明日は never knows ドラマ

二十年ぶりに再会した幼馴染みの男女三人が、能登を目指して旅するロードムービー。ミスチル他、90年代のJpopを劇中歌として使用しています。
つくお 15 0 0 08/31
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第一稿

▼主な登場人物
比佐内悠馬(ゆうま・32)……会社が倒産の危機にある。幹生とは従兄弟。
永山幹生(みきお・32)……引きこもり歴十年。悠馬とは従兄弟。
いずみ(32)……悠馬 ...続きを読む
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▼主な登場人物
比佐内悠馬(ゆうま・32)……会社が倒産の危機にある。幹生とは従兄弟。
永山幹生(みきお・32)……引きこもり歴十年。悠馬とは従兄弟。
いずみ(32)……悠馬と幹生の幼なじみ。離婚して実家に戻っている。
比佐内怜子……悠馬の母、ゆかりの妹
永山ゆかり……幹生の母、怜子の姉


▼本編
*20字で改行されています。

○何枚かの写真
  ノスタルジックな音楽をバックに、永山
  家(寿男、ゆかり、幹生)と比佐内家
 (翔、怜子、悠馬)の二組の家族の古い写
  真が流れる。
  永山ゆかりと比佐内怜子は姉妹であり、
  二組の家族は親戚となる。
  写真は永山幹生と比佐内悠麻が0歳から
  十歳までのもの。途中から幼なじみのい
  ずみも登場する。
 ・百日祝いの記念写真。写真館で二家族一
  緒に撮ったもの。ゆかりと怜子は座って
  赤ん坊を抱き、夫たちは後ろに立ってい
  る。
 ・永山家、内。畳の上で並んで転がってい
  る赤ん坊の幹生と悠馬。
 ・永山家、内。前掛けをつけて母親たちに
  食べさせてもらっている幹生と悠馬。
 ・屋外。子供たちを抱えるゆかりと怜子。
 ・永山家、庭。ビニールプールではしゃぐ
  幹生と悠馬。それを見守る家族たち。
 ・幼稚園の入園式。正門前の二家族。
 ・動物園。ゾウの前で父親たちが子供を抱
  き上げている。
 ・幼稚園のお遊戯会。舞台で頭に星飾りを
  つけて歌う幹生と悠馬。幼なじみのいず
  みも一緒に歌っている。
 ・近所の道。幹生と悠馬といずみがランド
  セルを背負って走り回っている。
 ・河原。網などを持ってカメラにポーズを
  取る水着姿の幹生と悠馬といずみ。
 ・永山家での合同誕生会。ケーキの前で幹
  生と悠馬が王冠を被っている。その回り
  にいずみや他の友達がいる。
 ・山道。夏に山登りをしている永山家と比
  佐内家。それぞれの笑顔。

○河川敷(回想)
  近くの鉄道高架を電車が走って行く。
  十歳の幹生と悠馬、川で水切りをしてい
  る。いずみ、後ろで座って見ている。
悠馬「いずみは誰が好きなんだよ?」
いずみ「そんなの言うわけないじゃん」
  いずみ、ベーと舌を出す。
悠馬「おれと幹生だったらどっち?」
いずみ「何それ。バカみたい」
  いずみと幹生、意識して目を合わすが、
  すぐに視線を逸らす。
いずみ「あんたたち、マジでほんとの兄弟み
 たいだよね」
  いずみ、走り去る。
  悠馬と幹生、見送ったあと、もう一つ石
  を投げる。

○幹生の家・表(回想)
幹生「当たった! 当たった!」
  玄関から興奮して飛び出してくる幹生。

○近所の通り(回想)
幹生「当たったー!」
  幹生、駆けていく。

○悠馬の住むマンション・表(回想)
  幹生、駆けて来る。
幹生「悠馬!」
  悠馬、表の階段に座り込んでいる。
幹生「? どうかした?」
悠馬「お父さんが出てった」
幹生「どこに?」
  悠馬、黙って首を振る。
幹生「……。見る?」
  幹生、箱に入ったキャラクターものの非
  売品のメダルコイン二枚セットを見せる。
悠馬「すげぇ」
幹生「一枚あげるよ」
悠馬「え? いいの?」
  幹生、うなずいて一枚渡す。
幹生「おれたち、二人しかいない従兄弟だか
 ら、何かあったら助け合おうな」
  悠馬、うなずく。
幹生「約束」
  幹生、メダルコインを突き出す。
  悠馬、メダルコインをかちんと突き合わ
  せる。

○悠馬の住むマンション・前(回想)
  引っ越しトラックが一足先に出る。
  怜子と悠馬、あとに控えるタクシーのト
  ランクに手荷物を乗せる。
  見送りに来た幹生、父寿男と母ゆかりと
  並んで、じっと立っている。
怜子「じゃ、行くね」
  ゆかり、うなずく。
寿男「いつでも連絡して」
怜子「ありがとう。幹生ちゃんも元気でね」
  幹生、うつむいて黙っている。
怜子「悠馬、挨拶しなさい」
  幹生、悠馬を見る。
  後方にいた悠馬、ちらりと幹生を見返し
  て、タクシーに乗り込む。
怜子「あの子は」
ゆかり「気をつけて」
  怜子、うなずいてタクシーに乗る。ドア
  が閉まり、走り出す。
  幹生、たまらず追いかける。
幹生「悠馬! 悠馬!」
  悠馬、窓から身を乗り出す。
悠馬「幹生!」
幹生「悠馬!」
悠馬「幹生!」
  二人、手を振り合う。
  幹生、見えなくなるまで手を振る。

○タイトル

○永山家・近隣の風景(現在)
  下校する小学生や配達のバイクなどが行
  き交う、日常の風景。
  その中に永山家がある。周りの家より少
  し古い二階建ての一軒家。狭い庭は手入
  れがされておらず、二階の窓はカーテン
  が閉ざされている。
  そうした映像にLINEのやり取りが被
  さる。この段階では誰と誰のやりとりな
  のかは分からない。
A「死にたい」
B「また?」
A「また」
B「どうして?」
A「思うときない?」
B「いつも思うけど」
A「一緒にどう?」
B「苦しいのはいや」
B「一番最後のいい思い出って何?」
A「思い出せない」
A「子供の頃はわりと楽しかったかも」
B「意外」
A「そっちは?」
B「夢見てるときがしあわせ。いい夢」
B「子供の頃に何かあった?」
A「よく覚えてないけど」

○永山家・二階の幹生の部屋
  ドアが開き、手が出てきて廊下にごみ袋
  を置く。ドアはすぐに閉められる。

○永山家・一階
  雑然とした薄暗い室内。
  付けっぱなしになったテレビがバラエテ
  ィー番組を映し出している。台所ではテ
  ーブルのコップが倒れ、滴がぽたぽたと
  床に垂れている。
  どすどすと気だるそうに階段を下りてく
  る足音。大人になった幹生(32)であ
  る。贅肉のついた不健康そうな体つき、
  ぼさぼさの髪に覇気のない表情をしてい
  る。
  幹生、いぶかしげにテレビを見る。台所
  へ行きかけて立ち止まる。
幹生「……」
  視線の先に母ゆかりが倒れている。

○雑居ビル・外階段
  私物を入れたカゴを抱えて慌ただしく降
  りてくる女性社員。
  それを追ってくる悠馬(32)。
悠馬「待てよ。ちょっと、頼むって」
  女性社員、肩を掴まれて向き直る。
女性社員「払えるんですか? 今月分の給料」
悠馬「それは――」
女性社員「知ってますよね。わたし、シング
 ルマザーだって」
  悠馬、言葉がない。
  女性社員、行く。

○同・事務所内
  悠馬、気落ちして戻ってくる。
  若い男性社員、呆然となって電話を切る。
男性社員「月末に口座に五百万ないと、不渡
 りが出るって」
悠馬「……」
  悠馬の携帯が着信を受ける。見覚えのな
  い番号。
悠馬「(出て)はい。……えぇ。市役所?」
  悠馬、話しながら外に出る。

○同・外階段
  踊り場で続きを話す悠馬。
声「先日、永山ゆかりさんがお亡くなりにな
 りまして」
悠馬「ナガヤマ――、(気づいて)え?」
声「お悔やみ申し上げます。実は、葬儀など
 のことで困っておりまして。ご親戚である
 比佐内様にご相談できないかと」
悠馬「でも、従兄弟がいるはずですが」
声「そうなんですが、ちょっとやりとりが難
 しいと言いますか。とにかく来ていただけ
 ると非常に助かるのですが」
悠馬「いや、もうずっと会ってないし」

