荒耕大といふ人 スポーツ

女子アナウンサーの小矢部宏美(24)は、その感情の起伏の無さから上司に怒られてばかり。そんな中、プロ野球・東京スワンズのエースにして「野球学者」の異名を持つ荒耕大(34)の取材をする事になって……。
マヤマ 山本 12 0 0 10/13
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第一稿

<登場人物>
小矢部 宏美(24)アナウンサー
荒 耕大(34)プロ野球選手

神通 つばさ(32)アナウンサー
黒部(55) 宏美らの上司



<本編>
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<登場人物>
小矢部 宏美(24)アナウンサー
荒 耕大(34)プロ野球選手

神通 つばさ(32)アナウンサー
黒部(55) 宏美らの上司



<本編>
○メインタイトル『荒耕大といふ人』

○ワンテレビ・外観(朝)
   「ワンテレビ」と書かれた看板。
宏美の声「……という訳で、日本代表の試合はいよいよ明日です」

○同・Aスタジオ(朝)
   朝のニュース番組『朝タメ』の放送中。端の席に座る小矢部宏美(24)と中央の席に座る神通つばさ(32)。表情豊かなつばさに比べ、宏美は感情の起伏が感じられない。
宏美「選手の皆さん、頑張ってください。以上、スポーツでした」
つばさ「(宏美をフォローするように)頑張れ、日本! 続いてのコーナーは『神通の言う通り』です。今日は……」
関の声「またクレーム来たぞ」

○同・アナウンス室
   部長席に座る関(55)の前に立つ宏美。つばさは自分の席でデスクワーク中。
関「おい、小矢部。お前の『頑張ってください』には『頑張って欲しい』って思いが感じられないんだよ」
宏美「すみません」
関「その『すみません』もだよ」
宏美「……すみません」
関「まったく、今日だって神通のフォローがあったから何とかなったようなもんなんだからな」
宏美「はい」
関「(宏美の態度にイライラし)あ~、もう。何でお前みたいなのが採用されたんだろうな」
宏美「さぁ?」
関「本当、俺が人事じゃなくて良かったな、小矢部。そしたら今頃……」
つばさ「あの~、お取込み中すみません、部長。小矢部、そろそろ取材の時間だと思うんですが……」
関「え? (時計を見て)とにかく、もう新人じゃないんだ。気を付けろ」
宏美「はい。失礼します」
   つばさの元に行く宏美。
宏美「神通さん、ありがとうございました」
つばさ「どういたしまして」
   部屋を出ていく宏美。
関「その『ありがとう』もだよ」
   笑うつばさ。
関「ところで、小矢部は今日何の取材だ?」
つばさ「東京スワンズの荒耕大選手へ、インタビューだとか」
関「小矢部と荒耕大……好カードだな」
つばさ「確かに」
宏美N「荒耕大」

○(イメージ)各野球場
   荒耕大(34)のプレー集。左投げ、背番号34、マウンド上では常に冷静沈着。
宏美N「今シーズン、一〇勝九敗で見事『ルーキーから一六年連続二けた勝利』という日本新記録を樹立したプロ野球・東京スワンズのエース」

○スワンスタジアム・外観
宏美N「ただそれ以上に、その独特な野球理論から……」

○同・取材部屋
   向かい合って座る宏美と荒。尚、マウンド上以外での荒は表情豊か。
宏美N「『野球学者』の異名で知られています」
宏美「まずはプロ野球新記録達成、おめでとうございます」
荒「ありがとうございます」
宏美「率直に、今のお気持ちは?」
荒「ん~……まぁ、ファンの方が喜んでくれたり、マスコミの方で話題にしてくれたりしたんで、良かったのかなと」
宏美「個人的に『やったー』みたいなものは無いんですか?」
荒「無いですね。私、あんまり勝利投手とか興味ないんで」
宏美「え、勝利投手に興味ないんですか?」
荒「勝利投手になる必要、あります?」
宏美「そりゃあ……スポーツって、やっぱり勝ってナンボだと思うんですけど」
荒「あぁ、もちろんチームの勝利は必要ですよ? でも逆に言えば、チームが勝ちさえすれば、先発の私個人に勝ち星が付く必要は、無いですよね?」
宏美「そういうもんですか?」
荒「例えば、の話をしましょう。私が先発して七回一失点、九回に味方が二点獲ってチームは勝利。私に勝ち負けはつきませんが、何も問題は無いですよね?」
宏美「チームが勝ちさえすれば……」

