生刑 ドラマ

せいけい【生刑】 [名]犯罪者から死を奪う刑。  平成31年4月30日。5人の死者を含む、30人以上の死傷者を出した、平成最後の通り魔事件、通称「守田事件」が起きる。その被告人・守田慶(31)は死刑を望むも、その判決は国内2例目となる「生刑」だった。
マヤマ 山本 104 0 0 05/12
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第一稿

<登場人物>
守田 慶(31)生刑囚
川村 郁也(15)被害者、看守役等
永野 美羽(23)同、妹役や極道の愛人役等
坂井 征爾(64)同、社長役や極道役等
旭 彰吾(2 ...続きを読む
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<登場人物>
守田 慶(31)生刑囚
川村 郁也(15)被害者、看守役等
永野 美羽(23)同、妹役や極道の愛人役等
坂井 征爾(64)同、社長役や極道役等
旭 彰吾(27)同、販売リーダー役等
宮家 真奈(33)同、看護師役等
菊池 士(45)生刑囚

記者
コメンテーター



<本編>
○裁判所・前
   多くのマスコミが詰めかけている。
記者「平成最後の日に起きた、渋谷区通り魔事件、通称『守田事件』の判決が今日、下されようとしています。死亡した五人を含む三〇人以上を無差別に殺傷した、過去に類を見ない凶悪犯罪は……(何かに気づき)あ、今出てきました」
   中から出てきた人が「生刑」と書かれた紙を広げる。
記者「生刑です。守田慶被告に生刑判決が下されました」

○イメージ
   複数の新聞の一面。守田慶(31)の写真や「守田被告に生刑判決」「国内二例目」という見出しの他、犠牲者の川村郁也(15)、永野美羽(23)、坂井征爾(64)、旭彰吾(27)、宮家真奈(33)の写真も並ぶ。
コメンテーターの声「生刑というのは文字通り、命ではなく、死を奪う事で罪を償わせる刑罰の事です」

○スタジオ
   ワイドショーの収録中。
コメンテーター「近年、死刑の廃止化が進む国際社会において、その代替案として注目されていまして、日本国内でも……」
   モニターに映る守田の写真。

○メインタイトル『生刑』

○刑務所・外
   荷物を抱え、出てくる守田。その傍らには看守役の川村もいる。
守田「ちっ、まぶしいな。(川村に)こんな殺人鬼を世に放つなんて、アンタら税金泥棒もいい所だな」
川村「お前の衣食住に税金使うよりはマシだ」
守田「若ぇの、生意気な事言うじゃねぇか。三回殺すぞ?」
   クラクションの音。
   振り返ると停車した車の運転席に妹役の美羽の姿。
守田の声「まさか、お出迎えがあるとはな」

○走る車
美羽の声「お兄ちゃんの場合。出てまたすぐ人殺しかねないから」

○車内
   運転する美羽と助手席に座る守田。
守田「お目付け役って訳か。ご苦労なこった」
美羽「……『もう殺したりしねぇよ』とか、そういうの無いの?」
守田「無ぇよ?」
美羽「(呆れて)」
守田「『どうして人が人を殺しちゃいけないの?』」
美羽「え?」
守田「ガキの頃から、何人もの大人に、何回も聞いた質問。お前はどう思う?」
美羽「それは……だって、法律でダメって言われてるんだから」
守田「法律で言われてんのは『人を殺したら罰を受ける』って事だけだよ。逆に言えば、罰を受ける覚悟さえあれば、人を殺してもいい、って事になる」
美羽「じゃあ……私は、殺されたくない。自分がやられたら嫌な事を人にしちゃいけない。だから、殺しちゃいけない」
守田「俺は別に、殺されても構わねぇ。なら、殺してもいいだろ?」
美羽「もう……どう答えて欲しい訳?」
守田「要するに、最初の質問自体がおかしかったって事だよ」
美羽「どういう事?」
守田「つまり最初の質問は『人が人を殺してはいけない』というのが『正しい事』だと仮定して、その上で『それは何故か』って聞いてんの」
美羽「あ~……うん」
守田「でもソレを誰も答えられねぇ、『正しい』事を証明できねぇ。何故か? ソレはそもそもの前提条件、つまり『人が人を殺してはいけない』って部分が正しくなかったからだ。そう考えるのが妥当だろ?」
美羽「そういう長文問題みたいなの苦手なんだよね。何が言いたいの?」
守田「つまり、だ。『人は人を殺してもいい』んだよ。わかったか?」
美羽「……わかりたくないね」