○永山家・前
  悠馬、路上から永山家を見上げる。
悠馬「……」
  玄関前に立ち、しばしためらう。意を決
  してチャイムを押す。
  反応がない。もう一度押す。
悠馬「幹生。いるんだろ?」
  ドアを叩くが、やはり反応はない。
  悠馬、庭に回り込んでみるが、窓はカー
  テンが閉ざされている。開けようとする
  が鍵もかけられている。
  と、玄関が開く音がする。
  悠馬、角から覗くと、幹生がドアの隙間
  から様子を伺っている。
悠馬「幹生」
  幹生、ドアを閉める。
悠馬「おい!」
  悠馬、慌てて玄関に走りノブを掴む。予
  想に反してドアは開く。

○永山家・玄関
  悠馬、三和土にあがる。幹生が階段をの
  ぼっていくのが見える。
悠馬「幹生!」
  二階のドアが閉まる音がする。
悠馬「……。あがるぞ!」

○同・一階
  悠馬、居間を見回す。昔と変わらない様
  子に一瞬懐かしさが込み上げる。
  棚の上に写真が飾られているスペースが
  ある。大半は古い家族写真。病床の寿男
  の写真もある。
  悠馬、そのうちの一つを手に取る。
  小学生当時の幹生と悠馬が、河原で遊ん
  でいる写真。兄弟のような二人。
悠馬「……(見つめて)」

○火葬場・炉前
  喪服の悠馬と黒系の服を着た幹生がいる。
  他に参列者のいない直葬である。
  職員が炉を開けて台車を引き出すと、骨
  となったゆかりが現れる。
  悠馬と幹生、言葉なく見つめる。
  職員、収骨して骨壺に収めていく。
  厳粛に見守る悠馬と幹生。

○タクシー・車内
  悠馬は骨壺を抱え持ち、幹生は窓の外を
  見ている。
  悠馬、通りがかりの大型マンションを見
  る。かつて悠馬が住んでいたマンション
  があった場所である。
悠馬「おれん家、なくなったんだ」
  幹生、黙って反対側の外を見ている。

○幹生の家・居間
  悠馬、ゆかりの遺品を整理している。
  テーブルには手紙や書類などが雑然と広
  げられ、床には引き出しや段ボールがば
  らばらに置かれている。
  悠馬、明らかに不要なDMの類をゴミ袋
  に捨てていく。捨てるものと残すものを
  手早く分ける。
  階段が軋む音が聞こえる。
悠馬「?」
  幹生、降りてくる。
  幹生、台所から未開封のペットボトル
  (二リットルの水)を取り、つまむもの
  を探す。
悠馬「一緒にやるか。おばさんのもの、整理
 しといた方がいいだろ。おれじゃ分からな
 いのもあるし」
  幹夫、ちらりと見るがその気はなさそう。
  部屋に戻ろうとして立ち止まる。
幹生「……(床を見て)」
  そこはゆかりが倒れた場所である。
悠馬「おじさんが死んだとき、お前、部屋に
 こもりきりで葬式にも出なかったよな」
  幹生、返事をしない。
悠馬「あれからずっとそうなのか? 十年く
 らい前だろ。こんなこと言いたくないけど、
 これからどうする気なんだ。稼ぎ手がいな
 くなったら――」
  幹生、二階に戻っていく。
悠馬「おれだって明日には帰るからな!」
  悠馬、ため息をついて整理を再開する。
  引き出しを漁ると、一冊の本が出てくる。
  表紙にエンディングノートとある。
悠馬「?」
  ぱらぱら捲るが、途中で放棄されたらし
  くほとんど何も書かれていない。と、ペ
  ージの間から何か滑り落ちる。
  預金通帳とカードである。
  拾い上げてみると、通帳の名義は「永山
  幹生」とある。残高を確認すると三百万
  円以上ある。
悠馬「……」

○幹生の家・キッチンテーブル
  悠馬と幹生、対面して座っている。
悠馬「書かれてたのはこのページだけ」
  悠馬、該当ページを広げて差し出す。
  「お墓のこと」と題されたページ。いく
  つかある項目の中で、「散骨」にチェッ
  クがしてある。備考欄には、「能登 袖ヶ
  浜海岸」とある。
幹生「……」
悠馬「おばさんの字だよな」
  幹生、小さくうなずく。
悠馬「昔、旅行したところだっけ?」
  幹生、写真棚をちらりと見る。
  悠馬、棚の前に行って、その中の一枚を
  手に取る。弓なりになった砂浜を背景に、
  三十代のゆかりが小さく写っている。
悠馬「何も覚えてないわ。お前は?」
  幹生、何も応えない。
悠馬「おじさんの本家とはとっくにつながり
 が切れてる。母親の方の本家はおれたちが
 生まれる前からない。一つくらい本人の希
 望をかなえてあげてもいいのかもな」
  ちらりと見る先には、骨壺が無造作に置
  いてある。
悠馬「どうよ?」

○小田急線のある駅・ホーム
  悠馬と幹生、カバンを傍らに置いて電車
  を待っている。ベンチに座った幹生、ど
  こか緊張した面持ち。
  新宿行きの電車が入ってくる。
悠馬「来たぞ」
  幹生、俯いたままベンチから動かない。
悠馬「幹生」
  電車のドアが開き、乗客が乗り降りする。
悠馬「行くぞ」
  悠馬、動かない幹生を見かねて舌打ち。
  ベンチに行き、手を掴んで引っ張る。
  幹生、抵抗して手を振りほどく。
幹生「いやだ」
  発車合図が鳴る。
悠馬「いいから来いって」
  悠馬、強引に連れていこうとする。
  幹生、またしても振り払う。
悠馬「いい加減にしろよ」
幹生「電車はいやだ」
悠馬「は?」
  幹生、それ以上何も言わない。
  悠馬、幹生の事情をそれとなく察する。
  ドアが閉まり、電車が発車する。

○永山家・駐車場
  悠馬、幹生の家の車にエンジンをかける。
  おんぼろの軽である。
悠馬「車ならいいだろ」
  幹生、立って見ている。
悠馬「新幹線なら日帰りもできるけど、ま、
 一泊くらいしたってな」
  悠馬、いったん降りて荷物を積み込む。
悠馬「よし、乗った乗った。ほら」
  悠馬、幹生を助手席に押し込む。
  悠馬、運転席に座ってベルトを締める。
悠馬「じゃ、改めて出発」

○車
  幹生、助手席で黙って座っている。
  悠馬、ちらりと幹生の様子を窺う。
悠馬「おばさん、他にも貯金があるとか、へ
 そくりがあるとか、そういうこと言ったり
 してなかったか?」
  幹生、悠馬を見る。
悠馬「あったら助かるだろ?」
  幹生、聞いたことないという反応。
悠馬「先に買い出しだな」

○地元のスーパー・駐車場
  悠馬、車を停める。
悠馬「うし」
  幹生、動く気配がない。
悠馬「……。おれが行けばいいんだろ」

○同・ATM
  悠馬、例の通帳を機械に通す。
悠馬「(つぶやいて)9月23日生まれ」
  「0923」と入力する。
  暗証番号が違うと出る。
  悠馬、渋い顔。

○同・店内
  悠馬、サッカー台で袋詰めをする。

○同・出入口
  悠馬、買い物袋を持って出てくる。向か
  いから歩いてくる女性に気がつく。
悠馬「……(見つめて)」
  女性、怪訝そうに視線をそらす。すぐに
  何かに気づいて悠馬に視線を戻す。
悠馬「いずみ」
  女性、いずみ(32)である。
いずみ「うそ」

○同・駐車場
  幹生、車内で待っている。
  と、運転席のドアが開く。
悠馬「連れを見つけてきた」
  いずみが顔を覗かせる。
いずみ「だぁれだ?」
  幹生、じっと見て、驚いて口を開ける。

