或る人生 ドラマ

少年時代、疎開先で終戦を知る岸田吾郎(56)。今はスリで得た金で生活している。昭和が終わり平成となる。電車で痴漢に遇う女子高生を助けようとした彼は…。
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第一稿

人 物

岸田吾郎(56)スリ師
佐々木茂(56)警官
桜井莉子(15)高校生
松岡健二(28)痴漢

○空き地

狭い空き地。空き地横に建つ木造民家。

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人 物

岸田吾郎(56)スリ師
佐々木茂(56)警官
桜井莉子(15)高校生
松岡健二(28)痴漢

○空き地

狭い空き地。空き地横に建つ木造民家。

開け放たれた民家の窓から漏れてくる玉音放送。大人の男女のすすり泣く声。

空き地で直立姿勢でラジオを聴いている、汚れたランニングシャツの少年。

力なくしゃがみ込み、仰向けに寝転ぶ。

○青空

照り付ける日射し。セミの鳴き声。

○繁華街(夜)

T.昭和63年12月24日

華やかなイルミネーションに彩られた通り。人が溢れ、ごった返している。

肩パッド入り、ダブルのスーツを着た男達が車道にはみ出して歩いている。

各自、タクシーを止めようと、一万円札の束を持つ左手を高々と上げている。

傍らでは、ソバージュヘアーに太い眉の女達が細いタバコをふかす。

ビル壁面の大型液晶モニターからは、勇ましい音楽に乗せて『24時間戦えますか?』と歌うCMが流れている。

○歩道(夜)

汚れの目立つステンカラーコートに身を包んだ岸田吾郎(56)が、俯き加減に歩いている。

酔っ払い集団の1人が、岸田に気付かずぶつかる。

男にもたれ掛かる仕草の岸田。

男の鞄に手をかけ財布を取り出す。

財布をコートの内ポケットにしまう。

一瞬の出来事。

男はもたれ掛かる岸田を突き飛ばす。

岸田を一瞥し、罵声を浴びせ立ち去る。

岸田、立ち去っていく男の後ろ姿を見る。起き上がって内ポケットから財布を取り出し、中を確認する。

財布をしまい、俯き加減で歩き出す。

○走る電車(朝)

銀色の車体。太く青いラインが1本。

○同・電車内(朝)

通勤客でスシ詰め状態の車内。

ドア付近、黒革のハーフコートを着た佐々木茂(56)が目の前に立つ男の行動を凝視している。

目の前に立つ会社員風の中年男が、女性客に体を密着させている。中年男の掌が女性客に触れ、掌を動かし始める。

佐々木、男の腕を掴み顔を近付ける。

佐々木「(小声で)痴漢行為で現行犯逮捕する」

同じ車両の反対側ドア付近にに立っている岸田が、佐々木に気付き目が合う。

○街

整然とオフィスビルが立ち並ぶ。

○オフィスビル・外観

1階壁には主要銘柄の株価が逐次、電光掲示されている。埋込式のテレビにはニュースキャスターが映っている。

○テレビ画面

日経平均株価3万円超えの時期について、興奮して話すニュースキャスター。

○駅構内・ホーム(朝)

電車を待つ乗客の列。

制服姿の桜井莉子(15)が列に並ぶ。

松岡健二(28)が莉子の後ろに並ぶ。

○電車・中(朝)

混み合っている車内。

ドア付近、莉子の背後に密着する松岡。

松岡の手が動き、莉子の尻に触れる。

身動きが取れない莉子。身体が小刻みに震え、声が出ない。真っ赤な顔。

車内を物色している岸田、斜め前の莉子と目が合い、事情を察知する。

電車が大きく揺れる。

岸田、揺れに乗じて松岡の財布を抜き取る。

○駅構内・ホーム(朝)

