もう、わかりましたから。じゃあ『一年の時からイジメられていた』とか、そういう事はないんですね?」
岡本「多分な。まぁ、あったとしても最近は教師にわからんように、上手くやるからな~。参っちまうよ。ハッハッハ」
紗香「先生がそういう事言っちゃダメじゃないですか」
岡本「……そう言えば、同じ事を有川にも言われた事があったな」
紗香「それは、どういう時に?」
岡本「確か、朝偶然会ってな。歩行者用の信号が点滅してたんだが、阿部はそういう時走るか?」
紗香「私ですか? まぁ、それで間に合いそうなら」
岡本「だよな? でも、有川は走るそぶりも見せないで、あっさり諦めてな。だから言ったんだよ。『俺だったら、多少信号無視になっても行くけどな』って」
紗香「先生がそういう事言っちゃダメじゃないですか」
岡本「そしたら有川のヤツ、面白い事を言ってきてな。確か……」
紗香の声「『運を天に任せる』」

○同・中庭
   並んでベンチに座る紗香と皆実。お菓子を食べている皆実。
紗香「それが、有川さんのポリシーなんですよね? 信号が点滅したら、それは『待ちなさい』と言われているって事で、青だったらその逆で……」
皆実「それだけじゃないよ。例えば、お昼に甘いものが食べたいな~って思ってる時に赤だったら『我慢』、青だったら『食べていいよ』って事にする、とかね」
   と言ってお菓子を口に運ぶ皆実。
紗香「今回のメールも、そういう事だったんじゃないですか? 保科先生宛にメールを送る。そのメールを元に、誰かが自分を止めにくるのか、有川さんは運を天に任せたんじゃないですか?」
皆実「それで、アンタ達が来たんだから、思いとどまるべきだ、って言いたい訳?」
紗香「一昨日も言ってましたよね? 『心のどこかでは止めて欲しいと願っている』って」
皆実「惜しいね」
紗香「惜しい?」
皆実「確かに、あのメールにはそういう意図はあった。でも、私が運を天に任せたのはただ私のもとに誰かがたどり着く事じゃない。その『たどり着いた誰か』が、私を納得させてくれるかどうか」
紗香「納得? 何を?」
皆実「何で生きなきゃいけないの? って」
紗香「……」
皆実「まぁ、いいや。とりあえず、まだ日も残ってるし、宿題って事でいいから。それじゃ」
   立ち去ろうとする皆実。
紗香「待って下さい」
皆実「何? もう答え出た?」
紗香「さすがに、まだ。ただ、ずっと考えてたんです。有川さんが、何で自殺したいのか」
皆実「あ~、確かに最初から気にしてたよねソレ。でもさ、それを調べるのが……」
紗香「調べました」
皆実「え?」
亜紀の声「確かに、いい噂も悪い噂も聞くわね」

○(回想)同・保健室・中
   T「水曜日(その2)」
   向かい合って座る紗香と亜紀。
亜紀「でも、私と有川皆実ちゃんの関係なんて聞いてどうするつもり?」
紗香「えっと、それは……」
亜紀「ひょっとして、嫉妬?」
紗香「違います」
亜紀「まぁ、直接喋ったりした事もないし、特別な関係はないわよ。安心して」
紗香「だから違います、って。ちなみに、何かイジメられているような噂は……?」
亜紀「そうねぇ……。まだ噂の噂くらいの話しか聞いた事ないわね」
紗香「噂の噂……?」
亜紀「もしかしたら、同じクラスの子に直接聞いた方が早いかもしれないわよ? 例えばほら、六組のあの子とか……」
紗香「それ、さっきも言われたんですけど」
亜紀「あら、私が初めての相手じゃなかったのね。残念」
紗香「残念、って」
亜紀「……ねぇ、阿部さん。ひょっとして、その子が、あのメールの送り主なの?」
紗香「それは……すみません。いくら先生でも依頼人である以上、今の段階では何もお話できません」
亜紀「そう、ならいいわ。ただ、もしこの子なら、凄く腑に落ちるんだけど」
紗香「腑に落ちる?」
亜紀「あの子、実は中学時代にイジメを受けて、不登校だったらしいのよ」
紗香「え? でも確か、出席日数に問題は無かったハズじゃ……」
亜紀「それがね……」
須賀の声「保健室登校?」

