【人物表】
関内悠真(6)保育園児
あさり
関内美鳥(38)悠真の母親
関内康二(40)悠真の父親
室井京造 (52)近所の怖いおじさん
正田直政 (46)魚屋「魚正」店主
友達
◯関内家・玄関・中
座り込んで靴を履く関内悠真(6)
悠真の後ろに立つ関内美鳥(38)
美鳥は妊婦。
悠真、立ち上がり振り返って、
悠真「じゃあいってきます!」
美鳥「(不安げに)…本当に行くの?」
悠真「行く!」
美鳥「…でも悠真、知らない人と話すの苦手でしょ?」
悠真「できるよ!お兄ちゃんだもん!」
美鳥「お兄ちゃんスイッチ入っちゃったか…」
悠真「だって赤ちゃんに必要なんでしょ!?」
美鳥「確かに母体には良いって言うけど、すぐに必要なわけじゃないし…」
悠真「今日買うの!」
美鳥「…うーん、じゃあもう一回確認して」
悠真、手に持った子供用バケツを美鳥に向けて、
悠真「『魚正』さんであさりを買う!お金はリュックの中!小マメなすいぶんほきゅう!」
美鳥「…分かってるじゃない」
悠真「分かってるよ!」
外へ飛び出して行く悠真。
美鳥「あ!ちょっと!」
追いかける美鳥。
◯同・外
玄関から出て来て、走り去る悠真。
悠真「行ってきまーす!」
遅れて飛び出して来る美鳥。
美鳥「コラーッ!走るなーッ!」
不安げにため息をつく。
盛んに鳴く蝉。
走る悠真の背中と、揺れるリュック。
T「あさりのきもち」
◯魚正・外観
色とりどりの魚介類が並ぶ魚屋。
◯同・前
店先に恐る恐る顔を出す悠真。
悠真「……」
不安げに辺りを見回す。
店の奥から出て来る正田直政(46)
正田「おう!関内さん所の悠真じゃねえか」
悠真、正田の声に驚いて硬直。
正田「今日はおつかいか?エラいじゃねえか!」
悠真「……」
正田「…相変わらず人見知りだな。まあいいや。それで今日は何が欲しいんだ?」
悠真、ぎこちなくバケツを差し出す。
正田「(考えて)…あさりか?」
悠真、小さく頷く。
正田「よし分かった!オマケしてやろ!」
豪快にバケツにあさりを入れる正田。
正田「あさりは鉄分豊富だからな。悠真の母ちゃんには一番必要だぞー」
バケツを受け取って中を覗き込む悠真。
水中のあさりからニュルッと水管が伸びてきて、びゃっと水を吐く。
悠真、驚いて、
悠真「…コレ生きてるよ!?」
正田「おう!朝取れの元気ビンビンだぜ!」
悠真「げんき、ビンビン…」
正田「…だがなこの日差しはあさりもキツい。あっという間に茹だっちまう。おう、お前が守ってやるんだぞ」
悠真、力強く頷く。
悠真「…守る!」
ニッと笑う正田。
悠真、バケツを抱えて走り出そうとして、室井京造(52)にぶつかる。
ビチャッと濡れる室井の足。
室井、ギロッと悠真を見下ろして、
室井「前見て歩け」
悠真「……」
正田「すいません!今タオルを!」
室井「…いやいい。すぐ乾く」
逃げるように走り去る悠真。
正田「あ、お金! …まあいいか」
悠真、既に遥か彼方を走っている。
◯道
閑静な住宅街。
立ち止まって呼吸を整える悠真。
悠真、バケツを覗き込んで、
悠真「…はあはあ。びっくりしたね」
バケツの中、プカッと泡を吐くあさり。
悠真「大丈夫だよ。ぼくが守るから!」
直後、後ろから迫ってくる軽トラ。
悠真の横を通り抜ける瞬間、バシャっと泥水を跳ね上げる。
悠真「…ッ!」
悠真、咄嗟にバケツを守るが、靴は泥水で汚れる。
悠真「…うっ」
涙が込み上げて今にも泣き出しそう。
あさりの声「ありがとう」
突然聞こえた声に戸惑う悠真。
恐る恐るバケツを覗き込んで、
悠真「…あさり?」
