殴られ屋 コメディ

井元誠司、27歳。サラリーマン。 バリバリのサラリーマン。のはずだが… 溜まりに溜まったストレスが、彼を悩ませる。 働くことの意味を見失った彼の前に、 一人の男が現れた…!
白石 謙悟 17 0 0 06/04
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第一稿

『殴られ屋』

登場人物

宇渡野 大木(ウドノ ダイキ)…職業、殴られ屋。殴られることで
                世界からストレスをなくすことを生きが ...続きを読む
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『殴られ屋』

登場人物

宇渡野 大木(ウドノ ダイキ)…職業、殴られ屋。殴られることで
                世界からストレスをなくすことを生きがい
                とする中年オッサン。ドM
井元 誠治(イモト セイジ)…27歳、サラリーマン。ストレスたまりまくり。
               いい歳して夢見がちな男性


   明転。舞台は井元の部屋。
   仕事で疲れ切った井元がフラフラで登場

井元「ああー、疲れたぁー…」

   布団に倒れ込む井元

井「もう駄目だ…。俺はもう駄目だ、限界だ。
  仕事が続く気がしない。続けていける気もしない。
  もう無理だ…。
  どうして毎日毎日、課長の小言を聞かなきゃならないんだ?
  何で、こんなに頑張ってるのにこんなに報われないんだ…?
  生まれて27年、彼女の一人もできねぇ!
  ちっくしょう、理不尽だぁぁぁ!!!」

   布団を殴りまくり、暴れる井元。
   誤って床を殴り、痛がる

井「いてえええ!!ちくしょう、この床!床野郎!!
  お前まで俺を否定しやがるのか!いいじゃないか、
  いつも踏まれまくってんだろ、素直に殴られろ!!」

   再び床を殴り、痛がる井元

井「…はぁ、いつまでこんな毎日が続くんだろ?
  死ぬまでか?ってか、何の為に働いてるんだ?
  それすらもよくわからん…。ああくそ、むしゃくしゃする…。
  最近ひとり言多過ぎだろ、俺…。歳かな…」

   仰向けに寝転ぶ。インターホンが鳴る

井「うるさいよー」

   再びインターホン

井「誰もいないよー」

   インターホン連打。耐えかねた井元がドアを開く

井「うるせぇって言ってんだよ!
  いないって言ってんだからとっとと…」

   ドアを開くと同時に、宇渡野が勢いよく登場

宇渡野「お困りのようですね!!」
井「うおおおおい!?」

   驚いて座りこむ井元。満面の笑みの宇渡野。
   少しの沈黙

宇「…お困りのようですね!」
井「ちょ、うるさい!声でかいって!」
宇「ああ、これは失敬。人と会話をするときは大きな声でハキハキと、
  というのが私のモットーでありまして!」
井「ああ、そうなんですか。それは良い心がけ…じゃなくて!」
宇「何か?」
井「何か?じゃねーよ!誰なの、あんた!?何で勝手に人ん家に
  上がり込んでんの!?」
宇「これまた失敬!申し遅れました。私、宇渡野大木と申します。
  宇宙の宇に、渡る、野原の野で宇渡野。大きな木と書いて大木、
  であります!!どうぞ、以後お見知りおきを!!」

   力強く握手する宇渡野。胡散臭さとウザさが入り混じった表情の井元

井「宇渡野さんね。うちに何か御用ですか?新聞なら取りませんよ。
  変な宗教の勧誘も勘弁してください」
宇「違います。全くもって違います!私、決して怪しい者ではございません」
井「どう見ても怪しいですから…」
宇「私は、あるサービスを無償で提供しに参上いたしました!」
井「サービス?」
宇「はい!サービスでございます!」

   井元にじわじわと近付いていく宇渡野

井「ちょ、近い!近いから!!」
宇「おや、失敬!人と会話をする時は、相手の瞳を見て話す、
  というのが私のモットーでありまして!」
井「別に近づかなくても目は見えるだろ!で、何のサービスなんですか!?」
宇「よくぞ聞いてくださいました!よろしいですか、私の提供している
  サービス、それは…。「殴られること」ですッ!!」

   間

井「…何だって?」
宇「ですから、殴られることです!!」
井「あの、いい病院を紹介しましょうか。知り合いに確か、
  精神科に務めている人がいたと思うので…」
宇「やはり、初めてのお客様は戸惑いますよね。ごもっともです!
  私の説明が足りませんでした!詳しくお話いたしますので、
  どうぞお聞きになって…」
井「いや、もういいですから!帰ってください!
  そんなわけのわからないサービス、必要ありません!」
宇「そうおっしゃらずに!私の話を聞いてください!!」
井「いいって言ってるだろ!いい加減にしないと、警察呼びますよ!」
宇「いいえ、退きません!私は退くわけにはいかないのですよ!」

