歪な教科書 ドラマ

成績優秀ながらも父親から毎日のように虐待を受ける高校生、昴が一人の女性との出逢いをきっかけに不純な沼へと堕ちていく。残酷な現実で彼が下す決断は果たして…正解か、間違いか…。
叶 栄香 4 0 0 09/25
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第一稿

[主な登場人物]

昴(すばる)18歳=主人公。成績優秀な高校生だが、幼少期から父親に虐待を受けている。

湯崎王汰(ゆざきおうた)45歳=昴の父親。表の顔は一流企業に務め ...続きを読む
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[主な登場人物]

昴(すばる)18歳=主人公。成績優秀な高校生だが、幼少期から父親に虐待を受けている。

湯崎王汰(ゆざきおうた)45歳=昴の父親。表の顔は一流企業に務めるサラリーマン。

花夢優奈(はなゆめゆうな)18歳=昴の幼馴染。中学1年生から昴に想いを寄せている。

艶雪エリ(つやゆきえり)29歳=ある夜に昴が出逢った女性。真面目な昴とは真逆の性格。

勝田堅(かつだけん)36歳=エリの元カレ。




〇曇天の空模様、坊管高校の教室
   3-4と刻まれたプレートが教室の扉に取り付けられている。
   黒板の端に九月と書かれている。
   教卓の前に立つ教師と着席している生徒。
教師「よしっ。じゃあ、先日のテストを返してくぞ。」
   不安と緊張の声で溢れる教室。
   無感情に窓外の雲を見つめる昴。
   順に名前が呼ばれていき、昴の番になる。
教師「次は・・・湯崎。」
   立ち上がって教卓の前まで移動する昴。
教師「流石だ、湯崎。今回も90点代だったぞ。この調子で卒業まで頑張れよ。」
   テストを無表情で受け取って席に戻る昴。
   ヒソヒソと話すクラスメイトたち。
生徒A「また⁉凄いな~。」
生徒B「何食べたらそんなに取れんだよ。」
   教師が生徒たちに向かって口を開く。
教師「お前等も湯崎を見習えよ!」
   着席した昴、また窓外の雲を見つめる。
   テスト返しが再開する。
教師「どんどん返していくからなー。」

〇3-4の教室、昼休み
   各々の行動を取っている生徒たちと教室中に響く喋り声。
   椅子から立ち上がった昴、廊下へと出る。
   廊下で鉢合わせる優奈と昴。
優奈「あっ!昴だ。」
   足を止める両者。
 昴「会う度に驚いてるぞ。俺はレアキャラか?」
優奈「まぁ半分そうかな。」
 昴「学校で毎日会ってるだろ。」
優奈「そうだっけ?」
   間の抜けた声に呆れて溜息を吐く昴。
 昴「はぁ。」
   話題を変える優奈。
優奈「そういえばさ、テストの点数どうだった?」
 昴「まぁまぁだ。」
   ピンとこず顔を顰める優奈。
優奈「まぁまぁって正確にはどれくらい?」
   言い辛そうに切り出す昴。
 昴「・・・96点。」
   驚愕する優奈。
優奈「えっ!凄い!私なんて60点だったのに。」
   物憂げな表情を浮かべる昴。
 昴「・・・・・・。」
   昴の様子を見て顔を曇らせる優奈。
優奈「嬉しくないの?」
   ハッとして質問に答える昴。
 昴「あぁ、いや・・・。嬉しくないわけじゃない。」
   気まずい空気感が二人を取り巻く。
 昴「じゃあまたな。」
   その場を立ち去る昴。
   何か言いたそうにしながら昴の背中を見つめる優奈。

〇昴の自宅(高層マンション)、学校帰りの夜
   玄関の扉が開いて昴が帰宅する。
   リビングのソファに深々と座ってテレビを眺めている王汰。
   無表情でリビングに顔を出す昴。
 昴「ただいま。」
   返事をせずにテレビを眺め続ける王汰。
   自室に行こうとした昴、呼び止められる。
王汰「今日はテストの返却日だったな。」
   手を伸ばす王汰。
王汰「見せろ。」
   何も言わずに素早くテストを王汰に渡す昴。
   渡されたテストに視線を落とした王汰、数秒間それをジッと見つめる。
   足裏で床を規則的に叩く王汰。
   背後で静観する昴。
   頭髪を掻きむしってから昴の前に移動した王汰、いきなり昴の頬を殴る。
   床に倒れる昴。
   荒々しく興奮している様子の王汰。
王汰「チッ!思わず見えるところを殴っちまった。」
   倒れた昴の腹を力一杯に蹴る王汰。
   声を漏らさない昴。
王汰「何回!」
   もう一度、腹を蹴る王汰。
王汰「言えば!」
   三度、腹を蹴る王汰。
王汰「完璧になるんだ!」
   しゃがむ王汰。
   諦念を滲ませた目で王汰を見上げる昴。
王汰「ほら、Tシャツ脱げよ。」
   床に膝を付いた昴がボタンを順に外していき、Tシャツを脱ぐ。
   ズボンから取り外したベルトを思い切り振り被る王汰。

〇翌日の高校、正門前
   女友達と喋りながら正門を通過する優奈。
優奈「昨日のドラマ見た?」
女友達「見た見た!めっちゃ胸キュンだったわ~。」
   優奈がマスクを着けて歩いている昴を見つける。
   手を合わせて謝罪の意を表す優奈。
優奈「ごめん、急用思い出した。先行ってて。」
   小走りで昴の元まで移動する優奈。
   動揺する女友達。
女友達「え?ちょ、ちょっと。」
   昴の隣に並んで歩き始める優奈。
優奈「おはよ。それどうしたの?風邪?」
   優奈を一瞥してから答える昴。
 昴「そんなとこだ。」
優奈「ホントに?昨日、川遊びでもしたの?」
   退屈そうに答える昴。
 昴「俺が川遊びなんてすると思うのか?」
優奈「別に思ってはいないけど・・・。あ!じゃあそれ、もしかして仮病?」
   優奈を突き放す様に答える昴。
 昴「ならそういう事にしておいてくれ。」
   マスクを強引に外そうと気を窺う優奈。
優奈「ふ~ん・・・。」
   隙あり!と言わんばかりに手を伸ばしてマスクを奪う優奈。
優奈「えいっ!」
   隠す様に顔を逸らす昴。
   満面の笑みを浮かべて昴の正面に立つ優奈。
優奈「イェーイ。返して欲しかったら取ってみな~!」
   優奈を睨み付ける昴。
   昴の頬に出来たアザを見つけて体を硬直させる優奈。
優奈「え?」
 昴「返せ。」
   マスクを取り返して耳に掛ける昴、そのまま優奈の横を通って先を進む。
   呆然としていた優奈が我に返って昴の後を追う。
優奈「ねぇ。」
   無視して歩き続ける昴。
優奈「ねぇ!」
   また無視をする昴。
優奈「ねぇってば!」
   漸く立ち止まる昴。
   周囲を歩いていた生徒数人が振り返る。
   たどたどしく言葉を紡ぐ優奈。
優奈「何か・・・悩みがあるんだったら・・・相談乗るよ?」
   振り返らずに一言だけ口に出す昴。
 昴「悩みなんて無い。」
   歩き出す昴。
   心配そうな表情を浮かべる優奈。

