ヤオチョウ! ドラマ

舞台は、ナステレビ主催の脚本賞「ナスビ脚本大賞」の最終審査会。最終候補に残った4作品の中から大賞を選ぶ。この「ナスビ脚本大賞」、八百長防止の為、審査員には脚本家の名前はふせられた状態で審査される。 「規則ですから」が口癖の、ルールに従順な主人公・古岡(25)は「ナスビ脚本大賞」の監査委員として参加し、八百長が行われないかを監視する役割を任される。 そんな最終審査の前日、制作部部長の中田(44)から「クライアントの息子が書いた作品名を教えてくれたら異動を叶える」と八百長の依頼が来る。
シナリオゴリラ 20 0 0 06/17
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第一稿

「ヤオチョウ!」

登場人物
古岡(25) ナステレビ社員。ナスビ脚本大賞の監査委員。
エリ(26)   古岡の彼女。脚本家志望。
中田(44)   ナ ...続きを読む
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「ヤオチョウ!」

登場人物
古岡(25) ナステレビ社員。ナスビ脚本大賞の監査委員。
エリ(26)   古岡の彼女。脚本家志望。
中田(44)   ナステレビ ドラマ制作部の部長。
大槻(63)   大御所監督。
林(33)    敏腕プロデューサー。
佐々木(37)  売れっ子脚本家。
野村(24)   現場AD。
官澤(40)   監査室、古岡の上司。

○ナステレビ・外観
古岡M「役を作り、セリフを吐かせ、時に観客を欺き、時には自分をも殺し、最高の結末へと導く…脚本家。プロの脚本家への登竜門、我がナステレビ主催のコンクール、ナスビ脚本大賞」

○ナステレビ・会議室
会議室の扉には「ナスビ脚本大賞 最終審査会」と書かれている。
古岡M「倍率1,000倍をくぐり抜け、選びぬかれた、4本の最終候補」
会議室の机を6人の男女が囲む。
古岡M「彼女とのセックスのため…いや彼女の夢を叶えるため、俺は今日、八百長をする」
古岡、意を決した表情で顔を上げ、一冊の脚本を掲げる。
古岡「私はこの、青春胸キュンラブコメディ『タピオカ物語』を推薦します」
◯タイトルバック・『ヤオチョウ!』

◯ナステレビ・監査室・(夕)
T『最終審査 前日』
古岡、デスクで仕事をしている。
官澤、デスク越しに古岡に話しかける。
官澤「古岡さん、もう審査員に最終候補作配りました?」
古岡「中田部長以外には送りました。部長はこのあと渡しに行きます」
官澤「ちゃんと脚本家の名前抜きました?」
古岡「はい」
官澤「くれぐれも厳重な管理を頼みますよ。疑惑の的にはなりたくないですから」
古岡「八百長なんて誰もしないと思いますけどね」
官澤「そういう油断がね、八百長や不正を生むんですよ」
古岡「誰に得があるんでしょうか」
官澤「誰かに得があるからやるんですよ。八百長ってのは」
古岡「ふーん、そういうものでしょうか」
官澤「もし八百長が起きたら、古岡さん、あなたクビですよ」
古岡「クビって…まあ一応気をつけます」
古岡、脚本を持ち、部屋を出ていく。

◯同・制作部部長室・(夕)
中田、座っている。誰かがノックする。
中田「あいよ~」
古岡、部長室に入る。
古岡「失礼します」
中田「おうおうおう、おつかれっす~待ってたよ~え~と、古山ちゃん?だっけ」
古岡「古岡です。明日の最終審査、お願いします。こちら、最終候補作です」
古岡、脚本4冊を渡す。
中田「いや~ありがとう、監査も大変ね!」
古岡「いえ、全然。それでは」
古岡、部屋を出ていこうとする。
中田「ちょ、もちょっとおしゃべりしよ」
古岡「はあ…」
古岡、部屋にとどまる。
中田「ところで、今年の脚本家、どんな?」
古岡「言えません」
中田「そこをさ、なんとか」
古岡「規則ですから」
中田「え~、ノリ悪いな~」
古岡「一、選考に際し、選考委員へは応募者に関する一切の情報を開示しません。一、大賞作品は映像化し…」
中田「ちょちょちょちょ、怖い怖い。なにそれ募集要項?え~…暗記してんの?」
古岡「はい。規則ですから」
中田「いやーさすが。君は監査の鏡だね!すばらしい!(パチパチ)」
古岡「ありがとうございます」
中田「これは、あれか?やっぱりー、監査採用なのか?監査枠なのか?」
古岡「そんな採用枠はありません」
中田「じゃああれか、自ら志望したのか」
古岡「違います。制作部希望でした」
中田「ちょちょ、嘘でしょう。無理だと思うよ~うちには合わないと思うよ」
古岡「そうでしょうか」
中田「そうでしょうよぉ」
中田、一瞬考え込む。
中田「……まあ、そうでもないか」
中田、部屋の外を確認する。
中田「古山ちゃん、制作部に異動したい?」
古岡「え、」
中田「いまさ、ディレクター足りないのよ」
古岡「ぜひ。異動します」
中田「人事決定が明日までで、迷ってるの」
古岡「はい、だから、いきます」
中田「だよね~」
中田、もう一度部屋の外を確認し、ドアを閉める。
中田「じゃあさ、お願い一個聞いて」
古岡「なんでしょう」
中田「明日、八百長して」
古岡「…失礼しました」
古岡、帰る素振り。中田、止める。
中田「ちょちょちょ、早くない?判断早くない?ワケくらい聞いてよ~」
古岡「…なんですか?」
中田「社長からついさっき電話があってさ」
古岡「はあ」
中田「うちの超重要スポンサーの飯塚製薬、君も知ってるでしょ?その社長の息子?が脚本家志望らしく」
古岡「はあ」
中田「このコンクールに応募して、最終候補まで残っているらしく」
古岡「はあ」
中田「『中田クン、スポンサーの作品を、大賞にしなさい。できなきゃクビね』って言われてさ」
古岡「無理ですね。お疲れさまでした」
古岡、帰ろうとする。中田、全力で引き止める。
中田「ちょちょ、待って待って」
古岡「無理ですよ。第一、私はあくまで監査委員なので、投票権はないです」
中田「でもスポンサーの息子が書いた作品がどれなのかくらいは知ってるでしょ」
古岡「社長に教えてもらえばいいじゃないですか」
中田「それは俺も言ったよ~」
古岡「じゃあなんで」
中田「それが教えてくれないのよ。自分の手は汚したくないんでしょ多分」
古岡「最悪ですね」
中田「お願いよ~作品名だけでもいいから」
古岡「嫌です。リスクがでかすぎます」
中田「ね、お願いよ、お願い!この通り!」
中田、土下座する。
中田「俺、これしくじったらクビだよ…」
古岡、一瞬悩む。
中田「古岡ちゃんだってさ、一生監査にいたいわけじゃないでしょ?」
古岡「まあ、そうですが。まあ、異動希望を出せば制作部には行けるので」
中田、いきなり立ち上がる。
中田「それは俺が許さない、受け入れない」
古岡「そんな、殺生な」
中田「でもね!そんな古山ちゃんに大チャンス。今なら八百長に加担するだけで異動が100%叶いまーす」
古岡、黙り込む。
中田「ちょ、整理しよ。八百長が成功すれば、俺もクビにならず、古岡ちゃんもクビにならずしかも念願の制作部に異動!完璧じゃない?」
古岡「でも、八百長がバレたらクビですよ」
中田「バレっこないって!嘘はバレなきゃ嘘じゃないし、浮気はバレなきゃ浮気じゃないし、八百長はバレなきゃ八百長じゃないの!」
古岡「なるほど…八百長はバレなきゃ八百長じゃない…一理あります」
古岡、一瞬考え込む。
古岡「…うん。やっぱり嫌です」
中田「いや、なんで~」
中田、ずっこける。
古岡「良い脚本が、大賞を取るべきです」
中田「固いよ~固すぎるよ古岡ちゃん」
古岡「でも…」
中田「そんなんじゃ一生監査よ?」
古岡「…一晩、考えさせてください」
中田「この会社で生き残っていくならさ、身の振り方考えたほうがいいよ?」
古岡「…失礼します」
古岡、退室する。