   井元に近づいていく宇渡野

井「ちょっと!近いって言ってんだろ!」
宇「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか!?」
井「え?い、井元ですけど…。井元誠司」
宇「イモト、セイジさん…。漢字ではどのように書くのですか!?」
井「井戸の井に、元気の元でモト、誠実の誠に、司るで誠司ですけど…」
宇「なるほど…誠司さん!実に良い名前だ!
  私の次に良い名前だ!!」
井「おい、そこは譲っとけよ!」
宇「誠司さん、私は退くわけにはいかないのです。眼前で苦しんでいる
  人を放棄し、職務を全うしないなんで、言語道断!!」
井「だから、その職務ってのがよくわかんないんだけど…」
宇「よろしい、ご説明いたします。先程申し上げました通り、
  私のサービス…つまり職務は殴られること。
  人呼んで「殴られ屋」です!」
井「な、殴られ屋…?」
宇「聞いたことはありませんか?殴られ屋」
井「ないですね。あんまり穏やかじゃない感じですけど…」
宇「本来の殴られ屋というのは、挑戦者の放つ拳を紙一重で躱し続け、
  制限時間以内を全て躱すことができれば勝ち、というようなゲームです。
  主に、腕に覚えのあるボクサー崩れの方が行うゲームですね」
井「へぇ、そうなんですか。あれ?でもおかしいですよね」
宇「そう、私は逆なのです!私は逃げも隠れも、躱すことも決してしません!
  全て、この身で受け止めます!!」
井「いや、意味がわからないんですけど!?」
宇「これぞ、真の意味での殴られ屋。私が自信を持って提供する
  サービスなのです!」
井「どこに自信を持てるんですか…?
  いえ、僕は結構ですので…。早く帰ってください」
宇「そういうわけにはまいりません!誠司さん、このままでは、
  あなた、身を滅ぼしますよ!?」
井「え!?ど、どういう意味!?」
宇「私にはわかるのです。
  あなた、相当なストレスを抱え込んでいらっしゃいますね」
井「な、なぜそれを…?」
宇「ふふ!聞こえるのですよ!あなたの体から発せられるSOSが!!」

   勢いよく井元の胸に耳を押し当てる宇渡野

井「やめろ!!」
宇「私の使命は、お客様のSOSをいち早くキャッチし、
  サービスを行うこと!特に、あなたのような方には、早急に
  対処が必要なのです!!」
井「ぼ、僕が何だって言うんだ!?」
宇「ストレスを抱え込み過ぎています!このままでは、危険なのです!」
井「危険って…具体的には、どう危険なんです!?」
宇「それは…」
井「……」
宇「……」
井「……」
宇「…お答えできませぇん!!」
井「わかんねーんだろ!?絶対考えてただろ、今!!」
宇「とにかく、早急にサービスを受けてください!
  存分に私を殴り、ストレスを発散させるのです!さぁ、私を信じて!」

   にじり寄る宇渡野を押し返す井元

井「適当なこと言って、サービス受けさせようとすんな!
  確かに、最近ストレスたまってるけど…。
  危険って程じゃないから!ホント、大丈夫だから!」
宇「いえ!しかし…」
井「大体、何でそこまでしてくれるんですか?しかも無償で…。
  おかしいですよ、何もかも」
宇「それは…」
井「それに、あなたを殴ったところで、僕のストレスは消えませんよ。
  僕の殴りたい人は、他にいるんですから」
宇「……」
井「さあ、帰ってください。無駄に叫んでたら、ちょっとスッキリしました。
  もう十分です。ありがとう」

