【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HM=ホストマザー
HF=ホストファーザー
HS=ホストシスター(ホストハウスの娘) 6歳
○ホストハウスの玄関
地球家族6人が到着する。
リコ「おじゃまします」
HMが出迎える。
HM「ようこそ、いらっしゃいました。おあがりください」
○客間
HMがドアを開ける。
中に6~7歳くらいの5人の子どもがおり、みんな動物のお面をかぶって劇の練習をしている。
劇団の先生(高齢の女性)が指導している。
HM「(地球家族に)みなさんのお部屋は、この大広間です。今、劇団が練習に使っています。あと5分くらいで終わりますので、よかったら劇の練習を見学なさってください」
地球家族全員、中に入る。
劇団の先生「さあ、それでは残りの時間を使って、クライマックスの部分をもう1回やってみましょう」
HS(タヌキ役の女の子)「ウサギちゃん。どうして泣いてるの?」
ウサギ役の女の子「・・・。ママと、今日お別れしなければならないの。悲しくなっちゃうわ」
キツネ役の男の子「それは悲しいね」
HS(タヌキ役の女の子)「悲しいわね。でも、私たちがいるわ。みんなで仲良く、がんばりましょう」
HMと地球家族が、少し離れたところに立って見ている。
HM「(小声で)あのタヌキ役の女の子が、うちの娘です」
劇団の先生「はい、カット」
全員、止まって静かになる。
劇団の先生「ウサギさん」
ウサギ役の女の子「はい」
劇団の先生「今、せりふを忘れかけましたね。2秒遅れましたよ」
ウサギ役の女の子「すみません」
劇団の先生「本番は、いよいよ明日です。ほかのみんなも、明日までにもう一度おうちで練習してきて」
HM「(小声で)あの先生、とても厳しいのよ」
劇団の先生「今日は、これで終わり。お疲れ様でした」
子供たち「ありがとうございました」
○居間
HM、HF、HS、地球家族6人が座っている。
ミサが劇の台本を読んでいる。
ミサ「全部読みました。『かわいそうなウサギ』という劇なんですね」
HM「はい。悲しい劇だけをやる劇団なんです。歴史のある劇団で、昔から劇団オリジナルの悲劇専門でした。実は、私が子供の時も、同じ劇団に入っていたんですよ」
ミサ「へえ」
ジュン「ミサ、台本読んでみて、どうだった? 悲しかった?」
ミサ「ううん・・・」
HM「悲しくなかったですか?」
ミサ「悲しい話であることは十分理解できたんです。でも、涙は出てきませんでした」
HM「そうね。ほかの劇も同じです。私の子供のときも、劇団の先生の助手として働いていた時も、悲しい劇を見て涙を流す人は見たことがありません」
ミサ「さっきの劇の練習で、タヌキさんが『悲しい』という言葉を5回も使っていたので、気になって台本全体でも数えてみたんです。『悲しい』が24回も使われていました」
HM「私が子供の時も、同じ劇をやったんですけど、『悲しい』は12回でした」
ミサ「増やしたんですね」
HM「泣く人がいないので、悲しさが足りないと思って、増やしたんだと思います」
ミサ「うーん」
ミサ、首をひねる。
HM「(HSに)さあ、あなたはもう寝なさい。明日は劇が2つあるんだから」
ミサ「2つ?」
HM「実はこの子、2つの劇団をかけもちしてるんです。午前は『かわいそうなウサギ』で、午後は別の劇団で、喜劇をやります」
ミサ「大変ですね」
HS「おやすみなさい」
○客間
地球家族6人がくつろいでいる。
ジュン「あの劇は、どうして悲しさを伝えられないんだろう。国語が得意なミサの意見としてはどうだ?」
ミサ「『悲しい』という言葉を使いすぎているのよ」
ジュン「なるほど」
ミサ「悲しさを伝えたいときは、『悲しい』と言わずに、小道具や表情で表すの」
ジュン「例えば?」