パッと目を輝かせる。
× × ×
歩きながらバケツを覗き込む悠真。
悠真「ぼくはゆうま!6さい!」
うんうんとあさりの声を聞いて、
悠真「そっかーぼくのがお兄ちゃんだね!」
プカッと答えるように泡を吐くあさり。
悠真「あのね、今度あかちゃんが生まれるんだよ!楽しみだねー」
ぴゅっと、あさりの吐いた水が悠真の顔を濡らす。
ケタケタ笑う悠真。
悠真「あさりにも見せてあげるね!」
ハッとなにかに気づいて電柱の影に隠れる悠真。
道の先を室井が歩いている。
悠真、バケツを抱きしめて、
悠真「大丈夫。怖くないよ。ぼくが守るから」
あさり「……」
悠真「ぼくはお兄ちゃんだから」
◯民家・前
二階建て一軒家。
庭先で小型犬が眠っている。
門扉の前まで歩いて来る悠真。
悠真「…あ」
犬の近くにはボールが転がっている。
悠真「…あのボールはぼくのなんだ」
あさり「……」
悠真「あかちゃんにあげようと思ってたのに、アイツが取ったんだ…」
悠真、そっと門扉に手をかける。
悠真「…平気だよ。ぐっすり寝てるから」
抜き足差し足で犬の方へ歩いて行く。
悠真の額を流れる汗。
眠り続ける犬。
ボールまであと少し。手を伸ばせば届くという所で…犬と目が合う。
悠真「げッ」
尻尾を振りながら近寄ってくる犬。
犬は悠真のバケツに興味津々で中に顔を突っ込もうとする。
悠真「ダメ!食べちゃダメ!」
必死に悠真は抵抗するが、犬は止まらない。
バケツの中に頭を突っ込んだ瞬間…。
ビャッ!と犬の顔に塩水がかかる。
キャン!と悲鳴を上げる犬。
悠真「…ッ!」
咄嗟にボールを掴む悠真。
急いで門扉の外に飛び出すと、塀にもたれて息を整える。
悠真「…はぁはぁ。助けて、くれたの?」
あさり「……」
悠真「ありがとう」
プクッと答えるように泡を吐くあさり。
◯道
意気揚々と歩く悠真。
足取りは軽く鼻歌を歌っている。
バケツを振り回すせいで、水がこぼれるが悠真は気にしない。
悠真「ラクショー、ラクショー」
友達の声「おーい悠真!」
悠真が振り返ると、公園のジャングルジムの上で、友達数人が手を振っているのが見える。
悠真「あ、みんな何してるの!?」
悠真も手を振り返す。
◯児童公園
木陰でバケツを覗き込む悠真。
悠真「ちょっとぐらい大丈夫だよ!」
ビャッと、まるで抗議するかのうにあさりは塩水を吐く。
悠真「それはそうだけど…」
友達とあさりを見比べて考える悠真。
しゅんと肩を落としてため息。
悠真「…うん。お母さん待ってるよね」
友達の声「うわ!なにコレ!」
悠真「え!なに!?ぼくにも見せて!」
走って行く悠真。
ベンチの上に残されたあさり。
やがて時間と共に木の影が移動して、陽の光があさりを照らす。
× × ×
友達に手を振り別れる悠真。
悠真「じゃあねー!」
あさりの所へ戻って来る。
悠真、バケツを見下ろして、
悠真「…アレ?」
だらんと元気なく水管を垂らすあさり。
何度つついても反応がない。
◯道
バケツを抱えて走る悠真。
悠真「…どうしよう!どうしよう!どうしよう!」
バケツの水で服が濡れるが、気にしている余裕はない。
悠真「ぼくのせいで…ぼくが…、ごめんなさいッ」
直後、もつれる悠真の足。
「あ…」と動く口。
バシャッ!と、悠真は受け身も取れず派手に転ぶ。
悠真「あ…あ…」
恐る恐る顔を上げる悠真。
道路には散らばったあさり。
悠真、擦りむいた手であさりを拾おうとするが、ポロポロと指の間からこぼれてしまう。
周囲に人影は無く、ひぐらしの声だけが響いている。
悠真「…ゥゥゥうわあああァァァァんッ!」