◯古岡自宅・玄関・(夜)
古岡、ドアを開けて家に入る。
エリ「おかえり~~~~~~!」
古岡「…だいま」
エリ「もう、元気ないなあ」
古岡「…ただいまあ!」
古岡、靴を脱ぎつつ叫ぶ。リビングに向かう古岡をエリが追う。
エリ「ねえ、ついに明日だね!発表」
古岡「そうだね」
エリ「ねぇ、私ぶっちゃけ大賞取れそう?」
古岡「どうだろうね。最終まで残っただけで儲けもんじゃない?」
エリ「え~嫌だ嫌だ!絶対大賞がいい」
古岡「そう言われても」
エリ「絶対推薦してよねっ!」
古岡「するわけないだろ、てか出来ないよ。俺、投票権ないし」
エリ「なくてもするの。ズルをしてでも通すのが彼氏の仕事でしょ!」
古岡「そのズルを見張るのが俺の仕事なの」
エリ「はあ…もう良いよ…全然私のこと考えてくれないんだね」
古岡「そうじゃないじゃん…それに、ズルして勝っても面白くないよ?」
エリ「そうだけどさぁ。結果出してなんぼの世界じゃん」
古岡「良い脚本が大賞を取る、それが脚本コンクールなの。それ以上でもそれ以下でもないの」
エリ「なにそれ綺麗事じゃん」
古岡「それにさ、もし監査委員がゴリ押した脚本の作者が、自分の彼女だったなんて知れたらそれこそ大問題だよ」
エリ「それはさ、『他の全員が推薦した』ってことにすればいいじゃん」
古岡「そんな都合よく行かないよ」
エリ、ソファーに倒れ込む。
エリ「あ~~死ぬほど頑張ったのにな~~」
古岡「…」
エリ「仕事の合間縫って書いたのにな~」
古岡「…」
エリ「苦手な早起きもして書いたのにな~」
古岡「…」
エリ「あ~~~~~~~~~~~~」
エリ、バッと起き上がる。
エリ「…やっぱ大賞取りたい!取らせて!」
古岡「だ、無理だって」
エリ「じゃあ、もし私が大賞取れなかったら、セックス禁止ね」
古岡「え、は?なんで?」
エリ「何でも。一生エッチさせてあげない」
古岡「そんな、殺生な。禁止も何も、まだ一回もさせてくれてないじゃん!」
エリ「じゃ、そういうことで!」
エリ、リビングを出ようとする。
古岡「え、ちょ、いやなんだけど、無理」
エリ「頑張ってね!よっ理想の彼氏」
古岡「はぁ…なぜみんな俺に八百長させようとするんだ…」
エリ「なに、みんなって」
古岡「なんでもないよ…ま、期待しないでね。エリは、明日は?」
エリ「明日はね、珍しくオフ。友達とタピオカ飲んでくる」
エリ、自室に消えていく。

◯古岡自宅・自室・(夜)
古岡、自室に入って、椅子に座る。
古岡「セックス禁止か、まあいいや」
古岡、2秒静止する。
古岡「いや、よくない。全然よくない」
ペンを取り、紙に書いて整理する。
古岡「えーと…エリが大賞なら、セックスできる。部長に加担したら、異動が叶う。どっちにせよ八百長がバレたら、俺はクビ」
古岡、頭をかきむしる。
古岡「…殺生な」
脚本を並べ、一つを手に取る。
古岡「ん~面白いと思うんだけどなあ…」
脚本をおいて、机に突っ伏す。
古岡「クビか、異動か、セックスか……」
唸る。起き上がる。
古岡「よし」
ノートを広げ、ペンを握り、猛烈に書き始める。刻々と時間がたち、やがて窓の外が白んでいき、ペンを置く。
おもむろにスマホを取り出し、誰かに電話を掛ける。
古岡「あ、部長ですか。覚悟を決めました。飯塚製薬の息子が書いた作品名は『ゆとり探偵』です」
一拍置く。
古岡「でも、私が協力できるのはここまでです。私は、『ゆとり探偵』は推薦できません」

◯古岡自宅・玄関・(朝)
古岡、玄関で靴を履いているとエリが起きてくる。
エリ「…おはよ」
古岡「…行ってきます」
エリ「ねえ、昨日言ったこと、本気だから」
古岡「…いい脚本はさ、八百長なんかしなくても、大賞取れるよ」
古岡、家を出る。