〇優奈の自宅(一軒家)、学校帰りの夜
   玄関で靴を脱ぎながら大声を出す優奈。
優奈「ただいまー!」
   扉の奥から「おかえりー!」という声が重なって微かに聞こえる。
   リビングの扉を開ける優奈。
   ソファに座ってポータブルゲームで遊んでいる弟。
   本を読んでいる父親。
   台所で晩御飯の支度をしている母親。
   匂いに釣られて台所に近付く優奈。
優奈「美味しそうな匂い。」
母親「今夜はアナタの好きな肉じゃがよ。」
   表情に笑顔を宿らせる優奈。
優奈「やった!いっぱい食べちゃお。」
   人差し指を立てて注意事項を口に出す母親。
母親「あ!でも次回のテストはもっと良い点数取らなきゃ許さないからね。」
   退屈そうな顔で返事をする優奈。
優奈「はーい。」
   ゲームをしていた弟が大声で嘆く。
弟「あー!また死んだ!このボス強すぎるだろ⁉」
   それを怒る母親。
母親「ちょっと!今日、ゲームやり過ぎじゃない?もう止めなさい。」
 弟「嫌だ!」
   クスッと失笑する優奈。
母親「全く・・・。」
   視線を弟から優奈にスライドさせる母親。
母親「お風呂湧いてるから入っちゃっていいわよ、優奈。」
優奈「うん、分かった。」

〇〇〇
   入浴剤入りの湯舟に浸りながら浴室テレビで学園ものの恋愛ドラマを見る優奈。
   キスシーンに照れて口でお湯をブクブクさせる。

〇〇〇
   脱衣所に設けられた鏡の前でドライヤーを使い髪を乾かしている優奈。
   ふと昴のアザを思い出す。
   悪い予感を振り払う様にして髪の乾燥に集中する。

〇〇〇
   自室のベッドに寝そべった優奈、何の気無しにスマホのニュースを流し読みする。
   下から上にスクロールされていく画面で気を引かれるページを目にする。
優奈「虐待・・・。」
   嫌な予感に背中を押された優奈、昴の家に電話を掛ける。
   数回の呼出音の後に電話が繋がる。
王汰「はい、湯崎です。」
   畏まる優奈、ベッドに座り直す。。
優奈「夜分遅くにすみません。私、優奈です。花夢優奈、昴の幼馴染の。」
   間を置いて反応を示す王汰。
王汰「あ~、優奈ちゃんか!久しぶりだな!」
優奈「お久しぶりです、おじさん。元気にしてました?」
王汰「勿論だとも!ぴんぴんしてたよ。それより、何の用で掛けてきたんだ?」
優奈「その・・・深い意味は無いんですけど、昴に伝えたい事があって。」
王汰「おぉ、そうか。ちょっと待っててくれ。」
   数秒経ってから昴が電話に出る。
 昴「優奈?こんな時間にどうしたんだ?」
   更に緊張して慌てる優奈。
優奈「昴・・・げ、元気してた?」
 昴「は?変なこと聞くなよ。今日見たまんまだ。」
優奈「そっか、そうだよね。」
 昴「用件はそれだけか?」
優奈「う、うん。」
   電話越しに昴の呆れた感情が伝わる。
 昴「じゃあ切るぞ。」
   切られる寸前で優奈が勇気を出す。
優奈「あ!待って!まだ切らないで!」
 昴「今度は何?」
優奈「朝にも言ったけど、いつでも相談乗るからね。私で良ければになっちゃうけど。」
   暫く考えてから答えを出す昴。
 昴「あぁ、分かった。じゃあ切るぞ。」
優奈「うん。おじさんに宜しく伝えておいて。」
   電話が切れる。
   机上に飾られた中学生時代の2ショット写真に目を向ける優奈。
優奈「気のせいだよね・・・。」

〇高校、体育の授業(マラソン)
   二組に分かれた3-4の男子生徒の二組目がトラックを走っている。
   水道で水分補給を終えた昴、腕で口元を拭う。
   女生徒が昴に話しかける。
女生徒「湯崎君、ちょっといい?」

〇校舎裏
   二人きりで向かい合っている昴と優奈。
   辺りを警戒しながら話す昴。
 昴「なんでこんな所に居るんだよ⁉」
   落ち着いた様子で話す優奈。
優奈「授業抜けて来た。」
   驚きを隠しきれない昴。
 昴「抜け・・・⁉見つかったらシャレにならないぞ!」
優奈「そんなの分ってる。いいから早く脱いで。」
   耳を疑う昴。
   昴の服を脱がそうとして振り払われる優奈。
 昴「何言ってんだ⁉お前、近頃おかしいぞ。」
優奈「いいから早く!」
   今度は両手で服を脱がそうとする優奈。
   負けじと振り払う昴。
 昴「よせ!俺に触るな!」
優奈「少しくらいいいでしょ!幼稚園から一緒なんだし!」
   頭にきて優奈の腕を掴む昴。
 昴「いい加減にしろ!俺はお前と遊ぶ為に学校に来てるんじゃないんだ。悪ふざけがしたかったら他の奴とやれ。」
   グラウンドに戻ろうとする昴。
   必死に引き留める優奈。
優奈「見せられない理由でもあるの⁉」
   足を止める昴。
優奈「私、昴の力になりたいの!大人には言えないような事だったら私が!」
 昴「幼馴染だからか?」
優奈「え?」
ゆっくりと振り返る昴。
 昴「俺が幼馴染だから気に掛けるのか?」
   素直に自らの気持ちを伝えられない優奈。
優奈「それは・・・。」
 昴「なら今直ぐ止めろ。ハッキリ言って迷惑だ。頼むから深入りしないでくれ。」
   校舎裏を去る昴。
   俯いて胸の内を呟く優奈。
優奈「そんなんじゃ、ないのに・・・。」

