いちばん 日常

プロポーズの返事に迷うタウン誌記者の麦田歌穂が、銭湯の壁画を描く画家の飯島青を密着取材しながら、自分の「いちばん」とはなにかを問いかける
竹田行人 19 0 0 06/04
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第一稿

○富士山・吉田ルート・七合目付近
   灰色の岩場の奥に、階段状に山小屋が見えている。
   河口湖や奥秩父の山々が薄い雲に覆われている。
   麦田歌穂(25)、両膝に手を ...続きを読む
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○富士山・吉田ルート・七合目付近
   灰色の岩場の奥に、階段状に山小屋が見えている。
   河口湖や奥秩父の山々が薄い雲に覆われている。
   麦田歌穂(25)、両膝に手を付き、大きく息をついた後、上を見る。
   飯島青(26)、歌穂の先を歩いている。
   岩陰にイワツメクサの花。
   青、屈み、花に手をやる。
   歌穂、ひとつ息をつき、歩き出す。

○都立新世紀美術館・大展示室(夕)
   出入口の脇に「新展」のパネル。

○同・大展示室・中(夕)
   来場客でごった返している。
   歌穂、人垣を掻き分けながら、周囲を見回している。
   粟井ゆかり(28)、来場客から渡された色紙にサインをしている。
歌穂「粟井さん!」
   歌穂、ゆかりに歩み寄る。
歌穂「粟井ゆかりさん、ですよね。5年連続新展入賞。おめでとうございます」
ゆかり「ありがとうございます。あの」
歌穂「失礼。私、こういう者です」
歌穂、名刺を差し出す。
名刺には「『Discover F』記者 麦田歌穂」の文字がある。
ゆかり「Discover F?」
歌穂「府中の魅力を発見・発信する雑誌です。ぜひ、府中出身の粟井さんの特集を」
ゆかり「企画書。メールでいただけますか」
歌穂「え?」
ゆかり「取材があるので、失礼します」
   ゆかり、歌穂に会釈し、去る。
   歌穂、名刺を持ったまま、ゆかりの背中を見送る。

○レストラン「Dear Princess」・中(夜)
   スカイツリーが見える。
   歌穂、窓際のテーブルに座っている。
   苗野博人(26)、歌穂の向かいに座っている。
歌穂「名刺くらい受け取れっつーの」
苗野「企画書送ってって言われたんでしょ」
歌穂「直接交渉行ったのに企画書送ってって言われたら、ダメってことなんだよ」
苗野「そうなんだ。でもすごいね。粟井ゆかりって、テレビとか出てる人でしょ」
歌穂「なにが美しすぎる画家だっつーの。新展の入賞だって芸能人パワーだよ」
苗野「カホ。そんな時になんなんだけど」
歌穂「あ、ごめんヒロト。グチった」
苗野「転勤が決まった」
歌穂「え」
苗野「福岡」
歌穂「福岡」
   苗野、テーブルの上に小箱を置く。
苗野「一緒に、来てほしい」
   歌穂、小箱を見つめる。

○タイトル「いちばん」

○銭湯「一の湯」・前の道路
   商店街のはずれ。
   歌穂、カバンを肩に掛け、スマートフォンを確認し、周囲を見回す。
   チェーンを通した指輪、歌穂の胸の前で揺れる。
   「一の湯」の看板。
   入口には、「ゆ」と染め抜かれた暖簾が掛かっている。
   歌穂、暖簾をくぐる。