○車の中
  悠馬が運転、いずみが助手席にいる。
  幹生は後部座席で黙って座っている。
  いずみ、身体をひねるようにして幹生に
  話しかける。
いずみ「おばちゃんのこと、知らなくてゴメ
 ン。お悔やみ言わせて」
幹生「……」
悠馬「(バックミラーで幹生の表情をチラ見)
 葬式やってないし、散骨くらい賑やかでも
 いいだろ。運転替わってくれるやつがいる
 と助かるし」
いずみ「わたしもおばちゃんにはずいぶん世
 話になったし、いいでしょ?」
幹生「……」
悠馬「オッケーってことだな」
  いずみ、うなずいて前に向き直る。
いずみ「わたし、今、離婚して実家に転がり
 込んでるの」
  幹生、いずみをちらりと見る。
いずみ「先月別れたばっかり。仕事も探して
 る。こっちで他の同級生も見かけたけど無
 視しちゃった。でも、あんたたちは別」
  いずみ、二人の顔を見る。
いずみ「三人揃うなんて小学校のとき以来だ
 よね」
悠馬「だな」
  幹生の表情は変わらない。
悠馬「高速じゃつまらないから下の道行くか。
 (いずみに)一泊することになると思うけ
 ど」
いずみ「平気。出戻り女はやることないし。
 なんか、テレビでこういう番組あるよね」
悠馬「あるある」
  車、走って行く。

○甲州街道沿いのコンビニ・駐車場
  悠馬たち、車から降りる。
悠馬「やっぱナビないとダメだな。(気づい
 て)お、見ろよ。富士山」
  道の先に富士山が見える。
いずみ「幹生の部屋からも見えるし。ね?」
  幹生、反応なし。
悠馬「(からかうように)おれが引っ越した
 あと、お前ら、何かあったのか?」
  いずみ、答えかねて幹生を見る。
  幹生、何も応えず店内に行く。
悠馬「あいつに何か喋らせようと思って」
いずみ「(スマホを出し)道、調べる」
悠麻「旦那が浮気でもしたのか?」
いずみ「え?」
悠麻「離婚」
いずみ「女ってやっぱり得よね。離婚したと
 か言うと、男の方が悪いと思って同情して
 もらえる」
悠馬「違うのか」
いずみ「どっちかって言うと私のせい、か
 なぁーとか。悠馬は、今何してるの」
悠馬「おれは、まぁ、会社経営とか」
いずみ「すごい。社長?」
悠馬「小さい会社だけどな。でも、これから
 もっとデカくする」
いずみ「ホント?」
悠馬「何だよ」
いずみ「あんた、昔から一発狙いだから」
悠馬「おれが?」
いずみ「そう」
悠馬「ウソつけ」
  いずみ、笑う。
悠馬「ウソだね。で、幹生は見ての通りと」
いずみ「それぞれ全然違う人生を歩んできた
 ってわけね。やっぱ地図の方がいい?」
悠馬「それで十分だろ。おれもトイレ」
  悠馬、幹生と入れ違いに店内に行く。
  いずみ、幹生に笑いかけるが、幹生は距
  離を置いて立つ。
  いずみがルート検索していると、まもな
  く悠馬が戻ってくる。
悠馬「(神妙な顔で幹生に)お前、ウンコく
 らい流せよ」
  幹生、睨む。
悠馬「(破顔して)なんてな。おっしゃ、乗
 った乗った」
  いずみ、やれやれと首を振って車に乗る。

○同・車内
  各々シートベルトを締めたりしながら。
悠馬「昔、どうやって行ったんだろうな」
いずみ「車で行くには遠すぎるよね。七時間
 以上かかるって」
悠馬「旅行はいつも車だった気がするけど」
いずみ「(幹生に)覚えてる?」
  幹生、首を振る。
  悠馬、エンジンをかける。
悠馬「七時間?」
いずみ「ここからね。高速使わないで」

○車が走る

○道路標識
  長野県に入ったことを告げる標識が流れ
  る。
いずみ「ポーン。長野県に入りました。ラジ
 オつけていい?」
  いずみ、カーラジオをつける。いくつか
  局を回して音楽番組に合わせる。
パーソナリティ「今日は懐かしの90年代ヒ
 ットソング特集、やってますよ」
いずみ「いいね」
パーソナリティ「リクエスト、来てます。板
 橋区のにっちーさん。この曲を聴くと中学
 時代の初恋を思い出します。あの人どうし
 てるかなーなんて。イントロを聴くだけで
 胸が熱くなります。その他、たくさんリク
 エストありました。スピッツで『ロビンソ
 ン』」
いずみ「お、きた」
悠馬「(うんざり半分)他、回せよ」
  いずみ、チャンネルを変えようとする悠
  馬の手を払い、イントロをハミングする。
悠馬「歌うなよ」
いずみ「(悠馬に見せつけるように)新しい
 季節は なぜか切ない日々で ♪」
悠馬「歌うなって」

○走る車
  いずみの歌声がかぶさる。
いずみ「河原の道を 自転車で 走る君を追
 いかけた ♪」

○道路(長野県塩尻市)
  ぶどう農園の看板が、道の両側にいくつ
  も出ている。

○車・内
  いずみ、看板を見ながらつぶやく。
いずみ「ぶどう狩り」
  悠馬を見て、自分で首を振る。
いずみ「そういうんじゃないよね」
悠馬「当たり前だろ」
いずみ「ワイナリーもあるって」
悠馬「?(看板見る)」
いずみ「そういうんじゃないもんね」
悠馬「そうだよ」

○ぶどう農園
  いずみ、もいだ巨峰を一粒食べる。
いずみ「あまーい!」
  幹生、ゴザに座ってじっとしている。
いずみ「幹生も食べてみなよ」
  幹生、どこかへ行ってしまう。
  いずみ、心配そうに見送り、悠馬のもと
  に行く。
いずみ「幹生、これからどうするの?」
悠馬「どうって?」
いずみ「引きこもり歴十年てさ――。あんた
 従兄弟なんだから、何とかしなさいよ」
悠馬「おれだって二十年ぶりに顔見たんだぞ。
 会社だってあるし、面倒見られるわけない
 だろ」
いずみ「おばちゃん、少しは遺産とか残して
 たの?」
悠馬「少しはな。持ち家だし、何年かは大丈
 夫だろ。あいつだって大人なんだから、あ
 とは自分で何とかするしかない」
いずみ「そんなこと言ったって」
悠馬「おれだって一人で生きてきたんだ」
いずみ「?」
悠馬「父親に捨てられて以来な。(すぐ釈明
 して)母親はいたけど仲は良くなかった。
 それも父親のせいだ。おれのことはどっち
 でもいい」
  悠馬といずみ、幹生を遠目に見る。
悠馬「十年以上も引きこもってたやつに将来
 なんかないか」
いずみ「でも、そしたら自殺とか」
  悠馬、いずみを見る。
いずみ「だって――」

○同
  悠馬といずみ、ぶどうの入ったかごを持
  って幹生のところに来る。
悠馬「たくさんとれたぞ。ほら」
  悠馬、幹生の眼前に一房差し出す。
  幹生、渋々一粒取って食べる。
悠馬「うまいだろ。おし、次はワイナリーだ」
  三人、歩き出す。
いずみ「川崎市多摩区のいずみさんから、リ
 クエスト来てます」
  悠馬と幹生、「?」といずみを見る。
いずみ「昔、幼なじみと一緒に歌った歌を、
 もう一度聴きたいです」
  いずみ、ある曲のイントロを口ずさむ。
  Mr.childrenの「イノセントワールド」。
  悠馬、眉をしかめていずみを見る。
  いずみ、あんたも一緒にと目で合図。
いずみ「黄昏の街を背に 抱き合えたあの頃
 が胸をかすめる ♪」
  いずみ、悠馬に振る。
  悠馬、首を振る。
いずみ「(自分で歌う)軽はずみな言葉が 
 時に人を傷つけた そして君はいないよ ♪」
いずみ「(悠馬に次のフレーズを早口で教え
 て)窓に反射する(うつる)」
  悠馬、渋々歌い出す。
悠馬「窓に反射する(うつる)哀れな自分
 (おとこ)が 愛しくもあるこの頃では ♪」
  いずみ、加わる。
  悠馬も次第にノッてくる。
  幹生、うんざりして見ている。
いずみと悠馬「Ah 僕は僕のままで ゆずれ
 ぬ夢を抱えて どこまでも歩き続けて行く
 よ いいだろう? mr.myself ♪」
  いずみと悠馬、振り付きで幹生に向けて
  歌う。
  幹生、諦め半分で頬を緩める。
いずみと悠馬「いつの日もこの胸に流れてる
 メロディー 軽やかに緩やかに心を伝う
 よ ♪」
  悠馬、無理やり幹生と肩を組む。
  いずみも加わる。
いずみと悠馬「陽のあたる坂道を昇るその前
 に また何処かで会えるといいな イノセ
 ントワールド ♪」
  三人、肩を組んで歩いていく。

