顔のない男の子 コメディ

世の中には二種類の人間がいる。 顔のある人間と、そうでない人間。 日々独り言を呟く高校生の太一は家族を始め周囲から存在しないものとして扱われていた。 そんな太一は同級生のりなに密かな恋心を抱くも、りなはイケメン男子の流星に夢中。 太一が二人の交流を眺める中、やがてりなの恋模様に暗雲が立ちこめて…
市川家の乱 12 0 0 12/12
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第一稿

人物
佐藤りな(16) 太一の同級生
棚橋亜希子(35)(45) 太一の母

菊池流星(16) 太一の同級生
棚橋みゆ(13) 太一の妹
陽向(15) 太一の同級生
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人物
佐藤りな(16) 太一の同級生
棚橋亜希子(35)(45) 太一の母

菊池流星(16) 太一の同級生
棚橋みゆ(13) 太一の妹
陽向(15) 太一の同級生
沙織(16) 太一の同級生
教師
親戚1、2、3
叔父(40) 太一の叔父

棚橋太一(5)(16)(80) 高校生

脚本
○ 太一の家・居間(夜)
  親戚1、2、3、テレビを見ながら飲み食いしている。
  皆、喪服を着ている。
  叔父(40)が部屋の隅っこでじっとテーブルを見つめている。
  親戚1、テーブルの上の寿司桶から中トロをとる。
叔父「…中トロ(とつぶやく)」
  親戚2、エンガワをとる。
叔父「エンガワ」 
  親戚3、やりいかをとる。
叔父「やりいか」 
  太一(5)、不思議そうに叔父を見つめている。
  親戚1、中トロをとる。
叔父「中トロ」
  親戚2、サーモンをとる。
叔父「サーモン」
  サーモンのシャリに緑のギザギザがへばりついている。
  親戚2、緑のギザギザを剥がしてテーブルに置く。
叔父「(緑のギザギザを見て)バラン」
太一「(はっとする)」  
  太一の母亜希子(35)、醤油を持ってやってくる。
亜希子「ごめんなさい。お醤油切らしちゃったので、お寿司についてたのを使ってください」
親戚1「いや、お構いなく」
  親戚1、魚の形をした醤油さしを取る。
叔父「(魚の醤油さしを見て)ランチャーム」
太一「(はっとする)」
亜希子「…ほら。あっちで妹と遊んでなさい(と太一を叔父から遠ざける)」
  親戚1、中トロをとろうとするが、コハダに変える。
叔父「中ト…コハダ」
  親戚2、マグロをとる。
叔父「マグロ」
  太一、遠くから大きな瞳で叔父をじっと見つめている。

○ 太一の家・居間(10年後・朝)
  テロップ「10年後」。

  以下、太一の主観映像で全てのシーンが進む
  (ト書きに指定のない限り太一の視線は固定とする)

  テーブルに座る太一(16)の正面で、妹のみゆ(13)がパンを袋から出している。
みゆ「(キッチンへ)ママ、ジャム」
亜希子の声「ママはジャムじゃありません」
みゆ「朝からそういうのいいから」
  亜希子(45)、ジャムの瓶を持ってやってくる。
亜希子「(渡して)今日も部活?」
みゆ「(パンにジャムをぬる)うん」
亜希子「ねえ。駅前のデパートでピカソ展やってるの知ってるでしょ。今度の休み、二人で見にいかない?」
みゆ「ピカソとか興味ないし」
亜希子「…そっ。ならママ、お友達といってこようかな」  
  みゆ、パンをくわえて立ち上がる。
みゆ「いってきまーす!」
亜希子「いってらっしゃい!」
  テーブルの上に開けっ放しになったパンの袋。   
  亜希子、気づいて、パンの留め具を手にとる。
亜希子「(ボヤく)ったく、ちゃんとこれでとめとかなきゃダメでしょ」
太一の声「バッグクロージャー」
亜希子「…」
  亜希子、一瞬、太一を見る。
  亜希子、バッグクロージャーでパンの袋をとめる。
亜希子「…さ。洗濯物しなきゃ」
  とそそくさと去っていく。