○同・女湯・脱衣所
   板張りの床。
   梁の見える吹き抜け。
   水音が聞こえる。
   体重計、扇風機、ベンチなどが置かれている。
   片側にロッカーと、脱衣かごの入った棚が並んでいる。
   もう片方に洗面台が並んでいる。
   奥には番台があり、結露したガラス戸の向こうに浴室が見える。
   番台には中年女性が座っている。
   番台の脇にはビン牛乳を入れたガラス張りの冷蔵庫が置かれている。
   歌穂、入ってくる。
番台「いらっしゃい。460円ね」
歌穂「あの。先ほどお電話した。取材の」
番台「ああ。はいはい。青ちゃんね」
歌穂「今、いらっしゃってるんですよね」
番台「ああ、いらっしゃってるよ。青ちゃん! 取材だって!」
   番台、洗面台の方に声をかける。
歌穂「え」
   青、歌穂に背を向ける体勢で、体にバスタオルを巻き、腰に手を当て、瓶の牛乳を一気飲みしている。
青「ぷはー! 風呂上りの牛乳は神。っていうか、圧倒的正義」
   青、ゲップをする。
   歌穂、青に歩み寄る。
歌穂「飯島、青さんですか?」
   青、振り返る。
   青の口の周りに牛乳が付いている。
青「ああ、はい」
   青、口の周りを拭う。
歌穂「はじめまして。私、今回飯島さんの取材をさせていただく」
青「ちょいまち」
歌穂「え」
   青、体重計に乗る。
青「バスタオルと、今の牛乳分引くから。よし、キープ」
   青、ガッツポーズ。
歌穂「あの」
青「で、誰でしたっけ?」
歌穂「Discover Fの、麦田歌穂です」
番台「青ちゃんの取材だって」
青「私の? 私の何取材するんですか?」
歌穂「飯島さんが、この銭湯の壁画を描かれるまでに、密着したいと思っています」
青「へぇー。ヒマなんですね」
   水音が聞こえる。
歌穂「ヒマではないので、さっそくお話いいですか?」
青「はぁ。いいですけど」
歌穂「では、あちらで」
   歌穂、ベンチに腰掛ける。
   青、歌穂の隣に座る。
   歌穂、カバンを探る。
青「写真ですか? 大丈夫ですかね、こんなのっぺりした体で」
   歌穂、ボイスレコーダーとメモ帳、ペンを取り出す。
歌穂「ボイスレコーダーです。それに、グラビアではないので、どんなに起伏のない、のっぺりした体でも、大丈夫です」
青「ああ、そうですか」
   歌穂、ボイスレコーダーのスイッチを入れ、ベンチに置く。
歌穂「まず、どういった経緯で、飯島さんがこの一の湯さんの壁画を描かれることになったんでしょうか?」
青「あー。おばちゃんが、壁の絵変えたいって言ってて、私やりましょうか、じゃあお願いって。そういうノリです。ね?」
番台「ああ。そんなノリだったね」
歌穂「ノリ、ですか」
   歌穂、メモを見る。
歌穂「でも、大変じゃないですか? 大きい絵を描くって」
青「あー、上の方届かないですしね。あ、おばちゃん、描くとき脚立借りていい?」
番台「いいよ」
青「やった。ありがとう」
   水音が聞こえる。
歌穂「高さもそうですけど、そもそも普段絵を描かれてるキャンバスと全然違うじゃないですか。サイズが」
青「あー。そうですね。それ、あんまり考えてなかったな」
歌穂「え」
青「まぁでも、細かい修正さえちゃんとやれば、あんまり関係ないと思います」
歌穂「関係ない?」
常連客の声「おい青。ちゃんとやってっか?」
   青、声の方を振り返る。
   常連客、番台の向こうから顔を覗かせている。
青「おっちゃん。覗いちゃダメだかんね」
常連客「見せるモンもねぇくせに」
   青、牛乳瓶を見せる。
青「今に見てろ」
歌穂「あの」
青「0を1にする労力って、変わらないんです。ハガキサイズでも、それこそ今回みたいな壁画サイズでも」
歌穂「0を1にする労力」
   歌穂、メモを取る。
青「だから、年賀状描くくらい気合入れて描きたいなって、思ってます」
歌穂「年賀状、ですか」
   歌穂、メモを見る。
歌穂「あの、飯島さんにとって、絵を描くって、どういうことですか?」
   青、いない。
歌穂「え?」
   青、扇風機の前でバスタオルを広げ、風を浴びている。
青「アー。ワレワレハ、宇宙人ダ」
歌穂「飯島さん?」
青「ああ。すいません。あんまりにもつまんない質問だったんで」
歌穂「つまらない質問? それって」
子どもの声「あ、青ちゃんだ!」
   子ども、入ってくる。
青「おー。どした?」
子ども「青ちゃんお絵かきしよー」
青「はいよー。ちょっと待ってて。さすがに服は着たいから。あの」
歌穂「ええ。大丈夫ですよ、もう」
青「よし。あー、緊張した。あ、写真撮るときは先に言っといてくださいね。パット入れておっぱい盛るんで」
子ども「パットってなに?」
青「女の武器」
   歌穂、ため息をつく。