◯ナステレビ・会議室
ナステレビ内の一角にある会議室。会議室の扉には「ナスビ脚本大賞 最終審査会」と書かれている。
古岡「えー時間になりましたので、ナスビ脚本大賞最終審査会を始めます」
古岡、一拍おく。
古岡「…が、誰もいない」
中田、走り込んでくる。
中田「セーーーフ!」
古岡「アウトですね」
中田「もう、固いな~古岡ちゃんは」
中田、誰もいないのを確認する。
中田「…ありがとね」
古岡「そういうのやめてください。審査が終わるまで、僕らは敵ですから」
中田「敵ってことはないでしょうよ。いやーそれにしても暑い!この部屋暑いよ!クーラーつけるよ」
林「お疲れ様でーす!」
林、コーヒー片手に颯爽と現れる。
古岡「2分遅刻ですよ」
林、席に付きながら淀みなく喋る。
林「いやそれが、下のカフェにめっちゃ可愛い店員いて、つい話が弾んちゃって」
中田「相変わらずお前は女好きだな」
林「まじでドラマで使えるくらいっすよ、今度スカウトしようかな」
部屋の外で「バタン」と何かが倒れる音がする。
佐々木「きゃー!」
外で悲鳴がする。佐々木、慌てて部屋に入ってくる。
佐々木「わーびっくりした」
中田「さっきの悲鳴、なんです?」
佐々木「すぐそこでおじさんが泡吹いて鼻血出して倒れて!怖いわ~ナステレビ」
古岡「え、大丈夫なんですかそれ」
佐々木「なんかのウイルスかしら、もしくは過労ね。まあ誰かしら助けるわよ」
佐々木、席に座る。
中田「すみませんわざわざ審査しにナステレビまで」
佐々木「あーいいのいいの、月9の脚本の件で打ち合わせに来てたから、ついで」
林「あれ、かなり数字伸びてますね!あ、どうも、プロデューサーの林です」
佐々木「ああ、はじめまして。佐々木です」
林「…いやー噂通りお綺麗だ」
大槻、のっそりと部屋に入ってくる。
大槻「やあ」
中田「ははー、大槻監督!よくぞお越しくださいました!」
大槻「お前は息を吐くようにごまをするな」
中田「はっはっは、監督、お上手で」
大槻、席につく。
林「まだ始めないの?」
古岡「あと一人、制作部からエグゼクティブディレクターの紺野さんがいらっしゃる予定なので」
大槻「おい中田、寒いぞこの部屋」
中田「かぁー!すみません!おい!古岡!ばか!寒すぎるよ!温度上げて!」
古岡、無言で空調管理する。
中田「気が利かないな!すみませんね監督」
大槻「もう始めよう、遅れるやつが悪い」
古岡「僕以外全員遅刻でしたがそれは」
中田「まあ、もう来るだろうし始めよう!」
古岡「…わかりました」
全員席につく。
古岡「それでは、これより第31回ナスビ脚本大賞の最終審査を始めます」
中田「よっ!楽しみにしてました!」
全員、無反応。
古岡「進行は私、監査委員の古岡が担当します」
古岡、周りを見渡す。
古岡「御存知の通り、3年前の八百長事件の煽りを受け、審査会には監査委員が入る形になりました。また、最終結果が出るまで審査員は一切作者を知らずに、脚本のみを見て審査します」
佐々木「ま、脚本家にとってはより平等になったよね」
古岡「最終的には、私を除く5名の審査員の合議で大賞が決定されます」
大槻「毎年揉めて面倒くさいんだよな」
古岡「大賞作品が決定次第、委員会に結果を提出し、本日中に結果を公開…」
何者かが、ドアをノックする。
古岡「はい」
痩せこけた長髪の男が顔を覗かせる。
野村「ここ、ナスビ脚本大賞の最終審査ですか?」
中田「ああ、そうだけど」
野村「そうですか」
野村、席につく。
野村「はあー…」
中田「なんでお前いんの?」
古岡「紺野さんですか?」
中田「いや、こいつうちのADの野村」
野村「紺野さん、過労で泡吹いて鼻血出して倒れちゃって。だから僕が代打です」
中田「あれ紺野さんだったの!ていうか代打なんてありなの?」
古岡「えーはい、一応規則に則ってます」
佐々木「えーじゃあ私も誰かに代打してもらおうかな、帰って脚本書きたいし」
古岡「あの、」
ざわつきがとまる。
古岡「続けますね」
席を立ち、ホワイトボードの前に立つ。
古岡「最終審査に残ったのは、4本。皆さん読んできて頂いたかとは思いますが、私からも軽く整理させていただきます。」
1つ目の作品名を書く。
古岡「1つ目は『嘘つき家族』。病気に侵されて余命が短い母親。息子たちは余命が短いことを母に伝えず、兄弟全員で嘘をつき続けます。家族の幸せとは何か、を追い求める家族愛の物語です」
中田「泣けたねー!これは!うん!家族愛!んーでもちょっと固いね!」
2つ目の作品名を書く。
古岡「2つ目は『パイオツホームラン』。野球を愛する少女が女性であることを隠し、甲子園を目指すスポ根モノです」
中田「これもね!発想がいいよね!でもタイトルがアレだね!」
3つ目の作品名を書く。
古岡「3つ目は『ゆとり探偵』。オーソドックスな推理モノですね。ゆとり世代の高校生が、街で起きる難事件を友達と解決していく物語で…」
中田立ち上がる。
中田「これがね!もう最高!これが大賞かなーまあそうだね、そうだよね?」
古岡「あの、部長、うるさいです」
中田、渋々座る。4つ目の作品名を書く。
古岡「そして最後。『タピオカ物語』。青春系ラブコメディですね。マッチングアプリで出会った男女が繰りなすドタバタ劇。現代版ボーイ・ミーツ・ガールとも言えるかと」
中田「うん、これは、まあ、アレだね。うん、ちょっとアレだね、稚拙かな!」
古岡「以上4作品から、大賞を選んでいただきます」
佐々木「難しいねー」
古岡「最終審査の様子は一言一句議事録として記録し、公開されます。ヤラセや八百長に風当たりが強い昨今ですから、皆さん公平な審議をお願いします」
佐々木「あーい、真面目にやりまーす」
林「なんせね!大賞作品は実際にドラマ化させるからね!この俺が!」
大槻「去年のはつまらなかったな」
林「今年は絶対面白くしてみせますよ~」
古岡「それでは、ここからは審査委員長の中田部長に交代します」
中田「そうそう、審査委員長は俺でした」
古岡、席に戻りPCを開く。PCのデスクトップには、エリとの仲睦まじい2ショットが写っている。

