罰の花 恋愛

名家の次男である播磨は、5年前、この町を去っていた。 しかし、長男の失踪に、再び戻ってくることになる。 跡取りとして家を継ぐことになる播磨には、 5年前、別れも告げずにいた幼馴染の蓮がいた。 再会した二人に襲い掛かるのは、切ない想いと、薬の魔力……。 【名家の主人×幼馴染】
悠二 21 0 0 04/02
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

・馬車

洋装に身を包んだ寺島播磨《てらしまはりま》(25)、窓から外を見ている
播磨、ぽつりと呟く

播磨 「五年も経つというのに、何も変わらないな」

播磨の前に ...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

・馬車

洋装に身を包んだ寺島播磨《てらしまはりま》(25)、窓から外を見ている
播磨、ぽつりと呟く

播磨 「五年も経つというのに、何も変わらないな」

播磨の前に座っている秘書の田中《たなか》(20代)がいる

田中 「そうですか? あ、大通りに大きな銭湯が出来たとか」
播磨 「銭湯? じゃあ|三ツ谷《みつや》の銭湯は苦しくなっただろうな」
田中 「そうですねぇ」
播磨 「……」

播磨、また外を見る

播磨M「夏の終わりのことだった。本家からの突然の知らせに俺は五年ぶりに実家に戻ることになった。本来ならばそれは許されないことのはずだった」

播磨 「?」

播磨、窓の外を見て疑問を抱く
住宅街の一角が更地になっている

播磨 「田中」
田中 「はい」

蓮  『播磨』

通り過ぎて行く更地を見送る播磨

播磨 「いや……」
田中 「播磨様?」
播磨 「なんでもない」

播磨、外を見たまま黙ってしまう
田中、不思議そうに播磨を見る

***
・寺島家、広間

操子 「よう帰って来てくらはりました」

播磨の叔母の操子《みさこ》(52)、広間に座っている
その前に座る播磨と田中

播磨 「叔母様もお元気そうでなによりです」
操子 「お疲れのことや思うけど、早速部屋の整理をしてください」

操子、表情だけで笑っている

操子 「田中さん……でしたか?」

操子、田中を見る

田中 「はい」
操子 「あんたは播磨さんの部屋をつこうてください」
田中 「え?」
播磨 「しかしそれでは……」
操子 「播磨さん、あんたが使うんはこの家の一番奥の部屋です」
播磨 「奥の部屋……といいますと兄さ……」
操子 「今やおらんようになった人です。播磨さん、あんたはこの家の主人になるために帰って来たんですよ」
播磨 「……」

播磨、一瞬言葉を無くすがすぐに答える

播磨 「わかりました」

播磨の言葉に表情だけで笑う操子

操子 「かおるさん」

襖の向こうに呼びかけると女中頭のかおる(50代)が現れる

かおる「はい」
操子 「手伝いはこの人たちに任せなさい」

播磨、かおるを見る

播磨 「わかりました」
操子 「では私は部屋に戻ります」

操子、立ち上がると縁側の方へ行く
そこで立ち止まって少し振り返る

操子 「播磨さん」

播磨、操子を見る

播磨 「はい」
操子 「あの人はもう死にました」
播磨 「え……」
操子 「そう思いなさいね」

操子、言うと去っていく
田中、播磨を見る

播磨 「……」

播磨、額を押さえる

***
・寺島家、書斎(夕方)

沢山の荷物を解いている播磨
その手伝いをしている田中

田中 「しかし潔いというかなんというか……」
播磨 「あの人は昔からそうだよ。俺をあっちの家にやった時だってそうだった」
田中 「でも死んだと思えとは。出来が悪かったとはいえご長男なのに」
播磨 「お前……」

播磨、呆れる

播磨 「俺が主人じゃなかったらとっくの昔に首切られてるぞ」
田中 「分かってます」

田中、少し拗ねたように話す

田中 「あなただからこそ言えるんですよ。統一郎《とういちろう》さんのことは話でしか聞いてはいませんが、あなたの優秀さは十分知っています。統一郎さんが逃げ出すのも仕方ないことかと」
播磨 「……」

播磨、手を休める

播磨 「兄さんは出来が悪かったわけじゃないよ」
田中 「え?」
播磨 「あの人は昔から叔母様から逃れるすべを知らなかった。それがいけなかっただけだ」

播磨、田中を見ないで淡々と言う

田中 「逃れる……?」
播磨 「分かるだろう。昔からあぁいう人なんだ。母さんが生きていたらきっと兄さんは立派にこの家を継いでいたさ。そして俺もここに帰ってくることはなかっただろう」
田中 「……」

田中、納得いかない顔をするが作業を続ける

播磨M「この寺島家は古くから続く名家で、辺りでは一番大きな屋敷を構えていた。俺も兄さんも、幼い頃はただ普通にここで暮らし、幸せな毎日を送っていた。しかし、俺が七歳、兄さんが十歳の頃に母が病気で亡くなると、その暮らしは一変し、家の雰囲気はがらりと変わってしまった」

播磨、箱の中から写真立てを取り出すとそれを見る

播磨 「……」

写真には幼い頃の播磨と統一郎、母親と父親が写っている

播磨M「母が亡くなってすぐ、俺達の母親代わりにと操子さんがこの家に入った。操子さんはこの家を継ぐことになる兄さんを徹底的に教育し、病気で倒れられた父の代わりにこの家を動かしていた」

***
・寺島家、広間(回想)

操子(48)の座る前に播磨(20)が座っている

操子 「播磨さん」
播磨 「はい」
操子 「あんた長野の家に移りなさい」
播磨 「え?」

播磨、驚く

操子 「あっちの家は以前から男の子が欲しいゆうとってねぇ。この家は長男の統一郎さんがおることやし」
播磨 「……」

播磨M「父が亡くなった年のことだ。以前から〝兄よりもできる弟〟と要らぬ噂が立ち、それがこの家にとって不利ことから、いつかは何かがあるとは思っていたがこうまでされるとは想像していなかった。しかし俺はそれを了承し、まるで島流しの様にこの家を去った」

***
・寺島家、書斎(夜)

播磨、窓を開けて空を見上げる

播磨M「家を去ってからの数年、この家の事情を俺は知らない。兄さんが操子さんにどのような〝仕打ち〟を受けていたのかも、逃れ方を知らない兄さんがどれほど苦しんでいたかも」

空に輝く月を見上げている播磨

播磨M「そして今年の夏の終わり、本家からの突然の通達に俺はこの家に戻らなければならなくなった」

播磨、部屋の中を見る

播磨M「兄さんは一文だけを残していなくなった」

田中が部屋に来る

田中 「播磨様」

播磨、田中を見る

播磨 「どうした」
田中 「明日は菊池《きくち》邸へ行かれるということでよろしいでしょうか」
播磨 「あぁ」
田中 「かしこまりました。失礼します」

田中、踵を返す
播磨、また窓の方を向くと風が吹く
それに乗って花の香りがする

播磨 「……田中」

部屋を出ようとしていた田中、振り返る

田中 「はい?」

播磨、外を見たまま話す

播磨 「蓮《れん》は……」

蓮  『播磨』

播磨 「蓮は、どうしていた……?」
田中 「……」

田中、播磨を見て一瞬黙る

播磨 「どうした」

播磨、黙る田中を見る

播磨 「何かあったのか」

播磨、目を見張るとその表情を見て田中が話し出す

田中 「すぐに、お姿は確認できました」

田中、渋るように話す

播磨 「何だ……蓮はどこにいる」
田中 「……」
播磨 「言え」
田中 「國生館《こくしょうかん》という娼館に……」
播磨 「っ……」
田中 「播磨様、五十嵐《いがらし》家は」

田中の言葉も耳に入らない様に部屋を出て行く播磨

田中 「播磨様?!」

***
・國生館、廊下(夜)

蓮(22)、乱れた長襦袢を引き摺りながら歩いてくる

男娼A「おい、揚羽《あげは》、お前んとこの部屋にすごいの来てんぞ」

男娼A、笑っている

蓮  「えー? なーに、またふくよかなおじさんー?」

蓮、うんざりした顔をする

男娼A「違う違う。すっげー有名人」
蓮  「んー? 役者ー?」
男娼A「はははっ、それよりすげーかもな!」
蓮  「なに、全然わかんない」

蓮、不機嫌な顔をする

男娼A「いいから次俺に回せよな」

男娼A、笑いながら去っていく

蓮  「?」

蓮、頭をかきながら部屋へ行く

***
・國生館、揚羽の部屋(夜)

蓮  「おまたせしましたー」

蓮、言いながら襖を開ける

蓮  「っ……」

蓮、中を見て驚く
部屋に座っている播磨

播磨 「蓮……」
蓮  「……」

蓮、播磨を見て黙ったまま踵を返すと部屋を出て行こうとする
が、播磨、立ち上がると蓮の腕を捕まえる

播磨 「蓮、お前どうしてこんなところで」

蓮、播磨から顔を背けて見ようとしない

蓮  「どなたかとお間違えではありませんか?」
播磨 「お前……」
蓮  「俺は蓮なんて名前じゃありません」
播磨 「っ!」

播磨、蓮の腕を引いて肩を持つ
それに驚いて播磨の顔を見る蓮

播磨 「俺がお前を間違えたりするはずないだろッ!!」
蓮  「……」
播磨 「どうしてお前……こんな……」
蓮  「っ……」

蓮、顔を逸らす

播磨 「蓮」

蓮、呟く

蓮  「今更のこのこ何しに帰ってきやがった……」
播磨 「……」
蓮  「逃げたくせにッ!」

蓮、播磨を睨みつける

播磨 「っ……」

蓮、急に声のトーンを落として静かに話す

蓮  「どの面下げて戻って来た」
播磨 「それは……」
蓮  「五年経ったんだ。あの頃とは何もかもが変わった。今更『また前みたいに仲良くしましょ』なんて出来ない」
播磨 「……」
蓮  「帰れ」

蓮、播磨の手を肩から離れさせると部屋を出て行こうとする

蓮  「ここはお前みたいないいとこの坊ちゃんがくるところじゃねぇんだよ」

蓮、去っていく

播磨 「っ……」

播磨、蓮の後姿を見送って拳を握り締める

***
・國生館、廊下(夜)

一人、歩いていく蓮
袖から小さな巾着を出すとその中から一粒錠剤を出す
それを口に入れて噛み砕く
一筋涙を流すと去っていく

***
・寺島家、縁側(回想)

播磨(15)と蓮(12)、縁側に座っている

蓮  「ねぇ播磨」

蓮、楽しそうに笑いながら播磨を見る
手にはアザミの花を一輪持っている

蓮  「いつかアザミが沢山咲いたところへ行ってみたい」
播磨 「蓮はほんとにその花が好きだな」
蓮  「うん。だって──」

***
・寺島家、寝室(夜中)

播磨、静かに目を覚ます

播磨 「……」

手で額を押さえると目を瞑る

播磨M「あの時あいつはなんて言ったんだっけ……」

***
・菊池邸、玄関

菊池(56)、播磨と田中を迎え入れる

菊池 「これはこれは、随分といい男になって」

菊池、嬉しそうに笑っている

播磨 「お久しぶりです」

播磨、頭を下げる

***
・菊池邸、客間

テーブルを挟んで向かい合って座っている菊池と播磨、播磨の隣に田中が座っている

菊池 「大変だったね」
播磨 「……、僕はこれでよかったような気もします」
菊池 「えぇ?」
播磨 「あの人がうちに来てから兄さんはずっと辛い思いをしていました。僕が長野に行ってからは多分、もっと辛かっただろうと思うんです。僕はあっちでのびのびやらせてもらえていました。だから今度は兄さんが羽を伸ばす番だと思うんですよ」
菊池 「……」

菊池、納得したようにふぅっと息を漏らす

播磨 「叔母様がいなければきっと寺島の家は今頃無くなっていたと思います。だけどやっぱり僕たちでどうにかしなければいけないと思うんです」
菊池 「……」

菊池、黙って頷く

播磨 「だから僕はこの家を何とか自分で切り盛りできるようにして、叔母様には納得してもらった上で京都へ帰ってもらおうと」
菊池 「そうだな……」
播磨 「その頃にはきっと兄さんも落ち着いているでしょうから、ゆくゆくはやはり兄さんに寺島を継いでもらおうと思っています。きっと周りはいい顔をしないでしょうけど」
菊池 「……」

菊池、播磨を見る

播磨 「その為にも、おじ様にはどうか長い目で寺島の家を見てもらいたいと思っています」

播磨、頭を下げる

菊池 「……」
播磨 「……」

菊池、ふっと息をつくと微笑む

菊池 「顔を上げなさい」

播磨、ゆっくり顔を上げる

菊池 「幼い頃から君は出来た子供だったが、そのまま大人になったようだな」
播磨 「え……」
菊池 「本当にいい男になった。私は寺島を、君たち兄弟を、見放したりはしないよ」

播磨、嬉しそうに笑う

菊池 「困ったことがあればいつでも言いなさい」
播磨 「ありがとうございます」

播磨、もう一度頭を下げる

菊池 「私の娘も君のような男に貰ってもらいたいものだよ」

菊池、笑う

菊池 「ところで、街の様子はもう見て回ったのか?」
播磨 「いえ、まだ」
菊池 「そうか。この街も随分と変わってしまった」

菊池、残念そうに笑う

播磨 「随分……? 五年前とさほど変わらないように見えますが……」
菊池 「表向きは何も変わっていないな」
播磨 「?」
菊池 「上も困っているんだがね、盛り場の方で近頃死人がよく出るようになった」
播磨 「死人って……」
菊池 「『罰』を知っているか?」
播磨 「罰……ですか」

播磨、小首をかしげる

菊池 「薬物だよ。錠剤の小さなものだ。それがよく出回っているらしくてね、薬物中毒者が後を絶たない」
播磨 「……」

播磨、複雑な表情を浮かべる

菊池 「この間も國生館という娼館で一人若い男が」
播磨 「え?」

播磨、目を見張る

蓮  『今更のこのこ何しに帰ってきやがった……』

菊池 「まだ十五だと聞いたな……」
播磨 「……あの、おじ様」
菊池 「ん?」
播磨 「蓮は……」

播磨、菊池を見る

菊池 「あぁ、五十嵐の倅か。あそこも大変だったみたいだな」
播磨 「何かあったんですか」
菊池 「知らないのか?」
播磨 「……すみません」
菊池 「まぁ、仕方ないことだ。五十嵐の家はもう無いよ」