   立ち尽くす宇渡野をドアの外へ押し出す井元。
   その後、座り込む

井「…何が殴られ屋だ。
  そんなことでスッキリできたら、苦労しねぇよ…」

   うつむき、ため息をつく井元。
   しばらくして、宇渡野が転がり込んで登場

宇「誠司さんッ!!」
井「うおおおい!!まだ何かあるんですか!?」
宇「聞いてください、私の話を!実は私、昔は普通のサラリーマンだったのです!」
井「え…?」
宇「仲の良い同僚がいました。こう見えても私、友人を作るのが下手でありまして!
  その同僚は、私の唯一の親友でした!」
井「何の話ですか、一体…」
宇「しかし、私の唯一無二の親友は…自殺に走りました」
井「!?」
宇「発見が早く、一命は取り留めたのですが…。明るかった友人の突然の
  行為に、納得がいきませんでした。
  そして、後にわかったのです。彼の自殺未遂の原因が…」
井「何だったんですか…?」
宇「彼は上司や同僚からひどいイジメを受けていました。そのストレスに
  耐えかね、自殺を図ったのです。
  気付けませんでした…。あの笑顔の裏に、それ程の苦痛を
  抱えていたなんて」
井「……」
宇「それから、私は決めたのです。「殴られ屋」になることを。
  脱サラして、今の職に就きました」
井「職と呼べるか怪しいですけどね…」
宇「人一倍、不器用な私が、親友と同じように悩んでいる人を助けるには
  どうすれば良いのか…。ならば体を張り、相手の怒りや不満、ストレスを
  受け止めることで、少しでも紛らわすことができないか…。
  負の感情を、緩和させることができないか。
  私にはこれしかない。そう思ったのです」
井「もっと他にやり方があったでしょうが」
宇「いえ、この道しかありません。殴られ屋は、ただお客様のストレスを
  受け止めるだけではないのです。受け止め、共有する…。
  そうすることで、私もお客様の立場に立ち、励ますことができるのですよ」
井「一種のカウンセリングみたいなもんですか?」
宇「そんな大層なものではないかもしれません。
  ただ…もう二度と親友のような犠牲者は出したくないだけです」
井「はは…本当に不器用な人ですね」
宇「よく言われます!!」
井「でも…殴られると痛いでしょう?体は大丈夫なんですか?」
宇「全然平気です!お客様のことを思えば、全く痛くありません!」
井「そうですか…」
宇「それに!」
井「はい?」
宇「私………ドMですから(カッコ良く)」
井「台無しだよおおおぉぉぉぉぉ!!!」
宇「殴られることは苦になりません。むしろ、喜びさえ感じます!
  お客様を救うことができ、私も快感を得られる。まさに一石二鳥!!
  これを天職と呼ばずして、何と呼びましょうか!?」

   にじり寄る宇渡野を押し返す井元

井「くそっ、ちょっとでも感心した俺が馬鹿だった!
  いい歳して何をやってるんですか、あなたは!」
宇「私は、自分の仕事に誇りを持っています!
  お客様を助けたいという気持ちに、偽りはありません!!」
井「心掛けは立派だけど…。やり方に問題があるだろ、どう考えても!」
宇「一体何の問題がありましょうか!?」
井「いくらストレス解消のためとはいえ、初対面の人を殴るのは抵抗あるでしょ!?」
宇「つまり、暴力で解消することが許せないのですね?」
井「ま…まぁ、そういうことです」
宇「確かに、そういったお客様はよくおられます。
  特に女性の方に多いですね」
井「そりゃそうでしょうよ…」
宇「なので!私、そのような方々のために、特別コースをご用意しております!」
井「特別コース?」
宇「相談形式のカウンセリングを行います」
井「最初からそれやれよ!!」
宇「いえ、しかし本質はやはり殴られることにあるのですよ」
井「いらないでしょ!カウンセリングが普通ですよ!」
宇「カウンセリングを最初に行うことで、互いに解り合い、わだかまりを
  一切無くし、その上で存分に私を殴っていただくのです!
  そうすることで、お客様はより快適にストレスを発散させることができます!
  これは既に実証済みです」
井「何で最後は殴らせるんだよ!?そこだけが疑問なんだけど…」
宇「では、カンセリングを始めたいと思います!よろしくお願いしまぁす!!」
井「声でかい!!…はぁ…、よろしくお願いします(しぶしぶと)」
宇「では早速ですが、今のあなたの悩みを教えてください」
井「いきなりだな…。何から話せばいいのやら…」
宇「どうぞ、遠慮なさらず!
  悩みを聞いてもらうというのも、大切なことなのです!」
井「最近の一番の悩みは…仕事が上手くいってないことです」
宇「と、言いますと?」
井「今の仕事、僕に合ってないと思うんです。よく5年も続いてると
  自分でも賞賛に値すると思いますが…どうやら、もう限界みたいです」
宇「なぜ、そう思ったのですか!?」
井「精神的に無理なんですよ!仕事をやっていてもちっとも楽しくなくて、
  同じことの繰り返し。機械ですよ、皆機械!それに加えて、
  上司の小言が毎日のように…。
  最初の方が苦にならなかったんですけど、5年間分溜まりに溜まった
  ものが、最近になって爆発しそうな感じなんですよ」
宇「なるほど…そうだったのですか…」
井「この歳になって言うのもあれですけど、もっと仕事にやりがいが
  欲しいんです。何でもいい、夢のあることをしたい」
宇「わかります、わかります!」
井「それをこの間、先輩に話したら…いい歳して生意気言うなって。
  そういうことはちゃんと自分の仕事をこなしてから言えって…。
  ちくしょう!!」
宇「誠司さん、落ち着いて!私はあなたの言う事、よくわかります!
  私も、サラリーマンをやっていた頃は、あなたと同じでした!」
井「夢を見るのは自由でしょう!?俺は根っからの夢追い人だって、
  最近気付いたんです!だから、今みたいな淡白な現状に
  ストレスが溜まってるんだ…絶対そうだ!!」
宇「よくわかりました…。あなたの抱えている怒りが!」
井「くそーっ!辞めてやる!!あんな会社、もう辞めてやるーーー!!」
宇「誠司さん!」
井「何!?」
宇「私を殴ってください!」
井「カウンセリングはもう終わりですか…?」
宇「いいえ、終わりません!これから先は、私の肉体言語で伝えます!!」