○アパートA・外観
   守田の乗ってきた車が停まっている。
守田の声「狭ぇな」

○同・守田の部屋
   三畳一間。テーブルや冷蔵庫等、最低限の家具家電。テーブルの上には書きかけの履歴書が数枚。
   部屋に上がる守田と、玄関に立っている美羽。
守田「これじゃ、人なんて呼べねぇな」
美羽「呼ぶ人なんていないでしょ」
守田「いねぇな」
美羽「じゃあ、私はもう帰るから。たまに様子は見に来るけど、ソッチから連絡するのは止めてね」
守田「はいはい」
美羽「あと(テーブルの上の履歴書を指し)わかる範囲で履歴書は書いといたから。ちゃんと働いてよね。じゃ」
   出ていく美羽。履歴書を手に取る守田。
守田「ご丁寧なこった」
   履歴書の賞罰欄に書かれた「殺人罪」「生刑執行中」の文字。
守田「しゃあねぇな」

○オフィスビル・警備室
   警備隊長役の坂井と面接する守田。
坂井「前科のある方は、ちょっとね……」

○アパートA・前
   守田の部屋のドアに書かれた「人殺し」「出ていけ」といった落書き。それを見ている守田。
守田「ったく、誰だ? 三回殺すぞ?」

○コンビニ・事務所
   店長役の旭と面接する守田。
旭「自分、雇われ店長なんで、自分の権限では雇えないっスね」

○アパートA・守田の部屋
   履歴書を作成している守田。外から投げつけられた石で窓ガラスが割られる。
守田「っざけんな、五回殺すぞ!?」

○倉庫・事務所
   面接官役の真奈と面接する守田。
真奈「悪いけど、他当たってちょうだい」

○道
   自動販売機を見つける守田。ポケットから小銭を出すも、金額不足。自動販売機を蹴飛ばす守田。
守田「どいつもこいつも……七回殺すぞ?」
   再び歩き出す守田。

○アパートA・外観
   落書きはまだそのまま。

○同・守田の部屋
   入ってくる美羽。室内はもぬけの殻。
美羽「お兄ちゃん、あのドアの落書き、何とか……あれ?」
   テーブルの上の置手紙。ただ一言「飽きた」と書かれている。
美羽「(置手紙をくしゃくしゃと丸め)あのバカ……」
守田の声「やってられねぇっての」

○ビル・屋上
   フェンスを越えた先に座る守田。町を見下ろしている。
守田「こんな人生、俺がわざわざ時間割いてやるだけの価値、無ぇっての。何が『生刑』だ、くだらねぇ。お前らの思い通りになんて、なってたまるかよ」
   飛び降りる守田。

○スーパーマーケット・休憩室
   テーブルに突っ伏して眠る店員姿の守田。目を覚ます。
守田「……夢?」
   そこにやってくる販売リーダー役の旭。
旭「守田さん。もう休憩時間過ぎてる」
守田「え? あ、悪ぃ」

○同・外観

○同・店内
   「とにかく安い」というポップがいたるところに掲示されている。
   品出しをする守田の元にやってくる客役の真奈。
守田「いらっしゃいませー」
真奈「ちょっと、お兄さん。(手に持った商品を指し)コレの、もっと大きいヤツってどこにあるの?」
守田「いや、ソレはそのサイズしか扱ってないですね」
真奈「え、何で? 駅前のスーパーには置いてあったわよ?」
守田「あ~、ならそのスーパーに行けばいいんじゃないですか?」
真奈「な……ちょっと、それが客に対する態度なの!?」
守田「はい?」
   そこにやってくる旭。
旭「お客様、大変申し訳ございません……」
   頭を下げながら、怪訝そうな顔の守田を横目で見る旭。
旭の声「困るんですよ、守田さん」

○同・事務所(夜)
   向かい合って座る守田と旭。
旭「相手はお客さんなんですから、感情をぐっと堪えてですね」
守田「一応、堪えてたんだけど」
旭「アレで? 逆に、堪えてなかったら、何て言ってたんですか?」
守田「三回殺す」
旭「……よく堪えてくれました」
守田「大体おかしいだろ? どの商品を取り扱うかはその店のセンスだ。『気に入らないなら他所に行け』って伝える事の何がダメなんだ?」
旭「ウチは客商売です。お客様は神様なんですよ」
守田「神様ねぇ……。二回殺すぞ?」
旭「え、いや……何でですか?」
守田「リーダーさんも、仕事終わればどっかの店の客になるんだろ? その時、自分の事を『神様だ』と思ってんの? 気に食わねぇ考え方だな。だから、二回殺すぞ?」
旭「……もういいです」