○(回想)同・パソコン室・中
   T「水曜日(その3)」
   席に座ってパソコンを操作している須賀と、その隣の席に座る紗香。
須賀「なるほどね、出席日数にはカウントされるし、表面上のデータでは問題がなくなるって事か。騙されたな」
紗香「おかげで、一つ納得しました。何でメールを送る相手が保科先生だったのか」
須賀「俺も一つ納得したよ。いくら阿部ちゃんが転校生だからって、同じ中学から同じ高校を受験したのに面識がねぇ、っておかしいと思ってたからな。ほれ、お待たせ」
   と言って、プリントアウトした資料を紗香に渡す須賀。数種類のリストカット跡の画像が載った資料。
須賀「リストカットしてから一ヶ月後、三ヶ月後、半年後、一年後、二年後の、傷跡の治り具合。まぁ、目安だけどね」
紗香「ありがとうございます」
須賀「いやぁ、まさか阿部ちゃんにそんな性癖があったなんてね」
紗香「違います。(資料を見ながら)やっぱり……」
須賀「それから、もう一つ」
   別の資料を渡す須賀。
須賀「二年六組の生徒の中で、有川皆実と近からず遠からずな距離感、イジメの事を話してくれる適度な正義感、かつ探偵部や阿部ちゃんとの関係性を独自に数値化して導きだした、今回の件で接触するのに最適な生徒の情報」
紗香「ありがとうございます。助かりま……(資料を見て驚く)」
須賀「ごめんね、悪気は無ぇんだ。それに、あくまでも表面上のデータではその人だ、って言ってるだけだし」
紗香「……大丈夫です。自分でも薄々、予感していた事ですから」

○(回想)同・階段
   T「水曜日(その4)」
   階段の三段目あたりに座る紗香。下の階から上ってくる友美。一瞬目が合うも、すぐにそらす紗香。
紗香「……ごめん、呼び出して」
友美「……うん、ビックリした。まさか紗香から連絡来るなんて」
紗香「なんか『友美に聞くのが一番最適だ』みたいな結論になっちゃって」
   階段を上りきらずに立ち止まる友美(紗香と背中越しに喋る形)。
紗香「で、有川さんの事なんだけど」
友美「うん。私もあんまり詳しい事は知らないんだけど……。ウチのクラスに、北谷里佳ちゃん、って子がいてね」
紗香「里佳ちゃん……って、ややこし」
友美「で、その北谷さんと有川さんは、いつも一緒に居る五人組の中の二人、くらいの関係だと思うんだけど。最近『北谷さんの彼氏が他の女子に手を出している』っていう噂を『有川さんが広めてる』って噂が流れてて」
紗香「それが、噂の噂か……」
友美「そのせいか知らないけど、最近は有川さん以外の四人で一緒にいる所をよく見かける気がして……」
紗香「それって、いつから?」
友美「本当に最近。先週あたりから」
紗香「じゃあ、まだ始まったばかり……?」

