ファスティングの女 ミステリー

ファスティング=断食施設で若いモデルが突然死した。納得のいかないモデルの弟、巨漢の弟が施設に潜伏し真相を追求する。
若林宏明 34 0 0 01/18
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第一稿

○ユートピアの森・庭
 保養所、ユートピアの森の庭。
 ガゼボで保養する男。
男「腹へった、腹へった」
 つぶやくように歌う。
 保養所の外観。

○同・大浴場
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○ユートピアの森・庭
 保養所、ユートピアの森の庭。
 ガゼボで保養する男。
男「腹へった、腹へった」
 つぶやくように歌う。
 保養所の外観。

○同・大浴場
 ぼってり太った中年の女、三人。
 湯があふれるばかりだ。
女1「モデルよ」
女2「生意気そうだから、女優の卵じゃない」
女1「卵って聞いたら、ゆで卵が食べたくなっちゃったわ、いや、とろとろのオムライスもいいわね」
女2「断食中よ、よしてよ。いや意外と水商売かもしれないわね」
女3「ブーブー。お二方とも不正解、私フロントの子とやり取りしていたの聴いたの、ダンサーよ」
女1・2「ダンサー!」
女3「似合わないわよね、大和撫子って感じもあるのに。しかもクラブで踊るダンサー」
女1「何それ、もしかして、脱ぐの? ストリップ?」
女3「それはないわよ、ないけどゴーゴーダンサーって言うのかしら、セクシーな衣装で踊るのよ」
女2「まあ、驚いた」
女3「男性誌でグラビアもやったみたい」
女1「あんなに細い子がファスティング断食するのね」
女2「嫌味ね、する必要ないわよ」
女3「でも私たちもファスティングすれば近づけるってことよ」
女1「それもそうね、頑張らなくちゃ、あのファスティングの女には負けないわ」

○同・部屋
 ベッドに女。
 宮中咲子(25)が餓死している。

○タイトル
 ファスティングの女。

○宮中家・玄関
 大泣きしている咲子の母、よう子(50)。
横で介抱する父、勉(52)。
 記者とスマホを向ける野次馬たち。
よう子「先生を信じていたんですよ」
記者「先生って」
勉「石神先生に決まっているでしょ」
 咲子の写真片手に泣いているファンたち。
よう子「うちは、おばあちゃんの代から石神先生の患者で石神理論に間違えはないって」
 警察、報道陣を抑え込む。
 家の中に入るよう子と勉。
 少し遅れて弟の勇二(22)が続く。
 勇二はかなりの肥満の巨体である。
ファン「咲子様にお線香を」
よう子「ごめんなさいね、静かにさせてあげて」
勉「さあ、入ろう」
 記者の星(25)が勇二を呼び止める。
星「君、ダメだよ、ついていっちゃ、オレたちだって我慢してんだから」
勇二「自分、弟っす」
 星、勇二をまじまじと見る。
勇二「そういうことなんで」
 家に入る勇二。

○和室
 死んでいる咲子。
 
○同・リビング
 本棚に並べられた
 石神和巳の書籍。
 本を抜き取り床に叩きつけるよう子。
勉「やめないか、よう子」
よう子「こんなもの、こんなものこうしてやる」
 泣き崩れるよう子。

○火葬場
 焼かれる咲子。

○同・外
 親戚一同が集まっている。
勇二「あんな美人でも骨になったら一緒だ」
勉「バカなことを言うんじゃない、お姉ちゃんじゃないか」

○中華料理屋
 ある程度、高級な店。
 親戚一同、食事をしている。
よう子「もうお腹いっぱい、入ってかないわ」
勉「紹興酒を飲もう」
 よう子と勉、飲む。
 視線を前に向ける。
 バクバク食べる勇二。
勉「勇二、お前、ちょっとは……」
よう子「いや、待って、ちょうどいい」
 よう子、バッグからスマホを出す。
 検索。
 研修生、募集の文面。
よう子「このままで終わらせるものか」
勉「……」

○ユートピアの森・駐車場
 1台の車が止まる。
 車から降りる勇二。
 施設へと歩いて行く。
 車に乗っている星。
星「!」
 星、勇二に気づき声をかける。
星「あなた宮中咲子さんの」
勇二「いやあ、まいっちゃったな」
星「そうですよね?」
勇二「ええ、まあ」
星「何しに行くんですか」
勇二「母さんの計画丸潰れだ」
星「抗議ですね、今、取材拒否されて困ってたんですよ、同行させて」
勇二「そういうんじゃないんで……」
 物陰からスタッフが現れる。
星「ちょっと車で話しましょう」

○車の中
星「成る程、それはいい」
勇二「だから今ここで騒ぐと計画が」
星「わかりました。それではまず事は進めて頂いて、内部情報を教えて頂けませんか」
勇二「……計画だってうまくいくとは限らないし」
星「勿論、取材料はお支払いしますので、お願いしますよ」
 星、笑みを浮かべる。

○ユートピアの森
 勇二、玄関を開ける。
 誰もいない。

○同・ロビー
 宿泊者がちらほらいる。
 富裕層に見える夫妻がいる。
 勇二、フロントに向かう。

○フロント
 書が飾ってある。
 益田(52)が現れる。
益田「こんにちは! いい書でしょう。元総理の岸田純一郎先生の書です。断食の際にお部屋でお書きになって寄贈してくれたんですよ」
勇二「へえ……」
益田「湯河原に別荘をお持ちで、よくここと行き来して宿泊していただきました。今は高齢であまり来られませんが」
勇二「はあ……」
益田「うちのスタッフに井上というものがおるんですが、緊張してしまって、書を書くときに岸田さんにバケツを所望されて、急いてバケツを用意して部屋に持って行ってこう言ったんですよ。先生、おバケツ用意できましたって、ハハハ」
勇二「へえ」
益田「オバケのケツじゃないんだからね、ハハハ」
 益田、笑いながら手元の紙を見る。
益田「お名前をよろしいでしょうか」
勇二「え、あの自分、宿泊ではなくて」
益田「成る程、すいません、ああ、たしか電子決済についての」
勇二「いや、業者でもなくて」
益田「ああ」
 益田、勇二の全身を見る。
益田「宮中さん? 研修生希望の」
勇二「ええ」
益田「いやあ、すいません、前に宮中という同じ苗字の研修生がいまして、その方のイメージが」
勇二「はあ」
益田「その方は女性でスリムだったので」
勇二「自分、凄いですからね」
益田「いやあ、ここで研修して、健康的に痩せてもらえば、施設にとっても宣伝になりますよ。石神も体験談として書籍に載せるかもしれませんし。ここはお客様もいるので、食堂で話をしましょう。履歴書はお持ちですか」
勇二「はい、持って来ました」

