逢魔が時の君 恋愛

「殺したいほど憎いのに大好き」 幼い時に生き別れた幼い姉妹の早苗と希美。 高校生になった早苗がある日、学校の屋上から転落して死んでしまう。 その転落死には、交際相手の男子生徒が関与していると疑惑が持たれていた。 姉の復讐の為に希美は、男子生徒に忍び寄る。 しかし憎しみと裏腹に芽生える恋心。 希美の心が揺れる。 「許せない」でも「好き」葛藤する希美。 しかし、思いがけない真実が待ち受けていた。 波乱に満ちた少女たちの淡い恋の物語。
水田 悦夫 14 0 0 09/08
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第一稿

○谷塚総合病院・全景
  コンクリート3階建ての病院。
  病院前は、枯れた木々と風に舞う枯れ葉。
  厚手のコートを着た人たちが玄関を出入りしている。

○同・玄関前( ...続きを読む
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○谷塚総合病院・全景
  コンクリート3階建ての病院。
  病院前は、枯れた木々と風に舞う枯れ葉。
  厚手のコートを着た人たちが玄関を出入りしている。

○同・玄関前(夕)
  辺りは、茜色で染まっている。
  病院玄関に篠塚早苗(8)と篠塚希美(6)が手を繋ぎ入って行く。

○同・病室(夕)
  個室の病室。
  ベットに横たわる篠塚恭子(28)。
  ベット横に看護師A、看護師Bが看護している。
  ベットの近くに置かれたバイタルモニタが心音を刻んでいる。
  看護師Aが脈を取っている。
  病室のドアが開き早苗と希美が入ってくる。
  入れ替わるように看護師Aが慌ただしく出て行く。
  早苗、希美が恭子の枕もとに立つ。
  看護師B、恭子に顔を近づけて、
  看護師B「恭子さん、聞こえますか? お子さん来ていますよ」
  恭子、うっすらと目を開ける。
恭子「ああ、早苗、希美も来てくれたのね。お父さんは?」
  早苗、首を横に振る。
恭子「とうとう1度も来なかったわね、お父さん…… ごめんね。お母さん何もできなくって。もうすぐ希美の入学式なのに」
早苗「お母さん。私、頑張る。希美の入学式は、私が付いて行くから。だから心配しないで」
  恭子の手を握る早苗と希美。
恭子「(か細い声)お母さん、あなたたちを生んでよかった。だってこんなに可愛んだもの……早苗、希美お母さんの分も頑張って生きるのよ」
  恭子、微笑みながら早苗、希美を見て、
恭子「お母さん、ちょっと眠くなっちゃった……」
  そっと目を瞑る恭子。
  バイタルモニタの心音が弱くなる。
  医師と看護師Aが慌ただしく病室に入ってくる。
看護師B「先生! 心拍、血圧下がっています」
  バイタルモニタ警報音。
看護師B「心肺停止しました」
  医師、恭子の脈を取る。
  恭子の瞼を広げ目にペンライトを当てる。
医師「(腕時計を見て)18時15分ご臨終です……」
  早苗と希美、嗚咽する。
早苗「おかーさーん」
希美「(しゃくり泣き)しんじゃだめ」

○アパート・全景
  道路に面した2階建ての古びた木造アパート。

○同・2階・203号室・中
  6畳の和室。
  和室隣の部屋は、所々破れて傷んだふすまが閉じている。
  座敷中央に古びた丸い座卓が置かれ部屋隅には、ブラウン管タイプの14インチテレビ。
  窓際のテーブルに白い布の小さな祭壇に遺影と遺骨箱が置かれている。
  その前に置かれた座布団にパンチパーマに黒いスーツの勝巳賢二(38)が正座し線香をあげている。
  その斜め後ろで正座して見守る篠塚孝明(28)。
  ×  ×  ×
  座卓にビール瓶とコップが2つ置かれている。
  座卓に向かい正座して座る篠塚。
  合向かいに勝巳があぐらをかいて座っている。
  篠塚、ビールを差し出す。
篠塚「兄貴、今日は、ありがとうございました」
  勝巳、コップを持ち篠塚がビールを注ぎながら、
勝巳「おい、これからどうすんだよ。子育て、大変だろお前一人じゃ。下の子、来月入学式だってのに仕事もしてねーんだし」
篠塚「……俺もどうしていいか分からないんです」
  勝巳、ビールを一気に飲む。
勝巳「お前さ、俺の知り合いが子供欲しがってんだけど養子縁組しないか」
篠塚「養子ですか? ……」
  篠塚、俯いて考え込む。
  勝巳、ビール瓶を持ち篠塚に向ける。
  篠塚、両手でコップを持ち差し出す。
  勝巳、ビールを注ぐ。
勝巳「ここ来る前に、先方に希美ちゃんの写真見せたらずいぶん気に入ってさ」
  篠塚、ビールを一口飲む。
篠塚「希美を……」
勝巳「そりゃ迷うよな、嫁さん亡くしたばっかりで。辛い気持ちは、良く解る。でもさ、お前、金ねーんだろ。葬儀代とかも俺が貸したんだし入院費だって…… 先方さんよ、支度金くれるって言ってるんだ」
  篠塚、勝巳を見て、
篠塚「支度金ですか?」
勝巳「ああ、残された早苗の為にもって、支度金出してくれるって言ってんだ。良い話だと思うんだがな」

○同・子供部屋
  6畳の和室に2段ベットが置かれている。
  1段目ベットの淵に腰かけ座る早苗と希美。
篠塚の声「…… 兄貴、やっぱそうするしかないですよね」
勝巳の声「入学式の準備も出来てないんだろう。この先の事を考えると、そうした方が子供の為にもなる。先方さんは、裕福な家庭だし」
  希美が悲しそうな顔で、
希美「おねーちゃん、私、売られちゃうの?」
早苗「大丈夫だから」
  早苗、希美をそっと抱き、
早苗「のんちゃん」

○アパート・前
  小雨が降る中、道路に黒いハイヤーが止まっている。
  車の横に傘を差した篠塚と早苗が見守るように立っている。
  ハイヤーの後部窓が開き希美が顔を見せる。
希美、泣きながら、
希美「おねーちゃん、やっぱりやだよー」
早苗「のんちゃん」
  早苗の目にも涙が溢れている。
走り出すハイヤー。
  希美、車から身を乗り出して、
希美「(泣く)おねーちゃん」
  早苗、傘を投げて追いかける。
早苗「(大声)のんちゃん!」

○ハイヤー・中
  後部席に座る勝巳が希美の体を車中に引っ張る。
  希美、後ろを振り返り後部窓から追いかけてくる早苗を見て泣く。
希美「おねーちゃん」
勝巳「(希美の方を見て)大丈夫だから、泣くな」
  勝巳の目にも涙が潤んでいる。
  後部窓から見える早苗の姿が遠のいて行く。

○八百屋(夕)
  早苗が八百屋の前でじっと立っている。
  店先で品ぞろえをしている店主が早苗を見て、
店主「どうしたの早苗ちゃん。買い物かい?」
  早苗、だまって横に首を振る。
店主「お金無いの?」
  早苗、うなずく。
店主「しゃーねーな、これ持ってけ」
  近くにあるしなびた大根を袋に入れ差し出す。
  早苗、受け取りながら、
早苗「いいの?」
店主「あー、どうせ捨てるから。持ってけ」
早苗「(笑顔で)ありがとー」
  早苗、大根の入った袋を持ち走り去る。
店主「あー、また来な」

○アパート・203号室・中(夜)
  輪切りにした大根を鍋で煮ている早苗。
  ドアが開き競馬新聞を小脇に抱え篠塚が入ってくる。
篠塚「おい、飯」
  座卓前に座り競馬新聞を読み始める。
  早苗、湯気の上がる大根の煮物とご飯を座卓に並べる。
  篠塚、新聞を置き料理を見る。
篠塚「なんじゃこりゃ、大根だけかよ?」
  篠塚、箸を持って大根を食べる。
  篠塚、大根を吹き出す。
篠塚「まずくてこんな物食べられるかよ!」
  早苗、目に涙が溢れる。
早苗「ごめんなさい。私お料理出来ないし、お金も無いし……」
篠塚「バカヤロー! この前、金やったろ! どうしたんだよ」
早苗「そんなのとっくに無い。お米買ったり集金が来たりして」
篠塚「集金? ふざけんな勝手に払ってんじゃねーよ」
早苗「学校の給食費だってずっと払ってないし…… お金、少しください」
篠塚「金金って、どいつもこいつも。バカヤロー、お前何様だ! ふざけんじゃねー!」
  篠塚、立ち上がり座卓を思いきりひっくり返す。

○アパート・203号室・前(夜)
  薄暗い通路。ドア前に耳を近づけて様子をうかがう高田八重子(50)。
  早苗の悲鳴。
  殴られる音。
早苗の声「やめてー! ごめんなさい」
  八重子、ドアを叩く音。
八重子「ちょっとー警察呼ぶわよ」
篠塚の声「うるせークソババア!」

○アパート・203号室・子供部屋・中
  窓にカーテンがされ薄暗い。
  2段ベットの下の段、敷かれた布団は、薄く端が破れている。
  早苗がベットの淵に腰かけ、よれよれの少女漫画を読んでいる。

○同・ドア前
  田辺紀子(38)がドアの前まで歩いてくる。
  紀子、ドアのチャイムボタンを押すが音がしない。
  ドアをノックする。
紀子「こんにちはー」
  少し間を開けてドアをノックする。
紀子「こんにちは、篠塚さん、いらっしゃいますか? 児童相談所の者ですが」