〇昴の自宅、学校帰りの夜
   リビングに入った昴、テーブルの上にあった置手紙を手に取る。
   置手紙の内容は[これで適当に食べろ。]
   再度テーブルに視線を落として五百円玉が置かれていることに気が付く昴。
   無表情の昴。

〇大通りに面するスーパー
   おにぎり一つを手に取って支払いを済ませた昴、出入口を潜ったところで不良三人に絡まれる。
不良A「なぁ、あんちゃん。」
   三人に囲まれる昴。
不良B「この中で何買ったか俺達に教えてくれよ。」
   物怖じしない昴。
 昴「おにぎり一個だけだ。」
不良A「あ?そんなわけないだろ。」
   許可なくレジ袋を奪った不良C、中身を見る。
不良C「マジだ。コイツ、おにぎり一個しか買ってねー。」
不良B「へへッ。随分と金欠なんだな。」
 昴「返せ。それは俺のだ。」
   レジ袋に手を伸ばすも避けられる昴。
不良C「おっと。そう易々と返す筈ないだろ。一個だけでもありがたく頂戴する。」
   不良たちを睨み付ける昴。
不良A「なんだよ?文句でもあんのか?」
   殴り掛かろうと拳を構える不良A。
   不良Aが父親の姿と重なり咄嗟に防御姿勢を取る昴。
   拳を解く不良A。
不良A「見ろよコイツ。ビビってるぜ。」
   思わず哄笑する不良たち。
不良B「ハハハッ!ダッセ~。」
不良C「このくらいでそんな顔するかよ⁉」
   笑いが一頻り終わると、不良Aが先ず最初に昴を殴る。
   唇が切れた昴、地面に倒れる。
不良A「丁度いい機会だ。コイツでストレス発散しよう。」
   その言葉を皮切りに絶え間なく蹴り始める不良たち。
   出来るだけ身を縮めて防御姿勢を取る昴。
   暫く続いた後、雨が降り始める。
不良A「ヤベッ!雨だ!」
   昴に興味を失った不良たちが一目散に去って行く。
   余力を振り絞って仰向けになる昴。
   容赦なく昴の顔に打ち付ける雨。
   どこからともなくやって来たエリ、しゃがんで昴に傘を差す。
エリ「風邪引いちゃうよ。」
   エリに目をやる昴。
 昴「アンタ誰?」
エリ「どうでもいいでしょ、私が誰かなんて。それよりなんでやり返さなっかったの?」
 昴「見てたんだな。」
エリ「まぁね。」
   傷を労わりながら上体を起こす昴。
 昴「俺じゃ、殴り返しても勝てないと思った。」
   納得のいっていない様子のエリ。
エリ「ふ~ん。でもそういう風には見えなかったけどな・・・。」
   微笑みながら昴に手を差し伸べるエリ。
エリ「おいで。手当てしてあげる。」

〇店が軒を連ねる大通り
   傘を差しながら歩いている優奈。
   道路を挟んだ向こう側の歩道で女性に連れられた昴を視界に映す。
優奈「昴・・・?」

〇エリの自宅(アパート)
   女性らしいインテリアが所狭しと飾られた六畳一間の部屋。(カーテンの色は赤)
エリ「そこ座っといて。」
   ベッド横に腰を下ろす昴。
   尻を突き出す様な体勢で棚の中を弄るエリ。
エリ「確かこの辺に・・・。」
   エリの尻を一瞬だけ見て強引に目を逸らす昴。
エリ「あった!」
   絆創膏を発見したエリ、昴の隣に座る。
エリ「ジッとしててよ。」
   慎重に昴の唇に絆創膏を貼るエリ。
エリ「うん、上手く貼れた。」
 昴「どうも。」
   無言の間に雨の降り頻る音が響く。
 昴「じゃあ俺はこれで。」
   立ち上がって玄関へ向かおうとした昴の手を掴むエリ。
エリ「どこ行くの?」
   振り向いて返答する昴。
 昴「どこって・・・家に帰るんだ。」
   立ち上がってから昴の手を握り直して指と指を絡ませるエリ。
エリ「その家・・・ホントに帰りたい?」
   頭中にクエスチョンマークが浮かぶ昴。
 昴「いきなり何言って」
   台詞の途中で昴の手を引き寄せて唇を重ねるエリ。
 昴「!!!!!!」
   驚愕して後退る昴。
   逃がさず壁にぶつかるまで付いて行くエリ。
   束の間キスに酔いしれるエリと昴、そして惜しみながら事が終わる。
   呆然としている昴の耳元で囁くエリ。
エリ「初めてだった?」
   分かり易く動揺する昴、目を泳がせる。
エリ「君、虐待されてるでしょ?」
   更に動揺して恐怖を滲ませる昴。
エリ「いいの。何も言えないのは分かってる。」
   右腕に着けていたアームカバーを取り外すエリ。
エリ「見て。」
   エリの右腕に押された複数のタバコの痕を目にする昴。
エリ「君と一緒。」
   その瞬間、昴の動揺が収まる。
   昴の手をゆっくりと引っ張ってベッドに誘導するエリ。
   ベッドに横たわり、昴に覆いかぶさる様な体勢になるエリ。
   また耳元で囁く。
エリ「安心して。痛いことなんてしないから。」
   昴の耳を甘噛みするエリ。
   見つめ合う二人。
エリ「生きてるって実感しよ。」
   再び唇を重ねたエリ、ベッドの上に転がっていたリモコンで電気を消す。

〇〇〇
   カーテンの隙間から部屋に朝日が漏れる。
   響くスズメの鳴き声。
   一つの毛布を掛けて眠っている二人。
   寝ぼけ眼で目を覚ました昴、床に足を着ける。
   スヤスヤ眠っているエリ。
   エリの顔を見て昨晩の出来事を鮮明に思い出した昴、ズボンを履き始める。
   目をこすりながら上体を起こすエリ。
エリ「あれ・・・行っちゃうの?」
 昴「学校がある。」
   再びベッドに寝そべるエリ。
エリ「学校~?そんなところ行って楽しい?私とどっか別のところ行こうよ~。」
 昴「無理だ。休めない。」
   袖を通したYシャツのボタンを閉める昴。
エリ「親に怒られるから?」
   手を止めてエリの顔を睨み付ける昴。
 昴「そもそも名前すら知らない。今日此処に居るのだって事故みたいなもんだ。そんな相手に詮索される筋合いなんて無い。」
   悪戯っぽく笑うエリ。
エリ「へぇ~。高校生なのに名前も知らない相手と初SEXしたんだ。気持ち良かった?」
   何も言い返せないまま玄関へと向かう昴。
エリ「エリ。それが私の名前。」
   立ち止まってエリの名前を聞いた昴。
   あることに気が付くエリ。
エリ「あ!そこの鍵持って行ってもいいよ。二つあるから。」
   迷った末に棚の上に置いてあった鍵を手に取って廊下に出る昴。
   その様子を見て微笑むエリ。
エリ「いつ来てもいいからね~。」
   扉を開いて外に出る昴。
エリ「可愛い。」

