寿司とショートケーキ 恋愛

寿司屋の配達バイトをしている奥原林太・通称リンダは、配達先のホステスしずるに恋をする。 しずるは自分よりも10歳以上年下のリンダを「おこちゃま」と馬鹿にする。 そんなある日、しずるは客の一人と結婚することに。 報告を受けたリンダがとった行動は……。
紺未来(こんみ) 6 0 0 06/14
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第一稿

ー人 物ー
阿波しずる(31)ホステス
奥原林太(19)大学生・寿司屋の配達のバイト
白崎栄治(44)しずるの婚約者・不動産経営
重田次郎(55)自営業
男    
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ー人 物ー
阿波しずる(31)ホステス
奥原林太(19)大学生・寿司屋の配達のバイト
白崎栄治(44)しずるの婚約者・不動産経営
重田次郎(55)自営業
男    
サラリーマン

○海辺(夕)
  阿波しずる(31)、浜辺に座り、箸でショートケーキを食べている。
しずる「ねえ。リンダ」
  横にしゃがみ、煙草を吸いながら海を眺める奥原林太(19)。
しずる「うちはね、お祝い事と言ったらきまってお寿司だったの」
奥原「ふーん。贅沢」
しずる「家族の誕生日とか、私が受験で合格
した時とか。あ、クリスマスも」
奥原「クリスマスはチキンライスだろ」
  奥原、槇原敬之の『チキンライス』のサビを、うる覚えに口ずさむ。
  しずる、奥原をスルーし、寂し気に。
しずる「お祝いはいつもお寿司だったのにな」
奥原「(煙を吐く)……」
しずる「それでね、デザートは絶対苺ののった大きなホールケーキだった。甘いはずなのに、お
 寿司を食べたあとだから、いつも醤油の味がして」
  しずる、箸でショートケーキを掴み、口の中へ運ぶ。飲み込むと立ち上がり、裸足で海の中
  に入っていく。
奥原「なんかあった?」
しずる「なんで?」
  間。
  少し拗ねた顔になるしずる。
  奥原、ビニール袋からショートケーキを取り出し素手でがっつく。
奥原「やなかんじ。苺がすっぱい」
しずる「いいんだよ。すっぱくて」
奥原「えー」
しずる「ただでさえケーキが甘いのに、苺まで甘かったら胃もたれしちゃうでしょ。そんな人生
 私はいーや」
奥原「いいと思うけどな。甘いだけの人生もさ」
しずる「リンダはまだおこちゃまだね」
奥原「(かちんとくる)はいはい。そうですよ。どうせ俺はあんたから見たらおこちゃまです」
しずる「結婚するんだ」
  はっとする奥原。
  風が吹き、ビニール袋が飛ばされる。
奥原「そっか。へー。そっか。例の客? ジャズ狂いの」
しずる「正確にはジャズトランぺッター狂い、ね」
奥原「そうだよね。しずるさん、もう、ババアだし。引き取り手がいてよかった」
しずる「リンダってきらい」

〇海の上の橋(夕)
  飛んでいったビニール袋、橋に止まっている自転車のグリップにひっかかる。
  荷台に大きな宅配用リュック。
「宅配板前寿司」と書かれている。
奥原の声「あ、そうだ。こう見えて、俺、バイト中なんだった」

〇海(夕)
   しずる、奥原に海水をぶちまける。
奥原「(びしょびしょで)なにそれ」
しずる「やらしい」
奥原「なにが」
しずる「部屋の中まであがりこんで、水商売の女誘惑するつもりなんでしょ。私の時みたいに」
  ため息をつく奥原。
奥原「(リズム良く)あの時、誘ったのは、そっちだった。じゃあ」
  奥原一瞬迷い、結局煙草の吸いかけをしずるに投げつけ無言で去っていく。
  しずる、その煙草を吸い小さく呟く。
しずる「ばかだよね。ジャズなんて、聴かないのにね」
   遠ざかる奥原を眺め、煙を吐く。
 
