サクラダ・ファミリー ドラマ

これは一向に完成しない、ある家族の物語……。 自身の家族を毛嫌いする男・桜田賢吾(27)。彼はある日、取引先で出会った桃瀬華(29)に恋をする。未婚の母として一人息子を育てる華に、桜田は告げる。 「事実婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
マヤマ 山本 9 0 0 11/10
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第一稿

<登場人物>
桜田 賢吾(18)(27)トラックの運転手
桃瀬 華(29)菓子販売員、賢吾の恋人
桃瀬 陸(6)華の息子
桜田 心平(52)(61)賢吾の父
桜田 亜美( ...続きを読む
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<登場人物>
桜田 賢吾(18)(27)トラックの運転手
桃瀬 華(29)菓子販売員、賢吾の恋人
桃瀬 陸(6)華の息子
桜田 心平(52)(61)賢吾の父
桜田 亜美(58)賢吾の母
桜田 宗平(31)賢吾の兄
桜田 恭子(31)賢吾の義姉、宗平の妻
桜田 糸(23)賢吾の妹
販売員 (21)
警備員 (63)
男性客 (84)
少年  (6)



<本編>
○松武屋百貨店・外観

○同・納品車両入口
   スロープに並ぶ数台の車。最前列のトラックの運転席に座っている桜田賢吾(29)。サグラダ・ファミリアの特集が放送されている車内のテレビ。
アナウンサーの声「このサグラダ・ファミリアは、一八八二年から現在に至るまで、未だに完成されておらず……」
   テレビを消し、トラックを発進させる賢吾。

○同・受付
   「和菓子在中」と書かれた段ボール箱を抱えてやってくる賢吾。警備員(63)の前で立ち止まる。
   受付表の氏名欄に「桜田賢吾」と記入する賢吾。
警備員「あれ、また来たの?」
賢吾「(受付表に記入しながら)そうなんですよ、別の所に一箱混ざってて。あ、コレって、また売り場の人の印鑑貰わなくちゃいけないんですかね?」
警備員「そうなんだよね。ルールだから」
賢吾「は〜い」
   警備員から半券を受け取る賢吾。

○同・売場
   多数のお菓子売り場が並んでいる。
   和菓子屋の販売員(21)に段ボール箱を渡す賢吾。
賢吾「すみません、朝言ってた奴ってコレですよね?」
販売員「そうですそうです。良かった〜」
賢吾「えっと、じゃあ印鑑を……(半券を探して)あれ、どこだ……?」
男性客の声「だから、何で無ぇんだって言ってんだよ!」
   振り返る賢吾。杖を持った男性客(84)に接客している桃瀬華(29)。販売員と同じ制服姿。
男性客「この間も同じ事言っただろ。何で改善されてねぇんだよ」
華「ですから、もうお取り扱い自体していないんですよ。申し訳ございません」
男性客「うるせぇ、お客様が『出せ』って言ってんだろうが。お客様は神様じゃねぇのか? あ?」
   華と男性客のやり取りを見ながら、拳を握りしめる賢吾。
華「そう言われましても……」
男性客「いいから、早く出せって言ってんだよ!」
   華に向けて杖を振りかざす男性客。その杖の先端を掴む賢吾。
賢吾「さすがにやりすぎでしょ、じいさん」
男性客「何だお前?」
賢吾「何が『お客様は神様だ』だよ。勘違いすんな。店は買って貰ってる、客は売って貰ってる。ギブアンドテイクでしょ」
男性客「何が言いてぇんだよ」
賢吾「要するに、偉そうにすんな、って事」
男性客「お前には関係ねぇだろ」
賢吾「腹立っちゃったんだから仕方ないでしょ。いいから、(華を指して)まずは謝りなよ」
男性客「何で俺が謝らなきゃなんねぇんだ」
賢吾「じいさんが一方的に悪いからでしょ」
男性客「俺は悪くねぇ」
賢吾「謝りなよ」
男性客「冗談じゃねぇ」
賢吾「いいから謝れって」
男性客「うるせぇ!」
   杖で賢吾を殴る男性客。

○同・医務室
   ベッドで横になっている賢吾。こめかみの辺りに絆創膏。
   脇には華と警備員が立っている。
警備員「大丈夫? 救急車呼ぶ?」
賢吾「いや、大丈夫です。自力で帰れますんで」
警備員「そう? なら、いいけど。でも、お兄さんも若いねぇ。ジジィと喧嘩しちゃうなんて」
賢吾「これでも大人になった方ですよ。昔だったら、絶対殴ってましたから」
警備員「ハハハ。じゃあ、何かあったら呼んでくれていいからね」
   出て行く警備員。
華「あの、すみませんでした」
賢吾「いや、全然。一番悪いのはあのじいさんですから」
華「本当に大丈夫ですか?」
賢吾「本当に大丈夫ですから、売り場戻って下さい。本当、俺もすぐ帰りますから」
華「……わかりました。じゃあ、あの、今日は本当にすみませんでした」
   出て行こうとする華。
賢吾「あ、ちょっと」
華「はい?」
賢吾「(半券を出して)印鑑、貰えます?」
華「え? あ、あぁ、はい。すみません」
   捺印した半券を賢吾に渡す華。
華「じゃあ、失礼します」
   出て行こうとする華。出入り口の前で立ち止まる。
華「あと、ありがとうございました。助けていただいて」
賢吾「あ〜、いえ、そんな……」
   一礼して出て行く華。
   半券を見つめる賢吾。「桃瀬」と捺印されている。
賢吾「桃瀬さん、か……」

○喫茶店・外観

○同・中
   向かい合って座る賢吾と桜田恭子(31)。
恭子「それは、恋だね」
賢吾「恋、ですか?」
恭子「そうだよ。そっか〜、ようやく賢ちゃんにも春が来たのか〜。賢ちゃんの彼女イナイ歴って、もう一〇年くらい?」
賢吾「九年です」
恭子「賢ちゃんももういい歳なんだから。そろそろ身を固めてもいいんじゃない?」
賢吾「まだ俺、二七なんですけど」
恭子「私と宗ちゃんは二七で結婚したんですけど」
賢吾「兄貴とお義姉さんに比べられても」
恭子「(時計を見て)あ、そろそろ帰らなきゃ。じゃあ、今度会うときは、彼女との進捗報告よろしくね」