○同・外観
坂井の声「おい、どうなってんだ!?」

○同・店内
   客役の坂井に接客中の守田。
坂井「どいつもこいつも、この店の連中はこんなレベルの接客しかできないのか!?」
守田「……レベルの高い接客がお望みなら、二駅先に百貨店ありますけど?」
坂井「何?」
守田「この店は、安さが売りなんですよ。商品の値段抑えてる分、人件費削ってるんですよ。そりゃ人の質だって下がるでしょ? それが嫌なら、もっとお高い店行ったらどうですか?」
坂井「(顔を真っ赤にし)なっ……」
守田「金は出さねぇクセに口は出すのかよ。気に食わねぇ。五回殺……」
   そこにやってくる旭。
旭「お客様、大変申し訳ございません」
旭の声「言いかけてましたよね?」

○同・事務所(夜)
   向かい合って座る守田と旭。
旭「『五回殺す』って、言いかけてましたよね? お客様相手に」
守田「言いかけてたんじゃねぇ。言った所を遮られただけだ」
旭「お願いしますよ。せめてソコだけは我慢してください」
守田「実際に殺さなかっただけ、マシだと思ってもらいてぇけどな」
旭「……冗談でも笑えないんですけど」
守田「冗談じゃねぇから、笑わなくていい」
旭「(ため息をつき)今更ですけど、守田さん、接客向いてないですよ。何でこの仕事始めたんですか?」
守田「何でって……」

○同・外(夜)
   帰路に就く守田。店を振り返る。
守田「そういや俺、何でこんな仕事してんだ……?」

○同・外観

○同・中
   ネット上にアップされた、守田と坂井が口論する動画をスマホで観ている旭。ため息。

○同・店内
   品出しをする守田。その様子をスマホで撮影している客役の川村。
守田「……店内での撮影はご遠慮ください」
   止めるそぶりのない川村。業を煮やし、川村に歩み寄る守田。
守田「止めろ、っつってんだよ」
   川村の手を払いのける守田。床に落ちるスマホ。
川村「あっ!? おい、何すんだよ!?」
守田「『撮影すんな』って言った。でも止めないから力づくで止めさせた。以上。何か文句あんの?」
川村「あるよ。アンタ、守田慶だろ?」
守田「……」
川村「生刑囚とやらだろ? 五人も殺したんだろ? そんなヤツが何のうのうと働いてんだよ。何客のスマホ払いのけてんだよ。全然反省してないんじゃない? なぁ、今の動画ネットに上げるぞ? 拡散させんぞ? アンタが殺人犯だって、バラすぞ? 殺人犯がこの店に居るってバラすぞ? いいのか?」
守田「……で?」
川村「『で?』じゃねぇよ。嫌なら謝れよ。土下座して謝れよ」
守田「おい、ガキ。お前、三つ勘違いしてる事あんぞ?」
川村「は?」
守田「まず、俺は裁判所の判断で刑務所の外に居んだよ。隠れてる訳でもねぇし、バラされて困ることは何もねぇ」
   徐々に川村に歩み寄る守田。
守田「二つ目。俺はそもそも人を殺した事を反省なんてしてねぇ。それは裁判でも言ってんだ。調べりゃわかんぞ?」
   徐々に血の気が引いていく川村。
守田「三つ目。俺みてぇな、人を殺す事にためらいのねぇヤツに喧嘩売ったら、自分がどんな目に遭うか、少しは考えた方がいいぞ?」
   川村の胸倉をつかむ守田。
川村「ひっ……」
守田「テメェは七回殺す。これはその一回目だと思え」
川村「ご、ごめんなさい……。ゆ、許して……」
   川村を突き飛ばす守田。近くにあった客用のカートを手に持ち、川村に向けて振りかぶる。
守田「遅ぇよ!」

○電車・中
   駅で停まっている電車。満員の車内。座席で寝ているスーツ姿の守田。目を覚ます。
守田「……夢? (駅名を確認し)、やべっ、降ります降ります」

○ベンチャー企業・オフィス
   出勤してくる守田。既に社長役の坂井らがいる。
守田「おはようございます」
   壁に貼られた営業成績のグラフ。守田はダントツの最下位。
   そこにやってくる坂井。
坂井「守田、そろそろ頼むぞ~」
守田「……わかってますよ」

○会社A・受付
   受付嬢役の美羽の前に立つ守田。美羽は電話中。
美羽「(受話器を押さえ)失礼ですが、本日お約束は……?」
守田「いえ、いわゆる、飛び込み営業というヤツでして……」
美羽「承知しました。(その旨電話口に伝え)申し訳ございません、お約束のない方にはお取次ぎできないとの事です」
守田「そうですか……」

○会社B
   中に入れてももらえず、門前払いされる守田。

○会社C
   会社員役の旭に名刺を差し出す守田。
旭「無駄だから。いらない、いらない」
守田「……失礼しました」

○ベンチャー企業・外観(夜)