ミサ「飼っていた子犬が死んでしまったとする。そんな時、悲しいとは言わずに、『最後にあげたえさは食べずに残されていた』と言う」
ジュン「確かに、そのほうが聞いていて悲しくなるな」
父「もう一つ気になるんだけど。昔はこれほど『悲しい』って繰り返さなかったって言ってたよね。それでも涙を流すお客さんがいなかった、ということは・・・」
ミサ「ということは?」
父「この星の人には、悲しいという感情がないのかもしれないな」
ミサ「なるほど。地球人ならば悲しいとわかるあのお話が、この星の人たちにとっては悲しくないんだ・・・」
その時、HFの声がする。
HF「おーい、大変だぞ」
ミサ「何かしら」
○居間
地球家族6人が入ると、HFがHMにパンフレットを見せている。
HF「おーい。明日の劇、午前と午後に予定しているけど、午前の劇は12時閉幕じゃないか」
HM「あ、そうだったかしら?」
HF「そして、午後の劇が12時開幕じゃないか。移動時間も考えると、間に合わないぞ」
HM「大変。どうしましょう」
HF「とにかく、先生に連絡を」
HM「え、こんな時間に?」
HM、リコを見る。
HM「リコちゃんって、娘と背格好も声もよく似ているわね」
父「確かに」
HM「娘は6歳だから、リコちゃんのほうが年下ではあるけれど・・・」
父「いや、リコは7歳だから、リコが年上ですよ」
リコ、むすっとした顔をする。
HM「あら、ごめんなさい。でも、本当によく似ているわ」
父「それで?」
HM「明日の劇に、リコちゃん、出てくれないかしら」
リコ、驚いて、飲みかけのジュースを吹き出してむせる。
父「え、リコが代役ですか?」
HM「最後の10分だけでいいんです」
ミサ「10分と言っても、最後のシーンは一番の見せ場ですよ。しかも、タヌキは主役ですよね」
HM「お願いします。リコちゃん、ちょっと、タヌキ役の声を出してみてくれる?」
リコ「『こんにちは、私はタヌキです』」
HM「よく似てる! 本番ではタヌキのお面と着ぐるみがあるから、きっと誰にも気づかれないわ」
ミサ「え、先生にも内緒で替え玉するつもりですか?」
HM「やるだけやってみましょう。リコちゃん、これが台本。最後の2ページだけ覚えればいいから、徹夜すればなんとかなるわ」
ジュン「徹夜・・・」
母「リコ、どうする?」
リコ「がんばる」
ミサ「リコ、えらいわ」
○客間
地球家族6人。
リコが台本を見ている。
ミサ「HSちゃんと途中で交代するから、リコの出番は最後のところだけなのよ」
リコ「でも、最初から読んでみる」
ミサ「あ、そう。時間があまりないからね」
リコ「うん」
ジュン「まあ、リコの記憶力があれば、セリフは簡単に覚えられるだろ」
○翌朝、居間
地球家族6人とHM、HF、HSが座っている。
HM「おはようございます。じゃ、リコちゃん、今日は頼むわね」
リコ「はい」
リコの目に、くまができている。
ミサ「リコ、本当に大丈夫? 寝不足なんじゃない?」
タク「本当だ。目の周りが黒い。そのままでもタヌキだよ」
リコ、ふくれっつらをする。
○市民ホールの客席
おおぜいの観客が子供劇を見ている。
父、母、ジュン、ミサ、タクが客席の一番後ろで見ている。
HM、HF、HSが近づく。
HM「じゃあ、すみません。タヌキ役はもう交代しましたので、ここから先はリコちゃんが登場します。声が似ているので、おそらく誰も気づかないでしょう」
ミサ「リコ、大丈夫だといいんですけど」
HM「大丈夫ですよ。私たちは次の舞台があるので、ここで失礼します」
母「一晩お世話になりました」
HM「こちらこそ、ピンチを救っていただくことになり、ありがとうございます。よろしくお願いします」
○しばらくして、客席
父、母、ジュン、ミサ、タクが客席で見ている。
父「あ、タヌキが出てきた。リコだな」
○子供劇の舞台