○同・子供部屋・中
紀子の声「早苗ちゃん、居るの?」
  早苗、慌てて漫画をベットの下に隠して、膝を抱えて布団を頭からかぶる。

○同・ドア前。
  紀子、ドアに耳を近づけて様子をうかがう。
  隣の部屋のドアが開き高田八重子(50)が顔を出す。
八重子「どうかしましたか」
紀子「(八重子を見て)あのー、この部屋は、篠塚早苗さん住んでますよね」
八重子「あー居ますよ。時々見かけるけど……そう言えば最近は、見てないわね」
紀子「早苗さん学校に登校してこないので学校から連絡がありまして、様子を見に来たんです」
  八重子、通路に出て紀子に歩み寄る。
八重子「貴方、役所の方?」
紀子「ええ、児童相談所の職員です」
八重子「ちょっと聞いてくれる。ひどいんですよ。早苗ちゃんの父親。虐待ですって、あれは」
紀子「虐待? どうかしたんですか」
八重子「そりゃもう、毎晩のように父親から殴られて、かわいそうで。何とかできないんですかね」
紀子「殴られているんですか?」
八重子「そーよ、ねえ聞いてよ。あの、クソオヤジ。あんまり子供虐めてるから注意したのよ。そしたらさあ、私の事『クソババア』って。ひどいんじゃない。私、長い事生きてきて、人様から『クソババア』なんて言われたの初めて。頭に来ちゃってさあ、失礼な奴よね。そりゃ私より少しは、若いけど、だからって『クソババア』呼ばわりするなんてひどいと思いません? ねえ、貴方」
紀子「あのー、早苗さんは?」
八重子「やっだー(笑う) そうよね、早苗ちゃんの事よね。生きてると思いますよ…… で、私、幾つに見えます」
紀子「はあ…… 40歳位ですかね」
八重子「(笑う)やだわー、私こう見えてもう今年50よ。旦那は、3年前に家出して……」
紀子「あのー、早苗さん虐待受けてるんでしょうか?」
八重子「そーよ! そうなのよ。毎晩殴ってるのよ、泣いてるのに。ひどいわよねー。あのクソオヤジ。仕事もしないで毎晩飲み歩いて。典型的なろくでなしね。それでね早苗ちゃんのお母さん亡くなった後、下の子を養子に出しちゃったのよ。噂じゃお金で売ったんだって話だけど。ひどい話しだわよね。奥さん死ぬまで働かせて自分じゃパチンコ三昧よ」
紀子「はあ…… ひどいですね。あのぉ、今後また虐待があったら迷わず警察に連絡してください」
八重子「警察? まあ、いいわ。今度何かしたらすぐ警察呼ぶわ。普段から気に入らなかったのよ。あのクソオヤジ。警察でもなんでも、とっ捕まえて牢屋にぶち込めば良いのよ、あんな奴。世の中間違ってるわよね、あんなロクデナシが野放しになってるなんて。ねえ、そう思いません? あなた」
紀子「はあ…… だめですよね。そう言うの」

○アパート・203号室・前(夜)
  薄暗い通路。ドア前で様子をうかがう八重子。
  早苗の悲鳴。
  殴られる音。
早苗の声「やめてー! やめてー! ごめんなさい」
  ×  ×  ×
  アパート下にパトカーが止まり警察官が2人降りてくる。
  ×  ×  ×
  ドア前に立つ警官2名。
  隣の部屋のドアから八重子が様子を見ている。
  ドアをノックする警官A。
篠塚の声「だれ?」
警官A「篠塚さん。警察です」
  篠塚が、そっとドアを開ける。

○警察署・取調室・中(夜)
  事務用机が中央付近に置かれている。
  机を挟んで篠塚と警官Aが座っている。
警官A「ご近所のお話によると毎日のように虐待してるって、だめだよね虐待は」
篠塚「躾だよ! 何で、人様に躾の事まで言われなきゃなんねーのかね? えーっ 何だよ。いい子に育てようって俺の親心だよ」
警官A「早苗さん体中にアザがありますよね。暴力は、だめだよ暴力は。行き過ぎた躾は、虐待にあたりますよ」
篠塚「…… だからどうしたってんだよ」
警官A「このままだと篠塚さんを逮捕して、お子さんは、児童養護施設に預けるしかないですよ」
篠塚「逮捕かい…… まあ、何だな、暴力は、だめだったな」
警官A「わかってもらえましたかね」
篠塚「ああ、もうしねーよ」
警官「A可愛いお嬢さんじゃない。お父さんを庇ってるんだよ。虐待は、受けてないって」
篠塚「だから言ってるじゃねえか、躾だよ躾……」
  篠塚を睨みつける警官A。
篠塚「わるかったよ」
警官A「もう2度と手を上げないって約束してください。次は、ありませんからね」
篠塚「わかったよ、もうしねーよ……良いんだろ? それで」

○コンビニ・前(夜)
  コンビニ前に置かれたゴミ箱横に早苗が膝を抱えて座っている。
  コンビニ制服を着た横沢春香(40)がゴミ箱の中を片付けている。
春香「うー寒いわ」
  ゴミ箱横の早苗を見て、
春香「あれ? 貴方、どうしたの?」
早苗「……」
春香「貴方、小学生よね。お家帰らないの?」
  早苗、首を横に振る。
春香「お腹すいてるの?」
  早苗、うなずく。
春香「ちょっと待ってなさい」
  店に戻る春香。
  店の前を通り過ぎる車を見ている早苗。
  片手にレジ袋を持って出てくる春香。
  早苗に袋を差し出し、
春香「これ、期限切れのお弁当だけど、まだ食べられるから」
  早苗、立ち上がり店員の目を見る。
早苗「いいんですか?」
春香「(微笑)どうせ捨てちゃうんだし店長にばれると怒られるから、早く持ってきな」
  早苗、レジ袋を受け取る。
早苗「ありがとう」
  早苗、深々とお辞儀をして去っていく。
春香「気を付けて帰るのよ」
  去って行く早苗を見送る春香。

○公園・ブランコ(夜)
  薄暗い公園、街路灯がブランコを照らしている。
  ブランコに乗っている早苗。

○同・脇の歩道(夜)
  人気の無い歩道を街路灯が照らしている。
  春香、首にマフラーを巻き歩いている。
  ブランコの音。
  足を止めてブランコに乗る早苗を見る。
春菜「あれ? 夕べの子?」
  ×  ×  ×
  ブランコを揺らせている早苗。
  春香、公園入口から入りブランコに近寄る。
春香「ねえ、貴方、昨日の子でしょ?」
  早苗、ブランコを止めて立ち上がる。
早苗「あーコンビニのお姉さん」
春香「どうしたのこんな処で。寒いでしょ。お家帰らないの?」
  早苗、下を向く。
早苗「……」
春香「ご飯食べたの?」
  早苗、首を横に振る。
春香「私の家すぐそこなの。ご飯一緒に食べない?」
早苗「いいんですか?」
春香「いいのよ。(笑顔)私も一人で食べるの寂しいなって思ってたし。遠慮しないで」

○横沢家・全景(夜)
  道路に面した古い木造家屋。
  玄関先を街路灯が照らしている。

○横沢家・玄関・中(夜)
  玄関の鍵が開き中に入る春香。
  玄関と廊下の電気を付ける。
  靴を脱ぎながら外の早苗に向かって、
春香「さあ、遠慮せず入って。誰もいないし」
  早苗が入ってくる。
  顔と膝にある青あざが明かりに照らされる。
早苗「お邪魔します」

○横沢家・台所(夜)
  6畳ほどの台所には、中央にテーブルが置かれている。
  ガスコンロでカレーを温めている春香。
  テーブルの椅子に座る早苗。
春香「カレーしか無いんだけど、いい?」
早苗「あー、いい匂い。カレー大好きです」
春香「よかった……ねえ、まだ名前聞いて無かったわね。私、横沢春香、貴方、名前は?」
早苗「篠塚早苗って言います」
春香「何年生?」
早苗「2年です」
春香「2年生なの? もっと上かと思っちゃった。しっかりしてるし」
  ×  ×  ×
  皿に盛られたカレーライスがテーブルに並べられている。
  早苗の合向かいに座る春香。
春香「さあ、食べましょ」
  早苗、両手を合わせ、
早苗「頂きます」
  春香と早苗がカレーを食べる。
早苗「あー、美味しい。お母さんの味みたい」
春香「ほんと? この味、私のお母さんの味なのよ。3年前に死んじゃったけど」
早苗「……」
春香「あら、ごめんなさい。早苗ちゃんお母さんは?」
  早苗、食べてる手が止まり首を横に振る。
春香「亡くなったの?」
  早苗、うなずく。
春香「ごめんね、食べてるときに。その話は、後にしましょ」
  早苗、うなずく。
春香「うちのカレーね、鶏肉なの。チキンカレーよ」
  早苗、笑顔が戻る。
早苗「美味しー、カレー食べるのしばらくぶりー」
春香「(笑顔で)嬉しいわー、喜んでもらえて」
  ×  ×  ×
  春香、テーブルのカレー皿を片付け、急須のお茶を注ぎ早苗に差し出す。
春香「どうぞ」
早苗「ありがとう」
  春香、向かい合って座り、お茶を飲む。
春香「私ね、バツイチなの。離婚して実家に戻ってきたのよ」
早苗「うーん、バツイチって何?」
春香「そーよね。小学生には、まだ早いか、こんな話。でもねー私にも早苗ちゃん位の女の子がいたのよ。2年前に病気で死んじゃって、それが原因で旦那とわかれちゃったのよ。何だか早苗ちゃんが他人のように思えなくってさ」
早苗「死んじゃったの?」
春香「今でも思い出すと辛くて……」
早苗「そうなんですか。私のお母さん3月に死んじゃって、妹は、他の家に貰われて行って……」
春香「お互いに辛い思いしてきたのね。今は、お父さんと2人きり?」
早苗「うん」
  春香、早苗の顔のあざを見て、
春香「ねえ、聞いても良いかな。早苗ちゃんさ、顔とか膝とかの青あざどうしたの?」
早苗「……」
春香「お父さんにたたかれたの?」
早苗「躾だから」
春香「躾って、殴られてるって事?」
早苗「私が悪い子だから……」
春香「早苗ちゃん悪い子には、見えないんだけど」
早苗「……」
春香「早苗ちゃん、困ったことがあったら何でも私に言ってね」
早苗「ありがとう、お姉さん」
春香「(笑う)遠慮しないで。お母さんだと思って何でも話してね」
早苗「……お母さん?」
春香「ごめんね、何だか自分の子供の事、思い出しちゃって……」
  春香の目に涙が滲む。
  早苗、春香を見て目が潤む。
  春香、涙を拭きながら、
春香「あー、ごめん。気にしないで。いつでも遊びに来てもいいのよ」
  早苗、うなずく。
春香「もう、遅いから送って行くね。早苗ちゃん、何か欲しい物ある?」
  早苗、少し考え込み、
早苗「お母さん……」
春香「(驚く)えっ?」
早苗「……」
春香「(微笑)良いのよ、私をお母さんだと思って」
  早苗、嬉しそうな顔でうなずく。

○アパート・前(夜)
  薄暗い道路を並んで歩く春香と早苗。
  アパートの前で立ち止まる。
早苗「私の家、ここの2階」
  明かりのつく部屋を指さす。
春香「お父さん、早苗ちゃんの事心配してるんじゃない?」
早苗「うん、怒られるかも……」
春香「私が一緒に行こうか?」
  早苗、首を横に振り、
早苗「大丈夫だから。また、遊びに行きます。お姉さん」
春香「いつでも、いらっしゃい」
早苗「じゃあ、バイバイ」
  手を振り、階段を上って行く。
  後ろ姿を見送る春香。
  203号室のドアを開けて入って行く早苗。
  春香が帰ろうと歩き始めると、
篠塚の声「(怒鳴る)バカヤロー! 夜中どこほっつき歩いてるんだ」
  殴られる音。
  春香、驚き足を止め203号室を見る。
早苗の声「ごめんなさい」
  物を投げる音。
  階段を駆け上る春香。

