サティ― ドラマ

ある宗教学者が死んだ。男はかつて大きな事件を起こした宗教団体との密な関係を問われ、学界を追われた。葬儀には二人の参列者しかいなかった。
松上全也 12 0 0 10/13
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第一稿

登場人物
一色 歩(21)・・・大学生
一色 英子(57)・・・美術史家、歩の伯母
有野 望(20)・・・大学生、歩の後輩


○火葬場
  喪服を着た一色英子(57 ...続きを読む
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登場人物
一色 歩(21)・・・大学生
一色 英子(57)・・・美術史家、歩の伯母
有野 望(20)・・・大学生、歩の後輩


○火葬場
  喪服を着た一色英子(57)、火葬炉の閉じられた扉を向いて佇んでいる。
  背後から甥の一色歩(21)が肩に手を置く。
歩「伯母さん、向こうで待とう」
英子「歩」
  英子、歩の手を握り、向き直り、歩を相手に社交ダンスのステップを踏み始める。
  歩も英子に合わせてステップを踏む。
英子「サティ―って知ってる?」
歩「エリック・サティ―?」
英子「インドで夫に死なれた女が自分に火をつけて命を断つの。愛の証明よ。でも、あの人に死なれてもそんな気にならない私は貞淑な妻じゃないってことかしら」
歩「そんなこと」
英子「あの人は大昔にインドで実物を見たって言ってたわ。随分、嬉しそうに。それを私にいってどうするつもりだったのかしら」

○英子の家の前(夜)
  一軒家。
  歩と白木の箱を持った英子が帰ってくる。
  門の前にユリの花束が置かれている。
  歩、拾い上げ
歩「誰からだろう?」
  英子、何かに気づき
英子「捨てて、捨てて頂戴」
歩「でも」
  英子、呟き
英子「あいつらとは縁を切ったのよ」
  英子、家の中に入っていく。

○大学・喫煙室
  歩が一人で煙草を吸っている。
  後輩の女子大生の有野望(20)がやって来る。
歩「タバコ吸ってたっけ?」
望「いいえ。先輩の姿が見えたから」
歩「そう」
望「最近、元気無いですよね」
歩「いつも通りだと思うけど」
望「知ってますか? 人の悩みって執着するとこらから始まるんです。だから、執着を断ち切れれば」
  望、宗教の小冊子を渡す。
望「今度一緒に行ってみませんか?」
歩「こういうの大学でやるのよくないよ」
望「ちゃんとしたトコロなんです。テレビにも出ている河島教授って知ってますか? あの人が顧問で」
歩「ノンちゃん」
望「先輩の悩みを解決してあげたいんです!(落着きを取り戻し)失礼しました」
  望、出て行く。
  歩、手に残った冊子を見つめる。

○駅前(昼)
  歩、駅から出てくる。
  号外が配られている。
販売員「号外です! 救世法会の元幹部に死刑執行」
  新聞を受け取ると、死刑囚6人の写真が載っている。

○英子の家・書斎
  英子が美術書を広げ、書き物をしている。
  ラジオが流れている。
ラジオDJ「ここで今入ってきたニュースです。紅世法会の元幹部6人に死刑が執行されました」
  英子、顔を上げラジオを見る。

○同・客間
  飾り窓に白木の鉾が置かれている。
  その横に立っている英子、ソファーに座っている歩。
  机には号外が置かれている。
英子「その左下の進藤君。この家にも来たことがあるわ」
歩「本当?」
英子「あの人の教え子だったんだもの。真面目な青年で、当時では珍しく真剣に物事を考えていたわ。あの人が勧めさえしまければ」
歩「伯母さん」
  英子、白木の箱に手を置き。
英子「あなたを尊敬してたのよ」

○大学・食堂
  大勢の学生が昼食を摂っている。
  歩、コーヒーを飲んでいると、後方で大声が聞こえる。
  望、立ち上がり、
望「私たちはカルトじゃない! あんな人たちと一緒にしないで!」
  食堂が静まり返り、望に注目が集まる。
  望、いてもたってもいられず食堂から出る。
  歩、唖然と望を見る。

○同・喫煙所
  歩がタバコを吸っている。
  望、怒りの満ちた表情でやって来る。
望「今までお世話になりました」
歩「どうしたの?」
望「私、わかりました。ここは私のいるべき 場所じゃないって」
歩「辞めるの?」
望「はい、以前から両親にも言われていたとおり、出家しようと思います。ようやく決心がつきました」
歩「ノンちゃん、考え直した方がいい。冷静になって」
望「私は冷静ですよ。先輩も私のことおかしいと思いますか?」
歩「思わないよ。けど」
  望、頭を下げ
望「私を避けないで相手してくれてありがとうございました」
歩「そんなこといいよ」
望「先輩、神様がいるってそんなに悪いことですか?」
  望の真っ直ぐな眼差しに何も答えられない望。

○霊園
  歩いている歩と栄子。
歩「大学に入った時に伯父さんに言われたよ。『宗教も思想も病原体のようなものだ。ウイルスのように感染するか、ワクチンのように接種するかだ』って」
英子「あの人にはわからなかったのね」
歩「……」
英子「仮にそうだとしてもあの人が言うべきではないわ。あの教団のせいで壊れたものが多すぎるの」
  英子、樹木葬スペースに立つ。
英子「準備は全部しておくから、私が死んだらここに埋めて」
歩「いいの?」
英子「あの人とも神様とも関係ないところよ。死んでまで一緒にいようとは思わない。私は生きているうちに焼かれたんだから」

            (完)

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