「セイギノミカタ 前編」(2005年)
登場人物
沢木優(23)朝売新聞社員
大谷薫(23)優の恋人
大谷勲(50)薫の父・大谷組組長
大谷美智子(52)薫の母
大谷聡美(20)薫の妹
亀山忠(23)優の同級生・便利屋
小山田義郎(63)国会議員
市山剛志(57)市山組組長
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○道
片側3車線。
軽自動車が止まっている。
○車内
沢木優(23)、周囲を見渡している。
助手席に本。
本のタイトルは「はじめての張り込み」。
沢木、ポケットから写真を取り出し、見る。
小山田義郎(63)の写真。
沢木、周囲に視線を送る。
車の窓がノックされる。
沢木、窓を開ける。
沢木「どうしたんすか? 部長」
部長、車の脇に立っている。
部長「バカ! お前素人か? こんな目立つところで張り込むヤツがあるか」
沢木「え」
沢木と部長、目を見合わせる。
○議員会館前
軽自動車、正門前に止まっている。
○タイトル「セイギノミカタ 前編」
○カフェ「Sea La Canth」(夕)
大谷薫(23)と大谷聡美(20)、通りに面したテーブルで向かい合って座っている。
テーブルにはスマートフォンとミルクティーが2つ置かれている。
聡美「それ浮気。間違いない」
薫「そんな器用なことできる人じゃないんだけどなぁ」
聡美「甘いな。お姉ちゃん。そうは見えない人が、ホントは一番怪しいんだって」
薫「そうかなぁ。でも」
聡美「そうなの。だって一緒に住んでるのに電話に出ちゃダメなんておかしいよ」
薫「いや。きっと何か他の理由があるんだと思うんだけど」
聡美「何かってなに」
薫「たとえば。電話の相手が」
聡美「電話の相手が」
薫「相手が」
聡美「相手が」
薫と聡美、目を見合わせる。
薫「異常にテンションが高い」
聡美「ぶつよ」
薫「ごめんなさい。え。なんで私が?」
聡美「沢木さん。だっけ? 覚悟はしてるっつってもやっぱりビビッてんじゃん? てか普通ビビるよ。だってウチさぁ」
薫「だよねぇ」
聡美、スマートフォンの画面に触れ、待ち受け画面に目をやる。
聡美「やば! お姉ちゃん! もう物販始まってる!」
薫「マジで」
薫と聡美、テーブルを片付ける。
○ブルーメゾン喜多見・亀山の部屋(夜)
フローリングの8畳間。
テレビと冷蔵庫だけ。
沢木、床に座ってテレビを見ている。
亀山忠(23)、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出し、沢木の前に置く。
沢木「さんきゅ。なぁカメ。話がある」
亀山「金ならないぞ」
沢木「借りてるヤツのセリフじゃないな」
亀山「出世払いだよ。で、なんだよ」
沢木「婚約した」
沢木と亀山、目を見合わせる。
亀山、プルタブを立てる。
沢木、プルタブを立てる。
沢木と亀山、缶を合わせる。
亀山「おめでとう」
沢木「ありがとう」
沢木と亀山、缶をあおる。
亀山「ご祝儀も出世払い」
沢木「便利屋って出世すんの」
亀山「当り前だ。超便利屋になる」
沢木と亀山、目を見合わせる。
沢木・亀山「うぇーい」
沢木と亀山、缶を合わせ、微笑み合う。
沢木「でも問題があってな」
亀山「あー。わかった。他にも男がいた」
沢木「いや」
亀山「じゃー。変な性癖がある」
沢木「違う」
亀山「実は男だった」
沢木「聞けよ」
亀山「言えよ」
沢木「家がヤクザだ」
沢木と亀山、缶をあおる。
○大谷家・正門
正門の脇には「大谷組」の看板。
○同・居間
カーペット敷きの12畳間。
応接セットとコレクターズケース。
大谷美智子(52)、両手に2着の洋服を持って出ていく。
大谷勲(50)、ソファに座って新聞を読んでいる。
美智子、両手に二つの着物を持って現れる。
美智子「お父さん。これとこれ。どっちがいいと思います?」
勲、新聞を読んでいる。
勲「ん? ああ」
美智子「ん? ああ。じゃわかりません」
勲「少しは落ち着いたらどうだ?」
美智子「お父さんこそ。落ち着いてください」
勲「いつも落ち着いてる」
美智子「もう一時間同じ記事読んでますよ」
勲と美智子、目を見合わせる。
勲「トイレ」
勲、立ち上がる。
○同・トイレ
勲、用を足している。
勲「小山田か。また面倒な」
勲、体を揺する。
○同・正門
沢木、正門脇の看板を見上げる。
沢木「あー。緊張する」
薫「大丈夫。取って食われるわけじゃなし」
薫、沢木の背中を叩く。
沢木「いっ。たっ」
薫「ごめん。50%だったんだけど」
沢木と薫、目を見合わせる。
○大谷家・客間
畳敷きの12畳間。
沢木と薫、並んで座っている。
床の間にある掛け軸には「悪即斬」の文字。
掛け軸の前には2振りの日本刀が置かれている。
沢木、床の間を見つめている。
沢木「ホントに? ねぇ。ホントに大丈夫?」
薫、両手で沢木の顔を持ち、正面に向ける。
薫「大丈夫」
勲「失礼」
勲、障子を開けて入ってくる。
美智子、勲の後に続いて入ってくる。
勲と薫、沢木と薫の前に座る。
沢木「あの、はじめまして。ワタクシ。薫さんとお付き合いさせていただいている。サワキユウ。というものです」
勲「薫の父の、勲です」
美智子「薫の母の、美智子と申します」
ウグイスの鳴き声。
薫「あのね。お父さん」
勲「反対だ」
美智子「お父さん。それはちょっと」
勲「ちょっとも何もない。私はお前たちの結婚に反対だ」
沢木「そんな」
薫「理由は」
美智子「薫も。乗らないの」
薫「私。頭ごなしに反対されて引き下がるほど中途半端な気持ちでここに座ってない」
薫と勲、目を見合わせる。
勲、沢木に目をやる。
勲「そっちの御仁はどうなんだ」
沢木「同じ気持ちです」
沢木と勲、目を見合わせる。
勲「証明しろ」
沢木「え」
勲、立ち上がると床の間に飾られていた日本刀を取る。
薫「お父さん。なにする」
勲、鞘を抜きながら沢木の耳の横に振り下ろす。
薫「お父さん! いい加減に」
沢木、手で薫を制する。
薫「ユウくん」
沢木と勲、目を見合わせる。
美智子「はい。お父さん」
美智子、袖から打粉を出すと、勲に差し出す。
勲、受け取った打粉で刀身を叩く。
薫、一つ息をつくと沢木に微笑む。
沢木、薫に微笑む。
薫「あ。ちょっと血出てる」
沢木「え」
勲「腕が鈍ったか」
薫「お母さんバンソーコー」
美智子「はいはい」
美智子、席を立つ。
薫、ハンカチで沢木の耳を押さえる。
沢木、笑みを浮かべたまま、倒れる。
薫「ユウくん? ユウくん!」
沢木、笑みを浮かべたまま倒れている。
〈中編へつづく〉
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