菊池、残念そうに話す

菊池 「三年前だったか、まぁ色々あったようだが。そういえば君はあそこの倅と仲が良かったな」
播磨 「はい……」
菊池 「会ったのか」
播磨 「……えぇ。昨晩」
菊池 「あちらの界隈では有名になっているみたいだがな、あの辺りは危険だ。今は避けた方がいいかもしれんな」
播磨 「……」

播磨、黙ったまま目線を下げる

***
・歓楽街(夕方)

歓楽街を一人、歩いてくる播磨

播磨 「……」

派手な格好をした女や酔っ払った男など、人がいるがまだそれほど賑わってはいない
ふと路地を見ると座り込んで空を見上げている男がいる
ブツブツと独り言を言っている

菊池 『薬物中毒者が後を絶たない』

播磨 「……」

播磨、前を見て歩いて行く

***
・國生館、入り口(夕方)

男娼B「蓮?」

播磨、入り口にいる浴衣姿の男に声をかけている

播磨 「あぁ、呼んでくれないか」
男娼B「お客さん? まだ店開いてないんだけど」
播磨 「いや、違うんだ。話があって」
蓮  「お前……」

播磨の後ろから現れる蓮
播磨、振り返る

播磨 「蓮」
男娼B「なんだ蓮って揚羽のことか」
蓮  「っ……」

蓮、播磨を無視して中へ入ろうとする

播磨 「おい、蓮っ」

播磨、蓮の手を取る

蓮  「離せ」

蓮、静かに言う

播磨 「蓮。話があるんだ」
蓮  「俺には無い。いいから帰れ」
播磨 「蓮」
蓮  「二度とここには来るな。言っただろ、お前みたいな奴が来るところじゃないんだ」

蓮、播磨の手を振り払うと店に入って行く
後姿を見送る播磨

男娼B「何、知り合いなの?」
播磨 「……」

播磨、答えずに去っていく

***
・町(夕方)

日が沈む中一人歩いている播磨

播磨M「記憶の中、いつも傍には蓮がいた。いつも隣で笑っていた。無邪気な顔で、幸せそうに」

蓮  『逃げたくせにッ!』

播磨 「……」

沈んで行く夕日を見る播磨

播磨M「お前はあの時気づいていたのか……」

***
・寺島家、縁側(回想)

夏の日差しの中、縁側に座っている播磨(20)
その隣で縁側に寝転んでいる蓮(17)

蓮  「暑い。もうやだ。干からびる」

蓮、うな垂れる
団扇を持った播磨、蓮を扇いでやる

播磨 「まだ夏は始まったばかりだぞ。今からそんなでどうするんだ」
蓮  「だぁってー。暑いものは暑いんだもん」
播磨 「お前はほんとに暑さに弱いのな」
蓮  「うんー」

蓮、播磨の方に寝返りを打つ

蓮  「でもこうしてるとさー」
播磨 「ん?」
蓮  「風に乗って播磨の匂いがする」

蓮、ふふっと笑う

播磨 「っ…」

播磨、その表情にたじろぐ
蓮の緩んだ襟元から胸元が見える

播磨 「な、何言ってんだよ」

播磨、咄嗟に目線を逸らす

蓮  「えー? だってほんとだよ? 俺播磨の匂いが好き」

蓮、また寝返りを打つと天井を向いて目を瞑る

蓮  「アザミの香りと似てていい匂い」
播磨 「……」

播磨、蓮を見ている

播磨M「蓮は昔から華奢で肌は白く、線の細い男だった。そんな奴でも年頃を迎えれば男らしくなると思っていたが、予想に反して蓮はそのままにして色気を増やし、17になる頃には男としては見たこともない色香を纏っていた」

***
・五十嵐家、庭(回想)

細道を通って来る播磨

播磨M「そんな蓮に俺はただ」

庭に入ると一人、蓮が褌姿のまま水浴びをしている

播磨 「……」

その姿に見惚れる播磨
蓮、播磨の気配にゆっくりと振り返る

蓮  「……」

蓮、ふっと妖艶に微笑む

播磨M「欲情を覚えるしかなかった」

***
・寺島家、播磨の部屋(回想)

播磨 「……」

播磨、窓から中庭を見ている
蓮の水浴びを思い出す

播磨 「……」
かおる「播磨様」

突然、かおるが部屋に顔を出す

播磨 「っ! な……なんだ」

播磨、驚くが平静を装う

かおる「蓮様がお出でに」
播磨 「あ、あぁ。分かった。すぐ行く」

播磨、立ち上がる

***
・川原(回想)

並んで歩いている二人

蓮  「暑いー」

蓮、言いながら浴衣の胸元をバタバタする

播磨 「……」

播磨、蓮を見下ろすと乱れた襟元から胸が見える

蓮  「播磨?」
播磨 「……」
蓮  「なぁ、播磨」

蓮、立ち止まって播磨を見上げる

播磨 「え?」

播磨、ハッとして蓮を見る
蓮、剥れて言う

蓮  「俺の話聞いてた?」
播磨 「ご、ごめん。なんだったっけ?」

播磨、必死に笑ってみせる

蓮  「もう!」
播磨 「ボーっとしてて……」

播磨、笑うが上手く笑えていない

蓮  「暑さにやられでもしたんじゃないの? どれ」

蓮、手を伸ばして播磨の額に触れる

播磨 「っ!」

播磨、咄嗟にその手を払いのけてしまう

蓮  「っ……」

蓮、それに驚く

蓮  「播磨……?」
播磨 「あ……や、違うんだ……」

播磨、焦る

蓮  「播磨……」
播磨 「違う……」

播磨、髪をくしゃっと握る

播磨 「ごめん」

播磨、それだけ言って踵を返すと去っていく

蓮  「播磨!」

***
・寺島家、播磨の部屋(回想)

播磨、部屋に入ってくるとドアを締めてそのままその場へ座り込むと両手で頭を抱える

播磨M「俺は……俺はっ……何を考えて……」

播磨M「丁度五年前のこと。以前から薄々気が付いていたその感情が、あの頃一気に確信へと変わっていった。そのことへの背徳感と、蓮への罪悪感に、気が狂いそうになった。だけど俺の心はただ、日ごとに蓮への思いを高ぶらせるばかりで。どうしようもないこの思いは、どこにもぶつけることも出来ずに体を熱くさせるだけだった」

かおる『播磨様』

ドア越しにかおるが声をかけてくる
播磨、ゆっくりと顔を上げる

播磨 「はい……」
かおる『操子様がお呼びでございます』
播磨 「わかりました……」

***
・寺島家、広間(回想)

操子(48)の座る前に播磨が座っている

操子 「もう長野の家には連絡してあります」
播磨 「……」

播磨、目線を下げている

蓮  『播磨』

操子 「あんたやったら分かることやわな?」

蓮  『播磨』

播磨、頭の中に浮かぶ蓮を思い、ゆっくりと目線を上げると操子を見る

播磨 「分かりました」

***
・寺島家、家先(回想)

家の前に馬車が止まっている
馬車に乗り込もうとしたところで道の向こうを見る

播磨 「……」

播磨、少し考えるがそのまま馬車に乗ってしまう

播磨 「行って下さい」

動き出す馬車

播磨M「俺は蓮に何も言わずにこの地を去った。もう二度と戻ることはない。もう二度と、会うことも出来ないと、そう思いながら俺は蓮から逃げたんだ」

***
・寺島家、寝室(早朝)

まだ外は薄暗い
浴衣姿で窓の外を見ている播磨

播磨M「幼い頃から褒められてばかりいたが、俺はこんなことで逃げ出す馬鹿で薄情な男だった。それでも長野に行ってから、頭の中には蓮のことばかりが浮かんでどうしようもなかった。出来ることならあの白い肌に触れて、華奢な肩を抱いてみたかった」

風が吹いてくる
それに乗ってアザミの香りがする

播磨 「……」

播磨M「こっちに戻ることになって、どうしてだか期待に胸が膨らんでいた。俺はやっぱり褒められるような男なんかじゃ無かった。蓮が何も言わずに、以前の様に、俺の傍に居てくれるだなんて都合のいいことしか考えられなかったんだ」

播磨、立ち上がると服を着替える

播磨M「この思いを認めることが、どれほど不道徳で汚らわしいことか。それを自ら認めるよりも、何よりも。蓮に知られることが一番恐ろしかった」

静かに部屋を出て行く播磨

播磨M「あいつに嫌われることが、怖かったから──」

***
・町(早朝)

空が白んでくる
蓮、浴衣姿で一人、歩いてくる

蓮  「……」

電柱にもたれかかって立っている播磨を見つける蓮

蓮  「播磨……」

播磨、蓮の声にゆっくりと蓮を見る
その目線に少したじろぐが、播磨の前を通り過ぎていこうとする蓮
播磨、静かな声で名前を呼ぶ

播磨 「蓮」
蓮  「……」

蓮、足を止める

播磨 「いつもこんな時間に帰ってくるのか」
蓮  「べ、別にお前に関係ないだろ」

播磨、ふっと笑う

播磨 「そうだな」
蓮  「……」

蓮、播磨の悲しげな笑顔に戸惑うが歩き出す
播磨、蓮の少し後ろを付いていく
蓮、不機嫌そうに前を見ながら言う

蓮  「何で付いてくるんだよ」
播磨 「……」
蓮  「お前もしつこい奴だな。この町を出て性格が変ったんじゃないのか? 前はこんなに」
播磨 「そうかもしれないな」
蓮  「……」

蓮、後ろから聞こえる播磨の声に目線を下げる

播磨 「お前の言ったとおり、あの頃とはもう何もかもが変わってしまった」
蓮  「……」
播磨 「五年前の俺なら、きっとこんなことしようとは思わなかっただろうな」
蓮  「?」

蓮、播磨の言葉に一瞬目線を上げる
その瞬間、播磨が蓮の手を取って引き寄せる

蓮  「っ!」

蓮、突然引き寄せられた手に播磨を見上げる
播磨、真剣な眼差しで蓮を見つめる

播磨 「ごめんな。蓮」
蓮  「……」

蓮、言葉を無くし、播磨から目が離せない

播磨 「何も言わずにいなくなったりなんかして」
蓮  「……」
播磨 「本当はどうしようか最後まで迷ったんだ。一言くらい、さよならくらい言って行けばよかった。でもきっと言えば気持ちを抑えられなくなりそうだったから」
蓮  「え……?」
播磨 「怖かったんだ。お前に嫌われたくなかった」
蓮  「……」

蓮、握られた手を見るともう一度播磨を見上げる

播磨 「俺はずっとお前が好きだった」

蓮、言葉を無くす

播磨 「お前に触れたくて、仕方なかった」

蓮、呟く

蓮  「嘘だ……」
播磨 「嘘じゃない」
蓮  「嘘だ!」

蓮、播磨を見る

蓮  「だってあの時お前は……」

蓮、言いかけるが言葉が続かない
播磨の目をただ見つめている蓮
播磨、蓮に静かに笑いかける

播磨 「ごめんな」
蓮  「なんで……謝るんだ……」

播磨、ふっと目線を下げる

播磨 「これでお前は本当に愛想を尽かしただろうから」

蓮、ただ声が漏れる

蓮  「え……」

播磨、蓮を見ると手を離す

播磨 「幼い頃みたいにまた戻れるとは思ってない。でも、お前の支えになれればそれだけで嬉しい。なぁ、蓮」
蓮  「……」
播磨 「お前の幼馴染でいさせてくれないか」

蓮、悲しげに笑う播磨を見て目線を下げる

蓮  「やっぱり何も変わって無い……」
播磨 「蓮……」
蓮  「あの頃と同じだ。あの頃と同じで自分勝手で最悪だ」
播磨 「……」

蓮、播磨を見る

蓮  「人の気持ちなんか考えもしないで、自分の言いたいことばっかり言いやがって……。なんでお前は……」

蓮、言いながら目線を下げる

蓮  「……」

蓮、ふと踵を返す

播磨 「蓮……」

蓮、後ろを向いたままで静かに話す

蓮  「俺のこと、ほんとに好きなんだったら」
播磨 「……」
蓮  「今日の日付が変わる頃、國生の俺の部屋に来い」
播磨 「え……?」
蓮  「じゃあな」

蓮、言うと振り返らずに走り去っていく

播磨 「蓮!」

播磨、その場で蓮の後姿を見送る

***
・蓮宅(朝)

蓮、家の中に飛び込んでくると息を切らして部屋に座り込む

蓮  「はぁっ……はぁ……っ……」

蓮、ふと目線を上げると低い棚の上に置いてあるアザミの押し花の付いたしおりを手に取る

蓮  「播磨……」

蓮、床に手を着いて涙を零す

***
・寺島家、庭

播磨、一人縁側に座って庭をぼーっと眺めている

蓮  『俺のこと、ほんとに好きなんだったら、今日の日付が変わる頃、國生の俺の部屋に来い』

播磨 「……」

播磨、小さくため息を吐く
すると庭の端に咲いているアザミを見つける

播磨 「……」

播磨、庭に出てアザミを一輪摘む

播磨 「香っていたのはお前達か」

播磨、独り言を呟いて花を見る

蓮  『だってこれは播磨の花だから』

播磨 「っ……!」

播磨、ハッとする

***
・寺島家、縁側(回想)

播磨(15)と蓮(12)、縁側に座っている

播磨 「蓮はほんとにその花が好きだな」
蓮  「うん。だってこれは播磨の花だから」

蓮、嬉しそうに笑いながら播磨を見る

播磨 「俺の花?」
蓮  「うん。播磨が初めて俺にくれた花」
播磨 「あぁ、あのしおりのことか」

播磨、思い出して笑う

蓮  「そうだよ。あれは俺の宝物なんだ」

アザミを見ながら幸せそうに微笑む蓮

***
・寺島家、書斎(夕方)

部屋をひっくり返して探し物をしている播磨
そこへ田中が来ると中の様子を見て驚く

田中 「播磨様……何を探しているんですか……」

播磨、机の向こうから顔を出す

播磨 「あぁ、お前か」

播磨、確認するとまた探し出す

播磨 「しおりだよ。どこかにあるはずなんだけど……」
田中 「しおり?」
播磨 「昔作ったんだ。アザミの押し花のついたしおり」
田中 「はぁ……、私もお手伝いします」

