桃の花、蓮の香り ドラマ

人の顔が認識できない玖織蓮は、渋谷の交差点で出会った「桃」と名乗る女性に名前を呼ばれ引き留められる。心当たりがないまま、目が見えない「桃」と「ハチくん」として接していく蓮。二人の距離が近づいたころ「hati」という人物が現れ…。「ハチくん」とは誰なのか、「桃」が隠した思いとは。
石川なお 50 0 0 05/17
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第一稿

〇渋谷・スクランブル交差点
   横断歩道の前に信号待ちをしている人、その多くが下を向いてスマホを見ている。
   同じく信号待ちをしている玖織蓮(19)、カメラバッグを提げて ...続きを読む
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〇渋谷・スクランブル交差点
   横断歩道の前に信号待ちをしている人、その多くが下を向いてスマホを見ている。
   同じく信号待ちをしている玖織蓮(19)、カメラバッグを提げている。
   蓮、携帯は出さず、ただ下を向いている。
   信号が青に変わる。
   スマホを見たまま歩き出す人。
   蓮、下を見たまま流れに従う。
   人が塊になって動いていく。
   蓮の少し先で、
桃葉(声)「ひゃっ」
   蓮の前を歩く人が地面を睨んで通り過ぎていく。
   人の塊が割れて、地べたに手をついている伊水桃葉(23)が見える。
桃葉「すみません、すみませ……」
   桃葉、地面を手で触って何かを探している。
   蓮の足に何か当たり、見る。
   地面に落ちている花束、人に踏まれて潰れている。
蓮「……」
   それを拾う蓮、桃葉の元へ。
蓮「あの」
   桃葉、バッと声の方を向く。
   蓮、花束を見ている。
蓮「探してるのって、花束ですか?」
桃葉「……あ、そう、そうです」
蓮「どうぞ、踏まれてますけど(差し出す)」
   桃葉の手が空中をさまよう。
蓮「?」
   白杖に気づく蓮、「ああ」と理解して桃葉に花束を手渡す。
   桃葉、蓮の手を掴み、
桃葉「ハチ、くん」
蓮「え─」
   クラクションが鳴る。
   驚く蓮、顔を上げる。
   信号が赤に変わっている。
蓮「とりあえず立ってください」
   蓮、桃葉を起こし、急いで横断歩道を渡る。
   歩道に着く蓮と桃葉。
   蓮、桃葉から手を離す。
   桃葉、蓮から手を離さない。
桃葉「やっぱりハチくんだよね?」
   蓮、顔をそらすように下を向く。
蓮「……えっと」
桃葉「私、桃。久しぶり、いつぶりだろ。ねえよかったらお茶行かない?
 よく行ってたカフェ、近くにあるし」
   桃葉、「ね」と蓮の手を引く。
蓮「……」

〇カフェ・店内
   ジャズが流れる店内。
   向かい合って座っている蓮と桃葉。
   蓮、メニューを見ている。
桃葉「ハチくん、ジャンボ桃パフェ好きだったよね。今ある?」
蓮「……え、いや」
   蓮、メニューをパラパラめくる。
蓮「ない? っぽいです」
桃葉「そっか。すみませーん」
   桃葉、手を上げて店員を呼ぶ。
蓮「え、呼び鈴……」
   蓮、机に置いてある呼び鈴を指さすが、「あ」と気づく。
   店員がやってくる。
店員「お伺いします」
桃葉「パフェは今何をやってますか?」
店員「今の時期は苺を。季節限定メニューがこちらに」
   店員、メニューに手を伸ばす。
桃葉「ごめんなさい、私、目が見えないので」
   店員、桃葉を見る。
店員「……失礼しました」
桃葉「いえ。ハチくんって苺平気?」
蓮「え、あ、はい」
桃葉「じゃあ苺のパフェとアイスティー、ストレートで。ハチくんは?」
蓮「あ、温かい紅茶を、ストレートで」
店員「かしこまりました」
   店員、去っていく。
   蓮、メニューを戻す。
   桃葉、手探りで水のグラスを探す。
蓮「こんな寒いのにいいんですか」
   桃葉の手にレシート入れが当たり、倒れる。
   蓮、見る。
   桃葉、レシート入れを掴み、立てる。
桃葉「火傷しちゃうから」
   水のグラスに触れる桃葉、端に移動させる。
   × × ×
   桃葉、アイスティーを少し飲む。
桃葉「写真撮った帰り?」
   蓮の前に苺パフェ。
蓮「……今日は、下見で……」
桃葉「そうなんだ。今度は何撮るの?」
   蓮、脇に置いたカメラバッグを触る。
蓮「……人、です」
   桃葉、アイスティーを置く。
桃葉「そっかそっか。植木先生? だったら交差点の写真はやめときな。
 毎年何人かそれでボロボロに言われるから」
蓮「えっ」
桃葉「人って聞くと皆一回は考えるんだよね。まだ時間あるなら、
 学校のスタジオでモデルさんを撮影した方がいいよ。作品として見てもらえるから」
蓮「……そう、します」
   蓮、桃葉の全然減っていないアイスティーを見る。
   桃葉、冷えた体をさする。
   蓮、脇に置いた紅茶を見る。
   カップから湯気が上がっている。

〇同・外
   店から出てくる蓮と桃葉。
   桃葉、蓮の方を向く。
桃葉「じゃあ。またね」
   蓮、下を向いている。
蓮「……あ、はい」
   桃葉、白杖を突いて歩いていく。
   蓮、ゆっくり視線を上げる。
   歩く桃葉の後ろ姿。
   蓮、桃葉を見ている。
   蓮の横を通り過ぎていく人の顔にモザイクがかかっている。
タイトル「桃の花、蓮の香り」

〇回想・眼科・検査室・九年前
   検査を受ける蓮(10)。

〇回想・同・診察室・九年前
   蓮と蓮の母親、椅子に座っている。
   医師1、検査結果を見ながら、
医師1「異常はないですね。至って健康です」
母「けど先生」
医師1「顔が見えないんでしたっけ」
母「モザイクがかかっていると、最近言い出して」
   蓮、医師1を見る。
   医師1の顔にモザイクがかかっている。
医師1「けどね、何も問題はないんですよ」
母「じゃあどうして」
   医師1、困ったように溜息を吐く。
医師1「精神的なものでは?」

〇回想・心療内科・診察室・九年前
   医師2、蓮と向かい合っている。
   蓮、下を向いている。
   × × ×
   蓮が座っていた場所に母が座っている。
医師2「特に問題はないかと」
母「そう、ですか……。じゃあどうして」
医師2「ご家庭内はどんな様子ですか?」
母「と、言いますと」

〇回想・同・待合室・九年前
   蓮、漫画を読んでいる。
   描かれた人の顔は普通に見えている。
医師2(声)「あくまで可能性の話ですが、
 顔が見えないと言って気を引きたいんじゃないかと」

〇回想・病院のモンタージュ診察室・九年前
医師3「甘えじゃないんですか?」
   × × ×
医師4「甘え」
   × × ×
医師5「甘えでしょう」
母「……」
   隣に居る蓮、俯いている。

〇回想・学校からの帰り道・九年前
   蓮、地面を見て歩いている。
   後ろから走ってくる同級生、蓮を追い抜かす時にわざとぶつかる。
   蓮、よろける。
   笑う同級生の顔にモザイク。

〇回想・玖織家・玄関・九年前
   蓮、玄関を開ける。
   蓮の祖父、玄関わきに荷物を置く。
祖父「おかえり」
蓮「ただいま……」
   祖父、蓮に手招きをする。
   蓮、家に上がる。

〇回想・同・祖父の部屋・九年前
   床に荷物が積まれている和室。
   祖父、部屋に入る。
   蓮、廊下に立って見ている。
   祖父、床に座って荷物の整理をする。
祖父「じいちゃん、来月から別のとこで暮らすことになったから。
 欲しいのあったら持っていっていいからな」
蓮「……」
   祖父、押し入れから額縁を出す。
   祖父、眺めて、
祖父「懐かしいな」
   祖父、蓮に見せる。
   森の中の川、雪が降っている写真。
蓮「……わ……」
   祖父、にこっと笑う。
祖父「四万十川だよ。綺麗だろ、じいちゃんが撮ったんだ」
   部屋に入る蓮、額縁を掴む。
蓮「これ欲しい」
   驚く祖父、嬉しそうに笑う。
祖父「そうか欲しいか」
   祖父、蓮の頭を撫でる。
   蓮、目を輝かせて写真を見ている。

〇アパート・蓮の部屋・現在(朝)
   ベッドで寝ている蓮、目を覚ます。
   蓮、起きて支度をする。
   壁に祖父の写真が飾ってある。

〇専門学校・写真学科・教室
   照明が落とされた教室。
   蓮、隅の席で下を向いている。
   プロジェクターで渋谷交差点の写真が映し出されている。
   前に立っている植木(68)、渋い顔。
植木「これで六人目ですね。繰り返しますが、これは報道写真です。
 写真家になりたいなら作品を作ってください」
   所々で生徒の「きびしー」「やらかした」と小声が聞こえる。
   植木、パソコンを操作。
   蓮の写真に変わる。
   鏡越しの目をつぶった女性の写真。
   蓮、顔を上げない。
   植木、写真を見る。
植木「うーん……。テーマである人が生かせてませんね。せめて視線は欲しかったなあ」
蓮「……」