○松武屋百貨店・外観

○同・売場
   段ボール箱の乗った台車を押してやってくる賢吾。販売員一人しかいない。
   捺印した半券を賢吾に渡す販売員。
販売員「ご苦労様です」
賢吾「ありがとうございます。……ところで桃瀬さんって、今日は休みですか?」
販売員「いや、遅番ですよ。っていうか、桃瀬さんは遅番しかやらない人なんで」
賢吾「遅番……」
   携帯電話を開く賢吾。日付と時間のみ表示されている地味な待ち受け画面。
   時間は午前九時台を示している。
賢吾「(呟くように)道理で、普段は会わない訳だ」
販売員「色々あるんですよ、桃瀬さんも」
賢吾「色々、ですか」

○公園
   広めの公園。遊具も多数あるが、遊具のないフリーのスペースも広い。
   歩いている賢吾。携帯電話を開く。前のシーンの二、三日後を示す待ち受け画面。
賢吾「もうこんな時間か」
   賢吾の足下にサッカーボールが転がってくる。
陸の声「ママのへたくそ〜」
   賢吾の元にやってくる桃瀬陸(6)。
   巧みな足さばきを見せ、陸にボールをパスする賢吾。
賢吾「はいよ」
陸「お〜、凄ぇ。ありがとう」
   戻って行く陸。その先には華がいる。
陸「ママ、行くよ〜」
   華に向かってボールを蹴る陸。ボールを上手くトラップできない。
賢吾「(華に気付き)……あれ?」
   賢吾に気付き、会釈する華。
    ×     ×     ×
   一人でドリブルの練習をしている陸。
   ベンチに並んで座り、その様子を見ている賢吾と華。
賢吾「いや〜、ビックリしましたよ。家、この辺だったんですね」
華「私も、驚きました。あの……(こめかみを指して)大丈夫でしたか?」
賢吾「あ〜、本当に全然、何の問題もなかったんで」
華「そうですか、良かった……。今度改めてお詫びしようと思ってたんです」
賢吾「そんな大げさな。大丈夫ですから」
華「それだと私の気が済まないんで」
賢吾「なら、デートして下さい」
華「デート、ですか?」
賢吾「……冗談ですよ。さすがに人妻相手にデートする度胸はありませんから」
華「人妻……って私の事ですか?」
賢吾「え、だって(陸を指して)息子さん、ですよね?」
華「あぁ……未婚の母なんです。私」
賢吾「そうだったんですか……。(呟くように)思ってたより色々あるんだな」
華「何か?」
賢吾「いえ、何でも。だとすると、大変ですよね。シングルマザーって」
華「まぁ、今は何とか、ギリギリやっていけてるかな、って所ですね。一人で仕事して家事もやって、子育てもして……」
賢吾「サッカーもして」
華「(笑いながら)そこが一番問題かもしれませんね」
賢吾「じゃあ、俺が代わりに相手してきますよ」
華「え?」
   陸の元に行く賢吾。
賢吾「ヘイ、陸君。パス」
   賢吾にパスする陸。
賢吾「おぉ、ナイスパス。陸君っていくつ?(などと言いながらパスし合う)」
陸「六歳」
賢吾「じゃあ、もうすぐ小学生だ」
陸「うん」
賢吾「サッカー好きなの?」
陸「好き」
賢吾「じゃあ、将来はサッカー選手?」
陸「バルセロナ」
賢吾「お、バルセロナ? 凄いな、ワールドワイドだね」
   賢吾と陸の様子を笑顔で見ている華。
    ×     ×     ×
   寝ている陸をおんぶしている華。
華「今日はありがとうございました。陸も凄く楽しんでたみたいで」
賢吾「いや〜、俺も楽しかったですよ。久々にサッカーボール蹴って。(陸に向けて)俺でよければ、またいつでも相手するからな」
華「(陸に向けて)陸〜、よかったね〜」
賢吾「じゃあ、連絡先教えてもらえます?」
華「え?」
賢吾「ほら、陸君の相手するのに、知ってた方が色々と……」
華「あぁ、そうですね」
   携帯電話で赤外線通信する二人。笑みをかみ殺している賢吾。

○走っているトラック

○車内
   鼻歌混じりに運転する賢吾。

○公園
   ボールをパスし合う賢吾と陸。

○松武屋百貨店・受付
   警備員の前で受付表に記入する賢吾。
   機嫌がいい様子。
警備員「どうしたの? 何かいい事でもあった? 顔がニヤけてるよ?」
賢吾「え? そんな事ないですよ」
警備員「お兄さんも若いねぇ」

○公園(夕)
   ドリブルする賢吾からボールを奪おうと必死に追いかける陸。
   そこにやってくる華。
華「陸〜、ご飯だよ〜」
陸「え〜、もう?」
華「ほら、桜田さんにお礼言って」
賢吾「またな、陸」
陸「そうだ。賢吾もウチで一緒にご飯食べればいいじゃん?」
賢吾「え?」
陸「ねぇ、いいでしょ? ママ」
賢吾「コラコラ、お母さんを困らせちゃダメでしょ」
華「いえ、桜田さんさえ良ければ、是非。いつも陸がお世話になってますし」
陸「決定〜。行くぞ、賢吾」
   賢吾の手を引いて走り出す陸。
賢吾「え、おい、ちょっと待っ……(華に)じゃあ、お言葉に甘えて」

