家路 ドラマ

暮れかけた街に『家路』が流れる。 独り立ちした息子を見送った浜岡と街子は、どこかひび割れた家路の曲を聞きながら見慣れた街を歩いていた。 しかしそんな暮れゆく人生を打ち壊すように街子が言葉を投げかけた。 『私たち、終わりにしましょうか』
まつえ 小説応募したい 12 0 0 12/27
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第一稿

〇 路上(夕)
  遠くに山の端霞む田舎町。すべてを赤く染める強い夕焼け。
  古びたスピーカーから『家路』がひび割れながらも町に流れ、子供たちが帰宅の途を急ぐ。
  浜岡( ...続きを読む
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〇 路上(夕)
  遠くに山の端霞む田舎町。すべてを赤く染める強い夕焼け。
  古びたスピーカーから『家路』がひび割れながらも町に流れ、子供たちが帰宅の途を急ぐ。
  浜岡(52)とその妻、街子(49)、並んで歩く。2人の間には夫婦と捉えるには広すぎる間が開いている。
  浜岡、何気なく宙空を指さし、
浜岡「子供の頃、なんだった?」
街子「『夕焼け小焼け』、かしら」
浜岡「こっちは『ふるさと』」
  言葉が少し途切れ、
浜岡「ここは『家路』だったんだな。今でも『ふるさと』の方がしっくりくるよ」
街子「そう? この曲が鳴ると孝が帰って来るからご飯用意して。生活の一部になっていたわ」
  街子、ふと空を見上げる。茜の空から逃げていくように、一本の飛行機雲が伸びている。
街子「大丈夫かしら。孝、これから1人で」
  2人の間に中途半端に開いた空間を、友達とじゃれ合う子供が駆け抜けてゆく。
  浜岡、それを見送り、
浜岡「心配ないさ。男なんていざ1人になれば好き勝手生きていくもんだ」
街子「そうね……もう私たちの親としての仕事もほとんど終わりなのよね」
  浜岡、小さく笑う。
浜岡「さすがにそれは気が早いんじゃないか」
街子「そうかしら」
  街子、先程までと変わらぬ声音で、
街子「私たち、終わりにしましょうか」

〇 居酒屋(日替わり)
  寂れた居酒屋の、影が差し込むような隅の席、浜岡が1人で酒を飲んでいる。
  店内には他に客もおらず、女将の房枝(50)、浜岡の空いたお猪口に酒を注ぎながら、
房枝「初恋の人、か。同窓会で焼け木杭に火が着くなんて、よくある話じゃない」
浜岡「まあな」
房枝「それで、その男の人の所へ行くの、止めなかったの?」
浜岡「変なとこ強情なヤツだから。朝にはこれだけ残していなくなってたよ」
  浜岡、ポケットから離婚届を取り出すとカウンターに放り、苦笑いで酒を呷る。
房枝「ま、仕方ないわね。あなたも好き勝手やってきたんだから」
浜岡「好き勝手ってほどじゃないだろう……俺の浮気はあの一度だけだ」
  浜岡、酒に朱が差した瞳を房枝へ向ける。
  房枝、ついと浜岡から目を逸らし、
房枝「……そうね。でもそれ以外の、火遊びにもなりきる前の、種火の内に消してしまった関係、私何度も見てきたから。それだって立派な浮気よ」
  言って房枝は離婚届を手に取る。
房枝「名前、まだ書いてないのね」
浜岡「ああ。なんとなくな」
房枝「別れたくないの?」
浜岡「……曲がりなりにも25年を暮らしてきたんだ。数文字の署名にだって25年分の重さがあるさ」
  浜岡、背を丸めて肴をつつき、酒を飲む。
  その姿には妻を失った焦りや後悔は見えてこない。
  房枝、そんな浜岡を見つめると、カウンター内にあったボールペンと離婚届を突きつける。
房枝「いいわ。今ここで記入して」
  浜岡、伺うように房枝と離婚届を見比べる。
浜岡「本気か?」
房枝「もちろんよ」
  浜岡と房枝の間に緊張を孕んだ沈黙が流れる。
  交錯する浜岡と房枝の視線。
  やがて浜岡、静かに離婚届だけを房枝の手から受け取ると、それを畳んでポケットにしまう。
浜岡「今日はもう帰るよ」
  房枝、頷くと伝票を浜岡に差し出す。
  浜岡、現金で支払いをし、お釣りを受け取ろうとしたとき、
房枝「意地があったのよ。一晩の火にだって、25年に負けないほどの」
  
〇 浜岡家(日替わり・夕)
  浜岡、居間でカーテンも引かずにテレビを見ながらビールを飲んでいる。
  窓からは西日が差し込む。
  と、町に『家路』が流れ始める。
  浜岡、なんとなく『遠き山に日は落ちて』と口ずさみはじめるが、その先の歌詞がわからず掠れるようなハミングになる。
 すると街子、何事もなかったかのように帰ってくる。
街子「ただいま」
  浜岡、街子を見ると少し驚くも、
浜岡「おかえり」
街子「こんな時間からお酒飲んで、毒よ」
浜岡「日曜日くらい、いいだろう」
  街子、またもそれまでと同じ口調で、
街子「離婚届、書いてくれた?」
  浜岡も特別なことはないように、
浜岡「いや、やめたよ」
街子「そう……晩ごはん、今からじゃ面倒だし、出前でもとらない?」
浜岡「そうだな……なあ、『遠き山に日は落ちて』の続き、知ってるか?」
  街子、少し考えて、
街子「『星は空を散りばめぬ』
浜岡「ああ。そうか」
街子「孝の住んでいる町も、『家路』だったわ」
  浜岡、目を丸くし街子を見る。
浜岡「孝の所にいたのか」
街子「ええ。最初はそのつもりじゃなかったんだけど、でもダメね。あの曲を聞いたら」
  浜岡、小さく笑ってから、真面目な目で街子を見る。
浜岡「すまなかったな」
  街子、なにも答えずに立ち上がると、固定電話の元から出前のメニュー表を持ってくる。
街子「蕎麦でいいわね」
浜岡「ああ」
  2人、並んでメニュー表を眺め始める。

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