停車した電車から乗客がドッと降りる。ドア付近の松岡、岸田、莉子も押し出されるようにホームに降りる。

松岡、足早にその場を離れていく。

莉子、ホームのベンチに腰掛け、俯く。

岸田、隣に腰掛け、莉子に話し掛ける。

岸田「お嬢ちゃん」

莉子、ビクっとして岸田を見る。

岸田、柔和な表情で話し続ける。

岸田「ああいう時は声出さなあかんで。黙っとったら、つけあがって来よる」

莉子、顔を真っ赤にして、再び俯く。

岸田「そんなん言うならわしが助けたれっちゅう話やけどなぁ、わしかて偉そな事言える立場ではおまへんねん。すんまへんなぁ」

岸田、松岡から抜き取った財布から運転免許証を取り、差し出す。

岸田「あいつの免許証や。もし、また同じように来よったら、今度は大きな声で名前読んでやり。一目散に逃げてくで」

小さく笑って、岸田が立ち上がる。

岸田「ほなな」

岸田、莉子に松岡の免許証を差し出す。

莉子、受け取りを拒む。

岸田「そうか…。そやな、要らんな」

岸田、自分の懐に免許証を戻し、ホームにやって来た電車に乗り込む。

扉が閉まり、莉子に小さく手を振る。

莉子、岸田をちらっと岸田を見る。

○神社・境内

着物姿の参拝客でごった返している。

○テレビ画面

芸能人がお節料理に金粉を振りかけ、笑いながら口一杯に頬張り食べている。

紋付袴の芸人が、傘の上で球を回している。

○駅前(朝)

T.昭和64年1月7日

号外が配られている。

紙面には『天皇陛下、崩御』の文字。

○走る電車(朝)

銀色の車体。太く青いラインが1本。

○同・電車内(朝)

混み合っている車内。

ドア付近、莉子の背後に密着する松岡。

莉子、声を出そうとするが出ない。

○住宅街(夕)

軒先や門柱に、半旗を掲げる家が数件。

○走る電車内

莉子、1人でドア付近に立っている。

○(フラッシュ)駅構内・ホーム(朝)

松岡の免許証を莉子に手渡そうとする岸田。

○(元の)電車内

莉子、硬い表情。車窓から外を眺める。

○簡易宿泊所・外観

3階建て。モルタル塗りの古びた壁。

2階付近に『あかぎ旅館』の看板。

○同・室内

3畳程の部屋。古びた白黒の写真を見ている岸田。写真には笑顔の若い男女。

岸田「お父ちゃん、お母ちゃん、昭和がな、今日終わったで」

○テレビ画面

官房長官が手に額を持ち、カメラに向ける。額内の色紙には『平成』の文字。

○走る電車(朝)

○同・電車内(朝)

混み合う車内、ドア付近で揺れに乗じて仕事をこなしている岸田。

莉子に密着してくる松岡。

真っ赤な顔の莉子。声が出ない。

○(フラッシュ)駅構内・ホーム(朝)

岸田の顔。手渡そうとする松岡の身分証。

○(元の)走る電車・中(朝)

混み合ったドア付近。盗んだ財布を手に持ったコートの下で確認している岸田。隣にいる莉子と松岡に気付く。

莉子も岸田に気付く。岸田、目で促す。

必死に声を絞り出そうとする莉子。

岸田の真横、佐々木が小声で呟く。

佐々木「おい、お前」

岸田と莉子。声に動きが止まる。

松岡、莉子に伸ばした手を引っ込める。

佐々木、財布を持つ岸田の左手を掴む。

佐々木「スリの現行犯で逮捕する」

呆気にとられる岸田。松岡安堵の表情。

泣き出しそうな莉子、微かな声で呟く。

莉子「ち、違う。悪いのはこの人じゃない…」

顔を真っ赤にする莉子。

静寂の後、電車内が騒然とする。

岸田、穏やかな表情で莉子に話掛ける。

岸田「お嬢ちゃん。もうちょっとやったなぁ。惜しかったなぁ。まぁ、難儀なことやぁ思うけど、頑張ってや」

電車が駅に到着し、扉が開く。

松岡、急ぎ足でホームを去っていく。

岸田、警官に連行されていく。

岸田を見送る莉子。

○テレビ画面

官房長官が額縁を手にしている。

額縁に『平成』の文字。

○駅構内・ホーム(朝)

佐々木に連行されている岸田。

○(フラッシュ)空き地

目を瞑り、仰向けに寝転ぶ少年。

照り付ける日射し。セミの鳴き声。

○(元の)駅構内・ホーム(朝)

佐々木に連行されている岸田。

岸田「もう…、充分ですわぁ」

立ち止まり呆けた表情で空を見上げる。

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