○ワイナリー・内
  悠馬たち三人と他の客たち、見学してい
  る。その映像に、矢継ぎ早なLINEの
  やり取りが被さる。
B「死んでない?」
A「ないよ」
B「なんか眠れない」
A「薬は?」
B「なるべく頼りたくなくて。ネトゲやりす
 ぎで廃人」
A「たっぷり水飲んでトイレ行くべし。一時
 間に一回外出。部屋から笑」
B「ボトラーにだけはなりたくない笑」
A「じょうご送る」
B「やめて笑。今日ログインした?」
A「できなかった」
B「何してた?」
A「ちょっとおでかけ。外界まで」
B「マジ?」
A「久々車乗った」
B「ホントに?」
A「ホント。そっちの家まで行くかも」
B「普通の人が月に行くようなもんだね」
A「言えてる」
B「ホントに来たら会おうよ」
A「その約束、何回目、笑」
B「未来へ希望をつなぐってことで」
A「だね」
B「寝れたら寝ます。寝れないと思うけど」
A「おやすみ」

○同・試飲スペース
  悠馬、試飲のワインをぐいっと飲む。
悠馬「(スタッフに)こっちもいい?」
   ×   ×   ×
  いずみ、スマホをいじっている幹生の背
  後から覗き込む。
  気づいた幹生、慌ててスマホを隠す。
幹生「な、なんだよ!」
いずみ「喋った! 四時間でようやく一言」
  幹生、ムスッとする。
いずみ「LINEとかやるんだ。誰?」
  幹生、背を向ける。
いずみ「分かりやすっ。カノジョ?」
幹生「ちが、ちがう」
いずみ「うそ、ホントにカノジョ?」
幹生「だから、ちが――」
  悠馬、グラスを片手に来る。
悠馬「どうした?」
いずみ「幹生、カノジョがいるって」
悠馬「え?」
幹生「ちがう。知ら、知らない人だし」
悠馬「なんだそりゃ」
いずみ「どういう意味?」
  幹生、説明しかねる。
いずみ「ちょっと見せて」
  いずみ、スマホを奪おうとする。
幹生「や、やめ、やめろ!」
  幹生、取られまいと抵抗する。
いずみ「いいから見せなさいよ」
  幹生、いずみを引き離し、牽制する。
  息の荒い二人。
悠馬「飲むか?」

○同・駐車場
  幹生、ムスッとした表情で車内にいる。
  悠馬、トランクにワインのボトルをしま
  いながら、いずみと声を抑えて話す。
悠馬「ネットで知り合った顔も知らない相手
 をカノジョとか言えるか?」
いずみ「問題は気持ちでしょ? 二年もやり
 取りしてるって」
  後部座席の窓がわずかに開いている。幹
  生、聞き耳を立てる。
悠馬「本当に女かどうかも分からないだろ」
いずみ「会いたくても会えないの。同じよう
 な事情なんだから」
悠馬「引きこもり同士か。からかわれてるだ
 けじゃないのか?」
いずみ「二年も?」
  悠馬といずみ、車に乗る。
幹生「女の人だから」
悠馬「? なんで分かるんだよ?」
幹生「……(なかなか答えない)。写真ある
 し」
  悠馬といずみ、見合わせる。

○一昔前のプリクラを写真で撮り直した荒い
 画像
  高校の制服姿のかわいらしい女の子。
  駐車場。再び車を降りて、スマホで写真
  を見ている悠馬といずみ。
いずみ「ちょっとこれかわいいよ!」
悠馬「いつの写真だよ」
  幹生、スマホを奪い返す。
いずみ「やるじゃん、幹生」
幹生「こ、高校のときの写真、送り合った」
いずみ「向こうも幹生の顔知ってるんだ」
悠馬「本人だったとしても、今はめちゃくち
 ゃ太ってるかもしれないだろ」
いずみ「かわいいって認めなさいよ」
悠馬「どうせ引きこもり女だろ」
  いずみ、腹を殴る。
悠馬「(幹生に)別に悪気はない。で、他の
 情報は?」
幹生「?」
悠馬「どこに住んでるとか」
幹生「なが、長野」
悠馬「? (いずみに)ここは?」
いずみ「長野」
悠馬「そしたらお前――」
幹生「無理」
  幹生、「無理無理」と何度も首を振る。
悠馬「まだ何も言ってないだろ」
いずみ「会いに行けば?」
悠馬「そうだよ、誘ってみろ」
幹生「無理(と首を振る)」
悠馬「やってみなきゃ分からないだろ」
いずみ「そうだよ。こんなチャンス、もうな
 いかもしれないし」
幹生「……」
  幹生、頭を抱え込むようにしながら辺り
  をぐるぐる歩き回る。
悠馬「おい」

○道路を行き交う車
  LINEのやりとりが被さる。
A「今いる?」
B「いるよー」
B「何」
A「起こした?」
B「寝れなかったから」
B「どした?」

○道路沿いのカフェ
  悠馬といずみ、お茶をしながら幹生を遠
  目に見守っている。幹生、道路脇でスマ
  ホをいじっている。
  LINEのやりとりが被さる。
A「約束のことだけど」
B「約束?」
A「よかったら、これから会わない?」
B「え????」
A「今、長野県にいる」
B「ええええ??? なんで?」
  幹生、道路脇に座り込んで返答を打ち込
  んでいる。
A「色々あって。予定ある?」
B「ないけど。ヒッキーだし笑」
A「やっぱ無理?」
B「ちょっと考えさせて」
A「わかった」
  幹生、うろうろ歩いている。
  いずみと悠馬、成り行きを見守りながら
  目を合わせる。
  通知があり、幹生は慌ててディスプレイ
  を見る。
B「そしたら、うちの近くまで来れる?」
A「行けると思う。OKってこと?」
B「ビックリしたけど。こんな機会ないかも
 しれないし」
A「ありがとう」
  幹生、悠馬といずみの方を見る。

○車が走っていく
  運転しているのはいずみである。
  90年代のJ‐POPが流れる。

○理髪店・内
  幹生、椅子に座っている。悠馬が傍らで
  店主に髪型の注文をしている。
  その映像にLINEのやり取りが被さる。
B「今具体的にどこ?」
A「塩尻ってとこ」
B「そしたらうちまで一時間くらいかな」

○リサイクルショップ・内
  いずみ、男物の服を選んでいる。
  その映像にLINEのやり取りが被さる。
B「待ち合わせ場所、決めちゃっていい?」
A「お願い」
B「近くに市民球場があるんだけど、そこの
 駐車場が広いから。地図送るね」
A「OK」

○同・内(少し時間経過)
  幹生、試着室からもじもじと出てくる。
  派手すぎず、地味すぎない恰好。頭もす
  っきりして多少今風の印象になる。
  いずみと悠馬、まあまあという感じでう
  なずく。
  その映像にLINEのやりとりが被さる。
B「会っても笑わないで。前送った写真とは
 ずいぶん違うから」
A「こっちもかなり変わってるから。お互い
 笑うのはNGで」
B「ありがと」
  幹生、返信を見て微笑む。

○市営球場・駐車場(飯田市、夕暮れ)
  がらんとした駐車場に、幹生がぽつんと
  立っている。
  悠馬といずみ、離れたところに車を停め
  て車内で心配顔でいる。
  幹生、周りを見回す。誰かが来る気配は
  ない。スマホを取り出す。
  LINEは、着いたことを知らせる幹生
  からのメッセージで終わっている。

○ファミレス・内(夜)
  幹生といずみが並び、向かいに悠馬が座
  る。悠馬といずみは食事を注文している
  が、幹生はドリンクのみ。
  悠馬、一人ガツガツ食べている。それを
  横目に見るいずみ。
悠馬「なんだよ」
  いずみ、無言の抗議。
悠馬「しょうがないだろ。約束破ったのは向
 こうなんだから」

○ビジネスホテル・表(夜)
  悠馬たちの車、来る。

○同・ロビー(夜)
  チェックインを済ませた悠馬、いずみと
  幹生のもとに戻る。
悠馬「お前、隣りの部屋な」
  悠馬、いずみにキーを渡す。

○同・エレベーター・内(夜)
  悠馬ら三人、乗り込む。
  ドアが閉まり、しんとする箱の中。
幹生「……返信、来なくなった」
いずみ「もうちょっと待ってみなよ。きっと
 何か――」
悠馬「お前、飲めるか?」
  悠馬、リュックからワインを取り出す。
悠馬「切り替えるんだ。飲んで忘れろ」
いずみ「あんたね――」
  幹生、突然悠馬に掴みかかる。
悠馬「! 何だよ」
いずみ「幹生! ちょ、やめて!」
悠馬「やめろって」
  揉み合いの最中、悠馬の手からワインが
  はたき落とされる。
  ワイン、割れる。
  三人、ストップしてそれを見つめると、
  エレベーターがチーンと鳴る。