○アパート・外観(夜)
   二階建てで古めの建物。

○同・桃瀬家(夜)
   間取りは1K程度。
   向かい合って座る賢吾と華、陸。
華「桜田さんって、どれくらいサッカーやってたんですか?」
賢吾「えっと、小学校入ってから、高一までですね」
陸「何で辞めちゃったんだよ」
賢吾「チームメイトとそりが合わなくてね」
陸「そり?」
華「う〜ん、『仲良くなれなかった』って事かな?」
陸「へぇ。じゃあ、俺と賢吾はそりが合うんだね」
賢吾「ハハッ、そういう事だね」

○喫茶店
   向かい合って座る賢吾と恭子。
恭子「へぇ、手料理食べちゃったんだ〜。美味しかった?」
賢吾「格別。……別にノロけてる訳じゃないですからね」
恭子「ノロけたっていいんじゃない? 順調なんだから。……でも、賢ちゃん。一個だけ確認していい?」
賢吾「何ですか?」
恭子「賢ちゃん、前に言ってたよね? 『俺は一生、結婚するはない』って」
賢吾「……」
恭子「もし今、その子に『結婚して』って言われたら、賢ちゃんどうする?」
賢吾「……答えは変わりませんよ。それが、何かいけない事なんですか?」
恭子「別に、賢ちゃんがそういう関係を望んでいる事自体は悪い事じゃないと思うよ?でも、それならそれで、相手の子にも早めに言っておいた方がいいんじゃない? ましてや、相手は子持ちなんだからさ」
賢吾「……」
恭子「ごめん。余計なお世話だよね」
賢吾「いや、お義姉さんの言う事はわかります。ただ……」
   賢吾の携帯電話が鳴る。
賢吾「ん? 噂をすれば……」

○松武屋百貨店・外観

○同・医務室
   ベッドで横になる華。
   入ってくる賢吾と陸。陸は保育園の制服姿。
陸「ママ〜」
華「陸」
   体を起こす華。
華「すみません、桜田さんにもご迷惑を」
賢吾「俺は全然。桃瀬さんこそ、大丈夫なんですか?」
華「ちょっと熱があるだけなんで」
賢吾「それは大丈夫とは言わないですね。とりあえず、帰りましょうか。家まで送りますから」

○アパート・外観(夜)

○同・桃瀬家(夜)
   ご飯を食べている陸と、お粥を作っている賢吾。華は奥の部屋で横になっている。
賢吾「どうだ、陸。美味いか?」
陸「まずい」
賢吾「……それは申し訳ない」
   おかゆを持って華の元に行く賢吾。
桃瀬「すみません」
賢吾「いえ、料理下手な自分が悪いんで」
桃瀬「そうじゃなくて、陸のお迎えしてもらったり、お粥作ってもらったり……。他に頼れる人、思い当たらなくて」
賢吾「俺なんかでよければ、いつでも頼って下さい。あ、俺、明日休みなんで、泊まっていきましょうか? もちろん、桃瀬さんさえご迷惑でなければ、ですけど」
陸「なぁ、賢吾。俺も桃瀬なんだけど」
賢吾「え? あぁ、そっか。そうだよな」
華「こら、陸。……すみません、あの子本当口が悪くて」
賢吾「いえ、気にしないで下さい。……華さん」
華「……はい」
    ×     ×     ×
   奥の部屋で寝ている陸。
   テーブルに突っ伏して寝ている賢吾。
   賢吾の肩に布団をかける華。
賢吾「ん……」
   目を開ける賢吾。部屋の時計が三時を示している。
賢吾「(布団に気付き)あ……」
華「すみません。起こしちゃいました?」
賢吾「いえ。これくらいの時間に起きてるんで。(布団を指して)ありがとうございます」
華「そうなんですか。大変なんですね」
賢吾「その分、終わるの早いですから。アフタースリーですよ。あ、桃……華さんこそ具合は?」
華「大分良くなりました。ありがとうございます。ただ、早く寝たから目が覚めちゃって。お茶、飲みます?」
賢吾「じゃあ、頂きます」
   お茶を入れる華を見つめる賢吾。華を思わず抱きしめる。驚く華。
華「桜田さん?」
賢吾「あの、このまま、俺の話聞いてもらってもいいですか?」
華「……はい」
賢吾「率直に言います。俺は、結婚するつもりはありません」
華「え……」
賢吾「あ、誤解しないで下さい。別に、華さんがどうとか、って話じゃないんです。俺は俺の、ポリシーみたいなもので、誰とも結婚するつもりはないんです」
華「そうなんですか……」
賢吾「でも俺にとって、華さんは大事な存在です。陸君も含めて、ずっと一緒に居たいって思ってます」
華「結婚はしないのに?」
賢吾「籍は入れないけど、一緒に時間を過ごしたい……。『事実婚』って言うんですかね? わがままかも知れないけど、それが俺の本音なんです」
   華から離れ、頭を下げる賢吾。
賢吾「だから俺と、事実婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
華「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
賢吾「はい」
華「何で、今?」
賢吾「あ〜、何でだろう。多分、今のこの気持ちを、伝えずにはいられなかったんだと思います」
華「……ありがとうございます」
賢吾「いえ。あ、今の答えは、そんなすぐじゃなくてもいいですから」
華「いや、答えさせて下さい。私も、今のこの気持ちを伝えたいんです」
賢吾「華さん……」

○同・外
   携帯電話で通話しながら歩く賢吾。
賢吾「なるほどね〜。華ちゃんはどうする? ……うん、わかった。じゃあね」
   電話を切る賢吾。待ち受け画面は華と陸の写真。そこにやってくる陸。ランドセルを背負っている。
陸「賢吾」
賢吾「おう、陸。何だ、まだ家に帰ってなかったのか?」
陸「鍵忘れた」
賢吾「またか。しょうがねぇな」
   カギを取り出す賢吾。