〇同・正面ホール
   ベンチに座っている蓮、持っている印刷した写真とCD-ROMを見ている。
   そこにぞろぞろとやってくる俳優学科の女子グループ。
   その中の一人が蓮に気づく。
   女子1、蓮の元へ行き肩を叩く。
   驚いて顔を上げる蓮、すぐに視線を下げる。
女子1「ごめん待たせて」
蓮「……あ、いえ」
   蓮、写真とCD-ROMを渡す。
蓮「ありがとうございました」
   女子1、受け取って写真を見る。
女子1「えー? これあたし? めちゃくちゃ綺麗! 芸術作品じゃん。ありがとー」
   女子1、「じゃあ」と友だちの元へ戻っていく。
蓮「……」
植木「モデルさんは満足しているようですけど、君はどうですか?」
蓮「!」
   植木、ベンチに座る。
植木「好きなものだけを撮っていたい気持ちはわかりますが、それはプロになってからの話。
 学んでいる段階で視野を狭めていたらもったいないと思いませんか」
蓮「……思い、ますけど」
植木「何を思って撮影しました?」
蓮「……えっと」
植木「人物でも風景でも、何を撮影するのかは、カメラを持つ我々にかかってます。
 アレとかとても分かりやすいでしょう」
   植木、ホールに飾られた大きな写真を指さす。
   蓮、見る。
   ヒマワリを抱えて、背を向けた髪の長い女性のモノクロ写真。
植木「何を思いますか?」
蓮「……、モデルさんのことがとても大切なんだと……」
   植木、微笑む。
植木「そうですね。この写真のテーマを聞くと皆、愛や恋と答えます。
 ヒマワリの花言葉に引っ張られている部分もあるでしょうが、花はあくまでわき役。
 僕が言って花に気づく人も居ます。それくらい、人間を映しているんですよ、これは」
   植木、立ち上がる。
植木「君にはそれがない。何を見て何を映したいのか、今一度考えてみては?」
   植木、去っていく。
   植木を見ている蓮、写真に視線を移す。
   蓮の携帯が震える。

〇代々木駅・前
   蓮、下を向いて立っている。
   杖を突いてやってくる桃葉、蓮の前を通り過ぎる。
   蓮、杖を目で追う。
   桃葉、蓮の隣に立つ。
   お互いに動かず、声もかけない。
   携帯を取り出す桃葉、耳元で操作して蓮に電話をかける。
   蓮の携帯に着信。
蓮「(出る)はい」
   驚く桃葉、蓮の方を向く。
桃葉「居たの?」
蓮「はい」
   桃葉、電話を切る。
桃葉「声かけてくれればよかったのに」
蓮「……」
桃葉「? あっお腹空いた? ごめんね、そうだよね」
   桃葉、蓮と腕を組む。
蓮「!」
   蓮、緊張して固まる。
桃葉「じゃ、行こっか」
   桃葉、「歩いて」と蓮の腕を引く。
   蓮、改札に向かって歩き出す。

〇由比ヶ浜
   海風に吹かれる蓮と桃葉。
蓮「いや、寒いんですけど」
桃葉「(笑う)寒いねー」
蓮「何で海なんですか。来る時期間違えてますよね」
桃葉「冬の海って綺麗じゃない?」
   蓮、見渡す。
   乾いたワカメや木の枝が転がっている。
蓮「いや、綺麗とは思わないです」
桃葉「あれー? そっかあー」
   × × ×
   空を飛ぶカモメ。
   蓮と桃葉、階段に座ってサンドイッチを食べている。
蓮「渋谷の写真、六人居ました。教えてくれてありがとうございます」
桃葉「六人かー、そこそこだねぇ」
   くすくす笑う桃葉、右手を差し出す。
桃葉「お茶貰ってもいい?」
   蓮、桃葉に紅茶のコップを持たせる。
桃葉「ん、違くない? アイスティー頼んだよね」
蓮「無かったんで。蓋開けてたのでちょっとは冷めてるはずです」
   桃葉、笑いがこみ上げる。
桃葉「優しいね」
蓮「違います」
   桃葉、聞こえないふりをして紅茶を飲む。
桃葉「あ~温か~」
   食べ終わる蓮、包み紙を丸める。
   蓮、波打ち際をぼんやり見つめる。
桃葉「写真撮ってきていいよ」
蓮「……いや……」
桃葉「ん? 違った?」
   蓮、悩む。
蓮「じゃあ、少しだけ」
   蓮、カメラバッグに手を伸ばす。
桃葉「うん。いってらっしゃい」
   × × ×
   カメラの画面。
   蓮、海や空、ヤドカリなどにカメラを向けるがシャッターを切れない。
   蓮、振り返る。
   桃葉、包み紙を畳んでいる。
   蓮、桃葉にカメラを向ける。
   顔にモザイクがかかっていて桃葉がどこを見ているのかわからない。
蓮「……」
   蓮、カメラを下ろす。
   桃葉の元へ戻ってくる蓮。
蓮「戻りました」
桃葉「おかえり。いいの撮れた?」
蓮「……あまり」
桃葉「そっか」
   蓮、カメラバッグを開ける。
桃葉「ハチくんってさ、人の顔見るの苦手?」
   蓮、手が止まる。
蓮「……何でですか」
桃葉「ここ(顔)らへんに視線感じないから。皆じっと見てくるのに」
   蓮、桃葉を見る。
蓮「見えてます?」
桃葉「見えないよ。でも見られてるってことはわかる」
蓮「そう、ですか」
   蓮、カメラをしまい、バッグを閉める。
桃葉「だからハチくんと居ると楽でね。すごく助かってる」
   蓮、驚く。
蓮「え……」
桃葉「ん?」
蓮「顔見て話せって言わないんですか」
桃葉「それ私が言うの? ないない。見なくてもこうやってお喋りできるし、
 好きにすればいいじゃん」
蓮「そう、ですね……。そうします」
   蓮、桃葉の横に座る。
桃葉「あ、でも待ち合わせの時はちょっと困るから目印ちょうだい」
   桃葉、手を差し出す。
蓮「目印……」
   蓮、鞄をあさる。
蓮「ああ」
   蓮、桃葉にクマのキーホルダーを渡す。
   桃葉、触る。
桃葉「何?」
蓮「クマ」
桃葉「クマ」
蓮「サケに負けてるクマ」
桃葉「サケに負けてるクマ!? 何でそんなの持ってるの?」
蓮「祖母が作ってくれて」
桃葉「面白いおばあちゃんだね」
桃葉、蓮に白杖とキーホルダーを差し出す。
桃葉「つけて」
   蓮、ストラップにクマをつける。
蓮「はい(返す)」
   桃葉、触って確認する。
桃葉「クマがいる」
   蓮、笑いをこらえる。
桃葉「何ぃ」
蓮「似合わない」
桃葉「わかりやすくていいでしょ?」
   桃葉、杖を揺らす。

○渋谷駅・前(日替わり)
   桃葉、電話をしながら杖を揺らす。
   そこにやってくる蓮、電話を切る。

○タワーレコード・店内
   視聴できるように準備する蓮、ヘッドホンを桃葉に渡す。
蓮「どうぞ」
桃葉「ありがとー」
   聞く桃葉、満足そう。

○電気屋・店内
桃葉「キーボードが欲しくてね」
蓮「どういうのが欲しいんですか?」
   桃葉、タイピングの動きをしながら、
桃葉「なんかいい感じのやつ」
蓮「なんかいい感じのやつ……?」
桃葉「仕事で使うからそれっぽいの」
蓮「それっぽい……?」

○映画館・館内
   バトルアニメ映画が流れている。
   見ている蓮と横でポップコーンを食べている桃葉。

○同・外
蓮「楽しめました?」
桃葉「ポップコーン美味しかった」
蓮「……チュロス買います?」
桃葉「買う!」
   蓮、笑う。

〇電車・車内(夕)
   座席に隣り合って座っている蓮と桃葉。
桃葉「ポップコーンは映画館で食べるのが一番いいね。家でもできるけど、
 いつコンロから離せばいいかわかんないから怖いんだよね」
蓮「チュロスも美味しかったですか?」
桃葉「美味しかった。中にチョコが入っててびっくり」
   電車がトンネルを抜ける。
   電車内に夕日が差し込む。
   蓮、まぶしくて目を細める。
   窓の外に夕焼け空と東京タワーが見える。
   蓮、桃葉に教えようとするが途中で気づき、
蓮「あ……」
桃葉「ん?」
蓮「……、いえ」
桃葉「そ?」
   夕日を見る蓮、桃葉に視線を移す。
   桃葉の顔にかかっているモザイク。
   桃葉、蓮の方を向いて、
桃葉「ねえ」
蓮「! ……はい」
桃葉「ごめんだけど、今日送ってくれない?」
蓮「それは、家までという?」
桃葉「そう。家の近に看板が立ってて、それが何か教えて欲しいの」
蓮「ああ、なるほど」