◯駅前
待ち合わせ中のエリ。不安そうな表情でスマホを開き、古岡にメッセージを送る。
エリ「『絶対推薦してね!』」
友達が来る。明るい表情に戻る。

◯ナステレビ・会議室
大槻「で、今回はどう決めるんだ」
中田「とりあえず、それぞれが気になっている作品を言い合いましょうか?」
古岡、早速PCに打ち込み始める。中田、ホワイトボードの前に立つ。
中田「監督、いかがです?」
大槻「俺は、『嘘つき家族』一択だね。これは近年まれに見る傑作だ」
中田「なるほど!さすがです」
中田、ホワイトボードの『嘘つき家族』の横に正の字の『一』を書く。
林「僕は、『パイオツホームラン』を推しますね~これは秀逸ですよ」
大槻「バカバカしい、絶対ダメだ」
中田「まあまあ」
なだめつつ、『パイオツホームラン』の横に『一』と書く。
中田「佐々木さん、いかがです?」
佐々木「いやー、難しいけど『ゆとり探偵』が頭一つ抜けてるかなって感じ」
中田「ですよね!ですよね!」
『ゆとり探偵』の横に『一』を書く。
中田「野村はどう?」
野村「いや、僕一つも読んでないです」
中田「はあ?」
野村「いや、代打ですし」
中田「ねえ古岡ちゃん、これ代打として成り立つの?」
古岡「まあ、規則ですから」
中田「はあ、じゃあ野村はちょっと聞いておいてね」
林「いやー割れましたね」
佐々木「どれも毛色が違いますからね」
大槻「おい中田、お前はどうなんだ?お前も『嘘つき家族』だろ?」
中田「そう、ですね~。嘘つき家族は、たしかに、いい作品かと」
大槻「じゃあ決まりだ!多数決、2票獲得で『嘘つき家族』に決定だな」
中田「え、いや、早まらないでもいいんじゃないですか?」
大槻「ちんたらやってもしょうがないだろう。『嘘つき家族』がいいんだろ?」
中田「ゆ、『ゆとり探偵』も、いいかな~なんて」
大槻「はぁ。優柔不断だな、おい」
大槻、古岡を見る。
大槻「おい、君、監査クン、どれを推す?」
中田「監督、あいつは」
大槻「良いじゃないの。若いのにも意見を聞こうじゃない」
古岡「いいんですか」
大槻「忌憚のない意見をくれ。中田みたいに遠慮するのはなしだぞ」
古岡、脚本4冊に目を落とす。
古岡、意を決した表情で顔を上げ、一冊の脚本を掲げる。
古岡「私はこの、青春胸キュンラブコメディ『タピオカ物語』を推薦します」
一同、静まり返る。
林「古岡くん、それはないわ」
大槻「監査クンは一生黙っておいてくれ」
古岡「忌憚のない意見を、って言ったじゃないですか」
中田「古岡ちゃん、忌憚もないけどセンスもないんだね」
佐々木「ん~私もそれはないかな」
野村「それ、そんなひどいんですか?」
林「ん~逆に名作だね。なんで最終に上がったか不思議なくらい」
野村、スマホが鳴る。
野村「あ、はい、すぐ行きます」
野村、立ち上がる。
野村「はぁー…すみません。現場から招集かかったので一瞬抜けますね」
古岡「え、困ります」
野村「ほんと、一瞬なんで」
野村、部屋から出る。
中田「じゃあ一旦これはなしですかね」
中田、『タピオカ物語』の横に大きくバツを書く。古岡、悲壮感溢れる表情。
古岡のスマホにメッセージがくる。
エリ「『ねえ、ちゃんと推薦してくれてる?』」
× × ×
佐々木「各自、推薦理由を言いません?」
中田「そうしようか!じゃ、おれ…」
林「じゃ、俺から~」
林、中田からペンを奪い取って、ホワイトボードの前に行く。
林「『パイオツホームラン』。主人公は、高校3年生、三浦美咲。ショートヘアが似合うボーイッシュな美少女。野球好きの父に育てられ、男顔負けのピッチングを繰りなす野球少女に育ちます。しかぁし、立ちはだかるは男女の壁。高校球児の夢の舞台である甲子園には立てません。そこで美咲、男装をして男子校に紛れこみ、甲子園に出場することを決意」
大槻「くだらん作品だ」
林「いいえ、ここからが本番です。高校1~2年の頃は女性であることを隠し通せていたものの、だんだん発育が進み、胸の大きさを隠しきれなくなります。徐々に気が付き出すチームメイト。しかし、野球を愛する気持ちに男女の差なんて無いんです!あるがままの美咲を受け入れ、チーム一同で甲子園を目指します」
佐々木「まあタイトルからイメージするよりは真面目な雰囲気よね」
林「そうなんです!友情、努力、勝利!スポ根三原則を完璧に網羅した作品となっております」
林、情熱的に演説。ドアが開く。
野村「ほんと人使い荒いわぁ、鶏捕まえてこいってどんな指示だよ」
野村、鶏の毛だらけになって戻ってくる。
林「よって、私は『パイオツホームラン』を推薦します!」
大槻「長い説明だな」
野村「えーと、それどんな話なんですか?」
林、一からやり直そうとする。
林「『パイオツホームラン』。主人公は…」
中田「え、最初からやり直すの?」
佐々木「おっぱい隠して男と女が野球する話だよ」
古岡「語弊がありますね」
野村「…めっちゃ面白そうじゃないですかー!」
林「だろー!?」
古岡「絶対違う意味で捉えてますね」
林「しかもこれ、最高のキャスティングを予定しています」
大槻「どういうことだ?」
林「ヒロインのイメージは短髪・美少女・巨乳で、そして野球がうまい!これに当てはまる女優、誰だと思います?」
中田「短髪美少女で巨乳で、そして野球がうまい…誰?」
林「つばさちゃんじゃないですかー!大塚つばさ!」
大槻「誰だ」
佐々木「いま大人気の正統派女優ですよ。男性人気も高い」
野村「え、つばさ使えるんですか!?」
林「もしかして…君もファン?」
野村「ファンどころじゃないっすよー!彼女みたいなもんっす!」
野村、スマホが鳴る。
野村「え、またですか?え?次は孔雀?」
野村、スマホを切る。
野村「すみません。次は孔雀捕まえなきゃいけないらしいので一瞬抜けます」
古岡「またですか」
野村「つばさ使えるんなら、この作品でいいんで一票入れておいてください」
野村、出ていく。
大槻「くだらん」
佐々木「まあ私もこの作品でいいですよ」
林「じゃあ、5人中3人が賛成ってことで」
中田「絶対ダメ、だめだめ」
大槻「許さん」
中田「さすがに適当に決めすぎじゃない?」
古岡「えーと、」
一同、古岡を見る。
古岡「一応、5人の合議での決定が必要なので、全員納得していただかないと」
林「えー、納得してくださいよー」
中田「ま、一旦他の作品も検討しよう!」

