pinch hitter スポーツ

プロ野球選手・藍沢賢太(26)は、とある少年のお見舞いに行く。ただし、スター選手である弟・藍沢勇太(24)の代打で。
マヤマ 山本 12 0 0 04/13
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第一稿

<登場人物>
藍沢 勇太(26)プロ野球選手
藍沢 賢太(24)同、勇太の弟
紺野 塁人(9)入院患者
紺野 絵美子(40)紺野の母

実況       声のみ
ウグ ...続きを読む
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<登場人物>
藍沢 勇太(26)プロ野球選手
藍沢 賢太(24)同、勇太の弟
紺野 塁人(9)入院患者
紺野 絵美子(40)紺野の母

実況       声のみ
ウグイス嬢    同



<本編>
○スワンスタジアム・外観

○同・グラウンド
   練習をするプロ野球チーム・東京スワンズの選手達。その中に居る藍沢勇太(26)と藍沢賢太(24)。顔、体形ともによく似ている。
賢太「なぁ、兄貴。頼みが……」
勇太「断る」
賢太「早い早い。せめて聞いてよ」
勇太「どうせ『入院してて手術を恐がっている小学生くらいのファンの子のお見舞いに行ってホームランの約束をしてくる』って事だろ? 賢太の代打で」
賢太「大枠では、そういう感じ。話が早いね」
勇太「なら、断る」
賢太「おい、ファンの子が待ってるんだぞ?」
勇太「その子が待っているのは、スワンズの代打要員・藍沢勇太選手じゃない。レギュラーの藍沢賢太選手だろ?」
賢太「大丈夫だよ。兄弟って、本人が思ってる以上に顔似てるもんだし。実際、今までバレた事ないだろ?」
勇太「そういう問題じゃない」
賢太「それに、一日一打席の兄貴と違って、俺は打って走って守って取材受けてファンサービスして、忙しいんだよ」
勇太「その上、夜のタイトル争いってか?」
賢太「そういう事。俺も兄貴に早く甥っ子の顔を見せたい訳だ」
勇太「まったく……」
賢太「じゃあ、頼んだよ? サインボールはコッチで用意しとくから。まぁ、兄貴は俺のサインも余裕で真似できるか」
   笑いながら、その場を立ち去る賢太。
勇太「所詮、俺はピンチヒッター、か」

○メインタイトル『pinch hitter』

○病院・外観
絵美子の声「今日はありがとうございます」

○同・廊下
   紺野絵美子(40)に案内されて歩く勇太。賢太のユニフォームを着ている。
絵美子「あの子スワンズの、特に藍沢選手のファンなので、喜んでくれると思います」
勇太「ご期待に沿えるよう、善処します。で、そんなに難しい手術というか、その……」
絵美子「そうですね……珍しくはないんですけど、簡単なものでもないので、そこを不安に思っているらしくて」
勇太「そうですか」

○同・病室
   テレビ付きの個室。室内には賢太のユニフォームのレプリカも飾られている。
   ノックし入ってくる勇太と絵美子。
絵美子「スワンズの藍沢選手が来てくれたわよ」
   ベッドに横になる紺野塁人(9)。
勇太「こんにちは。東京スワンズの藍沢……賢太です。はじめまして」
紺野「……はじめまして」
   しばしの沈黙。
絵美子「どうしたの? あ、大好きな藍沢選手が来て、緊張してるのかな?」
勇太「あ~、そうなのかな? あ、そうだそうだ(サインボールを取り出し)サインボールを持ってきたんだ。どうぞ」
紺野「……」
絵美子「ほら『ありがとう』は?」
紺野「……ありがとう」
勇太「はは……」
   近くの台にボールを置く勇太。
絵美子「ごめんなさいね。この子、ちょっと人見知りというか……」
勇太「いえいえ、お気になさらず」
絵美子「そうだ。(紺野に)私はちょっと席を外すから、二人だけで話してみたら?」
   勇太に会釈し、部屋を出る絵美子。
勇太「手術、恐いんだって?」
紺野「……」
勇太「恐がらなくて大丈夫。勇気を出そう。ね?」
紺野「簡単に言わないでよ。他人事だと思って」
勇太「でも、お医者さんもプロなんだし、安心して任せてみれば……」
紺野「百パーセント、大丈夫なの? 言い切れるの?」
勇太「それは……」
紺野「野球選手なんて、一〇回に三回打てるかどうかじゃん。でも僕の手術は、一回中一回成功してくれなきゃ困るんだ」
勇太「じゃあ、こうしよう。今日の試合で、僕がホームランを打つ。これはきっと、手術を成功させる事よりも難しい。でももしソレが出来たら、君も勇気を出す。それでどう?」
紺野「……ホームランだね? それ以外、ダメだからね」
勇太「もちろん。約束だ」
紺野「わかった」
勇太「よし、偉いぞ」
紺野「じゃあ『偉い』ついでにさ、サインボールもう一個ちょうだい」
勇太「うん、いいよ」

