片隅の火 ドラマ

結婚を近日に控えた木田篤人。 しかしそんな彼の下に一通の手紙が届く。それは幼き頃の決して消えぬ記憶。 あの日から人生の片隅に一筋の灯火が点けられたのだった。
まつえ 小説応募したい 6 0 0 12/28
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第一稿

○ マンション・木田家・玄関
新居特有の白さがある玄関。
木田篤人(29)、帰ってくる。手には広告や封筒などの郵便物を持っている。
篤人の後から西方彩夏(28)も続いて入って ...続きを読む
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○ マンション・木田家・玄関
新居特有の白さがある玄関。
木田篤人(29)、帰ってくる。手には広告や封筒などの郵便物を持っている。
篤人の後から西方彩夏(28)も続いて入ってくる。
彩夏「ただいまー」

○ 同・居間
玄関から居間へやってくる篤人と彩夏。彩夏は手を洗ったり着替えたりとうろつきながら話す。
彩夏「じゃあ一緒に式場行くってことで大丈夫? 結構待つと思うよ」
篤人、手に持っていた郵便物を確認しながら、
篤人「まあ早めに来る人も結構いるだろうし、適当に相手してるよ」
彩夏「ん、了解。いいねー、男の人は準備が楽で」
篤人、広告ばかりの郵便物に顔を顰める。
篤人「ほんとこういうの情報速いよ。引っ越してきた途端に広告ばっかり」
彩夏、笑いながら部屋を出て行く。
と、篤人、一通の封筒を手に取り不思議そう。封筒の宛名には几帳面な文字で『木田様』とだけある。
篤人、怪訝そうに封筒を開ける。中には一枚の便せん。やはり端正な文字で、
『もしもまだ微かにでも火が残るなら、少しだけでもお会いできませんか』
と、ただそれだけ記してある。
篤人、真剣に便せんに目を通しているが――
彩夏「なにか来てた?」
彩夏、部屋に戻ってきて尋ねる。
篤人、咄嗟に便せんを封筒にしまい机に伏せる。
篤人「いや」
彩夏、少し不思議そうにするも、
彩夏「どうする、先お風呂入っちゃう?」
篤人「そうするよ」
篤人、封筒を持って部屋を出て行く。

○ 同・寝室
篤人、寝室で再度便せんを見ている。
ベッドに腰掛け悩ましい表情。そして半ば無意識に、何かの感触を思い出そうとするかのように唇を指で撫でる。

○ 木田家・篤人の部屋(回想・16年前)
一軒家の一室、男子中学生の部屋らしく乱雑に散らかり、本棚には少年漫画などが並ぶ。
そんな部屋の中で携帯ゲーム機で遊んでいる篤人(13)。
隣室からは微かな男女の話し声が聞こえてくる。
篤人、ゲームに集中しようとするもどうしても隣室の声が気になるのか壁を凝視してしまう。
と、携帯の着信音が聞こえてくる。
しばらくすると篤人の部屋の戸が開かれ兄、一輝(18)が顔を覗かせる。
幼さの残る篤人と違い、一輝の顔には男としての自信が見える。
一輝「ちょっと出てくる。お前いるだろ?」
篤人「いるけど」
一輝「すぐ戻ってくるから、裕美置いていくけど何かあったら頼むぞ」
篤人「え?」
聞き返そうとする篤人を他所に、一輝は笑顔を残して扉を閉め行ってしまう。
篤人、少し戸惑うも結局ゲームに戻る。
が、やっぱり気になって仕方ない。ゲームを床に置くと部屋を出て行く。

○ 同・廊下
篤人、一輝の部屋の前でノックしようかどうしようか迷っている。
深呼吸していざノックをしようとすると、扉が開き裕美(17)が顔を出す。
篤人「あ……どうも」
裕美、きょとんと篤人を見ていたが、
裕美「……どうも」
ぺこりと頭を下げる。
そのまま見つめ合う二人。微妙な沈黙。