◯街中・タピオカ店
街で友達とタピオカを飲むエリ。不安げにスマホを開くが、返信はない。既読もない。追加でメッセージを送る。
エリ「『ねえ、ホントにセックス禁止にするよ?いいの?』」
ため息つき、スマホをしまう。

◯ナステレビ・会議室
林「中田さんは、なんで『ゆとり探偵』を推薦してるんですか?」
中田「え?えーと、理由?えー、そりゃアレですよ、えと、ゆとりがあって…」
佐々木「ぶっちゃけ脚本の完成度でいったら『ゆとり探偵』がダントツですよ」
中田「そうそう!さすが佐々木さん、脚本をわかってらっしゃる」
林「と、いいますと?」
佐々木「『ゆとり探偵』の良い点は2つあります」
中田「言っちゃってください!」
佐々木「1つ目は、リアルなセリフです。主人公は男子高校生。どことなく冷めてる今風の男の子です。台詞の端々から、リアル感が感じられます」
中田「そうなんですよ、リアルなんですわ」
佐々木、中田を一瞥。
大槻「中田おまえちょっと黙ってろ」
中田「…しょーちしましたー」
佐々木「本人が高校生なのか、もしくはそれに近い人物が近くにいるのかな」
古岡「佐々木さん、脚本家に言及するのはちょっと…」
佐々木「ああ、そうだったね」
中田「監査クンはほんと固いな」
佐々木「2つ目は、推理の質です。例年の新人が出してくる推理モノと比べると、ロジックの完成度が高い」
大槻「確かに例年のクズよりはいいな」
佐々木「以上の点から、私は『ゆとり探偵』を大賞に推薦します」
中田「ってことです!私も全く同感です!それが言いたかった!」
林「まあ、納得ですねー。『パイオツ』は発想はいいですが、部分的にがさつな感じはあります」
大槻「だめだだめだ、人間の内面が全く描かれていない」
林「…ねえ、これもしかして!レオのお姉さん役、つばさちゃん使えない!?」
中田「んーまあ使えないこともないというか、使えるね」
林「じゃあまあこれでもいいかもなー」
野村、戻ってくる。孔雀の羽根だらけになってる。
野村「孔雀って飛べたのか…」
中田「ってことで大賞は『ゆとり探偵』でいいですかね?」
大槻「だめだって言ってんだろ、大賞は『嘘つき家族』だ」
中田「そうは言いましてもー…」
佐々木「野村くんはどう思う?」
野村「え、ちょっともう疲れちゃって、どうでもいいっす。つばさ使えるやつでお願いします」
野村、スマホが鳴る。野村、絶望の表情で電話を取って叫ぶ。
野村「何なんですか、次はペンギンですか?…え、本当にペンギンなんですか?」
スマホを切る。
野村「…一瞬抜けます」
古岡「毎回一瞬って、全然一瞬じゃないじゃないですか」
野村「今回は多分、十瞬くらいです」
野村、出ていく。
中田「んー、ちょっと野村くん帰ってくるまで休憩にしますか!」
林「ちょっとトイレいってきま~す」
◯駅前・(夕)
エリ、帰途につく。古岡からメッセージが来る。
古岡「『…だめかも』」
◯ナステレビ・会議室
各自、部屋でくつろぐ。
中田「何読んでんの」
古岡「週刊松竹です」
中田「ジジくさいもん読んでんなー」
古岡「おもしろいですよ」
中田「固いよ!ヤンジャンとか読みな」
佐々木「へー私こういうの読んだこと無い。貸して」
大槻「なあ、まだ始まらないのか!」
古岡「林さんがまだ戻ってきてないので」
大槻「くだらん!もう帰るぞ!」
中田「もうちょっとだけ待ってください」
林と野村、帰ってくる。野村、ずぶ濡れ。
野村「ああ、もう帰りたい。帰って寝たい」
林「ペンギン速かった?ねえ、速かった?」
大槻「いい加減始めるぞ!」
大槻、立ち上がり、ホワイトボードの『嘘つき家族』に◯をつける。
大槻「もう『嘘つき家族』で決まりだろ!」
野村「どこがそんなに良いんですか?」
大槻「いいか、第一に、最近のドラマはどれも似たりよったりで、薄っぺらいテンプレばかりだ」
林「まあ最近は、とりあえず医療系と刑事モノをやってれば数字取れますからね」
大槻「ドラマってのはな、人間の葛藤を描くものなんだ!人間の内側の、ドロドロとした愛憎がなによりも大事なんだ。今のドラマにはそれが欠けてる」
野村「ふーん、で、『嘘つき家族』にどうつながるんですか」
大槻「『嘘つき家族』は、家族の愛の物語だ。親子愛、兄弟愛、全てが詰まってる。他の候補作は、全部薄っぺらいんだ。人間を全くもって描けてない!」
大槻、全員を見渡す。
大槻「どうだ、ぐうの音も出ないか」
古岡、手を挙げる。
古岡「…これって、予算的にどうでしょう?大賞作品は実際に映像化されますが」
大槻「…予算がなんだ。どうにかなるだろ」
林「結構大掛かりなロケになりそうですね」
野村「どこらへんが予算かかるんです?聞いた感じ、ただのホームドラマですが」
林「いや、ストーリー自体は確かにホームドラマだけど、舞台がね、ヨーロッパの設定だから」
野村「え?日本じゃないんですか?」
中田「しかも時代は中世。母親はペストに苦しめられているんだ」
野村「え、これ中世ヨーロッパだったんですか!?なんで!?」
野村、ペラペラめくる。
野村「あ、ほんとだ!カタカナがめっちゃ出てきますね」
中田「ネズミもめっちゃ出てくるよ」
大槻「予算はどうにかなるだろーどうにかするのがお前の仕事だろう!」
林「いやー、実際無理ですよ。登場人物も外国人だし、ロケ地も外国だし」
大槻「あー予算予算そればっかだな。そんなだから海外に差をつけられるんだ」
中田「そもそもたかがコンクールなので…」
