「平成三億円事件 後編」(2005年)
登場人物
城崎優平(18)高校生
伊豆冴子(20)無職
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○伊豆家・ガレージ
紺のカローラが止まっている。
○同・車内
城崎優平(18)、運転席に座っている。
伊豆冴子(20)、助手席に座っている。
冴子「え。バナナ? ヘイセイではバナナが東京名物なの?」
城崎、キーを回す。
エンジンの回転音。
T「平成三億円事件 後編」。
城崎「違います。そういうお菓子があるんですよ。ふわふわでとろとろの」
冴子「ふーん。いま東京で土産っつったら間違いなく缶詰だけどね」
城崎「缶詰。その方が変ですよ。ご当地感なくないですか」
冴子「バナナに言われたくない」
城崎「え。あ。確かに」
冴子、微笑む。
冴子「よし。行くよ優平。一番左のペダルを半分踏む。ギアをRの位置にする」
城崎、クラッチを半分踏み、ギアを「R」に入れる。
冴子「で。一番右のペダルを踏む」
城崎、アクセルを踏む。
カローラ、バックしてガレージの壁にぶつかる。
冴子「これが。バック」
城崎「冴子さん。いい性格してますね」
冴子「へへ。当日こうなっても慌てないようにね。不測の事態とあたしのいたずらも込みの作戦だから」
城崎「ええぇ」
冴子、微笑む。
○同・庭
城崎、冴子にヘルメットを被せられる。
冴子、ヘルメットのアゴ紐を締める。
冴子「よし。できた」
城崎「ありがとうございます」
冴子「優平。演劇部なんだよね」
城崎「え。あ。はい」
冴子「じゃあ演技は問題なしだね」
城崎「あー。まぁ。あ。今度主役やるんです」
冴子「へぇ! すごいじゃん! おめでとう! 優平!」
城崎と冴子、目を見合わせる。
冴子「どした」
城崎「ああ。いえ。誰も。そんな風に単純に喜んでくれなかったから」
冴子「悪かったね。単純で」
城崎「いえ。ありがとうございます」
城崎と冴子、目を見合わせる。
城崎「なんですか。泣いてないですよ。泣いてないですよ。泣いてないですよ」
冴子「うーん。いま一つ警官の威厳がないんだよねぇ」
城崎「あ。そっちですか」
冴子「あー。あれだ。筋肉がないんだ。うん。鍛錬だね」
城崎「ええぇ」
城崎と冴子、微笑み合う。
○同・居間(夜)
城崎と冴子、ちゃぶ台で雑誌を切り抜いている。
冴子「優平。そっちに、が。ある? が」
城崎「え? が。ですか。え。と。ああ。ここにあります」
冴子「えー。ちっちゃい。もっと大きいのがいい」
城崎「冴子さん。これ、脅迫状ですよね。そんなにこだわらなくても」
冴子「おーきーのがいー」
城崎「はいはい。じゃあ。あ。これなんてどうです。初ガツオのガ」
冴子「いーじゃーん。縁起がいい」
城崎「縁起って。脅迫状なんですけど」
冴子「縁起。大事」
城崎と冴子、笑い合う。
城崎「冴子さんめちゃくちゃ楽しんでますね」
冴子「当たり前じゃん。人生は楽しんだもん勝ち」
城崎と冴子、目を見合わせる。
冴子「ん」
城崎「いえ」
城崎と冴子、微笑み合う。
○同・ガレージ
冴子、カローラのボンネットに地図を広げる。
城崎、地図を覗き込む。
冴子「これが。学園通り。で。府中刑務所」
冴子、地図を指差す。
冴子「でもって。優平がこの墓地まで輸送車を運転する」
冴子、指で道を示す。
城崎「はい」
冴子「で。ここで会ったら」
城崎「このカローラに荷物を載せ変える」
冴子「そう。警察は車を乗り換えるとは思ってない。外国映画じゃしょっちゅうやってることなんだけどね」
冴子、地図を動かす。
冴子「で。次の場所でさらに」
城崎「冴子さん」
冴子「ん」
城崎「お金。なんで要るんですか」
城崎と冴子、目を見合わせる。
冴子、地図に目を落とす。
冴子「外。見たくて」
城崎「外。それは。海外ってことですか」
冴子「うん。優平の時代みたいに簡単じゃないんだよ。まだ」
城崎「それはそうかもしれませんけど」
冴子、地図をたたむ。
冴子「この辺にもいるんだよね。学生運動やってるヤツが」
城崎「学生運動」
冴子「大学で何やってんの。って聞いたら。警官に石投げてます。って。医学生だよ。バカだよねぇ」
冴子、微笑む。
冴子「でも。目キラキラしてた」
冴子、地図を抱きしめる。
冴子「眩しかった」
冴子、微笑む。
城崎「冴子さん。あの」
冴子「あたし。ちょっと買い物あるから。優平は腹筋、背筋、腕立て百回ずつ、3セット。いや。6セット」
城崎「ええぇ」
冴子、微笑み、出ていく。
○実際の三億円事件の写真
資料写真のスライド。
冴子N「昭和43年12月10日。午前9時30分頃。東芝府中工場のボーナス3億円。正確には2億9430万7500円を積んだ日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車が府中刑務所裏にさしかかったとき、1台の白バイが現金輸送車の前を塞ぐようにして停車した。警官を装った犯人が、この輸送車にダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったと説明。行員たちを輸送車から降ろさせた。そして爆弾を捜すふりをして輸送車の下にもぐりこむと、隠し持っていた発煙筒に点火。迫真の演技で行員たちを避難させ、直後に輸送車ごと逃走。これが世に言う3億円事件である」
城崎と冴子が並んで微笑んでいる写真。
○伊豆家・縁側(夜)
城崎と冴子、ジョッキを手に廊下に座っている。
城崎・冴子「かんっぱーい!」
城崎と冴子、ジョッキを合わせる。
冴子「優平! よくやった! 大好き!」
冴子、優平に抱きつく。
城崎「ありがとうございます。あの。あ」
井戸が光り始める。
冴子「うわー。今かー。野暮だねぇ。余韻も情緒もあったもんじゃない」
城崎「あの。冴子さん。あの。僕」
冴子「優平。達者で」
城崎「え」
冴子「名のある役者になったら会いに行く」
城崎「いや」
冴子「あたしは梅干しばばぁだろうけど」
城崎「あの。冴子さん。僕」
冴子、立ち上がると、城崎を立たせる。
冴子「ねぇ。ヘイセイってどう書くの」
城崎と冴子、目を見合わせる。
城崎「平和に。成るって書きます」
冴子「へぇ。悪くないじゃん」
城崎「そうなんですかね」
冴子、微笑む。
冴子「胸張って帰んな。なんたってアンタは3億円事件の真犯人なんだから」
城崎「はい」
城崎、井戸に向かう。
冴子「でも。どうしても自分の時代が気に入らないんだったら。そんときは」
城崎、振り返る。
冴子「時代を買っちまいな。あたしみたいに」
冴子、城崎に缶詰を投げる。
城崎、缶詰を掴む。
缶詰には「東京の空気の缶詰」の文字。
城崎、一礼して、井戸に飛び込む。
○府中総合病院・病室
リノリウムの床。
個室。
城崎の両親、ベッド脇に立っている。
城崎、目を覚ます。
城崎「父さん。母さん」
城崎、ベッドの脇を見て、微笑む。
城崎「僕」
ベッドの脇には空気の缶詰。
〈おわり〉
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