○喫茶店・中
   向かい合って座る賢吾と恭子。賢吾の携帯電話の待ち受け画面(華と陸の写真)を見ている恭子。
恭子「へぇ、いい感じなんだ。でも同棲してる訳じゃないの?」
賢吾「今は、休みの前の日に泊まってるくらいですね」
恭子「そっか。ちなみにさ、事実婚だと、やっぱり相手のご両親に挨拶とかってしないもんなの?」
賢吾「わからないですけど、華ちゃんは両親とも、もう亡くなってるんで」
恭子「でも、賢ちゃんのご両親はご健在でいらっしゃいますよね?」
賢吾「……」
恭子「まぁ、そうだよね。でもさ、私にくらいは紹介してくれてもいいんじゃない?」
賢吾「いいですよ」
恭子「本当に? じゃあ、次会う時に連れてきてよ」
賢吾「次じゃなきゃダメですか?」
恭子「善は急げ、って言うでしょ?」
賢吾「(カウンターに向かって)華ちゃん、陸」
   カウンター席に座っている華と陸。賢吾の元にやってくる。
賢吾「桃瀬華さんと、桃瀬陸君」
華「はじめまして。桃瀬華と申します」
陸「桃瀬陸です」
恭子「あ、え、えっと、桜田恭子です。もう賢ちゃん、居るなら居るって先に言ってくれてもいいんじゃない?」
賢吾「驚かせようと思いまして」
華「すみません」
恭子「も〜」
陸「なぁ、賢吾。この人、賢吾の彼女?」
賢吾「え?」
   苦笑いする賢吾、華、恭子。

○アパート・外観(夜)

○同・桃瀬家(夜)
   奥の部屋で寝ている陸。
   向かい合って座る賢吾と華。
華「いい人そうで良かった、恭子さん」
賢吾「そうだね……」
華「賢吾君、どうかした?」
賢吾「いや……陸にとって俺って何なんだろう、って思って」
華「あぁ『賢吾の彼女?』」
賢吾「それは貴方のお母さんですよ、って事まだわかってないのかな」
華「仕方ないよ。まだ子供なんだもん」

○公園
   入口付近を歩く賢吾。
陸の声「こっちだよ、こっち」
賢吾「ん?」
   公園内を覗き込む賢吾。サッカーボールをパスし合う陸と少年(6)。
賢吾「いいねぇ、サッカー仲間か」
   そのまま陸と少年の様子を見ている賢吾。少年はあまり上手くない。
賢吾「ん〜、相手の子はもう一つかな」
   少年の蹴るボール。陸からかなり離れた場所に転がって行く。
陸「どこ蹴ってんだよ、へたくそ」
賢吾「……」
   陸の蹴るボール。少年の足下に転がって行くが、トラップできない少年。
陸「そんなのもとれねぇのかよ。何やってもダメだな」
賢吾「……」
心平の声「まったく、何をやってもダメな男だな、お前は」

○(回想)桜田邸・リビング
   賢吾(18)と桜田心平(52)。ともに背を向けているため顔はわからない。
心平「お前はただでさえ劣等生なんだ。より優秀な女を選ばんでどうする」
   拳を握りしめる賢吾。
心平「よりによって、あんな女……」

○(回想)同・外観
   豪華な一軒家。
   争うような物音。

○公園
   ボールをパスし合う陸と少年。その様子を見ている賢吾。拳を握りしめる。
   少年の蹴るボール。陸からかなり離れた場所に転がって行く。
陸「何でこんな簡単な事もできねぇんだよ」
   賢吾の足下に転がってくるボール。
陸「お、賢吾じゃん。へい、パス」
   足下にあるボールを蹴らない賢吾。
陸「おい、賢吾。聞いてるか?」
賢吾「……陸。お前、何様だ?」
陸「は?」
賢吾「お前はあの子と比べて、そんなに偉いのか?」
陸「何言ってんだよ、賢吾」
賢吾「確かに、陸の方がサッカー上手いよ。けど、だからって陸の方が偉い訳じゃないんだ。わかるでしょ?」
陸「……偉そうなのはどっちだよ」
賢吾「は?」
陸「ちょっとママと仲いいからって、父親面すんなよ」
   公園から出て行く陸。
賢吾「おい、陸。陸!」

○アパート・外観(夜)

○同・桃瀬家(夜)
   奥の部屋で寝ている陸。
   向かい合って座る賢吾と華。
華「ごめんね」
賢吾「別に、華ちゃんが悪い訳じゃないでしょ。それに、陸の言う事ももっともだし」
華「でも……」
賢吾「それに、いきなり怒っちゃった俺も悪いと思う。ごめん」
華「いいよ、賢吾君の言った事は正しいし、あの子の言葉遣いは何とかしなきゃな、って私も思ってたから。むしろ、言ってくれてありがとう」
賢吾「そう言ってもらえると……いや、それでもやっぱり、父親でもない俺が言うべきじゃなかったのかもな」
華「私も気付かなかったから。陸も陸なりに気にしてたんだよね。父親がいない事」
賢吾「父親か……」