田中、本棚の方へ行く

播磨 「助かるよ」

***
・寺島家、書斎(夜)

播磨、辞書を開くとその中からしおりが出てくる

播磨 「あった!」
田中 「え?」

田中、播磨を見る

播磨 「これだよこれ! 懐かしいな……」

播磨、嬉しそうに笑う

田中 「良かったですね、見つかって」

播磨の表情を見て嬉しそうに笑う田中

***
・國生館、廊下(夜中)

播磨、しおりを手に歩いてくる

播磨M「なぁ、蓮。これを覚えているか? 幼い頃に作ったあのアザミのしおり。何気なく摘んだあのアザミをお前はいつも好きだと言ってくれていた。今でも、あの花が好きでいてくれたら──」

播磨、揚羽の部屋の襖を開ける

播磨 「っ……」

***
・國生館、揚羽の部屋(夜中)

戸口で中の光景を見て立ち尽くす播磨

蓮  「っ……ふふ、やっと……んっ……来た……ぁっ……」

蓮、高野《たかの》(32)に抱かれている

播磨 「れ……ん……」
蓮  「播磨……っ……んぁ……」

播磨、呆然と蓮を見ている
蓮、快楽に表情を歪ませながら播磨を見ている

蓮  「俺……っ……こんな、男なんだよ……」
播磨 「……」
蓮  「男に……はぁっ……抱かれていないと……っ……生きてる心地がしないの……」
播磨 「……」
蓮  「それでも……んっ……播磨は……俺のこと……っ……好き……?」

蓮、言い終わるとふっと妖艶に笑う

播磨 「……」

播磨、手に持っていたしおりを力なく落とす
するとそのまま無言で去っていく

蓮  「……」

蓮、戸口を見つめていたが高野に目を移す

高野 「良かったのか……? こんなことして……」
蓮  「ごめんね、高野さん……」

蓮、高野の頬に手を伸ばす

高野 「いや、君に頼まれれば仕方ない……っ……」
蓮  「んっ……あいつは……こんな場所に堕ちてきていい奴じゃないから……」

蓮、呟く

蓮  「これでよかったんだ……」
高野 「え……? 何……」
蓮  「ううん、なんでもない……ねぇそれより高野さん……っ……」
高野 「ん……?」
蓮  「薬……薬飲ませて……」
高野 「ははっ……珍しく飲まないんだと思っていたら……やっぱりあれが無いと駄目か……」

高野、笑う

蓮  「だって……あっ……あれが無いと……俺は……っ」

高野、傍にあった小瓶の中から罰を一粒取り出すと蓮の口に入れる

蓮  「んっ……」

蓮、口に入った錠剤を噛み砕くと涙を零す

***
・寺島家、寝室(夜中)

布団の中にいる播磨

蓮  『播磨……っ……んぁ……』

播磨 「っ……はぁっ……はぁ……はっ……」

播磨、自身を扱いている

蓮  『播磨は……』

播磨 「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……」

蓮  『俺のこと……っ……好き……?』

播磨 「はぁっ……んっ……はぁ……はぁっ、はぁっ、っ──!」

行為を終えると起き上がる
呆然としている播磨

播磨 「……」

汚れた右手を見て左手で頭を抱える

播磨 「何やってるんだ……」

播磨、悔しげに顔を歪ませる

***
・國生館、揚羽の部屋(早朝)

長襦袢を羽織ってぼーっと座り込んでいる蓮

蓮  「……」

ふと戸口に落ちているしおりを見つける
ずるずると体を引き摺ってしおりを拾う蓮

蓮  「っ……」

播磨 『俺はずっとお前が好きだった』

蓮  「……」

蓮、しおりを持った手を力なく落とすとその場に寝転ぶ
手を伸ばして棚の上を探ると薬の入った小瓶を取る
中から一粒取り出すと口に入れて噛み砕く

蓮  「播磨……」

***
・寺島家、縁側

蓮(10)、縁側に座って足をブラブラさせている
庭に立って蓮を見ている播磨(13)

播磨 「蓮」

播磨が声をかけるが蓮は答えない

播磨 「なぁ、蓮」

何も聞こえていない様子の蓮
播磨、近づこうとすると蓮の近くにアゲハチョウが飛んでくる

蓮  「あ! 蝶々!」

蓮、アゲハチョウに気が付いて立ち上がる
アゲハチョウが家の中に入って行く
それを追いかけて行く蓮

播磨 「蓮!」

播磨、言いながら蓮を追いかける

***
・寺島家、廊下

蝶を追いかけながら歩く蓮
蓮を追いかけてくる播磨

播磨 「おい! 蓮!」
蓮  「ハハハッ」

蓮、楽しそうにしている
すると廊下の曲がり角を曲がっていく蓮
姿が見えなくなった蓮を追いかける播磨
角を曲がると蓮の姿は無い

播磨 「蓮? どこだ?」

播磨、そのまま廊下を歩いていく

播磨 「蓮」

名前を呼びながら歩いていると先の部屋の襖が少しだけ開いていて光がもれている

播磨 「蓮、そこにいるのか?」

播磨、その部屋に行って襖に手を掛ける

***
・部屋

襖が開くと播磨(25)が中の様子を見て驚く

蓮  「あっ……播磨……っ……播磨……」

蓮(22)、男に抱かれている

播磨 「蓮……」

呆然と立ち尽くしている播磨
蓮、男の頬に手を伸ばすと愛おしそうに微笑む

蓮  「播磨……んっ……」
播磨 「……」

播磨、男の顔にゆっくりと視線を移す

播磨 「……」

男の顔を見る

蓮  「播磨っ……」

播磨、愛しそうに蓮を抱いているもう一人の播磨を見る

播磨 「……」

播磨、黙ったままその光景を見ている

蓮  「播磨……っ……」

蓮の声が頭の中に響く

***
・寺島家、寝室(早朝)

眠っていた播磨、静かに目を覚ます

播磨 「……」

***
・國生館、部屋(夜中)

喧騒の中、一人静かに座ってぼーっとしている蓮
男娼Aが声をかけてくる

男娼A「おい揚羽」
蓮  「……何」

蓮、目を合わせずにそのまま答える

男娼A「なんだよ、やる気ねぇ奴だな」
蓮  「うん……」
男娼A「薬のキメすぎなんじゃねぇの?」

男娼A、笑う
蓮、ぼそっと呟く

蓮  「幻のあいつは……」
男娼A「え? なに?」
蓮  「……」

上の空の蓮を見て眉間に皺を寄せる男娼A

男娼A「お前もとうとうあっちの世界に行ったのかよ」

部屋の襖が開く

男娼B「おい、客」

男娼B、男娼Aを見る
すると立ち上がる男娼A

男娼A「はいはーい」

男娼A、蓮を見ると肩を叩く

男娼A「顔でも洗って来い」

男娼A、言うと出て行く

蓮  「……」

蓮、ぼーっとしている
するとまた襖が開くと男娼Cが顔を出す

男娼C「揚羽ー、お客さん」
蓮  「……」
男娼C「揚羽?」

蓮、ゆっくりと視線を上げる

蓮  「うん。分かった」

蓮、立ち上がると部屋を出て行く

***
・國生館、廊下(夜中)

蓮、歩きながら袖から巾着を出すと中から薬を出そうとするが空になっている

蓮  「……」

蓮、小さくため息をつくとそのまま歩いていく

***
・國生館、揚羽の部屋(夜中)

襖を開ける蓮

蓮  「お待たせ……」

蓮、いいかけて言葉を無くす
中に座っている播磨

播磨 「……」

播磨、静かに目線を上げて蓮を見る

蓮  「なんで……お前……」

播磨、蓮の声にふっと一瞬口元で笑う

蓮  「っ……」

蓮、踵を返そうとする
播磨、静かに言う

播磨 「お前は客が気に入らなかったら逃げるのか」
蓮  「え……」

蓮、播磨を見る

播磨 「客を選ぶのか」
蓮  「……」

蓮、播磨に向き直ると強がった様に言う

蓮  「何を偉そうに。また説教でもしに来たかと思えばなんだ。今度は俺を抱きに来たっていうのか」
播磨 「あぁ」

蓮、尚も虚勢を張る

蓮  「な、何を馬鹿な……。気でも触れたか」
播磨 「気なんか触れちゃいない。好きな男を抱くことがそんなに可笑しなことか?」

蓮、たじろぐ

蓮  「……」
播磨 「もう綺麗事は言わないことにした。幼馴染のままだなんて疾うの昔に出来なくなっていたことだ。それを昨日お前が教えてくれた」
蓮  「違う! 俺は……」
播磨 「何も違わないさ。昨日のお前を見て、嫌悪を抱くどころかお前を抱くところを思って自分を慰めていたんだ。それはもう昔から何度もあったことだ」
蓮  「っ……」

播磨、蓮の反応に自嘲ぎみにふっと笑う

播磨 「そうだな。気が触れていたのかもしれない。俺は」

蓮、目線を下げる

蓮  「お前が好きだったのは、昔の何も知らないガキだった俺だろ……」
播磨 「……」
蓮  「数え切れないほどの男に抱かれて、汚れた俺じゃない」
播磨 「蓮」

蓮、播磨を見る

蓮  「今更遅いんだよ!!」
播磨 「……」

蓮、声を震わせる

蓮  「あの時の俺の気持ちが少しでも分かるっていうのか!」
播磨 「っ……」
蓮  「何も言わずに置いていかれた俺の……」

蓮、俯いて目に涙を溜めている

蓮  「お前はあの時、自分の気持ちが怖くて逃げたんじゃない」
播磨 「え……?」
蓮  「お前は俺とどうにかなった後のことが怖かっただけだ」
播磨 「……」

播磨、目を見張る
蓮、静かな声になる

蓮  「お前は次男といってもあの家の息子なんだ。そんなのもう仕方ないことだ」
播磨 「……」
蓮  「だから俺たちはどの道を進んでも結ばれなんかしなかった」

播磨、目線を落とす

蓮  「なぁ播磨」

播磨、ゆっくりと蓮を見る
蓮、少し微笑んでいる

蓮  「俺が女だったら、上手く行っていたかもしれないのにな」
播磨 「蓮……」
蓮  「……播磨。俺はお前が好きだよ。昔からずっと。だけどもう駄目なんだ。どうしても、俺はお前にだけは抱かれない」
播磨 「どうして……」
蓮  「まだ間に合う。あの時みたいに何も言わずにいなくなってくれ。俺はここから出て行くことは無い。お前が俺を忘れてくれさえすれば、お前は寺島の主人として上手くやっていける。それでいいんだ」
播磨 「……」
蓮  「せっかく手助けしてやったのに、なんで戻ってくるんだよ」

蓮、笑っている

播磨 「……」
蓮  「それにお前には無理だ」

蓮、播磨の傍に来て棚に置いてあった薬の入った小瓶を取る

蓮  「あの時手を取りさえすれど、抱きしめることも出来ないお前に。男が抱けるわけないだろ」

蓮、相変わらず笑っている

蓮  「さぁ、行けよ」
播磨 「……」

蓮、黙ったままの播磨を見て悲しげにする

蓮  「……播磨」
播磨 「……」

蓮、黙ったままの播磨を見かねて瓶から一粒取り出す
播磨、それを見る

播磨 「……」
蓮  「他の客の相手をしなきゃいけないから。これで最後だ、元気でな」

蓮、言うと播磨の傍を横切って薬を口に入れると去っていこうとする
すると播磨、立ち上がって蓮の腕を掴むと振り向かせそのままキスをする

蓮  「っ!」
播磨 「……っ……」

播磨、蓮の舌の上から薬を絡め取ると飲み込む

蓮  「……」

蓮、播磨の行動に驚き呆然とするが視線を外せない

播磨 「行くな」
蓮  「っ……」

蓮、播磨の首に手を回す

蓮  「返せっ……」

蓮、言いながらキスをする

蓮  「っ……ん……ふぅ……んっ……」
播磨 「ん……っ……は……」
蓮  「ぅ……かえ……せ……んぅ……」
播磨 「っ……ん……」

播磨、キスをしながら蓮の腕を取ると傍に敷いてあった布団に蓮を押し倒す

蓮  「っ……」
播磨 「……」

播磨、蓮を見て驚く
蓮、泣いている

播磨 「どうして泣くんだ……」
蓮  「馬鹿だ……」
播磨 「え……」
蓮  「なんで……どうして戻ってきたりしたんだよ……」
播磨 「……」
蓮  「あのままだったら、昨日俺に愛想尽かしてれば、お前はこんなところに堕ちてこなくて済んだのに」
播磨 「蓮……」

播磨、蓮の涙を拭き取る

蓮  「お前までこんな所にこなくて良かったのに……」
播磨 「蓮」

播磨、優しくキスをする

播磨 「お前がいるならどこへでも堕ちて行く」
蓮  「……」
播磨 「だから、泣いたりするな」

播磨、もう一度キスをする

蓮  「播磨……、播磨。ごめんなさい……」

蓮、播磨の頬に触れる

蓮  「愛してる」

蓮、そのまま首に手を回すと播磨を引き寄せ、どちらからとも無くキスをする

播磨 「……っ……ん……ふ……」
蓮  「ぁ……ん……んぅ……はぁっ……」

播磨、蓮の帯紐を解いていく

播磨M「視界の端が歪んで見えた」

播磨、首筋を伝い胸にキスを落としていく

播磨M「どうしようも無いこの猛りと高揚は目の前で乱れる蓮がそうさせるのか」

蓮  「んっ……や……っ……ぁ……」

播磨M「幾人もの男がこの肌に触れたんだと思うだけでどうにかなりそうだった」

播磨、そのまま下がっていくと蓮の物にキスをする

蓮  「ぅっ……ん……はり、まっ……」

播磨M「だけど頭の中が嫌に澄んで仕方なく、体中で暴れる何か……」

蓮、播磨の頭に触れる

蓮  「はり……ま……」
播磨 「どうした……」

蓮、起き上がると播磨のズボンに手を掛ける

蓮  「播磨の……これ……、俺に頂戴……」

蓮、言いながら妖艶に微笑むとキスをする

播磨M「目の前の蓮だけに神経が行く──」

蓮、咥える

播磨 「っ……!」
蓮  「んっ……ふ……ぅ……んぅ……はぁっ……」
播磨 「っ……く……ぅ……ん……」

蓮、咥えながらも時折話す

蓮  「ねぇ……っ……播磨……俺が……んっ……見えてる……?」
播磨 「んっ……あ、あぁ……っ……見えてるよ……」
蓮  「この時だけでいいから……んぅ……俺だけを……見ててね……」
播磨 「えっ……?」
蓮  「俺を抱いてる時は……俺だけの播磨でいて……っ……」
播磨 「っ……!」