○同・中庭
   並んでベンチに座る紗香と皆実。
紗香「これらを踏まえた上で、ここからは私の勝手な想像なんですけど」
皆実「どうぞ」
紗香「有川さんは中学時代にイジメを受けて、その時に自殺しようとしたんじゃないですか? あのリストカットの跡は、少なくとも二年以上前のものですよね?」
皆実「でも、死ねなかった」
紗香「だからその時に思ったんじゃないですか? 『運を天に任せてみよう』って」
皆実「『死ねなかったのは、もう少し生きろって事だ』って?」
紗香「そして、もしまたイジメられ始めたら『死んでいい』事にしよう、って」
皆実「あの噂で、イジメって判断できる? まぁ、噂っていうか事実なんだけど」
紗香「どの辺が?」
皆実「両方。里佳の彼氏が私に告ってきたという事実、それを私が里佳に伝えたという事実」
紗香「でも、その事実が歪曲した形で噂されているのも事実ですよね? それに、どちらかが意図的に流さない限り、噂になりようがないハズですから」
皆実「そう言い切る根拠は?」
紗香「例えば有川さんは、私の親友が私の彼氏の浮気調査を勝手に探偵部に依頼した、って噂を聞いた事がありますか?」
皆実「へぇ、そんな事あったんだ」
紗香「内緒ですよ?」
皆実「安心して。死人に口無しだから」
紗香「……」
皆実「アンタの想像、当たってるよ。私が死にたい理由はそんな所。でも、だったらわかるでしょ? 私は運を天に任せたの。その結果、死んでいい事になった。後は、アンタが私を納得させてくれるかどうか」
紗香「なら、こんなのはどうですか?」
皆実「どんなの?」
紗香「中学時代にイジメられて自殺しようとして出来なくて、転校して、高校入ってからやっと出来た親友と彼氏に同時に裏切られて、それでもこうやって生きてる人間が目の前にいるから、とか」
皆実「アンタ、ひょっとして……」
沢村の声「え、阿部先輩が?」

○同・パソコン室・中
   紗香の資料を手に持って集まっている大森、沢村、須賀。
沢村「中学の頃、イジメられていた……?」
須賀「それで中三の秋なんていう変な時期に転校してた、って事か。阿部ちゃんも大変だったんだね~」
沢村「そんな事が……」
大森「意外かい? 阿部ちゃんの性格を考えてみたまえ。正義感が強く、自分の意見をハッキリと言い、かつ世渡りが下手だ。他人へのイジメを見過ごせずに助けに入った結果、逆にイジメのターゲットになる様子が目に浮かばないかい?」
沢村「確かに。大森先輩のおっしゃる通りですね」
須賀「おいおい、ひでぇ言いようだな」
大森「ほう。須賀ちゃんも同意見だと思っていたが?」
須賀「まぁ、否定はしねぇけど」
沢村「でも僕は、そこが阿部先輩のいい所だと思ってます」
大森「まぁ、否定はしないがね」

○同・中庭
   並んでベンチに座る紗香と皆実。
皆実「ふ~ん、自分で自分の首しめたんだ」
紗香「当時の制服がセーラー服だったんですけど、そのスカーフで」
皆実「随分、難易度高い事に挑戦したね」
紗香「(苦笑)。でも、それで吹っ切れて。『死んだつもりで生きてみよう』って。親にも相談して、まぁお母さんにはめちゃめちゃ泣かれましたけど、タイミングも合ったから、家も引っ越そうって事になって」
皆実「いい親じゃん」
紗香「感謝してます」
皆実「でもさ、それはアンタの場合で、アンタの勝手じゃん?」
紗香「それは……」
皆実「それに、同じような経験してるならわかるでしょ? 私は中学でイジメられて、高校でもイジメられ始めてる。確率で言えば百パーセント。このまま行けば、就職したら職場でイジメられて、結婚したらご近所でイジメられて、子供が出来たらママ友の間でイジメられる。そんな人生だよ? 何で生きなきゃいけないの? 何で死んじゃいけないの?」
紗香「……」
皆実「まぁ、せいぜい考えててよ」
   立ち上がり、去って行く皆実。その背中をじっと見ている紗香。
大森の声「生きなければならない理由、死んではいけない理由、ねぇ……」