○アパート・203号室・中(夜)
  篠塚が早苗の髪を掴んで引っ張っている。
早苗「ごめんなさい!」
  ×  ×  ×
  203号室のドアを叩く春香。
  ×  ×  ×
  篠塚の手が止まりドアを見る。
  ノック音
篠塚「(舌打ち)誰だよ」
  篠塚、早苗を離してドアの鍵を開ける。
  春香、勢いよくドアを開け入ってくる。
  驚く篠塚。
篠塚「何だ? お前は」
春香「私は、早苗ちゃんの友達です」
篠塚「はあ? ババアが友達かよ?」
早苗「お姉さん」
  早苗、春香の方に走り寄り後ろに隠れる。
春香「だめですか? 確かにババアかもしれません。でも早苗ちゃんを大事に思っています」
篠塚「だからどうした?」
春香「私、早苗ちゃんにご飯を食べさせていただけなんですよ。遅くなったからってどうしてそんなに暴力振るうんですか?」
篠塚「小学生の子供が、夜中帰ってくるなんておかしいだろ? 躾だよ、躾!」
春香「だからって暴力は、いけません。殴るなら私を殴りなさい」
  早苗、篠塚の右手を押さえる。
篠塚「なんだと! ホントに殴ってやろうか? クソババア」
  篠塚、早苗を振り切り拳を上げる。
春香「やってみなさい!」
  早苗、春香を庇うように前で立ちはだかる。
早苗「やめて!」
  篠塚、早苗を見る。
  春香、篠塚を睨む。
  篠塚、肩の力が抜け手を降ろす。
篠塚「気の強い女だな。今日は、大目にみてやる」
  春香、しゃがんで早苗を抱きしめる。
春香「ごめんね、ごめんね」
  春香、篠塚を見上げ、
春香「この子を私が預かります」
篠塚「何? お前は、何様のつもりだ」
春香「貴方、この子、普段から殴ってますよね? 児童虐待で警察に訴えますよ!」
篠塚「警察? (困った顔)……お前、金持ってるか?」
春香「お金? 無いわ。両親も居ないし独身だし。仕事もアルバイトよ」
篠塚「話なんねーな」
春香「じゃあ、今すぐ警察呼ぶわ」
  春香、ポケットから折畳の携帯電話を取り出す。
篠塚「やめろ! バカ野郎!」
春香「じゃあ、いいんですね」
篠塚「ああ、俺も借金で首が回らねえし。今晩、夜逃げしようと思ってたところさ。ちょうどいいや」
春香「この子は、私が責任持って育てます」
篠塚「ああ、悪かったな。大事にしてやってくれ」
  篠塚、部屋の隅にあるランドセルを早苗に渡し、
篠塚「早苗、お前は、こんな親父といるよりいいかもな。元気でな」
  篠塚、早苗の頭を撫でる。
早苗「お父さん……」
  ドアの隙間から八重子が覗いている。
  
○横沢家・玄関(朝)
  玄関で慌てて靴を履いている制服姿の篠塚早苗(17)。
早苗「お母さん行ってきまーす」
  春香が弁当を持って出てくる。
春香「早苗、お弁当忘れてるわよ」
早苗「いっけねー、また忘れるとこだった。ありがとうお母さん」
  早苗、弁当を受け取りカバンにしまう。
早苗「じゃあ、行ってきまーす」
  玄関を開けて速足で出て行く。
春香「いってらっしゃい」
  春香、玄関から早苗を見送る。

○香月第一高校・全景
  コンクリートの3階建て校舎。
  校門に『都立香月第一高等学校』の学校銘板。
  校庭に桜が咲いている。

○同・2年3組・教室前
  教室入口上に『2年3組』の室名札。
  入口からカバンを持った生徒達に交じって早苗が入って行く。

○同・2年3組・中
  2階の窓から満開の桜が見えている。
  立山春樹(35)が教壇に立ち歴史の教科書を読んでいる。
  生徒達が、静かに立山の話を聞いている。
  教室後方に座っている竜崎純平(17)は、ノートに向かって鉛筆で何か書いている。
  立山、教科書を読むのを止めて竜崎の方を見て、
立山「竜崎君、ずいぶん一生懸命ノート取ってるね」
  竜崎、手を止め少し驚いた顔で立山を見る。
  横の席に座る早苗が竜崎のノートを覗き込む。
  竜崎、慌てた様子でノートを閉じる。
立山「竜崎君、何慌ててるの? ちょっと見せな。そのノート」
  竜崎、ノートを机の中にしまい、別のノートを取り出す。
竜崎「あー、何も書いてません」
  立山、竜崎の方へ歩いてくる。
  竜崎の横に立ち、
立山「いいから見せろ。そのしまったやつ」
  竜崎、困った顔で机の中からノートを差し出す。
  生徒達が全員それを見ている。
  立山、ノートを捲り立山の横顔が描いてあるページで手を止める。
立山「へー、お前、絵が旨いね。これ、俺じゃないか」
竜崎「すいません……」
立山「お前なー、いい加減にしろよ、次やったら教室の後ろに立たせるぞ」
生  徒達、クスクス笑っている。
竜崎「すいません」
  竜崎、項垂れる。

○同・廊下
  生徒達が雑談しながら歩いている。
  竜崎と竹本信一(17)が並んで歩いている。
竹本「お前さー、話があるんだけど」
竜崎「何?」
竹本「2年2組の金山沙織って知ってる?」
竜崎「知らない」
竹本「俺の彼女の友達なんだよ、沙織ちゃん。お前と話がしたいんだとさ」
竜崎「何で?」
竹本「何でって、お前、そりゃ決まってるだろ」
竜崎「直接言ってくれれば良いのに」
竹本「お前、女心わかってないね。直接なんて言えないだろ、恥ずかしいし。直接言ってフラれてみな、泣いちゃうよ」
竜崎「ふーん、そんなものかね? でも俺のどこが良いのかね?」
竹本「お前、おとなしくって、優しそうだもんな」
竜崎「俺って優しく見えるのかね? ……考えとくよ」
竹本「返事くれって言われてるんだよ。頼むよ」
竜崎「でも、急に言われてもさ、どんな子かも知らないし」
竹本「結構いい子だよ。可愛いし。付き合っちゃえよ」
竜崎「えー、何だよ。ずいぶん押してくるね」
竹本「お前、彼女いないんだろ。いいじゃん付き合っちゃえば」
  竹本、両手を合わせ、
竹本「頼む、会うだけで良いから。お前に断られると彼女から怒られちゃうんだよ」
竜崎「ああ、わかったよ。会うだけね。付き合うかどうかは、解らないよ」
竹本「ありがとう、一安心だ。でも、純平うらやましいね、モテて」
竜崎「モテるわけねーじゃん! 知ってるだろ。女の子と付き合った事無いって」
竹本「まあな、でもさ、来たんじゃない。モテ期。ちょっと遅かったけど」
竜崎「モテ期ねー、モテてみたいよ」
竹本「じゃあ、早速報告しとくね」
  竹本、廊下を走りだし振り向き、
竹本「純平のアドレス教えとくね」
  竹本、遠のいて行く。
竜崎「えー、ダメだよ、まだ…… 行っちゃった」

○同・校門・前(夕)
  校門から生徒達が雑談しながら出て行く。
  校門の前に立つ竜崎。
  左手でカバンを持ち小脇にスケッチブックを抱えている。
  右手には、スマホを持ち画面を見ている。
  校門から学生カバンを持った金山沙織(17)が出てきて竜崎の横で止まる。
沙織「あのー、竜崎さん」
竜崎「はい……」
沙織「待ちました?」
竜崎「大丈夫です。僕も今来たところだし」
沙織「私、金山沙織です」
竜崎「ああ、僕2年3組の……」
沙織「知ってます。竜崎さん(笑顔)」

○川沿い遊歩道(夕)
  遊歩道の脇には、川が流れている。
  遊歩道を並んで歩く竜崎と沙織。
沙織「うれしい、やっと会えましたね」
竜崎「やっとって?」
沙織「私、1年生の時からずっと竜崎さんの事見てたんです」
竜崎「見てたの? 全然気が付かなかった」
沙織「私、影が薄いのかな?」
竜崎「いや、(沙織を見て)全然そんな、…… 僕が鈍感なんです」
沙織「竜崎さん、付き合ってる人いないんですよね」
竜崎「まあ、いないけど」
沙織「よかった(笑う) じゃあ、私と付き合ってもらえますか?」
竜崎「僕、君の事まだ良く知らないし。僕なんかでいいの?」
沙織「私、ずっと憧れてたんです。優しそうだしカッコいいなーって」
竜崎「僕がカッコいいって? 言われた事無いな」
  竜崎の頬がうっすらと赤くなり下を向く。
  正面から赤いジャージ姿で茶髪の今成綾乃(17)が乗った自転車が来る。
  自転車ブレーキ音。
  竜崎達の手前で自転車が止まる。
  竜崎と沙織の足が止まり自転車を見る。
綾乃「あれー沙織じゃない。新しい彼氏? 紹介してよ」
沙織「(前を見て)行こう」
  無視して歩き始める沙織。
竜崎「ちょっ……」
  竜崎、沙織を追いかける。
綾乃「(舌打ち)何だ! 無視かよ」
  追いつく竜崎、後ろを振り返りながら、
竜崎「だれ? 今の。知り合いじゃ無いの」
沙織「知らないわ、あんな奴」
竜崎「そうなの……」
  竜崎が足を止めて夕日に染まる雲を見る。
竜崎「ねえ、見て。夕日が雲を照らしてる。ああ言うのを茜色の空って言うんだろうね」
沙織「ふうーん綺麗だね。それより、今度の日曜日、空いてる?」
竜崎「午前中なら大丈夫だと思うけど」
沙織「じゃあ、映画見に行かない。その後食事して、原宿で買い物して…… ねえ、どう?」
竜崎「ちょっと、そこまでは、…… 映画位だったら付き合うけど」
沙織「じゃあ、約束ね」

○シネマコンプレックス・前
  入口には、多くの客が出入りしている。
  入口から並んで出てくる竜崎と沙織。
沙織「(笑顔)あー怖かった。ゾンビが襲ってくるところチョー怖かったわ」
竜崎「んー、ゾンビね。怖いよね」
沙織「やっぱホラー映画って面白いよね」
竜崎「僕は、ちょっと苦手。どちらかと言うとアニメが好きなんだけど」
沙織「えー、意外。竜崎君アニメ見るの?」
竜崎「見るって言うか。僕、将来アニメーターに成るのが夢なんだ」
沙織「へー、アニメーターって儲かるの?」
竜崎「儲かるかどうかは、知らないけど…… 絵を描くのが好きなんだ」
沙織「ふーん、でさあ。この後なんだけど、ご飯食べに行かない?」
竜崎「良いけど…… 僕、夕方から塾行かなくっちゃならないし」
沙織「えー、(甘えた声で)ご飯食べたいー。竜崎君と一緒に」
  沙織、竜崎の腕に絡みつく。
  竜崎、困った顔で、
竜崎「…… わかった、行くよ。でも、混んでいる所だめね」
沙織「嬉しー、この先にパスタの美味しいお店があるのよ。一度行きたかったの純平君とね」
竜崎「パスタ……」
沙織「だから、早くいこ。ねっ!」
  沙織、竜崎の手を引っ張って歩き出す。