播磨、蓮の頭に触れると口を離れさせる
蓮、それに驚く

蓮  「播磨……?」

播磨、蓮を押し倒すとキスをする

蓮  「んっ……ふ……ぅ……」
播磨 「俺はいつだってお前だけの物だ。お前しか見えない……」

播磨、もう一度キスをする

蓮  「っ……はぁっ……播磨、ね……お願い……」
播磨 「ん……?」
蓮  「もう……っ……我慢できないの……お願い……入れて……」

蓮、潤んだ目で播磨を見上げる

播磨 「蓮……っ」

播磨、蓮に深くキスをすると入れる

蓮  「んっ……! あぁっ……!」

播磨M「さっき飲み込んだ薬が、何の作用のあるものかは分からない。胃の中で解けるそれが体を熱くさせるのか、それとも別の何かなのか」

播磨 「っ……はぁっ……」
蓮  「あっ……や……はりま……っ……」

播磨M「どうにかなってしまいそうなのに、何も考えられない程に神経が研ぎ澄まされる」

蓮  「はり、まっ……や……! ……んっ……あぁっ……」

播磨M「蓮を貫くことだけしか考えられない──」

播磨 「っく……っ……ふ……」
蓮  「あっ……だめ……っ……やだ……んっ……」

播磨M「奥に。もっと奥に……」

蓮  「あぁっ……! ……はぁっ……はりまぁっ……」

播磨M「今なら躊躇わずに壊してしまえそうだった」

播磨 「っ……! ……ん……」
蓮  「はり、まっ……あぁっ!」

蓮、播磨の首に回していた手で肩を引っかく

播磨 「はっ……はぁっ……っ……」

播磨M「何度も夢見た光景が、白い視界の中で蓮だけを浮かび上がらせた」

蓮  「はりま……、はりまっ……イくっ……あっ、やっ……出ちゃうっ……はり、まっ……」
播磨 「蓮……っ……蓮……!」
蓮  「あ、あっ……! はぁっ……イ、くっ……んぁっ……あぁっ……!」

蓮、首を逸らして達する
播磨、その一瞬後に達する

播磨 「くっ……! ……ふ……ぅ……」

二人の荒い息遣いが部屋に響く

播磨M「あぁ。俺の中に巣食うのは、お前だけしかいないよ──」

播磨、息を荒くしながらも深くキスをする
蓮、それを受け入れる
お互い言葉無しに行為を続ける

蓮  「播磨……っ」

***
・國生館、揚羽の部屋(早朝)

空が白み始めている
布団に並び、裸のまま眠っている播磨と蓮
蓮、目を覚ましていて寝たまま見える空を見ていたが、播磨に視線を移す

蓮  「……」

播磨の寝顔を見ているが視線を下げる

播磨 「ん……」

播磨、目を覚ます
ゆっくり目を開ける播磨
蓮、それを見て静かに声をかける

蓮  「大丈夫か……」
播磨 「ん……?」

播磨、蓮の声に一瞬蓮を見るがふっと疲れたように笑う

播磨 「ははっ、大丈夫だよ……」
蓮  「……」

蓮、播磨の声を聞いて布団から出る

播磨 「蓮……?」
蓮  「水、取ってくる」

蓮、傍に脱ぎ捨ててあった長襦袢に袖を通すと部屋を出て行く

播磨 「……」

播磨、横になったまま蓮の後姿を見送る
見えなくなると天井を見てそこへ手を翳す

播磨 「……」

播磨M「どれくらい眠ったんだろう。意識をなくした以前の記憶が凄く曖昧で、覚えているのは乱れる蓮と、その声だけだった。一体何度達したのか、何度抱き合ったのかも分からない……」

播磨、腕を布団の上にバサッと下ろす

播磨M「砕けるような腰の感覚。あの薬の作用なんだろうか……」

蓮  「視界がぶれるか」

水を持ってきた蓮、播磨に声をかける

播磨 「え? あぁ……大丈夫だ」

播磨、言いながら体を起こす
蓮、布団の傍に腰を下ろして水をコップに入れると播磨に渡す

播磨 「ありがとう」

播磨、一気に飲み干すとコップを蓮に渡して片手で額を押さえる
蓮、コップに水を汲みながら話す

蓮  「辛いんだったらまだ寝ててもいいぞ」

蓮、言い終わると水を飲みコップを置く

播磨 「そうするよ……」

播磨、また布団の中にもぐる

蓮  「……」

蓮、布団に入ると播磨に寄り添う

蓮  「なぁ、播磨」
播磨 「ん?」
蓮  「……後悔してる?」

播磨、蓮の言葉に目を開けると蓮を見る
蓮、目を合わせない
播磨、ふっと笑う

播磨 「後悔なんかしないよ。してるとするならお前に少しも優しく出来なかったことかな」

蓮、播磨を見て照れる

蓮  「そんなのは……別に……」

播磨、また目を閉じる

播磨 「いつもあの薬を飲むのか」
蓮  「え?」
播磨 「あれは罰という奴か?」
蓮  「……うん」
播磨 「そうか……」
蓮  「……」

播磨、しばらく黙っているが静かに言う

播磨 「……おじ様とおば様は元気か」

蓮、播磨の問いに静かに息を吐く

蓮  「死んだ」
播磨 「え?」

播磨、目を開ける

播磨 「何があった」

播磨、言いながら寝返りを打って蓮の方を見る

蓮  「そうか……、何も知らないんだな」

蓮、少し笑う
播磨、その表情を見て眉を下げる

播磨 「すまない……」
蓮  「ううん」

蓮、静かに少し笑う

蓮  「死んだっていうのは嘘だよ」

播磨、安心して小さなため息を吐く

蓮  「でも俺にとっては死んだようなもんだ。今どこにいるのかも、何してるのかもしらない。もしかしたらほんとに死んでるかもしれない」
播磨 「……、この町に戻ってきた時、お前の、五十嵐の家の前を通ったんだ」
蓮  「……」

播磨、言いながらまた寝返りを打って上を向く

播磨 「何もなくて、驚いたんだが。見間違いじゃなかったんだな……」
蓮  「そうだよ。あそこにはもうすぐ大きな洋館が建つらしい」
播磨 「そうか……」
蓮  「思えばあの頃から家は傾いてたんだと思う。俺、家のことなんか何にも知らなくてさ。播磨がいなくなって、何もしようと思えなくなって、外出歩いてたら罰に出会った……」
播磨 「……」
蓮  「そしたら播磨が見えたんだ」

蓮、播磨のわき腹に額をつける

蓮  「あれを飲めば皆播磨に見えた。どんな男でも、皆……」

播磨、寝返りを打って蓮を抱きしめる

蓮  「毎日、毎日、飲めば播磨に抱いてもらえたんだ……。少しも……忘れることなんか出来なかった……」

蓮、声が震えているが泣いているかは分からない
播磨、ただ強く抱きしめる

蓮  「父さんと母さんが俺を置いていなくなったって知った時も、俺は幻の播磨に抱かれながらなんとも思わなかったんだ……」
播磨 「蓮……」
蓮  「ごめんなさい……播磨……」
播磨 「蓮」
蓮  「俺……こんな……」
播磨 「蓮。もういい」

播磨、ぎゅっと蓮を抱きしめる

播磨 「悪いのは俺だ。お前は少しも悪くない。全部、俺のせいだ」

蓮、泣いている

蓮  「……っ……ぅ……」
播磨 「五十嵐の家が無くなったことも、おじ様とおば様がいなくなったことも、お前がいままでやってきたことも、全部俺のせいだ」
蓮  「ちが……っ……」
播磨 「それでいい。全部俺のせいにすればいい。蓮」

播磨、腕を解くと蓮の顔を見る
蓮、播磨を見上げる

播磨 「俺は一生かけてお前に償いをするよ」
蓮  「播磨……」
播磨 「お前の傍にいて、お前が許してくれるまで、ずっと」

蓮、播磨の言葉に泣きながらもふっと笑う

蓮  「それなら死んでも許さない……」
播磨 「あぁ、それでいい……」

どちらからとも無くキスをするとまた抱きしめる

播磨M「その約束に、嘘偽りなんかなかった。願わくば、その一生が永遠に続けばいいと、そう──」

蓮、播磨の胸に包まれながら目を閉じる

蓮M 「あぁ、このときも、アザミの香りに包まれて……」

***
・蓮宅前

播磨、蓮、歩いてくると小さな平屋が見えてくる
格子戸の中に小さな庭がある
蓮、格子戸を開くと播磨を見る

蓮  「ここ」
播磨 「いいところじゃないか」

播磨、微笑む
蓮、悔しげにする

蓮  「あぁ、俺にとっちゃあ天国だよ!」

蓮、言い捨てると中に入っていく
播磨、笑いながら付いていく

播磨 「はははっ」

***
・蓮宅

八畳一間に炊事場がついている蓮の部屋
播磨、低い棚に置いてあるしおりを見つけ、手に取る
それを見る蓮

蓮  「それ、お前のだよ」
播磨 「え……?」
蓮  「あの時、忘れてったろ」
播磨 「あぁ……」
蓮  「俺のはこっち」

蓮、傍に来ると本に挟んであったしおりを取る

播磨 「ずっと、持っててくれたのか」
蓮  「うん……。だってこれは播磨が初めて俺にくれたものだったから」

播磨、蓮を抱きしめる
蓮、笑う

蓮  「何、急に」
播磨 「いや、ついな」

播磨、抱きしめながらも笑う

蓮  「お前ってそんな奴だったっけ?」

蓮、播磨の背中に手を回す

播磨 「さぁ、どうだろうな。まだ薬が抜けてないんじゃないか?」
蓮  「嘘つけ、薬のせいにすんなっ」

笑い合う二人

蓮  「播磨」

蓮、言いながら体を離す

播磨 「ん?」

播磨、蓮を見ると同時に蓮が播磨にキスをする

播磨 「っ……!」

蓮、すぐに離れて炊事場の方へ行く

蓮  「家に戻らなくていいのか?」

その後姿を黙って見る播磨

蓮  「叔母様に何も言われ……」

蓮、播磨を見ると播磨が額を押さえて俯いている

蓮  「播磨?」
播磨 「いや、なんでもない……」

播磨、言いながら後ろを向く
その姿を見て楽しそうに笑う蓮、後ろから播磨に抱きつく

蓮  「何がなんでもないってー?」

蓮、言いながら播磨の物に手を伸ばす

播磨 「こら。しばらくすれば収まるから……」
蓮  「ふふっ、播磨ってば若いんだからー」

蓮、ズボンの中に手を入れる

播磨 「っ……おい、蓮ッ」
蓮  「すぐ帰らなきゃだめ?」
播磨 「い、いや……別に今日は……っ」
蓮  「じゃあこれ終わったらね」
播磨 「このっ……」

播磨、蓮の手を抜くとその場に押し倒す

蓮  「あっ……や、播磨っ……」

***
・蓮宅(夕方)

蓮、一人炊事場に立って薬の入った瓶を持っている

蓮  「……」

上半身裸の播磨がそこへ来ると顔を洗い、ボーっとしている蓮を見る

播磨 「どうした? ……それ」
蓮  「え?」

蓮、はっと気がつく

蓮  「あぁ、捨てようと思って……」
播磨 「……」
蓮  「本物の播磨がいるから……もういらないだろ?」

蓮、少し笑って播磨を見る

播磨 「あぁ」
蓮  「大丈夫だよ……」

蓮、ぼそっと呟くと瓶ごとごみ箱に捨てる

蓮  「……」

播磨、蓮を抱きしめる

播磨 「……」

黙ったまま播磨の胸に顔を埋める蓮

***
・寺島家、書斎(夜)

播磨、座って本を読んでいる
そこへ田中が来る

田中 「播磨様」
播磨 「ん、あぁ。お前か」

播磨、言いながら本を閉じる

田中 「読書ですか?」
播磨 「いや、調べ物をしていた」
田中 「調べものですか……」
播磨 「あぁ。そうだ、菊池のおじ様が言っていたのを覚えてるか? 罰という薬物のことなんだが」
田中 「はい。……蓮様ですか?」
播磨 「……あぁ」
田中 「……」

播磨、立ち上がって本棚に本を入れる

播磨 「そう容易くやめることが出来るのかと思ってさ」
田中 「はぁ……」
播磨 「調べてみたがどの文献にも載っていなかった。新しい物なんだろう」
田中 「私も調べてみますよ」
播磨 「ありがとう」

播磨、微笑む
その表情を見て田中、安心したようにする

***
・茶屋

蓮、茶屋の店先で座っている
その周りに幼い子供が五人座って蓮の話を聞いている

蓮  「八枚……九枚……」
子供達「……」
蓮  「一枚たりなーい……」
子供達「きゃああああ!!」

子供達の悲鳴に驚きながらも播磨が来る
それに気が付く蓮

蓮  「あ、播磨」
子供A「播磨?!」
子供B「でたぁ!!」
播磨 「?」

蓮、立ち上がる

蓮  「ほら、おしまいだ。行った行った」

蓮の声に子供達笑いながら散らばっていく

播磨 「何だ、皿屋敷か」

播磨、蓮、歩き出す

蓮  「そ。でも番町の方だよ」
播磨 「青山播磨ね、よく昔からかわれたな」
蓮  「俺は好きだけどね。あの話」
播磨 「へぇ」
蓮  「で? 今日はどこへ?」
播磨 「ちょっとそこまで散歩にでも」
蓮  「ふふっ」

***
・町

蓮、楽しそうに笑い歩く

播磨 「どうだ、調子は」
蓮  「薬?」
播磨 「あぁ……」
蓮  「大丈夫だよ。幻覚も、震えも起きない。絶ってみるとこんなもんなのかなーって。死んだ奴らとかおかしくなった奴らと同じように使ってたけど、なんか大丈夫みたい」
播磨 「そう……か」
蓮  「播磨がいるからかな」

蓮、播磨を見上げて笑う

播磨 「お前……。はぁ……」

播磨、ため息をつく

蓮  「なに。ん?」

蓮、播磨の手の中にある小瓶に気が付く

蓮  「何それ?」
播磨 「いや、いい……」

播磨、気まずそうに隠す

蓮  「えー! 気になる! 何?」

蓮、播磨の手の中から小瓶を奪う

播磨 「あ! おい!」
蓮  「んー?」

蓮、小瓶を見る
小瓶の中には色とりどりの金平糖が入っている

蓮  「コンペイトウ?」
播磨 「……」

播磨、しまったという風に額を押さえて歩いていく
それを追いかける蓮

蓮  「播磨っ! これなに?」
播磨 「……コンペイトウだ」
蓮  「それは分かってるけど……」

蓮、もう一度小瓶を見ると何かを閃く

蓮  「……俺に?」
播磨 「あーもう! そうだよ!」

播磨、拗ねる

蓮  「まーって待って、なんで拗ねるの」

蓮、笑う

播磨 「お前が! ……その」
蓮  「うん?」
播磨 「昔母さんが俺にくれたんだよ。魔法のコンペイトウだって……」
蓮  「?」

播磨、拗ねてボソボソ言う

播磨 「ガキの頃はそれで俺は何度も救われたんだ……、馬鹿みたいな子供騙しだけど……だから……」
蓮  「それを俺に……?」
播磨 「い、いろいろ辛いかもしれないと思って! 気休めだけど……」