○喫茶店
   席に座る賢吾。コーヒーを飲みながら考え事をしている。
   賢吾の向かいの席に座る桜田糸(23)。
賢吾「(相手の顔を見ずに)お義姉さん、ちょっと聞いてもら……糸!?」
糸「よっ」
    ×     ×     ×
   向かい合って座る賢吾と糸。コーヒーを飲む糸を苦々しく見ている賢吾。
糸「いや〜、でも本当久しぶりだよね、賢ちゃんに会うの」
賢吾「何でお義姉さんじゃなくて、糸が来るんだよ」
糸「実の妹より、義理のお義姉さんの方がいい、って言うの? ヒドくない?」
賢吾「いいから答えろ」
糸「理由その一。恭子さん、オメデタ」
賢吾「マジか」
糸「マジ。だから、安定期入るまでは遠出は控えるみたい」
賢吾「オメデタねぇ。そりゃあ……いい事なのやら悪い事なのやら」
糸「いや、いい事でしょ」
賢吾「で、理由その二は?」
糸「久々に賢ちゃんと話がしたいな〜、って思ったから……」
賢吾「用がないなら帰るぞ」
糸「お金貸して」
賢吾「……いくら?」
糸「その……(指を三本立てる)」
   ため息をつく賢吾。財布を見る。
賢吾「さすがに三万も持ち歩いてねぇよ。下ろせばあるけど」
糸「あ〜、じゃなくて……」
賢吾「は? ……まさか、三〇万?」
糸「……三〇万でもない」
賢吾「……嘘だろ?」
糸「……三〇〇万」
賢吾「そんな金、何に使うんだよ」
糸「あ〜、うん、その……短大に通い直そうかと思ってさ、その学費に……」
賢吾「……」
糸「……ホストにハマって借金しました」
賢吾「親父には?」
糸「言える訳ないでしょ」
賢吾「だよな」
糸「宗ちゃんに言ったって同じだし。もう頼れるのは賢ちゃんだけなの。賢ちゃん、貯金が趣味だし、持ってるでしょ?」
賢吾「どうだか」
糸「お願いします。この通り。今月中に返さないと、私ヤバいんだ」
賢吾「ヤバいって?」
糸「『AVかソープか、好きな方を選べ』って言われた」
賢吾「へぇ、選ばせてくれるんだ。優しい所だな」
糸「冗談言ってる場合じゃないって。賢ちゃんだって、自分の妹がAV女優とかソープ嬢とかになってたら嫌でしょ?」
賢吾「別に。自業自得でしょ」
糸「……そう言うと思った」
   メールアドレスの書かれた紙をテーブルに置いて行く糸。
糸「気が変わったら連絡して。……期待してないけど」
   出て行く糸。

○アパート・外観

○同・桃瀬家
   奥の部屋にいる華と陸。賢吾が入ってくる。
賢吾「ただいま」
華「おかえり」
賢吾「おう、陸……」
陸「公園行ってくる」
   出て行く陸。
賢吾「……嫌われてんな、俺」
華「ごめん……。ところで、恭子さんは元気だった?」
賢吾「え? あ〜、その……」
華「? 何かあったの?」
    ×     ×     ×
   向かい合って座る賢吾と華。
華「そっか、妹さんが……」
賢吾「でも、大丈夫。金貸したりなんかしないから」
華「何で?」
賢吾「え、何でって……」
華「賢吾君、今貯金いくらだったっけ?」
賢吾「三二〇万ちょい」
華「足りるじゃん」
賢吾「いや、だってこれは……」
華「そりゃ、見ず知らずに人に貸すなら反対するかもしれないけど、妹さんでしょ?」
賢吾「関係ないでしょ」
華「私は兄弟いないから、同じような時に誰も助けてくれなかった。けど、糸さんには賢吾君がいて、実際助け求めてきてるんだよ? 助けてあげなよ」
賢吾「悪いけど、兄と妹なんて、そんなもんだから」
華「でも、その紙は持って帰ってきたよね」
   賢吾の前に置かれた、糸の連絡先が書かれた紙。
賢吾「これは……個人情報だから、その辺に捨てる訳にいかなかっただけだって」
   紙を丸めてゴミ箱に捨てる賢吾。ゴミ箱の中を見つめる華。

○喫茶店
   入ってくる華。周囲を見回す。
   席に座っている糸。立ち上がる。

○アパート・桃瀬家
   テーブルの上に置かれたメモ。「出かけ てます。陸をよろしく。華」と書かれている。
   メモを見つめる賢吾。陸は奥の部屋にいる。
賢吾「マジかよ……」
   賢吾の脇を通り過ぎる陸。
賢吾「陸、どこに……」
陸「公園」
   出て行く陸。
賢吾「お、おい……。嫌われてんな〜。どうすりゃいいんだ?」

○喫茶店
   向かい合って座る華と糸。
糸「でもビックリしましたよ。いきなり連絡きて」
華「ごめんなさいね。で、お金は何とかなりそうなんですか?」
糸「いや……。もしかして、貸してもらえるんですか?」
華「残念ながら、私はそんなにお金持ってないんです。だから、私に出来るのは賢吾君の説得を手伝うくらいなんですけど……」
糸「本当ですか? ありがとうございます」
華「ただ、その代わりって言ったらアレなんだけど、賢吾君の事、少し教えてもらってもいいですか?」
糸「賢ちゃんの事?」
華「賢吾君、あんまり昔の事話したがらないんで……」
糸「あぁ、でしょうね」

○公園
   入口までやってくる賢吾。
   一人でドリブルの練習をする陸。その様子をじっと見ている賢吾。
糸の声「賢ちゃんは、人を見下すような人が大嫌いらしいんですよ」

○喫茶店
   向かい合って座る華と糸。
糸「正確には、うちのお父さんがそういう人で。ことあるごとに人を見下すっていうか『俺はああだった』『昔はこうだった』って。私の通ってた専門学校の事も『遊びの学校』とか」
華「あ〜、たまにいますよね、そういう人」
糸「で、お父さんが嫌いで、お父さんみたいな人が嫌いで。だから、人を見下してるような人を見ると、スイッチ入っちゃうみたいなんですよね」
華「それで陸の時も、あのお客さんの時も」
糸「大学卒業して最初に入った会社も、上司殴ってクビになっちゃったし」
華「ひょっとして、サッカー辞めたのも?」
糸「あぁ、先輩殴ったって」

○公園
   一人でドリブルの練習をする陸。
   入口に立っている賢吾。陸の元に向かい、ボールを奪う。
陸「(驚いて)おい、返せよ」
賢吾「返して欲しかったら、取りにこい」
   ドリブルしながら逃げる賢吾。それを追う陸。
糸の声「賢ちゃんは、子供が欲しくないんです」

○喫茶店
   向かい合って座る華と糸。
糸「さっきは『お父さんが』って言いましたけど、おじいちゃんもお母さんも宗ちゃん……あ、賢ちゃんのお兄ちゃんの事なんですけど、みんな同じような性格なんです。だから賢ちゃんは全員嫌ってて、そんな遺伝子は残したくないらしくて」
華「家族と縁を切ってるのも?」
糸「それが理由ですね」
華「もしかして、恭子さんとだけ会ってるのも?」
糸「恭子さんは『桜田家』の血が流れてないから、じゃないですかね」
華「そうだったんですね……」
糸「だから、意外でした。賢ちゃんが誰かと家族になろうとしてたなんて」