○同・会議室(夜)
   時計の針は一八時を過ぎている。
守田、坂井らが集まっている。
坂井「全員、タイムカードは打刻したな? よし、じゃあ、定例会議始めるぞ」
    ×     ×     ×
   時計の針は一九時を過ぎている。
   続々と出ていく社員たち。後片付けをする守田の元にやってくる坂井。
坂井「じゃあ、守田。議事録よろしく」
守田「……おかしくないですか? 定時過ぎてから定例会議とか」
坂井「そういうのは、売上出してから言え。給料泥棒が」
   出ていく坂井。唇をかみしめる守田。
守田「……三回殺す」

○同・オフィス(夜)
   一人残り、議事録を作成する守田。疲れから目を押さえる。

○アパートB・外観(夜)

○同・守田の部屋(夜)
   六畳ずつの1K程度の間取り。カップラーメンにお湯を注ぐ守田。待つ間、ベッドに寝転がる。

○同・同(朝)
   目を覚ます守田。テーブルの上に置かれた手付かずのカップラーメンに気づく。蓋を開けると伸びた麺。ため息。

○会社D・外観
真奈の声「どういう事ですか!?」

○同・中
   向かい合って座る守田と、事務員役の真奈。
真奈「約束の日までに物は届かないし、届いたと思ったら物は違うし」
守田「申し訳ございません」
真奈「悪いけど、御社とのお付き合いはこれまでにしてもらいますからね」
守田「いや、それは……」
坂井の声「それで引き下がってきたのか?」

○ベンチャー企業・会議室
   向かい合って座る守田と坂井。
坂井「ったく、飛び込み営業やらせたら新規は一つも取ってこないし、ルート一件引き継いだらおじゃんにしてくるし。一体何なら出来るんだ?」
守田「すみません」
坂井「せめてその小さいプライド捨てて、土下座するなり何なりしてこいよ」
守田「……そんな事、出来る人間居ねぇよ」
坂井「は?」
守田「じゃあ、出来んのか? 動物園で、檻の中で、裸で歩き回って、それ見られて、飼育員から餌もらって生きていく。そんな生活出来んのか? プライド捨てるって、そういうレベルの事だろ?」
坂井「……」
守田「俺は人間としてのプライドは捨てるつもりねぇし、『プライドを捨てたフリ』が出来るほど、器用な人間じゃねぇ」
坂井「お前が器用か不器用かなんて知らないよ。とにかく、その『捨てたフリ』でいいからやって来いって言ってんだよ。社会ってのは、そんな甘っちょろい考えでやっていける所じゃないんだよ! 泥水すすって生きてんだよ!」
守田「返り血ならすすった事あるけどな」
坂井「お前の御託はもういい。とにかくやれ。お前みたいなヤツを雇ってやってる会社の身にもなれ」
守田「……」
坂井「どうせココをクビになったら、行く所無いんだろ?」
   立ち去る坂井。
守田「(小声で)三回殺す、四回殺す、五回殺す……」

○アパートB・守田の部屋
   数種類の薬を服用する守田。

○電車・中
   満員電車に乗る守田。

○ベンチャー企業・オフィス(夜)
   一人残り、作業をする守田。腕時計で時刻を確認し、天を仰ぐ。

○同・オフィス
   ノートパソコンを開いている守田。坂井からの「こんなものは議事録とは言えない。書き直し」と書かれたメール。

○アパートB・守田の部屋
   退職願を手に持つ守田。ハンガーにかけられたスーツの内ポケットにしまう。

○ベンチャー企業・会議室
   坂井に説教される守田。内ポケットの辺りに手をやる。
守田「(小声で)七回殺す、八回殺す、九回殺す……」

○同・トイレ
   嘔吐する守田。

○駅前(夜)
   疲れ切った様子で歩く守田。
守田「何やってんだ、俺……」
   悲鳴。
   顔を上げると、殺人願望のある青年役の川村がナイフを振り回している。
川村「うらぁ、うおらぁ!」
   吸い寄せられるように川村に近づいていく守田。
川村「何だお前……殺されてぇのか? だったら、殺してやるよ!」
守田「あぁ、そうしてくれ」
   自ら飛び込むように、川村のナイフに刺される守田。

○廃倉庫(夜)
   両手両足を縛られた状態で寝転がる守田、目を覚ます。体中傷だらけ。
   極道役の坂井がやってくる。その傍らには愛人役の美羽。
坂井「おう、気づいたか?」
守田「ここは……痛っ」
坂井「人の女に手ぇ出したんや。こんなもんで済む思うなよ?」
美羽「守田はん、堪忍な」
坂井「やれ」
川村&旭の声「押忍」
   下がっていく坂井と美羽の代わりに守田の前にやってくる構成員役の川村と旭。守田に暴力を加える。
守田「ぐっ……」
   美羽を見つめる守田。
守田の声「あの女、確か……」

