登場人物
田辺源沓……侍
姫
女の子
女房
遊女
家老
浪人頭
浪人1~4
○宿場町・(夜)
月の輝く夜。
腰に刀を差した侍、田辺源沓が重たい足取りで歩いている。
唇を噛み締め、目には怒りの色が見て取れる。
一軒のあばら家に入っていく。
○あばら家
浪人達が集まって酒を飲んでいる。
皆、押し黙っている。
源沓が戸を勢いよく開け入ってくる。
浪人頭「何だ、お前は?」
源沓「『三途の川まで連れてこい』とさ、閻魔様のお達しだ」
浪人1「何!」
源沓「この町で働いた悪行三昧。まさか忘れてやしないだろう」
源沓、刀を抜く。
浪人達が殺気立ち、次々に斬りかかる。
浪人1「いやぁああ」
源沓、浪人1を切り捨てる。
○(回想)・城の庭・(夜)
池をじっと見ている姫。
家臣の姿をした浪人1がやって来る。
浪人1「姫様、もうお休みにならないと」
姫「風邪でもひかれたら、明日の婚礼に差し障りがあるか?」
浪人1「はい」
姫「何故気付かぬ、差し障りのあるのは、体ではない、妾の心じゃ」
浪人1「はっ」
姫、浪人1の胸に飛び込み
姫「本当は気づいておるのだろう。妾の心に」
浪人1「おやめください」
姫「妾を連れて逃げて」
浪人1、姫を抱きしめる。
○(戻って)あばら家
浪人1が悲鳴を上げて倒れる。
浪人2が源沓に斬りかかり、
浪人2「この野郎」
浪人2を切り捨てる。
○(回想)・荒れ寺
数人の子供達がいる。
浪人2がやって来る。
浪人2「おう、お前ら、いい子にしてたか? 団子買ってきたぞ」
子供たちが嬉しそうに集まって来る。
浪人2「大丈夫だよ。全員分あるんだから」
年嵩の女の子が後ろに立っている。
女の子「おいちゃん」
浪人2「おう、お前も早く食っちまいな」
女の子「さっき変な連中が来て、『仕事だって』おいちゃんに伝えとけって」
浪人2「そうか」
女の子「おいちゃん、あいつら普通じゃないよ。仕事って何、危ないこと」
浪人2「心配すんなよ」
女の子「私らに食わせるために危ないことしてんだろ」
浪人2「ちげえよ。この間、興禅寺の社が雷で焼けちまったろう。それ直すのに人手が必要なんだよ」
女の子、訝しげに
女の子「本当?」
女の子の頭を撫で
浪人2「安心しろ。おめえもおれの肝っ玉の小せえのは知ってんだろ」
女の子「(嬉しく)うん」
○(戻って)・あばら家
浪人2が倒れる。
鎖鎌を持った浪人3が斬りかかる。
浪人3「やりやがったな」
浪人3を切り捨てる。
○(回想)・農家
鎌を持った浪人3が入って来る。
貧しい服装をした女房が赤ん坊を抱いている。
女房「あんた、どうだった?」
浪人3「ダメだ、こう日照りが続いちゃ麦も稗も育ちゃしねぇ」
女房「困ったね。年貢もまた上がるんだろ」
浪人3「お上に何言ってもとりあっちゃくれねえし、こうなったら一揆」
女房「やめとくれよ! そんなこと上手く行った試しないじゃないか。あんたまでいなくなったら」
赤ん坊が泣き出す。
女房「あんた、どうしよう」
浪人3「どうした?」
女房「お乳が出ないんだよ」
○(戻って)・あばら家
浪人3が倒れる。
浪人4が斬りかかる。
浪人4「貴様ぁ」
浪人4を斬り捨てる。
○(回想)・遊郭
疲れた遊女が煙管を吸っている。
浪人4、遊女の膝元にいくらかの金を投げる。
遊女「何だい、お代なら下で払ったんだろ? それとも情けをかけようってかい?」
浪人4「俺と来ないか?」
遊女「ハァ、トチ狂っちまったのかい? あんたみたいな貧乏旗本にあたいが身請けできるとでも思ってんのかい? やめときな。苦海の女なんざ、あんたみたいな侍が相手する女じゃないさ」
浪人4「侍なんてやめてやるさ。お前のいるところが苦海なら俺も行ってやる」
遊女「バカ」
浪人4を抱きしめる。
浪人4「今、儲け話があるんだ。それが上手くいけば」
浪人4、遊女を抱きしめる。
○(戻って)・あばら家
浪人4、倒れる。
浪人頭が刀を構える。
刃を交える源沓と浪人頭。
浪人頭、大きく斬り込んできたところで、浪人頭を斬り捨てる。
○(回想)・武家屋敷・(夜)
蝋燭の灯りの中で、浪人頭と家老が話している。
家老「お主、今のこの国の現状をどう思う?」
浪人頭「徳川の世になり、泰平が来たと言われますが、本当にそうでしょうか?」
家老「うむ」
浪人頭「都を少し離れれば食うや食わずの農民がおりますし、先年の嵐の被害の立て直しもできておりません」
家老「徳川を討つつもるはあるか?」
浪人頭「……」
家老「何をするにも今は資金が必要だ。手も汚さなくてはならぬが、そなたできるか?」
決意をした浪人頭、頭を下げる。
浪人頭「ハッ」
○(戻って)・あばら家
浪人頭、倒れる。
源沓、刀を鞘に収め、
源沓「またつまらぬ者を斬ってしまった」
源沓、去っていく。
残された浪人たちの死骸の山。
(完)
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