大槻「じゃあなんだ、人間を全く描いていない、ペラッペラの作品を大賞にするってのか」
中田「『ゆとり探偵』は人間を描けてると思いますけどね~ですよね?佐々木さん」
佐々木、週刊松竹を読みふけってる。
佐々木「あ、ごめん、聞いてなかったです」
佐々木、雑誌を置く。
佐々木「で、なんでしたっけ?」
大槻「はー、こりゃだめだ」
大槻、ふてくされる。
野村、手を挙げる。
野村「あのー…一瞬だけ寝てもいいですか」
中田「はあ!?」
野村「死ぬほど眠いんです、一瞬だけ」
中田「会議中に眠るなんて言語道断だよ!だめに決まってるだろう!」
中田、野村に詰め寄る。
野村「まじで、死ぬほど眠いんです」
古岡「…まあまあ、寝ちゃだめだと規則にはありませんから」
中田「そりゃ規則にはないよ、想定してないからね!」
野村「古岡さん…仏のような人だ…生まれ変わったら監査に行こう…」
野村、眠る。
大槻「俺、もう何でもいいから決めといて」
端っこで週刊松竹を読み始める。
中田「はーどうしますか」
林「となると、やっぱり『パイオツホームラン』に決まりですね!」
中田「いやいや、別にそうと決まったわけじゃないでしょうよ」
林「いやいや、決まりでしょう。予算もよし、構成もよし、おまけにヒロインがつばさちゃんだったら、数字取れること間違いなしですよ!」
中田「でもね…」
古岡「あのー」
林「でた、監査クン」
古岡「実際、つばさちゃん使いたいだけですよね?林さん」
林「いや、それは違うよ~脚本もちゃんと評価してるよ?」
古岡「もし、つばさちゃん使えないとなっても、この脚本を推薦しますか?」
林「それはまた話が別よ~」
古岡「ですよね…」
中田「いきなり出てきて何が言いたい」
古岡「…スキャンダルとか大丈夫かなって」
林「スキャンダル!?」
中田「まあ最近は女優のスキャンダルも多いからな、ドラマ化する前に発覚したら数字は落ちるだろうな」
林「いやーつばさちゃんに限って…」
佐々木「あっ!」
佐々木、何かを思い出す。大槻の見てる週刊松竹を奪い取り、あるページを皆に見せる。
佐々木「スキャンダル!あります!」
林「えっ!?」
佐々木「『人気絶頂の女優 大塚つばさに恋人!?お相手はテレビ局関係者』」
林「なんだと!?」
林と中田、雑誌に詰め寄る。
中田「『一部関係筋によると、ナステレビ局内の若手社員の可能性が濃厚。』うちの社員かよ!うらやましいなおい」
林「おいおい嘘だろ、嘘と言ってくれ」
中田「写真もあるな。ちょっと見づらいが」
佐々木「若そうですね」
林「メガネっぽいですね」
中田「体格はヒョロなが…」
3人で野村を見る。
中田「まさかね」
佐々木「そういえば、さっき、『ファンどころじゃない、彼女みたいなもん』って言ってましたよね」
林「まさか…」
野村の襟首を掴んで叩き起こす。
林「おい!」
野村「え、は?え?次は何?不死鳥?」
林「お前、つばさちゃんと付き合ってるのか?!」
野村「え?…まあ、付き合ってるというか」
林「ゔぁ!?」
野村「つばさは、俺の嫁っすね」
林「…この糞AD風情が~~~!!!」
林、首を絞める。
野村「え、な…ぐ…」
中田、仲裁に入る。
中田「ちょちょちょ、死んじゃうよ」
野村、開放される。
林「いつからだ?どうやって付き合った?」
野村「え、何の話です?真面目な話すか?俺付き合ってないですよ」
中田「は?」
野村「妄想の話っす。実際は見たことも会ったこともないですよ」
中田「はあ?んだよそれ!」
林「なんだ、お前じゃなかったのか。まあそうだよな、たかがADとつばさちゃんが付き合うわけないもんな」
野村「え、つばさ彼氏できたんですか?」
林「そうだよ」
野村「はーーー嘘でしょう…」
野村、落ち込んで倒れ込む。
古岡「あのー、大賞、どうします?」
林「もうつばさちゃん使えないならどうでもいいや」
佐々木「あ、本音でちゃった」
中田「監督、いかがでしょうか」
大槻「どうせ予算予算って言うんでしょ、勝手にすれば」
中田「ありがとうございます!勝手にします!」
中田、ホワイトボードに寄る。『嘘つき家族』の横に『予算NG』、『パイオツホームラン』の横に『スキャンダルNG』と書き込む。
中田「皆さん、紆余曲折ありましたが、ついに!大賞が決まりました!大賞は…」
古岡「ちょっと待って下さい」
中田「…どうしたかねクソまじめ監査クン」
古岡、黙り込む。
中田「なになに?どうした?」
古岡「…『タピオカ物語』もう一度、検討してみませんか?」
大槻「まだ言ってるのかこいつ」
林「『タピオカ物語』は冒頭で候補から消したじゃないですか~」
中田「お前アレだな、議論の最後に『そもそも~』とか言い出す奴だな」
佐々木「ちょっと面倒ですね」
古岡「面倒でもなんでもいいです、検討しませんか」
大槻「くだらん、この作品が一番ナシだ!」
林「ん~、僕もやっぱなしかな。セリフも稚拙だし、素人臭がプンプンする」
佐々木「そうですねー、脚本の構成もありきたりですしね」
古岡「いや、新しい切り口だと思うんですよ!マッチングアプリの物語って」
林「ん~古岡くんの言いたいこともわからんでもないけど、ねえ」
中田「もう、決めちゃおう!結局こいつ審査員でもなんでもないわけだから」
大槻「『タピオカ』はなしだね」
林「『ゆとり探偵』でいいんじゃないですか」
佐々木「私も同感です」
中田「ほら、もう決まったようなもんよ。野村もいいでしょ?」