○(フラッシュ)刑務所・外
   停車した車の運転席にいる美羽。

○廃倉庫(夜)
   川村と旭に暴力を受けながら、美羽を見ている守田。
守田の声「一体どうなってんだ? コレは、夢か?」
川村「死ねや!」
   川村の強烈な蹴りで転がっていく守田。
守田の声「……の割には痛ぇな」
   鉄パイプを持って守田に近づく旭。
旭「さて、と……」
守田の声「そういや、さっきから……」

○(フラッシュ)各地
   カートを振りかざす守田。
   ナイフに飛び込む守田。

○廃倉庫(夜)
   倒れている守田に向かい、鉄パイプを振りかざす旭。
旭「コレでどや!」
守田の声「よし、コレで目が覚め……」
   目をつぶりつつ、安堵の笑みを浮かべる守田。目を開くと、旭が振り下ろした鉄パイプは守田から外れている。
守田「!?」
   それを見て笑う川村と旭。
旭「殺してもらえる思たん? 残念やったな」
川村「死んで逃げようやなんて、そんな事させへんからな」
守田「ちっ……」
旭「お前にはもう、死に方選ぶ権利ないねん」
川村「まだまだ『死んだほうがマシ』や思うような、むっごい生き方させたるわ」
   守田に殴る蹴るの暴行を加える川村 と旭。
守田の声「殺せ……殺せ……殺せ……」
    ×     ×     ×
   虫の息の守田。暴行から拷問のような形に変わっている川村と旭。
守田の声「このまま、コイツらの好きにさせてたまるか」
   目を閉じる守田。
守田の声「死ぬだ殺すだしなくても、もしコレが夢なら、無理やり目を開けられさえすりゃ……」
守田「うああああ!」
旭「何や?」
守田「覚えてろよ。テメェら。現実で会ったら、十回殺すからな!」
   思い切り目を開く守田。

○病院・集中治療室
   目を覚ます守田。傍らには妹役の美羽。
美羽「お兄ちゃん? お兄ちゃん!」
守田「ココは……?」
美羽「病院。もう、屋上から飛び降りるとか、馬鹿な事しないでよ」
守田「そうか。戻ってきたのか……」

○同・診察室
   医師役の坂井と看護師役の真奈から説明を受ける守田と美羽。左足をさする守田。

○同・廊下
   杖を使い、左足を引きずりながら歩く守田。

○同・リハビリルーム
   リハビリ担当医役の旭の指示のもと、リハビリに励む守田。苦悶の表情。

○同・階段
   杖を使い、階段を上る守田。足を踏み外す。
守田「あっ」
   踊り場まで転げ落ちる守田。
守田「痛って……くそがっ。三回殺すぞ?」
   そこにやってくる真奈。
真奈「大丈夫ですか?」
守田「大丈夫だったら入院してねぇし、杖ついてねぇよ」
真奈「手、お貸しましょうか?」
   差し出された真奈の手を無視して立ち上がり、再び歩き出そうとする守田。
守田「必要ねぇよ」
真奈「無理しないでください」
   守田の腕をとる真奈。

○(フラッシュ)刑務所・地下通路
   二人の看守に両脇を抱えられて歩く 守田。

○(フラッシュ)同・地下室A
   ベッドに寝かされ、薬で眠らされる守田。

○病院・階段
   踊り場に立つ守田と真奈。
守田「今の……?」
真奈「大丈夫ですか? やっぱり……」
   真奈の腕を振り払う守田。
守田「だから、必要ねぇって言ってんだろ? 二回殺すぞ?」
   階段を上っていく守田。

○同・病室
   入ってくる守田。果物ナイフでリンゴの皮をむく美羽。
美羽「あ、やっと来た。ちょっとお兄ちゃん、どこ行ってたの?」
守田「何だ、来てたのか」
美羽「リンゴ、食べるでしょ?」
   ベッドに腰掛ける守田。
守田「……ずっと、夢を見てた」
美羽「夢? あ、意識不明の間の話?」
守田「バイトやったり、会社員やったり、ヤクザに追われたり」
美羽「三番目が一番リアル」
守田「その三番目のヤツは、お前も出てきたぜ? ヤクザの愛人役で」
美羽「ふざけんなし」
守田「で、夢のオチは全部、殺すか、殺されるか、ボコボコにされるか」
美羽「夢のない夢だな」
守田「しかも、痛ぇの。夢なのに。割に合わねぇよな。本当、三回殺すぞ?」
美羽「誰を?」
守田「……でもおかげで、夢の中で『夢だな』ってわかるようになって」
美羽「明晰夢、ってヤツか。ハイ、どうぞ」
   皿に盛られたリンゴ。一切れずつ口にする守田と美羽。
守田「だから、気づいちまったんだよ」
美羽「何に?」
   美羽から果物ナイフを奪う守田。
美羽「お兄ちゃん!?」
守田「お前、誰だ?」
美羽「私は、妹で……」
守田「思い出したよ。俺に妹は居ねぇ」
美羽「そんな事ない。私は……」
守田「じゃあ、名前は?」
美羽「え?」
守田「お前の名前は?」
美羽「私の名前は……名前、は……?」
守田「ほら見ろ。どっからだ? 俺の夢はどこから始まってたんだ? 俺はどこで眠らされているんだ? 刑務所か?」
美羽「知らないよ、そんなの……」
   果物ナイフを美羽に向ける守田。
美羽「お願い、止めて……」
守田「ったく、現実世界に戻るには、あと何回殺せばいいんだよ!」
   美羽に切りかかる守田。