○ 同・篤人の部屋
篤人、散らかっていた漫画やゲームをベッドの下に押し込んで慌てて床を片付ける。裕美は物珍しそうに本棚の漫画を見ている。
篤人「すみません、兄が勝手で」
裕美「私が待ってるって言ったから」
裕美、本棚の漫画を指さし、
裕美「見ていい?」
篤人が答える前に手に取りパラパラめくる裕美。
篤人、裕美の華奢な背中や肩に落ちた黒髪、そしてスカートから伸びる白い足に見とれている。
と、裕美が振り返る。ドキリとする篤人。
裕美「兄弟でも、似てないね」
篤人「オレは父親似で兄は母親似だから」
裕美「ううん。顔もだけど、趣味とか。一輝はCDとかいっぱい持ってるのに」
篤人「あー、そういうのはあんまり」
裕美「実は私も。本とかゲームの方が好き」
篤人「え、そうなんですか?」
篤人、咄嗟にゲーム機に手を伸ばす。
裕美「うん。でもだから色々教えてもらって刺激的」
篤人、ゲーム機から手を離す。
それからもパラパラと漫画を手に取っては見ていく裕美。篤人はそんな裕美を見ていることしかできない。
と、裕美、篤人を見て、
裕美「仲はいいの?」
篤人、ドギマギし、
篤人「別に」
と、首を横に振る。
裕美「じゃあ、一輝のこと嫌い?」
篤人、さらに返答に困ってしまう。
篤人「その……裕美さんこそ、兄のことを、その……」
裕美、口ごもる篤人を見つめ、
裕美「好きよ」
篤人「え」
裕美「私は、一輝のこと好き」
まっすぐに言葉を投げかける。
篤人「ですよね……」
裕美「彼女だから。私」
篤人、なにも言えず気まずい沈黙。
裕美、ベランダに並ぶプランターを見て、
裕美「あれ、サルビア?」
篤人もプランターを見る。赤いサルビアが植えてある。
篤人「わからないです。母がやってるんで」
裕美「きれいだね。燃えてるみたい」
笑顔でベランダのサルビアを見つめる裕美の背中に、篤人は、
篤人「兄は……あいつはたぶん、裕美さんのこと傷つけます」
裕美、振り返らず、
裕美「なんで?」
篤人「前からいろんな人と付き合ってはすぐ別れて、そういう人だから」
裕美「……私とも、すぐに別れると思う?」
篤人「それは、その……」
裕美、無表情で振り返る。
裕美「誰かを心から愛したことある?」
篤人、ためらいながら首を横に振る。
裕美「報われないってわかってても、良くないってわかっててもどうしようもないもの」
篤人「……」
裕美「苦しいのに、バカみたい」
篤人「なんで、そんなにあいつを」
裕美、篤人には答えず、その顔をジッと見つめる。
裕美「やっぱり、似てる」
篤人「え」
裕美「兄弟だから、面影が似てるね」
そして裕美、唐突に篤人にキスをする。
篤人、驚き裕美を引き離そうとするが、裕美はさらに激しく篤人を求める。
そしてそのまま篤人を押し倒す裕美。
篤人も抵抗を止め裕美を受け入れる。
裕美の唇が篤人の唇から次第に首に流れ体へと落ちていく。
篤人、裕美の体へ手を伸ばそうとして、
裕美「触らないで、お願い」
裕美、手を払いのける。
篤人、わけもわからないまま、裕美にされるがままになる。裕美の唇が下腹部へと滑りゆく。
ふとベランダを見ると燃えるようなサルビアが咲いている。

○ 同・一輝の部屋(日替わり)
篤人、一輝と向き合っている。
篤人「別れたって、なんで」
一輝「いいだろ別にそんなの。色々あんだよ」
篤人「でも……」

○ 同・篤人の部屋
篤人、ベッドに横になり頭を抱える。
そして裕美の感触を思い出すように唇を触るが、ため息を吐いて再度頭を抱える。
(回想終わり)

○ 結婚式場・2階ロビー(日替わり)
ホテルのロビーは更衣室も併設しており女性陣は忙しそうにしているが、篤人は暇そうに椅子に座って窓から庭を見下ろしている。その手はまたも唇を撫でてしまう。
と、まだ私服姿の彩夏が通る。
彩夏「暇そうだね、新郎さん」
笑いかける彩夏に篤人も笑って応じる。
彩夏「お義母さんたちの着替えももうすぐ終わると思うから、もう少し待ってて」
言い残して更衣室へ消えていく彩夏。
と、彩夏が去って行くと入れ替わるように一輝(34)がやってくる。
篤人「兄貴」
一輝、笑顔で片手をあげる。
一輝「よう。どうもおめでとう」
篤人「ありがとう。父さんは?」
一輝「散歩してくるとさ。しかし女性陣は大変だねぇ」
言いながら一輝は篤人の横に腰を下ろす。
一輝「でかい式場だな。さっき他の組も式やってたぞ」
篤人「うん、こっからも見えてた」
窓の外の庭を指さす篤人。
一輝も窓の外を見る。
と、篤人、そんな一輝の背中に、
篤人「なあ兄貴、裕美さんって覚えてるだろ」
一輝「裕美? どこの」
一輝、向き直る。
篤人「裕美さんだよ。高校の時、兄貴の」
一輝「ああ。懐かしいな。どうしたいきなり」
篤人「なんとなく思い出したから。連絡とかとってるの?」
一輝「高校卒業してからさっぱり。連絡先もわからないしな」
篤人「そっか」
一輝、篤人をしげしげと見て、
一輝「お前、あいつに惚れてただろ」
篤人「何言ってんだよ」
篤人、ごまかすように苦笑い。
一輝「いや、わかる。いざ結婚するとなると、昔の女が恋しくなるよな」
篤人「そんなんじゃないって」
一輝「そうか? 相変わらず真面目だなお前」
篤人「まあね……兄貴は、本当にあの人のこと好きだったの? 兄貴とあの人じゃタイプが違うだろ」
一輝「どうだかなぁ。確かに過去にないタイプだったし遊び半分だったかもな」
一輝、窓から庭を見下ろす。
篤人「やっぱり」
一輝「……でもあいつ、大人しいくせに炎みたいに激しいやつだったよ。言葉も態度も静かなのに、想いだけは燃えさかってた。おかげでそんな炎がこっちにもいつの間にか移ってて――」
一輝、ため息を吐く。
一輝「好きだったよ、間違いなく。ま、最後はその激しさに全部飲まれちまいそうで、逃げ出したけどな」
そして笑う一輝。
一輝「お前があいつに惚れるのもわかるよ。あいつの火はすべてを燃やしちまうんだ。そのくせいつまでも消えやしない」
そう語る一輝の瞳は寂しく、そしてその視線の先ではサルビアが揺れている。
篤人「兄貴、もしかしてまだあの人のこと――」
言いかけたとき――
葵 「ぱぱー」
木田葵(4)が更衣室から駆けてくる。
一輝、葵を抱き上げる。
葵、篤人を見ると笑う。
葵 「こんにちは」
篤人「こんにちは」
篤人も笑う。
一輝「もう、過去のことだよ」
葵を抱き上げたまま、一輝は篤人につぶやく。