○府中第二ビル・外
   鉄筋5階建ての雑居ビル。
   3階の窓に「Discover F」の文字。

○同・「Discover F」編集部・中
   書籍や書類が山積している。
   奥の棚にコーヒーメーカーがある。
   歌穂、資料の積まれたデスクで、ボイスレコーダーを再生させながら、PCのキーボードを叩いている。
   歌穂の脇には、店のタグが付いたままのザックやウェアなどの登山グッズが置かれている。
   編集長、歌穂の背後に置かれたソファに寝転がり、グラビア雑誌を胸の上においたまま笑っている。
編集長「いいねぇ、飯島青。超然たる王者の風格を感じるね」
歌穂「ただの変人だと思いますけど。記者の質問に対してつまんないって」
編集長「つまんないもん。麦田の質問。コーヒー淹れて」
   歌穂、エンターキーを強く叩く。
編集長「これ、なに?」
歌穂「飯島さん。富士山描くから、富士山登るんですって」
編集長「で、行くの? 一緒に?」
歌穂「ええ。密着取材ですから」
   歌穂、エンターキーを強く叩く。
   編集長、息をつき、立ち上がる。
編集長「飯島青って、ナニモノ?」
   歌穂、資料を取る。
歌穂「飯島青。国立美術大学洋画科油絵専攻卒。卒業後は絵画塾の講師を。え?」
   歌穂、別の資料を取る。
   資料は粟井ゆかりのプロフィール。
   そこに「国立美術大学洋画科油絵専攻を中退」の文字がある。
編集長「はい。コーヒー全部入り。まぁ、やりたいようにやっていいよ。麦田の最後の仕事なんだから」
歌穂「ありがとうございます。え?」
編集長「結婚、するんでしょ?」
   編集長、歌穂が首から掛けている指輪を示す。
歌穂「あー」
   果歩、エンターキーを押す。
歌穂「まだ、一度もはめてないんです」
編集長「へー」
   歌穂、指輪に手をやる。

○富士山・吉田ルート・八合目付近(夕)
   灰色の岩場が続いている。
   山中湖と丹沢の山々が見える。
   「八合目 吉田小屋」の看板が出ている山小屋がある。