○刑務所・独房
   目を覚ます守田。鉄柵の外には看守役の川村がいる。
守田「ここは……」
川村「(守田の様子に気づき)コチラ川村、一一番が目覚めた。繰り返す……」

○同・通路
   他の囚人とともに整列させられる守田。

○同・工場
   他の囚人とともに作業をする守田。

○同・運動場
   球技をする囚人たち。それを横目に、目を強く瞑っては開く、という行為を繰り返す守田。何も起こらず、ため息。そこにやってくる囚人役の坂井と旭。
坂井「よう、生刑囚。目覚めたんだってな」
   二人の顔をまじまじと見る守田。
坂井「何だ? 俺達の顔に何か付いてるか?」
守田「別に」
   立ち上がり、移動しようとする守田。
坂井「大変だな。こんな場所で、死ぬことも許されずに、永遠に生きていくなんて」
旭「俺だったら退屈で死にそうだぜ」
   笑う坂井と旭。そのまま立ち去る守田。

○同・面会室・中
   フリージャーナリスト役の真奈と面会する守田。
真奈「フリージャーナリストの宮家と申します。生刑囚・守田慶さんに是非お話を伺いたくてですね……」
   真奈の顔をまじまじと見る守田。
真奈「例えば、亡くなった五名の方やそのご遺族への謝罪とか、反省とか、後悔とか」
守田「後悔している事があるとしたら、五人しか殺せてなかった事かな」
真奈「え?」
守田「二、三〇人殺したつもりだったんだが、意外と人間って死なねぇもんだな」
   と言って席を立つ守田。
真奈「ちょっと、守田さん……」

○同・同・外
   川村に連れられて歩く守田。立ち止まり、川村の帽子をとる。
川村「一一番、何を……」
守田「いいから、顔見せろ」
   川村の顔をまじまじと見る守田。
守田「……やっぱりな」
川村「何が『やっぱり』だ」
守田「いや、何でもねぇよ」
菊池の声「どうやら、この世界の仕組みに気付いたようですね」
   振り返る守田と川村。
川村「誰だ? ここは部外者の立ち入り……」
   一瞬の早業で川村を気絶させる菊池。
守田「!?」
菊池「さて、参りましょうか」
   歩き出す菊池。
菊池「付いてきていただけると嬉しいんですけどね」
   しぶしぶ菊池に付いていく守田。

○同・屋上
   対峙する守田と菊池。
菊池「さて、と。何からお話しましょうか?」
守田「その前に確認してぇ事がある。今まだ夢の中、だよな?」
菊池「ご名答です。では、私からも一つ質問を。貴方はこの世界の真理をどこまで理解されていますか?」
守田「真理? そんな小難しい話はわかんねぇが、二つ分かった事がある。一つは人を殺そうとしたり、自分が死にそうになると別の夢に飛ばされる」
菊池「もう一つは?」
守田「俺の夢ん中には色んな連中が出てきたが、よくよく見りゃ同じヤツらだった」

○(フラッシュ)各地
   受付嬢役の美羽、愛人役の美羽。
守田の声「あの妹役に」
   看守役の川村、殺人願望のある青年役の川村。
守田の声「あの若ぇの」
   社長役の坂井、囚人役の坂井。
守田の声「あのオッサン」
   販売リーダー役の旭、構成員役の旭。
守田の声「あの男」
   看護師役の真奈、フリージャーナリスト役の真奈。
守田の声「そして、あの女」

○刑務所・屋上
   対峙する守田と菊池。
守田「せいぜい五人だけだ。……いや、だけだった。だが、アンタは初めて見る顔だ。一体何者だ?」
菊池「その質問は、そんなに大事ですかね?」
守田「あ?」
菊池「例えば『私の正体は何者か』と『この世界からの脱出方法』、どちらか一つを聞けるとして、前者を選びますか?」
守田「抜け出す方法があるのか? 教えろ」
菊池「簡単な事です。胸の前で、手をこう……(守田の背後に何かを見つける)」
守田「何だ? もったいぶってねぇで……」
   背後から川村に刺される守田。
菊池「残念。邪魔が入ってしまいましたね。またどこか、別の夢でお会いしましょう」
守田「っざけんな、お前ら、一〇回殺……」