○同・六階廊下
  エレベーターが開き、幹生が駆け出る。
いずみ「ちょっと幹生!」
  いずみ、幹生を追う。
悠馬「おい、これ!」

○同・駐車場(夜)
  幹生、運転席に座っている。
  助手席のドアが開き、いずみが乗り込ん
  でくる。幹生、顔を背ける。
  しばらく黙って座る二人。
いずみ「怖くなっただけじゃない?」
幹生「?」
いずみ「幹生のことがいやになったとか、そ
 ういうんじゃないよ」
幹生「……」
いずみ「幹生だってドキドキしたでしょ」
  幹生、思い返す。
幹生「ここで寝るから」
いずみ「わたしの部屋来れば?」
  幹生、いずみを見る。
いずみ「ここよりマシだと思うけど」
  幹生、答えかねる。
いずみ「それとも、ファーストキスの相手だ
 と意識しちゃう?」
  幹生、再び顔をそらす。
  いずみ、車から降りる。
いずみ「おやすみ」

○同・悠馬の部屋
  悠馬、一人でワインを飲んでいる。ドア
  がノックされるが無視する。
  ドアが開き、いずみが入ってくる。
悠馬「(グラスを掲げ)ルームサービスのや
 つ」
いずみ「わたしにもちょうだい」
  悠馬、備え付けのコップに注いでやる。
  いずみ、ぐいと飲む。
悠馬「あいつ、母親が死んだときより動揺す
 るんじゃねーよ」
いずみ「謝らないの?」
悠馬「なんでおれが」
いずみ「なんでおれが。そのセリフ、昔も聞
 いた気がする」
悠馬「幹生だろ」
いずみ「どっちだったか忘れた」
  悠馬、いずみに注ごうとする。
いずみ「(迷って)もういい」
  悠馬、ボトルを置いて布団に仰向けに倒
  れる。
悠馬「昔、あそこから引っ越したあと、しば
 らく何もする気になれなくてさ」
  いずみ、手持ちぶさたにコップをいじる。
悠馬「あいつとは生まれたときから一緒だっ
 たから。自分が半分死んだみたいな気がし
 た」
  いずみ、聞いている。
悠馬「でも、ずっと忘れてた。幹生のことも、
 故郷(いなか)のことも」
  悠馬、ごろりと横向きになる。
  いずみ、椅子に掛けられた悠馬のジャケ
  ットにふと目をやる。
  内ポケットから通帳らしきものの角が覗
  いているのが見える。
いずみ「?」

○その夜の三人(夜)
  駐車場の車の中。幹生、スマホを見てい
  る。返信はない。
   ×   ×   ×
  いずみの部屋。いずみ、ベッドに入って
  いる。
   ×   ×   ×
  悠馬の部屋。悠馬、ベッドで寝ている。
  ひどい寝相。

○同・駐車場(翌朝)
  悠馬、トランクに荷物をしまう。
  いずみ、スマホで道を調べている。
いずみ「また下の道で行く?」
悠馬「(首を振る)あまり遅くならないうち
 に着きたいだろ?」
  いずみ、うなずく。

○同・車内
  悠馬、駐車場を出るところで停まり、左
  右を見る。
悠馬「どっちに出ればいい?」
いずみ「(スマホ見て)待って」
  後ろからクラクションを鳴らされる。
  後部座席の幹生、何気なく振り返る。
  後ろの車、四十前後の夫婦が乗っている。
  小学校低学年くらいの男の子が後部座席
  から身を乗り出し、ふざけてクラクショ
  ンを押す。それを止める父親。
悠馬「今行くって」
幹生「……(後ろを見ながら)」
  幹生の耳に、いつかのクラクションが聞
  こえる。

○回想(二十数年前のある夏)
  後部座席に座る少年の幹生。前には寿男
  とゆかりが座っている。
  どこかの駐車場から道路に出ようとして
  いる同じシチュエーション。
  クラクションが鳴り、幹生は後ろを振り
  返る。
  後ろの車に、比佐内翔と怜子の夫妻、そ
  して、その間に後部座席から身を乗り出
  した少年の悠馬がいる。
  悠馬、幹生に手を振ってクラクションを
  鳴らす。

○もとのビジネスホテル・駐車場に戻って
幹生「……」
いずみ「左。左出て」
悠馬「はいよ」
  車、左に出て走り出す。
幹生「……車で行った」
いずみ「え?」
幹生「能登まで。二台に分かれて」
悠馬「?」
幹生「悠馬がうちの車に乗ったり、おれが悠
 馬の家の車に乗ったりした」
悠馬「……(次第に思い出して)そうだ。遊
 んでるうちにケンカになって、別々に乗れ
 って怒られた」
  幹生、うなずく。
悠馬「思い出した! やっぱり車で行ったん
 だ。そうだ」
  悠馬、笑う。
  幹生も小さく笑う。
いずみ「あんたたちって昔からそう」

○中央自動車道
  悠馬たちの車、走って行く。

○美濃関ジャンクション
  上に東海北陸自動車の看板が出る。

○長良川
  長良川鉄道の陸橋がかかる。更にその上
  を東海北陸自動車道が走っている。

○小矢部IC・料金所
  車が料金所に近づき、スピードを落とす。
悠馬「降りたら昼飯にするか」
いずみ「いぇーい!」

○蕎麦屋(小矢部市内)
  座敷席に座る悠馬たち、メニューを見な
  がら注文する。
悠馬「天ぷらそば。(幹生に)同じでいい
 か?」
  幹生、うなずく。
悠馬「天ぷらそば、もう一つ」
店員「はい」
いずみ「えーと、山菜そばで」
店員A「はい、ありがとうございます」
  座敷の向こう端、赤ん坊を連れた同年代
  の夫婦がいる。
いずみ「……(見て)」
悠馬「なに?(と視線を追って振り返る)」
いずみ「何でもない」
  悠馬、いずみを見る。
いずみ「子供作るかどうかで旦那と揉めたか
 ら」
  幹生、後ろの子連れ夫婦を見る。
いずみ「ほしくないって言ったのはわたし」
悠馬「どうして?」
いずみ「……。働くのが好きだったから」
悠馬「で、現在求職中か」
いずみ「うるさい。新しくマンションができ
 たりするとさ、うちらと同じくらいの夫婦
 が小さい子連れてこぞって越して来るの。
 あれ見るといやんなる」
  幹生、いずみの顔をちらりと見る。

○ガソリンスタンド
  悠馬、セルフ式で給油している。
  助手席のいずみ、道向かいのコンビニに
  目をとめ、車を降りる。
悠馬「どこ行くんだ」
いずみ「ちょっと買い物」
悠馬「もう行くぞ!」

○コンビニ・駐車場
  悠馬、店の前に車を回して待っている。
  いずみ、買い物袋を提げて出てくる。悠
  馬たちを見てにんまり笑う。

○ショートケーキが3つ(三種)
いずみ「ハッピー・バースデー・トゥー・ユ
 ー ♪」
  場所は公園のあづまや。
  悠馬と幹生、ケーキを見ている。
いずみ「ハッピー・バースデー・ディア・み
 きおとゆうま ♪ ハッピー・バースデー・
 トゥー・ユー ♪」
  いずみ、一人で手をたたく。
いずみ「何日か早いけど。願い事して、火、
 消して」
悠馬「ろうそくないし」
いずみ「あるふりすればいいでしょ。ほら」
  悠馬と幹生、願い事をする顔になる。
いずみ「した?」
  悠馬と幹生、適当にうなずく。
いずみ「消して。ほら」
  悠馬と幹生、見合わせて、同時に吹き消
  すふりをする。
悠馬「おれらも三十三か」
いずみ「わたしはまだ二十七だけど」
悠馬「同じ学年だろうが」
   ×   ×   ×
  地元の子供たちがサッカーをしているの
  を見ながら、ケーキをつつく三人。
いずみ「子供のときみたいに仲のいい友達っ
 てできなかった。大学のときの友達とか、
 今でも付き合いのある子は何人かいるけど、
 なんていうか、お互い大人なんだよね。自
 分の生活とか、やることとかあって」
  悠馬、聞いている。
いずみ「子供の頃、自分が今みたいになるな
 んて思った?」
悠馬「いや」
いずみ「いい思い出って、なんか子供の頃の
 ものばっかり。わたし、小学校の文集に
 さぁ――」
悠馬「パン屋」
いずみ「? 何で知ってるの?」
悠馬「よく言ってたし」
いずみ「そうだっけ。今までパン屋なんてか
 すりもしなかったな」