播磨、聞こえるか聞こえないかの声で言う

播磨 「俺に出来ることがあればいいと思ったんだ……」
蓮  「……」

蓮、急に立ち止まる

播磨 「? 蓮……」

播磨、立ち止まって蓮を見る
蓮、小瓶を見ているが播磨を見る

蓮  「ありがとう」
播磨 「え?」
蓮  「俺これずっと持ってるよ」

播磨、驚く

播磨 「あ、あぁ……」
蓮  「でも使わないっ」

蓮、楽しそうに笑いながら歩いていく

播磨 「蓮?」

播磨、また歩き出す
蓮、空を見上げながら話す

蓮  「播磨がいれば薬もいらない。このコンペイトウだって必要ないだろ?」

播磨、蓮の言葉にふっと笑う

播磨 「そうだな」

二人、笑い合って歩いていく
そこへ風とともに風鈴の音が聞こえてくる
二人、その方を見ると風鈴屋が出ていることに気が付く

蓮  「うわー、綺麗な音」

蓮、風鈴屋を見に行く
播磨も後に続く
蓮と播磨に気が付く店主(60代)

店主 「いらっしゃい」
播磨 「風流だな……。一つ買って行くか。蓮、どれがいい?」
蓮  「え? ほんとに? わーい! じゃあねー」

蓮、風鈴を見る
目線の高さにある青い風鈴を指差す

蓮  「これがいい」
播磨 「綺麗だな。じゃあ俺もこれで」
店主 「まいど! 包んでやるからちょっと待ってくれな」

店主、二つの風鈴を取ると店先で新聞紙に包み始める
蓮、ふと低い台の上に並べられている簪を見る

蓮  「……」

蓮、黙って一本の簪を手に取る
簪の頭に小さなアザミの花と、花に止まるアゲハチョウが付いている

播磨 「簪か」
蓮  「うん……。アザミの花が付いてる……」

店主、包みながら少し笑いを交えて話し出す

店主 「それ女房に作ってやったんだけどね、死の花だー罰の花だーとかって気味悪がって受け取ってくれなかったんだよ」
播磨 「死の花?」
店主 「あれ、知らないかい。巷で流れている薬の話さ」
播磨 「……」
蓮  「罰の表にアザミの花が描かれているんだ」

蓮、簪を見ながら静かに話し出す

蓮  「だから罰の花……」

播磨、蓮を見て言葉を無くす

店主 「近頃死人もよく出てるからねぇ。世間でもそういう印象になっちまったんだわな。置いてても誰も手にとりゃしないよ」
蓮  「綺麗なのに……」
店主 「あんたもアザミが好きかい」
蓮  「うん」

蓮の言葉に嬉しそうにする店主

店主 「そうかそうか。ならそれはおまけだ。持って行っとくれ」
蓮  「え?」
店主 「どうせいつまで経っても売れないもんだからな」

店主、笑う

蓮  「ありがとう」

蓮、嬉しそうに笑うと播磨を見る
播磨、微笑み返すと蓮の手から簪を取り、蓮の耳にかけてやる

播磨 「似合うよ」
蓮  「ふふっ」

***
・町

並んで歩く二人

蓮  「ねぇ播磨」
播磨 「ん?」
蓮  「あの時どうしてアザミをしおりにしたの?」
播磨 「え……。いや、ただ庭に咲いてるあの花が綺麗だと思ったから」

蓮、少し笑う

蓮  「そっか」
播磨 「なんだ?」
蓮  「ううん。ただ、その、気になっただけの花がさ、播磨がくれたからってそんな理由だけで俺にはなんだか大事な花になったんだ」
播磨 「……」

播磨、蓮を見る
蓮、ただ前を見ながら話す

蓮  「罰の花。単なる偶然が俺を引き込んだ。躊躇もせずに飲めた」
播磨 「蓮……」
蓮  「あの薬を作った人ね、奥さんの為に罰を作ったんだって」
播磨 「え?」
蓮  「薬知ってる奴らの中では有名な話。ある薬剤師には妻がいた。その妻はどうしてだかまったく表情が無い。表情が無くても、ただそこにいるだけで美しい女だった。でも薬剤師は一度でいいからその美しい妻の笑顔が見たかった。そこで作ったのが罰だ」
播磨 「……」

播磨、蓮から視線を外し前を見る

蓮  「その薬を飲むと、妻は静かに少し笑った。それが初めて見た笑顔だった。それから半年間。妻は何度も笑ってくれたんだって。でも突然死んじゃった」
播磨 「え……」
蓮  「中毒起こしたんだって話。それから薬剤師の行方が分からなくなって、残された薬と調合表が世間に出回ったんだ」
播磨 「……どうして罰だなんて名前になったんだ?」
蓮  「通称だって聞いたけど、ほんとの名前は俺も知らない」
播磨 「そうか……」

蓮、播磨を見る

蓮  「ねぇ、播磨。『薊の花も一盛り』って諺、知ってる?」
播磨 「あぁ、醜い女性でも年頃になれば魅力が出るっていう?」

蓮、笑う

蓮  「そうそう」

蓮、空を見る

蓮  「あの薬にアザミが描いてあるのはそこから来たんだって聞いた。元々その諺はアザミの花の特徴から棘があるアザミでも、美しい花が咲くっていう意味で出来たんでしょ? だから奥さんを思ってアザミを描いたんだって」
播磨 「笑えばもっと綺麗になると思ったからか……」
蓮  「そう。……薬を使ってでも、幸せだったのかな……」
播磨 「……」
蓮  「俺は幻の播磨に会う為に薬を飲んでた。その頃は幸せだったよ。幻でも、播磨に会えることだけで嬉しかった」
播磨 「……」

播磨、目線を下げる
蓮、笑う

蓮  「でも今ではそんなのじゃ足りなくなった」

播磨、蓮を見る

蓮  「やっぱり本物の播磨じゃないと満足できないよ」

播磨、蓮の手を取る
蓮、握り返すと播磨を見上げる

蓮  「播磨。俺、お菊でもいいよ」
播磨 「え……?」
蓮  「そうなっても仕方ないと思うから」

蓮、目線を下げる

蓮  「でもね、俺は皿を割って播磨の気持ちを試そうだなんてことしないよ。播磨を信じてるから」
播磨 「蓮……」

蓮、申し訳なさそうに呟くように言う

蓮  「だからお願い。我侭なんか言わないから俺の傍に居て。切ったりなんかしないでね」

播磨、蓮の言葉に手を引くと蓮を抱きしめる

播磨 「そんなこと言うな。俺はずっとお前の傍にいるよ。俺の生きてきた中で、一番はお前しかいないんだ。お前以外なんか考えられない」
蓮  「播磨……」

蓮、播磨の背中に腕を回す

蓮  「嬉しい……」

播磨M「自分の中に巣食う蓮への想いは、今や俺のすべてになっていた。蓮さえいればそれでいい。十分だ。逃げることなんかもうしない。その信じる心が消えたとしても、俺は蓮の傍から離れることは無い。背中にそっと触れる細い指が、いつまでも離れなければいいと思った」

***
・寺島家、書斎(夜)

播磨、机に向かって仕事をしている
窓の方から風鈴の音が聞こえてくる
播磨、風鈴を見る

蓮  『一度でいいからその美しい妻の笑顔が見たかった。そこで作ったのが罰だ』

播磨M「罰を作った薬剤師の気持ちが分からないでも無い。そこには絶大なる苦労があっただろう。ただ愛する人の笑顔が見たいだけの気持ちで、彼はあの薬を作り、そして何もかもを失った」

蓮  『だからお願い。我侭なんか言わないから俺の傍に居て』

播磨 「……」

播磨、空に浮かぶ月を見る

播磨M「蓮を失うなら……」

播磨 「……」

播磨、ため息を吐いて目頭を押さえる

播磨M「自分が死んだ方が幸せだ……」

***
・蓮宅

蓮  「んっ……ぅ……あっ……」

部屋に蓮の嬌声が響く
壁にもたれて座りながら播磨の髪に触れている蓮
播磨、蓮の物を咥えている

蓮  「あぁっ……はり、ま……そこ……だめっ……」
播磨 「ん……? ……ふふ……どこ? ……ここ?」
蓮  「んぁっ……! ……だめ……だって……っ……」
播磨 「蓮……可愛いな……んぅ……」
蓮  「あっ、あっ……んっ……はぁ……や……」
播磨 「……っ……ん……ふ……ぅ……んぅ……」
蓮  「播磨……っ……」

蓮、快感に表情を歪ませながら播磨を見る
播磨、蓮を見上げる

播磨 「ん……?」

蓮、感じながらも少し笑う

蓮  「その……っ……まま……噛み切って……?」

播磨、蓮の言葉に驚く

播磨 「え……?」
蓮  「それが……無かったら、播磨の……お嫁さんになれる……でしょ……?」

蓮、冗談を言うように笑っている

播磨 「うん……」

播磨、目線を外し、行為を続ける

蓮  「そしたらっ……ぁっ……、毎朝……っ……美味しいお味噌汁……作って……」
播磨 「んっ……ふ……っ……」
蓮  「生まれた……ぅ……子供と……んぁっ……仕事が終わるの……待ってるの……っ……」
播磨 「うん……ん……ぅ……」
蓮  「すごく……あ、あっ……幸せ……っ……だろうな……う……んあぁっ……」

***
・寝室(朝)

蓮  「播磨……」

まどろみの中、蓮の声が聞こえてくる

播磨 「ん……」
蓮  「ねぇ、播磨。起きて?」
播磨 「んー……」
蓮  「播磨? 朝ごはんできてるよ?」
播磨 「うー……」

播磨、目を覚ます

蓮  「おはよう」

蓮、微笑んでいる
播磨、蓮の頭に手を回すと、微笑んでキスをする

播磨 「おはよう」

***
・居間(朝)

居間に入ってくる播磨と蓮

蓮  「ほら、薊《あざみ》。お父さんが起きてきたよ」

薊(5)、播磨に駆け寄る

薊  「父様! おはようございます!」

播磨、薊を抱き上げる

播磨 「おはよう」
蓮  「ほら、二人とも座って。ご飯だよ」

***
・居間(朝)

食卓を囲んで笑っている播磨、蓮、薊

播磨M「確かにこんな日々があれば、これ以上ない幸せだろう……」

***
・蓮宅

播磨、蓮、行為を続けている

蓮  「はりまっ……だめ……っ……でる……っ……でちゃう……あぁっ……」
播磨 「ふ……ぅ……んっ、ん……っ」

播磨M「蓮の笑顔に包まれて、笑って過ごす最良の日々」

蓮  「あ、あっ……や……イくっ……はりまっ……イく……っ……」
播磨 「う……ふ……んっ……ん、ん、ん……っ……」
蓮  「あぁっ……んぁっ……はぁ……あ、あ、あっ……んんっ──!」

蓮、達する

播磨 「ん……っ……ん……」

播磨、それを飲み干すと息を荒くしている蓮に深くキスをする

蓮  「ん……ぅ……はり……ま……」
播磨 「っ……ん……はぁ……ぅ……」

播磨M「叶わない、夢の日々……」

抱きしめ合う二人

***
・寺島家、書斎

播磨、机に向かって仕事をしている
その傍で仕事をしている田中
播磨、大きなため息を吐く

播磨 「はぁ……」
田中 「やはり現状維持も難しいかと……」
播磨 「仕方ないか……」

播磨、頭を抱える

操子 「播磨さん」

突然操子が戸口に現れる

播磨 「叔母様、どうされ……」
操子 「どうされたやないでしょう。横浜の工場、どうするつもりですか」
播磨 「……今の現状を維持するとなると一年持たないでしょう」
操子 「そんなことはあの数字を見れば子供でも分かることです」

播磨、少し苛立ちを表に出す

播磨 「はい。なので一度視察に行って改善策を練りますよ」

操子、播磨の言葉に冷たい目をし、嘲笑うかの様に話す

操子 「播磨さん」

播磨、その声にはっとする

操子 「今まで黙ってましたけど、あんた最近男娼遊びで忙しいみたいやねぇ」
播磨 「なっ……」
操子 「違いますか? 五十嵐やったか? あそこの家も、あの息子のせいで落ちてしまったんやないの?」

播磨、操子の言葉に怒りを抑えようとする

播磨 「蓮は関係ありませんよ」
操子 「可哀想に。跡取りが娼館なんかで下品に足開いて、しかも男相手やて。そりゃ家も無くなりますわなぁ。横浜の工場も、あの男娼の影響やないの?」

播磨、怒りを抑えきれずに声を荒げる

播磨 「叔母様ッ!!」

操子、播磨の声にびくともせずにいる

操子 「なんやの」

播磨、その操子の様子に冷静になろうとする

播磨 「この家のことは私の力量不足です。私のことを罵るならまだしも、大切な友人にその様な言い方はやめて頂けますか。筋違いも甚だしい」

操子、ふっと笑う

操子 「筋違いかどうかはやることやってから言いなさい」
播磨 「分かっていますよ……」
操子 「私はなんも間違ったことゆうてないと思いますけどなぁ」

播磨、操子を見ないで拳を握り締める

操子 「分かったんやったらさっさと行動起こしなさい」

操子、言うと去って行く

播磨 「……」

播磨、黙ったまま座っている
田中、それを見かねて声をかけようとする

田中 「播磨さ……」
播磨 「馬車を用意しろ」
田中 「は……」

播磨、立ち上がる

播磨 「横浜に行く。早く用意しろ」

播磨、言いながら部屋を出て行く

田中 「は、はい……」

***
・蓮宅

蓮、玄関の戸を開ける
播磨が立っている

蓮  「播磨。どうし……」

播磨、蓮が言い終える前に蓮を抱きしめる

蓮  「播磨……?」
播磨 「少しの間このままでいさせてくれ」
蓮  「……なんだよ? どうした?」

播磨、蓮の肩口に顔を埋めたまま話す

播磨 「欲張りは身を滅ぼすと分かっていても我慢なんか出来ないもんだな……」
蓮  「ははっ、なんだそれ」
播磨 「……。横浜の工場が少し危ない状況なんだ」
蓮  「工場……?」
播磨 「この後すぐに横浜に行く」
蓮  「え……」
播磨 「多分すぐには戻ってこられないと思う」

