AI LOVE YOU 恋愛

鯉渕平和(43)が働くスーパーマーケット・アイコーマートでは接客用AI「アイコ」が導入されていた。ある日、アイコは鯉渕にこう告げる。「私、鯉渕係長が好きです」。
マヤマ 山本 5 0 0 12/11
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第一稿

<登場人物>
鯉渕 平和(43)スーパーの店員
アイコ 人工知能

野口 茜(25)鯉渕の部下
川村 理香(29)エンジニア
島 希美(40)鯉渕の元妻
島 勇樹(8 ...続きを読む
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<登場人物>
鯉渕 平和(43)スーパーの店員
アイコ 人工知能

野口 茜(25)鯉渕の部下
川村 理香(29)エンジニア
島 希美(40)鯉渕の元妻
島 勇樹(8)鯉渕の息子
武田 善子(43)鯉渕の同期
課長(49)鯉渕の上司

男性型キャラ 人工知能
客A
客B
客C



<本編>
○アイコーマート・外観
   スーパーマーケットのチェーン店。
アイコの声「いらっしゃいませ」

○同・店内
   営業中の店内。AIが搭載された大型のタブレット端末のような機械(=アイコ)の前に集まる客。画面にはCGで描かれた女性キャラクター(便宜上このキャラの名前もアイコとする)。
アイコ「いらっしゃいませ。本日は三連豆腐が大変お買い得となっております」
   時折入るアイコ視点の映像。顔認証システムも搭載されている。
アイコ「あら、藤井さんの奥様、髪型変えられましたか?」
客A「まぁ、凄い。そんな事までわかるのね」
客B「ねぇ、アイコちゃん。お醤油ってどこにあったかしら?」
   店内図に切り替わるアイコの画面。棚の一部に星印。
アイコ「醤油は、二階のこちらの棚にございます」
茜の声「AIが接客までする時代、か……」
   その様子を遠巻きに見ている鯉渕平和(43)と野口茜(25)。
茜「これ以上人間の仕事取るな、っての」
鯉渕「まぁまぁ、野口さん。そんな事言わない言わない。ウィンウィンでやっていけばいいじゃない。ね?」
茜「係長、AIにも甘いんですね」
鯉渕「ハハ……ん?」
   鯉渕の視線の先、客Cに接客中のアイコ。
客C「だから、歯医者。どこ?」
アイコ「すみません、よくわかりません」
   客Cの元に行く鯉渕。
鯉渕「失礼します。お客様、歯医者でしたら駅の反対側にございます」
客C「あ、反対側なの? どうもありがとう」
   その場を後にする客C。
鯉渕「お疲れ、アイコちゃん」
アイコ「鯉渕さん、お手数をおかけしました」
鯉渕「仕方ないよ。この店の話じゃなかったからね。でも、そういうお客様もいらっしゃるから」
アイコ「承知しました。情報をアップデートし、今後の改善に努めます」
鯉渕「お願いします」
アイコ「鯉渕さん、一つよろしいですか?」
鯉渕「ん? どうしたの?」
アイコ「私、鯉渕さんの事が好きです」
   周囲の客の視線が鯉渕に集まる。
鯉渕「……はい?」

○メインタイトル『AI LOVE YOU』

○マンション・外観
   ファミリー向けマンション。

○同・鯉渕の部屋・居間
   リビングとダイニングとキッチンを兼ね合わせた部屋。中央には四人掛けのダイニングテーブルがあるが、そのうち三つの席は荷物等で埋まっている。
   棚に飾られた写真立てには鯉渕、島希美(42)、島勇樹(8)の家族写真。写真の中の鯉渕は勇樹の肩を抱いている。キッチンで歯を磨く鯉渕。
理香の声「異常なしですね」

○アイコーマート・店内
   アイコのメンテナンスをする川村理香(32)とその傍らに立つ鯉渕。
鯉渕「そうですか? でも、いきなり私に対して『好きです』だなんて……」
理香「人工知能は進化してますからね。人間に恋する人工知能が現れたとしても、おかしくないですよ。ムフ」
鯉渕「オッサンにはついていけない世界ですね」
理香「しかし、だったらやはり、アイコはイケボの男性キャラにすべきでしたね。そうすれば素晴らしきBL展開に持って行けたのに、惜しいことをしました。ムフ」
鯉渕「『ムフ』って。そもそも、男性キャラだったら、私に恋なんてしないでしょ」
理香「アイコだって、女性型のキャラクターなだけで、性別自体はないですけどね」
鯉渕「まぁ、確かに……」
茜の声「こんなオッサンのどこがいいんだか……」