   両手を大きく広げ、天を仰ぐ宇渡野

宇「さあ!私をその拳で!あなたの怒りを!全てを!私にぶつけるのです!」
井「今なら…いけそうな気がする…!」
宇「誠司さぁん!!」
井「う…うおおおおおおおッ!!」

   暗転。殴打音。途中、宇渡野の変な声が混じる。
   明転。疲れている井元。大の字に倒れている宇渡野

井「はあ、はあ…」
宇「ふふふ…。ビンビンきましたよ、あなたの熱い拳…」
井「初めてです…。こんなに本気で人を殴ったのは」
宇「いかがでしたか?」
井「何ていうか…気持ち良かったです。体がすごく軽い…!
  体内の毒を、全部吐き出せた感じですよ!」
宇「はっはっは、そうでしょうとも!」
井「ははははは、すごいな!すごい才能ですよ!」
宇「才能?」
井「殴られる才能ですよ!あんたは殴られることで人を救うことができる。
  普通、できることじゃない」
宇「そう言っていただけると光栄ですが…私もまだまだです!!
  まだまだ殴られ足りません!私は、もっと殴られなければなりません!」
井「いや、本当にすごいですよ…!さっきまでの自分が嘘みたいだ。
  こんな晴れやかな気持ちになれるなんて!」
宇「これが、殴られ屋の真髄です!!」
井「はは…いいな、羨ましいです」
宇「何がですか?」
井「自分の仕事に誇りを持てるあなたがですよ。
  あーあ、僕もそんな生き方したいなあ…」
宇「大丈夫です!できます!!」
井「でも…」
宇「あなたは、昔の私に似ている!私もここまで変わることができたのです!
  私にできて、あなたにできないはずがないでしょう!」
井「そう、ですかね…」
宇「私が保証します!!」
井「そうだといいですね…」
宇「いやしかし、本当に昔の私にそっくりだ…。素質があるかもしれない」
井「は?」
宇「誠司さん!私と一緒に殴られ屋、やりませんか!?」
井「はあ!?何でそうなるんですか!?」
宇「さっきおっしゃったじゃないですか!
  僕もそんな生き方したいなあ…って!!」
井「あ、あれは言葉の綾ですよ!」
宇「心配ありません、私が一からレクチャーしますから!
  丁度、人員不足で困っていたところなんですよ!」
井「そっちが本音だろ、オイ!」
宇「よし、決定ですね!よろしくお願いします、誠司さん!」
井「話聞け!!」
宇「共に、ストレスに悩む方達を助けましょう。
  私達が世の中を明るくするのです!!」
井「い、いや、ちょっと…勝手に話進めないで…」
宇「では、殴られ屋就任の儀を行います」
井「何それ」
宇「私が今から、愛を込めた拳であなたを殴ります」
井「はい!?」
宇「それを受け止めることによって、新たな殴られ屋が誕生するのです」
井「嫌ですよ!意味わかんねーし!絶対痛いでしょ、それ!!」
宇「痛いのはこの就任の儀だけです!ここだけ、ここだけ耐えてください!
  これ以降は、全て快感に変わりますから!」
井「もっと嫌だよ!!」
宇「では、いきますよ!!」

   井元を掴み、逃げられなくする宇渡野

井「ちょ!?ちょ、ちょっと!暴力反対!は、離せ!!」
宇「はああああーーーーー!!!」

   井元にボディブローをかます宇渡野

井「ぐっ…!」

   沈黙。宇渡野が拳を引く

井「…………あれ」

   お腹を触り、不思議そうな井元

宇「大丈夫ですか、誠司さん!?
  すみません、痛かったとは存じますが、手加減はできないのです。
  手加減をしてしまえば、真の殴られ屋は誕生しないので…」
井「気持ちいい」
宇「え!?」


――完――

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