蓮、声を落とす

蓮  「……どのくらい?」
播磨 「早くて三ヶ月」
蓮  「三ヶ月も……」

播磨、蓮を離すと目を見る

播磨 「蓮。お願いだ。待っててくれ」
蓮  「播磨……」
播磨 「なんとか早く戻ってこられるようにする。だから俺が帰ってくるのを待ってて欲しい」
蓮  「……」

蓮、俯く

播磨 「……」

蓮、播磨を見上げるとふと笑う

蓮  「待ってるよ」
播磨 「蓮……」
蓮  「俺五年も待ってたんだよ? 三ヶ月なんてあっという間。待ってられるよ」

播磨、蓮を抱きしめると安心したように笑う

播磨 「帰ってきたらお前の為に時間を目一杯空けるよ」
蓮  「それは楽しみだな」

額をくっつけて笑い合う二人

蓮M 「なぁ播磨。相手を求めることが欲張りだなんて誰も言わないよ。だからもっと俺を求めて。お願いだから、俺だけを見ていて。待ってるから、あの時みたいに置いていかないで……」

***
・蓮宅前(朝)

蓮、家先で座ってキセルを吸っている

蓮  「……」

向かいの家の子供が一人、家の前で遊んでいるのを見ている蓮

親  「朝ごはんよー」
子供 「はーい!」

親の声に子供、家に入って行く
蓮、それを見て微笑む

蓮  「あ……」

ふと家先にアザミが咲いているのを見つける
そちらに近づいていく蓮
アザミに触れようとするとアザミがふっと消える

蓮  「っ……」

蓮、驚いて自分の手を見る

蓮  「幻……?」

ぎゅっと手を握ると首を振り、格子戸を開け家に入る
そして庭を見ると庭の隅に一輪アザミが咲くのを見る

蓮  「っ!」

蓮、それに驚いて目を見張ると手が微かに震えてくる
右手が自然と浴衣の袖に伸びていき、中を探るが何も入っていないことに気が付き、
自分のしている行為に驚く

蓮  「……違う……違うんだ……俺は……っ」

両手で頭を抱えて首を振る

***
・蓮宅、庭

蓮、一人縁側に座って外を見ている

高野 「待ちぼうけでも食らってるのか?」

突然声がすると格子戸を開けて高野が顔を出す

蓮  「高野さん……」

***
・蓮宅、縁側

縁側に並んで座っている蓮と高野
高野、キセルを吸いながら話す

高野 「店にいないと思えばこんな所でぼーっとしてたのか」
蓮  「もう店には行かないよ」
高野 「……薬は?」

蓮、ふっと笑う

蓮  「やめた」
高野 「そんなに簡単なもんかい」
蓮  「うん……」

高野、煙を吐く

高野 「寺島の坊ちゃんも大変みたいだな」
蓮  「うん……、無理してなきゃいいけど」
高野 「会ってないのか」
蓮  「もうすぐ三ヶ月。電話なんて無いから連絡も来ないしね」
高野 「一途だねぇ」
蓮  「俺には待つことしか出来ないもん……」
高野 「……そうか」
蓮  「あ、でも手紙が来たよ。一通だけ」
高野 「返事は?」
蓮  「出してない」
高野 「……どうして?」
蓮  「手紙って言ってもね、文字なんか一つも書いてなかった。封筒の中に金木犀の花びらが入ってただけ」
高野 「金木犀? それはまた……」
蓮  「きっと見つけて送ってくれたんだろうね。播磨らしいよ」

蓮、笑う

高野 「あの坊ちゃんは筆不精か?」

高野、笑う

蓮  「違うよ。ただ文字を書いてしまえば俺が寂しくなるのが分かってただけだと思う。優しいんだ。播磨は」
高野 「それは相手にも言えることなんじゃないのか?」
蓮  「どうだろう。そうだといいな……」

家の前を子供たちが楽しそうに駈け抜けて行く
それを見ている二人
蓮、呟くように言う

蓮  「ねぇ高野さん」
高野 「ん?」
蓮  「あのね、俺、花が見えるんだ……」
高野 「花?」
蓮  「うん……、播磨がいなくなって、ぼーっとしてたら庭にアザミの花が咲いてるのを見たの」

高野、蓮を見る

蓮  「その花を摘もうとしたら、何も掴めなくて、そのまま消えちゃった」
高野 「……」
蓮  「それが幻覚だってその時まで気が付かなかった……」
高野 「……飲んだのか?」

蓮、首を振る

蓮  「ううん。飲んでない。飲まない。もうやめたんだ。でも……でもね……」
高野 「……」
蓮  「庭にどんどん花が増えていって、それが怖いんだ……。信じてるのに……」

高野、ふと蓮を見ると蓮の手が微かに震えている
それを見て蓮の顔を見る

高野 「君にとっての薬は寺島か……」
蓮  「え……?」
高野 「なぁ揚羽、いつか起こるかもしれない暗い世界の為に教えてやろう」
蓮  「暗い世界……?」

蓮、小首をかしげる
高野、キセルを咥えながら遠くを見て話し出す

高野 「罰の本当の名前は『華』という名だった。それがどうして『罰』だなんて名前になったのか」
蓮  「華……」
高野 「どちらもあの薬剤師が言った名だ。最愛の妻を亡くした後、無表情の妻の幻覚が後をついて回るようになった。謝り続ける彼にその幻覚はただ無表情のままに彼を見つめるだけだった。そんな日々に耐えかねた彼は彼女の為に作ったあの薬を飲むようになる。すると微笑む彼女に出会えた」
蓮  「……」

蓮、目線を下げる

高野 「微笑む彼女はただ笑って彼に寄り添い続けたが、だんだんと、その微笑が怖くなってくるんだ」
蓮  「え……?」
高野 「微笑が、自分を責めないことに気が付いた」

高野、煙を吐く

高野 「初めから彼女の幻覚に責めて貰えれば、自ら命を絶てたかもしれない。しかし彼女は黙ったままで何も言わなかった。何も言わずに、ただ彼の傍にいた。だんだんとそれが辛くなってきたことに、彼は新たな薬を作り出したんだ」
蓮  「新しい薬……?」
高野 「そう。彼女に笑ってもらうためじゃなく、彼女に責めてもらうために作った薬。華を元にしてその薬はすぐに完成した」

高野、ふぅっと煙を吸い、ゆっくりと空に吐き出す

高野 「その薬を初めて飲んだとき、見えた彼女の幻覚は、ただ悲しげに泣いていた」
蓮  「……」
高野 「そして彼を見てこう言った。『幸せだった。だけど私はもういない。あなたに罰を与えられるなら、どうかこの手を取ってください』そう言って彼女は消えたらしい」
蓮  「罰を与えられるなら……」
高野 「それがどういう意味だったのか。解釈は人それぞれさ。手を取るということが死を意味するのか、幻覚のままでも傍に居させて欲しいということなのか」
蓮  「彼はどう思ったの?」
高野 「さぁね。その後は皆が知ってる通りに行方不明。生きているのか、死んでいるのか。分からない」
蓮  「そうか……」
高野 「ただその後に、ひっそり出回ったのがこの薬さ」

高野、袖から小さな巾着を取り出すと蓮に見せる

蓮  「それ……」
高野 「これが本当の『罰』。彼が作った、最後の薬だ」
蓮  「本当の罰……」
高野 「彼女を死なせてしまったことに対しての罰。それがいつしか華へと向けられ名が変わった。しかしこっちが本当の罰だったんだ」
蓮  「……」
高野 「揚羽……、いや、蓮」

高野、蓮の頬にそっと触れる

高野 「君はきっとこの先何度も我慢を強いられる道を歩もうとしている。それが辛いかどうかは自分次第だ」
蓮  「……高野さん……」
高野 「私は君が好きだったからね、君には幸せになって欲しい。これは私からの餞別だよ」

高野、巾着を蓮の袖に滑り込ませると立ち上がる

蓮  「高野さん」
高野 「どうか元気で」

高野、言い残すと去っていく
その後姿を見ながら呟く蓮

蓮  「あなたも……」

高野が見えなくなると袖の中から巾着を取り出すとそれを見る

蓮  「……」

高野 『君はきっとこの先何度も我慢を強いられる道を歩もうとしている。それが辛いかどうかは自分次第だ』

蓮  「……」

蓮、巾着を握り締めると庭を見る
アザミが沢山咲いているのを見る

蓮  「っ……」

眉をしかめる蓮

蓮M 「その翌日、播磨が帰って来た」

***
・蓮宅

蓮、部屋に入ると戸を開ける
庭から風が入り、風鈴の音が響く

蓮  「……」

それを見ると部屋の中を歩き、低い棚に置いてあった金平糖の入ったビンを取り、開けると一粒掴んで口に入れる

蓮  「……甘い……」

呟く蓮

***
・蓮宅前

播磨、一人歩いてくると蓮の家の格子戸を開けて中に入る
ふと庭を見ると真っ白なシーツの間から蓮の頭が見えている
播磨、それを見て微笑む
アザミの花は咲いていない

***
・蓮宅、庭

播磨、蓮を後ろから抱きしめる

蓮  「うわっ!」

驚く蓮

播磨 「やっぱりお前は暖かいな」
蓮  「播磨……?」

蓮、驚いて播磨の腕を解くと振り返る
播磨、笑う

播磨 「ただいま」
蓮  「……」

蓮、播磨の顔を見ると播磨を抱きしめる

蓮  「おかえり。待ってたよ俺、ずっと」

播磨、微笑んで蓮の頭を撫でる

播磨 「ごめんな」
蓮  「ううん。ちゃんと約束守ってくれた。三ヶ月で戻ってきてくれた」
播磨 「……」

播磨、蓮の言葉に眉を下げる

播磨 「蓮。すまない、また戻らなくちゃいけないんだ」
蓮  「え……?」

蓮、播磨を見上げる

播磨 「思ったより状況が芳しくなくてな、向こうに着いた時にはもう駄目かと思ってたんだが何とかなりそうなんだ。だから俺はまだ戻るわけにいかない。あと少しで……」

播磨、蓮の表情を見て言葉を止める

蓮  「……」

蓮、俯く

播磨 「蓮……」

播磨、言いながら蓮を強く抱きしめる

播磨 「もう少し、もう少しだけ俺の為に我慢してくれないか。必ず成功させて帰ってくるから」
蓮  「播磨……」

蓮、播磨のシャツをぎゅっと掴む

播磨 「向こうにいる間、休む暇なんかなくてな。手紙さえも書けなくて」
蓮  「……」
播磨 「あんな封筒を送ることしかできなかった」

播磨、ふっと笑う

播磨 「でも眠るとき、目を瞑るとお前の顔ばかりが頭に浮かぶんだ」
蓮  「え……?」
播磨 「お前の声が聞きたくて仕方なかったよ。仕事のこと以外を考える時は、いつもお前のことだけを考えていた。こうやって、抱きしめたくて死にそうだった……」

蓮、播磨に抱かれながら目を閉じる

蓮  「俺も。……俺もずっと播磨のことだけ考えてたよ」
播磨 「蓮……」
蓮  「播磨に抱かれて、その声で俺の名前を呼んでほしかった」

蓮、播磨を見上げる

蓮  「でもね。俺薬には頼らなかったよ。もう幻の播磨なんかじゃ嫌なんだ。こうして、本物の播磨に触れられて無いともう無理なんだ。播磨がいなくてどんなにアザミの花が俺を包んでも、手が震えても……」
播磨 「え……?」
蓮  「俺はずっと播磨のこと待ってるから。お願いだから……俺のところに帰って来て。ずっと……播磨のことを思って、待ってるから……」
播磨 「お前……」

蓮、播磨の頬に手を伸ばす

蓮  「播磨……、愛してる……」

播磨、蓮の表情を見て衝動的にキスをする

播磨M「何を言ってやればいいのか、俺の頭は簡単に導き出してくれなかった。蓮の声はどうしようもなく震えていたのに、目は力強く俺を突き放すようにも見えた。待っているという言葉が、耳について離れない。この口づけでお前が安心できればいい。この口づけが、薬になればどんなにいいだろう。次に帰ってくるその日まで、不安にならないための薬になれば……」

***
・蓮宅前(夕方)

播磨 「じゃあな」
蓮  「あぁ、気をつけて」

手を振る二人
播磨、歩いていく
播磨の後姿を見ている蓮

播磨M「少しの選択を変えて何かが変わるのならば、このとき一度でも振り返っていればよかった」

蓮、遠のいていく播磨の姿に指先が震える
その手を見てぎゅっと拳を握り締める

蓮M 「言葉では表せられない震えるこの不安な心と、信じる気持ちを伝えれば」

播磨、歩いていく

播磨M「俺達の最良はどこだったのか──」

***
・寺島家、玄関(夜)

播磨、家に帰ってくると玄関にかおるがいる

かおる「お帰りなさいませ」
播磨 「ただいま。……どうした?」
かおる「はい。広間で操子様がお待ちでございます」
播磨 「叔母様が?」

***
・寺島家、広間(夜)

テーブルを挟んで向かい合って座る播磨と操子
伺うようにたずねる播磨

播磨 「あの、叔母様……」

操子、ふっとにっこり笑う

操子 「横浜の工場、いい様に進んでるみたいですね」
播磨 「えぇ……」

播磨、操子のいつもと違う雰囲気に戸惑う

操子 「その話をどっから聞きつけたんか。まだどうにかなったゆうわけでもないのに、あんたに色んなとこから縁談も来てるんよ」
播磨 「え……? しかし……」

操子、少し声色が変わる

操子 「あんたもそろそろ嫁をもろてもらわんとなぁ」
播磨 「あの、叔母様……」

操子、黙って写真を差し出す
女性が写っている

播磨 「これは……」
操子 「菊池の娘です」
播磨 「え……?」
操子 「ここから話がくるとはさすがやわ。なんも申し分ありません。菊池と寺島が手取りおうたらそれだけで将来安泰やからねぇ。なんも文句は無い思うけど?」
播磨 「……」