〇昴の自宅
   王汰の寝室をソーッと開けて様子を確認する昴。
   いびきをかきながら熟睡している王汰。
   ホッとした昴、学校道具を準備しようと自室に行く。

〇〇〇
   ベッドとデスク以外に何も無い簡素な部屋。
   椅子に座って教科書類をまとめる昴、引き出しから鉛筆を取り出そうとして奥の方に仕舞い込まれていた一枚の写真を見つける。
   中学時代に撮った優奈との2ショット写真。
   複雑な心情を顔に出す昴、写真を引き出しに戻す。

〇〇〇
   バックパックを背負って自室を出た昴、目の前に王汰が歩いて来る。
   立ち止まる昴。
   厳かに質問をぶつける王汰。
王汰「お前、昨日は何処で何してた?」
   俯き気味で答える昴。
 昴「特に何も・・・。」
   その場を離れようとした昴を手で制止する王汰。
王汰「おいおいおい、勝手に動いてんじゃねーよ。」
 昴「だけど、学校が・・・。」
   昴の反応に違和感を覚えた王汰、顔を掴んで此方に向かせる。
王汰「だけど・・・だと?テメェ、誰の許可取って口答えしてんだ?あ⁉」
   腹に膝蹴りを入れる王汰。
   声を押し殺す昴。
   威圧する様な眼力の王汰、昴の顔に触れるかどうかの距離にまで近付く。
王汰「今回はこれだけで勘弁しといてやる。次に逆らってみろよ。只じゃ済まさねーからな。」
   昴を勢いよく突き放す王汰。
王汰「返事は⁉」
   怯えながら口を開く昴。
昴「・・・はい。」

〇学校、階段の踊り場
   階段を下りていく昴と上っていく優奈、踊り場で遭遇する。
   気丈に振舞う優奈。
優奈「よっ!昴。」
 昴「・・・あぁ。」
   希薄に反応した昴、足を止めずに先を進む。
   ふと妙案を思い付いた優奈、スロープに手を掛けながら昴を引き留める。
優奈「ねぇ!学校終わったらファミレス行かない?奢るからさ。」
 昴「そんな気分じゃない。」
   ネガティブな態度に腹が立った優奈、昴の元まで歩く。
   振り向いた昴の顔を両手で挟み込む優奈。
優奈「ダメ!私が行きたいから行くの!もう決定しました!」
   呆然とする昴。

〇ファミレス、窓際の席
   ボーッと景色を眺めている昴。
   手を使わずにストローでジュースを飲む優奈。
優奈「何見てるの?」
 昴「外。」
   ムスッとする優奈。
優奈「外の何?」
 昴「人。」
   深入りしない方が得策だと考えた優奈、話題を変える。
優奈「昴ってさ、どういう勉強してるの?」
 昴「普通にやってる。」
   分かり易く昴を煽てる優奈。
優奈「そう言われてもな~。頭良い人の普通ってレベルが違うし。」
   昴をチラッと見る優奈。
   窓外の景色を眺め続ける昴。
   溜息を吐いた優奈、昨夜の事を思い出す。
優奈「そういえば昨日、女の人と一緒に居なかった?」
   僅かに驚いて優奈の顔に視線を向ける昴。
 昴「いや。」
   詰める優奈。
優奈「嘘。誰かと歩いてたでしょ。」
 昴「歩いてない。」
優奈「だって私」
 昴「歩いてない‼」
   台詞を遮るようにして大声を出した昴。(机も叩く)
   申し訳なさそうにする優奈。
優奈「ごめん。」
   他の客が二人に注目する。
   冷静になる昴。
 昴「悪い、言い過ぎた。金払っといてくれ。」
   足早にファミレスを出て行く昴。
   昴を見送った後、優奈は寂しそうにストローを吸った。

〇河川敷、夕方(2ショット写真を撮影した場所)
   堤防の斜面に座る昴、川の流れをボーッと見つめる。
   通り道でウォーキングやランニングをする人たち。
   ポケットからエリの家鍵を取り出した昴、視線をそれに移す。
   父親の影を感じ、家鍵を握り込んで思い切り投げようとする。…が、見切りが付かずにポケットに仕舞う。
   そして河川敷を後にする。

〇昴の自宅、夜
   リビングに入ってテーブルの上を確認する昴。
   何も置かれていないテーブル。
   諦めきれずにキッチンで夕食を探し、カップラーメンを見つける。
   湯を沸かしてカップの中に注ぐ。
   3分間待った後、昴は蓋を外して独りで食べた。

〇高校、3-4の教室
   席に着いて静かにしている生徒たち。
   教室に入った教師、教卓の前で立ち止まり咳払いする。
教師「早速だが、抜き打ちでテストを始める。」
   どよめきが教室中に広がる。
生徒たち「えぇ~~~‼」
教師「ちゃんと自主勉してる奴なら分かる問題だからなー。」
   前から順に回されていくテスト、昴の元にも届く。
教師「準備はいいな。・・・始め!」
   教師の号令と共に生徒たちがシャーペンを走らせる。
   珍しく解答欄が進まない昴。
   見回りに来た教師がそれを見て不思議に思う。
教師「湯崎、どうした?殆ど空白じゃないか。調子でも悪いのか?」
   自分に戸惑いながら答える昴。
 昴「いえ。大丈夫です。」
教師「そうか・・・。」
   昴の元を去って見回りを続ける教師。
   頭を振って邪念を振り払った昴、必死にペンを走らせた。