○ 電車内
  太一が見上げる先に以下の広告。
  「ピカソ展開催」
  「泣く女」の絵が載っている。

○ 学校・教室
  太一の席の前で、りな(16)、陽向(15)、沙織(16)、が話している。
陽向「ピカソ展?」
りな「三人でいこうよ」
沙織「私パス」
りな「陽向は?」
陽向「うーん。私もバイトあるしなー」
  と流星(16)、やってくる。
流星「(沙織へ)よう」
  りな、急にもじもじしだす。
沙織「流星。どした?」 
流星「悪いんだけど世界史の教科書貸してくんない?」
沙織「ない。うちのクラス今日世界史ないもん」
流星「マジか(と困る)」
りな「…あ、私持ってるけど」
  りな、慌てて机の中から世界史の教科書を取り出す。
りな「はい(と渡す)」
流星「悪いな」
  流星、去っていく。
りな「(顔がほころぶ)」 
陽向、沙織「(りなを見てにやにやする)」
りな「(気づいて)何?」
陽向 「またまたー」
りな「全然わかんない」
沙織「いやいやいや」
りな「(困って)あ! そういえばピカソの本名ってメッチャ長いって知ってた?」
陽向「話ごまかした」
太一の声「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ」
りな、陽向、沙織「…」
太一の声「デ・パウラ・ホァン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス…」
  りなたち、気まずそうに背を向ける。

      ×   ×   ×

太一の声「…トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」
  教壇の教師、教科書をしまう。
教師「今日の授業はここまで」
  教師、去る。
  流星、教科書を持ってやってくる。
  流星、りなの前にくる。
流星「これ、サンキュー(と返す)」
りな「うん(と受け取る)」
流星「佐藤って美術部だったよな」
りな「…そうだけど」
流星「いや、さすがに絵がうまいなって(と笑う)」
  流星、去っていく。
りな「…?」
  りな、返された教科書を開く。
りな「あー!」
  太一、前屈みになり、教科書をのぞき込む。
  落書きで様変わりしたペリーの写真。
りな「(あちゃー)」

○ 電車内
  太一の正面に、りな、陽向、沙織が座っている。
陽向「菊池君かー」
沙織「あいつ、中学からモテてたからなあ」
陽向「りな。どこに惚れた?」
りな「…手、かな」
沙織「手?」
りな「手の指がね、ピアニストみたいに長くてきれいで。爪もガラスみたいに透明で、爪の根もとの白くなってるとこあるでしょ?」
沙織「三日月みたいな」
太一の声「爪半月(そうはんげつ)」
りな「…そこがね、真珠みたいだった」
  りな、照れている。
りな「(思い切って)菊池君のタイプってどんな人?」
沙織「いや、それは聞かないほうがいい」
陽向「え? 彼女いるの?」
沙織「いないと思うけど…あいつ、年上の芸能人が好きだって聞いたことがある」
りな「年上?」
陽向「誰?」
沙織「…石田ゆりこ」
りな「え?」
陽向「あの人って何歳?」
太一の声「53歳」
陽向、りな「…」
沙織「…ねえ、ピカソ展、流星を誘ってみたらいいじゃん」
りな「え、ムリだよ。ほとんど話したことないし」
陽向「大丈夫だよ。沙織がサポートしてくれるから」
沙織「任せとけ」
  電車、停まる。
りな「じゃあね(と立つ)」
沙織「あ。逃げた」
りな「逃げてないから(と笑う)」
  太一、電車から降りるりなの後ろ姿を追う。
  太一、ふと視線を感じて正面に戻す。
  陽向と沙織、さっと太一から視線を逸らす。

○ 太一が見上げる夜空(夜)
  月が出ている。
亜希子の声「みゆ、ご飯できたー!」
  太一、振り返る。

○ 太一の家・居間
  太一の前で、亜希子、みゆ、すき焼きを食べている。
  みゆ、割った生卵から白い糸のようなものを取り除いている。
亜希子「(見て)それも食べられるのに」
太一の声「カラザ」
みゆ「だって気持ち悪いんだもん。この糸みたいの」
太一の声「カラザ」
亜希子「その糸、栄養満点なんだよ」
太一の声「カラザ」
みゆ「…」
亜希子「…ねえ。ピカソ展だけど。ママ、お友達といくことになったから。もしかしたら帰り遅くなるかもしれない」
みゆ「ふーん」
  みゆ、亜希子を見る。
亜希子「…何?」
みゆ「ママ、なんかオシャレになった」
亜希子「そう?」
みゆ「その友達ってもしかして彼氏?」
亜希子「(慌てる)やだ。そんなんじゃないって」