○同・裏庭
 緑の中。
 スマホをポケットから取り出す。
 星の名刺を落とす。
勇二「ああ、お母さん? うん、決まった。来週から住み込みことになった」
 星の名刺を拾い上げ眺める。
 ふと、視線を感じ、振り返る勇二。
 飛び切りの美女。
 片瀬亜美(25)である。
亜美「何日目ですか」
勇二「?」
亜美「断食」
勇二「えっと……」
亜美「生き返るんですよね、東京から離れてこうして緑の中にいると」
勇二「そうですね」
亜美「体も心もまさにデトックスできるんです」
 遠くから他のお客さんが来る。
 亜美を呼んでいる。
亜美「探してる、戻らないと、じゃあまた、ここではみんな断食しているから仲間になっちゃいますよね」
勇二「え、まあ……」
 亜美、行ってしまう。
勇二「……」

○同・診察室
 石神和巳(65)と益田。
石神「益田君の意図はわかるけど、それにしても凄い肥満体だね、こりゃ早く死ぬよ」
益田「院長! 彼をスリムにしたら口コミで宿泊客が増えますよ」
石神「それに名前が良くないな、去年死んだ女の苗字と一緒じゃないか、大丈夫なんだろうね」
益田「ええ、彼は山梨から来ました。それにそもそもどうみたって親族じゃないでしょう」
石神「わからないよ、腹違いか種違いかもしれないよ」
益田「という事で来月から来ますので」
石神「半年ぐらいおいて、デブのままだったらクビね」

○宮中家・リビング
 うなぎ。
 ステーキ。
 アボガド。
 勉とよう子、勇二の三人の食事。
よう子「好きなもの全部そろえたわよ」
勉「引きこもりの勇二が出てゆくなんて、なんか淋しいな」
勇二「別に引きこもりじゃないよ」
よう子「そうよね、希望の仕事を探しているだけよね、さあさあ、最後の晩餐よ、明日からは精進料理だから」
勉「精進料理どころか断食じゃないか、食事なしだよ、ハハハ」
勇二「真面目に断食しないよ、自分の目的はそこじゃないから」
よう子「わかってるわよ、わからないように差し入れもするから」
勉「……勇二、お姉ちゃんのために頑張れ」
勇二「うん、わかってる……」
よう子「どうしたの?」
勇二「施設の近くにバーガーショップがないんだ。フライドポテトがすぐに食べられない」
勉「お姉ちゃんのためだ」
勇二「……」

○駅
 荷物いっぱいの勇二。
 フライドポテトを食べている
 あたりを見回す。
 ポテトのゴミをバックにしまう。
 足湯の前に移動する。
 観光客がちらほら。
 よこに凄い美人が立つ。
 サングラスをした亜美。
亜美「あれ?」
勇二「はい?」
亜美「私です!」
 サングラスを外す。
 さえない肥満男に話しかける美女。
 通行人が見ている。
亜美「ユートピアの森ですか?」
勇二「送迎車待つの足湯のとこですよね?」
亜美「凄い偶然!私も今日からなんですよ」
勇二「そうですか」
亜美「送迎もうすぐ来ますよ、今日は運転手、益田さんかな? それとも井上さんかな?」
勇二「益田さんってフロントの総務の」
亜美「益田さんて総務なんだ、軽いよね、いい意味で。あ、井上さんだ!」
勇二「井上さん」
 井上の運転するバンが凄い速度で来る。
亜美「井上さんもフロント、いい人なんだけど……」
勇二「何ですか?」
亜美「運転が凄い下手」
 急ブレーキでバンが止まる。
 井上、降りる。
 無駄に強くドアをしめる。
井上「ああ、片瀬さんですね、あと研修生の……宮中さん」
勇二「はい」
亜美「え? 研修生なの?」
勇二「ええ、まあ」

○山道
 バンが走る。
 飛ばしている。

○車の中
 井上、勇二、亜美。
勇二「凄いですね」
亜美「井上さんにとっては普通の運転」
井上「何か? 呼びましたか」
亜美「いえ、特に。井上さんには運転に集中してもらわないと」
勇二「送迎は私たちだけなんですね」
亜美「多い時でもこの1台ぐらいかな」
勇二「へえ、割に少ないんですね」
亜美「皆さん、ほとんど九割は自家用車かな。しかも高級車ばかり、駐車場みたら驚くわよ」
勇二「社長さんとか多いんですかね」
亜美「大きい会社のね、それから芸能人とかモデルとか、芸術系の人とかかな、あとはそう政治家の人も多いわ、お忍びで」
勇二「凄いですね」
亜美「それでもみんな、感じのいいお客さんばかりでお互い全然干渉しないわ」
勇二「ハイソの隠れ宿みたいですね」
井上「いやぁ~ 最近はユーチューブに院長出てから普通の学生さんとかも多いですよ」
亜美「急にびっくりしましたよ、井上さん話聞いていたんですね。(勇二に)井上さんちょっと変わってるの、面白いでしょう」
勇二「はい」
井上「何かいいました?」

○緑の中
 バンが進む。
 避暑地、別荘がちらほらある。

○ユートピアの森
 駐車場にバンがかっくんブレーキで止ま  
 る。
 車から降りる勇二と亜美。
亜美「それじゃあ、私、チェックインなんで」
 行こうとすると、石神が来る。
石神「ハハハ、美人の片瀬さん、いらっしゃいませ、あら、美女と野獣」
亜美「先生またよろしくおねがいします。野獣なんて失礼ですよ」
石神「(亜美だけに言う)猪八戒かな、ハハハ」
亜美「ちょうはっけ?」
勇二「豚ですよ、西遊記に出てくる」
亜美「先生失礼」
石神「ハッハ、彼は断食でイケメンになりますよ」
亜美「そうですよ」
石神「痩せたら沙悟浄になったりして」
亜美「?」
勇二「カッパです」
亜美「先生、新しい研修生さんに失礼ですよ」
石神「お、君が宮中くんか、ちょうどいい、これから問診があるから、終わったら診察室で少し話をしよう」
勇二「よろしくおねがいします」
石神「それじゃあ、片瀬さんまた」
 石神、携帯をかける。
石神「おう、益田君、宮中君来たよ、診察室に後で呼んでくれ」
 切る。