〇マンションまでの道(夜)
   蓮、桃葉と腕を組んで歩く。
蓮「いつもこの道を?」
桃葉「そうだよ?」
蓮「暗くないですか? もう少し明るい道の方がいいと思いますけど」
桃葉「そっちは階段多いから大変なんだ」
蓮「……けど」
   街頭が少ない道、人も少ない。
桃葉「ここら辺にない? 看板」
   蓮、周りを見る。
   工事の看板が立てかけてある。
蓮「ありました」
   蓮、桃葉を連れて看板に寄る。
   蓮、読んで、
蓮「水道管の工事ですって。歩道は通行止めにはならないと思いますけど、
 ちょっと通りにくくなるかもですね」
桃葉「そっかあ、うん。ありがと」
   蓮、桃葉の白杖をちらっと見て考える。

〇マンション・部屋前(夜)
   桃葉、玄関の扉を開ける。
桃葉「ありがとね」
蓮「いえ」
   桃葉、部屋に入る。
蓮「あの」
桃葉「ん?」
蓮「……また、いつでも送ります。時間があれば迎えにも」
   驚く桃葉、小声で、
桃葉「……君は本当に優しいね」
   蓮、桃葉の言葉が聞こえてなくて、
蓮「迷惑だったらやめますけど─」
桃葉「ううん、ありがと。すごく助かる。お願いしたい時はまた連絡するね」
蓮「(ほっとして)はい」
桃葉「おやすみ」
蓮「おやすみなさい」
   桃葉、扉を閉める。
   蓮、視線を上げて扉を見る。
   蓮、去る。

〇同・桃葉の部屋(夜)
   リビングにやってくる桃葉、鞄を下ろす。
   桃葉、キッチンへ。
   ベランダで缶チューハイを飲んでいる山内(40)、桃葉を見る。

〇アパート・蓮の部屋(夜)
   蓮、段ボールから卒業アルバムを出す。
   蓮、パラパラとめくり、クラス写真のページへ。
蓮「桃……」
   蓮、一人一人の名前をなぞり、「桃」と言う字がないか探す。
   蓮の指が止まるが「胡桃」だったり「桃矢」だったり。
   蓮、ページをめくる。
   クラス写真が終わり、入学式の写真のページに。
   蓮、アルバムを閉じる。
蓮「……」
   携帯を取る蓮、画面を見つめて考える。

〇ファーストフード店・内
   座っている蓮、その前にポテト。
   向かいに飲み物を置く弟の玖織芹(16)、高校の制服を着ている。
   芹、どかっと椅子に座る。
蓮「……芹?」
芹「他に誰が居んだよ」
蓮「そう、だよね。あ、何か食べる? 買ってくるよ」
   蓮、立とうとする。
芹「いい」
   芹、蓮の前にあるポテトをつまむ。
   蓮、座る。
蓮「……元気?」
芹「見ての通り」
蓮「……」
   蓮、視線を下げる。
芹「何、用って」
蓮「あー……えっと」
芹「何」
蓮「……あのさ、僕か芹の知り合いに桃っていう名前の人、居たか知らない?」
芹「は?」
   蓮、俯いたまま。
蓮「覚えがなければいいんだけど」
芹「知るわけないじゃん。人探し?」
蓮「そういうわけでもないんだけど」
芹「うざ。はっきりしてよ」
蓮「……、知りたいんだ。その人のこと」
   芹、手が止まる。
蓮「僕を知っているようだけど、どこか違う気がして。だから─」
   芹、席を立つ。
芹「勝手にやってろ」
   芹、荷物を持って去っていく。
   蓮、追いかけようとするが、どれが芹かわからなくなる。

〇同・外
   芹、電話をしている。
芹「だから、顔見たいなら母さんが自分で何とかして。……写真? 撮るわけないじゃん。
 何で兄ちゃん撮らないといけないわけ? ……いや、いつ帰ってくるかなんて知らないよ」
   蓮が店から出てくる。
   芹、「うわ」と嫌な顔をする。
   蓮、芹に気づかず、前を通り過ぎる。
芹「……は?」
   芹、蓮の後ろ姿を見つめる。
芹「(電話に)もういい? 俺忙しいから」
   芹、電話を切って蓮を追う。

〇代々木駅・前
   歩く蓮。
   その少し後ろに芹。
   蓮、立ち止まり、携帯を出して電話をかける。
   同じように立ち止まる芹、蓮の様子を見ている。
   少し先に居る桃葉、電話に出て杖を揺らす。
   気づく蓮、桃葉の元へ。
   お互いに電話を切って、
桃葉「慣れたねー」
蓮「最初は苦労しましたけど」
   にこやかな蓮、桃葉の顔を見て話している。
芹「……俺の顔は見ようともしなかったくせに」
   芹、桃葉をじろじろ見て、手元の白杖に気づく。
芹「……」
   蓮に向かっていく芹、わざとぶつかる。
   驚く蓮、大体の方向を見て、
蓮「すみません」
   芹、蓮をじっと見る。
   蓮、芹だとわからない。
   芹、舌打ち。
芹「盲目同士せいぜい仲良くしてろよ」
蓮「……、芹……?」
   芹、答えず去る。
桃葉「どうした?」
蓮「あ、えっと。……誰かにぶつかってしまったみたいで」
桃葉「駅前は人多いもんね。誰かわからなくなっちゃうからはぐれないようにしなきゃ」
   桃葉、蓮の腕を掴む。
蓮「……、誰か……」
   蓮、桃葉を見る。
桃葉「? ハチくん?」
蓮「……」

○専門学校・正面ホール(朝)
   登校してくる生徒たち。
   蓮、ベンチに座って人を見ている。
   皆、蓮の前を通りすぎていく。
   人が居なくなるホール。
   蓮、「だよな」と溜息。

○同・写真学科・教室
   教室を見渡せる席に座っている蓮、同級生を見ている。
   コツコツ音がしてその方向を見る蓮。
   傘を持った生徒が教室に入ってくる。
   蓮、息を吐く。
   教室に植木が入ってくる。
桃葉(声)「植木先生? だったら─」
   蓮、「あ」と。

〇同・資料室(夜)
   蓮、パソコンに向かっている。
   画面に写真が映し出されている。
   机に積まれたファイル。
   卒業作品と書かれたシールが背表紙に貼ってある。
   次々と写真を見ていく蓮、手が止まる。
   撮影者の名前が「桃井」だが名前が明らかに男。
蓮「……」
   蓮、次の写真へ。
   × × ×
   人が少なくなった室内。
   蓮、写真を見続けている。
   × × ×
   室内に蓮のみ。
   蓮、息を吐いて体を伸ばす。
   周りに誰も居ないことに気づく蓮、片付ける。

〇同・正面ホール(夜)
   照明が落ちて暗いホール。
   蓮、玄関に向かって歩く。
   掲示板に写真展のポスター。
   ポスターを横目で見て通り過ぎる蓮、ふと立ち止まる。
   蓮、もう一度ポスターを見る。
   写真家の名前が「hati」。
蓮「……ハチ……」

〇マンション・外観(朝)

〇同・桃葉の部屋(朝)
   食卓の上のネックレスに手を伸ばす桃葉、手が滑って床に落とす。
   桃葉、机の上を触ってネックレスを探す。
   携帯にメッセージが届く。
   画面を触る桃葉、自動音声を使いつつメッセージアプリを開く。
   自動音声が蓮のメッセージ「着きました」を読み上げる。
   桃葉、鞄を肩にかける。
   桃葉、玄関へ。
桃葉「いってきます」
   桃葉、出る。
   山内、床に落ちたネックレスを拾う。

〇電車・車内(朝)
   座っている桃葉とその前に立っている蓮。
   桃葉、蓮の服を引っ張る。
   蓮、桃葉に耳を近づける。
蓮「はい」
桃葉「どこに行くの?」
蓮「……、そのうちわかります」
   電車がトンネルに入る。

〇アトリエ・外観(朝)