リコ(タヌキ役)「ウサギちゃん。どうして泣いてるの?」
ウサギ役の女の子「・・・」
○客席
タク「あ、ウサギ役の子が、セリフを思い出せない」
ミサ「きのう先生が、2秒遅れましたよ、とか言ってプレッシャーかけるから、余計あせって思い出せずにいるんじゃないかしら」
○子供劇の舞台
ウサギ役の女の子「・・・」
ウサギ役の女の子が、セリフを思い出そうと必死になっている。
リコ「(ウサギ役の女の子に、小声で)ママと、今日お別れしなければならないの。悲しくなっちゃうわ」
ウサギ役の女の子、片目をつむってほほえむ。
ウサギ役の女の子「ママと、今日お別れしなければならないの。悲しくなっちゃうわ」
キツネ役の男の子「それは悲しいね」
リコ(タヌキ役)「でも、私たちがいるわ。みんなで仲良く、がんばりましょう」
○客席
ミサ「リコ、ナイスプレーね。ウサギ役の子のセリフまで覚えていて、教えてあげていたわ」
父「たいしたもんだ」
○しばらくして、客席
舞台の幕が下がる。観客達が拍手し続ける。場内はまだ薄暗い。
父、母、ジュン、ミサ、タクも拍手をする。
その時、後ろから劇団の先生(年配の女性)が声をかける。
劇団の先生「こんにちは。きのう、練習を見学されていたご家族ですね」
父「あ、はい」
劇団の先生「そして、最後の場面でタヌキ役をしていたのが、おたくのお子さんですね」
母「あ、気づいていましたか・・・。うちの娘です。リコといいます」
父「すみません。リコには演劇の経験はないので、演技のほうが未熟だったと思います」
劇団の先生「いえ、初めてにしては、上出来です」
ミサ「でも、セリフを一晩で覚えるのはやっぱり無理だったのかな。台本とはずいぶん違っていましたよね」
母「あら、そうなの?」
劇団の先生「よくお気づきになりましたね」
ミサ「『悲しい』と言う回数を覚えていたんです。5回言うはずなんですけど、リコは3回しか言いませんでしたから」
母「気づかなかった。リコのセリフにまったく違和感がなかったから」
劇団の先生「きっとリコちゃんは、台本を全部読んでくれたのでしょう。だから、ウサギさんのセリフも思い出して助けてくれました。そして何よりも、ストーリーをすべて理解し、悲しい話であることを感じ取り、そのうえで演じてくれました」
ミサ「それって、当たり前のことじゃないですか? 台本全部読んで、ストーリーを理解して・・・」
劇団の先生「当たり前じゃないんですよ。みんな自分のセリフを暗記するだけで、台本を全部読んだ子は、おそらく、これまで一人もいませんでした」
ミサ「そうなんですか」
劇団の先生「だから、今日リコちゃんが、うちの劇団始まって以来の奇跡を起こしてくれたんだと思います」
ミサ「奇跡って?」
劇団の先生「今、わかりますよ」
その時、照明がつき、観客席が明るくなる。
観客達が、涙を流して泣いている。
地球家族、観客達が涙を流すのを見て驚く。
劇団の先生「悲劇で人に泣いてもらう。それがいかに大変なことか」
その時、子供たちが近づいてくる。
子供「先生!」
劇団の先生「みんな、お疲れ様」
子供たちが劇団の先生を取り囲む。
地球家族5人がそれを見守る。
父「この星の人たちは悲しみの感情がないというお父さんの推測、間違ってたみたいだ」
ミサ「ちょっと変わっていたのは、この劇団だけだったんじゃないかしら」
父「そうだね。この星は地球とよく似ている。地球と何も変わらないよ」
タク「あれ、リコは?」
ジュン「リコがいないね。どうしたんだろう?」
男性の声「おーい、子供が一人、舞台で寝てるぞ!」
○舞台
リコが眠っている。人だかりができている。
地球家族が近づく。
ミサ「お疲れ様、リコ」
リコの寝顔。
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