○アパートC・守田の部屋
   目を覚ます守田。
守田「……すぞ!? また飛ばされちまったじゃねぇか。どうせコレも夢なんだろ? 出て来いよ、さっきのヤツ! 出てこねぇと三回殺すぞ? ったく。……ん?」
   部屋のカレンダーは二〇一九年四月。一~二九日まではバツ印がつけられており、三〇日には丸印。
守田「ここは……あの日の? って事は」
   時計を見て飛び起きる守田。

○渋谷・交差点
   周囲を見回す守田。
守田M「ココはきっと、俺の夢というより、俺が事件を起こした日の記憶。もしあの男が現れるなら、きっとココだ」
   交差点の反対側に菊池の姿。
守田「居た。おい! ……くそっ、やっぱり名前聞いときゃ良かった」
   信号が青に変わる。
   走って横断する守田。その際、川村、美羽、坂井、旭、真奈とすれ違う。

○(フラッシュ)同・同
   すれ違うたびに川村、美羽、坂井、旭、真奈を刺した時の映像が浮かぶ。

○同・同
   菊池の元に向かって走って横断する守田。立ち止まり、振り返る。
菊池「(守田の背に向け)思ったよりも早い再会でしたね」
守田「あぁ……」
菊池「どうやら、気づいたようですね」
守田「俺の夢に出続けていたあの五人は……」
   悲鳴が起きる。守田と菊池の視線の先、別の守田が次々と人を切りつけていく。
守田「俺が……」

○(フラッシュ)新聞記事
   守田事件の記事。犠牲者として写真が掲載されている川村、美羽、坂井、旭、真奈。
守田の声「俺が殺したヤツらだ」

○渋谷・交差点
   守田事件の現場を見ている菊池と守田。
菊池「ご名答です。生刑とは、囚人を半永久的に眠らせたまま、夢の中で、死ぬより辛い現実を疑似体験させる刑です。自分が殺した相手に付きまとわれるなんて、最悪でしょう? もっとも、貴方の場合は通り魔ですから、怨恨の方と比べると大した事無かったでしょうけどね」
守田「そういう細かい設定が分かった所で、だ。さっさと教えろよ」
菊池「私の名前ですか?」
守田「この世界からの脱出方法に決まってんだろ? ふざけてっと四回殺すぞ?」
菊池「面白い事をおっしゃいますね。私を殺したら脱出方法は聞けませんし、そもそも殺そうとした瞬間に別の夢に飛ばされてしまいますよ?」
守田「いいから、さっさと……」
菊池「やる事は、貴方がやろうとした事と根本は一緒です」
守田「俺がやろうとした事?」
菊池「無理やり目を開ける」
守田「あ~」
菊池「貴方は今、とある装置に繋がれて眠らされています。つまり、その装置と繋がっている、胸のあたりにあるコードを引き抜けば、目が覚めるハズです」
守田「意識的に寝相を取れ、って事か」
   目を瞑り、右手をゆっくりと胸の前に持ってくる動作を繰り返す守田。
菊池「大事なのは『何としても目覚めるんだ』という強い意志です」
守田「うるせぇな、わかってるよ」
菊池「もっと思いを込めて、本体に意識を集中させて」
守田「うるせぇって言ってんだろ。五回殺すぞ?」
菊池「『目覚めたら何をしたいか』、それを考えてみて下さい」
守田「目が覚めたら、俺は……」
   エアーで胸のコードを引き抜く守田。
守田「全員殺す!」

○刑務所跡地・地下室A
   ベッドに横になる守田。自らの体と機器類を繋ぐコードを引き抜き目覚める。
守田「ココは……現実か? (頬をつねり)戻ってきたぜ、現実」
   残りのコードも引きちぎって立ち上がる守田。しかし、上手く歩けない。
守田「ちっ、体がナマっちまってんのか?」
   よろけながら部屋を出る守田。

○同・地下通路
   よろけながらも壁によりかかる事で何とか歩いている守田。他に人はいない。
守田「ココは地下か? にしても、マズイな。この状況で看守に見つかったら、またあの部屋に戻されちまう……」
   バランスを崩して転倒する守田。激しい物音。
守田「やべっ」
   物陰に隠れ、息をひそめる守田。しかし何も起きない。
守田「警備がザル過ぎじゃねぇか? 人っ子一人居ねぇぞ?」
    ×     ×     ×
   扉をぶち破る守田。
守田「やっと少し、体が慣れてきたな。しっかし、出口はどこに……おっ」
   上に続く階段を見つける守田。しかし階段の先はふさがれている。
守田「アレだな。よっしゃ」