播磨、しばらく黙っているが意を決して操子を見る

播磨 「今回のことで私のことは十分に認めてもらえると思っています」
操子 「……」

操子、播磨を黙って見る

播磨 「今まで叔母様にはこの家のお世話をおかけしました。いくら父の兄弟とはいえ、ここまで苦労をかけたこと父に代わってお詫び申し上げます。元はといえば私たち兄弟はあなたに頼りすぎていたのかもしれません。しかし私ももう一人でこの家を動かせるまでに成長しました。ですので今後はこの家のすべてを私に任せていただきたい」

播磨、真剣な眼差しで操子を見ている
操子、ふっと笑う

操子 「はっ、大きな口叩けるようになりましたなぁ播磨さん」
播磨 「それだけのことはしたつもりです」
操子 「まぁあんたの言いたいことは分かります。家のため、亡き父のため、どこぞに逃げおうせた兄のため……」

操子、緩急をつけて話す

操子 「でもなぁ播磨さん」

播磨、操子をしっかり見ている

操子 「あんたの考えてることは見え見えやわ」
播磨 「え?」
操子 「表向きはえぇかっこしてるわなぁ。自分はどう足掻いても次男やから、おらんようなった兄さん見つけだして落ち着いた家継がせてあげようなんか、ほんまにそんなこと思ってるんやったらよう出来た男や思いますよ」
播磨 「な……」

播磨、操子の言葉に驚く

操子 「なんでそれを知ってるんやゆう顔してはりますな? まぁでもそんなことはどうでもいいんや。あんたの考えてることなんかすぐ分かることやからな。人つこて兄さん探させてるんも知ってますよ。でもな、あんたはほんまに善意の気持ちでやったろうなんか思てないやろ?」

操子、ふっと笑う

操子 「ほんまに逃げたかったんはあんたや。どこぞに逃げとる兄さん見つけ出して、この家継がしてあんたはあんたで逃げたかったんや。あの男娼と二人でなぁ」

播磨、目を見張る

播磨 「何をっ……!」
操子 「なんか間違ったことゆうてますか私は。大方当たってることや思いますけど?」

相変わらず笑う操子

操子 「そやけどなぁ播磨さん。あんたの為にゆうといたるわ」

操子、急に声を落とすと静かに播磨を見据える

操子 「どう足掻いても男とは一緒になられへんのよ。それが世の中の理や」
播磨 「……」

播磨、静かに目線を落とす

操子 「遊びは嫁もろてもできることやからねぇ。この世の中生きて行きたいんやったら口答えせずに菊池の娘を嫁に貰いなさい」
播磨 「……」
操子 「あとなぁ、あんたここに帰って来て私が最初にゆうたこと忘れたんか?」

播磨、視線を落としたままで何も答えない

操子 「統一郎さんはもう死んだんや。余計なこと考えてんと目の前のことだけを見てあんたは私がゆうとおりに生きとったらえぇんや」
播磨 「……」
操子 「分かったな?」

播磨、一点を見つめたまま動こうとしない

播磨M「兄さん。あの時あなたには何か守るものがあったのですか」

***
・寺島家、縁側(夜)

播磨、静かに縁側を歩いてくる

播磨M「だからあなたは逃げたんですか」

庭で風にゆられるアザミの花を見る

***
・寺島家前(朝)

家の前に馬車が止まっている
馬車に乗り込もうとしたところで道の向こうを見る

播磨 「……」

五年前と同じ光景に黙る播磨

蓮  『ずっと……播磨のことを思って、待ってるから……』

播磨、拳を握りしめると馬車に乗り込む

播磨M「だけど俺は逃げない。どうにかして戻ってくるんだ。何を言われようが、何を思われようが、蓮と二人で暮らしていけたら。それでいい……」

馬車が進んで行く

***
・蓮宅、縁側

蓮、縁側に座ってキセルを咥えている
柱にもたれかかってぼーっと庭を見ている

蓮  「……」

庭にぽつぽつと幻のアザミの花が増える
それを黙って見ている蓮

播磨 『もう少し、もう少しだけ俺の為に我慢してくれないか。必ず成功させて帰ってくるから』

蓮、独り言を小さな声で呟く

蓮  「もう少しってどのくらい……? 一日がこんなに長いなんて……知らなかったなぁ……。播磨……早く……戻ってきてよ……」

蓮、空を見上げる

蓮  「……」

目線を落とすとまた庭に咲くアザミを見る
ふと立ち上がるとそれに近づいていき、しゃがみ込む

蓮  「……」

黙ったまま花にそっと手を伸ばし花を摘もうとする
すると掴んだ花以外の花がふっと消える

蓮  「あ……」

本物の花を掴んでいる蓮
それを摘むと立ち上がり、その花を見て微笑む

蓮  「大丈夫だよ……俺……まだ……」

風が吹いて軒下に吊るしてある風鈴が鳴る

***
・寺島家、書斎

操子、書斎の本棚を見ている
ふと本を手に取るとその本の上からしおりの紐が出ているのに気が付く

操子 「……」

しおりが挟んであるページを開く
そのページには蓮の花のことが書かれている
挟まっているしおりを見る操子
風鈴の音がしてその方を見る

操子 「……」

***
・蓮宅、庭(夕方)

蓮、縁側に座って庭を見ている    
風が吹いて風鈴の音が鳴り響く

蓮  「……」

蓮、風鈴を見上げる

操子 「こんにちは」

操子、格子戸の前に立って微笑んでいる
蓮、操子に気が付き驚く

蓮  「おば様……」

***
・蓮宅(夕方)

ちゃぶ台の前に座っている操子、部屋を冷たい目で見回す
軒下に吊るしてある風鈴に気が付く

操子 「……」

蓮、お茶を入れてくる

蓮  「どうぞ」
操子 「お気遣いなく」

操子、笑っている
蓮、操子の前に座るが目を合わせようとしない

操子 「蓮さんも大変やったみたいやね」
蓮  「え? あ、いえ……。もう落ち着きましたので」
操子 「昔からの付き合いやし、何かお手伝いできたら思ってたんやけどねぇ。ご両親、断りはったから」
蓮  「……」

蓮、愛想笑いをする

操子 「まぁ今日は世間話しに来たんやないんよ」
蓮  「……はい」
操子 「分かってると思うけど、播磨さんのことでねぇ」
蓮  「……」

蓮、操子を見る

操子 「はっきり言わせてもらいますけど、今後一切播磨さんと関わらんといてもらえますか」
蓮  「え……?」
操子 「昔はそりゃ五十嵐の家もうちと同じように名のあがる家やったけどねぇ、今ではもうのうなったことやし、あんたもやってることがやってることなんは分かるわなぁ?」
蓮  「……」
操子 「私も播磨さんの交友関係に口を出すつもりはありませんよ? でもあんたらはそういう関係やないやろ」

蓮、目を見張る
操子、蓮の動揺を見てふっと笑う

操子 「播磨さんから聞いたかどうか知らんけど、あの人ももう嫁をもらう身やしねぇ」
蓮  「え?」
操子 「あれ、まだ聞いてませんでした? あの人も意地の悪い人やねぇ」

操子、笑う

操子 「結婚しはるんよ。あの人」
蓮  「……」

蓮、俯く

操子 「あんたもまだまだ稼げる身なんと違います? 播磨さんのことは忘れて、またあの娼館で働けばよろしい」
蓮  「……」

蓮、手が震えてくる

操子 「そういうことやから、もう播磨さんとは関わらんといてくださいね」
蓮  「……」

蓮、操子の声が遠く聞こえる

操子 「それじゃあ私はこれで」

操子、立ち上がると玄関の方へ行く
呆然としている蓮

操子 「……」

操子、座ったままの蓮を見て哀れそうに見ると家を出て行く

蓮  「……」

部屋にはただ風鈴の音が鳴り響く

***
・蓮宅(夕方)

蓮、座ったままで震える手を無意識に押さえようと必死になっている

蓮  「……」

蓮M 「播磨が……播磨がだれかのものになる……。俺のじゃなくて、知らない誰か」

蓮、ふと気が付いて手を見ると震えていることに驚く

蓮M 「どうしてこんなに震えるんだ。どうしてこんなに不安なんだ。俺は播磨の傍にいられるだけでいいと言ったのに。例え誰かのものになっても播磨が俺を愛してくれるのならずっとあいつを信じていようって……信じられるって……思ってたのに」

蓮、悲しさに表情が歪む

蓮  「う……ぁ……」

操子 『あれ、まだ聞いてませんでした? あの人も意地の悪い人やねぇ』

蓮M 「播磨は……播磨は……そんなこと言うはず無い……」

播磨 『いつもお前のことだけを考えていた』

蓮M 「ちゃんと俺だけを見ててくれた……俺のこと愛してるって言ってくれたんだ……」

蓮、涙を流す

蓮M 「結婚するんだって……そんなこと……言うはずない……」

蓮、泣きながら震える手で髪を掴む

蓮  「嫌だ……やだ……播磨……播磨っ……」

蓮、頭を抱えて首を振る

蓮M 「今すぐ帰って来て、ここにきて俺を抱きしめて……そうじゃないと……俺……」

蓮、泣いている
そこから見える庭にはアザミの花が咲いているのが見える
それがだんだんと増えていく

蓮M 「播磨はそんなこと言わない……。俺をおいてなんかいかない。どこにもいかない。だってあいつはいつもそばにいてくれた。いつだって俺のとなりで俺だけを見てくれた」

風鈴が静かに揺れている

蓮M 「あの手で俺にふれて、おれを抱いてくれたんだ。そうだ。だからはりまはどこへも行かない。ずっとそばにいる。だって播磨は」

蓮、ふと顔を上げると立ち上がる

蓮M 「まぼろしのはりまはいつもそばにいてくれた」

蓮、低い棚の方へ歩いていく
庭には一面に咲くアザミの花が見える

蓮  「……」

棚には播磨に貰った金平糖が入った瓶と高野に貰った巾着がある
震える手で迷いもせず巾着を手に取る
中から一粒取り出すとゆっくりと口に入れて飲み込む

蓮  「……」

蓮M 「はりま……どうしてそばにいないの……」

蓮、その場に座り込むと涙を流す

***
・馬車(夜)

馬車の中から外の風景を見ている播磨
その前に座っている田中

田中 「播磨様、お寒くありませんか?」
播磨 「え? あぁ、平気だ」
田中 「つい先日まで秋だったというのに、季節の変わりは早いですね」
播磨 「そうだな。ここに来たときは暑くて仕方なかったのに……」

播磨、外を見ながらため息を吐く

田中 「お疲れの様子ですね。休暇をと言いたいところですが正月が済むまではそうはいかないでしょう?」

田中、笑う

播磨 「ははっ、いや。それは分かってるさ。ただこんな季節になるまで戻れないとは思ってなかったんだ。蓮に悪いことをしてしまったなと思ってさ……」
田中 「……」
播磨 「この仕事が一段落ついたら蓮の為に目一杯休暇を取るって約束したんだ。その時にあいつの好きなアザミの花が沢山咲いたところへ連れて行ってやろうと思っていた。だけどその季節も逃してしまったよ」

播磨、静かに笑う

播磨 「こうなったら来年の夏は驚くほど長い夏休みを取ってやらなきゃな」

田中、微笑む

田中 「そうですね。私もその為に頑張りますよ」
播磨 「悪いな。期待してる」

笑い合う二人

***
・寺島家、広間(夜中)

播磨、操子、向かい合って座っている

操子 「遅かったんやねぇ」

操子、資料を見ながら話をする

播磨 「えぇ、昼頃に出る予定だったのですが予定が狂ってしまって」
操子 「そんなら明日でも良かったのに」
播磨 「いえ、一日でも早くこの結果をあなたにお教えしたかったので」

操子、播磨を見るがまたすぐに資料に目を向ける

操子 「素直に褒めましょう」

操子、言いながら資料を机に置く

操子 「あんたは昔から出来た子やったけどね、正直ここまで出来るとは思てませんでした」
播磨 「叔母様……」
操子 「前に帰って来た時は何を大きな口叩いとるんや思てたけど、ここまでされたらまぁ認めざるを得んわ」

操子、少し笑う

播磨 「ありがとうございます」
操子 「この正月は忙しくなりそうですね」
播磨 「えぇ、そうですね」
操子 「あんたもようやく寺島の主人として偉い方に認めてもらえるやろ」
播磨 「はい」
操子 「私もやっと京都へ帰れると思てます」

播磨、操子の言葉に驚く

播磨 「え?」

操子、播磨の声にふっと笑う

操子 「あんたはそうして欲しかったんと違うんですか?」
播磨 「あ、いえ……」

播磨、言葉を濁す

操子 「私はこの家がずっと続いていけばそれでいいんよ」
播磨 「叔母様……」
操子 「兄さんが亡くなって幼いあんたら育ててなぁ。どうなるか思てたけど、これで安心して帰れるわ」
播磨 「……」
操子 「あとはあんたの婚儀だけや」

操子、言いながら立ち上がる

播磨 「え……?」
操子 「あんたが無事に菊池の娘を嫁にもろたら私は帰りましょう」

播磨、目を見張る
操子、播磨の様子を見て嘲笑う

操子 「なんか都合悪いことでもありますか?」
播磨 「……」

播磨、言葉が出ずにいる

操子 「大丈夫ですよ。なんも心配あらへん。菊池の娘ゆうたらこの町でも一二を争う容姿やし、家はいいわ器量もいい。なんも申し分あらへん」
播磨 「……」
操子 「あと……そうやなぁ。あんたの気にしてる五十嵐の倅やけど」

播磨、ぱっと操子を見上げる

操子 「あの子のことやったら気にせんでよろしい」
播磨 「何を……」
操子 「あんたの変わりにゆうといたったわ。もう関わるなゆうて」
播磨 「え……」

播磨、耳を疑う

操子 「あんなちぃこい家住んで。人もあぁまで落ちるもんですかねぇ。まぁその分うちは……」

播磨、操子の言葉を遮るように立ち上がると肩を掴む
怒りを抑えようとしているが声が震えている

播磨 「何を……何を言ったんですか……あいつに……」

操子、掴まれた肩を見ると冷たい目で播磨を見る
肩を掴む播磨の手が震えている

操子 「なんですか。あんたの為にゆうてあげたんや」

播磨、声を荒げる

播磨 「何を言ったんだッ!!」
操子 「うちの播磨は嫁もらうから、もう関わらんといてくれゆうてな」
播磨 「ッ!」
操子 「あんたの為にゆうてあげたことや。いつまでもあんな男娼に囚われてる暇はないやろ。あんたは嫁もろて、子供こさえてこの家守っていくゆう義務がある。私のゆうたこと忘れたんか? 今回のことで遊んでる暇なんか無いんやゆうことも分かったと思てたけどなぁ。そうやなかったんか?」
播磨 「あなたにそんなことまでとやかく言われる筋合いは無いでしょう……」
操子 「はっ、あんたほんまに頭いかれてしもたんやないか? まさかほんまにあの男と一緒になろうや思てないやろね? そんな阿呆なこと言わんといてくださいよ。馬鹿馬鹿しい。そろそろ目を覚ましなさ……」