○竜崎家・2階部屋(夜)
  6畳ほどのフローリングの部屋。
  窓際には、勉強机が置かれ壁際にベットが置かれている。
  竜崎、ベットの淵に腰かけてスマホでメッセージを打っている。
  スマホの画面。
竜崎の声「今日は、ありがとう。楽しかったよ。でも、君には、僕より相応しい人がきっといるよ。ごめんね。」
沙織の声「どういう事?」
竜崎の声「ごめんね。付き合えない」
沙織の声「どうして? 何か気に入らなかったの?」
竜崎の声「僕は、今やりたい事があって」
沙織の声「誰か付き合ってる人いるの?」
竜崎の声「いや、そう言う事じゃなくて。ごめん。僕の事は、忘れて」
沙織の声「どうしてよ! なんでよ!」
  竜崎、スマホの画面を消して勉強机の上に置く。
  スマホのバイブレターが鳴り響く。
  竜崎、部屋を出て行く。

○香月第一高校・廊下
  生徒達が行き交う。
  竜崎と竹本が並んで歩いている。
竹本「なあ、純平。お前、沙織ちゃん、ふったんだって?」
竜崎「ふったって言うか。俺には、無理だって。価値観合わないって言うか」
竹本「価値観? 何それ。性格合わないって事?」
竜崎「そんなとこかな」
竹本「沙織ちゃん、そーとー怒ってるみたいだぜ。わけわかんないって」
竜崎「ああ、もう、大変だった。LINEめちゃくちゃ来てて、参ったよ」
竹本「しょうがないよなー、おい純平、あそこ」
  竹本が指さす先に沙織がこちらを見て立っている。
竜崎「(困った顔)竹本、ごめん、俺トイレ行く」
  振り返って速足でトイレに向かう竜崎。
  沙織が、竜崎を追ってくる。
沙織「竜崎さん、待って。ねえーってば」
  竹本の脇を走って通り過ぎる沙織。
  それを見ている竹本。
竹本「あーあ、ダメだなこりゃ」

○川沿い遊歩道・休憩所(夕)
  遊歩道の休憩所に置かれたベンチが夕日に照らされている。
  柵の外に流れる川を挟んで街並みが見える。
  ベンチに座って風景をスケッチをしている竜崎。
  遊歩道を制服でカバンを持った早苗が歩いてくる。
  早苗、竜崎の後ろで足を止め背中を見つめる。
  竜崎のすぐ後ろでそっと立つ。
  スケッチブックを覗き込み、
早苗「上手いのね」
  竜崎、少し驚き早苗を見る。
竜崎「あー、篠塚さん」
早苗「初めてね、話しするの」
竜崎「そうだっけ?」
早苗「同じクラスになって口きくの今日が初めてよ」
竜崎「隣に座ってるのにね(微笑む)」
  早苗、竜崎の隣に腰かけて、
早苗「竜崎君て、絵を描くの好きなの?」
竜崎「まあね、僕、将来アニメーターに成りたいって夢があるんだ」
早苗「ふーん、素敵な夢ね」
竜崎「だから、時間がある時にスケッチしてるんだ」
早苗「そうか、だからノートに落書きしてるのね」
竜崎「見られちゃった?」
早苗「(微笑)先生の似顔絵、似てたわ」
  早苗、夕日に染まる雲を見て、
早苗「茜色の空ね、綺麗だわ」
竜崎「何でだろ、夕日見ていると落ち着くって言うか」
早苗「でも、最近こんな綺麗な夕焼けあんまりないね」
竜崎「そうだね、こんな綺麗な風景は、この瞬間しか見れないじゃない。どんどん雲は流れ、姿を変えて行くし、2度と同じ姿は、見られない。そう思うとさ、どうしても描いておかなくっちゃって」
  遠くの街並みに夕日が沈んでいく。
早苗「ごめん、話してる間に日が沈んじゃった」
竜崎「逢う魔が時だね」
早苗「何? 『おうまがとき』って」
竜崎「日が暮れて夜が訪れる時に、魔物に出くわしやすい時間帯の事だよ」
早苗「魔物? 何だか怖そうね」
竜崎「もう描き終わったから、早く帰ろう、魔物が出ないうちに(笑顔)」
  ×  ×  ×
  遊歩道を歩く竜崎と早苗。
  正面から綾乃が乗った自転車、横目で見ながら横を通り過ぎる。
竜崎「篠崎さん、少し聞いて良い?」
早苗「何を?」
竜崎「少し気になってたんだけど、いつも一人で帰るの?」
早苗「そうだけど、どうして?」
竜崎「休み時間とかも、一人でいる事が多いいみたいだし」
  ×  ×  ×
(フラッシュ・バック)
  教室窓から校庭を見ている早苗。
  ×  ×  ×
早苗「私、友達が出来ないんだ」
竜崎「そうなの、どうして?」
早苗「人見知りするって言うか、暗いのよね。きっと」
竜崎「そうか、僕もどっちかって言うと人見知りだよ」
早苗「(微笑)そうは、見えないけど」
竜崎「(微笑)人は、見かけじゃ解らないって!」

○横沢家・台所(夜)
  春香が料理を作っている。
  玄関が開く音。
早苗の声「ただいま」
春香「おかえりー」
  台所入口から制服姿の早苗が入ってくる。
早苗「あー疲れた! (匂いを嗅いで)あー今日は、酢豚ね」
春香「(笑顔)あたりよ。パイナップル入りよ」
早苗「ごめんね、遅くなっちゃった。着替えて来るわね」
  台所を出て行く早苗。
春香「ご飯よそっておくね」
  ×  ×  ×
  早苗、ジャージ姿。春香と合向かい食卓に掛け食事をしている。
春香「今日は、どこか寄ってきたの?」
早苗「ああ、ちょっとね、友達と話が弾んで」
春香「ふーん。男友達?」
早苗「……ねえ、何で酢豚にパイナップル入れるのかね?」
  早苗、パイナップルを箸で取り見る。
春香「酢豚に合ってるのよ、パイナップル」
  早苗、パイナップルを食べながら、
早苗「私、大好きお母さんの作った酢豚」
春香「(笑顔)うれしいわ。で、その彼氏ってどんな人?」
早苗「えっ…… まだ彼氏じゃないけど」
春香「だめよ。隠しても。お母さんあなたの事なんでもお見通しよ」
早苗「わかるの? どっかで見た?」
春香「(笑顔)早苗、今日、何だか雰囲気ちがうし、きっとそうだなって。直感よ」
早苗「まだね、知り合ったばかりなの」
春香「そうなの、ねえ、どんな子?」
早苗「(笑顔)普通」
春香「普通って何よ。教えてよー、ねえってば」
早苗「(笑顔)やだー、お母さん。やめてよ。まだ知り合ったばかりだし」
春香「お母さん、嬉しー。(ウソ泣き)早苗も大人になったのね」
早苗「お母さん、やめてよ。(春香の目を見て)涙出てないし」
春香「うれし泣きよ。でさあ、どんな男の子なの?」
  春香、ニヤニヤしながら早苗の顔を見つめる。
早苗「だからさ、まだ良くわかんないけど、優しい人よ」
春香「(身を乗り出し)ふんふん、それで?」
早苗「やだー、どうしちゃったのよ。やめてよ!」
春香「だって、早苗の初めての彼氏だし、お母さんも良く知っておかなくっちゃ」
早苗「そんなんじゃないし! 同じクラスの隣に座ってる男の子よ」
春香「そうだ! 早苗、スマホ買ってあげようか」
早苗「嬉しいけど……家計大丈夫?」
春香「大丈夫よ。何とかなるわ。今時ね、スマホくらい持ってなきゃ彼氏と連絡できないし」
早苗「だからさ、まだ彼氏じゃないから」
春香「これからよ、これから」
早苗「……」
春香「そう言えば、夕方、希美ちゃんから電話が来たわよ」
早苗「希美から? 何だろ」
春香「進学の件で相談があるって言ってたわね」
早苗「そう、じゃあ、ご飯食べ終わったら電話してみるね」

○香月第一高校・2年3組・中(朝)
  生徒達が雑談している。
  竜崎と合向かいに竹本が座っている。
竹本「それがさー沙織のやつ、お前の事まだ気にしててさー、ショックだったんだろうね。お前にフラれて」
竜崎「困ったなー。早めに言った方が傷つかないかなって思って言ったんだけど…… 竹本、お前どうにかならない?」
竹本「俺の彼女からの紹介だからな。彼女も怒っちゃってさ。まいったよ」
竜崎「最初から、会わなきゃ良かったのかね」
竹本「勧めたの俺だし、責任感じちゃうよ」
  前から早苗が歩いてくる。
早苗「(笑顔で)竜崎君、おはよう」
竜崎「(手を上げ)おう、おはよう」
竹本「おはよう」
  早苗、竹本に軽く会釈して席に就く。
竹本「あれ? 純平、篠塚さんいつもと雰囲気違うね」
竜崎「(笑顔)そう? 気のせいじゃないの?」
竹本「(横目で)あやしい」
竜崎「何が?」
竹本「まあ、いいや。じゃ、なんとかしとくから」
  竹本、席を立つ。

○公園(夕)
  周りが生垣に囲まれた小さな児童公園。
  花壇には、チューリップが咲いている。
  子供達が砂場で遊んでいる。
  ブランコに乗って本を読んでいる早苗。
  ×  ×  ×
  公園脇の歩道を歩く竜崎。
  生垣の間からブランコに乗る早苗を見る。
  ×  ×  ×
  ブランコから少し離れたベンチに腰掛ける竜崎。
  竜崎、スケッチブックを手に持ち早苗の方を見ながら絵を描き始める。
  ×  ×  ×
  砂場には、だれも居ない。
  竜崎、スケッチブックに黙々とペンを走らせている。
  竜崎、ふと見上げるとブランコの早苗が居ない。
竜崎「あれ?」
  後ろに立ってスケッチブックをの覗き込む早苗。
早苗「上手く描けてるわね」
  竜崎、驚いて早苗を見る。
竜崎「いつの間に……」
早苗「(微笑)竜崎君、夢中に描いてるんだもの。驚かせてごめんね」
竜崎「つい、夢中になっちゃって」
早苗「それ、私よね」
竜崎「あ、ごめん。勝手に描いて」
早苗「いいんだけど、ちょっと恥ずかしい」
竜崎「その、何て言うか、篠塚さんの横顔が結構……」
早苗「横顔が、何?」
竜崎「ごめん、もう行かなくちゃ。これから塾なんだ」
  竜崎、立ち上がる。
竜崎「そこまで、一緒に帰ろう」
  早苗、うなずく。
  ×  ×  ×
  公園脇の歩道から2人を見ている綾乃。