○同・探偵部室・中
   部長席に座る大森と、その前に立つ紗香。沢村は室内を掃除中。
大森「そんなものはない」
紗香「『ない』って、そんな……」
大森「阿部ちゃん。『自由に生きる』という事は、どういう事だと思う?」
紗香「自由に……。職業選択の自由とか表現の自由とか、信教の自由、報道の自由、それから……」
大森「死ぬ自由」
紗香「え?」
大森「自由に生きるという事は、自由に死を選べるという事だ」
紗香「じゃあ、有川さんに『死ぬのは自由ですよ』って言え、って言うんですか?」
大森「どう言うかは、君の自由だ。忘れているかもしれないが、この件は君が勝手に調べている事だ。僕に何を聞いても無駄なんじゃないかい?」
紗香「それは……」
大森「なら『生きてれば、きっといい事あるさ』とでも言っておけばいい。時には、単純な言葉の方が響くものだよ?」
   席を立ち、紗香の肩を叩いて、部屋から出て行く大森。
紗香「……」

○愛丘学園高校・外観
   T「金曜日」
   チャイムが鳴っている。

○同・教室
   席に座る紗香。ため息をつく。
紗香「死んじゃいけない理由、か……」
   スマホを取り出す紗香。
紗香「ん? メールが二件来てた……」
   スマホの画面。送信主が友美のものと未登録のアドレスからのもの、二種類のメール。友美のメールを選択。
   「有川さん、本日欠席」の文字。
友美の声「有川さん、本日欠席。一応、伝えておこうと思って……」
紗香「休み……?」
   急いでもう片方のメールを見る紗香。
皆実の声「人生最期の日、アンタに一日中張り付かれるのも面倒だから、今日は学校休むわ」
   スマホの画面。「ゲームをしよう」の文字。
皆実の声「その代わり、ゲームをしよう」
   教室を飛び出す紗香。
皆実の声「ルールは簡単。参加できるプレイヤーは探偵部のみ」

○同・廊下
   走る紗香。
皆実の声「私が死のうとしている場所に、私よりも先に来て、私を止められたら探偵部の勝ち。逆は、言わずもがな」

○同・探偵部室・中
   飛び込んでくる紗香。
皆実の声「最後にもう一度だけ、運を天に任せて。有川皆実」
紗香「大森先輩!」
   空席の部長席と、パソコンを使って作業をしている沢村。
沢村「阿部先輩、どうかされました?」
紗香「それが、有川さんからメールが来て。大森先輩は?」
   スマホの画面を沢村に見せる紗香。
沢村「ゲームですか……。大森先輩は、今日はお見えにならないそうですよ?」
紗香「え、何で?」
沢村「さぁ?」
紗香「『さぁ』って、そんな。何でこんな肝心な時に。もう、沢村ちゃんだけでいいから、手伝って」
沢村「手伝うって、何を?」
紗香「とりあえず、有川さんが今どこにいるか……。とにかく、いつどこで自殺するのかがわからなかったら、その場所で止めようがないし……」
沢村「すみません。僕は(パソコンを指し)入力業務がまだ終わっていないので……」
紗香「そんなの後回しにしてよ」
沢村「ですが、今日中に終えないと、報告書の作成が……」
紗香「だから、そんなの……って、あれ、報告書……? あっ!」
   パソコンの前にやってくる紗香。そこには皆実に渡した書類の束。
紗香「コレ、どうして!?」
   書類の束をめくっていく紗香。それぞれの質問の答えに丸印が付いている。
沢村「今朝届いたのを大森先輩が受け取られたそうで。メールではさすがに長いと思ったんでしょうね。答えは直接、書き込まれてありますよ」
紗香「あった!」
   「いつ自殺しますか?」の欄を指す紗香。「土曜日の〇時ちょうど」に丸印が付いている。
紗香「土曜日の〇時ちょうど」
   「どこで自殺しますか?」の欄を指す紗香。「学校の屋上」に丸印が付いている。
紗香「学校の屋上」
   「自殺方法は何ですか?」の欄を指す紗香。「飛び降り」に丸印が付いている。
紗香「飛び降り」
   書類の束を勢いよく閉じる紗香。
紗香「これだけわかれば、何とかなるかもしれない……。ありがとう!」
   部屋を飛び出して行く紗香。
   スマホを取り出す沢村。
沢村「あ、大森先輩ですか?」