〇エリの自宅、夜
   アパートの階段を上った昴、エリの部屋の前で立ち止まる。
   なかなか一歩を踏み出せないでいると、扉が開いてエリの部屋から一人の老人が出て来る。
老人「これからも御贔屓に。」
   見送りに玄関先まで来たエリ、老人に手を振る。
エリ「わざわざどうも~。」
   昴を一瞥してから去って行く老人。
   目が合う昴とエリ。
エリ「あ、来たんだ。入って。」
   部屋に入った昴、先日と同じ位置に座る。
 昴「あの人は?」
   きょとんとしてからニヤけるエリ。
エリ「なに?嫉妬してるの?」
 昴「違う。単純に気になっただけだ。」
エリ「ふ~ん・・・。あの人はただの知り合い。そんな仲良くもないよ。」
   丸時計を見て夕食時だと気付くエリ。
エリ「あっ、そうだ!晩御飯って何か食べた?」
   首を横に振る昴。
 昴「いいや。」
   腰を持ち上げて廊下沿いのキッチンへと向かうエリ。
エリ「ちょっと待ってて。今からスパゲティ作るから。」
   ある事に気が付いたエリ、振り向いて質問を呈する。
エリ「ミートソースとカルボナーラ、どっちがいい?」
   急に訊かれて戸惑う昴、恐る恐る答える。
 昴「じゃあ、ミートソースで。」
エリ「OK。」
   機嫌良く返事をしたエリは嬉しそうにキッチンへと向かった。

〇〇〇
   出来上がったミートソーススパゲティ二皿をテーブルの上に運ぶエリ。
エリ「お待ちどおさま。」
   スパゲティをジッと見つめる昴。
   昴の向かいに腰を下ろすエリ。
エリ「食べないの?」
   催促されて手を合わせる昴。
 昴「・・・頂きます。」
   ゆっくりとマイペースに食べ進める昴を数秒見てからエリも口を付ける。
エリ「・・・おいし。」
   会話せずに食べ進めていく二人。
   無言に耐えられなくなったエリ、昴に話しかける。
エリ「ねぇ。スマホの連絡先教えてよ。その方が色々と便利だから。」
   口の中のスパゲティを呑み込んでから口を開く昴。
 昴「スマホなんか持ってない。家のやつなら教えられるけど。」
   驚きを隠しきれないエリ。
エリ「えっ!今時スマホ持ってない人なんて居るんだぁ~。」
 昴「うるせぇ。」
   気恥ずかしくなって食のスピードを上げる昴。
エリ「じゃあ家の電話でもいいや。取り敢えず番号教えて。」

   〇〇〇
   流し台で二枚の皿を洗い終えた昴、リビングに戻る。
   カーペットの上に三角座りしているエリ。
   テーブルに置かれた缶ビール。
エリ「ありがとね、洗ってくれて。」
   缶ビールを一飲みするエリ。
   彼女の向かいに座る昴。
エリ「飲む?」
   テーブルの中央に置かれる缶ビール。
   ハッキリと断る昴。
 昴「要らない。」
   頬杖を付いたエリ、悪戯っぽく笑う。
エリ「法律破っちゃうの怖い?」
   煽られてカチンと来た昴、缶ビールを手に取る。
   昴の隣に移動して息遣いが分かる程に引っ付くエリ。
エリ「飲んだって誰も気付かない。・・・これまでと同じ様に。」
   迷いを振り払った昴、缶ビールに口を付ける。
   缶ビールの底に手を当てて昴に多く飲ませるエリ。
   口を離す昴、顔を顰める。
   思わず失笑するエリ。
エリ「苦かった?」
 昴「そんなに好きじゃない。」
   缶ビールを受け取ってテーブルに置いたエリ、昴に跨って囁く。
エリ「この為に来たんでしょ?」
   静かに唇を重ねる二人、そのままキスの回数を重ねていった。

〇大型商業施設、昼間
   昴を引っ張りながら通路を歩くエリ、お目当ての店を見つけて指を差す。
エリ「あ!あった!」
   ファッション店に入って行く二人。

〇〇〇
   昴に似合う服を探すエリ。
   退屈そうな目でその様子を見つめる昴。
 昴「服なんて着れれば何でもいいんだけど。」
   ハンガーを横にずらしながら口を動かすエリ。
エリ「そういうわけにはいかないの。見栄え良くした方が絶対にいいでしょ。それに学生服のままじゃ補導されちゃうし。・・・あ、これなんてどう?」
   手に取った服を昴に重ねるエリ、独り言を呟く。
エリ「う~ん・・・こういう系統じゃない方がいいかな・・・。」
 昴「本当に何でもいいけど。」
エリ「兎に角一回着てみて。」
   試着室でエリの選んだ服に着替える昴。
エリ「おぉ~!似合ってんじゃん。後ろ向いて。」
   昴に触れて後ろを向かせるエリ。
エリ「学生服なんかよりこっちの方が格好いいよ。」
   違いが分からない昴、自分を見回す。
 昴「そうか・・・?」
エリ「早速これ買っちゃおうか。」

〇〇〇
   レジでの会計が終わり通路に出る昴とエリ。
エリ「はい、これ。」
   商品が入った紙袋を昴に手渡すエリ。
   受け取り辛い様子の昴。
   それを見兼ねたエリ、紙袋を一度引っ込める。
エリ「もしかして申し訳ないとか思ってる?」
   図星を突かれた昴、何も言えない。
   励ます様に微笑みかけるエリ。
エリ「この服は君が補導されないように買ったの。だから自分の為だと思って受け取って。」
   紙袋を再び差し出すエリ。
   渋々受け取る昴。
 昴「どうも。」
   表情の暗い昴の手を掴んで引っ張るエリ。
エリ「しょんぼりしないの!折角来たんだから楽しまないと。」

〇大型商業施設内、ゲームセンター
   様々な音がぶつかり合っている。
   UFOキャッチャーの台に100円玉を投入するエリ。
   隣から話しかける昴。
 昴「こういうの得意なのか?」
   台を見つめた状態で答えるエリ。
エリ「ううん。でもやる。」
   ボタンを押してアームを動かすエリ、最後のボタンを押す。
   商品を掴み順調に落とし穴まで持っていくアーム。
   ヒートアップするエリ。
エリ「もうちょっと!」
   落とし穴寸前で商品が落ちる。
   肩を落とすエリ。
エリ「あぁ・・・。」
   縋る様に昴を見上げたエリ、何も言わずに100円玉を差し出す。
   紙袋と交換して100円玉を受け取った昴、台に投入する。
 昴「やりはするけど期待するなよ。初めてだから。」
   元気よく応援するエリ。
エリ「頑張って!」
   ボタンを順に押す昴。
   動き出したアームが商品を掴み、そのまま落とし穴へと落下する。
   跳ねるほど喜ぶエリ。
エリ「やったー!」
   落下した商品を取り出してエリに渡す昴。
エリ「凄い!初めてなのに一発で獲れちゃった!ねぇ、次はあれやって!」
   子供の様にはしゃぐエリ、違う台を指差す。
   その様子を見て僅かに頬を緩める昴。
エリ「早く行こ!」
   昴の手を引っ張るエリ。