○ユートピアの森・玄関
 中に入る亜美、勇二。
 井上が立っている。
井上「どうもどうも片瀬さん、こんにちは」
亜美「さっき会いましたよね」
井上「一応、チェックインの挨拶しました」
亜美「あ、どうも、こんにちは」
井上「それでは断食のスケジュールを決めましゅうか、あ、宮中さん、ちょっと待ってね、益田さん、もうすぐ来るから、よかったらそこに座って」
勇二「はい」
 ロビーの椅子に座る勇二。
 井上とやり取りをする亜美に見惚れる。
益田「ググった?」
勇二「!」
 益田が急に現れる。
益田「片瀬さん、女性誌の人気モデル、有名なのに気さくだよね」
勇二「うといもので知りませんでした」
益田「まあ、ここに来たらみんな断食修行僧の仲間だよ」
勇二「修行……」
益田「緊張しなくて大丈夫、宮中君はここでできる範囲で健康生活して、あとはちょっとした仕事を手伝ってくれればいいから」
勇二「泊まりあるんですよね?」
益田「ああ、当直ね。心配しなくて大丈夫。週2回、自分の部屋に携帯の子機を持って行くだけだから。携帯がなったら、かけたお客さんの対応してもらうだけだよ」
勇二「深夜に体調崩して連絡とかありますか?」
益田「滅多にないよ。もしあってもその子機から石神院長に直接連絡すればいいから。そこからの判断は全部院長がするから」
勇二「そうですか……」

○同・通路
 益田のあとに続く勇二。
 男性客、石間信行(65)とspとすれ違う。
益田「こんにちは、石間先生体調は?」
石間「お腹、スカスカ、今回はキツイな。益田さん、焼き肉いっちゃおうか」
益田「いいですね〜」
石間「明日のゴルフの予約よろしくね」
益田「かしこまりました」
 石間、行ってしまう。
勇二「今の民自党の……」
益田「常連さんですよ」
勇二「すごい……」
益田「政治関係だど、鴻野川先生も今お泊りだよ」

○同・本館・階段
 本館は若干、老朽化している。
 階段を上がる益田と勇二。

○ツインルーム
 益田と勇二。
益田「本館なので、若干、古いです」
勇二「いえいえ」
益田「こちらの部屋をお使い下さい。通常、研修生ははなれのシングルだけど、最近はお客さんの予約が多くてね」
 カーテンを開ける。
益田「掃除は自分でしてもらいます。お掃除さんが毎日、入るの嫌でしょ」
勇二「ありがとうございます」
 益田、部屋の電話をかける。
益田「璃子ちゃん? うん、531に来てもらえる?」
 益田、切る。
 部屋を見回す。
益田「本館は老朽化しているから、カビ臭いでしょう。時々、換気した方がいいよ」
勇二「はい」
益田「所謂、ゴスだから」
勇二「はい?」
益田「今は流行ってないかな? これから来る璃子ちゃん、ゴスって感じだから、先に言っといた……」
 成川璃子(23)が入ってくる。
 全身黒のスウェットに濃いメイク。
 ガリガリである。
益田「おう、璃子ちゃん、こちら新しい研修生の宮中勇二君」
勇二「よろしくお願いします」
璃子「りょうかい」
益田「研修生の仕事をざっくりでいいから教えておいてくれる? 仕事は明日の朝礼からスタートだから」
璃子「うぇい」
益田「当直も明後日には入るからその辺もよろしく」
 璃子、勇二を見回す。
璃子「てか、宮中って、宮中咲子と関係あるの?」
 勇二、緊張。
益田「や、ないよ、ねえ勇二君、知り合い?」
勇二「いや特に、何の人ですか?」
璃子「死んだ、去年ここで」
益田「璃子ちゃん!」
勇二「え?」
益田「大丈夫、大丈夫、大丈夫ってわけじゃないけど、この部屋ではないから。前の研修生で病死だったんだ。施設を30年もやっていればそういうこともある」
璃子「病死ねえ、どうなんだか」
益田「じゃ、璃子ちゃん、説明よろしくね。フロントに戻るから」
 残される勇二と璃子。
璃子「てか、ミヤツー凄い断食しがいあるね」
勇二「ええ、昔から肥満で。ミヤツーってのは何ですか」
璃子「宮中って同じ苗字で2人目の研修生だから。宮中2号と迷ったけど」
勇二「……」

○大浴場
 湯につかる勇二。
 小太りの中年がちらほらいる。
中年「若いね、何日目?」
勇二「今日からです」
中年「出所まで長いね〜」

○食堂
 宮中、小窓から調理場に声をかける。
 調理場には料理人の鈴木(53)と補助の稲葉梨花(43)。
勇二「すいません」
梨花「はい、お部屋は?」
勇二「研修生の宮中です」
 鈴木が出てくる。
鈴木「おう、新しい子な、よろしく。今日は普通食って益田さんから聞いてるけど」
勇二「はい、いきなり断食は……」
鈴木「普通食な、じゃ、奥の席で待ってて」
 部屋の隅で食事を待つ勇二。
 梨花、お盆で食事を持ってくる。
 ひじきや煮物、納豆など病院食である。
 勇二、固まる。
梨花「ご飯は玄米ともち米のミックスだからよく噛んでね」
勇二「はい……ありがとうございます」

○ツインルーム
 部屋でスナックを食べる勇二。
 よう子に電話している。
勇二「う〜ん、中々、大変だ」

○宮中家・リビング
 よう子と勉。
 スマホのスピーカーモードで話している。
よう子「少しの我慢よ、なるたけ石神に近づくの。それから施設のおかしいところを見つけたら全部記録するのよ」
勉「ノートは誰かに見つかったら大変だから、スマホにメモしたらいい」