○川沿い遊歩道(夕)
  日が落ちかけた歩道は、夕日で茜色に染まっている。
  ジョギングで走っている人が行き交う。
  竜崎と早苗が並んで歩いている。
竜崎「さっきの絵、仕上げたらあげるね」
早苗「ほんと?」
竜崎「たいした絵じゃなくって悪いけど」
早苗「ううん、私、うれしい。本気にしても良いの?」
竜崎「(笑顔)本気だよ」
早苗「ねえ、純平って呼んでいい?」
竜崎「良いよ、じゃあ、篠塚さんの事、『早苗ちゃん』で良い?」
早苗「嬉しい。私、男子から名前で呼ばれた事ないから」
竜崎「僕は、いつも純平って呼ばれているから、その方が良いな」
早苗「純平」
竜崎「なあに? 早苗ちゃん」
  竜崎と早苗、笑う。
早苗「やっだー、恥ずかしい」

○香月第一高校・2年3組・中(朝)
  生徒達が雑談している。
  竜崎と合向かいに竹本が座っている。
竹本「沙織のやつ、諦めが悪いって言うか。何だか純平を疑ってるらしいよ」
竜崎「何? 俺、疑われるような事してないけど」
竹本「そお? お前心当たり無いのか?」
  早苗、竜崎の隣の席に座り、
早苗「(笑顔)純平、おはよう」
竜崎「(笑顔)早苗ちゃん、おはよう」
竹本「おはよう……あれ?」
竜崎「何?」
竹本「(横目で早苗を見て)やっぱ、何か雰囲気が違う」
竜崎「気のせいだよ」
  チャイム音。
竹本「そおかなー? まあいいや、じゃまたな」
  竹本、自分の席に戻る。
竜崎、机の中から丸めて紐で結んだスケッチを取り出し机の下から早苗の方に出す。
竜崎「早苗ちゃん、これ」
  早苗、スケッチを見て、
早苗「何? これ」
竜崎「例の絵。出来たからあげる」
早苗「ほんと。ありがとう」
早苗、スケッチを受け取り机の中にしまう。
竜崎「あとで、暇な時見てね」

○同・2階・美術部・中(夕)
  部室の壁に生徒たちの描いた絵が飾られている。
  数人の生徒が絵を描いたり雑談をしている。
  中央にブロンズ像が置かれている。
  竜崎と竹本がブロンズ像をスケッチしている。
  窓際で景色をスケッチしている女子生徒の目の前を黒い影が落ちて行く。
  黒い影を目で追う女子生徒。
  立ち上がり窓から下を見る女子生徒。
  女子生徒悲鳴。
  生徒達が女子生徒を見る。
竹本「何だ、どうした?」
  竜崎と竹本、スケッチを置いて窓際に走り寄り下を見る。
  地面に早苗がうつ伏せで倒れている。
竹本「誰か倒れてるぞ! 飛び降りか? 女子だぜ……あれ? 大変だ!」
  竹本、青ざめた顔で竜崎を見る。
竜崎「(倒れた早苗を凝視して)えっ? 早苗ちゃん……嘘でしょ?」
  竜崎、慌てて部室を飛び出す。
  ×  ×  ×
  窓の外にひらひらと風に流され早苗の描かれたスケッチが落ちて行く。

○立花家・全景(夜)
  住宅街にある2階建ての住宅。
  窓から明かりがもれている。

○同・ダイニング(夜)
  ダイニングテーブルで立花達也(52)と立花希美(15)が合向かい食事をしている。
  キッチンで立花美穂(45)が料理を作っている。
  テレビでニュースが流れている。
アナウンサー声「本日、午後4時頃『香月第一高校』2年生の女子生徒が屋上から転落し病院に搬送され死亡が確認されました。警察で転落原因を調べています」
  希美が驚き箸を止めてテレビを見る。
希美「香月第一高校って……」
  立花と美穂、テレビを見る。
美穂「まあ、可愛そうに。落ちて死んじゃったのね」
立花「希美の姉さんの学校じゃ無いの?」
希美「そうだわ、しかも2年だし…… まさかね」
美穂「そうなの? 同じ高校って心配だわよね」
  電話呼び出し音。
  美穂が料理を止めて電話に出る。
美穂「もしもし立花です。ああ、早苗さんのお母さんですね。ご無沙汰しております。はい?…… えっ? (驚く)嘘でしょ!」
  立花と希美が不安な顔で美穂を見つめている。
立花「どうした?」
  美穂、受話器を置いて、
美穂「(真剣な顔で)希美、落ち着いて聞いて」
希美「何? (驚く)まさか……」
 
○香月第一高校・校長室(朝)
  校長室には、壁に歴代の校長の写真が並んでいる。
  中央に置かれた応接セット。
  窓際の机には、校長が椅子に座って書類を見ている。
  ドアノックの音。
校長「どうぞ、入ってください」
  ドアが開き竜崎が入ってくる。
竜崎「失礼します」
  校長、椅子を立ち応接テーブルに向かう。
校長「竜崎君だね、朝早くから呼び出して申し訳ない。まあ、掛けて」
  竜崎と校長、椅子に座る。
校長「今回の篠崎早苗さんの事なんだけど、ちょっとお話しなければと思ってね」
竜崎「はい……」
校長「とっても残念な事になってしまって、今、警察の方も調べているんだけどね。現場に君が描いたと思われる絵が落ちていたんだけど何か知ってる事があったら話してほしいんだが……」
  竜崎、ぐっと堪える目から涙がこぼれ落ちる。
竜崎「……あれは、僕が描いた絵です。でも、何にも知らないんです。皆が僕を疑ってるんだけど」
校長「いやね、君を疑ってるわけじゃ無いんだ。今回の件は、事故だ。そう思ってる」
竜崎「事故……」
校長「目撃者が居てね。その子の話だと、君が描いた絵が風に飛ばされそうになって、それを追って校舎から転落したらしい」
  ×  ×  ×
(フラッシュ・バック)
  校舎屋上、手すりから身を乗り出し風に漂う絵に手を伸ばす早苗。
  ×  ×  ×
竜崎「僕の絵のせいで……」
  竜崎、泣く。
校長「辛いよね。君の気持ちは、良く解る。でもね、これは、事故なんだ。誰にも罪は、無いんだよ。でもね、世の中は、ちょっとちがう。解らない事を解らないままに出来ない人達が大勢いるんだよ。人の噂や勝手な想像で決めつけてしまう人達が」
竜崎「どう言う事ですか?」
校長「この事故の事で君も耳にしていると思うけど、君に対してあらぬ噂を立てている人達がいるようなんだ。でもね、気にしちゃだめだ。何も解らない人たちが勝手に言ってる事なんだから。私も先生達皆、竜崎君の見方だよ。何があっても君を守って見せる。だから僕たちを信じて学校へ来るんだよ」
  竜崎、校長を見つめ、頷く。
校長「改めて言うけど、これは、事故だったんだ。辛い事がこれから待ち受けているかもしれない。何かあったら私に相談してください。いいね?」
竜崎「はい……」

○片山東中学校・校門前(朝)
  校門に『私立片山東中学校』の学校銘板。
  制服姿で登校する生徒達が校門から入って行く。

○片山東中学校・廊下
  生徒達が雑談しながら行き交う。
  希美と中山奈菜(15)が並んで歩いている。
奈菜「ねえ、希美さ、進学希望『香月第一高校』だったよね」
希美「うん」
奈菜「知ってる? あそこの高校でさ、先月、屋上から落ちて死んだ子の事」
希美「(うなずく)……」
奈菜「ネットで見たんだけどさ、付き合ってる男子が突き落としたんだって」
希美「(驚く)嘘でしょ!」
  希美、足を止め奈菜を見る。
奈菜「それでさー、突き落とした証拠が無いらしいのよ。でさあ、犯人が捕まらないらしいのよ」
希美「それ、本当の事?」
奈菜「うわさよ、うわさ。ネットで拡散しててさ、でもさ、火の無いところに煙は、立たずって言うでしょ。絶対そうよ。だって自殺する原因も無いし。自然に落ちる訳無いじゃん」
希美「ひどい、許せない」
奈菜「怖いよね。希美さーそれでも『香月』行くの?」
  希美、怒りに震えてる。
奈菜「希美! 大丈夫?」
希美「絶対許さない!」
奈菜「希美、どうしちゃったの?」
  希美、険しい顔になり速足で歩きだす。
希美「(呟く)許さない、絶対許さない」
  奈菜、希美を追う。
奈菜「希美! どうしちゃったのさ! 待ってよ!」

○香月第一高校・3年2組・中(朝)
  生徒達が雑談している。
  窓下に満開の桜が咲いている。
  窓から見える校門は、新入生たちが入ってくる。
  竜崎、窓に立ち外の桜を見ている。
  教室入口から竹本が入ってくる。
  竜崎の隣に立ち、
竹本「おはよう、純平」
竜崎「ああ、おはよう」
  竹本、外を見ながら、
竹本「桜、満開だね、見ろよほら(校門の方を指さす)。新入生達だぜ」
竜崎「ああ、初々しいね。俺たちにもあんな時があったんだ」
竹本「純平、最近美術部来てないけど、部活辞めんの?」
竜崎「辞めないけど、あれから絵を描くのが辛くてさ……」
竹本「お前さー、最近どう? 気持ち少しは、落ち着いた?」
竜崎「ああ、多少はね」
竹本「俺、最近夢見てさ、お前が溺れる夢」
竜崎「俺が溺れる?」
竹本「お前がさ、川に飛び込んで溺れちゃうんだよ。俺、慌てて飛び込んで助けようとしたら、お前、俺にしがみついてくるんだよ」
竜崎「俺がお前にしがみつくの?」
竹本「そう、しがみつかれた俺は、動けなくって。一緒に川に沈んじゃうんだよ」
竜崎「怖、それでどうなったの?」
竹本「目が覚めた。もう、汗でびっしょ」
竜崎「やな、夢だね」
竹本「純平、お前、自殺なんて考えていないよな」
竜崎「大丈夫だよ、今は、そんな事考えていないから」
竹本「そうか……よかった。純平もさ、もうそろそろ立ち直らないとな」
竜崎「そうだよな、受験勉強も忙しくなるし」
竹本「将来アニメーターに成るんだろ? 応援してるぜ。がんばれよ」
竜崎「ああ、ありがとう」
  チャイム音
  生徒達席に着く。