○公園
   ドリブルしながら逃げる賢吾。それを追う陸だったが、立ち止まる。
糸の声「よっぽど、華さん達の事が大事なんですね」
賢吾「どうした? 諦めたのか?」
陸「っていうか、大人のくせに子供相手に本気になって、バカじゃねぇの?」
賢吾「大人だってな、子供相手に本気になる事はあるんだよ。例えば、叱る時とかな」
陸「何の話だよ」
賢吾「例えばこのボールが、俺が陸を叱る権利、父親面する権利だとしようか。どうする? このまま俺が持ってていいのか?」
陸「ふざけんな」
   再び賢吾を追い始める陸。

○同(夕)
   肩で息をしている賢吾と陸。再び陸が賢吾を追い始め、賢吾がドリブルしながら逃げる。
陸「このっ」
   足がもつれる賢吾。
賢吾「あっ」
   賢吾からボールを奪う陸。
陸「やった……。やった、やった。賢吾からボールとった。俺の勝ちだよな」
賢吾「マジか〜。上手くなったな、陸」
   しばしの沈黙。
賢吾「じゃあ、俺は先に帰ってるから。あんまり遅くなるんじゃねぇぞ」
   帰ろうとする賢吾。
陸「おい、賢吾」
   振り返る賢吾。ボールが飛んでくる。
陸「何してんだよ、賢吾。パス」
賢吾「……おう」
   パスし合う賢吾と陸。
賢吾「なぁ、陸。確かに、俺と陸は本当の親子じゃない。血もつながってない」
陸「うん」
賢吾「つまり陸は、俺には似ない。俺の家族にも似ない。だから、安心しろ」
   入口付近で賢吾と陸の事を見ている華と糸。笑顔。

○アパート・外観(夜)

○同・桃瀬家(夜)
   向かい合って座る賢吾と糸。
   奥の部屋からその様子を見ている華と陸。
糸「賢ちゃん、どう? 気持ち変わった?」
賢吾「……」
華「賢吾君」
賢吾「……華ちゃんは、糸を助けてあげて、って言ってた」
糸「じゃあ……」
賢吾「でもこの金は、やっぱり華ちゃんや陸のために使いたい。俺にとって、何よりも大事な二人のために」
糸「……そっか」
賢吾「……だから、すぐに返せ」
糸「え?」
賢吾「返済期限は、俺達に必要になった時即時だ。来年かもしれないし、来月かもしれないし、明日かもしれないけど、とにかく即時だ」
糸「……うん」
賢吾「だからすぐに返せるように、親父に泣きつくなり、AVやらソープやらで稼ぐなり、第三の選択肢を探すなりしろ。それでいいなら、貸してやる。三〇〇万」
糸「選ばせてくれるんだ。やさしいんだね、賢ちゃん」

○公園
   サッカーボールをパスし合う陸と少年。
陸「だから、もうちょっとこう、足を横にすんの。(少年が蹴って)そうそう、何だ出来んじゃん」
   ベンチに並んで座り、陸と少年を見ている賢吾と華。
華「いい感じだね、あの二人」
賢吾「良かったのかな、あれで」
華「え?」
賢吾「三〇〇万」
華「まだ引きずってたんだ」
賢吾「そりゃ引きずるでしょ」
華「なんだかんだ言って、兄妹なんだね。助けてあげるなんて」
賢吾「そもそも、華ちゃんが仕組んだんでしょ」
華「でも、良かったじゃん。糸ちゃんとまた仲良くなれて。この調子で、実家のご家族とも……」
賢吾「それは無理」
華「賢吾君……」
賢吾「糸は元々、中立っていうか、俺側でもないけど、親父達側でもない立場だったから。他の奴とは、訳が違うでしょ」

○走るトラック(朝)

○トラック(朝)
   運転している賢吾。

○アパート・桃瀬家(朝)
   ドアチャイムが鳴る。ドアに駆け寄る華。
華「誰だろ? こんな早くに」
   ドアを開ける華。立っている糸。
華「あら、糸ちゃん」
糸「どうも」

○松武屋百貨店・売場
   販売員に捺印してもらっている賢吾。
販売員「そういえば、桜田さんって、桃瀬さんと付き合ってるんですよね?」
賢吾「えぇ、まぁ」
販売員「桃瀬さん、何かあったんですか?」
賢吾「何か、って?」
販売員「いや、今日急に休ませてくれ、って言ってきたから……」
賢吾「え?」

○同・納品所
   携帯電話を取り出す賢吾。糸からの着信履歴がある。
賢吾「糸?」
   糸に電話をかける賢吾。電波が通じない旨がアナウンスされる。続けて華にも電話をかけるが、同様。
賢吾「……何なんだよ」

○アパート・外
   高級車が停まっている。
   小走りでやってくる賢吾。高級車に気付くも無視して階段を上る。高級車から出てくる桜田宗平(31)。
宗平「よう、賢吾」
   無視する賢吾。
宗平「親父が呼んでる」
   無視する賢吾。
宗平「三〇〇万、いらねぇのか?」
   立ち止まる賢吾。
賢吾「……へぇ、まさか糸が親父に相談する道を選ぶとはね」
宗平「とにかく、金返してやるから、家まで来い」
賢吾「あとで口座番号教えるから、そこに振り込んでくれよ。それでいいでしょ」
   部屋のドアを開けようとする賢吾。
宗平「家には誰もいねぇぞ」
賢吾「……何かしたのか?」
宗平「別に。ただ彼氏の実家にご招待しただけだ」
賢吾「テメェ……」
宗平「まぁ、乗れよ」
   高級車に乗り込む宗平。