悠真の泣き声が辺りに響き渡るが、助けてくれるものはいない。
だがガラッと民家の玄関扉が開く。
出て来たのは室井。
室井「どうした」
恐怖で硬直する悠真。
悠真の前に立ちはだかる室井。逆光で強面で威圧的。
室井「何があったか説明しろ」
悠真、しゃくり上げながら言葉を絞り出す。
悠真「…しん、しん、死んじゃった…」
室井「死ぬ?」
悠真「…うぅ」
室井「泣くな!」
悠真「…ッ」
室井「ゆっくりでいい。どうして欲しいか、自分の口で言え」
悠真「…あ、あ、あさり、助けて、ください」
地面に散らばったあさりに気づく室井。
室井「…よし」
しゃがみ込んで拾い始める。
悠真、呆然と室井を見つめる。
室井「早くしろ!車が来たらどうするんだ!」
ビックと驚いてあさりを拾い始める悠真。
◯室井家・庭
バケツに入ったあさりを見下ろす室井。
室井の後ろで立ち尽くす悠真。
室井、バシャバシャと庭の水道であさりを洗いながら、
室井「これで全部だな」
続けて塩を振りかけて混ぜる。
バケツの中で水が渦巻く。
不安げに覗き込む悠真。
悠真「……」
ゆっくりとあさりから水管が伸びてきて、ぷかっと泡を吐き出す。
悠真「魔法の粉使ったの!?」
室井「ただの塩だよ」
悠真「魔法の、すごいおじさん…」
室井「だから塩だって…」
悠真「良かった…生きてる…。おじさん…ありがとう…」
室井「……」
照れ臭そうに頬をかく室井。
◯関内家・前(夕)
落ち着かない様子の美鳥。家の前を行ったり来たり…。
スマホを見下ろすと、画面にはママ友から「ゆうまくん公園で遊んでたよ」とメッセージが届いている。
美鳥「あの子…何時間遊んでるのよ…ッ」
遠くから聞こえてくる救急車の音。
美鳥、ハッとして心臓の辺りを抑える。
美鳥「……ッ!」
たまらず走り出そうとした直後、
悠真「おかあさああああん!」
夕日を背に走って来る悠真。
美鳥「悠真!」
走って来る悠真を抱きしめる美鳥。
悠真、全身泥だらけで傷だらけ。
美鳥「なんでこんなボロボロなの!?何やってきたの!?」
悠真「へへへ転んだ」
美鳥「転んだ!?怪我は大丈夫なの!?」
悠真「大丈夫だよ!絆創膏もらったから」
美鳥「もう絶対おつかいなんか行かせない!」
悠真「えーッ!やだよ! …あそうだ!」
美鳥から離れる悠真。
悠真、あさりに美鳥を見せる。
悠真「これがお母さんだよ!」
美鳥「…?」
悠真「ここにあかちゃんが入ってるんだよ!」
訝しげな美鳥。
笑う悠真。
◯同・LDK(夜)
料理をする美鳥の横、今日の出来事を身振り手振りを交えて話す悠真。
美鳥、疲れた様子でため息。
美鳥「そう…大冒険だったのね…」
悠真「うん!」
美鳥「しかもお土産までもらっちゃって…」
ダイニングテーブルの上には悠真のリュックが置いてある。中にはお菓子がいっぱい。
美鳥「…今度おじさんとろこに一緒にお礼に行こうね」
悠真「うん!」
美鳥「でも悠真、お金を払わないのは絶対にダメ!警察に逮捕されちゃうんだから!分かった?」
悠真「もう分かったよ…」
美鳥「はあ、魚正さんにも誤りにいかなきゃ…」
ステンレスボウルを覗き込む悠真。
中にはあさりが入っている。
悠真「あのね、お母さん。初めてのおつかいがあさりで良かったって思った!」
美鳥「…なんで?」
悠真「なんでも!」
美鳥「…ふーん。でもしばらく買い物はママと一緒ね。本当に生きた心地がしなかったわ」
悠真「(あさりに)あそうだ!ランドセル見せてあげる!」
リビングを飛び出していく悠真。
再び戻ってきた時には背中にランドセルを背負っている。