○同・職員室・前
   「職員室」と書かれた表札。
岡本の声「大丈夫だったぞ」

○同・同・中
   席に座る岡本の脇に立つ紗香。
岡本「今現時点で、屋上の鍵が貸し出されている形跡はないし、今日この後に貸し出される予定もない」
紗香「良かった……。あの、その鍵って、探偵部で預からせていただく事は……」
岡本「さすがに無理だろうな」
紗香「ですよね」
岡本「なに、心配する事はないさ。鍵が無きゃ入れないのはお互い様だ」
紗香「だといいんですけどね……」

○同・外観(夕)
   下校する生徒達。

○同・屋上前階段(夕)
   一番上に「屋上につき立ち入り禁止」と書かれた紙の貼ってある扉がある。その扉の施錠確認をする紗香。
紗香「よし、異常なし」
詩織の声「そこで何してるの?」
紗香「いっ!?」
   恐る恐る振り返る紗香。階段の下に立っている佐野詩織(17)。「風紀委員」と書かれた腕章を着けている。
   T「佐野詩織(高2)風紀委員会副委員長」
紗香「佐野さん……」
詩織「また探偵部絡み? 悪いけど、もう下校時間だから。校内から速やかに退去してもらえる?」
紗香「ごめん、事情があって……。もうしばらく、ここにいないとダメなんだ」
詩織「もうしばらくって、何時まで?」
紗香「……一二時過ぎ?」
詩織「は?」
紗香「お願い。訳あって理由は言えないんだけど、とにかく、お願い」
詩織「学校の許可は?」
紗香「いや、その……」
詩織「悪いけど、無許可で居座るようなら、学校の風紀を乱すと受け止め、風紀委員の権限のもと、強制的に退去してもらいます」
紗香「うぅ……」
沢村の声「許可ならありますよ」
   そこにやってくる沢村。用紙を一枚、詩織に手渡す。
紗香「沢村ちゃん」
沢村「ご確認下さい」
   用紙を受け取る詩織。
   「活動許可書」と書かれた紙。岡本の捺印があり、活動時間が「一時まで」活動場所が「屋上前階段」と記されている。
詩織「『午前一時まで屋上前階段を使用』……」
   びくびくしながら詩織を見る紗香。
詩織「確かに許可は出てるみたいね」
紗香「……あれ、意外とあっさり?」
詩織「書類に問題がない以上、あれこれ言っても仕方ないし。見る?」
   許可書を紗香に渡す詩織。紗香が受け取るも、詩織は手を離さない。
詩織「(小声で)今のうちはね」
紗香「!?」
   手を離し去っていく詩織。
沢村「何か、いつもと様子が違いましたね」
紗香「そうだね……。あ、ありがとう沢村ちゃん。助かった。でも、何で?」
沢村「入力業務が終わったので。あ、(手に持っていたビニール袋を掲げ)コレ、差し入れです」

○同・外観(夜)

○同・屋上前階段(夜)
   中腹部分に座っている紗香と沢村。紗香は電話をかけている。
   電話を切る紗香。
紗香「何でこういう時に電話に出ないかな~、大森先輩という人は!」
沢村「もう寝てしまっているんじゃないですかね?」
紗香「……まぁ、そんな時間かもしれないけど」
   二三時三五分を示す紗香のスマホの画面。
沢村「有川さん、本当に来ますかね?」
紗香「それ、どういう意味?」
沢村「実は嘘の回答をしていて、本当は別の場所で、という可能性は……?」
紗香「無いと思う。嘘の情報を混ぜたら、もう『運を天に任せた』事にはならないと思うし」
沢村「そうですよね。すみません、出しゃばった真似をして」
紗香「いや、私も気になってるから。私達側に与えられた情報が多すぎて、何か『止めてくれ』と言わんばかりって感じじゃん? コレはコレで『運を天に任せた』事にならないんじゃないかな、って」
沢村「裏の裏をかいて、僕達がここにいない事に賭けた、とかですかね?」
紗香「わからない。それに、仮に私達がいなかったとしても、鍵が無ければココから飛び降りるなんて出来ないし……」