○ 同・太一の部屋
  太一、天井を見つめている。
  太一、リモコンで電気を消す。
  暗闇に灯るオレンジ色の豆電球。
太一の声「…ナツメ球」

○ 学校・教室(翌日・朝)
  太一の席の前で、りな、陽向、沙織が話している。
沙織「あー、世界史の小テストダルい」
  りな、世界史の教科書を見ている。
りな「問題。イギリスの正式名称は何でしょう?」
太一の声「グレートブリテン及び北アイルランド連合…」
  りなたち、気まずそうに背を向ける。

     ×    ×    ×

太一の声「…国」
  りな、背伸びをする。
りな「あー、今日も一日疲れたー」
  陽向、沙織に目配せをする。
  沙織、廊下を見る。
沙織「(叫ぶ)流星!」
りな「え?」
  流星、やってくる。
流星「…何?」
沙織「りなが話があるって」
りな「(ちょっと!)」
流星「佐藤が?」
  陽向と沙織、去っていく。
  りな、流星の前に取り残される。
りな「(焦る)ごめん。何でもないから。うん」
流星「…おう。ならいいけど」
  流星、去ろうとする。
りな「あ! やっぱり…」
流星「…?」
りな「(もじもじして)沙織たちがいけなくて、菊池君を誘えってどうしてもいうから…もしよかったらだけど、ピカソ…」
流星「ピカソ?」
りな「ピカソ展、一緒に見にいかない?」
流星「(なぜか慌てる)え、ピカソ、佐藤もいくの?」
りな「…?」

○ 太一が見上げるデパートの外観(数日後)
  「ピカソ展開催中」の垂れ幕。  

○ デパート・レストラン店内
  太一の前で、亜希子、気怠そうにタバコを吹かしている。
太一「(むせる)」

○ 同・ピカソ展
  太一の前で、りなと流星が絵を眺めている。
  並んで立っている二人の後ろ姿。
  二人の指先が微かに触れる。
  りな、恥ずかしそうにうつむく。
  太一、涙を流す。
  太一の視界が涙で塞がれる。

      ×    ×    ×

  太一、ハンカチを取り出す。
  太一、ハンカチで涙を拭く。
  晴れた視界の先で、流星と亜希子が見つめ合っている。
  太一、驚いてハンカチで何度も目をこする。
  が、やはり流星と亜希子の姿。
亜希子「…あの子、そろそろお手洗いから戻ってくる頃だわ」
流星「(亜希子へ)…ずっと会いたかったです」
亜希子「ウソ。やっぱり若い子が好きなのよ。私とくるより若い子ときたほうが楽しいものね」
流星「いえ、俺は亜希子さんが好きです」
亜希子「私、おばあちゃんだよ」
流星「おばあちゃんじゃない。若いです」
亜希子「おばあちゃんなの。長生きした分だけ色んなものを背負ってるから」
流星「…」
亜希子「ねえ。ピカソの本名、知ってる?」
流星「本名?」
亜希子「そう。ピカソの本名と同じくらい、私は色んなものを背負って生きてるの」
  亜希子、流星のもとから立ち去る。
  りな、戻ってくる。
太一の声「…パブロ」

○ 道(数日後)
太一の声「フランシスコ・デ…」
  太一の視線の先、りなと流星が手を繋いで歩いている。

○ 教室(数日後)
太一の声「ネポムセーノ・マリーア…」
  太一の視線の先、りなと流星が机を並べて弁当を食べている。 
 
○ 繁華街(数日後・夜)
太一の声「レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ…」
  太一の視線の先、亜希子と流星が腕を組んで歩いている。   
  
○ 道(数日後)
太一の声「ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス…」
  太一の視線の先、亜希子と流星が歩いている。
  と、二人の前にりなが現れる。
  亜希子とりな、対峙している。

○ 学校・教室(一ヶ月後) 
太一の声「…ピカソ」
  太一の席の前で陽向と沙織が話している。りなの姿がない。
陽向「りな、どうしてるんだろ。心配だなあ」
沙織「流星のやつ、りな泣かせたらぶん殴ってやるから」