〇同・内(朝)
   受付でチケットを買う蓮、隅で待つ桃葉の元へ。
   桃葉、蓮に気づき、
桃葉「おかえり」
蓮「……。行きましょうか」
   × × ×
   壁に飾られた写真、ヌードが多い。
   蓮、写真には目もくれず「hati」を探す。
   周りは写真を見ている人ばかり。
   その中にスタッフと話しているジャケットを着た八木(23)を見つける。
   蓮、ジャケットを目で追う。
桃葉「ハチくん?」
蓮「ちょっと待ってください」
   八木、スーツを着た人と名刺交換をする。
   蓮、桃葉の手を引き、
蓮「こっち」
桃葉「?」
   蓮、八木の元へ。
   桃葉、蓮についていく。
   八木、世間話を終える。
   そこにやってくる蓮と桃葉。
蓮「あの」
   八木、蓮に気づく。
八木「ん?」
蓮「……ハチ、さんですか」
桃葉「!」
   八木、にこっと笑う。
八木「そーだよ」
   桃葉、蓮から手を離す。
   蓮、その手を掴む。
蓮「お願いがあるんですけど」
八木「ごめんねサインはしないよ」
蓮「そうではなくて……」
   蓮、桃葉の方を見る。
   八木、「ん?」と桃葉の顔を見る。
   顔をしかめる桃葉、避けるように蓮の後ろに隠れようとする。
   八木、桃葉の顔を覗き込み、
八木「あーっカイドーの彼女じゃん。あ、間違えた、元か。で? 何しに来たの? 
 見えないのに」
   桃葉、答えず蓮の背中に隠れる。
   蓮、桃葉の反応を見て「あれ」と。
八木「もしかして、やっと俺に撮ってほしくなった? いいよ、ちょうど一人足りなくてさ。
 ヌードモデルってなかなかつかまんないんだよね。伊水なら脱ぐの得意だろ?」
   蓮、桃葉に八木を話すよう促す。
桃葉「帰ろう」
蓮「え」
桃葉「いいから、帰ろう」
蓮「でもこの人─」
八木「伊水って今どうやって暮らしてんの? 見えないと苦労しない?
 学科違ったけど一応同級生だし、困ってんならギャラちょっと多くしてあげるよ」
   桃葉、無視して歩き出す。
   蓮、ついて行く。
   八木、追う。
八木「なあ聞いてる? やっぱりカイドーの前じゃないと脱がねーの?」
   足を止める桃葉、八木の方を向く。
八木「ん? 何─」
桃葉「ハチくんの真似して楽しい?」
八木「……は」
桃葉「八木だからハチ? 何それ、恥ずかしくないわけ?
 構図も色も似せた後は名前まで取って、真似ばっかりの写真展やって楽しい?」
   八木、桃葉の胸ぐらをつかむ。
八木「ふざけんな! これは俺の実力だよ!」
   ざわつくアトリエ内。
   三人に視線が集まる。
   駆け寄ってくるスタッフ。
スタッフ「どうしました?」
   桃葉、八木の体を押して離れる。
桃葉「すみませんお騒がせして。すぐ帰ります」
   桃葉、歩き出す。
   蓮、桃葉を追う。

〇同・外(朝)
   出てくる蓮と桃葉。
   桃葉、蓮から手を離す。
蓮「あの─」
桃葉「タクシー呼んでくれる?」
蓮「え、あ……はい」
   蓮、携帯を出す。
   × × ×
   桃葉、タクシーに乗る。
桃葉「今日はごめんね」
蓮「いえ、僕の方こそ……」
桃葉「じゃあ」
蓮「え」
   桃葉、運転手に、
桃葉「出してください」
   運転手、蓮を気にしつつドアを閉める。
   走り出すタクシー。
   蓮、タクシーを見ている。

〇アパート・蓮の部屋
   鞄を下ろす蓮、床に座る。
蓮「……」
   蓮、携帯を取り出してメッセージアプリを開く。
   蓮、桃葉に『今日はすみませんでした』と打って、消す。
   蓮、『カイドーさんって』と打ち、少し考えてまた消す。
   携帯を置く蓮、溜息を吐く。
蓮「……同級……」
   蓮、ハッとする。
蓮「同級生……?」
   蓮、鞄を掴んで玄関へ。

〇専門学校・外
   蓮、駆けてくる。
   玄関のガラス扉を引くが、鍵がかかっている。
   蓮、「だよな」と溜息を吐く。
   帰ろうとする蓮、学校の中に植木が居るのに気付く。
   植木、蓮に気づいている。
   植木、やってきて鍵を開ける。
   植木、扉を開け、
植木「どうしました?」
蓮「……先生こそ」
植木「僕は仕事がありまして。君は?」
   蓮、植木の顔を真っ直ぐ見て、
蓮「知りたいことがあるんです」

〇同・資料室
   植木、電気を点ける。
植木「三十分だけですよ。僕は職員室に居るので」
蓮「ありがとうございます」
   植木、資料室を出る。
   席に座る蓮、パソコンを起ち上げる。
   × × ×
   写真データを見ている蓮、「か」から始まる名前を片っ端から見ていく。
蓮「か、カイヅカ……。カトウ……」
   蓮、翌年のデータへ。
   × × ×
   蓮、頭を抱えている。
植木「解決しました?」
   顔を上げる蓮、植木を見る。
   植木、入り口に立っている。
蓮「……してないです。……、すみません、時間ですよね」
   蓮、片付ける。
植木「何を調べていたんですか?」
蓮「人を探してまして。また、頑張ります」
植木「そうですか」

〇マンション・桃葉の部屋(夜)
   ソファーで寝ている桃葉、頬に涙の痕。
   桃葉を見ている山内、頬に手を伸ばす。
   桃葉、目を覚ます。
   山内、手をひっこめる。
   起きて溜息を吐く桃葉、顔を覆う。
   山内、じっとしている。
桃葉「……仕事しよ」
   桃葉、涙の痕をこすってデスクへ。

〇専門学校・廊下
   蓮、資料室から出てくる。

〇同・正面ホール
   蓮、自販機でコーヒーを買う。
   ベンチに座る蓮、手で目を押さえる。
   そこに通りかかる女子1、蓮に気づく。
女子1「どうした?」
   顔を上げる蓮、周りを見て自分にだと理解する。
   女子1、蓮の元へ。
女子1「クマすごいよ。大丈夫?」
   蓮、モデルの子だと気づく。
蓮「調べ物をしてたので」
女子1「へー。大事なことなんだね」
蓮「……。そう、なんだと思います」
   女子1、鞄の中からチョコを出し、蓮に差し出す。
女子1「これあげる。頑張ってね」
   受け取る蓮、女子1を見て、
蓮「ありがとう」
女子1「じゃあね」
   女子1、去る。
   蓮、コーヒーを開ける。
   玄関から作業服を着た人が数人入ってくる。
   蓮、コーヒーを飲みながら見ている。
   作業員、飾ってある写真の元へ。
   やってくる植木、作業員と話す。
   少しの間写真を見ながら話をしている植木と作業員。
   作業員、植木との話を終え、外へ。
   植木、戻ろうとする。
   蓮、植木を追う。
蓮「先生」
   植木、振り返る。
植木「何でしょう」
蓮「何かするんですか?」
植木「ああ。新しくするんです。三年も飾っていれば日に焼けますし」
蓮「焼けてしまっても、いい写真なのは変わらないです」
   植木、微笑み、頷く。
植木「僕もそう思います。できるなら、このままここで皆の視線を奪っていてほしい」
   植木、写真を見上げる。
植木「けれど、学校は今人気の写真家がいいと。宣伝にもなりますしね。
 八木くん……ああ、今はhatiでしたね。彼の写真がここに来るんです」
   植木、掲示板のポスターを見る。
蓮「(見て)……ああ」
植木「見に行きました?」
蓮「はい。でも僕にはわからなかったです」
植木「(笑う)彼は君には見えない世界を見ているんですよ」
蓮「……そうですね」
植木「わからなくても落ち込むことはないですよ? 
 八木くんだって、この世界は見えないんですから」
   植木、写真を見上げる。
植木「相当嫌だったんでしょうね。何度も断られて最終的には理事長が直接話に行きました。
 僕もその場に居ましたが、あれには一生勝てないから勘弁してほしいと
 むしろ頭を下げられま したよ。久々に見たなあ、あの顔」
   植木、思い出して笑う。
植木「昔はあんなに仲が良かったのに、いつから海冬くんをライバルとして
 見るようになったんでしょうね」
蓮「……カイドー?」
   植木、「ん?」と。
蓮「今、カイドーって」
植木「ええ」
   蓮、写真を見上げ、
蓮「この写真、カイドーって人のなんですか?」
植木「そうですよ? あれ、名前のパネルがあったはずなんだけどな」
   パネルを探す植木、掲示板の下に転がっているのを見つける。
植木「あったあった」
   植木、拾う。
植木「誰かがぶつかってよくどこかに行ってしまうんです」
   植木、ほこりを払って蓮にパネルを差し出す。
   蓮、パネルを持つ。
   【撮影者:蜂須海冬】と書かれている。
蓮「蜂、須……海冬」
   蓮の指でモデルの名前が隠れている。
   蓮、指を動かす。
   【モデル:伊水桃葉】
   蓮、写真を見上げる。
   ヒマワリを抱えて背を向けている桃葉。
蓮「……」
植木「あまりこういう言葉は使いたくありませんが、天才というのに相応しい人でしたよ。
 海冬くんは」
   蓮、写真を見たまま、
蓮「ここにあるから、卒業作品の中にデータがなかったんですか?」
植木「?」
蓮「ずっと、探してて……。でもどこにもそれらしい名前が無くて」
植木「いえ。これは一年生の時に撮影した課題の一つです」
   蓮、植木を見る。
蓮「課題……?」
植木「ええ、君もこの前提出した、人ですよ」
蓮「……え」
植木「そうか、生徒が見れるのは卒業作品のみでしたね」
   植木、少し考え、
植木「見ますか? 海冬くんの作品。僕個人、講師でありながら彼のファンでしてね。
 データを貰ってたんですよ」
蓮「見たいです。ぜひ」
   植木、にっこり笑う。