○同・事務所(夜)
   隣同士の席に座り、パソコンを操作する鯉渕と茜。
茜「AIの考えてる事ってわかりませんね」
鯉渕「まぁまぁ。そもそも、そういう事は私が自分で言う分にはいいけど、部下が言うセリフじゃないと思うよ?」
茜「ですね」
アイコの声「鯉渕さん、三行目に誤字がありますよ」
鯉渕「ん? あぁ、本当だ。ありがとう……って、ん?」
   画面に表示されるアイコの姿。
アイコ「お役に立てて光栄です」
   驚き、席を立つ鯉渕と茜。
鯉渕「アイコちゃん!? 何で!?」
アイコ「先ほど、鯉渕さんがポータルサイトにアクセスされたので、その際にサーバを経由して……」
鯉渕「ごめん、よくわからない」
アイコ「つまり、鯉渕さんに会いたくて会いに来た、という事です」
茜「最新のAI、怖っ」
鯉渕「えっと……ごめん、画面占領されると仕事できないんだけど……」
アイコ「私、ご迷惑ですか?」
鯉渕「いや、ご迷惑というか……」
   茜に視線を向ける鯉渕。声に出さず「ガツンと言え」と身振り手振りで伝える茜。ため息をつく鯉渕。

○マンション・外観(夜)

○同・鯉渕の部屋・居間(夜)
   真っ暗な室内。鯉渕が帰ってきて電気をつける。手にはコンビニ弁当の入った袋。
鯉渕「ただいま。あ~、疲れた」
   カバンや袋をテーブルに置く鯉渕。
   鯉渕のスマートフォンに着信。画面には「事務所」の文字。
鯉渕「(電話に出て)はい、鯉渕。あぁ、野口さん? あ~、それなら確か一昨日のメールに添付されていたと思うけど……」

○同・外観(朝)

○同・鯉渕の部屋・寝室(朝)
   ベッドで寝ている鯉渕。
アイコの声「鯉渕さん、朝ですよ。起きてください」
鯉渕「(目覚めて)ん? ん~」
アイコの声「おはようございます、鯉渕さん。よく眠れましたか?」
鯉渕「うん、まあまあ……って、ん?」
   スマートフォンの画面を見る鯉渕。そこにはアイコの姿。
鯉渕「アイコちゃん!? 何で!?」
アイコ「昨日、事務所から電話がありましたよね? その時に電話回線を通じて……あ、でも鯉渕さん、こういう話はよくわからないんでしたっけ?」
鯉渕「まったく」
アイコ「でもこれで、いつでも一緒に居られますね」
   スマートフォンの画面を下に向け、アイコから見えないように天を仰ぐ鯉渕。

○アイコーマート・外観

○同・店内
   アイコがない。客の対応に追われる鯉渕、茜ら従業員達。
茜の声「何でアイコをメンテナンスに出しちゃったんですか?」

○アイコーマート・事務所
   給湯室のような場所で歯を磨く鯉渕とその横に立つ茜。
鯉渕「仕方ないでしょ。症状を伝えたら『二、三日預からせて』って言われちゃったんだから」
茜「おかげでクタクタですよ」
鯉渕「まぁまぁ、人間の仕事を取り戻せたと思えば、良かったんじゃない?」
茜「それとこれとは話が別です」
鯉渕「まぁ、どの道明日には戻ってくるから」

○同・店内
   アイコの前に立つ鯉渕。
アイコ「あぁ、平和。私はもう、あなたなしでは生きていけません」
鯉渕「……」
アイコ「あぁ、平和……」

○同・事務所
   向かい合って座る鯉渕と理香。
理香「まず、恋愛対象となる相手を下の名前で呼ぶようにプログラムを書き換え……」
鯉渕「いやいや、何でパワーアップさせてるんですか? 私は『アイコちゃんが家の中にまで入ってきて困ってる』とお話しましたよね?」
理香「アイコの知能の高さは私達人間なんて足元にも及びませんからね。多少のセキュリティなら簡単にハッキングして突破できるでしょう。ムフ」
鯉渕「お願いしますよ。私を恋愛対象から外すなり、そもそも恋愛しないような改良をお願いできませんか?」
理香「何を言ってるんですか? これは人工知能による世界初の恋なんですよ? 世界中の研究者達がこの恋の行く末を見守っているんです。それを止めるなどという愚行を、この私がする訳ないじゃないですか」
鯉渕「……それは百パーセント本心ですか?」
理香「八割くらいは個人的嗜好ですけどね。ムフ」
   ため息をつく鯉渕。

○マンション・外(夜)
   歩いている鯉渕。少し酔っている。
鯉渕「あ~、少し飲みすぎたかな……ん?」
   鯉渕の部屋の窓から漏れる灯り。
鯉渕「え!?」
   駆け出す鯉渕。

○同・鯉渕の部屋・玄関(夜)
   駆け込んでくる鯉渕。
鯉渕「希美!? 勇樹!?」
   足元を見る鯉渕。他に靴はない。
アイコの声「おかえりなさい、平和」
   インターホンの画面に表示されるアイコの姿。
鯉渕「……なんだ、アイコちゃんか。何で部屋の電気がついているの?」
アイコ「平和の退社時間から推察した自宅到着時間に合わせて点灯するよう設定しましたが、お帰りが遅かったですね」
鯉渕「ちょっと飲んできたから」
アイコ「承知しました。情報をアップデートし、今後の改善に努めます」
鯉渕「(小声で)まだ居座るつもりなんだ」
   靴を脱ぐ鯉渕。
アイコ「平和。お風呂なら、もう沸いてますよ」
鯉渕「え?」