〇電車・内(夕) 
   しずる、ひとり。がらがらの電車に座っている。
   がたんごとんと電車が揺れる。 
  しずる、ブルーハーツ『リンダリンダ』の一節を口ずさむ。
しずる「愛じゃなくても、恋じゃなくても」
奥原「俺を離しはしない?」
  いつのまにか隣の席に奥原。配達リュックから二人前の寿司桶を取り出す。
奥原「食お」
しずる「(驚いて)食うの?」
奥原「……祝いごとは、いつも寿司なんでしょ」
  ぼんやりしていたしずる、徐々にはじけるような笑顔へ変わる。
しずる「リンダって好き!」
  ×      ×       ×
  電車に乗ってきた若いスーツの男。
しずる「初めて会った時もさ、私の部屋で、一緒に食べたよね。こうやって」
  お互いをじっと見つめ、寿司を食べさせ合っているしずると奥原。
  それを見て、呆気にとられている男。
  しずる、男に。
しずる「あ。お兄さん、営業とかですか」
男「はあ……終わったとこで」
しずる「とった? とった?」
男「一応。大きくないけど……」
しずる「やったじゃん! すごいじゃん! ほら!」
  しずる、男を隣に座らせ、寿司を口にねじこむ。
男「(もごもごと)なんですかこれ……」
しずる「お祝いお祝い」
  奥原、呆れたように笑っている。
  
〇マンション・一室(夜)
  夜空。そして玄関前。
  鬼のような形相(ぎょうそう)で奥原を睨む重田次郎(55)。
重田「おい坊主。俺ぁ、なに頼んだ」
奥原「はあ。松ですね。2人前の」
重田「そうだよなあ。松だよなあ」
奥原「はあ」
重田「松、言うからずっと待っとったんだ。だけどもいっこうにこやしねえ。来たかと思えば肝
 心の寿司がない。どういうことだ。ああ?」
奥原「はあ……正直俺にも、なんでこうなっちゃったのか、よく分かってないっていうか。止め
 ることもできた気がするし。でもっやっぱ、何度あの時をやり直したとしても結局同じことを
 してるんだろうなって思ってる自分もいるっていうか」
重田「おいてめえなにごちゃごちゃぬかしとんだ」
奥原「……土下座とかみます?」
  奥原、やる気なく地面にひれ伏す。
  きょろきょろと周囲を見て慌てだす重田。
重田「まて、おい。近所に見られたらどうすんだ!」
  ひれ伏したまま動かない奥原。
  怪訝な顔をする重田。
奥原「(ぼそりと)なんで……」
重田「あぁ?」
奥原「なんで……愛じゃなくて恋でもないのに、好きとか言うんすかね」
  ぎょっとする重田。
  静かな間。
奥原「あの人……分かってるんすよ。幸せになんかなれないって」
  ため息をつき、奥原の前にしゃがむ重田。
重田「ん。そりゃあ、自分だったら幸せにしてやれるっつーことか。俺にはそう聞こえるけど
 な」
奥原「違う」
重田「……」
奥原「俺じゃあ、もっと幸せにしてやれない。分かるんですよ。子供だから」
  重田、呆れたように笑いだす。
重田「嘘っぱちさ」
奥原「……え?」
重田「愛だの恋だのは、全部、うすっぺらのうそっぱちなんだよ」
奥原「……」
重田「でもまあ。ここで会ったのも何かの縁だ。老婆心で一つ助言をやろう」
  重田、項垂れる奥原の背中を強く叩く。
重田「……走れ。若者」

〇都内・町(夜)
  泥酔したサラリーマンの前を、物凄い速さの自転車が通り過ぎる。
サラリーマン「おいっ。気を付けろよお」
  号泣の奥原、叫びながら自転車を走らせている。

〇高層マンション・32階一室(夜)
  皺ひとつないYシャツ姿の白崎栄治(44)、機嫌良くCDをかけている。
  軽快なジャズ。トランペットソロ。
白崎「ど。ハワードマギーのトランペット」
  下着姿のしずる、後ろから白崎に抱き着く。
しずる「いいね」
白崎「あっ。しーちゃん。いつも言ってるだろう。部屋の中とはいえど下着姿で歩くのは……」
  しずる、遮るように白崎にキスをする。徐々に濃厚になる交わい。
白崎「(止めて)……なんだか醤油くさいよ。しーちゃん」
  しずる、はっとした表情。しばらくして、くすくすと笑いだす。
白崎「変なの。そんなに笑って」
しずる「ね。やっぱかえてもいい?」
  しずる、CDを入れ替える。
  ブルーハーツの『リンダリンダ』の冒頭が流れ始める。
  少し不服そうな白崎。
  しずるの無邪気な笑顔、どこか寂しそう。

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