〇同・職員室
   植木、机の引き出しからCD-ROMを取り出す。
   植木、蓮に差し出す。
植木「どうぞ、ゆっくり見ていいですよ」
蓮「ありがとうございます」
   蓮、受け取る。
蓮「……あの、海冬さんを探してる人が居て。会うことってできたりしませんか?」
植木「……それは……」
蓮「難しければ連絡先だけでもいいんです」
   植木、息を吐く。
植木「無理ですね」
蓮「そこをなんとか」
植木「……、居ないんですよ」
蓮「居ないって、海外ってことですか」
植木「亡くなったんです」
蓮「!」
植木「二年の冬休みに、交通事故で。だから卒業作品もない。文字通り卒業していませんから」
蓮「……」
植木「その探している方には申し訳ないけど─」
蓮「……、いえ、僕の方こそ、すみません。……お借りします」
植木「うん、どうぞ」

〇同・資料室
   蓮、CD-ROMをパソコンに入れる。
   画面に映る写真データ。
   待ちゆく人、渋谷交差点、代々木公園のスナップ。
   どれも全てモノクロの写真。
   真剣に見ている蓮。
   撮影現場のスチール、役者やスタッフ、荷物番をしている女子(桃葉)の写真。
   蓮、その女子が桃葉だと気づかない。
   その後も桃葉の写真が続く。
   パソコンで作業している桃葉、カメラマンと話す桃葉、由比ヶ浜で遊ぶ桃葉。
   ホールに飾ってあるヒマワリを抱いた写真。
   違うショットが何枚も。
蓮「……」
   ふと手を止める蓮、スチール写真に戻る。
   蓮、荷物番の写真とヒマワリを抱いた写真を見比べる。
   髪の長さが一緒。
蓮「……!」
   蓮、後半が全て桃葉の写真だと気づく。
   蓮、もう一度映画のスチールに戻る。
   荷物番で座っている桃葉。
   多少桃葉が動くが同じ画角の写真が続く。
   カメラマンと話している桃葉。
   画面を見ている蓮の目に涙が浮かぶ。
   砂浜で遊ぶ桃葉。
   × × ×
   フラッシュバック。
   由比ヶ浜。
   笑う桃葉。
桃葉「綺麗じゃない?」
   × × ×
   蓮とサンドイッチを食べた場所と全く同じ所に座っている桃葉。
   空飛ぶカモメ。
   波打ち際に立つ桃葉。
   × × ×
   フラッシュバック。
   渋谷、スクランブル交差点。
   桃葉、花束ではなく蓮の手を掴む。
桃葉「ハチ、くん」
   × × ×
   ヒマワリを抱いた桃葉。
   蓮の頬を伝う涙。
   ピントがぼけたヒマワリ。
   蓮、涙を拭って写真を見る。
   拭っても涙が零れる蓮、次第に鼻をすするようになり、嗚咽が出てくる。

〇同・廊下
   ベンチに座っている蓮。
   蓮、携帯を取り出してメッセージアプリを開く。
   桃葉に何か送ろうとするが、結局何も打てない。

〇同・職員室
   植木の元にやってくる蓮。
蓮「ありがとうございました」
   蓮、CD-ROMを返す。
   植木、受け取る。
植木「この後、時間ありますか?」
蓮「……ありますけど」
植木「写真が変わるでしょう。これを機にデータもお返ししようと思ってましてね。
 ただ、海冬くんのご実家が坂の上でこの老体にはいささか厳しく。頼まれてくれますか?」
   植木、引き出しから別のCD-ROMを取り出す。
蓮「はい。僕でよければ」

〇電車・車内(夕)
   人が少ない車内。
   蓮、座席に座っている。

〇聖蹟桜ヶ丘駅(夕)
   蓮、改札から出てくる。

〇住宅街(夕)
   坂を上る蓮、息が上がっている。
   蓮、携帯で地図を見て歩き出す。

〇蜂須家・外(夕)
   蓮、インターホンを押す。
   少し間があり。
みゆき(声)「はい」
蓮「あ、こんにちは植木先生の─」
みゆき(声)「えっ!?」
蓮「えっ」
   インターホンが切れる。
   家の中から騒がしい音がし、海冬の母、蜂須みゆき(54)が出てくる。
   蓮、会釈をする。
   みゆき、蓮を見て我に返る。
みゆき「やだごめんなさい。どうぞ上がって」
   蓮、家の中へ。
   みゆき、靴を履いてないのに気付く。
みゆき「あっやぁねえ、もう」

〇同・リビング(夕)
   海冬の写真が壁に飾られたリビング。
   繋がった和室に仏壇がある。
蓮「お線香、あげてもいいですか」
   みゆき、頷き、微笑む。
みゆき「もちろん」
   蓮、和室へ。
   仏壇の前に座る蓮、線香をあげて手を合わせる。
   蓮、遺影を見る。
   モザイクで海冬の顔は見えない。
   × × ×
   食卓に座っている蓮。
みゆき「お砂糖とミルクは?」
蓮「あ、いえ。お構いなく」
   紅茶を持ってくるみゆき、蓮の前に置く。
蓮「ありがとうございます」
   みゆき、蓮の向かいに座る。
   蓮、鞄からCD-ROMを出す。
蓮「ありがとうございましたと、植木先生が。代理で申し訳ないです」
みゆき「そんな、お礼を言うのはこっちの方なのに」
   みゆき、CD-ROMを手に取る。
   蓮、壁の写真を見る。
蓮「海冬さんが撮った写真ですか?」
   顔を上げるみゆき、写真を見て、
みゆき「そう。こんな昔の飾らないでくれって何度も言われたんだけどね」
   アジサイや猫、山など。
蓮「すごくいい写真だと思います」
みゆき「ありがとう。猫はうちの子で、今は外でデートしてるんだけど、
 もうそろそろ帰ってくると思う」
蓮「デート」
みゆき「そう、彼女とね」
蓮「可愛いですね」
   蓮、キッチンのカウンターに飾られた夫婦の写真もモノクロなのに気づく。
蓮「全部モノクロなんですね」
みゆき「生まれつきの色盲で。色がわからない目だったから」
蓮「!」

〇回想・住宅街・十八年前(夕)
   母親と坂を上る海冬(5)。
   海冬、夕日を見ている。
   海冬の視界。
   色がなく、白と黒の世界。

〇回想・モンタージュ・撮影現場
   蜂須家。
みゆき(声)「カメラに興味を持った時は、正直どうしようか迷ってね」
   あくびをする猫。
   猫の写真を撮る海冬(19)。
   × × ×
   代々木公園。
みゆき(声)「色が見えないと不便なことが多いでしょ? 日常生活でもそうなのに、
 ましてや写真なんて」
   路上ライブをする人。
   噴水から水が上がる。
   写真を撮る海冬。
   海冬、撮れた写真を確認し、満足そうな顔。
   × × ×
   映画撮影現場。
みゆき(声)「でも、あの子はそれが何だって、そう言ったの」
   カメラの前で演技をする役者。
   見ている学生スタッフ。
   海冬、映画のスチール写真を撮る。
   海冬、荷物番をしている桃葉にカメラを向ける。
   × × ×
   由比ヶ浜。
海冬(声)「この世界を素敵だと言ってくれる人が居る」
   桃葉と話す海冬。
   × × ×
   学校、撮影スタジオ。
海冬(声)「夕日の赤も海の青も知らないけれど、綺麗なものは綺麗なままだよ」
   ヒマワリを抱えて背を向けている桃葉。
   海冬、桃葉にピントを合わせ、シャッターを切る。

