〇パークヒルマンション 前(夜)
二人乗りのバイクが止まる。
運転をしている田所友恵(19)とその後
ろに乗っている上野知佳(19)がヘル
メットを外す。知佳、バイクから降り、
友恵の方を向く。友恵、エンジンを切
って、知佳の方を向く。
知佳「サンキュー」
友恵「別に。それより顔死んでる」
知佳、乾いた笑い。
知佳「男に振られたくらいで死ぬやつってバ
カだなって思ってたけど、実際きついわ」
友恵、ため息をついて知佳を見る。
友恵「あんた最近ついてないね。さすが厄年」
知佳「19の厄年死ぬか孕むかってやつ?」
友恵「死ぬのだけは勘弁して。夢見悪すぎ」
知佳「自信ないわー」
雨が降り始める。二人、空を見上げる。
知佳「泊まってけば?」
友恵「いや、いい。明日バイトだし」
知佳「雨、きつくなりそうじゃない?」
友恵「平気だって、近道するから」
友恵、ヘルメットをかぶる。その様子
を見ている知佳。
知佳「うちから行けばいいじゃん」
友恵「何?さみしいの?うける」
友恵、エンジンをかけ、片手をあげる。友恵「じゃ、またね」
知佳、片手を上げ無言で挨拶をする。
走り出すバイク。そのテールランプを
見つめる知佳。
〇同 上野家 知佳の部屋 中(朝)
ベッドで眠っている知佳。枕元のスマ
ホが鳴る。知佳、唸りながら目を覚ま
し、スマホを手に取る。スマホの画面
「非通知」知佳、電話に出る。
知佳「はい」
電話口から、田所真麻(55)の声。
真麻の声「もしもし知佳ちゃん?友恵のおばさんだけど。早くにごめんね」
知佳、ゆっくりと起き上がり、ベッド
の上に座る。
真麻の声「ああ、おはようございます」
知佳、ベッドの上の時計を見る。デジ
タル時計、6時12分。
真麻の声「あのね知佳ちゃん。友恵ね、
昨日死んじゃったの」
知佳、目を見開く。
知佳「え?」
真麻の声「昨日、知佳ちゃんと遊んでた
でしょ?その帰りに道でスリップしてト
ラックにはねられて」
知佳、硬直したまま聞いている。
真麻の声「いつも通らない所なのに」
〇(フラッシュ)同マンション 前 (夜)
バイクの前に立っている友恵。
友恵「平気だって。近道するから」
〇元の知佳の部屋
ベッドに座って電話をしている知佳。
知佳「あ……」
真麻の声「即死だったから全然苦しそうじゃ
なくて。寝てるみたいよ。顔見てやって」
知佳、目を見開いたまま固まっている。
通話の切れる音。知佳、スマホを持つ
手が徐々に下がる。
〇同 リビング 中(朝)
テーブルで朝食を食べている上野洋子
(48)と上野一也(48)。知佳がゆっくり
とした足取りで入ってくる。
一也「お?知佳のくせに早いな」
洋子「あんた昨日何時に帰ってきたの?遅く
なるなら連絡しろって言ってるでしょ」
知佳、無言のまま立っている。
洋子「……なんかあった?」
知佳「死んだって」
一也、洋子、顔を見合わせる。
洋子「誰が?」
知佳、洋子を見て、口元だけ笑う。
知佳「友恵」
洋子、目を見開いて驚く。
洋子「あんた達、昨日一緒じゃなかったの?」
知佳、頷く。
知佳「具合悪くなってバイクで送ってくれて」
TVから笑い声。一也、テレビを消す。
知佳「泊まってけっていったのに。あいつ、
バイトだからって柄にもない事いって」
洋子、立ち上がる。
知佳「近道するって言ってた。そこで滑って
はねられて。即死だったって。おばさん笑
ってた」
知佳、笑う。
それを見た一也、テーブルに肘をつき
項垂れる。
〇茅ヶ崎警察署 全景
〇同 執務室 中