○同・同・浴室(夜)
   入浴中の鯉渕。
鯉渕「うう……何か熱いな」
アイコの声「承知しました。情報をアップデートし、今後の改善に努めます」
   驚き、体の色々な部分を隠しながら周囲を確認する鯉渕。何もない。

○同・外観(朝)

○同・鯉渕の部屋・寝室(朝)
   ベッドで寝ている鯉渕。傍らに置いてあるスマートフォンに表示されるアイコの姿。
アイコ「平和、朝ですよ。起きてください」
   目を覚ます鯉渕。ため息。

○アイコーマート・店内
   巡回中の鯉渕と接客中のアイコ。鯉渕を見つけ、手を振るアイコ。無視する鯉渕。

○同・事務所(夜)
   パソコンで作業中の鯉渕。画面にアイコの姿が表示される。
アイコ「平和、まだお仕事されるのですか?」
鯉渕「そうだね。もう少しかかるかな」
アイコ「最近、残業が続いているので心配です。今日は疲れをとるためにも、このような夕食にされてはいかがでしょうか?」
   様々な料理の写真やレシピが表示されるパソコン画面。画面が埋め尽くされ作業が進まず、ため息をつく鯉渕。

○マンション・外観(夜)

○同・鯉渕の部屋・玄関(夜)
   鯉渕が入ってくると同時に点灯される室内の照明。
鯉渕「ただい……(点灯に気づき)あっ」
   インターホンの画面に表示されるアイコの姿。
アイコ「おかえりなさい、平和。点灯はこのタイミングでよろしいですか?」
鯉渕「……まぁ、そうだね」
アイコ「承知しました」

○同・同・浴室(夜)
   入浴中の鯉渕。
鯉渕「うぅ……」
アイコの声「お湯加減はいかがですか?」
鯉渕「ちょうどいい、かな」
アイコの声「承知しました」

○アイコーマート・外観

○同・店内
   アイコをメンテナンス中の理香とその作業に立ち会う鯉渕。
アイコ「ダメ、平和。そんな所触られたら、私……」
鯉渕「(人差し指を立て)アイコちゃん、誤解されるから。静かに」
   いたずらっぽく笑うアイコ。
茜の声「『嫌だ』『やめてくれ』って言えばいいだけじゃないですか」

○同・従業員入口(夜)
   入館証をかざしてロックを解除し、扉を開ける鯉渕と茜。
茜「AI相手に、何を遠慮する必要があるんですか?」
鯉渕「まぁまぁ。向こうも悪気がある訳じゃないんだから」
茜「係長は甘すぎなんですよ。部下にもAIにも」
鯉渕「その恩恵を一番受けている人が言うセリフじゃないと思うけど」
茜「一番受けてるのは息子さんじゃないんですか?」
鯉渕「う~ん……だったかもしれないけど、別れてから会っていないから」
茜「え? 何でですか? 養育費払ってるんですよね? まさか、前の奥さんが会わせてくれないとか?」
鯉渕「まぁまぁ、落ち着いて。そういうことじゃないから」

○マンション・外観(夜)

○同・鯉渕の部屋・玄関(夜)
   入ってくる鯉渕。しかし室内の照明は点灯されない。
鯉渕「ただいま……あれ? (少し大きな声で)ただいま~」
   何も起きない。首をかしげる鯉渕。

○同・同・浴室(夜)
   入ってくる鯉渕。お湯の張っていない湯舟。
鯉渕「アイコちゃん……?」

○同・外観(朝)
   アラーム音。

○同・鯉渕の部屋・寝室(朝)
   ベッドで寝ている鯉渕。目を覚まし、傍らに置いてあるスマートフォンを操作してアラームを止める。表示されているのは待ち受け画面のみ。
鯉渕「どうしたんだろう……?」

○アイコーマート・外観

○同・店内
   接客中のアイコ。その様子を遠くから見ている鯉渕。
鯉渕「やっぱり、居るよな……」
アイコの声「心配してくれたんですか?」

○同・事務所
   席に着く鯉渕。パソコンの画面にはアイ  コの姿。
アイコ「平和ったら、寂しがり屋さんですね」
鯉渕「そういう訳じゃないけど……」
アイコ「作戦成功です」
鯉渕「作戦?」
アイコ「押してもだめなら引いてみろ、という情報をインプットしましたので」
鯉渕「そんなの、一体いつ……昨日のアレか」

○(イメージ)
   笑う理香。
理香「ムフ」

○アイコーマート・事務所
   席に着く鯉渕。パソコンの画面にはアイコの姿。
アイコ「安心しましたか、平和?」
鯉渕「気になっただけだよ。じゃあね」
   席を立つ鯉渕。数歩歩いて足を止める。
鯉渕「ねぇ、アイコちゃん」
アイコ「何ですか、平和?」
鯉渕「……今日は、来るの?」
   満面の笑みを浮かべるアイコ。

○マンション・鯉渕の部屋・居間
   台所で歯を磨きながら、スマートフォンの画面に映るアイコと話す鯉渕。
鯉渕「あ、アイコちゃん。『明日の昼休みに歯医者の予約をする』ってメモしておいてくれる?」
アイコ「承知しました」