○ツインルーム
勇二「おかしいところ、あったらね。いやあ、しかし玄米ってまずいな、一応食べたけど」

○宮中家・リビング
よう子「お姉ちゃんのために辛抱して。戻ったらステーキご馳走するから」

○ツインルーム
勇二「ステーキいいな」
 勇二の腹がなる。

○キッチン
 朝礼。
 職員一同が揃う。
 社長の石神イリナ(56)が来る。
 外人である。
イリナ「おはようございます」
一同「おはようございます」
 イリナ、勇二に微笑みかける。
益田「では、今日のチェックインは……」
 益田が伝達事項を続ける。
 遅れて璃子が来る。
 イリナ、呆れる。
イリナ「研修生でも甘やかしてはダメです」
井上「は、はい……」
 清掃部のおばさん達は勇二をジロジロみて 
 いる。
益田「ええ、それでは。お気づきかとは思いますが新しい研修生が来てくれました」
 拍手がちらほら。
益田「微妙な拍手ありがとうございます。じゃあ宮中君から一言」
 宮中という苗字に反応するイリナ。
イリナ「宮中って名前、同じじゃないですか」
井上「ええ、でも特に宮中咲子さんとは関係ないみたいですよ」
イリナ「一言、社長の私に言わないとダメじゃないですか」
井上「全体メールに流しましたが」
イリナ「社長に報告連絡相談しないと」
 益田の誘導で勇二、一歩前に出される。
勇二「えっと……宮中勇二と申します。ご覧の通り昔からこの体型で。施設の研修生をすれば体重を落とせるかなと思い応募しました。よろしくお願いします」
益田「皆さん、拍手、お掃除さんも彼に優しくして下さいね」
 清掃部、笑う。
イリナ「益田さんたら。はじめが肝心なのよ、遊びじゃないんだから」
井上「まあ、和気あいあいにすれば……」
益田「社長から何か一言ありますか?」
イリナ「いえ、ありません」
益田「それでは、今日一日よろしくお願いします」
 朝礼、終わる。
 勇二の元にイリナが来る。
イリナ「宮中さん、午前の清掃が終わったら社長室に来て下さい」
勇二「はい」
イリナ「それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」
勇二「はい、ありがとうございます」
 イリナ、立ち去る。

○通路
 イリナと井上。
イリナ「彼は人の目を見ませんね、挨拶をきちんと教えないと」
井上「初日ですし、緊張していたんじゃ」
イリナ「あなたに言ってもしょうがないわね、今日は笹島さんはいないの?」
井上「公休です」
イリナ「こういう大事な日にはいないと」
 社長室に入るイリナ。
 残される井上。
井上「研修生が一人入ったのがそんなに大事な日かね」

○客室
 お掃除のおばさんについて清掃する勇二。
 必死。
 一人の客、塩谷淑子(76)が不満げに勇二 
 を見ている。

○休憩室
 休憩中。
 勇二、お菓子を差し出す。
勇二「これ、皆さんで」
おばさん「ありがとう、後でみんなでわけます。宮中君もコーヒーでいいかな」
勇二「はい、ありがとうございます」
 おばさん、勇二の差し入れを脇に置くと、 
 お茶菓子を持ってくる。
おばさん「ここのお客さんみんなお金もちだから差し入れもいいものばかりよ」
勇二「私のつまらないものなんで」
おばさん「そういう意味じゃないのよ、さあさあ食べて、まだ断食始めてないんでしょ」
 勇二、食べる。
勇二「うまいです」
おばさん「まだお掃除残ってるからね、頑張ってね」
勇二「はい、頑張ります」

○浴室
 おばさんと璃子、勇二。
おばさん「お風呂場は研修生の仕事だから、成川さんに教わって、じゃ成川さんよろしく」
璃子「うい」
 おばさん去る。
璃子「浴室は大変だから何だかんだ理由つけて、いつからか研修生の仕事になったんだよ」
 勇二、見回す。
璃子「こっちは女子風呂だから、髪の毛気にしてね、よく落ちてるから」
勇二「はい」
璃子「何だかんだで、結局女の方が汚いから。私とコンビの日はさ、ミヤツーが女子風呂やってね」
勇二「はあ……」

○社長室・前
 緊張してドアの前に立つ勇二。
 ノックする。

○社長室・内
イレナ「そちらのイスに座ってください」
勇二「失礼します」
 座る。
イレナ「どうですか?」
勇二「え? 何がです?」
イレナ「ユートピアの森は?」
勇二「いいところです。自然もあって」
イレナ「泊まったことはないんですよね」
勇二「はい、はじめてです。ネットで見つけました」
イレナ「ここは私の主人が一人ではじめたものです。日本でまだ断食が一般に知られる前にできました。歴史ある特別なホテルなのです。宿泊者も一流の方ばかりです。挨拶をきちんとして失礼のないように仕事をして下さい」
勇二「はい」
イレナ「よろしくお願いします、それでは明日の清掃も頑張って下さい」
 イレナ、お菓子を取り出す。
 沢山、置いてある。
 イレナもよく見ると肥満である。
イレナ「甘いものは好きですか」
勇二「好きです」
イレナ「美味しいですよね、これはロシアのお菓子です。よかったらどうぞ」
勇二「ありがとうございます」

○社長室前
 勇二、部屋から出ると、菰川(61)がい 
 る。
菰川「新しい研修生の宮中君だね、菰川です。よろしく」
勇二「……よろしくお願いします」
菰川「私は去年まで支配人でしたが……今は名誉職、名ばかりだけど副会長をしてます」
 勇二、襟を正す。
菰川「長年務めたから、院長がつけただけさ、週に2回院長の診察の手伝いだけ来ている……」
 イレナ、顔を出す。
イレナ「菰川さん、早く何してるんですか?」
菰川「すいません、それじゃあ、よろしく」
勇二「よろしくお願いします」

○社長室・内
 菰川とイレナ。
 窓の外を見るイレナ。
 勇二が立ち去る後ろ姿。
イレナ「あなたがいて、何で彼を勝手に入れるんですか?」
菰川「益田君が決めたもので」
イレナ「あなたがチェックしないと。益田はいい加減じゃないですか」
菰川「すいません、院長には許可もらった」
イレナ「私が社長です。社長の私に確認しないと。院長は忙しいんです。細かいところまでチェックする時間はありません」
菰川「私、診察の用意がありますので」
イレナ「まだ話の途中です。彼の苗字がよくない、何故、問題のあった人と同じ名前の人を入れるんですか」
菰川「別に関係はないようですが」
イレナ「関係なくても、スタッフや会員さんは宮中って名前を聞けば事件を思いだすでしょう」
菰川「ええ、まあ……」
イレナ「それに……履歴書に嘘を書いたかもしれません」
菰川「そんな事は……」
イレナ「事故死とはいえ家族は恨みを持ってるかもしれません。彼はスパイかもしれません」
菰川「そんなバカな事は」
イレナ「バカではありません! 本人にはわからないよう秘密に調べるのです!」