野村「いや、ぼくは古岡さんを支持します」
中田・林「はあ!?」
野村「うるせえよ!さっきから寄ってたかって俺をいじめやがって!」
中田「なんで『タピオカ物語』なんだよ」
野村「仏の古岡さんが推してるからですー」
大槻「はぁ、話にならん」
中田「野村、この作品はまじで無いから」
古岡「決めつけはよくありません」
中田「タピオカきっかけで知り合った男女が、最後にはタピオカの中に指輪を入れてプロポーズするんだぜ?」
古岡「斬新じゃないですか」
林「うん、悪い意味でね」
中田「全く意味分かんない作品だよ。芸術性のかけらもない。数字も取れない」
古岡「そもそも数字取るためのコンクールではないはずです」
中田「構成もめちゃくちゃ」
古岡「型に囚われてないから良いですね」
中田「どうせどこかの頭が足りないパッパラパーの女が書いたに決まって…」
古岡「エリはそんな女じゃない!」
叫んで、はっと我に返る。
佐々木「誰?エリって」
古岡「いや、忘れてください」
林「作者か?」
中田「いやいやただの作者じゃないだろー。お前の知り合いか何かか?」
古岡「違います。終わりましょ。『ゆとり探偵』が大賞ですよね」
中田「いやいや俺は逃さないぞ」
中田、古岡に詰め寄る。
中田「『エリ』ってことはだいぶ親しい間柄だな。彼女かなにかじゃないのか?」
大槻「あんだけ脚本家のことは伏せておいて、自分は八百長しようってのか」
古岡「違います!」
林「大方、彼女が駄作を出したらたまたま最終まで残っちゃって、つい八百長しようとしちゃったんじゃないですか」
中田「卑怯だよ~それは卑怯だよ」
佐々木「監査クンも人間の心はあるんだね」
野村「エリ、エリ、何か引っ掛るんだよな」
林「…エリ?大塚エリ!?」
野村「…ああ!」
中田「だれだそれ」
林「大塚つばさの本名っすよ!」
古岡「…!」
大槻「いや、さすがに…」
林「『フジテレビ局内の若手社員の可能性が濃厚。』」
中田「若くて、眼鏡で、体格はヒョロなが…」
一同、古岡の全身を見る。
古岡「ち、違います」
佐々木「見てくださいこれ、つばさちゃんのインスタ!タピオカ飲んでますよ。『今日はオフ!タピオカ日和』ですって」
古岡「タピオカくらい誰でも飲むでしょう」
林「…そういや少し前に『朝早くからカフェで執筆作業』とかツイートしてたぞ」
古岡「たまたまです」
野村「古岡さん…信じてたのに!この糞監査野郎が~~~!」
野村、つかみかかるが中田に張り倒される。
中田「ま、付き合ってるのが本当か嘘かは知らねえが、これで『タピオカ物語』は完全になくなったな」
古岡、一瞬の逡巡の後、土下座する。
古岡「お願いです、もう一度考えてはくれないでしょうか…?」
大槻「結構しつこいなこいつ」
林「認めなよ、これ書いたの、つばさちゃんなんだろ?」
古岡「…違います。それにたとえ私の彼女が書いてたとしても、全員一致で推薦したなら八百長じゃないですよね?」
佐々木「まあ、もし全員一致で推薦したならね。現実そうじゃないから」
中田「お前な、つばさちゃんに利用されてたんだよ、脚本賞取りたいがために、お前に取り入ったんだよ」
古岡「…作者じゃなくて作品を見ましょう!いい作品が、大賞を取るべきです!」
野村「もう、みんなそうしてますよ。古岡さん以外はね」
一同、古岡を見る。
古岡「…!……そうですね」
古岡、うなだれて席に戻る。
佐々木「『ゆとり探偵』、完成度は抜群ですからね~」
大槻「ま、最低限中身がある脚本だろうな、この中では」
林「姉ちゃん役でいい女優使えそうだし!」
佐々木「まだ言ってるんですか?」
林「冗談冗談(笑)」
中田、真面目な顔で演説する。
中田「役を作り、セリフを吐かせ、時に観客を欺き、時には自分をも殺し、最高の結末へと導く。それが、一流の脚本だ」
中田、おちゃらける。
中田「ま、先輩の受け売りだけどな。『ゆとり探偵』はその全てを満たしてる」
野村「何すかそれ」
中田「みんな使っていいぞ!がはは!それでは!大賞は『ゆとり探偵』で決定いたします!」
大槻「はぁ、やっと決まった」
野村「これで寝られる」
皆、ぞろぞろ帰ろうとする。
中田「これにて終了、としたいんですが」
大槻「なんだ、まだ何かあるのか」
中田「スキャンダルの件とか、予算の件とか、最後の古岡ちゃんの件とか、結構エグめな会話が出ちゃったので、議事録は適宜修正してからの提出で大丈夫ですか?」
林「まあ最後の『ゆとり探偵』の選考理由だけ入っていればいいんじゃないですか」
中田「古岡ちゃんもそれでいいね?」
古岡「…はい」
大槻「堅物の監査くんもやけに従順だな。まあ、自分が八百長しようとしたんだもんな、そりゃバレたくないか」
中田「じゃ、そういうことで!議事録修正よろしく!」
古岡「修正完了したので、チェックと判子お願いします」
中田「切り替えはやっ!」
中田、一応よく読んでから判子を押す。
古岡「それでは、結果と議事録を委員会に提出してきます」
古岡、部屋を出る。
中田「じゃ、これにて終了です!お疲れさまでしたー」
大槻「はぁ、毎年くだらないから来年から出るのやめようかな」
大槻、部屋を出る。
佐々木「大賞の脚本家、どんな人ですかね」
林「美少女だと良いな~」
林と佐々木、部屋を出る。
野村「やっと寝られる…100時間寝よ…」
野村、スマホが鳴る。
野村「…はあ?紺野さんが!?病院で死にそう!?…クソッ!」
野村、走って部屋を出ていく。