〇蜂須家・リビング(夕)
みゆき「あの子にとって、色盲なんてハンデでも何でもなかったんでしょうね」
蓮「……」
   蓮、夫婦の写真を見る。
蓮「そうですね」

〇同・玄関(夕)
   蓮、靴を履く。
   そばに立っているみゆき。
みゆき「……最初、ごめんなさいね。あまりにも声が似てたから……」
蓮「そう、なんですか?」
   みゆき、蓮の顔を見る。
みゆき「ええ、本当にそっくり……」
蓮「……」
みゆき「あっそうだ、ちょっと待っててもらえる?」
蓮「あ、はい」
   みゆき、リビングに戻っていく。
   蓮、立って待つ。
   猫用のドアから黒猫が入ってくる。
   蓮、目で追う。
   みゆき、お菓子の箱を持って戻ってくる。
   みゆき、猫に気づく。
みゆき「あ、おかえり」
   みゆき、蓮にお菓子の箱を差し出す。
みゆき「和菓子は好き? これ、あの子が好きで。って言っても、
 好きな子がくれたからそう言ってたみたいでね。相当浮かれてたんでしょうね、
 食べないで一生大事にするとか言い出して大変だったの。
 ……それで、今もついつい買っちゃって、いっぱいあるから」
蓮「……」
   蓮、栗饅頭を受け取る。
蓮「いただきます」
みゆき「……ありがとう」
蓮「そんな、こちらこそ」
   みゆき、猫を抱き上げ、足を拭く。
   蓮、栗饅頭を鞄にしまいながら、
蓮「栗も好きなんですね。桃のパフェが好きだったと聞いていたので」
   みゆき、手が止まる。
蓮「?」
   蓮、みゆきの方を見る。
   身をよじる猫、みゆきの手から解放されて家の中へ。
   蓮、慌てて、
蓮「あ、すみません、余計なことを─」
みゆき「桃ちゃんに、会ったことあるの……?」
蓮「……桃……」
みゆき「桃葉ちゃん。モデルの」
蓮「……ご存じ、なんですか」
   みゆき、微笑む。
みゆき「もちろん、一度遊びに来てくれて。けど、あの子本当に言ったのね。
 ダサいからやめなさいって言ったのに」
   みゆき、くすくす笑う。
みゆき「桃のパフェねぇ。そう。回りくどいことしてないでちゃんと伝えるべきだって
 もっと強く言っておけばよかった」
   みゆき、目を伏せる。
みゆき「……桃ちゃんは、元気?」
蓮「……、はい」
みゆき「そう、元気ならよかった。あんなことがあったから、
 こっちから会いに行くなんてできなくて」
   蓮、後ろめたさで俯く。
みゆき「もし、また会うことがあったら、いつもお花ありがとうって、
 伝えておいてくれる? あと、困ったらいつでも言ってって」
蓮「……花?」
   みゆき、聞こえてなくて、
みゆき「相手側に過失があるって言っても、
 あの事故のせいで桃ちゃんの目が不自由になったのは事実だから」
蓮「……」

〇聖蹟桜ヶ丘駅・ホームと蓮の記憶(夕)
   ホームに電車が入ってくる。
   蓮、ベンチに座っている。
   電車が停止し、ドアが開く。
   電車から降りる人と乗る人。
   × × ×
   蜂須家、玄関。
みゆき「事故で─」
   × × ×
   専門学校、職員室。
植木「亡くなった」
   × × ×
   発車のアナウンスが流れる。
   蓮、俯いたまま動かない。
   × × ×
   渋谷、スクランブル交差点。
   潰れた花束。
   × × ×
   電車のドアが閉まり、発車する。
   鞄を握る蓮、顔をしかめて涙を堪える。

〇マンション・外観(夜)

〇同・桃葉の部屋(夜)
   桃葉、ワードに文章を打ち込んでいる。
   ピンポーン、とチャイムが鳴る。
   桃葉、振り返る。
   × × ×
   桃葉、玄関を開ける。
   そこには俯いた蓮。
桃葉「……どうしたの?」
   蓮、顔を上げる。
   桃葉の顔は変わらず見えない。
蓮「すみません、いきなり訪ねて」
桃葉「……とりあえず入って」
   蓮、部屋に入る。
   桃葉、サンダルを脱ぐ。
蓮「海冬さんの家に行ってきました」
   部屋に上がった桃葉、止まる。
桃葉「……」
   蓮、桃葉の後ろ姿を見て、
蓮「……僕は、……」
   蓮、その先が言えず口を閉じる。
   桃葉、蓮に背を向けたまま。
桃葉「うん、ごめんね」
   桃葉、蓮の方を向く。
桃葉「ハチくんじゃないのは、わかってたんだ」
蓮「……っ」
桃葉「もう居ないって、知ってる。私が一番傍に居たから、わかってるんだ。
 ……でも」
蓮「声が、似てると……」
桃葉「言われたんだ」
蓮「言われ、ました」
桃葉「そっか、……そうだよね」
   桃葉、悲しげに笑う。
桃葉「こんなひどいことってないよ」
蓮「……」
   少しの間の沈黙。
桃葉「君は、悪くないから。喋るなってわけじゃないよ、ごめんね」
蓮「……けど……」
桃葉「……お茶でも、淹れようか」
   桃葉、リビングへ。
   蓮、靴を脱ぐ。
   靴箱の上に溜まっている封筒。
   蓮、ちらっと見る。
   病院から差し出された物ばかり。
   蓮、気になりつつも桃葉のあとを追う。
   桃葉、キッチンへ。
   桃葉、電気ポットに水を入れる。
   やってくる蓮、部屋を見渡す。
   物が少なく、すっきりとした部屋。
   食卓の上に開けられた手紙が置いてある。
   【手術】という文字が書かれている。
   ベランダに居る山内、缶ビールを飲んでいる。
   蓮、山内に気づく。
蓮「お邪魔してます」
桃葉「え?」
蓮「え?」
山内「?」
   酔っている山内、ぼんやりしている。
桃葉「えっ?」
蓮「えっ?」
桃葉「えっ何!?」
   桃葉、電気ポットを持ったままパニックに。
   床に零れていく水。
蓮「えっ!?」
   蓮、桃葉と山内を交互に見る。
   × × ×
   警察に連れられていく山内。
   桃葉、部屋の隅でうずくまっている。
   蓮、桃葉に寄り添っている。
   女性警官が桃葉に近づく。
   桃葉、人が近づく気配を感じ、蓮にしがみつく。
   女性警官、桃葉の前でかがむ。
女性警官「お話できる? 大丈夫?」
   桃葉、女性の声で力が緩む。
桃葉「できます」
女性警官「ベランダの非常扉と窓の鍵が壊されてて、そこから出入りしてたみたい。
 戸締りの時、気づかなかった?」
桃葉「全く。鍵が緩くなったかなとは思ってましたけど……」
   蓮の服を握る桃葉の手が震えている。
   蓮、桃葉の手を擦る。
女性警官「そう。女性の一人暮らしなんだから警戒しなくちゃだめだよ。
 特にあなたは目が見えないんだから」
桃葉「……はい」
女性警官「続きは明日にしようか。今日は彼氏の家に泊めてもらって」
桃葉「そうします」
   桃葉、蓮の腕を掴む。
蓮「?」
   女性警官、蓮に、
女性警官「お願いね」
蓮「??」

〇アパート・蓮の部屋(夜)
蓮「何で……?」
   月明りが差し込む部屋。
   桃葉、手で触って家具の位置を確認。
桃葉「朝になったら出て行くから」
蓮「いや、そうじゃなくて。色々と問題がありますよね。そもそも彼氏じゃないのに」
桃葉「その方がスムーズだったし」
蓮「けど、……海冬さんに悪いです」
   きょとんとする桃葉、「ああ」と理解して、笑う。
桃葉「残念ながら、付き合ってなかったんだよねー」
蓮「え? でも」
   桃葉、床に座る。
桃葉「八木くんはそう思ってたみたいだね」
   桃葉、顔をそらし、
桃葉「私は好きだったけど」
蓮「……」
   月が雲に隠れる。
   暗くなる部屋。
   鞄をぎゅっと握る蓮、桃葉のそばに座る。
   桃葉、蓮の方を見ない。
   蓮、鞄から栗饅頭を出す。
蓮「これ、覚えてますか?」
桃葉「何?」
   桃葉、蓮の方に手を伸ばす。
   蓮、桃葉に栗饅頭を渡す。
   桃葉、触って確認するがわからない。
桃葉「箱?」
蓮「栗饅頭です」
桃葉「買ったの? 渋い趣味だね」
蓮「貰ったんです。海冬さんがすごく好きだったらしく、今もつい買ってしまうそうです」
桃葉「へー、聞いたことなかった」
   桃葉、栗饅頭を蓮に返そうとする。
蓮「好きな人がくれたのが、きっかけなんだと」
   手が止まる桃葉、笑う。
桃葉「あー……そう、これをねー。ふーん、変わった人が居たんだね」
   桃葉、栗饅頭の箱を撫でる。
桃葉「桃のパフェが好きって言うからさあ、色々行ったんだよ? 桃が食べられるところ」

〇回想・ファミレス・店内・四年前
   向かい合って座っている海冬(19)と桃葉(19)。
   二人の前に桃のパフェ。
桃葉(声)「私もそれなりに好きだったからよかったけど」
   桃葉、長い髪を結んでパフェを食べる。
   海冬、にこにこして桃葉を見ている。

○マンション・蓮の部屋(夜)
桃葉「あーでも、一回何かあげたなあ。桃と真逆で堅苦しいお菓子」
蓮「どうしてですか?」
桃葉「君にはまだわからないかもしれないけど、
 好きな人に自分の名前がついたものが好きって言われると勘違いするんだよ。
 だから、どんな反応するかなって」

○回想・専門学校・撮影スタジオ・四年前
   桃葉目線。
   桃葉、海冬にコンビニの袋のままお菓子(栗饅頭)を差し出す。

○アパート・蓮の部屋(夜)
   桃葉、箱をもてあそびながら、
桃葉「ビニールの袋に入れたままで、可愛くないよね。中は本当にこんな感じで箱の……」
   笑顔が消えていく桃葉、考え込む。
蓮「相当浮かれてたそうですよ。食べないで一生大事にすると言い出したとか」
桃葉「一生……」
   雲から月が顔を出す。
   部屋が月明りで明るくなっていく。