○同・廊下
  雑談をしながら歩いている生徒達。
  竜崎と竹本が並んで歩いている。
  正面から、希美が歩いてくる。
  一際短いスカート丈の希美。
竹本「おー、見ろよ(希美を見つめ)今年の新入生、良いね!」
竜崎「お前、どこ見てんだよ」
竹本「決まってんじゃん。 太もも」
竜崎「おい、聞こえちゃうよ」
竹本「(目で追っている)すげーな、あれ」
  希美、すれ違いざま竜崎の方を見て微笑む。
竹本「あれ? お前知り合い?」
竜崎「しらねーよ」
竹本「純平の方見て笑ってたぜ」
竜崎「笑っては、いないと思うけど」
竹本「やっぱ、お前モテキだな」
竜崎「そんな、ばかな。ありえねーって」
竹本「えーっ、うらやましいなー。俺も、モテてえ!」
竜崎「冗談は、やめとけ」

○同・渡り廊下
  校舎中庭に屋根の付いた渡り廊下。
  中庭の桜が散り始めている。
  数人の生徒が行き交っている。
  竜崎と竹本が並んで歩いている。
  渡り廊下の脇の庭で希美が3人の男子生徒に囲まれている。
  竹本と竜崎が足を止める。
竹本「純平、あれ。(希美を見て)昨日の女の子だぜ」
竜崎「ああ、昨日の子だね」
竹本「どうしたんだろ」
  男子生徒Aが希美の肩を突く。
男子生徒A「お前少し生意気なんだよ」
希美「うるさいわね。なんでアンタにそんな事言われなきゃなんないの?」
  竜崎、囲まれている希美の方へ向かう。
竹本「おい、純平! やめとけよ」
  ×  ×  ×
  竜崎、3人の前に立つ。
竜崎「どうしたの?」
男子生徒A「何だ? お前」
竜崎「この子、何かしたの?」
男子生徒A「おい竜崎、邪魔すんじゃねえよ。こいつはな、俺たちに『邪魔だからどけ』とか、ぬかしやがるんだ」
希美「あんた達がしつこく付きまとうからでしょ」
男子生徒A「そう言う態度が生意気なんだよ」
竜崎「そんな事で虐めるなよ。相手は、1年生の女子じゃないか」
男子生徒A「はあ? 竜崎! てめー俺に逆らうのか?」
  男子生徒A、竜崎の胸倉を掴み腹を殴る。
  竜崎、苦しそうにうずくまる。
  竹本、慌てて教師を呼びに行く。
男子生徒A「てめー、女子の前だからってカッコつけてんじゃねーよ!」
  うずくまった竜崎を他の2人が足蹴にする。
希美「(苦笑い)やめてー!」
  竹本が、教師と一緒に駆け付ける。
教師「お前たち、止めろ!」
  男子生徒達3人逃げる。
教師「待て! お前たち」
  教師、生徒を追いかけて行く。
  竹本、倒れてうずくまる竜崎の肩に手を添えて、
竹本「大丈夫か?」
竜崎「ああ、(立ち上がりながら)少しやられちゃった」
竹本「3人相手に。無茶だよ」
希美「ごめんなさい。私のせいで」
竜崎「(服の埃を払いながら)君、大丈夫?」
希美「私、ぜんぜん大丈夫です。貴方は、大丈夫ですか?」
竜崎「ああ、僕は、この位大丈夫だよ」
希美「あのぉ、お名前は?」
竜崎「ああ、竜崎…… じゃあ、あいつらには、気を付けてね」
竹本「じゃあ、気を付けてね」
希美「ありがとうございました」
  希美、深々とお辞儀する。
  竜崎と竹本、渡り廊下に戻っていく。
  希美、2人の後ろ姿を見ている。
  ×  ×  ×
  2人並んで歩きながら、
竹本「お前、カッコつけやがって」
竜崎「別にカッコつけた訳じゃないけど…… つけてた?」
竹本「ああ、十分につけてた」

○同・校門(夕)
  校門からカバンを持った生徒達が雑談をしながら出てくる。
  校門脇にカバンを持った希美が立っている。
  竜崎と竹本が雑談をしながら校門から出てくる。
  希美、竜崎を見つけ後ろから、
希美「竜崎さん!」
  竜崎と竹本、振り返る。
竜崎「ああ、君か…… どうしたの?」
  希美、竜崎の脇に並ぶ。
希美「今日は、ありがとう。お礼が言いたくて」
竜崎「はぁ、わざわざいいのに……」
希美「一緒に歩いてもいいですか?」
竜崎「良いけど(竹本を見る)」
竹本「俺は、良いけど……ああ、ごめんちょっと急用思い出しちゃった。(笑顔)先帰るね」
  竹本、速足で駆けて行く。
  竹本、振り返り右手を挙げて、
竹本「純平! 頑張れよ!」
竜崎「おい、竹本、何を頑張るのさ!」
  希美、微笑む。
竜崎「まったく……何言ってんだろうね、あいつ」
希美「ごめんなさい。迷惑じゃなかった?」
  竜崎と希美並んで歩く。
希美「竜崎さんって素敵です」
竜崎「えっ? 僕そんな事言われた事無いし…… どうして?」
希美「私、竜崎さんみたいな人憧れてたんです」
竜崎「僕を…… 僕なんて、いい所ないでしょ。弱くて、今日もやられっぱなしだったし」
希美「ううん。すごいと思います。私を庇って助けてくれたし。勇気あるなって、素敵です」
竜崎「すごくなんて無いし。勘弁してよ」
希美「謙遜する所もだいすきです(笑顔)」
竜崎「まいったなぁ(照れる)」
希美「竜崎さん、付き合ってる人とかいるんですか」
竜崎「いないけど……」
希美「お友達になってもらえますか?」
竜崎「かまわないけど、僕なんてやめておいた方が良いよ」
希美「どうしてですか?」
竜崎「どうしてって……(うつむく)」
希美「女性が嫌いとか……ですか?」
竜崎「(困り顔)そう言う事じゃなくて」
希美「じゃあ、お友達って事で(笑顔で覗き込む)」
竜崎「はあ、良いですよ。友達なら」
希美「(笑顔)うれしい。とりあえずアドレス教えてください」
  希美と竜崎ポケットからスマホ取をり出す。

○香月第一高校・3年2組・中(朝)
  生徒達が雑談している。
  竜崎と竹本が席に座ってる。
竹本「なあ、純平、昨日の彼女と、どうなの?」
竜崎「どうなのって、まあ、単なるお友達になったって言うか」
竹本「お友達からかい? 俺だったらすぐ付き合っちゃうけどな」
竜崎「お前らしいね」
竹本「だって可愛いじゃん。お友達からなんて言わないで、真剣に付き合っちゃえばいいじゃん」
竜崎「俺は、怖いんだよ……」
竹本「ああ、解るけどさ。あれは、事故なんだし、もうそろそろ忘れないと、人生損するよ」
竜崎「言う事は、解るんだけどさ、時々、早苗ちゃんが夢の中に出てくるんだよ」
竹本「忘れるためにも新しい彼女作った方が良いと思うけどな」
竜崎「忘れたい、でも、忘れちゃいけないって…… 矛盾してるよな。どうしていいか解んなくなる」
竹本「重症だな。気持ちは、解るけど早く忘れないとな」
竜崎「そうだな……」

○同・校門(夕)
  校門外で希美が立っている。
  竜崎と竹本がカバンを持って出てくる。
希美「竜崎さん」
竜崎「ああ、立花さん」
竹本「純平、じゃあ、先帰るね」
  竹本、二人を背にして帰って行く。
希美「いいの? 竹本さん」
竜崎「ああ、大丈夫だよ。それより君ここで待ってたの?」
希美「そうよ、ずっと待ってた。だってメール返信来ないんだもの」
竜崎「あーごめん、電源切ってた。校則で校内使用禁止になってるだろ電源切って切りっぱなしだった」

○遊歩道(夕)
  遊歩道脇の空き地で子供たちが野球の練習している。
  竜崎と希美が並んで歩いている。
希美「竜崎さんは、どんな女性が好み?」
竜崎「好み? (考え込む)んー、そうだな、目立たない子って言うか少し控えめな子がいいかな」
希美「えー、そうなんですか? 私、間違ってたかな、男の人って皆、色っぽい女性に引かれるのかなって思ってて」
竜崎「普通、そうなんだろうね」
希美「ふーん、じゃあ、私、だめねきっと」
竜崎「どうして?」
希美「私、目立とうと思ってスカート短くしてるの」
竜崎「ああ、それね(スカートを見る) ちょっと、目のやり場に困るって言うか……」
希美「(苦笑い)そうよねー、今日も先生にしかられちゃったし」
竜崎「最近、そこまで短くしてる子あんまり見ないものね」
希美「私的には、可愛いと思うんだけど、竜崎さんは、どう? 嫌い?」
竜崎「嫌いじゃないけど……」
希美「(笑顔)よかった。嫌いじゃなくて。でも竜崎さんが嫌ならスカート丈、普通に戻すよ」
竜崎「でも、僕は、君に何か言える立場じゃないって言うか……」
希美「ふーん、竜崎さんのイメージって思ってたのと違う」
竜崎「イメージって?」
希美「もっと、女の子に積極的なのかなって思ってた」
竜崎「そんな風に見える?」
希美「(笑う)ごめん! 勝手にイメージしてた」
  正面から綾乃が乗った自転車、横目で見ながら横を通り過ぎる。
希美「今の人、知ってる人ですか?」
竜崎「ああ、あの子。たしか同級生、クラス違うから話したこと無いけど、どうして?」
希美「こっちをジロジロ見て行ったから」
竜崎「そう? 気が付かなかった」
希美「竜崎さん、今度のゴールデンウィーク何か予定入ってます?」
竜崎「特に無いけど」
希美「どこか行きませんか?」
竜崎「1日位なら構わないけど」
希美「(笑顔)嬉しー、予定考えてメールします」
竜崎「でも、僕なんかで良いの?」
希美「竜崎さんじゃ無きゃダメなんです」
竜崎「竹本も一緒でいい?」
希美「竹本さんも(考え込む)……」
竜崎「だめ?」
希美「(笑顔)いいですよ。一緒に行きましょ」
竜崎「竹本にも言っとくよ。そっちも誰か連れてくれば」
希美「(笑)友達さそってみます」

○立花家・希美の部屋(夜)
  希美、ベットに座ってスマホで電話を掛けている。
希美「奈菜元気、奈菜にお願いがあるんだけど」
奈菜の声「お願いって何?」
希美「今度のGWデート行くんだけど1日だけ付き合って」
奈菜の声「マジで? 私がデートに私が付き合う訳?」
希美「お願い。例の計画いよいよ実行だわ」
奈菜の声「計画って、まさか本気で実行する気?」
希美「本気よ。第1段階突破したわ」
奈菜の声「止めときなよ、危険だわ」
希美「やだ! 絶対あきらめない」
奈菜の声「あいつ、やっぱサイコでしょ」
希美「思ってたのと違う」
奈菜の声「騙されない方が良いよ。気を付けな」
希美「だよねー、お願い付き合って1日だけ」
奈菜の声「しょうがないわね、日程決まったら連絡ちょうだい」
希美「わかった。また連絡する。じゃあねー。お休み」
  ×  ×  ×
  机の上に早苗と希美のツーショット写真が立てられている。
  希美、机にスマホを置く。