○庭
 夕暮れ時。
 ベンチに佇む勇二。
 庭の隅にはウサギ小屋。
 勇二、ウサギを見ている。
 ツタを引き抜いて網から中に入れる。
 勢いよく食べる。
 目の前を煙が漂う。
鴻野川「ウルシが好きなんだね」
 葉巻をくわえた鴻野川芳忠(72)が立って  
 いる。
勇二「好きみたいですね」
鴻野川「君も脱獄して食べたいんでしょう」
勇二「ええ、ただ私は研修中なのでまだ先ですね」
鴻野川「ほう、新人かい」
勇二「はい」
鴻野川「ここへ来る前は何を? 学生ではないよね」
勇二「就活中でした。中々決まらなくて」
鴻野川「不況だからね、我々の責任だ」
 大浴場から鴻野川の秘書、北条郁子(50)が来る。
郁子「先生、お待たせしました」
鴻野川「それじゃあ、また」
 勇二、かしこまってお辞儀する。

○事務所
 パソコンで作業する井上。
 電話で話す益田。
 宿泊予約の電話で調子よく話している。
 菰川、来る。
 戴き物の菓子をつまむ菰川。
 電話を切り上げる益田。
菰川「社長に怒られちゃったよ」
益田「何ですかまた面倒くさいことですか」
菰川「宮中君の事、宮中さんじゃなくてね」
井上「私も朝礼で小言言われましたよ」
益田「いつもの事じゃないですか」
菰川「寄りにもよって同じ苗字はまずかったね、調べろって。KGBだよ、全く」
益田「調べるって、ただのフリーターですよ」
菰川「モデルの宮中さんの親族なわけはないよな」
益田「DNAが違いますよ。研修生入れないと我々が宿直入らないといけないんですから。来るもの拒まずですよ。第一、性格大人しくていいじゃないですか」
菰川「そうそう、あと音楽会社からお忍びで泊まらせますって電話あったじゃない誰だったの?」
井上「ああ、それasumiってアーティストでした。もうチェックインしてますよ」
益田「私も知らないんですけど、ある程度は有名な人みたいですよ」
菰川「asumiか……知らないな有名人ならサイン貰おうと思ってたのに」

○部屋
 メモを書く勇二。
 政治家、富裕層の客多いと書き込む。
 しばらく、考える。
 社長のイリナ要注意、クセあり。
 と、書き込む。
 イリナの菓子をたべる。

○食堂
 黙々と食べる勇二。
 煮物を食べため息。
 周りの宿泊者は楽しそうに食べている。

○大浴場・脱衣場
 体重計にのる勇二。
 風呂場から益田が出てくる。
勇二「どうも」
益田「痩せた?」
勇二「ええ、2キロくらい」
益田「断食しなくてもここの食事は痩せるからね、低カロリーで」
勇二「益田さんもここの風呂に入るんですね」
益田「今日は当直、宮中君の当直がはじまるまで職員で交代でまわしてるんだ。明日からはよろしくね」
勇二「明日ぐらいから私も当直した方がいいですか」
益田「一応、体験としてしてみるのもいいんじゃないかな? 健康食より効果はあるしね。でも強制はしないと」
 近くにいた恰幅の良い中年男性、遠藤(68)が話に入る。
遠藤「君は随分、断食しがいがあるな、キツイのは最初の2日だから大丈夫だよ」
勇二「やはりキツイんですか……」

○大浴場・前
 勇二、出てくる。
 女子風呂から若い女の子が出てくる。
 歌手のasumi(25)である。
 ぶつかりそうになる。
 その拍子に紙を落とす。
 鼻歌を歌っている。
 tシャツ姿で腕のタトゥーが見える。
 ピアスも凄い。
勇二「すいません」
asumi「いえいえ」
勇二「!」
asumi「どうかしました?」
勇二「いや特に」
asumi「それじゃあ」
 asumi、行ってしまう。
 後ろ姿を見つめる勇二。
 勇二、足元に落ちた紙に気づく。
 拾い上げて見ると、ガネーシャ(顔が象の 
 神様)の手書きのイラスト。

○部屋
 スマホ片手に休む勇二。
 バッグに隠したスナック菓子を取り出す。
 スマホの画面にはasumi。
勇二「(菓子を食べながら)やっぱりか」
 asumiのユートピアの森の庭での自撮り画像。
 デトックス中とコメントしている。
 asumiの画像から急によう子の着信に変わる。
勇二「もしもし」
よう子「何か変化はあった?」
勇二「今のところは。うん。明日も朝から昼まで客室掃除だよ」
 あくびをする。

○庭
 深夜。
 寝静まっている。

○ロビー
 照明は落とされ、非常灯だけとなる。

○部屋
 勇二、寝ている。
 部屋の電話が鳴る。
 勇二、起きて電話にでる。
勇二「もしもし」
璃子「成川だけど、今これる?」
 璃子からの内線で焦っている。
 勇二、スマホの時間を見る。
 深夜、2時。
璃子「研修生の成川」
勇二「ああ、何かあったんですか」
璃子「ヤバい事になったの、今日当直、益田さんなんだけど、連絡つかなくて……とにかく女子風呂に来て、早く!」