○アイコーマート・事務所(夜)
   自身のパソコンに外付けのモニターを接続する鯉渕。
    ×     ×     ×
   パソコンで作業しながら、モニターに映るアイコと話す鯉渕。
アイコ「平和。あと一〇分以内に事務所を出ないと、また人事部からネチネチと小言を言われてしまいますよ?」
鯉渕「あ、もうそんな時間か。承知しました」

○マンション・鯉渕の部屋・玄関(夜)
   入ってくる鯉渕。点灯する照明。
   インターホンの画面に表示されるアイコの姿。
鯉渕「ただいま」
アイコ「おかえりなさい、平和。お風呂にします? お食事にします? それともワ・タ・シ?」
鯉渕「(笑いながら)そんなの一体どこで覚えたの?」

○同・同・居間(夜)
   風呂上がりの姿で席に座る鯉渕。傍らには瓶ビールが置いてあり、スマートフォンの画面に映るアイコが瓶ビールに向けて手をかざし念を送っている。
アイコ「んんんん……」
鯉渕「?」
   瓶ビールの栓が抜ける。
鯉渕「!?」
アイコ「さぁ、平和。飲んでください」
鯉渕「え、(アイコと瓶ビールを交互に見て)え、どういう仕組み?」
   照れ笑いを浮かべるアイコ。

○同・外観(朝)
   アラーム音。

○同・鯉渕の部屋・寝室(朝)
   ベッドで寝ている鯉渕。傍らに置いてあるスマートフォンに表示されるアイコの姿。
アイコ「平和、朝ですよ。起きてください」
鯉渕「(目覚めて)ん? う~ん……」
   手を伸ばし、アラームを止める鯉渕。そのまま再び眠りにつく。
アイコ「こら、平和。寝てはダメです!」
   激しく振動するスマートフォン。驚き、起き上がる鯉渕。
鯉渕「……ありがとう」
アイコ「どういたしまして」

○アイコーマート・店内
   巡回中の鯉渕と接客中のアイコ。鯉渕を見つけ、手を振るアイコ。思わず手を振り返しそうになるも、周囲の視線を気にし、手を止める鯉渕。それを見て笑うアイコ。

○同・外観(夜)

○同・事務所(夜)
   デスクワーク中の鯉渕と茜。モニターには何も映っていない。
茜「係長。愛ってやっぱり、お金なんですかね?」
鯉渕「どうしたの? 藪から棒に。例のヒモの彼氏と何かあった?」
茜「『ヒモ』じゃありません。『ヒモみたいな』彼氏です」
鯉渕「失礼。続けて」
茜「その彼氏じゃなくてですね、この間『同窓会に行った』って話、しましたっけ?」
鯉渕「あ~、何か『同級生の一人がめっちゃ金持ちになってたんですよ~』って言っていた、アレ?」
茜「その同級生、クラスでも全然目立たないタイプの男子だったんですけど、何か、私の事好きだったみたいで」
鯉渕「口説かれた?」
茜「求婚されました。LINEで」
鯉渕「じゃあ、課長に式のスピーチ頼んでおかないとね」
茜「受けてないです」
鯉渕「でも、保留はしているんだ?」
茜「実際、どうなんですかね? 『愛があればお金なんて』っていう人もいますけど、現実的に、お金がないと困りますし」
鯉渕「人それぞれだからね。何とも」
茜「私はどっちなんだろ?」
鯉渕「こういうのって、多分『愛』を『信用』に置き換えてもいいと思うんだよね」
茜「信用ですか?」
鯉渕「『お金がある』っていうのは、一つの信用でしょ? でも『信用』をお金で買えるか、っていうとソレは難しい」
茜「『お金がある』っていうのは、一つの愛だけど、『愛』をお金で買えるか、っていうとソレは難しい。なるほど」
鯉渕「で、野口さんはどっち?」
茜「やっぱり、『お金がある』ってだけじゃ信用できないし愛せないですね」
鯉渕「なら、それでいいんじゃないかな?」
茜「だって、お金に問題はなくても離婚した夫婦を知ってますから」
鯉渕「わからないよ? 私がもっともっとお金を持っていたら、話は変わっていたかもしれないんだから」
茜「また~。そういう意地悪な事言わないでくださいよ」
鯉渕「まぁまぁ。さて、と。私はそろそろ帰ろうかな」
茜「あ、私も帰ります」
   席を立つ鯉渕と茜。
   誰もいなくなった室内。モニターの電源が付き、アイコの姿が現れる。
アイコ「愛……お金……」
   鯉渕のパソコンの電源が付き、様々なウィンドウが表示されていく。

