「僕らと100MPa」
登場人物
浅木友哉(28)水族館職員
山田美加(25)興信所事務員
深水和人(28)会社員
土谷栄太(28)職人
宮澤一葉(27)記者
峰香澄(26)公務員
小学生
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○梅ヶ丘小学校・校門
「梅ヶ丘小学校」の看板
○同・教室・中
席についている小学生たち。
浅木友哉(28)、教壇に立っている。
黒板には海の断面図を描いた紙。
浅木「湘南水族館から来ました。浅木です。今日は皆さんに深海。海の深いところに住んでいるお魚さんたちの話をします」
浅木、紙の深海の部分を指す。
浅木「深海は真っ暗です。そして水圧っていう大きな力がかかっています」
浅木、最も深い部分を指す。
浅木「最大100MPa。マンホールに大人が10万人乗ってるくらいの力なんだ」
浅木、両手を上げてよろけるジェスチャー。
教室に笑い声が響く。
小学生、手を上げる。
小学生「お魚さんは重いものを持って真っ暗なところに一人でいて淋しくないの?」
浅木と小学生、目を見合わせる。
○(浅木の回想)居酒屋「てんやわんや」・外(夜)
「居酒屋 てんやわんや」の看板。
以下、浅木の回想
○同・中(夜)
浅木、入ってくる。
深水和人(28)と土谷栄太(28)、六人がけの席についている。
土谷「遅えよ浅木!」
浅木「すまん。仕事押した」
浅木、深水の隣に座る。
浅木「深水。久しぶり」
深水、浅木に微笑む。
土谷「いいか。合コンはいわば総合エンターテイメントだ」
浅木「土屋。もう呑んでんの?」
土谷「不安は当然。だが緊張するな。オレ達には誰にも負けない武器がある」
浅木「え。と。ノリ?」
土谷「友情だ。梅ヶ丘高校天文部で同じ空を見つめたオレ達の友情は卒業して10年が経っても色褪せることはない」
浅木「深水。こないだの金環日食観た?」
深水、大きくうなづく。
土谷「緊張しろ!」
ドアベルの音。
× × ×
山田美加(25)と宮澤一葉(27)と峰香澄(26)、席についている。
浅木と深水、その向かいに座っている。
土谷、グラスを持って立っている。
土谷「ほ。ほほ。本日はお。お忙しい中」
浅木「緊張しすぎだろ」
美加、グラスを持ちあげる。
美加「カンパーイ!」
一同「乾杯!」
重なるグラス。
× × ×
香澄、店員に注文を伝えている。
浅木と土谷、ジョッキを傾けている。
深水、空いた皿を重ねている。
一葉、浅木を見つめている。
美加、深水と目が合う。
微笑む美加。
深水、目をそらし、皿を重ねる。
美加、深水を見つめる。
一葉「海に星空?」
浅木「ええ。マリンスノーって言って。実はプランクトンの死骸なんですけど」
深水、浅木に目をやる。
美加、深水につられて浅木に目をやる。
土谷「一葉ちゃんこないだの金環日食観た?」
浅木「海でそれ観てると高校のとき観てた星空と重なるところがあって」
一葉「へぇ。素敵」
土谷「星空っていや高三のときのアレだよな」
香澄「アレって?」
土谷「火星、水星、木星、金星、土星の五つの惑星が一列に並ぶ世紀の天体ショー」
香澄「それってすごいの?」
浅木「単純計算だと630兆年に一度」
一葉「へー。すごーい」
深水、浅木と土谷を見て、微笑む。
香澄「あ。私ちょっと化粧直ししてくる」
一葉「あ。待って香澄。私も行く」
香澄と一葉、立ち上がる。
一葉「美加は?」
美加「あー。行きます」
美加と一葉と香澄、行く。
土谷「浅木。ロマンチックネタはずるいって」
浅木「自分の武器使ってるだけだし。土谷も友情を武器に頑張れよ」
土谷「うるせ。深水も深水でさ。美加ちゃんに見つめられちゃってさ」
深水、首を傾げる。
浅木「ちょっとタバコ吸ってくる」
浅木、立ち上がる。
○同・入り口・外(夜)
美加、煙草を吸っている。
浅木、出てくる。
美加「あ。どうも」
浅木「ああ。どうも」
浅木、煙草に火をつける。
美加「いいですね。男の人の友情って」
浅木「女の友情は怖いらしいね」
美加「一葉さん。天然なんで勘違いしない方がいいですよ」
浅木と美加、目を見合わせる。
浅木「いいヤツだよ。深水は」
美加「なんですか? それ」
浅木「なにって。男の友情」
美加、微笑む。
美加「深水さん。いつもああなんですか?」
浅木「ああって?」
美加「私が笑いかけても無反応だったんで」
浅木「相当な自信だね」
美加、浅木に微笑む。
浅木、美加に微笑み返す。
美加「普通こうなると思うんですけど」
浅木「確かに。いや。確かに。元々明るい方じゃないけど、今日の深水は確かにちょっと変かもしれない」
灰が長くなっている浅木の煙草。
美加、浅木の煙草を見て、笑う。
浅木「なに?」
美加「今。チャンスだと思うんですけど」
美加、スマートフォンを浅木に見せる。
浅木「ああ。あそっか」
浅木、ポケットを探る。
浅木の煙草から落ちる灰。
○道
海沿いの道路。
浅木、自転車をこいでいる。
携帯電話のバイブ音。
浅木、自転車を止め、スマートフォンを耳に当てる。
浅木「ああ。深水のお姉さん? え? ちょっと。すみません。ちょっと電話が遠いみたいで。え?」
潮騒。
浅木、スマートフォンを下ろす。
○バー「Rhapsody in blue」・外観(夜)
「Bar Rhapsody in blue」の看板。
○同・店内(夜)
カウンターが五席、テーブルが三つ。
マスター、氷を砕いている。
浅木と美加、カウンターに並んで座っている。
二人の前にはグラス。
美加「深水さんが、自殺」
浅木、グラスを一気に空ける。
浅木「同じものを」
美加「どうして」
浅木「わからない。てかなんでなにも。いや。話してくれたからって何かできるわけじゃないんだけどでも。話してほしかったよ」
マスター、グラスに氷を落とす。
浅木「一緒にグチりたかった。一緒に怒りたかった。一緒に笑いたかった。一緒に」
マスター、新しいウイスキーを出す。
浅木「深水。オレのこと信じてくれてなかったってことだよな。それって。結局」
浅木、グラスに手を伸ばす。
美加、浅木のグラスに手を添える。
美加「吞みすぎです」
浅木「ああ。ごめん」
美加「私は深水さんのことも。深水さんと浅木さんの関係も。よく知りません」
浅木「ごめん。だったら今は」
美加「でも。学生時代の話を聞いている深水さんは嬉しそうに笑ってました」
浅木と美加、目を見合わせる。
美加「笑ってました。すごく嬉しそうに」
浅木と美加、目を見合わせる。
美加「それは。信じられませんか」
グラスの氷が音を立てる。
回想、おわり
○元の梅ヶ丘小学校・教室・中
席についている小学生たち。
浅木、教壇に立っている。
小学生「お魚さんは重いものを持って真っ暗なところに一人でいて淋しくないの?」
浅木と小学生、目を見合わせる。
浅木「淋しいのかもしれない」
小学生「え?」
浅木、目を伏せる。
浅木「でも。そこで生きてるんだ」
浅木、顔を上げる。
浅木「そこで生きてるんだ」
浅木と小学生、目を見合わせる。
〈おわり〉
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