○回想・専門学校・撮影スタジオ・四年前
   海冬目線。
   撮影の準備をする海冬、そわそわして落ち着かない。
   扉が開く音。
   海冬、慌ててカメラを調整しているふり。
   近づく桃葉の足。
   海冬、振り返らない。
   桃葉、海冬のそばで立ち止まる。
   海冬、今気づいたふりをして振り返る。
海冬「おは、おはよう」
桃葉「……はよー」
海冬「今日は、よろしく、お願いします……?」
桃葉「こちらこそ」
   桃葉、コンビニの袋を差し出す。
海冬「? 持ってる?」
桃葉「あげる」
   受け取る海冬、中から栗饅頭の箱を出す。
海冬「え、いいの? 嬉しい!」
   桃葉、想定外の反応に少し複雑。
海冬「一生大事にする!」

○アパート・蓮の部屋(夜)
   月明りに照らされている桃葉、栗饅頭の箱を優しく撫でる。
   桃葉、笑いがこみ上げてくる。
桃葉「嘘だあ。だって、桃のパフェって」
   笑う桃葉、涙が混ざる。
蓮「回りくどいですね」
桃葉「そうだよ。そんなの、わかるわけないじゃん……」
   桃葉、栗饅頭の箱を抱きしめる。
   × × ×
   蓮、桃葉にティッシュを差し出す。
蓮「病院からたくさん手紙が来てましたけど、どこか悪いんですか」
   桃葉、ティッシュで涙を拭う。
桃葉「目の手術をしないかって、それだけ」
蓮「しないんですか?」
桃葉「いいかな。今のままの方が見たくないものを見ないで済むし」
蓮「……けど、見えていたなら今日みたいなことは……」
桃葉「……。そうだね。でも、見えていたら殺されてたかもしれないね」
蓮「!」
   桃葉、ごみ箱を探す。
   蓮、ごみ箱を引き寄せる。
   蓮、桃葉にごみ箱を差し出す。
   桃葉、ティッシュを捨てる。
   蓮、ごみ箱を横に置く。
   その時、机に手が当たり、スリープ状態だったパソコンがつく。
   画面に映される蓮が撮った人物の写真。
   蓮、見る。
蓮「……見たいものは、どうするんですか」
桃葉「?」
   蓮、桃葉の顔を見る。
   相変わらずモザイクがかかっている。
蓮「僕は、人の顔がわかりません」
桃葉「(驚いて)……」
蓮「人の顔を見るのは苦手だったし、こんな目でも生活はできるからいいと思ってました。
 写真も風景の方が好きだったから」
   蓮、壁の写真を見る。
蓮「けど、見たいものを見るためには、見なきゃいけないものがあるんです。
 見たくなくても、ちゃんと向き合わないといけない時が来る」
   蓮、桃葉を見てこぶしを握る。
蓮「僕は、あなたが見たい」
桃葉「……!」
蓮「色が見えない海冬さんがどんな世界を見ていたのか、
 何を思ってあの写真を撮ったのか、僕は知りたいんです」
   桃葉、蓮の顔の方に手を伸ばし、頬に触れる。
桃葉「泣いてるかと思った」
蓮「泣いてないです」
桃葉「……そうだね」
   桃葉、手で蓮の顔をなぞる。
桃葉「どんな感じなの? 一部は見える?」
蓮「何も。顔の周りにモザイクがかかっているので」
桃葉「そっか。そうなんだ」
   桃葉、手を下ろす。
桃葉「君は強いね」
蓮「……強く、ないです。もしそうだったならそもそもこの関係も始まってないです」
桃葉「確かにそうだ。人違いですって言って終わりだね」
   桃葉、くすくす笑う。
   蓮、つられて笑う。
桃葉「頑張って治すから、私もってこと?」
蓮「それは、違います。強制するようなことじゃないですし」
桃葉「あ、そう? てっきりそういう感じかと思ったけど」
蓮「……あ、でも」
桃葉「ん?」
蓮「いつか、僕の写真を見てくれたら嬉しいです」
   桃葉、微笑む。
桃葉「いいね、それ」

〇東京・街並み(朝)
   朝日が昇る。

〇アパート・蓮の部屋(朝)
   桃葉、靴を履く。
蓮「事情聴取が終わったらどうするんですか?」
桃葉「親に連絡したから、しばらく実家に帰るよ。仕事も元々在宅だったし」
蓮「お仕事は何を」
桃葉「ライター。脚本の勉強していたからそれつながりで」
   蓮、驚く。
蓮「役者じゃなかったんですか」
桃葉「そうだよ! 私、裏方の人間だからね! なのにモデルなんかさあ……、
 本当に嫌だったんだよ。しかも正面ホールに飾られてるんでしょ? 公開処刑に近いよ」
   蓮、笑う。
蓮「でも、すごくいい写真ですよ?」
   桃葉、意地悪く笑って、
桃葉「顔見えないくせに」
蓮「見えませんけど、いい写真です」

〇同・前(朝)
   タクシーを待っている蓮と桃葉。
桃葉「あのさ」
蓮「はい」
桃葉「今さらなこと言ってもいい?」
蓮「何でしょう」
桃葉「名前、教えてくれない?」
   蓮、少し驚き、笑う。
蓮「本当に今さらですね」
桃葉「ずっとハチくんって呼んでたからね」
蓮「そうでしたね。玖織です。玖織……」
桃葉「?」
蓮「……続きはまた今度、会った時に」
桃葉「お楽しみにって?」
蓮「今教えてしまうと、もう会えない気がして」
桃葉「やだなあ、そんな薄情じゃないよ」
   桃葉、笑う。
   一瞬、モザイクが薄れる。
蓮「!」
   すぐに見えなくなる桃葉の顔。
桃葉「けど、わかった。また今度ね」
   タクシーが止まる。
   乗り込む桃葉、蓮の方を見る。
桃葉「じゃあ、またね」
蓮「はい、また」
   蓮、タクシーから離れる。
   ドアが閉まる。
   タクシーが走り出す。
   蓮、見送る。
   桃葉、窓から手を出して振る。
   蓮、笑って手を振り返す。

〇専門学校・写真学科・教室
   植木、課題の説明をする。
   生徒に配られる紙。
   そこに書かれているテーマは【生物のモチーフ】。
   うんざりした顔をする生徒たち。

〇眼科・検査室
   蓮、検査を受ける。

〇同・診察室
   蓮、医師6と話す。
   医師6、蓮の話を真剣に聞いている。

〇専門学校・正面ホール(日替わり)
   蓮、派手な見た目の女子2とメイクの打ち合わせをしている。
   机の上に設定や衣装の希望を書いた紙。
蓮「花を使いたくて」
女子2「生花? 造花でもいいなら得意な子が居るけど」

〇心療内科・診察室(日替わり)
   蓮、医師7と話している。

〇専門学校・メイク学科・教室(日替わり)
   メイクをされている女子1の後ろ姿。

○同・撮影スタジオ
   蓮、カメラのセッティングをする。
   金木犀をモチーフにした衣装を着た女子1、カメラの前に立っている。
   前より少し薄れたモザイク。
   けれどまだはっきりと顔は見えない。
蓮「よろしくお願いします」
女子1「はーい。基本カメラ見てるから、目線動かしたかったら言ってね」
蓮「はい」
   蓮、カメラを構える。
   × × ×
   撮影した写真をチェックしている女子1、2と蓮。
女子1「本当に顔見えない?」
蓮「ぼやっとしか」
女子2「それなのにこんな綺麗に撮れるんだねぇ」
   女子1、写真を見て考える。
女子1「あのさ、金木犀を生かすなら目線ない方がいいんじゃないかな。
 その代わりにスパンコールとかで印象強くして」
   自分の顔で説明しようとする女子1、「あ」と気づいて
   メイクの説明を書いた絵に書き込む。
女子1「今回、人は引き立て役でいいと思うんだ」
女子2「確かに、今は花言葉の謙虚とはかけ離れてるしね」
蓮「なるほど。(女子2に)いけます?」
女子2「余裕。取ってくる」
   女子2、メイク道具を取りに行く。
   女子1、写真を見つつ、
女子1「あたしさあ、整形してんだよね」
蓮「……えっ」
女子1「ホント、高校生の時めちゃくちゃ太ってたしブスで。写真なんか大っ嫌いだったの」
蓮「……、なのにモデルやってくれたんですか」
女子1「そう、死ぬ前にまともな姿を残しておこうと思って。しょうもない理由でごめんね~」
蓮「いえ、そんな」
女子1「いや怒ってほしい。あたし、貰った写真見て本当に綺麗だなって思ったの。
 自分で自分を綺麗とか何言ってんだって思うけど、すごくいい写真だった。
 だからこそ真剣にやらなかったことを後悔してて」
蓮「……」
   女子1、蓮を見る。
女子1「またモデルをさせてくれてありがとう」
蓮「え、いや、こちらこそ」
女子1「先生が腰抜かして泡吹いちゃうくらいすごい写真一緒に作ろう」
蓮「……、はい」
   女子2、戻ってくる。
女子2「あらお邪魔?」
女子1「ファン一号が誕生したところ」
   女子1、人差し指を立てる。
女子2「わ~じゃあウチは二号~」
   女子2、ピースする。
   蓮、嬉しくて笑う。