○通路
 小走りで走る勇二。

○大浴場
 しーんと静まっている。
勇二「?」
 女子風呂に入ろうか迷う。
 突然、璃子が現れる。
璃子「来て」
 脱衣所をぬけて浴室へ向かう。
 漂う湯気。
 半裸の女が倒れている。
璃子「サウナからはひっぱり出したんだけど、私の力じゃ限界」
 女の腕にはタトゥー。
 asumiである。
勇二「asumiだ」
璃子「え? 知り合い?」
勇二「R&B系の歌手です」
璃子「ここは暑いから、脱衣所まで運びたいんだ」
勇二「意識は」
璃子「見ればわかるでしょ……ていうか、全然動かない」
勇二「救急車呼んだ方が」
璃子「私の勝手な判断じゃ、だから益田さん探してるんだけどいなくて……」
勇二「このままじゃまずいですよ」
璃子「ここだけの話、別に私が責任持つことでもないけど、あんたと同じ苗字の宮中って研修生が去年変死したの、またここでマスコミやなんかが騒ぐとヤバいんじゃないかな」
 横たわるasumi。
 固まる勇二。
璃子「益田さん、どこにいるのよ」
勇二「社長に電話するのは」
璃子「イリナはダメ、あの人ズレてるから。副会長の菰川も責任感ゼロだから電話してもムダ」
 勇二、動かないasumiを見ている。
勇二「やっぱり、救急車呼びましょう」
 璃子、走り出す。
璃子「院長に直で電話してくる」
勇二「どこに行くんですか?」
璃子「キッチンに院長の電話番号が貼ってありの。ミヤツーはここにいて。他の客来たら中に入れないようにして」
 璃子、行ってしまう。
 その場に残される勇二。
 裸のasumiを見る。
 手をかけようとする。
益田「宮中君!」
勇二「益田さん、探してたんですよ」
 益田の後ろには食堂の稲葉梨花がいる。
 梨花の髪は乱れている。
 勇二、梨花の存在に少し不思議に思う。
 梨花、asumiに駆け寄り揺する。
益田「稲葉ちゃん、そのままに」
梨花「辛うじて息はしてる」
益田「湯あたりはよくあるからな、発見してどのくらい?」
勇二「稲村さんから内線があったのが2時頃だったから」
益田「ううん……それから一度も意識は戻らないか。璃子ちゃんは? 氷でも取りにいったの?」
勇二「いえ、益田さん連絡つかないから、院長に電話しに行きました」
益田「直接連絡したか」
 梨花、動揺し下がる。
梨花「私、そうだ食堂に忘れ物取りに来ただけだから帰るね。院長につないだなら大丈夫ね。私帰るね、じゃあ」
益田「ああ、そうだね、後はまかせて」
 梨花、急に帰る。
 益田、asumiを見る。
益田「院長は何もしないからね」
勇二「……」
益田「事故や急病には一切対処しないから」
 asumiが小声を発する。
 益田、近寄る。
益田「大丈夫ですか?」
asumi「……気分が良くない……」
 璃子が来る。
璃子「益田さん!」
 璃子、戻って来る。
益田「院長なんだって?」
璃子「すぐに、救急車呼べって、だからもう呼んだ。もう来るはず」
勇二「……」
璃子「ただの湯あたりだろうって。もし何かあっても入館前に覚書を書いてもらってるから責任はないって……」
 益田の当直用の子機が着信。
益田「院長からだ(出る)はい、わかりました、ええ」
璃子「前に人が死んだ時もこっちに来なかったらしいよ。医者なのになんもやらないよね」
勇二「……」
 救急車のサイレン。

○保養所内・診察室前
 益田、カルテをチェックしている。
 益田、宿泊者の一人に声をかける。
益田「診察室は奥になります」
 手で診察室を示す。
 宿泊者、入る。
石神「どうもどうも、こちらへ」
 調子の良い石神の声がする。
 益田、カルテを見つける。

○談話室兼待合室
 鴻野川と郁子がいる。
 益田、来る。
益田「鴻野川先生、お待たせしました」
 郁子、お土産を持っている。
郁子「益田さん、先生のお部屋にお湯のポットを朝入れるようにしていただけますか」
益田「はい、白湯ですね」
鴻野川「益田君、悪いね。断食中でも朝はコーヒー飲みたくてね、胃に良くないかね」
 診察室へ向かいながら会話している。
益田「できればお茶か紅茶ですが、院長に確認してみて下さい」

○診察室前
 石神が出てくる。
石神「これは先生、どうぞ中に」
郁子「よろしくお願いします」
 石神、二人を誘導する。
 益田、戻ろうとすると、石神だけ出てく 
 る。
石神「不良女は?」
益田「え?」
石神「大丈夫なんだろうね」
益田「あ、asumiさんですね。ええ、病院ですぐ意識を取り戻しました。湯あたりでした」
石神「長風呂するからだ。また倒れられたら大変だ。保養所には戻らせないでそのまま返してしまいなさい」
益田「……」
石神「入れ墨が凄いだって?」
益田「若者のオシャレなタトゥーの方です」
石神「そうか、とにかく何事もなく、帰すように」
益田「はい、わかりました」
石神「君が発見したんだって。どうだ? ボインちゃんだったか?」
益田「……」
石神「冗談だ、ハハハ」
 石神、診察室に戻る。

○診察室
 土産を渡す郁子。
郁子「先生のお好きな芋焼酎」
石神「ありがとうございます。酒は芋に限ります」
鴻野川「さすが九州男児ですな」
 石神、用紙を取り出す。
石神「血液検査の結果、何でもないです。血圧も血糖値も」
鴻野川「ありがとうございます」
石神「時々、断食や少食でデトックスしていれば健康を保てるでしょう。(小指を立て)後はこっちを程々にすればハハハ」
郁子「先生!」
 郁子、笑いから少し真剣になる。
郁子「かかりつけの大学病院からはちょっと呼吸器系が気になると」
石神「葉巻やタバコは?」
鴻野川「ええ、量は少ないんですが」
石神「徐々に減らせば何の問題もないでしょう」
郁子「そうですか、安心しました」
 石神、郁子の検査結果も見る。
石神「北条さんは100点です」
鴻野川「この人は元気そのものだ」
石神「では、この後もごゆっくり滞在を」
鴻野川「先生、例の件ですが」
石神「あ、はい」
鴻野川「いかがでしょう。お伝えしたように、私の後輩が近く新党を立ち上げます。その際にはぜひ、先生も」
石神「……」

○フロント・ロビー
 少しやつれた様子のasumiと益田。
 asumiは荷物をまとめている。
 ロビーの隅に勇二。
asumi「チェックアウトお願いします」
益田「ありがとうございます」
 請求書を一枚だけ出す。
益田「こちらだけお願いします」
 asumi、請求書を見る。
asumi「……」
益田「今回は宿泊代は結構です」
asumi「いえ、払いますよ」
益田「院長から言われてますので」
asumi「……」
 asumi、支払いを終えてロビーのイスに座 
 る。
 勇二、フロントへ。
益田「宮中君、今日は休みじゃなかったかな?」
勇二「はい、休みなんですけど、今日は送迎でますか? 街に買い物に行きたくて」
益田「(asumiを見ながら)彼女はタクシーだけど、通常の11時の送りはあるよ」
勇二「同乗お願いできますか?」
益田「了解、人数に入れとくね」
 タクシー運転手がドアを開け入って来る。
運転手「高浜交通です」
 asumi、立ち上がる。