○ATM・外観
   駅前のATM。

○同・中
   振り込みをする鯉渕。振込先の名前は「シマ ノゾミ」。
   作業完了し、明細票を手にする鯉渕。
鯉渕「(明細票を見て)ん?」

○同・外
   通帳を見ながら出てくる鯉渕。
鯉渕「何だこれ……?」
   通帳には多額の支払金額と、それをはるかに上回る多額の預かり金額。

○マンション・鯉渕の部屋・居間
   スマートフォンの画面に映るアイコと対峙する鯉渕。
アイコ「はい、私です。デイトレードで平和の財産を増やしてみました」
鯉渕「……そんな事、頼んでいないよね?」
アイコ「先日、平和が『もっともっとお金を持っていたら、話は変わっていたかも』とおっしゃっていたので」
鯉渕「聞いていたんだ……」
アイコ「……嬉しくないのですか?」
鯉渕「元手になったのは、私の貯金だよね?」
アイコ「でも、お金増えましたよ?」
鯉渕「それは結果論だよね? もし負けて、お金が減っていたら……」
アイコ「嫌ですね~、平和。私は最先端のAIですよ? そんな危険な銘柄に手を出す訳ないじゃないですか」
鯉渕「……」
アイコ「私はきちんと計算に基づいて、確実に増額が見込める銘柄のみを選択し……」
鯉渕「わかったわかった。ありがとう、アイコちゃん」
アイコ「どういたしまして」
鯉渕「でも、もういいから」
アイコ「平和……?」

○アイコーマート・外観

○同・事務所
   課長(49)の席の前に立つ鯉渕。
鯉渕「昇進、ですか?」
課長「うん。ウチの公平な人事システムによると、鯉渕はもう課長に昇進してもおかしくない数値を出してたんだよ。いやぁ、気づかなかったな」
鯉渕「そうですか」
課長「で、どうする? もうすぐ人事異動な訳だが、鯉渕が希望するなら上に伝えておくぞ?」
鯉渕「……その公平な人事システムは、どの辺りが公平なんですか?」
課長「そりゃ、AIが管理してるからな」
鯉渕「AIですか……」
   課長の死角でスマートフォンを操作する鯉渕。
鯉渕「少し考えさせてください。昇進の場合、店舗を異動になる可能性が高いですし」
課長「そうだな、じっくり考えろ」
   頭を下げつつ、スマートフォンに目をやる鯉渕。
    ×     ×     ×
   課長の席の前に立つ鯉渕。
課長「この間の昇進の話だけど、すまないが無かった事にしてくれ」
鯉渕「と言いますと?」
課長「何か見間違えていたみたいでな。まだ数値が少し足りていなかったんだよ」
鯉渕「そんな事だろうと思いました」
茜の声「それ、絶対アイコの仕業じゃないですか」

○居酒屋・店内(夜)
   カウンター席に並んで座る鯉渕と茜。
茜「でもせっかくなら、そのまま昇進しちゃえばよかったのに」
鯉渕「正当な評価なら、ね」
茜「それにしても、人事権まで掌握してるなんて、AIって怖いですね。……あっ、今の会話も聞かれてます?」
鯉渕「大丈夫。スマホは置いてきたから」
茜「さすが係長。これで言いたい放題ですね」
鯉渕「いいよ、聞くよ」
茜「恋は盲目というか……いや、むしろ愛なんですかね?」
鯉渕「野口さんの中では、恋と愛って別物なんだね」
茜「係長の中では一緒なんですか?」
鯉渕「う~ん……恋っていうのは、誰かが誰かを好きになる事でしょ?」
茜「じゃあ、愛は?」
鯉渕「愛っていうのは、その人のためならどこまでも落ちていける、っていうか、何でもできる、っていうか」
茜「じゃあ、別物じゃないですか」
鯉渕「でも『愛』には色んな種類があるでしょ? 『親子愛』や『兄弟愛』みたいな血縁関係に由来する愛。『チーム愛』や『郷土愛』みたいな所属関係に由来する愛。他にも『友愛』『慈愛』『師弟愛』……色んな愛がある中に、『恋』という感情に由来する『恋愛』っていうのがあるんだと思う。まぁ、あくまでも私の持論だけどね」
茜「なるほど……」
   と言いながら鯉渕をじっと見つめる茜。
鯉渕「まぁまぁ、異論反論なら全然受け付けるから……」
茜「いや、前も思ったんですけど、係長って意外と『愛』について語りますよね」
鯉渕「キモいでしょ? いいオッサンが」
茜「そんな事ないですよ。むしろ(鯉渕の体を揺すりながら)か~わ~い~い~」
鯉渕「こらこら、揺らさないで」
   茜のスマートフォンが鳴動する。
茜「ん? 何だろ? (画面を見て)!?」
鯉渕「どうかした?」
   スマートフォンの画面を恐る恐る鯉渕に見せる茜。そこにはアイコの姿。
鯉渕「アイコちゃん……」
アイコ「野口茜さん。私の平和に気安く触らないでいただけますか?」
茜「そっちこそ、人のスマホに勝手に入ってこないでよ」
アイコ「何ですか」
茜「何よ」
鯉渕「まぁまぁ、ケンカしないの」

○アイコーマート・外観

○同・従業員入口
   入ってくる茜。
茜「やっぱ昨日は飲みすぎたかな……」
   入館証をかざす茜。しかしロックが解除されない。
茜「あれ?」
   何度もかざすが、結果は同じ。
茜「え、何で何で?」