○桜田邸・外観
   「桜田」と書かれた表札。
   高級車が中に入って行く。

○同・廊下
   絵画等が飾られている広い通路。
   勢い良く歩いて行く賢吾。

○同・賢吾の部屋
   一〇年前のサッカー選手やグラビアアイドルのポスターが貼ってある。
   賢吾のアルバムを見ている華、陸、恭子。勢い良く歩く足音が聞こえる。
恭子「来たみたい」
華「私は行っちゃダメなんですか?」
恭子「行かない方がいいんじゃない? 修羅場になると思うから」
華「でも……」
陸「(アルバムの写真を指して)ねぇ、この人誰? 賢吾の彼女?」
   写真に写る、高校の制服姿の男女。男は賢吾。
恭子「あぁ、若葉ちゃんか。そう、賢ちゃんの昔の彼女」
華「へぇ。かわいい子ですね。賢吾君も若いし。青春の一ページか」
恭子「ほろ苦いというか、苦々しいというか……」
華「どういう意味ですか?」
恭子「う〜ん……うん、この際だから話しちゃおうか」

○同・リビング
   勢い良く入ってくる賢吾。
   コの字型に置かれたソファーに座る心平(61)、桜田亜美(58)、糸。
糸「賢ちゃん」
賢吾「華ちゃんと陸は?」
糸「宗ちゃんの部屋。恭子さんと一緒に」
賢吾「何で二人をこの家に連れてきた?」
亜美「貴方を家に呼ぶためには、そうするしかない、って」
   賢吾の後ろからやってくる宗平。
宗平「勘違いするなよ、賢吾。別にあの二人は無理矢理連れてきた訳じゃないからな。わかったら座れ」
   心平と向かい合う位置に座る賢吾。無言でにらみ合う賢吾と心平。
亜美「賢吾。まずは貴方から挨拶するんじゃないの?」
賢吾「……明けましておめでとう、でいいのかな?」
心平「あいかわらずだな」
賢吾「で、金は? さっさと用件済ませようよ」
   賢吾の前に現金の入った封筒を放り投げる心平。
賢吾「(封筒の中身を確認して)確かに」
   心平の前に紙の入った封筒を放り投げる賢吾。
心平「何だコレは?」
賢吾「糸に書かせた借用書」
心平「金の亡者だな。妹に借用書を書かせたり、デリヘルで働かせようとしたり」
賢吾「デリヘル?」
   糸を見る賢吾。
糸「面接的な事をしたのがバレて、現在に至る」
賢吾「へぇ。一応、第三の選択肢を選んだ、って事になるのか?」
心平「桜田家の人間がデリヘルだ? ふざけるな。俺の身にもなれ」
賢吾「AV女優、ソープ嬢、デリヘル嬢、銀行員。どれもご立派な職業でしょ」
宗平「俺や親父をバカにしてんのか?」
賢吾「銀行員の方が偉いってのが思い込みでしょ」
心平「とにかく、糸。お前はこれから地道にコツコツ、桜田の名に恥じない仕事をして金を返せ。いいな?」
糸「はい」
心平「それから賢吾。よりによって、あんな子連れの女と一緒になりやがって。どういうつもりだ?」
賢吾「彼女の何が悪い?」
心平「世の中、他に女なんていくらでもいるだろう? 何で未婚の母を選ぶ? 俺への嫌がらせとしか思えん」
   拳を握りしめる賢吾。
賢吾「親父に何がわかるってんだ?」
心平「大体わかる。そもそも未婚の母になろうという考え自体が浅はかなんだ。ロクな家柄じゃない」
賢吾「いい加減にしろよ!」
   心平につかみかかる賢吾。
賢吾「テメェはいつもいつも、人の事見下しやがって。楽しいか? あ?」
心平「お前こそ、いつもいつも俺に恥をかかせるような事ばかりしやがって。俺を困らせて楽しんでるんじゃないのか?」
賢吾「んだと?」
宗平「やめろって」
   賢吾と心平を引き離す宗平。
宗平「まぁ、いい。間違ってもあの女と結婚なんてするんじゃないぞ?」
賢吾「そんなの、俺の勝手だろ。親父には関係ない」
宗平「関係あるんだ。どんな遠かろうと、親族の誰かが過ちを犯せば、俺達も無関係ではいられないんだ。だから、そんな可能性は摘んでおかなければならん」
賢吾「テメェ、まだ言うか?」
宗平「落ち着けよ、賢吾。お前だって同じだろ?」
賢吾「同じ? 何が?」
宗平「お前も『人を見下す親父』の事を見下してんだ。それで満足してんだよ。お前だって同類なんだ。違うか?」
   ドアが開き、入ってくる陸。
陸「いい加減にしろよ」
賢吾「陸?」
   ドアの前に立っている華と恭子。
亜美「恭子さん、ここには来させないように言っておいたでしょう?」
恭子「すみません」
   宗平の足につかみかかる陸。
陸「お前、何様だよ。お前、そんなに偉いのかよ」
賢吾「陸……」
陸「賢吾の事バカにしたら、俺が許さねぇからな」
賢吾「サンキュー、陸。もう用は済んだからさっさと帰ろうか(と言って陸を抱き上げる)」
陸「え、でも……」
賢吾「帰ろう、帰ろう」
   ドア脇で立ち止まり、振り返る賢吾。
賢吾「兄貴、一つ言っておくけど、俺は自分の事を棚に上げるつもりは無い。俺は俺の事も嫌ってるから。じゃあな」
   出て行く賢吾(と陸)。一礼し、二人の後を追って行く華。

○アパート・外観(夜)