〇大型商業施設、休憩所
   獲得した商品が詰まった紙袋を両手に持つ昴。
   服が入った紙袋を手に持つエリ。
   二人がベンチに腰掛ける。
エリ「まさかあんなに上手いなんて思わなかった。お陰でこんなに獲れちゃったよ。冗談抜きで初めて?」
 昴「嘘言ってどうすんだよ。」
エリ「ウフフ、そうだよね。そしたらちょっと此処で待ってて。」
   立ち上がるエリ。
エリ「何処に行くんだ?」
エリ「ナイショ。女の子にそんなこと聞いちゃ駄目だよ。」
   察した昴、謝罪代わりに首を縦に振る。
エリ「じゃあ待ってて。」
   休憩所から立ち去るエリ。

〇〇〇
   背凭れに寄りかかって俯いている昴、目前で一人の男が立ち止まる。
   気になって顔を持ち上げた昴、目を見開く。
   男の正体は王汰。
王汰「こんな場所で何してんだ?」
   冷え切った目で昴を見下ろす王汰、静かに怒気を声に載せた。

〇〇〇
   休憩所へと小走りで戻って来たエリ。
エリ「お待たせ~。・・・あれ?」
   荷物だけが置かれたベンチ。
   辺りを見回して目を細めたエリ、数メートル先で男に大人しく付いて行く昴を発見する。

〇昴の自宅、夜
   湯舟に顔を突っ込まれる昴、苦しそうに喘ぐ。
 昴「・・・ぼぼ・・・うぅ・・・!」
   飛沫を上げて湯舟から水が零れ出る。
   抵抗する昴を更に力を込めて押さえ付ける王汰。
王汰「怪しいと思ったんだ。テメェが朝帰りした日からなぁ!GPSなんて高ぇ物買わせやがって!」
   髪を引っ張って昴を引き上げる王汰。
   咳交じりに必死で息を整える昴。
 昴「ゴホッ!ゴホッ!・・・ヒュー、ヒュー・・・。」
   息が整ったのを確認してから再び昴の顔を湯舟に沈める王汰。
   先程と同様に藻掻く昴。
   昴が気を失う寸前で電話が鳴る。
王汰「チッ!」
   苛立ちを露わにした王汰、電話の元まで向かう。
   悄然と浴室の床に倒れる昴。

〇〇〇
   愛想良く電話に出る王汰。
王汰「はい、湯崎です。」
   電話越しの人物はエリ。
エリ「あ!こんな時間に大変申し訳ありません。私、息子さんが通われてる高校の教師を務めております艶雪という者なんですが・・・。」
   怪しむ王汰。
王汰「何の用ですか?」
エリ「今日、息子さん学校を休まれましたよね?」
王汰「はい。そうですが。」
エリ「その件でお渡し出来なかった物があるので、学校まで取りに来て頂けないかと思いましてお電話させて頂きました。一度、息子さんに代わってもらっても宜しいですか?」
   やんわりと申し出を拒否する王汰。
王汰「いえ、その必要はありませんよ。私が今から取りに行きますので。」
エリ「代われない理由でも?」
   鼻をひきつかせた王汰、仕方なく申し出に応じる。
王汰「・・・少々お待ち下さい。」

〇〇〇
   王汰に命令され電話を交代する昴。
   その背後で昴を見張る王汰。
 昴「はい。お電話代わりました。昴です。」
エリ「へぇ~。君の名前、スバルって言うんだ~。」
   目を見開いて王汰に一瞬目を向ける昴。
 昴「何の用ですか?先生。」
エリ「君、何も言わずに帰っちゃうんだもん。心配して掛けちゃった。」
 昴「そういえばそうでしたね。その説はどうもご迷惑おかけしました。」
エリ「まぁ、それは置いておくとして、今から家来なよ。君のお父さんには渡したい物があるって言ってあるからさ。」
   少しの間だけ考え込んでから答えを出す昴。
 昴「・・・分かりました。直ぐに伺います。」
   受話器を置く昴。
   声色を普段通りに戻して口を開く王汰。
王汰「で、何だって?」
   恐る恐る嘘を吐く昴。
 昴「渡したい物があるから俺に来て欲しいと。」
   昴の顔にジッと焦点を当てた王汰、許可を出す。
王汰「そうか。なら行っていい。ただし!」
   昴を指差して釘を刺す王汰。
王汰「変な事は考えるなよ。真っ先に帰って来い。」
 昴「・・・はい。」

〇高架下の夜道
   父親の影を振り払うかの様に駆けていた昴、柱に凭れ掛かって腰を下ろす。
   抑圧された感情に突き動かされて髪をぐしゃぐしゃにする昴。
 昴「なんで俺がこんな目に・・・・。」
   王汰の発言を思い出した昴、制服の内ポケットに手を入れる。
   そこから小型のGPSが出てくる。
   GPSを手の平に載せて見下ろした昴、無償に苛立って思い切り握る。

〇〇〇
   コンクリート道に落としたGPSを踏み付けた昴、振り返らずにエリの自宅へと歩き始めた。

〇エリの自宅
   ベッドに腰掛けてスマホを耳に当てているエリ。
エリ「もう会わないって言ったでしょ!もう私に関わらないで!じゃ、そういう事だから。」
   画面上のボタンを押して通話を切るエリ。
エリ「全く・・・。」
   玄関の扉を開いた昴、早歩きでリビングまでやって来る。
エリ「あれ?意外と早かったね。」
   挨拶もせずにエリの姿を見るや否やベッドに押し倒してキスする昴。
   豹変ぶりに動揺するエリ。
エリ「・・・・・・⁉」
   唇を離す昴。
   息継ぎした直後に話すエリ。
エリ「ちょっと!いきなりどうしたの?」
   答えずにまたキスし始める昴、唇から耳に移って舌先を這わせる。
   偶に甘美な反応を示しながら微笑むエリ。
エリ「そんなに溜まってたの?」
   耳元で囁く昴。
 昴「黙ってやらせろ。」
   興奮が有頂天に達したエリ、反転して昴を下にする。
   今度はエリからキスしにいく。
   キスしながらエリの服を脱がす昴。
   完全にベッドの上に横たわった二人、毛布を被ってその後も互いを貪り続けた。