○水族館・中
  大勢の子供連れの家族でにぎわっている。
  水槽のシロイルカの前で子供がへばりついている。
  希美、竜崎と手を繋ぎ水槽を見ている。
  すぐ後ろに竹本と奈菜が並んで見ている。
希美「見て見て、可愛い。子供がイルカに何か話掛けてんのかな?」
竜崎「白いイルカって不思議だね。何で白いんだろう」
希美「ねえ、写メ取ろう」
  竜崎と希美が水槽を背にスマホを掲げて自撮りする。
  ×  ×  ×
  少し離れた処でそれを見ている竹本と奈菜。
竹本「何だか熱々だね2人とも」
奈菜「竜崎さんて以外に優しい人なんですね」
竹本「ああ、思いやりがあって優しい奴だよあいつは」
奈菜「へー、竹本さんは、竜崎さんの事、良く知ってるんですね」
竹本「ああ、幼馴染だからね」
奈菜「ふーん、香月第一って去年、校舎から落ちた人がいるんでしょ?」
竹本「ああ、悲しい出来事さ。知ってるの? その事」
奈菜「ニュースでやってたし」
竹本「あの時は、大騒ぎでさ」
奈菜「あの時の犯人って捕まってないんでしょ」
竹本「犯人? 何の事? そんな人居ないよ。事故だし。どうしてそんな事言うの?」
奈菜「ごめんなさい。変な事聞いちゃって。ちょっと気になっただけなので」
竹本「あのさ、そう言う話、純平にしないでね。かなり傷ついてて、やっと立ち直った処だから」
奈菜「ほんと、ごめんなさい。私、誤解してました」
竹本「まあ、いいや。解ってくれれば。皆、訳わからなくて変な噂が渦巻いてたから」
奈菜「竹本さんも優しんですね」
竹本「僕? あの、言いにくいんだけど僕、付き合ってる彼女が居て純平の付き添いで来てるだけなんだ」
奈菜「(笑う)そうなんですか。私もです」
竹本「何だ。そう言う事か。じゃあ、早めに2人だけにしてあげよう」
奈菜「あーあ、心配して損した。早めに帰りましょ」

○立花家・希美の部屋(夜)
  希美、ベットに座ってスマホを掛けている。
希美「今日は、ありがとう」
奈菜の声「水族館て、しばらくぶり、楽しかったよ」
希美のどうだった、竹本さんから何か聞けた?」
奈菜の声「もう、心配して損したわ。噂と全然違うし」
希美「まだ分かんないわよ。本性隠してるかもしれないし」
奈菜の声「復讐なんて止めときな、絶対誤解だって」
希美「だって、真相わからないじゃん」
奈菜の声「事故だって。あれは」
希美「もう少し頑張ってみるわ」
奈菜の声「程々にね」
希美「うん、わかった。ほどほどにね。じゃあ、お休み」
  希美、机にスマホを置き写真を見る。
希美「お姉ちゃん。何があったの?」

○遊歩道(夕)
  遊歩道のベンチが夕日に照らされている。
  並んで歩いている竜崎と希美、足を止めてベンチに腰掛ける。
希美「このあいだの水族館楽しかったです」
竜崎「僕も、しばらくぶりの水族館で楽しかったよ」
希美「竜崎さんって今まで付き合った人っているんですか」
竜崎「僕、女の子と話すの苦手でさ、真剣に付き合った事って無いんだ」
希美「(驚く)えー、以外、そんな風に見えない」
竜崎「どう言う風に見える?」
希美「竜崎さんって優しそうだし、カッコいいし、クールだし」
竜崎「クールって、暗いって事?」
希美「いや、何て言うか。落ち着いているって言うか…… 素敵な人だなって思います」
竜崎「本気で言ってるの?」
希美「本気です。私、竜崎さんの事、大好きです」
竜崎「(苦笑い)ありがたいんだけど……」
希美「私の事嫌いですか?」
竜崎「いや、嫌いじゃないよ。かわいいなーって思ってるし」
希美「(笑顔)えー、ほんとですか。うれしい」
竜崎「でもね……」
希美「でも、だめですか?」
竜崎「だめじゃ無いんだ。本当は、僕も(考え込む)…… 今は、ごめん」
希美「良いんです。すぐにじゃなくて。少しづつで良いんです。ごめんなさい無理言っちゃって」
竜崎「僕こそ、ごめん。煮え切らない返事しか出来なくて。でもね、僕には、夢があるんだ」
希美「夢? どんな夢ですか?」
竜崎「将来、アニメーターに成りたいんだ。それで絵を勉強してたんだけど……」
希美「してたって、何か、あったんですか?」
竜崎「いや、色んな事が有って…… でも、そろそろ再開しようと思ってる」
希美「アニメーターか。素敵な夢ね。竜崎さんの描いた絵、見てみたい」
竜崎「僕の絵? まだ人に見せられるような絵じゃ無いから」
希美「夢のある人って素敵です」
竜崎「希美さんは、何か夢は、無いの?」
希美「夢ですか。(考え込む)…… あるって言えばあるんだけど、つまんない夢だし」
竜崎「どんな夢?」
希美「普通の家庭、家族団らんで楽しく過ごせる家庭。つまんないでしょ」
竜崎「今は、普通じゃないって事?」
希美「幸せよ、今は、でもね色々あって……」
竜崎「そうか、色々あるよねどこの家庭も」
希美「ごめん、変な事言っちゃた。忘れて」
  夕日が街や雲を茜色に染めている。
  希美、空を見あげ、
希美「茜色の空ね、綺麗だわ」
  竜崎、希美の横顔を見る。
  夕日にに照らされた横顔が早苗に見える。
  手で目を擦り、
竜崎「(眉を顰め)……君は、だれ?」
  希美が振り向く。
希美「(笑顔)何言ってるの、私、希美よ」
竜崎「あー、ごめん。一瞬違う人に見えて」
希美「(笑う)おかしな人」
竜崎「(景色を見ながら)前に、こんな夕日、描いたんだよな」
希美「もう、描かないの?」
竜崎「描きたい。よーし! もう一度描くぞ!」
希美「がんばって! 私も応援するから」

○香月第一高校・屋上出口前(夕)
  屋上出口のドアに『屋上出入り禁止』の張り紙。
  ドアの手前に階段がある。
  希美、階段前に立ちドアを見ている。
  綾乃が通りかかり希美を見つけ足を止める。
綾乃「あんた、何してんの?」
希美「あの…… 屋上って出られないんですか?」
綾乃「ああ、ここは、去年、屋上から落ちた子がいてさ、それから使用禁止になってるのよ」
希美「どうして、落ちたんですか?」
綾乃「どうして? お前。余計な事、詮索してんじゃねーよ」
希美「余計な事って……何か知ってるんですか?」
綾乃「知ってるさ。見たもん」
希美「(驚く)見たって! 目撃したって事ですか」
綾乃「あれー、お前、この前、純平と一緒に歩いてただろ」
希美「教えてください! 本当の事を」
綾乃「(顔を近づけ)お前よ! 余計な事、嗅ぎまわってるとタダじゃ済まないよ」
希美「何ですか、脅迫ですか?」
綾乃「お前、何者だ?」
  綾乃、胸倉を掴む。
希美「(顔が引きつる)止めてください。1年の立花希美です。私、屋上に出たかっただけなんです」
綾乃「ふん、ビビってるの? 此処は、死んだ子の幽霊が出るって噂だ。呪われたくなかったら此処に近づくんじゃないよ」
  手を放す。
希美「幽霊が出るんですか? (微笑)怖い!」
綾乃「お前、なめてるのか?」
希美「いや、そんな! 私、幽霊に興味があるので見てみたいと思って」
綾乃「お前、変わった奴だな。それとな、純平は、止めときな」
希美「どうしてですか?」
綾乃「お前も屋上から落ちたいのかよ?」
  チャイムの音
綾乃「まあ、いいや。とにかく、事故だったんだから、詮索するのやめときな」
  綾乃、立ち去る。
希美「何かあるわね」

○同・校門外(夕)
  校門の陰に希美が立っている。
  竜崎、カバンと脇に抱えたスケッチブックを持ち校門から出てくる。
希美「純平!」
  希美、後ろから竜崎の腕に絡みつく。
竜崎「(驚いた顔)あー希美ちゃん。驚いたよ」
希美「(嬉しそうな顔)一緒に帰ろ」
竜崎「ああ、いいけど……」

○遊歩道脇・休憩所(夕)
  ベンチに竜崎と希美が並んで座っている。
  竜崎、スケッチブックに対岸の街並みの絵を描いている。
希美「(絵を見て)純平、絵が上手いのね」
竜崎「ううん、描くのが好きなだけでうまくは、ないよ」
希美「アニメーターに成るんでしょ? 人は、描かないの?」
竜崎「描くよ、前は、良く描いていた」
希美「私じゃだめ?」
竜崎「(希美を見て)君を描くの?」
希美「私、モデルになってあげる。ヌードでもいいわよ」
竜崎「(驚く)いや、ちょっと。そこまでは……」
希美「純平、私の事嫌い?」
竜崎「嫌いじゃないよ。でも……」
希美「純平のためならヌードになってもいいわ。描いて私の裸」
竜崎「だめだよ! そう言うの、僕たちまだ」
希美「ねえ、純平。キスして」
  希美、目を閉じて迫る。
竜崎「だめだよ。こんな処で。人も居るし」
  希美、竜崎の体に手を回し無理やり口を合わせる。
  希美が竜崎の閉じた唇を噛む。
竜崎「痛い!」
  竜崎、希美の体を引き離し唇に手を当て血が出てるか確認する。
  竜崎、立ち上がり、
竜崎「僕、帰る」
希美「(追うように立ち)ごめんなさい」
  竜崎、速足で去っていく。
  希美、後を追う。
希美「ごめん。ねえ、ちょっと、待ってよ!」

○立花家・希美の部屋(夜)
  電気を消してベットに潜りこむ希美。
  常夜灯を見つめながら、
希美「あーあ、キスすりゃ抱き付いてくると思ったんだけどな。何で噛んじゃったのかな? 嫌われちゃったかな……」
  布団にもぐる。