○同・桃瀬家(夜)
   奥の部屋で寝ている陸。
   向かい合って座る賢吾と華。
賢吾「結局、どこから聞いてたの?」
華「賢吾君が賢吾君のお父さんにつかみかかるちょっと前くらいから」
賢吾「じゃあ、ほとんど全部聞いてたんだ……。ごめん、あんな親父で」
華「賢吾君が謝る事じゃないから」
賢吾「でも、それじゃあ俺の気が済まないっていうか」
華「じゃあ、私も一つ謝る」
賢吾「え?」
華「色々聞いちゃったんだ、賢吾君の昔話。糸ちゃんとか、恭子さんから」
賢吾「昔話って、例えば?」
華「高校の時に付き合ってた、若葉ちゃんって人の話」
賢吾「なっ……」
   しばしの沈黙。
賢吾「……全部?」
華「うん」
賢吾「……引いた?」
華「高校生なんだから、仕方ないよ」
賢吾「妊娠が? 中絶が?」
華「そういう別れ方をした事が、かな」
賢吾「……俺は、そうは思えないな」

○(回想)桜田邸・リビング
   向かい合う賢吾と心平。
心平「まったく、何をやってもダメな男だな、お前は」
賢吾「……すみませんでした」
心平「少しは桜田の一族の自覚を持て」
賢吾「……はい」
心平「まぁ、高い授業料だったが、いい勉強になっただろう。これに懲りたら、これからは心を入れ替えて真っ当に生きろ」
賢吾「……」
心平「お前はただでさえ劣等生なんだ。より優秀な女を選ばんでどうする」
   拳を握りしめる賢吾。
心平「よりによって、あんな女……」
賢吾「あんな女って何だよ」
心平「あんな女だろう。どこの馬の骨ともわからん奴だ。そんな女と桜田家の遺伝子が合わさった人間を後世に残すなど、末代の恥だ」
賢吾「何様だよ、テメェ!」
   心平に殴り掛かる賢吾。

○アパート・桃瀬家(夜)
   向かい合って座る賢吾と華。
賢吾「確かに、俺は悪い。それは自分でも思うし、全面的に認めてた。でも、彼女を悪く言われる筋合いは無い。少なくとも、彼女はあそこまで見下されて、バカにされるような人じゃなかった」
華「それで、家を出て行ったの?」
賢吾「高校卒業してすぐ、ね」
華「そっか。ごめんね、辛い話思い出させちゃった?」
賢吾「いいよ、別に。ただ、親父は一つだけいい事を言ったんだ。桜田家の遺伝子を後世に残すなんて末代の恥だ、って」
華「それが、賢吾君が結婚しない理由?」
賢吾「俺は桜田家そのものが嫌いなんだよ。俺自身も含めてね。だから、間違っても子孫を残したくない。俺みたいなのが産まれたら困るでしょ」
華「なるほどね。だから陸は『俺に似ないから安心』なんだ」
賢吾「何で知ってんの?」
華「恭子さんから……」
賢吾「いやいや、お義姉さんが知る訳ないでしょ」
華「あれ? そうだっけ? じゃあ別の日に別の場所で聞いたのかな?」
賢吾「……っていうかさ、華ちゃんは何で、今日ウチに来たの? 兄貴曰く無理矢理連れて行かれた訳じゃないみたいだけど」
華「そりゃあ、賢吾君が実家に帰る口実を作るためでしょ」
賢吾「え?」
華「全く会わないより、喧嘩してでも会う方がいいと思ったから」
賢吾「俺は会いたくなかったけどね。多分、親父も。お互い嫌い合ってるから」
華「けど、嫌いでも一緒にいられるのって、家族くらいじゃない?」
賢吾「だとしても、俺と親父は分かり合えない。少なくとも、俺は永遠に許すつもりはないから。今日の華ちゃんへの事も、高校の時の事も」
華「その若葉ちゃんとは、それ以来会ってないの?」
賢吾「会わせる顔がないでしょ」
華「じゃあ、今どうしてるとかは」
賢吾「わからない。でもまぁ、俺の事は恨んでるだろうな」
華「そんな事ないみたいだよ」
   カバンからハガキを出し、賢吾に渡す華。
賢吾「何コレ?」
華「一昨年くらいに届いてたんだって。恭子さんから渡された」
   「結婚しました」と書かれたハガキ。
   差出人の欄には「若葉」の文字。
賢吾「そっか。結婚したんだ。よかった」
華「あ、そうだ。もう一個聞きたい事があったんだった」
賢吾「何?」
華「何で否定しなかったの? 賢吾君のお父さんが『間違ってもあんな女と結婚するんじゃない』って言った時。『結婚するつもりはない』って」
賢吾「え? あ、それは……」
華「まぁ、いいや。今日は疲れたし、もう寝ようか」
   奥の部屋へ行く華。
賢吾「……敵わねえな。ったく」

○公園
   ボールをパスし合う賢吾と陸。
陸「なぁ、賢吾。さくらだふぁみりあって知ってる?」
賢吾「サグラダ・ファミリアな。俺は知ってるけど、陸はよくそんなの知ってるな」
陸「先生にバルセロナの話したら、そんな事言われた」
賢吾「あぁ、なるほど」
陸「で、何なの? それ」
賢吾「ん〜、一言で言うと、昔からず〜っと作ってるのに、まだ完成してない建物、かな?」
陸「ふ〜ん。いつ完成するの?」
賢吾「さぁ? 完成しないかもな」
   そこにやってくる華。
華「賢吾君、陸。病院行くよ」
賢吾「え?」
陸「何で?」
華「恭子さん、産まれたって。女の子」
賢吾「姪っ子か……。え、でも今行ったら親父とか兄貴とかいるでしょ?」
華「そりゃあ、そうでしょ」
賢吾「じゃあ、嫌だよ。病院で喧嘩したらシャレにならないし」
華「何で喧嘩になるって決めつけるの?」
賢吾「親父の事だから『長男の嫁なんだから男の子産まないと意味が無いだろ』とか言ってんじゃないの? それ聞いたら、俺キレるよ?」
華「そんな事までお見通しとは、さすが家族だね」
陸「さすが家族だね」
賢吾「からかうなよ」
華「とにかく行くよ。新しい家族に会いに」
賢吾「新しい家族、か……」
華「どうかした?」
賢吾「いいや。家族の完成形ってどんなんなのかな、って思っただけ」
   並んで歩いて行く賢吾、華、陸。
                 (完)

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