○(フラッシュ)ワンテレビ・アナウンス室
   関から説教を受ける宏美。
関「今日だって神通のフォローがあったから何とかなったようなもんなんだからな」

○スワンスタジアム・取材部屋
   向かい合って座る宏美と荒。
宏美「結果的に上手くいっていれば、それで良いって事ですか?」
荒「野球なんて結果論ですから。良い当たりが野手の正面に飛べばアウトですし、撃ち損じても外野手の前に落ちればヒットです」
宏美「勝利投手も?」
荒「そういう事です」
宏美「ですが、そんな勝利投手に興味のない荒選手がここまで『二けた勝利』をし続けられる理由は、何だと思いますか?」
荒「まぁ、ケガをしない事と、あとは……何かしらの数値が優れているんだと思います」
宏美「何かしらの数値……具体的には?」
荒「無いですよ、今はまだ」
宏美「今は無い?」
荒「今存在する必要、あります?」
宏美「そりゃあ、あるに越したことはないと思いますけど」
荒「野球界って、どんどん新しい指標が出てくるんですよ。奪三振数をフォアボール数で割ったり、一イニングあたり何人ランナー出すか数えたり……クオリティスタートなんて概念も割と最近ですからね」
宏美「へぇ、そうなんですね」
荒「だからきっと、今後何かしら出てくるんじゃないですか? 私が優れている、新しい指標というものが」
宏美「新しい指標……」

○(フラッシュ)ワンテレビ・アナウンス室
   関から説教を受ける宏美。
関「あ~、もう。何でお前みたいなのが採用されたんだろうな」

○スワンスタジアム・取材部屋
   向かい合って座る宏美と荒。
宏美「……今はまだ感覚的なもの、って事なんですかね?」
荒「そうかもしれませんね」
宏美「それでも一つ確実に言えるとしたら、今プロ野球界で一番『マウンド上で感情を出さない』のは荒選手ですよね」
荒「確かに、それはそうかもしれませんね」
宏美「でも普段はそうでもないじゃないですか? マウンド上では意図して、感情を押さえているんですか?」
荒「そうですね」
宏美「その理由は?」
荒「感情出す必要、あります?」
宏美「(微かに目を輝かせ)……もしかして、必要ないんですか?」
荒「もちろん、人や状況によりますよ? 感情を出した方がいい場面もあれば、出さない方がいい場面もある。ただ一つ確かなのは……」
宏美「確かなのは?」
荒「感情を出す人の方が、好かれやすい」
宏美「わかります」
荒「でしょうね。今日、私が見た限り、小矢部さんはあまり上手な方には見えません」
宏美「あ……すみません」
荒「謝る必要、あります? それに、私も良く怒られましたよ」

○(フラッシュ)ワンテレビ・Aスタジオ(朝)
   『朝タメ』の放送中時の宏美。
宏美「選手の皆さん、頑張ってください」
荒の声「ホームラン打たれた時とか『お前もっと悔しがれ』って」

○スワンスタジアム・取材部屋
   向かい合って座る宏美と荒。
荒「でも、出さない方がいい場面もあるし、感情を上手くコントロールできずに自滅する人もいる。結局、プラマイゼロなんですよ」
宏美「そうですよね」
荒「きっと、小矢部さんもいつか得する時が来ますよ、ご安心を」
宏美「……ありがとうございます」

○ワンテレビ・外観

○同・アナウンス室
   デスクワークをする宏美。そこにやってくるつばさ。
つばさ「あ、コヤちゃんお疲れ。何してんの?」
宏美「あ、神通さん。実はちょっと、やってみたい事があって……」
つばさ「やってみたい事?」
   宏美の操作するパソコンの画面、「東京スワンズ・荒耕大選手密着企画(仮)」の文字。

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