○(フラッシュ)阿部邸・リビング
   サッカーボールを持って立つ公太。
公太「出来ないなら出来ないで、どっか別の出来る場所でやればいいだけの話じゃん?」

○愛丘学園高校・屋上前階段(夜)
   中腹に座る紗香と沢村。
紗香「どこか別の、出来る場所……」

○(フラッシュ)同・探偵部室・中
   書類の束を開いている紗香。「学校の屋上」に丸印が付いている。
紗香「学校の屋上」

○(フラッシュ)同・保健室
   席に座る亜紀。
亜紀「中学時代にイジメを受けて、不登校だったらしいのよ」

○(フラッシュ)同・中庭
   空を見上げる皆実。
皆実「中学の頃とかさ、たまに屋上に行って何も考えずに雲見てる時が一番幸せでさ」

○同・屋上前階段(夜)
   中腹に座る紗香と沢村。勢い良く立ち上がる紗香。
沢村「阿部先輩? どうかされました?」
紗香「沢村ちゃん。これ、私の勝手な想像なんだけど」
沢村「はい」
紗香「いや、ごめん。説明してる時間なさそう。私、ちょっと行ってくるから、沢村ちゃんはココお願い」
   駆け出して行く紗香。

○同・校門(夜)
   走って出てくる紗香。「愛丘学園高等学校」と書かれた看板の前を走り抜けて行く。

○東中学校・校門(夜)
   四階建ての校舎。
   門の前に立つ皆実。
皆実「さて、行きますか」
   中に入っていく皆実。
   それまで皆実の影に隠れていた「市立東中学校」と書かれた看板がようやく見えるようになる。

○大通り(夜)
   走っている紗香。

○東中学校・教室(夜)
   後方の壁に生徒達の習字作品が貼られている室内。
   教壇に立つ皆実。皆実の投げたチョークが習字作品に当たり、砕ける。その習字作品には「希望の日」と書かれてある。

○大通り(夜)
   信号待ちをする紗香。電話をかけている。
紗香「あのバカ部長!」
   信号が青になり、走り出す紗香。

○東中学校・階段(夜)
   階段を昇りきる皆実。扉の前に立ち、腕時計で時間を確認する。〇時の数分前を示す腕時計。

○同・校門(夜)
   駆け込む紗香。

○同・階段(夜)
   駆け上がる紗香。

○同・屋上(夜)
   息を切らしながらやってくる紗香。周囲を見回す。フェンスの向こう側に降り立つ皆実の姿を見つける。
紗香「有川さん!」
   驚き、振り返る皆実。
皆実「へぇ、ココまで来たんだ。やっぱりアンタ達って優秀じゃん」
紗香「じゃあ……」
皆実「でも惜しかったね。時間切れ」
   と言いながら腕時計を指差す皆実。〇時過ぎを示す腕時計。
   T「土曜日」。
紗香「そんな……」
皆実「ねぇ、冥土の土産に教えてよ。何でココだって思ったの?」
紗香「それは……多分、私だったらそうするかも、って」
皆実「『そうする』って?」
紗香「ここは有川さんが最初に死のうとした所だから。私も同じ状況だったら、前の中学校を選ぶと思ったから。もちろん、やらないけど」
皆実「そっか。やっぱり気が合うのかもね。アンタと私」
紗香「ねぇ、ソコ危ないからさ、一旦コッチに来てよ……」
   と言いながら一歩踏み出す紗香。
皆実「来ないで!」
   驚いて立ち止まる紗香。
皆実「それ以上近づくなら、今すぐにでも飛び降りるよ?」
紗香「わ、わかったから。落ち着いて」
皆実「落ち着いてるし。そもそも、アンタはゲームに負けたんだから、もう帰ってよ。それとも、私が飛び降りる姿を見届けるつもり?」
紗香「そんな二択、選べる訳ないじゃん。もう止めようよ、お願いだからさ」
皆実「嫌だ」
紗香「『嫌だ』って」
皆実「これは、運を天に任せた結果じゃん。こっちはね、この日を二年以上ずっと待ってたんだよ。それでやっと、神様が『死んでいい』って言ってくれたんだよ。しかも三回も。だからさ、もう死なせてくれたっていいじゃん」
紗香「嫌だ」
皆実「『嫌だ』って……。だったら答えてみなよ。この間の質問。何で生きなきゃいけないの?」
紗香「……」
皆実「何で死んじゃいけないの?」
紗香「……生きてれば、きっといい事……」