○刑務所跡地・地上
   瓦礫などで埋もれた場所。地面が少しずつ盛り上がったりする。
守田の声「開け~!」
   瓦礫がどかされ、守田が姿を現す。
守田「どんなもんじゃボケコラ……!?」
   周囲を見回す守田。人影はおろか、建物すらない、廃墟と化した街並み。
守田「何だ、コレ……」

○廃墟
   一人彷徨う守田。
守田「何があった? ココは日本か? 今は何年何月何日だ? 何で誰も居ねぇんだ?」
   落ちている新聞紙を見つける守田。かなり古い紙だが、日付は「2025年」、見出しに「変異株ウイルス感染拡大」「全世界で死者五〇億人超」「人類滅亡の危機」と書いてある。
守田「変異株ウイルス……死者五〇億人!?」
   改めて周囲を見回す守田。
守田「まさか、俺が寝てるたった数年の間に、人類が滅亡したとでも言うつもりか? 三回殺すぞ?」
   自身の声のみがむなしく響き、その場に座り込む守田。
守田「くそっ……。何も知らずに寝てりゃ良かった……。こんな状況で、一人で、生きていけって言うのかよ。五回殺すぞ?」
   落ちていたロープを拾う守田。軽く引っ張っただけでボロボロとちぎれる。
守田「首もくくれねぇ、飛び降りれもしねぇ。どうすんだよ? 飢え死に待ちか? 老衰待ちか? くそっ、あの時死刑にしなかった裁判官、七回殺すぞ? ……せめて、誰か俺を殺してくれるヤツが……」

○(フラッシュ)新聞記事
   「守田被告に生刑判決」「国内二例目」という見出し。

○廃墟
   立ち上がる守田。
守田「そうだ!」

○(回想)裁判所・前
   多くのマスコミが詰めかけている。
記者「『死刑になりたかった』という身勝手な理由で、死亡した七人の命を奪った菊池士被告。その裁判は、国内初『生刑』判決で幕を閉じました」

○廃墟
   走っている守田。
守田「もう一人いた。生刑囚。菊池士」

○刑務所跡地・地下通路
   階段を駆け下りる守田。
    ×     ×     ×
   ドアというドアをぶち壊す守田。
守田「どこだ? どこに居る、菊池士?」

○同・地下室B
   ドアをぶち壊して入ってくる守田。コードで機器類につながれた状態で、ベッドで眠る菊池。
守田「居た……ん? (菊池の顔を見て)コイツが菊池士だったのか。どうりで、詳しいわけだ。おい、起きろ!」
   菊池の体を激しくゆする守田。
守田「ダメか。じゃあ……」
   機器類と菊池の体を繋ぐコードを引き抜く守田。目覚める菊池。
守田「目ぇ覚めたか、菊池士」
菊池「おや、名乗った覚えはありませんが……お久しぶりですね。もしかして、私を助けに来てくれた、とか?」
守田「まぁ、そんな所だ。助けてやった礼に一つ頼まれてくれ」
菊池「何でしょう?」
守田「俺を殺せ」
菊池「はい?」
守田「だから、俺を殺すんだよ。鈍器で撲殺、くらいなら出来るハズだ」
菊池「なるほど、それは構いませんが……先に私のお願いも聞いていただけますか?」
守田「は? 何でお前が先なんだよ。二回殺すぞ?」
菊池「まぁまぁ。実は、あまりに長時間横になっていたからか、自力で起き上がれないんですよ。このままではとても、貴方を殺すなんて出来ませんのでね」
守田「……まぁ、俺より長く寝てたんだもんな。しゃあねぇか」
   と言いながら菊池の背中に手を回そうとする守田。
菊池「あぁ、そうではなくて。(装置を指さし)その一番端にある赤いボタン、押してもらえませんか」
   ベッドからでは間違いなく届かない距離にあるボタン。
守田「(ボタンを見つけ)コレか? 何、介護用ベッドみてぇな機能ついてんの?」
   と言いながら、ボタンを押す守田。直後、ベッドから大量の電気が流れ、感電する菊池。
菊池「ぐああああああ!」
守田「!? 何だ? おい、何が……?」
   守田がボタンから手を離すと、電流も止まる。しかし既に菊池は絶命。
守田「まさかコレ、電気椅子のベッド版? コイツ、俺にコレ押させるために、俺の事目覚めさせたのか?」
   菊池の遺体を激しくゆする守田。
守田「ふざけんなよ、コラ! テメェが死んだら、誰が俺の事殺すんだよ! 許さねぇぞ! 百回、いや、千回殺すぞ!?」
   やがて、力なく手を離す守田。部屋を出る。

○刑務所跡地・地上
   姿を現す守田。彷徨う。
守田「誰か、誰か居ねぇか……?」
   天に向かって吠える守田。
守田「誰か、俺を殺せ~!」
                  (完)

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