○吉田小屋・談話室(夕)
   丸テーブルが2つ置かれている。
   部屋の隅に暖炉がある。
   青、テーブルに座っている。
   歌穂、両手に缶コーヒーを持って入って来て、青の隣に座る。
   青、暖炉の火を見つめている。
   歌穂、メモ帳とペンを取り出す。
歌穂「どうですか? 何か発見とか、新しい発想とか、ありましたか?」
青「ちょっと、黙っててもらってもいいですか。ちゃんとボンヤリしたいので」
歌穂「あ、すみません。え。と。ちゃんとボンヤリってなんですか?」
   青、暖炉の火を見つめている。
   歌穂、胸元の指輪に触れる。
   暖炉の中で薪が音を立てる。
青「やっぱりなにか喋っててください。雑音がないと、ボンヤリできない」
歌穂「雑音って。えっと。喋ってって言われると、出ないもんですね」
   風が吹き、窓が音を立てて揺れる。
歌穂「あ。高校生の頃、友だちと原宿を歩いてたら、スカウトされたんです。ああ、私じゃなくて、友だちが」
   青、暖炉の火を見つめている。
歌穂「で、何回か撮影現場にくっついて行ったりして。そこで、一冊の雑誌にたくさんの人が関わってるって、知ったんです」
   歌穂、メモに「人」の字を書く。
歌穂「みんな生き生きしてて。カッコよくて。それで、自分も雑誌を作る人になろうって、決めました」
   青、暖炉の火を見つめている。
歌穂「でも実際は全然。描いてた人生とは、かけ離れた今になっている気がします」
   歌穂、メモに「人」の字を書く。
歌穂「プロポーズされました。恋人に。転勤先の福岡に一緒に来て欲しいって」
   青、暖炉の火を見つめている。
歌穂「正直、嬉しさより、ホッとしたって感じです。私は、夢を追ってたんじゃなくて、夢に追いかけられてたから」
   歌穂、メモに「人」の字を書く。
歌穂「でも、返事を待ってもらってます。まだ、やり切ってない気がするから。迷ってます。自分がどう在りたいのか」
   暖炉の中で薪が音を立てる。
青「麦田さん」
歌穂「あ、黙りますか? 喋りますか?」
青「麦田さんって、質問だけじゃなくて、悩むこともつまらないんですね」
歌穂「はい?」
青「寝ます。おやすみなさい」
   青、立ち上がり、出て行く。
歌穂「絶対明日富士山の火口に投げ入れてやる」
   歌穂、缶のプルタブを立てる。

○同・外(早朝)
   朱色に染まっている空。
   登山客たち、東の空を見つめている。
   青、東の空を見つめている。
   歌穂、小屋から出てくる。
歌穂「ちょっと飯島さん! 起こしてくれたっていいじゃないで」
   登山客たち、歓声を上げる。
   朝日が昇ってくる。
   歌穂、青の隣に立つ。
   歌穂と青、朝日を見つめている。
歌穂「きれー」
登山客1「今年こそ、絶対合格!」
歌穂「え」
登山客2「運命の人を見つけてやる!」
登山客3「脱臼癖を治す!」
歌穂「いやいやいや」
青「最高の富士を描く!」
   歌穂、胸元の指輪を握り、顔を上げる。
青「朝ごはん。いなかったんで麦田さんの分も食べちゃいました」
歌穂「ええぇ」
   歌穂、登山客を見回す。
歌穂「富士山って、みんなのものなんですね」
青「え」
歌穂「いや。ただ、日本で一番高い山ってだけじゃないんだな、って思って」
   青、歌穂を見つめる。
歌穂「ああ、なんか変なこと言っちゃいましたね。すみません」
青「いいえ。麦田さん、今たぶん、人生で一番いいこと言いましたよ」
歌穂「えっと。それは、褒めてるんですよね」
青「予定変更。下山します」
歌穂「ええ?」
   青、歩き始める。
   歌穂、青を追いかける。

○相模川・河原
   富士山が見える。
   石が転がっている。
   歌穂と青、歩いている。
歌穂「なにするんですか? こんなトコで」
青「石を、拾います」
歌穂「石? 何のために」
青「砕いて、粉にして、絵の具の材料に使います」
歌穂「石が、絵の具になるんですか?」
青「はい。日本画の、岩絵の具の発想です。この辺りには、過去の噴火で飛んできた、富士山の石があるはずです」
歌穂「へー。でも、それなら富士山で取ってくればよかったんじゃ」
青「麦田さんって、つまらないだけじゃなくて、常識もないんですね」
歌穂「はい?」
青「富士山一帯は国立公園です。何かを無断で持ち帰れば、犯罪になります」
歌穂「ここなら大丈夫なんですか?」
青「いいえ。ここも誰かの管理下なので、怒られると思います。なので、一つだけ」
   歌穂、ため息をつく。
歌穂「飯島さんといい粟井ゆかりといい、絵描きさんてみんな常識ないんですか?」
青「え」
歌穂「美しすぎる画家の粟井ゆかりです。直接取材交渉行ったのに、名刺すら受け取ってくれかったんですよ」
青「なにも知らない麦田さんに、ゆかりさんをとやかく言う資格はないと思います」
歌穂「え? それは、どういう」
   青、黒い石を一つ拾うと、富士山に向かって頭を下げる。
青「ごめんなさい。ここは一つ、美と芸術の名の下に、目をつぶってください」
   歌穂、青の背中を見つめる。