○(フラッシュ)とある教室
   黒板一面に紗香の悪口が書いてある。
   それを見ているセーラー服姿の紗香(15)の後ろ姿。

○(フラッシュ)とある一室
   セーラー服姿の紗香。スカーフで首を絞めている。

○(フラッシュ)愛丘学園高校・探偵部室・中
   机に置かれる高校生の男女のデート現場を盗撮した写真。

○(フラッシュ)同・廊下
   対峙する紗香と友美。
紗香「こんな事、私頼んでない!」
友美「紗香……」

○東中学校・屋上(夜)
   フェンス越しに対峙する紗香と皆実。
紗香「……ないよ、きっと」
皆実「え?」
紗香「そりゃ、楽しい事もあるだろうけど、嫌な事はもっとたくさんあって。どん底なんて、自分が思ってるよりも下の下のその下にあって。何倍も辛くて、何倍も苦しくて、『死にたい』って一日百回くらい思うような人生が待ってるのかもしれないよ」
皆実「なら、何で生きなきゃいけない?」
紗香「……寂しいから」
皆実「え?」
紗香「私が寂しいから。まだ会って三日くらいだけど、何か仲良くなれそうっていうか……。一応は同じ中学だし、何かツッコみ方似てるし、イジメられた事あるし。とにかく、せっかくこうして喋ったりできるようになった子が、急にいなくなっちゃったら、私が寂しいから」
皆実「何それ。そんなの……結局アンタの勝手じゃん!」
紗香「そうだよ、私の勝手だよ! だからお願いしてるんじゃん!」
   しばしの沈黙。
皆実「何それ、バカみたい」
   皆実の目から涙がこぼれる。
皆実「(涙を拭いながら)そんな、自分勝手な理由で……」
紗香「ごめん。でも……」
皆実「でも、正直響いた。ちょっとだけ、納得したかもしれない」
紗香「それって……」
皆実「だけど、忘れてない? そもそもアンタ、タイムオーバーなんだよ。もし、私より早くここに来て、それでその言葉かけてくれていたら、って思うとちょっと残念だけど、まぁ、運を天に任せた結果だから、仕方ないよね」
紗香「そんな……」
皆実「じゃあ……」
大森「じゃあ、このゲームは僕の勝ち、という事かな?」
   驚き、声のした方に目を向ける紗香と皆実。
   (紗香から見て)フェンスの向こう側、起き上がる大森。
紗香「なっ……」
皆実「誰?」
大森「どうも、探偵部部長の大森です」
紗香「そんな所で何してるんですか」
大森「少々早く着きすぎてしまったんだが、ここは寝心地がよくてね。ついつい寝入ってしまったよ」
紗香「寝心地、って」
大森「さて。リカちゃん」
皆実「え? いや、私は里佳じゃないけど」
紗香「ごめん、こういう人というか。一応、名字からとったあだ名で……」
皆実「アリカワ……って、え、そこ?」
大森「さて、先ほどのゲームの事だが、僕は君より早くココに着き、阿部ちゃんの回答には及第点が付いた。ならば、このゲームは僕達の勝ちという事になる。『運を天に任せた』この結果を重視するのであれば、君はひとまず自殺を諦めるべきだと思うのだけど、違うかい?」
皆実「……そっか。私、まだ死ねないんだ」
大森「そう悲観したものでもない。人間はいつか必ず死ぬ。安心したまえ」
紗香「そんな言い方……」
大森「あとはせいぜい、いつ死ぬのか『運を天に任せて』みるといい」
皆実「……」