〇マンション・桃葉の部屋
   荷物が無くなった部屋。
   桃葉、部屋を出る。

〇専門学校・外(朝)・一年後
   桜の花びらが舞っている。
   スーツを着た新入生が玄関前で写真を撮っている。

○同・正面ホール(朝)
   桃葉の写真から八木の写真に変わっている。
   様々な色のペンキを塗られた男の人の横顔。
   蓮(20)、写真を見ている。
植木「玖織くん」
   蓮、植木を見る。
蓮「植木先生」
   モザイクがなく、はっきりと顔が見える。
植木「インターン募集が来ていましてね」
   植木、一枚の紙を差し出す。
   蓮、紙を見て驚く。
植木「挑戦してみますか?」
   植木を真っ直ぐ見る蓮、微笑み、
蓮「ぜひ」

〇マンション・事務所(日替わり)
   壁に写真がずらっと飾られている。
   机を挟んで向かい合って座っている蓮と助手1。
   助手1、蓮のポートフォリオを見ている。
助手1「面白いね。玖織くんは人を撮りたいんだ」
蓮「hatiさんみたいな芸術とまではいきませんが」
   助手1、笑う。
助手1「あの人はもうアートだから。まあ勉強になることは多いと思うよ」
   玄関が開く音。
   助手1、玄関の方を見て、
助手1「あ、戻ってきたかな」
   カメラバッグを提げた八木(24)が入ってくる。
助手1「おかえりなさい」
八木「ただいま」
蓮「こんにちは」
   八木、蓮を見て「ああ」と。
八木「そっか今日か」
   蓮、八木の顔を眺める。
八木「?」
   八木、見覚えがあり、蓮をじっと見る。
助手1「ポートフォリオです」
   助手1、八木にファイルを渡す。
   受け取る八木、蓮を思い出し、
八木「あっお前! 伊水連れて来た奴じゃねーか! うっわ嫌なこと思い出した。
 よく来れたなあ……。なし。なしなし」
助手1「えー、でもいい写真撮りますよー」
   助手1、ファイルをパラパラめくる。
八木「んなわけ……(見る)」
   真剣な顔でファイルをめくる八木、蓮を見る。
蓮「?」
   八木、ファイルを閉じる。
八木「名前」
蓮「あっ玖織です」
助手1「はい、履歴書」
   助手1、履歴書を渡す。
八木「(見て)玖織……、はあ!?」
   蓮、驚く。
   八木、しかめ面で蓮を見る。
   蓮、八木を見つめ返す。
八木「(溜息)……好きにしな」
   八木、他の部屋へ。
蓮「?」
助手1「よかったねー」
蓮「え?」

○撮影現場・点描
   ハウススタジオ。
   蓮、機材を運び入れる。
   助手1、外に照明を立てる。
   蓮、見ている。
   × × ×
   貸しスタジオ。
   ビニールシートの上が絵の具だらけ。
   蓮、掃除をしながら片付ける。
   蓮、絵の具で足を滑らせて転ぶ。
   八木、ゲラゲラ笑っている。
   × × ×
   ビルの屋上。
   花火が上がる。
   撮影する八木。
   そばで見ている蓮。
   × × ×
   貸しスタジオ。
   絵の具だらけのビニールシート。
   片付ける助手1と蓮。
   八木、飲み物を差し出す。
   受け取る蓮。
   助手1、八木の腕をわざと引く。
   八木、足を滑らせる。
   三人もつれて転ぶ。

〇撮影スタジオ・一年後
   蓮(21)、撮影の準備をしている。
   その近くに助手1と2。
   二階にいる八木。
八木「ヒサシー!」
蓮「はい!」
   蓮、八木(25)の元へ向かおうとする。
   八木、手すりから握りこぶしを出す。
   蓮、下で止まる。
   八木、メモを落とす。
   蓮、追いかけ、取る。
八木「買い出し。十五分以内に」
蓮「了解です。行ってきます」
助手1「行ってらっしゃい」
助手2「いってらー」
   蓮、ボディーバッグを提げてスタジオを出る。
助手2「玖織さんってヒサシって名前じゃないですよね」
   助手1、照明を調整しつつ、
助手1「そう。玖織のクが王へんと久しいだからヒサシなんだって」
助手2「なんでそんなややこしい呼び方を。理由でもあるんですか?」
助手1「プライド?」
助手2「ああ、無駄に高い?」
八木「聞こえてるぞー!」
助手1「わー怖い怖い」
助手2「暴君~悪逆非道~」
八木「そこまでじゃないだろ」
   助手1と2、顔見合わせて「えー?」「でもねー?」と。
八木「……、何が欲しい」
助手2「アイス!」
助手1「叙々苑の焼肉!」
   八木、頭を抱える。

〇渋谷・スクランブル交差点
   荷物を抱えた蓮、人の顔を見ながら信号が変わるのを待つ。
   大半がスマホをいじるために下を向いている。
   その中に一人だけ真っ直ぐ信号を見ている女性(桃葉)。
   蓮、物珍しさで桃葉の後ろ姿を眺める。
   肩が隠れるくらいの髪、
   ショルダーバッグにサケに食われているクマのキーホルダーが付いている。
   ふっと笑う蓮、信号を見る。
   まだ赤のまま。
蓮「……」
   視線を戻す蓮、桃葉にあげたものと同じものだと思い出す。
   口を開く蓮。
   信号が青に変わる。
   歩き出す人。
   列が乱れ、桃葉を見失いかける。
   蓮、咄嗟に、
蓮「桃葉さん!」
   それに返ってくるものはなく。
   通行人の視線が蓮に向けられる。
   蓮、桃葉が向かったであろう方向に足を進める。
   蓮に背を向けて歩く人ばかり。
   人の塊の中、一部だけ人が避けて歩く部分が。
   近づく蓮。
   通行人の数が減り、進行を阻んでいる存在が見えてくる。
   足を止めている桃葉(25)。
   向かい合う二人。
蓮「……、桃葉さん?」
桃葉「クオリ、くん……?」
蓮「です」
   蓮、嬉しくて笑顔に。
   桃葉、つられて笑顔に。
   歩行者信号が点滅する。
   気づく蓮、桃葉と横断歩道を渡る。
   二人、歩道で再び顔を見合わせる。
蓮「えっと、……」
桃葉「何て言ったらいいかわからないね」
蓮「そうですね。初めましてではないですし」
桃葉「まあとりあえず、久しぶり」
蓮「お久しぶりです。目、見えるようになったんですね」
桃葉「そう。ちょっと視力は落ちたけど」
蓮「よかったです」
   蓮、微笑む。
   桃葉、にこっと笑う。
桃葉「ハチくん……、じゃなかったね。玖織くんも?」
蓮「はい、時間はかかりましたけど。あ、そうだ」
桃葉「?」
   蓮、桃葉に名刺を渡す。
   桃葉、受け取る。
   【hati photostudio アシスタント】と書かれている。
桃葉「え、八木くんの所に居るの?」
蓮「そうなんです。助手として」
桃葉「大丈夫? いじめられてない?」
蓮「良くしてもらってます」
桃葉「そう? ならいいけど」
   桃葉、名刺に視線を落とす。
   中央に名前、【玖織蓮】。
桃葉「玖織……」
蓮「ハチス、です」
   驚く桃葉、蓮を見る。
   蓮、にこっと笑う。
桃葉「……そう、なんだ。……そっか、ずっと最初からハチくんだったんだ」
   蓮の携帯に着信。
蓮「あ、ごめんなさい」
   桃葉、「いいよ」と。
   蓮、携帯を出し、電話に出る。
蓮「はい!」
八木(声)「あと五分だぞ」
蓮「すぐ戻ります」
   電話が切れる。
   蓮、携帯をしまう。
蓮「すみません、戻らないと」
桃葉「あ、だよね。仕事中だもんね」
蓮「そう、なんです」
   蓮、歩き出せない。
蓮「そうだ。今度、桃のパフェ食べに行きませんか」
桃葉「パフェ」
蓮「連れて行ってくれたカフェが今、桃のパフェを出しているそうで」
   桃葉、「ああ」と笑う。
桃葉「じゃあ、ぜひ」
   桃葉、にこっと笑う。
   蓮、にこっと笑う。

〇カフェ・店内(日替わり)
   向かい合って座っている蓮と桃葉。
   店員が桃のパフェを置く。
   笑い合う二人。

〇専門学校・正面ホール・一年後
   学生たちでにぎわっている。
   八木の写真が飾られていた場所に、
   桃の花がちりばめられたドレスを着て笑う桃葉の写真。
   写真の下のプレートに【撮影者:玖織蓮】【モデル:伊水桃葉】。

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