◯同・廊下
悠々と歩く古岡。微笑を浮かべる。

◯同・会議室
部屋には中田だけが残り、ドアが閉まる。
中田「…ふぅー…」
ネクタイを緩める。
中田「あいつ、やるなぁ…」
スマホを取り出し、誰かに電話をかける。
中田「あ、もしもし、中田です。社長、やりましたよ、例の作品、通しました」

◯回想・古岡自宅・(朝)
古岡「あ、部長ですか。覚悟を決めました。飯塚製薬の息子が書いた作品は『ゆとり探偵』です」
一拍置く。
古岡「でも、私が協力できるのはここまでです。私は、『ゆとり探偵』は推薦できません」
一拍置く。
古岡「いえ、安心してください。私は推薦しませんが、最後には『ゆとり探偵』を確実に勝たせます」
古岡、ノートを見ながら話す。
古岡「今日の会議では、私が場をかき乱します。計算通りにいけば、最後にはこの作品ともう一つの一騎打ちになるはず。私がとどめを刺すので、部長は最後に議論をいい感じにまとめてくれればそれで十分です」
一拍置く。
古岡「あ、あと。議事録を最後に修正する必要があります。はい、不利な証拠になるので。中田さんの方から修正を促してください。それでは、よろしくおねがいします」

◯ナステレビ・会議室
引き続き電話をしている。
中田「はい、飯塚製薬の息子の作品、大賞です。え、監査ですか?全然怪しみませんでしたよ。『俺がクビになる』って泣きついたらあっさりやってくれました(笑)バカですよね~嘘なのに。あ、約束ですよ?昇進の話。こうして成功させたんですから。え?本当ですよ、本当に通しました。もし嘘ならホントにクビでもいいですよ(笑)」
フフッと笑い、席を立つ。
中田「それでは、そういうことで、昇進の件、お願いしますよ!」
スマホをしまう。荷物をまとめ、帰り支度をする。廊下に出る。
古岡「部長!」
廊下の奥から古岡が走ってくる。
中田「おお、おつかれ~」
古岡「お疲れさまです」
中田「それより、完了したか」
古岡「はい。事務局に提出しました。19時には発表されます」
中田「完璧だ。それじゃぁ」
歩き出す中田を古岡が呼び止める。
古岡「あの。約束なので」
中田に人事異動届の紙を渡す。
古岡「ここに判子お願いします」
中田「気が早いな~古岡ちゃん。そんなにうちに来たい?」
古岡「はい」
中田「ま、いいけどね。はいよ」
判子を押して渡す。
古岡「いまここで人事部に電話してください」
中田「え?そこまでするー?」
古岡「はい」
中田「…しょうがないな」
中田、スマホを取る。
中田「あーもしもし、制作部の中田ですー。お疲れさまですー。昨日話してたディレクターの件、ひとり見つかったんで、異動届出しておきますね。はい、はい、じゃー、はい~」
古岡「ありがとうございます。それではこちらも提出しておきます」
古岡、颯爽と去っていく。中田、首を傾げながら逆方向に歩いていく。

◯同・監査室・(夕)
古岡が一人、部屋に佇む。机に、何かメモ書きを残す。満足気に、ペンをしまって部屋を出る。

◯同・制作部部長室・(夜)
中田、部屋で小躍りしてる。
中田「昇進っ!昇進っ!」
中田、スマホが鳴る。
中田「あ、社長、お疲れさまです。あ、もしかして、昇進決まりました?違う、あぁ、発表された。それはそれは」
中田、顔が凍りつく。
中田「え…?」

◯古岡自宅・玄関・外・(夜)
明るい表情で家の前に立つ古岡。大きな深呼吸。ドアを開け、部屋に入る。ドアが閉まり、声だけが聞こえる。
エリ「あ、おかえり!」
古岡「ただいま」
エリ「どうだった?私、大賞?」
古岡「いやーどうだろう」
エリ「えー教えてよ」
古岡「そろそろ発表されてるんじゃない」
エリ「うわーこの反応、絶対落ちたじゃん」
古岡「…ふふ」
エリ「やっぱり推理モノは流行らないかぁ」
古岡「落ちたとは言ってないよ」
エリ「まじでセックス禁止だからね」

◯ナステレビ・制作部部長室(夜)
中田「ちょ、ちょちょ、確認します」
中田、PCを開き、サイトを見て目を見開く。
中田「…!また後で掛け直します!」
何が何だか分からない、という表情。古岡に電話を掛けるが、つながらない。中田、部長室を出て、廊下を必死の形相で走る。

◯ナステレビ・監査室・(夜)
中田、監査室に着く。見渡すが誰もいない。古岡のデスクには一枚のメモが。メモ書きには『八百長はバレなきゃ八百長じゃない』。
部長、紙を破り捨て、たたき落とす。スマホが鳴り響く。
中田「社長!いや!これは!陰謀です!八百長ですよ!いや、八百長に見せかけて八百長じゃなかったというか…嘘をつかれてました!あの監査にやられたんです!……いや、待ってください!え…ちょちょちょ、え?…クビ……?」
スマホを落とし、うなだれる。

◯古岡自宅・自室・(夜)
椅子に座り、リラックスする古岡。

◯フラッシュバック
当日朝、中田への電話シーン。
古岡M「役を作り」

◯フラッシュバック
佐々木が週刊松竹を皆に見せるシーン。
古岡M「セリフを吐かせ」

◯フラッシュバック
古岡が脚本を掲げて『タピオカ物語』を推薦するシーン。
古岡M「時に観客を欺き」

◯フラッシュバック
古岡が土下座するシーン。
古岡M「時には自分をも殺し」

◯フラッシュバック
廊下での中田との別れシーン。
古岡M「最高の結末へと導く」

◯ナステレビ・制作部部長室・(夜)
暗くなった部屋にPC画面のみが煌々と照らされている。PCの画面には大賞が発表されている。
「大賞『ゆとり探偵』-大塚エリ」

◯古岡自宅・自室(夜)
スマホが鳴る。
古岡「あ、部長…お疲れさまです。え?八百長?何のことですか?ちょっとよくわからないですね…」
古岡、余裕の表情を浮かべる。
古岡「…大賞を取り消せ?異動の話はナシ?…もう無理ですよ」
古岡、ふふっと笑う。
古岡「規則ですから」
おわり

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