○一の湯・入口
   引き戸に、「本日定休日」の札。

○同・浴室・中
   タイル張りの床。
   天井まで吹き抜けになっている。
   島カランが2列。
   水の抜けた湯船に、脚立がある。
   湯船の向こうの壁は、白く塗りつぶされている。
   歌穂、カメラで青を撮っている。
   青、砕いた石を乳鉢に入れて、磨り潰していく。
歌穂「その石の粉、どうやって絵の具にするんですか?」
青「接着剤。この場合はニカワを混ぜて原型を作った後、水で好みの薄さに調節すれば、絵の具として使うことができます」
歌穂「へぇー」
   歌穂、カメラを持つ手を下ろす。
歌穂「飯島さんは、粟井さんとどういうご関係なんですか?」
   石を磨り潰す音が浴室に響く。
歌穂「川原で言ってましたよね。私には粟井さんをとやかく言う資格はないって」
青「すみません」
歌穂「濁さないでください」
   青、手を止める。
青「覚悟を決めると、結果が出ます。その結果に対して、覚悟を決めてない人が批判をするのは、違うと思ったから」
歌穂「覚悟」
青「学生の頃。私とゆかりさんは、よく大学のアトリエに泊まり込んで、徹夜で絵を描いていました」
歌穂「そうだったんですか」
青「私はゆかりさんの絵が大好きでした。ゆかりさんは、絵描きは絵で語るもの。描き手は黒子なんだって、言ってました」
歌穂「描き手は黒子。でも」
青「ゆかりさんが4年の時、お父様が脳溢血で倒れました。麻痺が残り、お世話をしていたお母様も、参ってしまいました」
   蛇口から一滴、雫が落ちる。
青「どうしても、お金が必要でした。たくさんのお金が。ゆかりさんは、今の生き方を選びました」
歌穂「だから、中退」
青「一番大切なものを守るためには、時々、二番目以下を切り捨てる覚悟が、必要になることがあります」
   歌穂、胸元の指輪に手をやる。
   青、乳鉢で石を磨り潰し始める。
青「大学を辞める日、ゆかりさんはアトリエで、泣いていました」
   青、白い壁に目をやる。
青「今のゆかりさんの絵。私は大嫌いです。でもゆかりさんは、今も大好きです」
   石を磨り潰す音が浴室に響く。
歌穂「もし、飯島さんが同じ」
   歌穂、胸元の指輪に手をやる。
歌穂「つまらない質問は、やめます」
   歌穂、白い壁に目をやる。
子どもの声「青ちゃーん!」
   歌穂と青、声の方に振り返る。
   大勢の子どもたち、引き戸から浴室を覗いている。
青「来た来た」
   青、乳鉢をカランの上に載せ、立ち上がって子どもたちに歩み寄ると、引き戸の奥に置いてあったスポーツバッグから、ペンキの入った大量の水鉄砲を取り出し、子どもたちに配っていく。
歌穂「飯島さん、なにを」
青「よし! 暴れろ!」
子どもたち「わー!」
   子どもたち、一斉に浴室に入って来て、白い壁に向かって水鉄砲を発射する。
   白い壁に、色とりどりのペンキで色が付けられていく。
青「やれー! もっとやれー!」
歌穂「うわー」
   歌穂、写真を連写する。
   青、スポーツバッグから、ライフル型の水鉄砲を取り出し、空気を溜める。
青「飯島青。参戦します!」
歌穂「え?」
青「あ、中に麦田さんの分もあるんで、よかったらどうぞ。どりゃー!」
   青、子どもたちの輪の中に入っていく。
   子どもたち、互いに撃ち合い始める。
   歌穂、写真を連写する。
歌穂「ん?」
   子ども、水鉄砲を歌穂に向けている。
歌穂「あ! これはダメ! 備品だから!」
   歌穂、カメラを後ろに隠す。
   子ども、歌穂の顔に水鉄砲を発射する。
青「あーあ。やっちゃった」
   歌穂、顔を手で拭い、カメラを引き戸の奥に置くと、スポーツバッグからライフル型の水鉄砲を取り出し、空気を溜める。
歌穂「麦田歌穂。参戦! うぉりゃー!」
   歌穂、輪の中に入っていく。