播磨、操子の胸倉を掴む

操子 「っ……!」

播磨、何とか声を荒げまいと話す

播磨 「もういい加減にしてください……。お願いだから、それ以上何も言わないでください」
操子 「……図星つかれたら暴力か……」
播磨 「俺は……俺は、確かに頭がいかれているのかもしれない。だけどもうどうしようも無いんですよ。こればっかりは直し様も無い。認めますよ。俺はあいつを愛してるから」
操子 「……」

操子、眉をしかめる

播磨 「世の中の理にかなってないことなんか百も承知だ。それでもどうしようも無いんだ……っ。だけどどうしてそれを蓮に……!」
操子 「……あの人ももうどうでもいいんちゃいます?」
播磨 「え……?」

操子、静かに笑いながら話す

操子 「あんたが結婚するゆうても、あの人なんにもゆわんかったわ。所詮は男娼やからなぁ。あんたが誰かのもんになるて分かったら手引くつもりやったんとちゃうの?」
播磨 「……」

播磨、胸倉を掴む手の力が段々抜けていく

操子 「男同士の色恋なんかそんなもんや……」
播磨 「っ!」

播磨、操子を突き飛ばす
操子、その場に倒れる
播磨、出て行く

***
・町(夜中)

人がいない暗い夜道を走る播磨

播磨 「はぁっ……はっ……はぁ、はぁっ……」

播磨M「蓮。お願いだから俺だけを信じていてくれ」

蓮  『ずっと……播磨のことを思って、待ってるから……』

播磨 「っく……はぁ、はぁっ、はっ……はぁ……はぁっ……」

播磨M「俺以外の言葉を信じないでくれ……」

***
・蓮宅前(夜中)

播磨、蓮の家の戸を叩く

播磨 「蓮。蓮っ。俺だ。播磨だ。開けてくれ」

家の中からは何の返事もなく、物音一つ聞こえてこない

播磨M「寝ているか……」

播磨、もう一度戸を叩く

播磨 「蓮っ。起きろ。蓮」

何の返事も無い
ふと風鈴の音が聞こえる
庭の方を見る播磨

播磨 「……」

播磨、戸を引いてみると少し開く

播磨 「……蓮。入るぞ」

播磨、戸を静かに引いて入って行く

***
・蓮宅(夜中)

中に入る播磨
中は暗いが庭からの月明かりでぼんやりと見える
蓮の姿は確認できない

播磨 「蓮? いないのか?」

播磨、部屋の中を見回すが布団が敷いてある形跡も無く誰もいない

播磨 「おい、蓮」

辺りを見回すが蓮の姿は無い
しかし突然後ろから物音がする

播磨 「蓮?」
蓮  「ふふっ……」

播磨、振り返ると押入れの前に座って空を見ている蓮を見つける

播磨 「蓮。そこにいたのか」

播磨、そちらに向かおうとする

蓮  「ふふ……ふ……ハハッ……」

蓮、播磨に気がつかずにどこか空中を見て笑っている

播磨 「蓮……?」

播磨、蓮の異常な様子に眉をしかめる

播磨 「蓮……どうした……」

播磨、言いながら蓮に近づいていく

蓮  「ははははっ……」

播磨が近づくに連れて蓮の表情がはっきりと見えてくるようになる
蓮、播磨に気がつかずに笑っている

播磨 「蓮……」

播磨、蓮の肩を掴む
それと同時にハッと播磨に気がつき播磨を見る蓮

蓮  「うわぁッ!!」

蓮、播磨の手を払う

播磨 「蓮……!」
蓮  「あ……ぁぁ……」

蓮、播磨を見てずるずるとその場から逃れようとする
播磨、その状況を見て動けない

蓮  「くる……な……嫌だ……こないで……」
播磨 「蓮。おい、どうした」

播磨、蓮に近づこうとする
蓮、突然大声を出す

蓮  「来るなッ!!」

播磨、その声に驚く

播磨 「蓮……」
蓮  「嫌だ……来るな……」

蓮、言いながら尚も逃げると棚の横に落ちていた簪に手が当たる

蓮  「聞きたくない……もう聞きたくない……お願いだから言わないで……嫌だ……嫌だ……」

蓮、泣きながらその簪を握る

蓮  「好きなのに……ずっと好きだったのに……なんでそんなこと言うんだよ……俺は……俺は……播磨の傍にいたいだけなのに……どうしてそんな……嫌だ……怖い……聞きたくない……」
播磨 「蓮……お前……」

播磨、蓮の足元に落ちている巾着を見つける
その中から錠剤が何粒か零れ出ている

播磨 「薬……捨てたんじゃなかったのか……」
蓮  「結婚するとか言うから……俺はいらないって言うから……怖い……聞きたくない……やだよ……嫌いだなんて言わないで……そんな言葉聞きたくない……! 聞きたくないッ!!」

蓮、頭を抱えて首を振る

播磨 「蓮……」
蓮  「聞きたくない聞きたくない聞きたくない来るなこっちに来るな聞きたくない聞きたくない」
播磨 「蓮……」

播磨、涙を目に溜める

蓮  「聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない来るな来るな来るな!! 聞きたくない聞きたくない聞きたくない」
播磨 「蓮……大丈夫だ……俺は何も言わないよ。お前をいらないだなんて死んでも言わない」
蓮  「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。怖い怖いよぉ……」
播磨 「蓮。俺を見ろ」

播磨、一歩前へ出る
蓮、その足音にびくりとする

蓮  「嫌だッ!! 来るなッ!!」

播磨、そのまま歩みを進める

播磨 「幻の俺の言葉なんかに耳を傾けるな。俺はここにいる。俺はお前が望まない言葉なんか絶対に言わない」
蓮  「来るなぁッ!! 来るなぁぁッ!!」
播磨 「蓮。俺を信じろ」
蓮  「来るなって言ってるだろッ!! 来ないでくれッ!!」
播磨 「蓮。信じてくれ……」

播磨、身をかがめ蓮を抱きしめる
その瞬間蓮が叫びながら右手を播磨の肩口に振り下ろす

蓮  「うわぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁッ!!」

辺りが無音になる
蓮の手には簪が握られており、それが播磨の首に刺さっている
播磨、涙を流す
蓮、播磨を突き飛ばすと播磨に馬乗りになり錯乱状態で叫びながら簪で何度も播磨を刺す

蓮  「嫌だッ! 嫌だッ!! 俺は待ってたのに! ずっと一人で! 聞きたくない聞きたくないッ!!」

蓮の声だけが部屋に響き渡る

蓮  「あああぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁッ!!」

播磨、手を伸ばして蓮の頬に触れる
すると蓮の動きが止まる

播磨 「蓮……ほら。大丈夫だろ……?」

播磨、微笑む
蓮、その表情を見て目を見張り、簪を畳に落とす

蓮  「はり……ま……」
播磨 「幻なんかに惑わされるな。俺はお前だけが……」

蓮、播磨の上から降りる
すると畳に血が広がっていく

蓮  「播磨……播磨っ! 播磨!!」

播磨、息が荒くなってくるが表情を歪ませながらも微笑む

播磨 「蓮……。このまま……二人で、逃げよう……」
蓮  「え……?」
播磨 「どこか……田舎で……二人で……暮らすんだ……」
蓮  「播磨……」
播磨 「ずっと……一緒に……二人で……ぐっ……!」

播磨、表情を歪ませ血を吐く

蓮  「播磨ぁッ!」

播磨、ふぅっと深く息を吸い込むと血まみれの手を伸ばし蓮の頬に手を伸ばす
蓮、それを受け取り、播磨の手に触れる

蓮  「播磨……播磨? 死なないで……っ!」

播磨、微笑む

播磨 「蓮……。約束しようか……」
蓮  「何……何を……」
播磨 「いいか? これは……俺が刺した……」
蓮  「え……?」
播磨 「お前への……っ……想いが……高ぶって……自分で……刺したんだ……」
蓮  「播磨……が……?」
播磨 「そう……誰かが来て……お前がやったのかと聞かれたら……違うって答えるんだぞ……な?」

播磨、相変わらず微笑んでいる

播磨 「俺が……お前を……愛しすぎて……やったんだって……ちゃんと……説明するんだ……」
蓮  「播磨……」
播磨 「できるよな……? 約束……してくれるよな……」
蓮  「うん……うん……分かった……分かったから……播磨、お願い……死なないで」
播磨 「うん……俺はずっと……お前の傍にいるから……」

播磨M「意識の中で呟いた。声が届いているのかも分からない。すべての感覚が無くなって、それなのにはっきりと感じたのは、暖かい蓮の頬の温もりだけで。それがいつまでも感じられればいいと、それだけ望んでいた」

播磨 「二人で……アザミの花……見に……いこう……」

播磨M「もしも次に目が覚めたら、アザミの花に包まれて、お前を抱いて眠りたい」

播磨 「蓮……愛してるよ……」

播磨の手がその場に落ちると動かなくなる

蓮  「播磨……?」

蓮、落ちた手に目を見張ると播磨の肩を揺さぶる

蓮  「播磨……ねぇ……起きて……播磨……」

静かに揺さぶっていると部屋の隅にぽつぽつとアザミの花が咲き始める

蓮  「播磨……起きてよ……ねぇ……」

だんだんと部屋中を埋め尽くすようになるアザミの花

蓮  「播磨……播磨……」

風が吹く
それと同時にアザミの花が揺られザァッと音がする
風鈴の音が鳴り響く
蓮その瞬間に遠く一面に広がるアザミの花畑を見る

***
・寺島家、庭(回想)

蓮(12)、庭に咲いているアザミを見つけるとしゃがみこんでそれを見る

蓮  「播磨の花だ」

蓮、微笑んでそれを摘もうとすると棘に驚く

蓮  「痛い……」

手を見るが、もう一度ゆっくりと茎を折る
蓮、立ち上がって摘んだ花を見ると嬉しそうに笑う

播磨 「蓮、日の中にいると暑いだろ? こっちにおいで」

播磨(15)が現れ、縁側から手招きをする
蓮、嬉しそうに頷くと播磨の隣に座る

蓮  「ねぇ播磨」

蓮、楽しそうに笑いながら播磨を見る
手にはアザミの花を一輪持っている

蓮  「いつかアザミが沢山咲いたところへ行ってみたい」
播磨 「蓮はほんとにその花が好きだな」
蓮  「うん。だってこれは播磨の花だから」

***
・意識の中

風鈴の音が響いている

蓮M 「あの後播磨はなんて言ったんだっけ。照れくさそうに笑った後に、約束しようと言った気がする。俺はその時の約束をずーっと叶う日がくることを思って待ってたんだ。それなのに、なんだか今は頭がぼーっとして思い出せない。そうだ。播磨はどこだ? なんだか記憶が曖昧で、少しのことが思い出せなくなった。あーやっぱり俺は出来損ないなんだ。父さんと母さんが俺を置いて行ってしまったのはやっぱり納得できるもんな。だけどどうして二人はいなくなったんだっけ? あーもうどうでもいい。そんなことより播磨はどこ行ったんだ。何か約束したはずなのに、それを置いてどこかへ行ってしまった。なぁ播磨。お前はどこにいるんだ?」

播磨 「……い……蓮……ろ……」

蓮M 「そうそう、言いたいことが沢山あった。向かいの猫がスルメ持って走って行ったとか、國生によくあのなんとかっていう役者が来てたとか、隣の奥さんには他に男がいるだとか。どうでもいい話を沢山してやろうって。そう思ってたんだ。だってきっと播磨は固い話ばかりで退屈してるだろ?」

播磨 「おい……蓮……きろ……」

蓮M 「だからさぁ、俺播磨を探してたんだよ。そうだそうだ。そんなバカみたいな約束だった。ん? でもなんだか違う気がする。うん。もっと重要な、もっと昔に、した約束」

播磨 「おい、蓮。起きろよ」

蓮M 「ねぇ播磨。あの約束思い出して」

播磨 「蓮」

***
・花畑

蓮、ゆっくりと目を覚ますとアザミの花に囲まれている

蓮  「……」
播磨 「やっと起きたか」

播磨、呆れた声を出す
蓮、その声の方を見ると播磨が隣に寄り添って座っている

蓮  「播磨……」

蓮、起き上がる

蓮  「うわぁ……」

蓮、起き上がってみると地平線の向こうまで広がる紫の絨毯を見る

蓮  「凄い。これ全部アザミの花?」
播磨 「そうだよ。約束しただろ?」
蓮  「約束?」
播磨 「なんだ覚えていないのか?」
蓮  「……そうだ。約束したんだ……」

蓮、ぱっと播磨を見る

蓮  「お前! いつ思い出した?!」

播磨、蓮の拗ねた表情に笑う

播磨 「ずっと覚えてたよ」
蓮  「え……?」

播磨、蓮の頬に手を添える

播磨 「いつか二人でアザミの沢山咲いた場所へ行こうって」
蓮  「……」
播磨 「約束しただろ?」

播磨、言いながらキスをすると額をくっつけたまま笑う
蓮、泣き出す

播磨 「泣くなよ」
蓮  「だって……嬉しかったんだ……。ずっと俺は……」
播磨 「うん」
蓮  「お前と二人でこうしたかった」
播磨 「あぁ」

二人、そのままその場に倒れこむ
向かい合って播磨、蓮を抱きしめる
蓮、播磨の胸に蹲ると泣きながらも微笑む

播磨 「蓮」

播磨の声に目を合わせる蓮

播磨 「愛してる。ずっとこのまま一緒だ」
蓮  「うん」

蓮、そのまま目を瞑る

***
・寺島家、縁側(回想)

播磨(15)、蓮(12)、縁側に座っている

播磨 「なぁ蓮」
蓮  「ん?」
播磨 「いつか、二人で行こうか」
蓮  「え?」
播磨 「俺がお前をアザミがいーっぱい咲いたところへ連れて行ってやるよ」

播磨、笑う

蓮  「ホントに?!約束だよ!」
播磨 「あぁ。約束」

笑い合う二人

***
・病室

蓮、布団の上で播磨のシャツを抱いて幸せそうに眠っている

蓮M 「ねぇ、播磨。俺幸せだよ」

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。