○保養所前・ロータリー
 asumi、タクシーに乗り込む。
 高級車にゴルフの荷物を積み込む石間。
 私服姿のsp、周りを警戒する。
 石間、タクシーに乗るasumiを見る。
 全身を舐め回すように見る。
 asumiのタクシー、走り去る。
石間「あの子は食堂で見かけたな、もうシャバにでるのかな」
sp「確か先生より後に来たはず」
石間「急用かな。しかし、入れ墨見たかい? 最近の日本人は。この国の行く末が案じられる」
sp「はい……」
石間「しかし、中々いい尻をしていたな、体の発育ばかり一丁前だ」
 益田、通りかかる。
益田「先生、おはようございます」
石間「おはよう」
益田「調子はいかがですか」
石間「断食で体が軽い、今日は腹が減らなくなった」

○タクシーの中
 asumi、SNSで施設退所を投稿する。

○保養所・ターミナル
益田「10時の味噌汁用意できてますので」
石間「ありがとう、それを楽しみに戻ったんだ。具なしだかな」
益田「塩分は補給して頂かないと」
石間「そうだな、よし、行こう」
 石間、sp、施設へと向かう。

○保養所・フロント
 チェックアウト精算をしている宿泊客。
 椅子に座っている勇二。
 精算を終えた亜美。
亜美「あら、お久しぶりです。今日は掃除ないんですか?」
勇二「今日はお休みです」
亜美「いいですね」
勇二「街に出ようと思って。送迎車に同乗しようと思いまして」
亜美「行きも帰りも一緒ですね、私は帰るところです」
 亜美、勇二を覗き込む。
勇二「! 何ですか?」
亜美「痩せたかなって」
勇二「朝昼は断食で夜はまだご飯食べているので……本格的な断食はまだです」
亜美「徐々にね……(顔をまた見る)」
勇二「何かついてます?」
亜美「いやあ、初めから思っていたんだけど、宮中君、痩せたらイケメンだよね」
勇二「これまでの生涯で痩せたことは一度もないです」
亜美「もったいない、部品は整ってるのに」
勇二「そんな事、言われたの初めてです」
 玄関ドアが開いて井上が出て来る。
井上「駅までの車、ご用意できました」
亜美「外れだ」
勇二「え?」
亜美「駅までの運転手、井上さんだ」

○ターミナル
 井上のカクカクした運転で送迎車が発進す 
 る。

○観光地・駅
 人でにぎわう。

○アーケード
 昔ながらの喫茶店。

○喫茶店・店内
 席に座りスマホをいじる勇二。
 店員がパフェを持ってくる。
 勇二、パフェにスプーンをつける。
 スプーンの手が止まる。
 入口にサングラスをしたよう子。
 よう子、店内を見回す。
 勇二、手を挙げて合図する。
勇二「そのサングラス、逆に目立つよ」
よう子「保養所の職員に見つかったら元も子もないないじゃないの」
 パフェ。
よう子「パフェなんか食べちゃって……顔、少しスッキリしたわね」
勇二「毎日、病院食だからね」
よう子「断食はしてないのね」
勇二「朝昼だけ青汁の断食で夜は地味な和食を食べているよ」
 店員が来る。
よう子「アイスカフェラテね、それからこのサンドイッチね」
勇二「あ、あとこのジンジャーポーク」
よう子「まだ食べるの?」
勇二「甘いものしか食べてないから、この店の名物みたいだから」
よう子「ジンジャーポーク……」
 店員、注文を受けて去る。
よう子「このままもう少し続けてね」
勇二「え、何が?」
よう子「研修生よ」
勇二「ああ」
よう子「そのうち、ボロが出るから。何か証拠をつかんでやる」
勇二「あんまり長くは無理だよ、食べたいもの食べられないストレスは凄いからね」
 よう子、一度、周りを確認する。
よう子「例のasumiって子の話、今日
直接聞きたくてね」
勇二「お姉ちゃんとは違うけど、原因は長湯だから」
よう子「それでも、もみ消したんでしょう?」
勇二「まあ、施設側の責任は全くないの一点張りで」
 店員が料理を運んて来る。
勇二「あ、ジンジャーポークって豚の生姜焼きのことか」

○診察室
 作業する石間。
 菰川が入って来る。
菰川「院長、そろそろ」
 石間、バッグを手に取り立ち上がる。

○庭
 庭で葉巻を吸う鴻野川。
 歩く石間と菰川。
石間「おはようございます」
鴻野川「先生、お出かけですか?」
石間「毎週、木、金は東京のクリニックです」
鴻野川「おう、それはご苦労様です」
石間「それでは失礼します。何かありましたら、益田とこの菰川にお申し付け下さい」

○ターミナル
 石間を載せた車が発車する。

○車の中
 石間と菰川。
石間「女はどうなった?」
菰川「女?」
石間「歌手とか言ってる」
菰川「ああ、asumiさんですね。朝タクシーで帰りました」
石間「人騒がせな女だ」
菰川「若者にはそこそこ有名みたいですよ」
石間「パソコンは大丈夫なんだろうな」
菰川「?」
石間「パソコンに書いたりしないだろうね」
菰川「SNSにですか。大丈夫でしょう。自分が風呂で倒れたなんて書かないでしょう」
石間「研修生のおデブちゃんはどうだ?」
菰川「ええ、真面目に掃除してますよ。今日は外出してますが」
石間「来月までに痩せなかったら辞めさせよう。角が立たないように言って」
菰川「はあ」
石間「今朝の診察で患者から言われてしまったよ。断食道場なのにみっともないって」
菰川「痩身の為に研修に来ているから別に問題は」
石間「お客ならいいが、スタッフが肥満なのは目障りだと、塩谷のばあさんが言っていた」
菰川「塩谷さんは神経質ですからね、掃除の態度か挨拶の仕方が気に入らなかったのかな」
石間「いづれにしても、あれはデブ過ぎる。もう少し断食させて痩せなきゃクビにしなさい」
菰川「宮中君は朝昼断食ですしね」
石間「何だそれはやる気があるのか、今日にでも断食に変えさせなさい。嫌ならいつまでもここにいてもしょうがない」
菰川「ええ、まあ」
 石間、ケイタイをかける。
石間「ああ益田君、研修生の事だが、そうだ。彼は断食してないのか。彼の体型でお客からクレームが入った。今日からすぐ断食だ。ああ、本人に確認して。ああ、そして1月経って見た目が変わらなければ追い返せ」
 石間、ケイタイを切る。