○同・外(夕)
   西日が当たっている。

○同・浴室・中(夕)
   浴室の壁、カラフルに染まっている。
   歌穂、ペンキまみれになり、カメラを手に、床に足を伸ばして座っている。
   青、ペンキまみれで脚立に上り、壁に貼ってあったラップを剥がす。
   富士山の形に、白い部分が現れる。
   青のポケットに刷毛が見えている。
歌穂「そういうカラクリだったんですね」
   歌穂、写真を撮る。
青「麦田さん。それ、取ってください」
歌穂「あ、はい」
   歌穂、立ち上がり、灰色の液体が入ったボールを青に渡す。
   青、刷毛を持ち、雪を被った部分が残るように、富士山に色を塗っていく。
     ×  ×  ×
   歌穂、写真を撮っている。
   青、富士山の裾野を塗り終える。
壁に、富士山が浮かび上がっている。
歌穂「完成。ですか?」
青「まさか」
歌穂「え?」
番台の声「青ちゃん。みんな来たよ」
   歌穂と青、振り返る。
   常連客たち、入ってくる。
常連客「おい青。来てやったぞ」
青「ありがと。おっちゃん」
   青、浴槽の中からボールに入った水色のペンキを持ってくる。
青「手形付けて。富士山のトコに」
常連客「ああん?」
青「富士山は、みんなのものだから」
歌穂「え?」
   青、歌穂に微笑む。
   歌穂、青に微笑む。
     ×  ×  ×
   常連客たち、列をなして富士山に手形を付けていっている。
   青、ペンキの入ったボールを手に、列の脇に立っている。
   歌穂、写真を撮っている。
青「ちょっと、ペンキ補充してきます」
歌穂「じゃあ、私そこ代わります」
   歌穂、青からボールを受け取る。
   青、出て行く。
   ゆかり、サングラスをかけ、歌穂の前に立つ。
歌穂「あ。粟井さん」
   ゆかり、富士山を見上げる。
ゆかり「いい絵ね」
歌穂「はい」
ゆかり「私もこんな絵、描きたいな」
歌穂「え」
   ゆかり、ボールに手を浸し、富士山に手形を付けると、浴室を出て行く。
   歌穂、ゆかりの背中を見送ると、胸元の指輪に手をやる。

○同・女湯・脱衣所
   中年の女性、番台で「Discover F」を読んでいる。
   青、番台に背を向ける体勢で、体にバスタオルを巻き、腰に手を当て、牛乳を一気飲みしている。
番台「青ちゃん! 出てるよ写真!」
   青、ゲップをしたあと、振り返る。
青「え? あ。おっぱい盛るの忘れてた」
   青の口の周りにコーヒー牛乳が付いている。

○羽田空港・出発ロビー
   多くの人が行き交っている。
   薬指に指輪を付け、キャリーバッグを引いている歌穂の左手。
   歌穂と苗野、並んで歩いている。
苗野「後悔してない? 仕事のこと」
歌穂「してない。私の一番は、ヒロトだから」
苗野「よっしゃ。やったね」
   歌穂と苗野、微笑み合う。
歌穂「飛行機から、富士山見えるかな?」
苗野「うん。見えると思うよ」
歌穂「そっか」
   歌穂、苗野の腕を取り、歩き続ける。
   歩いていく歌穂の背中。
〈おわり〉

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