〇〇〇(未明)
   ベッドの上で寝ている昴。
   押し入れからガスコンロを取り出したエリ、五徳の部分に液体の入ったアルミ皿を置いて火を付ける。
   徐々に水温を上げていく液体。
   ベッドに戻ったエリ、昴の唇に指先で触れてから眠りにつく。

〇坊管高校、昼間
   3-4の教室、黒板に十一月と書かれている。
   空席が一つ。
   教卓の前に立つ教師。
教師「出席取るぞー。・・・っと、湯崎は今日も休みか。」

〇〇〇
   廊下側の窓越しに喋る優奈と女生徒二人。
優奈「今日も休み?」
   表情を暗くする優奈。
女生徒A「そう。もう二か月くらい経ってるから学校嫌になって引き籠ってんじゃない?」
女生徒B「あの湯崎君が?そんなのないない。」
   ニヤニヤしながら優奈の方を向く女生徒二人。
女生徒A「幼馴染の意見は?」
   急に話を振られて慌てる優奈。
優奈「え?私?・・・さあ、見当もつかないや。」
女生徒B「またまたぁ~。」
   冷やかしを愛想笑いで返す優奈。
優奈「アハハ・・・。」

〇通学路、夕方の大通り、曇天
   学校帰りの学生や主婦、サラリーマンでごった返す歩道。
   人を避けながら歩いていた優奈、反対側の歩道に昴を見つける。
優奈「・・・昴?」
   雰囲気がガラッと変貌している昴、優奈とは逆方向へと進んでいる。
   またと無い機会だと踏んでその姿を追い駆ける優奈、人の流れに逆らい、横断歩道を渡って昴に追い付く。
   息を切らしながら昴の手を掴む優奈。
優奈「待って‼」
   振り返る昴。
   二人に目を向ける通行人。
   悲痛な眼差しで説得を始める優奈。
優奈「昴・・・今、何処でなにしてるの?」
 昴「お前には関係ない。」
   前に向き直ろうとした昴、優奈に引っ張られて中断する。
   人目も憚らず大声を出す優奈。
優奈「関係ない訳ない!家にもずっと帰ってないみたいだし・・・。」
   険しい目付きで優奈を見つめる昴。
 昴「・・・・・・。」
   声を震わせる優奈。
優奈「帰って来てよ。あの家に戻れないなら私の家に来ていいから。昴だったらお母さんとお父さんも絶対許可してくれる。住む所ないんでしょ?」
   罪悪感から顔を背ける昴。
   勘付く優奈。
優奈「あるの?・・・・・・もしかして、あの女の人?」
   昴を女の人と引き離そうとする優奈。
優奈「そんなの変だよ。どうしてそうなるの?普通じゃない!」
 昴「分かってる‼普通じゃない事ぐらい!」
   食い気味に叫ぶ昴。
   振り出す雨、地面に打ち付ける。
   急ぎ足で目的地へと向かう通行人たち。
   二人だけになる歩道。
   先の発言を後悔する優奈。
優奈「違う。今のは・・・。」
   堰を切った様に涙を流す昴。
 昴「もう・・・放っておいてくれ。」
   何も出来ずに手を離す優奈。
   優奈の元を去って行く昴。
   その後、優奈は土砂降りの雨に打たれ続けた。

〇エリの自宅、夜
   玄関の扉を開いて部屋に入った昴、靴を脱ごうとした時にエリの叫び声を耳にする。
エリ「放して‼」
   急いで靴を脱ぎリビングへと向かう昴。
   リビングで知らない男に手を引っ張られているエリ。
 堅「逃げんなよ‼」
   エリを勢い良く押し倒す堅。
   壁に思い切り体をぶつけるエリ。
エリ「きゃあ!」
   二人の会話に割って入る昴。
 昴「そこで何してる?」
   昴に視線を向けるエリ。
エリ「スバル!」
   ゆっくりと振り向いて昴を見る堅。
 堅「お前こそ何してる?此処は俺の家だ。」
 昴「違う。彼女のだ。」
 堅「コイツの物は俺のなんだよ、ガキ。お前は俺の家に無断で上がり込んでる。立派な不法侵入だ。」
   無言で堅を睨み付ける昴。
   向き直ってエリに蹴りを入れる堅。
 堅「お前もお前だ。俺以外の相手に鍵渡してんじゃねぇよ!誰が許可した?勝手な事しやがって。」
   勇気を振り絞って反論するエリ。
エリ「あなたの言い付けを守る筋合いなんて無い!それはもう過去の事でしょ⁉」
   激高する堅、歯を剥き出しにして怒りを露わにする。
 堅「過去の事だと・・・。そんなの誰が決めた⁉え?言ってみろこのアマ!お前が勝手にある日突然消えやがったんだろ‼俺は何も言ってない!消えてくれとも他の男に鍵を渡せとも!何一つ言った覚えはないからな‼」
   恐怖に耐えている顔でそっぽを向くエリ。
   顔をエリの寸前まで近づける堅、指を差す。
 堅「覚悟しろよ、またあのお仕置きをしてやる。」
   その発言である事に気が付く昴、無言を破る。
 昴「アンタか?」
   不機嫌な表情で振り向く堅。
 堅「あ?」
 昴「彼女にタバコを押し付けたのはアンタか?」
 堅「それがどうした?ガキ。俺がコイツをどうしようが自由だ。叩いたり蹴ったり殴ったり切ったり。昔からずーっと俺の自由だ。今も変わらない。この先も変わりはしない。というかさっさと出てけよ、警察呼ぶぞ。」
   昴を守ろうと口を開くエリ。
エリ「今日はもう行って。」
   拳を握った昴、エリの頼みを無視して堅を挑発する。
 堅「所詮は弱い者いじめだ。」
   青筋を立てる堅。
 堅「なに?」
エリ「ダメ・・・。もう行って!」
 堅「お前は黙ってろ!」
   改めて話し出す昴。
 昴「現状に不満足だから何かに当たる。会社か日常のストレス。もしくは優位に立ちたいだけなのか。いずれにしてもダセぇクズ野郎だけどな。」
   不敵な笑みを浮かべる昴。
   侮辱されて我慢の限界に達した堅、昴に突進する。

   ~喧嘩が暫く続く~

〇〇〇
   頭から血を流す昴、顔面を何箇所も腫らした堅をエリの家から外に投げ飛ばす。
   壁に背中をぶつける堅。
 堅「どわっ!」
   尻餅を搗いている堅の前に歩いてきた昴、息を切らしながら口を開く。
 昴「二度と来るな。」
 堅「覚えとけよ、ガキ。必ず痛い目見せてやる。」
   捨て台詞を吐いた堅、覚束無い足で去って行った。