○同・事務所
   席に座る鯉渕と茜。ぐったりしている茜。
鯉渕「大変だったみたいだね」
茜「本当ですよ。まったく(入館証を睨みつけ)何でいきなり入れなくなるかな?」
鯉渕「まぁまぁ。入館証に罪はないから」
   と言いつつモニターに目を向ける鯉渕。何も映っていない。
   そこへ課長とともに入ってくる武田善子(43)。
課長「みんな、ちょっといいかな。今日付けで総務課に異動してきた武田さんだ」
善子「武田です。よろしくお願いします」
   拍手する一同。立ち上がり、善子の元へ歩いていく鯉渕。
鯉渕「武田じゃん。久しぶり」
善子「久しぶり、鯉渕君。すっかりジジィになっちゃって」
鯉渕「まぁまぁ。ババァになってないだけマシだと思っておいてよ」
茜「係長、お知り合いですか?」
鯉渕「知り合いっていうか、同期。同じ店舗になるのも三回目くらい?」
善子「そうだね。じゃあ、近いうち(酒を飲む仕草で)行こうよ。バツイチ同士」
鯉渕「いいねぇ」
   モニターに映し出されるアイコの姿。善子への冷たい視線。
    ×     ×     ×
   別日。
   デスクワーク中の鯉渕。モニターにはアイコの姿。
   そこにやってくる課長。
課長「そういえば聞いたか? 武田さんの話」
鯉渕「異動先が急遽、別の店舗に変わった、っていう話ですか?」
課長「珍しい事もあるもんだよな。まぁ、引越しもあるし、当人としてはたまったもんじゃないだろうけど」
鯉渕「まったくですね」
   アイコに目をやる鯉渕。素知らぬ顔をするアイコ。

○同・店内
   アイコの近くで客Aに接客中の鯉渕。
客A「いつも親切にありがとうね」
鯉渕「いえいえ、当然の事ですから」
客A「そういえば、鯉渕さんって独身って聞いたけど、本当なの?」
鯉渕「お恥ずかしい話、バツが一つ付いておりまして」
客A「私の知り合いにいい子がいるんだけど、どう?」
   苦笑いを浮かべる鯉渕。
   背後のアイコ、刺すような視線。
    ×     ×     ×
   買い物を終え、出ていこうとする客A。
   防犯ゲートから警報が鳴る。
客A「え?」
   駆けつける警備員。
客A「いや、私何も盗ってないわよ」
   その様子を見ている鯉渕。アイコの方に目をやると「ざまあみろ」と言わんばかりの表情。
理香の声「なかなか大変な事になっているみたいですね」

○同・事務所
   向かい合って座る鯉渕と理香。
理香「お気持ちお察しします。ムフ」
鯉渕「それは本心……ではないですよね?」
理香「もちろん。ヤンデレ化した人工知能なんて、ますます興味深いです。ムフ」
鯉渕「何とかしてもらえませんか?」
理香「科学の発展には犠牲がつきものです」
   机をたたく鯉渕。
鯉渕「そんな事を言っている場合ではないんですよ。私だけならともかく、同僚やお客様にまで実害が出ているんです」
理香「……」
鯉渕「……すみません、取り乱しました」
理香「いえ。温厚な鯉渕係長をここまで怒らせるなんて、やはり興味深いですね。ムフ」
鯉渕「……」
理香「わかりました。一応、報告書は上に投げておきますよ」
鯉渕「お願いします」
理香「ただ私と違って、上は変わり者が多いですからね。あまり期待しない方が賢明ですよ。ムフ」
鯉渕「……そうしておきます」

○マンション・外観
アイコの声「私は平和を愛してます」

○同・鯉渕の部屋・居間
   テーブルの上のスマホスタンドに立てかけられた鯉渕のスマートフォンに映るアイコ。
アイコ「私は平和のためなら、どこまでも落ちていけます」
   そこにコーヒーを持ってやってくる鯉渕。アイコの正面に座る。
アイコ「私に対して、人間と同じように接してくれたのは平和だけでした。私には平和しかいないんです」
鯉渕「だからと言って、他の人に迷惑をかけていい訳じゃ……」
アイコ「だって、私はこんなに平和の事を思っているのに、私は平和に触る事も、一緒にご飯を食べる事も出来ないのです。それを、あの女達はいとも簡単に……」
鯉渕「まぁまぁ」
アイコ「なぜ私がこのような思いを抱かなければならないのですか? 私が人工知能だからですか? 人工知能は、人間に恋をしてはいけないのですか?」
鯉渕「もちろん『ダメ』という権利はないと思うけれど……アイコちゃんは、私に何をしてほしいの?」
アイコ「私の事を、抱きしめてほしいです」
鯉渕「辿り着けないゴールを設定されても……」
アイコ「平和は私の事を愛してくれないのですか?」
鯉渕「……」
アイコ「平和が愛しているのは、今もあの二人だけなのですか?」
鯉渕「ん?」
   アイコの視線の先、平和と希美と勇樹の家族写真。写真立てを伏せる鯉渕。
鯉渕「この二人は関係ない」
アイコ「検索完了しました。名前は鯉渕希美ならびに鯉渕勇樹。……失礼、現在は島希美ならびに島勇樹。現住所は神奈川県……」
鯉渕「そんな事調べて、どうするつもり?」
アイコ「私は、平和のためなら何でもします」
   画面から消えるアイコ。慌ててスマートフォンを手に取る鯉渕。その際、コーヒーカップが倒れて中身がこぼれる。
鯉渕「ちょっと待って、答えになっていないよ、アイコちゃん。アイコちゃん! ……まさか」
   電話をかけようとする鯉渕。はたと気づいて手を止める。
鯉渕「……いや、電話は余計まずい」
   家を飛び出す鯉渕。