○スワンスタジアム・外観

○同・ロッカールーム
   賢太にユニフォームを渡す勇太。
勇太「ほれ」
賢太「おう、サンキュー。で、サインボールとホームラン以外に何か要求された?」
勇太「いや、何も」
賢太「OKOK。素直な良い子だ」
勇太「……」

○病院・病室(夜)
   テレビで野球中継を観ている紺野。
実況の声「バッターは三番、藍沢賢太」

○スワンスタジアム・グラウンド(夜)
   打席に立つ賢太。三振する。
賢太「くそっ」
   ベンチに戻る賢太。座ると、そこにやってくる勇太。
勇太「おい、賢太……」
賢太「わかってるよ。こっちは三打席かけて布石撃ってんあるんだから。黙って見てろって」
    ×     ×     ×
   守備につく賢太らスワンズの選手達。賢太の元に飛ぶ打球。ダイビングキャッチする賢太。
賢太「!?」
   その場にうずくまる賢太。周囲は騒然とし、監督やコーチらが駆け寄る。

○同・ベンチ裏(夜)
   チームドクターの治療を受ける賢太。心配そうに見ている勇太やコーチ。首を横に振るチームドクター、天を仰ぐコーチ。
賢太「くそっ……」
勇太「心配すんな、賢太。任せとけ」
賢太「は?」
   手に持ったバッドを握り締める勇太。
勇太「約束したのは、お前じゃない」

○同・グラウンド(夜)
   打順が賢太である事を示すスコアボード。
ウグイス嬢の声「東京スワンズ、選手の交代をお知らせします」
   ざわつく観客達。
   ゆっくりと打席に向かう勇太。

○病院・病室(夜)
   テレビで野球中継を観ている紺野。
ウグイス嬢の声「バッター、藍沢賢太に代わりまして、藍沢勇太」
紺野「やっと来たか」
   机の上に並ぶ二つのサインボール。片方は賢太、もう片方は勇太のサイン。

○スワンスタジアム・グラウンド(夜)
   打席に立つ勇太。
勇太M「約束したのは、賢太じゃない」

○(フラッシュ)病院・病室
   紺野と約束をする勇太。
勇太M「約束したのは、俺だ」
紺野「サインボールもう一個ちょうだい」
勇太「うん、いいよ」
   ボールとペンを手に取る勇太。
紺野「勇太選手のサインボール、ね」
勇太「え……?」
勇太M「ホームランを打たなきゃいけないのは、俺なんだ」

○スワンスタジアム・グラウンド(夜)
   打席に立つ勇太。
勇太M「俺は、代打だ。一〇分の三じゃない、一分の一に命を懸けてきたんだ」
   相手投手が投げる。
勇太M「俺に、次の打席はない。やるなら、ここしかない!」
   打つ勇太。打球は放物線を描く。
実況の声「打った~、大きい、大きい……」

○病院・病室(夜)
   ノックし入ってくる絵美子。
   ベッドに横になる紺野。
絵美子「具合はどう?」
紺野「別に」
絵美子「そう……」
紺野「ねぇ」
絵美子「ん?」
紺野「僕、手術受けるよ」
絵美子「本当に? 良かった~」
   部屋にかけられたユニフォームが賢太のものから勇太のものに変わっている。
                   (完)

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