○ 太一の家・居間(夕)
  太一の前で、りなと亜希子がにらみ合っている。
りな「これから流星に電話します」
亜希子「私は譲らないから」
りな「それは流星が決めることです」
亜希子「…そうね」
  りな、カバンからスマホを取り出す。
  りな、スマホを操作する。
流星の声「もしもし」
  りな、スマホをテーブルの上に置く。
りな「…流星。どっちか選んで」
流星の声「え?」
りな「私かおばさんか」
亜希子「おばさんっていわないで」
流星の声「(慌てる)え、りな、どういうこと?」
りな「そういうことだから」
流星の声「え」
亜希子「流星。あなたも男でしょ。私を取るかこの子を取るか、今この場でハッキリさせてちょうだい」
流星の声「…わかりました」
  りなと亜希子、息をのむ。
流星の声「俺は…」
みゆの声「ただいまー!」
  みゆ、帰ってくる。  
みゆ「(固まる)え?」
亜希子「みゆ、晩ご飯まだだから自分の部屋にいってなさい」
みゆ「(りなを見て)ママ、誰?」
亜希子「…」
りな「(みゆへ)あなたの母親に恋人を取られました。相手の男の人はまだ16歳です」
亜希子「何いってんの。そっちが取ってきたんでしよ」
りな「こっちが先です」
亜希子「こっちよ」
みゆ「(驚いて)…ママ、ほんとなの?」
亜希子「本当だとしたら何? ママが恋したらダメなの?」
みゆ「…」
亜希子「あの人が死んでから、女手一つで必死にあんたを育てて。みゆはずっとママに子育てしてろっていうの? ママが恋しちゃダメなの?」
みゆ「そんなこといってない。16って私と3歳しか違わないじゃん!」
  みゆ、亜希子へ詰め寄る。
みゆ「痛っ!」
  みゆ、しゃがみ込んで床に落ちていた靴下の金具を拾う。
みゆ「なんでこんなとこに靴下の金具が…」
太一の声「ソクパス」
みゆ「…(亜希子へ)ロリコン! そんなのロリコンじゃん!」
亜希子「ロリコンじゃない。ショタコンです。ママショタコンですけど何か?(と開き直る)」
みゆ「最低!」
  みゆ、去っていく。
亜希子「(流星へ)さあ、答えを聞かせて」
流星の声「…俺がりなのことも亜希子さんのことも好きだという気持ちは本当です」
りな、亜希子「…」
流星の声「それはウソじゃない。でもごめん。実は今他に付き合ってる人がいる」
りな、亜希子「…?」
流星の声「最近美容院で知り合って、大学生の人なんだけど、俺、その人と真剣に付き合いたいと思ってる」
りな、亜希子「…」
流星「だから、二人ともゴメン…俺とは別れてほしい」
  電話、切れる。
  りな、カバンを手にして飛び出す。

○ 公園
  太一の視線の先、りながベンチで泣きながら電話している。
りな「フラれた…うん、うん…最低だよ…大丈夫…うん…ありがとう…私決めた…いつか流星を絶対に見返す…今よりもっとかわいくなって…いっぱい恋して…流星よりいい男を絶対見つける…」
  りな、電話を切る。
  りな、カバンからパンフレットを取り出し、クシャクシャに丸めて投げ捨てる。
  りな、ベンチから立ち上がる。
  凛とした顔で太一のほうへ歩き出す。
  太一、ハンカチを差し出す。
  りな、一顧だにせずハンカチだけ受け取る。
  りな、去っていく。
  太一、ベンチへと歩き出す。
  地面にクシャクシャになったピカソ展のパンフレット。
  太一、パンフレットを見る。
  「泣く女」の絵が書かれている。
太一の声「パブロ…」

○ 道(1年後)
太一の声「ホセ・フランシスコ…」
  太一の視線の先、りなが新しい彼氏と手を繋いで歩いている。

○ 大学・食堂(3年後)
太一の声「パウラ…」
  太一の視線の先、カップルが仲良く食べている。

○ 会社・オフィス(5年後・夜)
太一の声「ネポムセーノ…」
  太一の視線の先、カップルがいちゃついている。

○ 道(10年後)
太一の声「デ…」
  太一の視線の先、夫婦がベビーカーを引いて歩いている。

○ 道(15年後・夜)
太一の声「レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ…」
  太一の視線の先、中年カップルが路上キスをしている。

○ 道(10年後)
太一の声「ラ…」
  太一の視線の先、熟年夫婦が手を繋いで歩いている。

○ 公園(10年後) 
太一の声「トリニダード・ルイス…」
  太一の視線の先、老夫婦がベンチで仲良く寄り添っている。

○ 病院・廊下(10年後) 
  太一(80)、廊下を歩いている。
  太一、トイレに入る。
  太一、ゆっくりと鏡の前に立つ。
  その顔が一瞬、映し出されて…
太一の声「…ピカソ」

(おわり)

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