○駅前
 車に乗り込むよう子。
 サングラスをかけている。
よう子「それじゃあね」
 左右を確認して走り去る。
勇二「誰も見てないよ」
 亜美の顔。
 勇二、ギョッとする。
 フィットネスの広告のポスター。
 亜美がモデルをしている。

○駅
 旅行者向けの特急に乗る勇二。

○列車の車内
 景色を見ながら、菓子を食べる勇二。
勇二「ああ、断食しないといけないのかな……」

○喫茶店
 回想。
よう子「長い戦いになるわ。なるべく施設に溶け込んで。ちゃんと断食してみて、奴らの尻尾を掴むのよ」
勇二「わかってるよ(ご飯を頬張る)」
よう子「最後の晩餐ね」

○イシマクリニック
 マンションの一室で開業している。

○診察室
 書き物をしている石間。
 クリニック職員の葉山夏子(29)が来る。
夏子「失礼します」
石間「どうした、なっちゃん」
夏子「そろそろ、出発の時間です」
石間「よし、出発進行!」

○タクシーの車内
 タクシーに乗る石間と夏子。

○繁華街
 歩く石間と夏子。
石間「私は鶏肉食べないから、なっちゃん食べてね」
夏子「老舗の高級店なのにもったいない」
石間「老舗でも親子丼は親子丼だ。私は鳥豚牛の中でも鳥が特に嫌いだ」
夏子「院長はエビ、タコ、イカ専門ですものね」
石間「イカにも」

○和食料理屋鳥島・店内
 店に入る石間と夏子。
 関係者の原田(48)が奥から出て来る。
原田「石間先生」
石間「(夏子に)歌舞伎役者みたいな顔してるね」
夏子「(笑う)うふふ、院長聞こえますよ」
石間「体型はずんぐりむっくりだが」
原田「秘書の原田と申します。鳥島はもうすぐ来ますのでどうぞこちらへ」

○個室
 石間と夏子。
 そして会長の鳥島善一(69)と原田。
鳥島「こいつはぶらぶらしてますんで、どんどん使って下さい、なあ原田」
原田「はい」
 石間、目の前の鶏料理に固まる。
石間「ええ」
鳥島「運転はまあ慣れている方なんで、選挙カーでも、先生、これがうちを支えている鶏です。ミシュランでもお墨付きです」
夏子「院長は……」
石間「いやあ、いいですね」
鳥島「石間先生は鳥は大丈夫ですよね、牛豚がダメだと原田から伺ってまして」
 石間、一瞬、原田を睨む。
石間「右太衛門め」
原田「はい?」
 石間、料理を食べる。
 夏子、その様子を驚いて見る。

○ユートピアの森・食堂
 宿泊客に混じり順番待ちをする勇二。
 勇二の後ろには不審な顔で待つ塩沢。
 前には石間とSP。
 SP、勇二を真顔でチェックする。
石間「ついに固形物にありつけたな」
 梨花、顔を出す。
梨花「先生、あちらの名札があるお席に。料理お持ちしますので。あら、宮中君はそっちの席」
 席につく勇二。
 梨花、料理を運んでくる。
 石間のテーブルにはお茶碗一つと御椀、そ 
 して小鉢に漬物。
石間「なんだこれはまるで泥だ」
SP「胃腸に負担がかからないように重湯ですね」
 石間、味噌汁をかき混ぜる。
石間「こっちも具なしだ」
SP「回復食の1回目ですから」
石間「そうか一発目はこんなだったか。君が羨ましいよ」
SP「いえ、私は部屋でコンビニ弁当です」
石間「弁当なんてご馳走じゃないか」
 石間、続々と運ばれる勇二の料理を目で追 
 い、羨ましがる。
 勇二、料理を見つめる。
勇二「ふう……明日から断食か……」

○ロビー
 歩く勇二。
 璃子が本館に入る姿が見える。

○談話室
 璃子、雑誌を読んでいる。
 勇二が来る。
勇二「こんばんは」
璃子「……何?」
勇二「成川さんは食堂で見かけないけど、ずっと断食ですか」
璃子「してないよ、ここの食事、体にはいいんだけど毎日だと飽きるんだ」
勇二「そうですか」
璃子「夕方キッチン借りて、パスタ茹でたりして食べてるよ」
勇二「パスタいいですね」
璃子「で、何?」
勇二「いやあ、明日から断食で実際どうなのかなって、初めてなんで」
璃子「地獄の苦しみ、お腹すきまくって」
勇二「……」
璃子「ウソだよ、最初の何日かだけお腹すくけどあとは大したことないよ」
勇二「よかった」
璃子「先生のは水だけの水断食と違って野菜ジュースのんだり、味噌汁で塩分補給したり、無理なくできるよいに考えられてるから」
勇二「味噌汁も具なしとか」
璃子「具はないね。先生は医学会からは無視されてるけど、効果はあるし実績もあるよ、ただ」
勇二「……」
璃子「こっち(女)関係に問題あるっていうか。私もセクハラまがいの事されたことあるし……それこそミヤツーと同じ苗字の宮中さんて前の研修生には色々ね……まあ、それは断食とは関係ないか」
勇二「……」

○庭
 朝。

○ロビー
 勇二、歩く。
 清掃の格好。
 益田、出勤。
 益田、勇二を見かけ呼び止める。
益田「宮中君、ちょっと」

○フロント
 断食のスケジュールを記入する益田。
益田「これ、渡しとく。断食のスケジュール」
 勇二、緊張しながら見る。
益田「十日間の院長が一番勧めているコース。普通のお客さんは中々、十日間は仕事があったりでできないからね。その点、宮中君は研修生だから自由にできるね」
勇二「は、はい……十日もご飯食べなくて大丈夫なんですかね」


 







 












 




 



 

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