悠真「ほら!」
ジャッと、鍋の中に落ちるあさり。
呆然と立ち尽くす悠真。
淡々と料理を続ける美鳥。
ふと無言の悠真に気付いて振り返る。
美鳥「…え?」
見開いた悠真の大きな目から、じわっと涙が溢れ出す。
◯同・外観(夜)
帰宅する関内康二(40)
康二「ただいまー」
◯同・LDK(夜)
ダイニングテーブルで夕食をとる康二。
康二の前で頭を抱える美鳥。
康二の隣にはラップのかかった子供用の食事が置いてある。
康二、あさりの味噌汁を啜って、
康二「そうか。それで悠真はご飯も食べずに寝てるのか…」
美鳥「うん、あさりのこと友達とか兄弟みたいに思ってたんだと思う…。「守れなかった!」って泣いてたから…」
康二「…なんか格好いいこと言うな」
美鳥「どうしよう。このままご飯食べられなくなっちゃったら…」
康二「心配ないと思うけど…」
康二、あさりの入ったお椀を見下ろして、
康二「でもちょっと分かる気がするな」
美鳥「分かる?」
康二「うん、あさりってさ他の食材とちょっと違うだろ?調理する直前まで生きてるものを、食べるために殺すんだ」
美鳥「……」
康二「なんかいつも罪悪感あるんだよな…」
美鳥「やめてよ。私も食べづらくなっちゃうじゃない…」
康二「でもその感覚は大切だよ。本当なら全てのものを食べるために殺しているんだから」
じっと黙り込む美鳥と康二。
康二「明日おれからも言ってみるよ」
美鳥「…うん」
康二「でも出来る限り悠真の意見を尊重してあげよう」
不安げに頷く美鳥。
◯同・悠真の部屋(夜)
電気の消えた子供部屋。
ベッドで眠る悠真。頬には涙のあと。
◯悠真の夢
ハッと目を開ける悠真。
辺りは田んぼや畑や畜舎などの、田園風景が広がっており、畦道の真ん中に悠真は立っている。
ふと悠真、手にバケツを持っていることに気づく。
中に入っているのはあさり。
悠真「生きてたの!?」
あさり「いや。わたしはもうこの世にはいない。きみのお母さんがお味噌汁にして、お父さんが食べちゃったからね」
悠真の顔から消える笑顔。
悠真「…ごめんなさい」
あさり「気に病むことはない。自然の摂理だ」
悠真「しぜんの、せつり…?」
あさり「命は命を食べて生きている。食べるということは食べられる覚悟があるということだ。ただし人間は例外のようだが」
悠真「む、むずかしいよ…」
あさり「悠真も知らず知らずの内に命を食べて生きているんだ」
田んぼの稲穂や畑の野菜が揺れて、畜舎の動物が顔を覗かせる。
全てが「ゆうまくん、ゆうまくん」と話しかけてくる。
悠真「…ッ!」
声に耐えられなくなって耳を塞ぐ。
バシャッとあさりが地面に落ちる。
悠真「そんなのぼく食べられないよ…」
あさり「そうか。好きにするがいい。食べるか食べないか選べるのも人間の特権だ」
悠真「……」
あさり「だが生まれてくる赤ちゃんはどうするんだ?」
悠真「……」
あさり「ご飯を食べないで赤ちゃんを守れるのか?」
じっと、悠真はあさりを見下ろす。
◯現在・関内家・悠真の部屋(朝)
ベットで体を起こす悠真。
悠真「……」
ぐーと鳴る腹の虫。
◯同・LDK(朝)
ダイニングテーブルにつく悠真。
目の前には湯気の立ち上るあさりの味噌汁。
不安げに悠真を見つめる美鳥と康二。
悠真「……」
お椀を手に味噌汁を啜る。
悠真「おいしい…」
手を取り合って喜ぶ美鳥と康二。
ジャリッと、悠真の口に砂の嫌な食感が広がる。
了
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