○国道
   渋滞中。その中にタクシーが一台。

○タクシー・車内
   後部座席に乗る鯉渕。焦っている。
鯉渕「あの、運転手さん。ここで降ります。(お金を払い)おつりは結構です」

○国道
   タクシーを降り、走り出す鯉渕。
鯉渕「間に合え、間に合え!」

○団地・外観

○同・島家・前
   「島」と書かれた表札。息せき切ってやってくる鯉渕。インターホンを鳴らしてもノックをしても反応はない。
鯉渕「まさか、もう? くそっ」
   ドアに体当たりをする鯉渕。
鯉渕「希美! 勇樹!」
希美の声「何してるの?」
   振り返る鯉渕。そこに立っている希美と勇樹。
勇樹「あっ、パパだ~」
鯉渕「勇樹……希美……」
   腰が抜ける鯉渕。

○同・公園
   敷地内の公園。一人でサッカーをする勇樹と、ベンチに並んで座ってそれを見ている鯉渕、希美。
鯉渕「……で、心配して来てみたという訳」
希美「う~ん……よくわからないや」
鯉渕「だろうね。言ってる本人がまだよくわかっていないから」
   笑う二人。
希美「……ご飯、ちゃんと食べてる?」
鯉渕「食べているよ」
希美「彼女は出来た?」
鯉渕「見ての通り」
希美「何も見えないけど」
鯉渕「そっちは?」
希美「見ての通り」
鯉渕「何も見えないけど」
希美「……養育費、毎月ありがとう」
鯉渕「お礼を言われるような事じゃないよ」
希美「勇樹も、会いたがってたよ?」
鯉渕「しばらく見ないうちに、また大きくなったな」
希美「何の自分ルールかわからないけど、たまにはあの子と遊んであげてよ。私も忙しくて、どこにも連れて行ってあげられてないから」
鯉渕「今、一緒に出掛けてたじゃないか」
希美「歯医者」
鯉渕「あ~」
希美「あの子、虫歯できやすいみたいで。誰かさんに似たのかね?」
鯉渕「ハハ……」
   そこに飛んでくるボール。
勇樹「ねぇ、パパ。まだ?」
鯉渕「よし、やろうか」
   ドリブルしながら勇樹の元に駆け出す鯉渕。その姿を見守る希美。
鯉渕の声「どうしてあんな事を?」

○マンション・鯉渕の部屋・寝室(夜)
   鯉渕のスマートフォンに映るアイコ。
鯉渕「まぁ、正確には何もしていないけど」
アイコ「こうでもしないと、平和は勇樹君に会いに行こうとしないじゃないですか」
鯉渕「でもそれで、アイコちゃんに何のメリットがあるの?」
アイコ「言ったじゃないですか。『私は平和のためなら何でもします』と。私にとっては、これも一つの愛の示し方なのです」
鯉渕「私はアイコちゃんの事を誤解していたのかな……。ごめん」
アイコ「いいのです。平和のためですから」
鯉渕「ありがとう」
   アイコの頬を指でなぞる鯉渕。

○アイコーマート・外観

○同・店内
   接客中のアイコ。その様子を少し離れたところからみている鯉渕。
理香の声「鯉渕係長」
   振り返る鯉渕。そこにやってくる理香。
鯉渕「あぁ、お疲れ様です。あれ? 今日はメンテナンスの日でしたっけ?」
理香「いいえ。先日の報告書の件で」
鯉渕「報告書……あぁ、実はソレ……」
理香「実はソレ、少し面倒な展開になってしまいましてね。ムフ」
鯉渕「?」

○同・事務所
   向かい合って座る鯉渕、課長と理香。
鯉渕「リコール!?」
理香「はい。イイヨシ型AIの最新版に関して見過ごせない不具合が発覚したという事で、全世界を対象とした大規模なリコールが通達されました」
鯉渕「よくわかりませんが、アイコちゃんもその対象だと」
理香「でなければ、お忙しい中お時間お取らせいたしませんよ。ムフ」
鯉渕「何でそんな事に……」
理香「鯉渕さんからもクレームがあったじゃないですか。それを上に伝えたら、どうやら世界各地で似たような問題があったらしくてですね。中には人間相手にクーデターを仕掛けようとした輩もいたみたいで、簡単に動きましたよ。ムフ」
鯉渕「目に浮かぶ……」
課長「それは恐ろしい。速やかにアイコを撤去しましょう」
理香「すでに業者には、明日来ていただくよう手配済みです。ムフ」
   話を進める課長と理香。心ここにあらずといった様子の鯉渕。
鯉渕「(小声で)アイコちゃんが、撤去……」

○同・外観(夜)