○日本海
  道の先に日本海が見えてくる。
  その映像にLINEのやりとりが被さる。
A「なんか色々ゴメン。やっぱりいきなりだ
 ったよね」
A「実は、母親が死んで、能登まで散骨に行
 く途中でした」
A「驚かせるつもりはなかったんだけど」
  車内の幹生、スマホを手に考えている。
A「親のこと、今のところ思ったほどつらく
 なくて」
A「ただ、これからどうしたらいいのか、ど
 うなっちゃうのか分からないけど」
A「死んだら海に散骨してほしいと思ってた
 なんて、全然知らなかった」
  幹生、顔をあげて外の景色を見る。

○千里浜なぎさドライブウェイ
  悠馬たちの車、砂浜を走る。

○車から見る風景
  悠馬たちの車、のと里山海道を通り、の
  と里山空港を横目に見て、輪島の市街地
  を通り抜けていく。

○袖ヶ浜海岸(夕方)
  駐車場に車が来る。
  悠馬ら、人気のない砂浜に降り立つ。
  三人、顔を見合わせて海を見る。海面は
  穏やかである。

○同・岩場(夕方)
  悠馬ら、波打ち際まで来る。
  悠馬と幹生で骨壺を持ち、蓋を開け、口
  を下向きにする。
  骨粉が海風に吹かれて舞う。
  悠馬ら、骨粉を見送る。
いずみ「中学のとき、家出したことあるんだ」
悠馬「?」
いずみ「親とケンカして、電車で知らない街
 まで行って。でも、あっという間にお金な
 くなっちゃって、帰ることもできなくなっ
 て。どうしようって思って、幹生の家に電
 話したの」
幹生「……」
いずみ「そしたらおばちゃんが迎えに来てく
 れた。お金貸してくれて、うちの親にもう
 まいこと言ってくれて。あの日のことは忘
 れられない」

○輪島市街地(夜)
  車内の悠馬、ある旅館に目を留める。
悠馬「ここじゃないか?」

○旅館・駐車場(夜)
  悠馬たち、車から降りる。
悠馬「(外観を見上げながら)ここでめちゃ
 くちゃうまい甘えび食べた」

○同・部屋(夜)
  女将、料理を運んでくる。
女将「うちの方で適当に作らせていただきま
 した」
  海鮮料理が輪島漆器に盛られている。甘
  エビや、のどぐろの塩焼きなど。
いずみ「わー、めっちゃおいしそう!」
女将「有り合わせのものですが」
いずみ「もう全然! 予約もしてないのに本
 当にすいません」
女将「どうぞごゆっくり」
   ×   ×   ×
  悠馬、甘エビを頬張る。
悠馬「これこれ、うまい!」
  いずみ、箸が止まっている。
悠馬「どうした?」
いずみ「急に食欲なくなっちゃって。私の分、
 食べられる?」
悠馬「そりゃいいけど」
いずみ「残すと悪いし」
悠馬「顔色よくないぞ」
いずみ「疲れたんだと思う。ちょっと風に当
 たってくる」
  いずみ、席を立つ。
幹生「……」

○同・浴場(夜)
  広くはないが、一部夜空が望めるように
  なっている。悠馬と幹生、湯船に浸かっ
  ている。
  悠馬、顔を洗う。
悠馬「三十三か」
幹生「そっちのが一日早いけど」
悠馬「え?」
幹生「一日違うだろ」
悠馬「? だって、いつも誕生会一緒にやっ
 てただろ?」
幹生「二日続けてやるのも面倒だからじゃな
 いの?」
悠馬「……」

○ドラッグストア・内(夜)
  いずみ、吐き気止めを手に取っている。
  「妊娠中は服用を控えてください」とい
  う注意書が目につく。
いずみ「……」

○市街地(夜)
  とぼとぼ歩くいずみ、何かに気づいて立
  ち止まる。
  コンビニの店内に悠馬がいるのが見える。

○コンビニ・内(夜)
  悠馬、ATMを操作している。
悠馬「九月二十四日」
  認証画面で「0924」と打つ。
  画面が次に進む。
悠馬「!」
いずみ「何してるの?」
  悠馬、振り返り、言葉につまる。

○旅館・部屋(夜)
  いずみ、悠馬を引き連れてくる。
  いずみ、幹生の前に通帳とカードを投げ
  出す。
幹生「?」
いずみ「幹生名義の通帳。どうして悠馬が持
 ってるの?」
  幹生、通帳を見る。
いずみ「あんた、このお金のこと知ってた?」
幹生「……」
いずみ「いくらあるか見てみな。おばちゃん
 が幹生のために貯めたんじゃないの?」
  幹生、通帳を見てみる。
いずみ「悠馬、黙ってもらう気だったんだよ」
  幹生、悠馬を見る。
悠馬「会社がやばいんだ。不渡りだしたら倒
 産になる。おばさんが亡くなったって連絡
 が来て、もしかしたら金目のものがあるん
 じゃないかって思ったんだよ」
いずみ「あんた、何言ってんの?」
悠馬「おれには会社しかない。潰れたらおし
 まいなんだ」
いずみ「だからってやっていいことと――」
悠馬「今更昔には戻れないんだよ!」
いずみ「……」
悠馬「そんなこと分かってるだろ。二十年も
 会ってなかった従兄弟だとか幼なじみだと
 か、そんなの他人も同然だろうが」
  いずみ、悠馬を平手打ちする。
いずみ「あんたね――」
幹生「あげたんだ」
いずみ「え?」
幹生「遺産、分けた。従兄弟なんだからおか
 しくないだろ」
いずみ「幹生、ちょっと待ちなさいよ」
悠馬「……」
いずみ「そんなことしたって潰れるものは潰
 れるの。会社が潰れたら、これくらいのお
 金あっという間になくなっちゃうんだよ」
幹生「葬式のこととか全部やってくれたし。
 おれ、一人じゃ何もできなかったから」
悠馬「……」
幹生「十年ぶりなんだ、まともに外に出たの。
 それってすごいだろ?」
いずみと悠馬「……」
幹生「二人がいなかったら無理だったから」
いずみ「あんた、生きていくのにどれくらい
 お金が必要か分かってる?」
幹生「バイトでもするよ」
悠馬「……」
いずみ「幹生」

○同・部屋(夜)
  三人、布団を並べて寝ている。
  三人とも、目を開いて天井を見ている。
いずみ「子供の頃はいくらでも時間があると
 思ってた。今はあっという間に一日が終わ
 っちゃう」
悠馬「大人になると、走ったらすぐ息切れす
 るよな」
いずみ「ホント」
幹生「……」
いずみ「もう寝る」
悠馬「何回目だよ、そう言うの」
いずみ「おやすみ」

○同・ロビー(翌朝)
  悠馬たち、女将らに見送られる。
女将「またお越しください」
いずみ「お世話になりました」

○同・駐車場
  運転席に乗り込んだ悠馬、ダッシュボー
  ドの中を漁る。
いずみ「何?」
悠馬「ガムか何かないかと思って」
  悠馬、続けてコンソールボックスを漁る。
  と、昔、幹生と分け合ったメダルコイン
  が出てくる。
悠馬「これ――」
幹生「……」
  悠馬、幹生にメダルコインを渡し、自分
  の財布を取り出してカード入れを探る。
  出てきたのは、悠馬のメダルコイン。
幹生「……」
  悠馬と幹生、互いに目を合わせる。
悠馬「(気まずげに)捨てられなくて」
いずみ「何?」
  悠馬と幹生、笑い合う。
いずみ「え?」

○走行中の車内
いずみ「会社の話だけど」
悠馬「?」
いずみ「自分の母親に助けてもらったらダメ
 なの?」
悠馬「……ダメだ」
いずみ「どうして――」
悠馬「どこで何してるのかも知らねぇよ。死
 んでるかも」
いずみ「……」
悠馬「(幹生に)すまん、悪気はない。でも
 マジな話――」
幹生「生きてるよ」
  悠馬といずみ、幹生を見る。
幹生「(悠馬に)ホントに知らないのか?」