○同・校門(夜)
   出てくる紗香、大森、皆実。
大森「では、僕はここで失礼するよ。くれぐれも車道に自ら飛び込まないように。それじゃ」
   立ち去って行く大森。
皆実「変な人」
紗香「変な人だよ」
皆実「アンタもね」
紗香「有川さんも」
   並んで歩き出す紗香と皆実。

○大通り
   分かれ道。
   並んで歩いてくる紗香と皆実。
皆実「じゃあ、私コッチだから」
紗香「うん。……ねぇ、有川さん。これからどうするつもり?」
皆実「さぁ。死ぬつもりだったから何も考えてなかったけど……」
紗香「けど?」
皆実「死んだつもりで生きてみるか」
紗香「うん、いいと思う」
   笑う紗香。釣られて笑う皆実。
皆実「じゃあ。また学校で」
紗香「うん」
   歩き出す皆実。
紗香「あ、有川さん」
   振り返る皆実。
紗香「お誕生日おめでとう」
皆実「(ふっと笑い)ありがとう」

○愛丘学園高校・外観
   T「翌 月曜日」

○同・保健室・中
   向かい合って座る紗香と亜紀。
亜紀「……で、先週のメールの件。まだ報告受けてないんだけど?」
紗香「はい……」
亜紀「どうだったのかしら?」
紗香「……何もありませんでした」
亜紀「何も?」
紗香「はい。あのメール、やっぱりただのイタズラだったみたいですね。いや~、心配して損しちゃいました。ハハハ……」
亜紀「ふ~ん……」
紗香「……」
亜紀「そう。ならいいわ。変な事依頼しちゃってごめんなさいね」
紗香「あ、いえ、別に。他に御用がなければ私はこれで」
   席を立つ紗香。
亜紀「ちょっとだけだけど、阿部さん、大人になっちゃったのね。先生、寂しいな」
紗香「……。失礼します」

○同・同・外
   出てくる紗香。そこに立っている大森。無言で通り過ぎる紗香。
大森「世の中には、知らない方がいい事もある」
   紗香に続くように歩き出す大森。
大森「どうやら、阿部ちゃんもわかってきたようだね」
   立ち止まり大森に頭を下げる紗香。
紗香「ありがとうございました。大森先輩がいなかったら、有川さんは今頃……」
大森「必要以上に謙遜する事はない。阿部ちゃんに比べれば、今回の僕の貢献度など微々たるものさ」
紗香「でも、結局私はあの質問にちゃんと答えられた訳じゃないんですよね。この先、辛い事ばっかりだとわかっていて、何で人は生きるんでしょうか?」
大森「世の中には、知らない方がいい事もある。それでも、人は知りたがる。そういうものだよ」
   歩き去って行く大森の背中を見つめる紗香。

○同・探偵部室・中
   T「次回予告」
   紗香に土下座する沢村。
沢村の声「頼めば必ずヤらせてくれる女子を探しているそうです」
紗香の声「本当、男って最低」

○同・保健室
   T「第9話『どちらを選んでも、後悔する事に変わりはない』」
   向かい合って座る紗香と亜紀。紗香を誘うような仕草を見せる亜紀。
亜紀「バイセクシャルって、知ってる?」
紗香「え?」

○同・探偵部室・中
   応接用の椅子に座る女子生徒。
大森の声「人間はいつだって、逃がした魚が大きく思えて」
    ×     ×     ×
   部屋に入ってくる若い女性教師。
大森の声「隣の芝生が青く見える」
    ×     ×     ×
   対峙する紗香と大森。
大森「そういう生き物なんだよ」
                 (完)

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