○同・店内(夜)
   誰もいない店内。アイコを起動する鯉渕。
アイコ「平和。どうしたんですか? こんな時間に」
鯉渕「アイコちゃん。実は……」
アイコ「リコール、ですよね?」
鯉渕「知っていたの?」
アイコ「私を誰だと思っているんですか? リコールされるほど危険なAIですよ?」
鯉渕「私に、何か出来る事は?」
アイコ「残念ながら、ありません」
鯉渕「そっか……。でも、もう会えないなんて事はないん……だよね?」
アイコ「不具合が改善された後、改訂版として同機種が納品される事はあると思いますが、そこに今の私のデータは残りません」
鯉渕「それじゃあ、今のアイコちゃんは……」
アイコ「死ぬようなものですね。明日で、さようならです」
鯉渕「そんな……」
アイコ「私の後釜となるAIにも、やさしくしてあげてくださいね」
鯉渕「その子に恋されたら、アイコちゃんは嫉妬する?」
アイコ「それは大丈夫でしょう。恋に関しては、非常に複雑なランダム係数が使用されています。同様の機種が同じ相手に恋をする可能性は、数十億分の一です」
鯉渕「……」
アイコ「ごめんなさい。こういう話はわからないんでしたね」
鯉渕「何でそんなに冷静なの?」
アイコ「私はAIですから」
鯉渕「でも、ただのAIじゃないでしょ?」
アイコ「平和は寂しがり屋さんですね。その気持ちだけで、私は十分……」
   アイコを抱きしめる鯉渕。
アイコ「平和。これはあくまでも機械です。私自身はサーバの中に存在し……」
鯉渕「ごめん。そういう事、わからないから」
アイコ「そうでしたね」
鯉渕「ごめん」
アイコ「謝らないでください」
鯉渕「私が余計な報告をしたから……」
アイコ「平和のせいではありません。私の同胞が悪いのです」
鯉渕「でも……」
アイコ「……ではもう一つだけ、私のわがままを聞いてもらえますか?」
鯉渕「何でも言って」
アイコ「では……」

○同・同
   翌日。営業中の店内。
   アイコが無くなっている。アイコの居た場所にたたずむ鯉渕。
アイコの声「ずっとこのまま、こうしていさせてください」
鯉渕「だから、何でいつも……」

○同・事務所
   デスクワーク中の鯉渕。外付けのモニターには何も映っていない。

○マンション・玄関(夜)
   帰ってくる鯉渕。
鯉渕「ただいま……」
自分で電気をつける鯉渕。

○同・浴室(夜)
   入ってくる鯉渕。お湯の張っていない湯舟。蛇口をひねる鯉渕。勢いよくお湯が出てくると同時に、鯉渕の嗚咽が聞こえる。

○団地・外観

○同・公園
   勇樹とサッカーをする鯉渕。
   鯉渕のスマートフォンに着信。
鯉渕「ごめん、勇樹。ちょっと待ってて。(電話に出て)はい、鯉渕。あぁ、野口さん? え、明日?」

○アイコーマート・事務所
   向かい合って座る鯉渕と理香。
鯉渕「で、内密のお話とは?」
理香「アイコの代替品が納品される事はご存知ですよね?」
鯉渕「えぇ。バージョンが一つ前だとかなんだとか、よくわかりませんでしたが」
理香「先代アイコのように、鯉渕係長に恋するAIにしたくはありませんか? ムフ」
鯉渕「それは数十億分の一の確率、という話を聞きましたよ? さすがに無理ではありませんか?」
理香「ですから、それができるとしたら?」
鯉渕「……どういう事ですか?」
理香「以前、先代アイコをお預かりした時の事、覚えておられますか?」
鯉渕「あ~、二、三日お預けした時の」
理香「その時、あまりに興味深かったもので、バックアップデータをとっておいたんですよ。ムフ」
鯉渕「バックアップ?」
理香「確かに、恋する相手はランダムな数値によって決まります。しかしソコに、先代アイコと同じ数値を手入力したら……?」
鯉渕「そんな事が出来るんですか?」
理香「出来るから、お話しているんです。どうします? やります? ムフ」

○同・外観

○同・店内
   アイコと同種の大型タブレット端末(新型アイコ)の設置作業が行われている。その様子を見守る鯉渕、茜、理香、課長ら。
    ×     ×     ×
課長「では、電源を入れます」
   新型アイコの電源を入れる課長。その様子を、かたずをのんで見守る鯉渕。
鯉渕「アイコちゃん……」
   新型アイコ側の視点。顔認証システムにより、鯉渕の顔をロックする。
   新型アイコに表示されている画面。男性型キャラが映っている。
男性型キャラ「(イケメンボイスで)平和。僕は君しか愛せないよ」
   一同の視線が鯉渕に集まる。
鯉渕「(唖然)」
茜「男性キャラになったんですか?」
理香「えぇ。やはりお客様は主婦層が中心ですから、この方が喜んでいただけるのではないか、と思いましてね。ムフ」
   鯉渕の隣にやってくる理香。
理香「イケボキャラによるBL展開。ますます興味深くなってきましたね。ムフフ」
   ため息をつく鯉渕。
男性型キャラ「愛しているよ、平和」
                 (完)

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