○ファーストフード・ドライブスルー
  悠馬たちの車、出てくる。

○走行中の車内
  後部座席の悠馬、ふてくされ気味にポテ
  トを食べている。
悠馬「何年も会ってないんだぞ」
  運転中のいずみ、助手席の幹生、ポテト
  やバーガーを食べている。
悠馬「話すことなんて何もない。縁切ったみ
 たいなもんだ。聞いてんのか?」

○富士山麓
  車が走って行く。

○山道
  車が走って行く。
いずみ「すぐそこね」
  悠馬、窓の外を流れる「フリースクール
  葵」の看板を見る。
悠馬「……」

○フリースクール葵・表
  車が停まり、悠馬たちが降りる。
  庭先で畑仕事をしていた怜子(56)、
  立ちあがる。畑では他に数人の子供たち
  (十代前半~半ばくらい)と一、二名の
  スタッフが働いている。
  怜子、軍手を外して一向に近づく。
悠馬「……」

○同・内
  悠馬たち、テーブルについている。
  怜子と子供二人、茹でたいんげんを盛っ
  た大皿と、マヨネーズやごまだれを入れ
  た小皿や飲み物を持ってくる。
怜子「取れたてのいんげん。そのままでもお
 いしいわよ」
  怜子、一つつまんで口に入れる。
  いずみと幹生、食べる。
いずみ「ホント。おいしい」
怜子「でしょ」
  怜子、座る。
怜子「ここでこういう活動(こと)をはじめ
 てわりとすぐ、幹生ちゃんに来ないかって
 声をかけたの」
  幹生、うなずく。
怜子「身内じゃかえって気まずいかってその
 話はなしになったんだけど」
いずみ「そうだったんですか」
怜子「でも、それについては少し後悔してて。
 ここじゃなくても、他のいい施設を見つけ
 てあげれば、幹生ちゃんにも、それに姉さ
 んにもよかったのかなって」
幹生「……」
怜子「姉さんの希望をかなえてくれてありが
 とう。能登に行ったのはいつだったかな。
 わたしがちょうど今のあなたたちくらいの
 年ね。時が経つのはホントに早い」
  怜子、いずみを見る。
怜子「いずみちゃんも来てくれるなんて思わ
 なかった。悠馬はいずみちゃんが好きだっ
 たのよね。でもいずみちゃんは幹生ちゃん
 のことが好きで――」
悠馬「やめろよ」
いずみ「(慌てて)そうですよ、おばさん。
 そんな大昔の話――」
怜子「ごめんなさい、つい懐かしくなって」
いずみ「なんか、昔のおばさんとイメージ違
 います」
怜子「そう?」
いずみ「もう少し、おしとやかっていうか、
 控えめな印象があって」
怜子「夫がいなくなったでしょ。それから変
 わったのかな。この子をちゃんと育てなき
 ゃいけないって」
  怜子、悠馬を見るが、悠馬は目を逸らす。
怜子「あなたは不満があるわよね。わたし自
 身、十代のうちに両親が死んで、それから
 ずっと姉に頼り切りだった。結婚してから
 は夫にも頼って。でも、自分の人生は自分
 で切り開かなきゃいけないのね」
  怜子、窓から子供たちが畑で働いている
  様子を見る。
いずみ「ここの子たちって、どういう?」
怜子「いじめで学校にいけなくなった子。虐
 待を受けていた子。人とうまく付き合えな
 い子。色々な子がいる」
幹生「……」
怜子「ここの子たちにも自分の人生は自分で
 切り開けるようになってほしくて。それだ
 けじゃない」
いずみ「?」
怜子「人と協力することも覚えてほしい。人
 を信頼すること。支え合うこと。どんなに
 強い人でも一人じゃ生きていけない。で
 しょ?」
  いずみたち、聞いている。
怜子「今年はいんげんができすぎちゃって。
 かぼちゃもとらないといけないし。よかっ
 たら手伝ってく?」

○同・畑
  いずみと幹生、子供たちと一緒に野菜を
  収穫している。
  悠馬、木の間に吊るされたハンモックに
  座ってぼんやり見ている。
  怜子が来て、悠馬の方に歩いてくる。
  悠馬、急に立ち上がり畑仕事を手伝う。
悠馬「(子供たちに)とろとろやってたら終
 わらないぞ」
怜子「……」
  怜子、悠馬と幹生が協力して収穫するの
  を見る。

○同・表・水道場
  悠馬、子供二人とカゴや鎌などの用具を
  洗っている。
悠馬「ちゃんと泥落として。そう。片付ける
 場所は分かるのか?」
  子供たち、うなずいて行く。
  入れ替わりに怜子が来る。
  悠馬、背を向けるようにして手を洗う。
怜子「幹生ちゃんのこと、ありがとう」
悠馬「別に好きでやったわけじゃないし」
怜子「お父さんのこと、まだ恨んでる?」
悠馬「(見て)当たり前だ。おれからしたら
 恨み言の一つも言わないあんたの方がおか
 しい」
怜子「あの人にはあの人の理由があるの」
悠馬「そしたらある日突然消えてもいいって
 いうのか」
怜子「……。わたしが我慢させちゃってたの
 ね」
悠馬「どういう意味だ?」
  怜子、何か言いかける。
  いずみと幹生、野菜の入ったカゴを持っ
  て来合わせる。
怜子「あなたたちもありがとう。さ、お茶に
 しましょう。(悠馬に)続きは中でね」
悠馬「……」

○同・内
  悠馬たち、テーブルについている。
  悠馬、一人黙っていんげんの筋を取る。
  怜子、お茶を出す。
いずみ「わたしたち、出てましょうか?」
怜子「いいの、いて。幹生ちゃんにも関係あ
 ることだから」
  悠馬、手を止めて顔をあげる。
いずみ「え?」
幹生「……」
怜子「(悠馬に)あなたも大人よね。知る権
 利がある」
悠馬「なんだよ」
  怜子、ひと呼吸置く。
怜子「あの人は、あなたの本当の父親じゃな
 い」
悠馬「?」
  いずみと幹生も驚く。
悠馬「なんだよそれ。じゃ、おれは――」
怜子「聞いて」
悠馬「?」
  怜子、悠馬を見る。
悠馬「なんだよ」
怜子「あなたは、わたしの本当の子供でもな
 い」
悠馬「……は?」
  いずみと幹生も耳を疑う。
悠馬「ちょっと待て。ふざけんなよ」
いずみ「どういう意味なんですか?」
  怜子、落ち着いてうなずく。
怜子「お父さんもお母さんも、あなたを実の
 子供として育てた。ただ――」
悠馬「なんだよ」
怜子「お父さんとお母さんの間には、子供が
 できなかったの」
  悠馬、いんげんの入ったボウルを荒々し
  く置く。
悠馬「やめろ、ばかばかしい。だいたい、そ
 れが幹生とどういう関係があるんだよ」
いずみ「もしかして――」
  怜子、うなずく。
悠馬「? なんだよ?」
怜子「あなたと幹生ちゃんは兄弟なの。二卵
 性の双子」
悠馬「な――(絶句)」
幹生「!」
  悠馬と幹生、互いを見合わせる。
怜子「姉が二卵性の双子を生んで、どちらか
 を養子として引き取らないかって。あなた
 たちが生まれてすぐだった。まだ退院もし
 ないうち」
  誰も口を挟まず聞いている。
怜子「死ぬまで黙ってる約束だった。でも、
 本当のことを話した方がいいんじゃないか
 って、姉といつも悩んでた。あなたたちが
 何か悩んだり苦しんでるのを見るたびに、
 双子を引き離したからじゃないか、二人一
 緒なら乗り越えられるんじゃないかって」
  怜子、悠馬と幹生を見る。
怜子「今日あなたたちを見たら、やっぱりこ
 の二人は兄弟なんだって思いが強く沸いて
 ね」
悠馬「……」
幹生「……」
怜子「今まで黙っててごめんなさい。(悠馬
 に)覚えてる? あなたが中学生のとき、
 幹生ちゃんの家に生まれればよかったって
 言ったことがあるの」
悠馬「あぁ」
怜子「お母さん、あなたを叩いた。あのとき、
 ただ一度だけ。本当のことを知ってるんだ
 ぞって言われたみたいな気がして、心臓が
 凍りついたみたいな気がした」
悠馬「そんなこと、気付くわけねぇだろ」
いずみ「あの、子供ができなかったのって、
 もしかしておじさんの方の――」
怜子「(うなずいて)。それに、わたしにと
 っては姉の子で血がつながっていても、あ
 の人にとってはそうじゃなかった」
悠馬「……」
怜子「きっとずっと苦しんでたんだと思う」
悠馬「ようやく分かった。どうして捨てられ
 たのか、ずっと分からなかったんだ」
怜子「悠馬――」
悠馬「勝手なことばかり言いやがって」
  悠馬、席を立って出て行こうとする。
いずみ「悠馬」
怜子「一番迷ったのは、お父さんがいなくな
 ったとき」
  悠馬、立ち止まる。
怜子「本当のことを話して幹生ちゃんの家で
 暮らす方が、あなたにとってもいいんじゃ
 ないかと思った」
悠馬「……」
怜子「でも、あなたにとっての父親はあの人
 で母親はわたしだった。真っ直ぐ見つめて
 くるあなたを見て、目が覚めたの。わたし
 がこの子の母親なんだ、わたしがしっかり
 しなきゃいけないんだって」
悠馬「……」
怜子「あなたを育てたから今のわたしがある。
 感謝してる。子供って本当に宝よ」
いずみ「……」
悠馬「本当の母親じゃないならもう会う必要
 もないだろ」
  悠馬、出ていく。
いずみ「悠馬!」
  いずみ、追おうとする。
怜子「いいの。本当に勝手な言い分だもの」
いずみ「でも――」
怜子「きっとまた会える。十年後でも二十年
 後でも。それが親子ってものでしょう?」
幹生「……」