〇夜の公園、雨上がり
   ブランコに座って、軽く漕いでいるエリと夜空を眺めている昴。
 昴「いいのか?」
エリ「何が?」
 昴「まだアイツが居るかもしれない。」
   思わず笑みを零すエリ。
エリ「あれだけボコボコにしたんだから当分は私の前には現れないよ。」
   男との喧嘩を回顧した昴、その時の感情を伝える。
 昴「怖くなかった・・・。」
   足でブレーキを掛けるエリ。
エリ「ん?」
 昴「あの男に襲われても、怖くなかったんだ。震えも無かった。」
エリ「良い事じゃない。私なんて憎くて憎くて殺してやりたいけど、何日経っても鎖で繋がれたまま。ずっと怯えてる。」
   話題を変える昴。
 昴「部屋を汚して悪かった。曖昧だけど・・・多分、食器を割った。」
エリ「でもそのお陰で私は助かった。ありがとう、スバル。」
   目を合わせる二人。
   ふと訊けていなかった疑問が頭に浮かぶ昴。
 昴「ずっと聞きたかった事がある。なんであの時、俺を家に上げたんだ?」
   再びブランコを漕ぎ始めるエリ。
エリ「どうしてかなぁ~。とりわけ男が欲しかった訳でもないし、良心に訴えられた訳でもないからな~。」
   理由を考えたエリ、尚も答えは出ずに昴に微笑みかける。
エリ「・・・さあ、分からないや。」
   小声で呟く昴。
 昴「そうか。」
   ポケットからタバコを取り出してライターで火を付ける昴。
エリ「もう少し居るの?」
 昴「あぁ。」
エリ「じゃあ私は先帰ってるね。」
   ブランコから腰を持ち上げて公園を去って行くエリ。
   独りになった昴は夜空を眺めながらタバコを一服した。

〇昴の自宅、夕方
   夕焼けの空でカラスが鳴く。
   仕事帰りの王汰、ネクタイを緩めながらリビングに入る。
   ソファに座ってタバコを吸っている昴。
   昴に気が付いた王汰、動きを止める。
王汰「そこでなにしてんだ?」
   立ち上がって王汰と対面する昴、飄々と喋る。
 昴「特に何も。ただタバコを吸ってた。」
   バッグを投げ捨てて片手だけで指をポキポキと鳴らす王汰。
王汰「ほぉ。湯崎王汰の息子が未成年喫煙か。もしバレたら一大事だ。クビだけじゃ済まない。」
 昴「そうだな。」
   徐々に昴との距離を縮める王汰。
王汰「お前の母親が死んで以来、代わりに俺がお前を育ててやった。が、その結果お前は二カ月間失踪して今まさに俺の目の前でタバコを吸ってる。母親が見たら哀しむな。」
 昴「だけどもう居ない。」
   間近で互いを睨み合う昴と王汰。
王汰「いつもこれだ。受けた恩を仇で返しやがる。」
   加熱した怒りを爆発させて昴の胸倉を掴む王汰。
王汰「何の為にお前を育てたと思ってる⁉どれもこれもお前を完璧にする為だ!この家に住まわし、飯を与え、高質な塾にも行かせた!にも関わらず、決まって問題が起こる。毎回俺の手を煩わせる。」
   服の中に隠していたナイフを王汰に見えないように取り出す昴。
王汰「この恩知らずで無能なクズがっ‼」
   昴を殴ろうとした王汰、腹に激痛が走り動きが停止する。
   冷酷な目で王汰を見上げる昴。
 昴「クズはどっちだ・・・?」
   後退る王汰に立て続けに何度も何度もナイフを刺す昴。
   床に倒れる王汰。
 昴「ずっとこうしてやりたかった。」
   瀕死状態の王汰に向かって大声で叫ぶ昴。
 昴「何がお前の為だ!何が何が何が‼一体何が!何年間も我慢してきた!ゴミ同然に罵られても虐げられても!ずっと我慢してきたんだ。俺は・・・俺は・・・‼」
   堪えきれなくなり涙を流す昴、言葉に詰まる。
   目を開いたまま完全に息絶える王汰。
   よろよろと電話の元まで歩いた昴、受話器を取る。
 昴「あぁ、昴だ。急に掛けて悪い。今時間あるか?・・・話があるんだ。今から言う場所に来てくれ。そこで待ってる。」

〇河川敷、夕方
   堤防の斜面に腰掛けて川を眺めている昴。
   夕日が反射して煌めいている川の水面。
   昴の背後から近付く一つの影。
エリ「話って?また殴られでもした?」
   振り返らずに答える昴。
 昴「父親を殺した。」
エリ「・・・そっか。」
   否定も肯定もせずに受け止めるエリ、昴の隣に座る。
エリ「警察には?」
 昴「もう言った。直に迎えが来る。帰りたいなら帰ってくれ。」
エリ「そんな易々と帰るわけないでしょ。私はそこまで薄情な女じゃないんだから。」
 昴「俺と一緒に居たら捕まるかもしれない。諸々の罪で。」
エリ「法なんてクソ喰らえよ。君と居たいから一緒に居るの。」
   昔話を始める昴。
 昴「此処は思い出深い場所なんだ。幼馴染と写真を撮った。中1か中2の時にあの川辺で。」
   悪戯っぽく笑みを浮かべるエリ。
エリ「そんな話してどうするの?私に嫉妬して欲しい?」
   エリと目を合わせる昴。
 昴「幼馴染じゃなかった。俺が選んだのは彼女じゃなくてエリだった。」
エリ「ま、賢明な判断ね。その子だったら絶対に軽蔑するから。」
   パトカーのサイレンが微かに二人の耳まで届く。
   昴の手に自分の手を重ねるエリ。
エリ「その子のこと好きなの?」
   顔を逸らす昴。
 昴「人の愛し方なんて知らない。」
   昴の顔をグイッとやって自分に向けさせるエリ。
エリ「質問されたら私だってそんなの分からない。純真な愛なんてものが現実に存在するのかどうかも。」
   川を眺める二人。
エリ「それでも、私は心の底から笑ってた。君と居るだけで醜い感情が安らいだ。それは人殺しが相手でも同じ事。」
   パトカーのサイレンが間近まで迫る。
   昴の耳元で囁くエリ。
エリ「待ってる。君の帰りを。」
   言葉に出せない感情を涙で表す昴。
   昴に微笑みかけるエリ。
   パトカーのサイレンが鳴る中、二人の手はそっと重なり合っていた。

   END

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