○(夢の中)断崖
  水平線が見える崖の上。
  水平線に太陽が頭を少し残して沈みかけている。
  辺りが茜色に染まっている。
  断崖絶壁の淵に立つ竜崎と希美。
希美「綺麗な夕日だわ」
竜崎「綺麗だね。こんな綺麗な夕日、初めて見るよ」
希美「もうすぐ、夜ね」
  辺りが薄暗くなる。
竜崎「もう、帰ろう」
希美「ねえ、純平、死ぬの怖くない?」
竜崎「(驚く)えっ、そりゃ怖いよ」
希美「純平、あなた今日、此処で死ぬのよ」
竜崎「(希美を見つめ)どうして?」
希美「貴方が殺した篠塚早苗は、私の姉よ」
竜崎「やっぱり、君のお姉さんだったの」
希美「『やっぱり』って気づいていたの?」
竜崎「でも僕は、殺していない」
希美「うそよ! 貴方は、ここから落ちて死ぬのよ!」
竜崎「(微笑む)わかったよ。それで君の気が済むなら……」
  竜崎、崖から足を踏み出し落ちる。
希美「(大声で)だめー!」
  希美、慌てて手を伸ばす。
  崖っぷちでうつ伏せになり、落ちかけた竜崎の手を掴む。
希美「ごめんなさい! 死なないで! 純平!」
  必死に掴む手が少しずつ抜けて行く。
早苗の声「のんちゃん。良いのよもう。手を放しても」
  希美、手の先を見ると竜崎が早苗に変わっている。
  早苗の足元は、底が見えない暗闇。
希美「(驚く)おねーちゃん! どうして?」
早苗「純平は、悪くない。あれは、事故だったのよ」
  じりじりと手が滑り抜けて行く。
希美「あー! もう駄目!」
  希美の握る手が耐え切れず暗闇の中へ落ちて行く早苗。
  希美の悲鳴。

○立花家・希美の部屋(早朝)
  希美、布団から、がばっと起きる。
  希美、目に涙を浮かべ額から汗、息づいている。
希美「ああ、夢か……」
  涙を拭く。
  カーテンの外が白みかけている。

○香月第一高校・屋上出口前階段(夕)
  外は、雨が降っている。
  屋上出口前の階段は、薄暗い。
  希美、階段中央付近で腰かけている。
希美の心の声「ねえ、お姉ちゃん、私、解んなくなっちゃた。純平は、どうしてあんなに優しいの? それとも裏の顔があるの? お姉ちゃんを殺したって噂、あれは、ウソなの? このままだと純平の事を……」
  ×  ×  ×
  男子生徒Bと男子生徒Cが階段近くの通路を歩いてくる。
男子生徒B「お前さーその屋上への階段(階段を指さし)最近、良く出るって噂だぜ」
男子生徒C「へー、誰か見たのかよ?」
男子生徒B「何人か見たらしいぜ」
  男子生徒、階段前に立つ。
  薄暗い階段に、うずくまる希美が見える。
  男子生徒Bの悲鳴。
  男子生徒Cが腰を抜かし、へたり込む。
男子生徒C「(驚いた顔)で、でたー」
  男子生徒B、男子生徒Cの腕を掴み引っ張る。
  男子生徒C、立ち上がり並んで走り去る。
通路に響く生徒の声「でーたー」
  綾乃が逃げる生徒を見ながら階段前に来る。
  綾乃、階段に座る希美を見て、
綾乃「お前、立花希美だな」
  希美、立ち上がる。
希美「ああ、このあいだの……」
綾乃「お前、皆を脅かしてどうする気なんだよ?」
希美「脅かそうなんて思ってません。私、どうしても真相が知りたいんです」
綾乃「真相って、ここから落ちて死んだ篠塚早苗の事か?」
希美「見たんでしょ、先輩。お願い、どうして落ちたか教えてください」
綾乃「お前、どうしてそんな事知りたいんだよ?」
希美「落ちて死んだ篠塚早苗は、私の姉です」
綾乃「(驚く)えー、お前、妹なのか!」
希美「私、ここに居れば、いつかお姉ちゃんの亡霊に会えると思っているんです」
綾乃「亡霊に…… それでなのか……」
希美「私、小さな時に生き別れた、たった一人の姉なんです。どうしても真実が知りたいんです」
綾乃「そうだったのか…… わかったわ。明日、放課後。遊歩道のベンチでまってな」
希美「教えてくれるんですね! 明日、必ず行きます」
綾乃、去っていく。
希美、屋上出口ドアの方を見る。
うっすらと人影のような物が見える。
希美「またくるね」

○遊歩道脇・休憩所(夕)
  空は、どんよりと曇り川が増水し流れが早くなっている。
  希美、ベンチに座わり脇にカバンを置いて街並みを見ている。
  沙織と綾乃がベンチに歩み寄る。
綾乃「待たせたわね」
  希美、立ち上がり2人を見る。
希美「いえ、わざわざありがとうございます」
沙織「訳は、綾乃から聞いたわ」
希美「(綾乃を見て)あのぉ、この方は?」
綾乃「ああ、金山沙織。私は、今成綾乃」
沙織「ふーん、あんたが、早苗の妹なの。そう言われれば何となく似てるわね」
希美「姉の事は、知っているんですか?」
沙織「知らないわ、あれは、事故よ。事故」
希美「何があったんですか?」
綾乃「あの日、私たちが屋上に行くと早苗が純平が描いた絵を見ていたわ……」

○(回想)香月第一高校・校舎屋上
  良く晴れた青空、ポールに掲げられた校旗が風でたなびいている。
  手すりの前に古い生徒用の椅子が置かれている。
  早苗が手すりに肘を掛け両手でスケッチを広げ見ている。
  スケッチには、淡い水彩で色付けされた早苗の横顔の絵。
  屋上ドアの向こうから話し声、
綾乃の声「それがさー昨日、自転車で通りかかったら見ちゃったんだよ……」
  沙織と綾乃が屋上ドアから出てくる。
  早苗、2人を見てスケッチを後ろに隠す。
  綾乃が早苗を見つけ指を差して、
綾乃「あいつだ、篠塚早苗だよ」
沙織「へー、噂をすれば影だわね」
  沙織と綾乃が早苗の前まで歩み寄る。
早苗「何? あなた達、だれ?」
沙織「あんたね、純平と付き合ってる奴って」
早苗「付き合ってるって……知り合ったばかりよ」
沙織「嘘をつけ、お前が純平とイチャイチャしてるとこ見たんだよ。綾乃がさ」
綾乃「お前ら、公園でキスしてたろ。知ってるんだからな!」
沙織「お前、知り合ったばかりでもキスすんの?」
早苗「何を言ってるの? キスなんかする訳ないじゃない。言いがかりだわ」
  沙織、早苗の持っているスケッチを指さし、
沙織「何持ってんのよ、それ?」
早苗「何でもいいじゃない。ただの絵よ」
  沙織、早苗に滲み寄りスケッチを奪おうとする。
早苗「止めて!」
  沙織、スケッチを強く掴み破れそうになる。
  早苗、スケッチから手を放す。
  沙織、スケッチを広げて見て、
沙織「何だこれ、お前かよ? 綺麗に描けてるじゃない。さすが純平ね」
早苗「返してよ」
  早苗、手を伸ばす。
沙織「ほら、受け取れ」
  沙織、スケッチを上に投げる。
  風に煽られてスケッチが手すりから外に向かって飛ばされていく。
  必死に追う早苗。
  手すりの前に置かれた椅子に上り上半身を乗り出し思いっきり手を伸ばす。
  手の先に触れるが手をすり抜けるスケッチ。
  早苗、前回転するように上半身が手すりを超えて校舎の外へ姿が消える。
  沙織と綾乃が驚き顔を見合わせる。
  沙織と綾乃、あわてて手すりに走り寄り下を見る。
  校舎下の地面に倒れている早苗が見える。
  沙織の悲鳴。

○遊歩道脇・休憩所(夕)
綾乃「驚いたわ、沙織は、走って逃げちゃうし……」
沙織「(綾乃を見て)あんた! 何、余計な事言ってんのさ!」
綾乃「だって、真実じゃん! お前が投げなきゃ死ななかったんだよ、早苗はさ」
沙織「裏切りやがって!」
綾乃「私はね、この事でずっと苦しんできたのよ。沙織は、平気でいたよね。今まで庇ってきたけど、もう限界だわ」
希美「許せない!」
  希美、沙織に掴みかかる。
  揉み合う二人。

○遊歩道(夕)
  竜崎と竹本が並んで歩いている。
  竹本が先に見える揉み合う二人を指さす。
竹本「おい、あれ。喧嘩してるんじゃない。……やられてるの希美ちゃんだよ」
竜崎「大変だ!」
  竜崎、慌てて駆けだす。

○同・休憩所(夕)
  沙織、柵を背にした希美の首のあたりを川に向かって押している。
  希美、柵から上半身が押されのけぞっている。
  後ろから綾乃が沙織の腰のあたりを引っ張っている。
綾乃「やめてー!」
沙織「うるさい! じゃまするな。こいつを早苗の所に送ってやる!」
  手すりに必死に掴まり苦しみもがく希美。
竜崎の声「何してる。やめろ!」
  沙織が振り返ると後ろから竜崎が走ってくる。
  竜崎、駆け寄り沙織を引き離し希美を庇う。
竜崎「何してるんだ! 喧嘩は、やめろ」
沙織「ふざけんな! (竜崎を指さし)みんな、お前が悪いんだよ!」
  唖然とする竜崎。
  沙織、ベンチ脇のカバンを持ち、カバンで思いっきり竜崎の顔を殴る。
  柵を背にのけぞる竜崎。
  沙織、更に突き飛ばす。
希美「あぶない!」
  落ちそうになる竜崎に手を伸ばす希美。
希美「純平!」
  竜崎が手を伸ばし希美の指に触れる。
竜崎「希美!」
  背中から川に落ちる竜崎。
  川に落ちた音。
  溺れる竜崎が流されていく。
  沙織、逃げて行く。
  希美、柵を乗り越えて助けようとする。
  綾乃、希美に必死にしがみつく。
綾乃「あんたも、死んじゃう」
希美「(手を伸ばし大声)じゅんぺー!」
  竹本、走り寄り上着を脱ぎ川に飛び込む。

○川・中
  溺れる竜崎。
  手をばたつかせながら、
竜崎「たすけて!」
  何度も沈みながら姿が遠のいて行く。
  やがて見えなくなる。

○竜崎・(夢の中)
  夕暮れ時のブランコに座った早苗の姿が見える。
  微笑みながらこっちをみている。
  早苗の姿が消えていく。
竜崎「待って! 早苗ちゃん!」
希美の声「(遠くから聞こえる)純平、お願い帰ってきて!」

○病院・ICU(夜)
  ベットの上で意識無く横たわる竜崎。
  口には、人工呼吸のマスク。
  バイタルモニタが心音を刻んでいる。
  希美が竜崎の手を握っている。
  その後ろで竹本が心配そうに見ている。
  横に立つ医師。
医師「今夜が峠ですね」
希美「(泣きながら)純平! お願い、帰ってきて」
  竜崎、うっすらと目を開ける。
  医師が竜崎に顔を近づけて、
医師「竜崎さん、聞こえますか?」
  竜崎、うなずく。
希美「純平! 私よ、わかる?」
竜崎「…… の・ぞ・み」
医師「もう大丈夫だ」

  〈了〉

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