○走行中の車内(夕方)
  悠馬、運転している。
  いずみと幹生、黙り込んでいる。
いずみ「冗談で言ってたのに、ホントに兄弟
 だなんてびっくりだよね」
悠馬と幹生「……」
いずみ「変な同性愛とかじゃなくてよかった
 じゃない」
  悠馬、急ブレーキを踏む。
悠馬「……」
いずみ「冗談だってば」
  悠馬、車を降りる。
いずみ「悠馬」

○林の中を通る道(夕方)
  悠馬、一人ずんずん歩いていく。
  いずみと幹生、車を降りる。幹生、いず
  みを押し止めて自ら追いかける。
  幹生、悠馬について歩く。
幹生「悠馬」
  悠馬、呼びかけに応えず歩いていく。
  前後になってしばし歩く二人。
  視界が開け、湖が見えてくる。
  悠馬、急に立ち止まる。
幹生「?」
悠馬「どっちが兄貴なんだ?」
幹生「え?」
悠馬「誕生日はおれのが一日早いんだろ。先
 に生まれた方が兄貴か? あとに生まれた
 方か?」
幹生「分からない」
悠馬「養子に出されたんだから、おれが弟
 か?」
  幹生、分からないと首を振る。
悠馬「急に兄弟面するのもおかしいよな」
幹生「……」
悠馬「おれの人生、うそだらけじゃねえか」
  悠馬、更に歩いていく。
幹生「悠馬」
悠馬「ついてくるな!」

○もとの車のところ(夕方)
  幹生、戻ってくる。
  いずみが開いたドアから足を投げ出して
  いるのが見える。
  覗くと、いずみがお腹を押さえて苦悶の
  表情を浮かべている。
幹生「!」
いずみ「幹生」
幹生「……子供」
いずみ「? ……どうして?」
  幹生、運転席に乗り込む。
幹生「乗って」
いずみ「でも――」
幹生「びょ、病院。できるから、運転」

○走行中の車内
  幹生、運転している。
  いずみ、後ろでぐったりとなっている。
いずみ「運転できるなら最初から言ってくれ
 ればいいのに」
幹生「久しぶりだから」
いずみ「求職中なんてほんとはウソ」
幹生「?」
いずみ「わたし、職場の上司と不倫してた。
 奥さんも子供もいる人。バカでしょ」
幹生「……」
いずみ「離婚はそのせい。不倫がばれて、そ
 の上司どうしたと思う? わたしを地方に
 飛ばそうとしてんの。ありえないよね。そ
 れで断ったらクビになった」
幹生「……」
いずみ「働きたいから子供はいらないって言
 って旦那ともめたのが最初。それなのに仕
 事クビになるわ、不倫相手の子供妊娠する
 わ。何なのこれ。考えられない」
幹生「その人に言った?」
いずみ「言えるわけないでしょ!」
幹生「……」
いずみ「ったた」
幹生「大丈夫?」
いずみ「ごめん、横になる」
  いずみ、横になる。
幹生「昔、悠馬が引っ越したあと――」
いずみ「?」
幹生「おれ、しばらく、自分が自分じゃなく
 なったみたいだった。なんか、自分が半分
 死んだみたいな――」
  いずみ、笑い出す。
幹生「?」
いずみ「あんたたち、間違いなく双子だわ」
幹生「なんで」
いずみ「ねぇ、なんか歌って」
  幹生、ちらりと振り返る。
いずみ「気が紛れるから」
  幹生、しばしためらうが、たどたどしく
  歌い出す。
幹生「黄昏の街を背に 抱き合えたあの頃
 が――」
いずみ「待って」
幹生「?」
いずみ「ホントは『トゥモロー・ネバー・ノ
 ウズ』のが好き」
  幹生、歌おうとするが思い出せない。
  いずみ、イントロをハミングしてみせる。
  幹生、思い出してハミングを引き継ぐ。
幹生「(歌い出す)人は悲しいぐらい――」
いずみ「それ二番」
  幹生、まごつく。
いずみ「いい。続けて」
幹生「忘れてゆく生きもの 愛される喜びも
 寂しい過去も ♪」
いずみ「(笑って)あんた、下手」
  幹生、下手ながらも続ける。
幹生「今より前に進むためには 争いを避け
 て通れない そんな風にして世界は今日も
 回り続けてる ♪」
  いずみ、お腹を押さえながら聴いている。
   ×   ×   ×
  湖畔の道路。
  悠馬、一人歩いていく。
幹生「果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸
 ばそう ♪」
   ×   ×   ×
  車内。
  幹生、歌っている。
幹生「誰かのために生きてみても oh oh
  tomorrow never knows ♪」
  コンソールボックスに置いたスマホの通
  知ランプが光る。画面にLINEのやり
  とりが被さる。
B「いけなくてごめん」
幹生「心のまま僕は行くのさ 誰も知ること
 のない明日へ ♪」
 幹生、運転している。
B「近くまでいったんだけど、やっぱきつか
 った」
B「親のこと、大丈夫?」
A「なんとか」
  間。
B「仕切り直してもいい?」
A「?」
B「今度、リアルで会うって」
A「もちろん」
B「ありがとう」
A「痩せなきゃ」
B「わたしも笑」

○病院・表(夜)
  入口に「夜間救急」とある。

○同・診察室(夜)
  診察台のいずみ、衣服を直す。
  医師、戻ってくる。
医師「絨毛膜下血腫ですね。それほど大きく
 ないので大丈夫だと思いますが、早いうち
 にかかりつけのところで改めて診てもらっ
 てください」
  いずみ、うつむいて聞いている。
医師「……。失礼かもしれませんが、もし処
 置をお考えでしたら早い方が」
  いずみ、医師を見る。
医師「時期的にぎりぎりですから」
いずみ「……」
医師「どなたか、支えになってくれる人はい
 ますか?」
いずみ「……」

○同・待ち合い(夜)
  幹生、座っている。手に持った例のメダ
  ルコインを見つめる。
  そこへ悠馬が駆けつける。
  幹生、立ち上がる。
悠馬「お前、知ってたのか」
幹生「なんとなく」
  悠馬、座り込む。
悠馬「あいつの目は正しかったな」
  幹生、隣に座る。
悠馬「なぁ」
幹生「?」
悠馬「もし、最初からずっと双子として生き
 てたら、どうだったかな」
幹生「……。同じだよ」
  悠馬、口元を緩ませる。
悠馬「そうだな」
  悠馬、幹生がメダルコインを持っている
  ことに気づき、片手を前に出す。
幹生「?」
  悠馬、拳を上向きに広げると、そこには
  メダルコインがある。
  悠馬と幹生、目を合わせて微笑む。
  二人、いつかのようにメダルコインをか
  ちんと合わせる。









*以下の曲の歌詞を引用いたしました。

「ロビンソン」作詞・草野正宗
「innocent world」作詞・桜井和寿
「tomorrow never knows」作詞・桜井和寿

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