○同・控え室
すでに着替えを終えた篤人、カーテンの掛かった控え室で座っている。眼前にはスタッフに手伝ってもらいながら最後の準備を調える彩夏の姿がある。
そして仕度が調い、
スタッフ「すぐにお声がけするので、少しだけ待っていてください」
と、部屋を出て行く。
彩夏、緊張の面持ちで、
彩夏「いよいよだね。ドキドキしてきた」
篤人「ああ、うん」
彩夏「なにその気のない返事」
篤人「ごめん、オレも緊張して」
彩夏「しっかりしてよ、新郎さん」
篤人「大丈夫、任せとけ」
頷く彩夏。
彩夏「たぶん、二人きりになるのもこれが最後だから伝えとく……篤人、愛してる」
彩夏の突然の告白に篤人は驚き、
篤人「なんだよ急に」
彩夏「別に。ただ篤人に伝えておこうと思っただけ」
篤人「その、ありがとう」
彩夏「ううん、それが私の気持ちだから。たとえ篤人が今なにを考えていても、それだけは変わらない」
まっすぐに篤人を見つめる彩夏。
彩夏「わかるよ。篤人がここ数日、なにか考えてたの」
篤人「知ってたのか」
彩夏「当たり前でしょ。でも篤人が私を裏切らない限り、私は篤人を愛してるし誰にも渡す気はないから。信じてる」
彩夏の真剣な瞳。
篤人、彩夏に見つめられ、小さく笑う。
篤人「ありがとう。オレも、好きだよ」
彩夏「よろしい」
彩夏、笑う。
篤人も笑い何気なくカーテンの隙間から窓の外の庭を見下ろす。
そこでは他の組が挙式を終え多くの人たちが笑っている。
と、篤人の視線の先に一人の女性従業員が写る。
澤村裕美(33)だ。
裕美は式場の従業員として庭で挙式をあげた夫婦に柔らかい笑顔で拍手を送っている。
篤人「そういうことか……そうだよな。オレのわけないよな」
彩夏「どうしたの」
篤人、鞄から封筒を取り出す。
篤人「……兄貴宛の手紙、昔の兄貴の恋人から」
彩夏「恋人? なんで篤人が持ってるの」
篤人「オレの連絡先しかわからなかったんだと思う」
彩夏「うん? よくわからないけど、いいの、一輝さんに渡さないで?」
篤人「いいんだ。これは兄貴とあの人と、それにオレの片隅で燃え残っていた火だから。もう消すことにするよ」
篤人、再度窓の外を見る。すると裕美と目が合う。
絡み合う視線。
篤人、小さく裕美に会釈する。
裕美、納得したように微笑むと会釈を返す。
篤人「少し待ってて」
篤人、彩夏に言い残し部屋を出る。

○ 同・トイレ
篤人、トイレの洗面台の前に立ち、今一度便せんを確認する。
目を閉じ、呼吸を整えると部屋から持ってきたマッチで便せんに火を灯す。
ゆっくりと燃えていく便せん。
篤人、便せんがある程度燃えると洗面台に落とし、水で消化する。
すっかり便せんは炭化している。
篤人、今一度目を閉じ呼吸を整える。
そして顔を上げ鏡を見ると、一仕事終えたと小さく一つ息を吐く。
(了)

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