隅の応接テーブルに座っている知佳。
警察官が来て、知佳の前に座る。
警察官「わざわざごめんね」
知佳、無言で会釈する。
警察官「田所友恵さん、19歳。なくなる前
の日、あなたと一緒にいたんですね?」
知佳「はい」
警察官、資料を広げて見る。
警察官「田所さんは、どんな様子でしたか?」
知佳、うつむいたまま。
知佳「……別に、いつもどおりでした」
警察官「どんな話をしたのかな?」
知佳「学校卒業したし、これからどうしよう。
とか」
警察官、資料にメモを取る。
警察官「自殺をほのめかすような事は言って
いませんでしたか?」
知佳、顔を上げ、警察官を見る。
知佳「は?」
警察官、浅いため息をつく。
警察官「ブレーキ痕がね、なかったんですよ」
知佳「……」
警察官「今後の人生の事で悩んでいたとか。
そういう話を聞いていませんかね」
知佳、警察官を睨む。
知佳「私がふられて死にそうなの見て心配し
てくれました。旅行行こうって話したし。
自殺は絶対ないです」
知佳、こぶしを握り締める。
〇田所家 友恵の部屋 中(夕)
ベッドに横たわっている友恵の遺体。
きちんと布団がかぶせてあり、眠って
いるよう。
知佳、洋子、真麻、入ってくる。
真麻、友恵の横に座り、友恵の頭をさ
する。
真麻「友恵、知佳ちゃん来てくれたよ」
知佳、友恵を見つめ、呆然と歩いて、
ベッドの横で止まる。
友恵を見つめ、微笑む知佳。
真麻「寝てるみたいでしょ?」
知佳、無言でうなずく。
その様子を見ていた洋子、顔を背けハ
ンカチで目を押さえる。
知佳「警察に呼ばれて、今行ってきました」
真麻、知佳の方を見て微笑む。
真麻「自殺じゃないかって言われた?」
知佳、頷く。
真麻「失礼しちゃうね」
真麻、友恵の方を見て頭をさする。
〇道 (夕)
並んで歩く知佳と洋子。
洋子「あまり傷ついてなくてよかったね。顔
も、苦しそうじゃなかったし」
知佳「うん」
洋子「ママ、買い物してから帰るけど。あん
たどうする?」
知佳「葬式の日のシフト変えてもらわないといけないから。店行ってくる」
洋子「そ。じゃ、あとでね」
洋子、知佳を見て微笑む。
× × ×
知佳、横断歩道の前で立ち止まってい
る。歩行者信号、赤。
トラックが走ってくる。知佳、トラ
ックの方を見る。知佳の視界、トラッ
クの側面が歪んで見える。
知佳、笑顔で手を伸ばし、トラックを
触ろうとする。反対側の手を、洋子の
手が掴む。
後ろに倒れる知佳と洋子。その前を
クラクションを鳴らして走り去るト
ラック。
洋子、知佳の頬を叩く。
知佳、叩かれた頬を押さえる。
洋子「何してんのあんた」
知佳、洋子を見て驚いた顔。
洋子「そんな事して友恵ちゃんが喜ぶと思う」
洋子、目に涙を浮かべている。
知佳「今、車が飴みたいに見えた」
洋子「え?」
知佳「結構柔らかそうだから、あれなら友恵
も痛くなかったかな」
知佳、微笑む。
知佳「19の厄年死ぬか孕むかって。自分じゃ
んね。人に死ぬなって言っておいて馬鹿じ
ゃないの」
知佳、俯いて唇をかむ。
知佳「あの時ちょっとお腹痛かっただけなの」
洋子、知佳の前に膝をついて座る。
知佳「別に、送ってもらわなくたって、全然
一人で帰れた」
洋子、知佳を抱きしめる。
洋子「あんたのせいじゃないよ」
知佳の目から涙がこぼれる。
洋子「事故なんだから、誰のせいでもない」
知佳、声を上げて泣く。
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