バンパー・イヤー ドラマ

田島亨は接触事故を起こした。幸い相手に怪我はなかった。けれど、亨は仕事に行き詰まりケイタイ代が止まる程の経済苦であった。ぶつけられた谷村美穂子はバンパー交換修理だけしてくれたらいいと思っていた。亨が安い板金屋を提案すると、美穂子の夫祐樹が怒り出して。パンパー損傷からはじまる人間模様。
若林宏明 240 0 0 02/09
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第一稿

 ○谷村家・リビング
  昔のボードゲームの箱がいくつか。
  スマホをいじっている谷村初音(14)。
  自室から谷村陸(16)が来る。
 陸「何それ?」
 初音「お母 ...続きを読む
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 ○谷村家・リビング
  昔のボードゲームの箱がいくつか。
  スマホをいじっている谷村初音(14)。
  自室から谷村陸(16)が来る。
 陸「何それ?」
 初音「お母さんの、片付けしてたら、出てきたって、しらんのばっか」
 陸「オセロあんじゃん」
 初音「なにそれ、知らないし」
 陸「オセロ知らないの?」
 初音「名前知ってるけど、やったことない」
  オセロを始める二人。
 初音「黒は悪魔って感じでお兄ちゃんにぴったり」
 初音「初音は白で天使かよ」
 
 ○ハンバーガーショップ
  Wi-Fiで検索する田島亨(42)
  仕事を終え外に出る。
 
 ○同・出口
  ドライブスルーから出る車とかち合う。
  亨、譲る。
 亨「鈍いな、じいさんか」

 ○道
  少し間隔を空けて前の車について行く亨  の車。
  のろのろ走る前方の車。

 ○車内
  亨、カバンの中身のノートが落ちたので、
  拾い助手席にカバンを立てかける。
  亨、前を見る。
  いきなり、止まっている前車。
  慌ててハンドル切る。
  ギリギリで避けきる。
  立て直す。
  前の車はウインカーを出して止まってい  る。
 亨「危ねえ……」
  亨、そのまま走り去る。
 亨「良かった、助かった」

 ○亨の家
  キッチンで湯を沸かす。
  部屋で湯が沸くまで書類整理をする亨。
  外から足音がする。
  トイレで用を足し気づかない亨。
  鍋にインスタントラーメンを入れる。
  キッチンタイマーをセットする。
  部屋に戻り、書類を読む。
  突然、激しいノックと呼び声。
 亨「!」
 警察官「いますか! 田島さん! 開けてください!」

 ○同・玄関
  玄関を開けると警察官四人。
  タイマーが鳴る。
 亨「!」
 警察官「田島さん! わかりますよね?」
 亨「?」
 警察官「何で我々が来たかわかりますよね?」
 亨「はい?」
 警察官「事故起こしましたよね?」
 亨「は? あ、さっきの! 私も危ないっと避けて、何にもなかったんで……」
 警察官「そういうことですか、そういうこてなら我々も、強く出てすいません」
 キッチンタイマーを止め、火を止める。
 亨「え? 傷がなんかあったんですが? 私の方は音もしないし、ハンドル切って、思い切りブレーキ踏んで」
 警察官「わかりました、その辺りを含めて当事者同士でお話しをして下さい」
 亨「すいません、全くわからなくて、どいうしたら……」
 亨、震えている。
 警察官「先方にその誠意を伝えてもらえたら、免許証と自賠責保険を見せてもらえますか?」
 亨「はい、自賠責は車に……」
 免許証を渡す。
 別の警察官は連絡を入れている。
 警察官「田島さん、ご職業は?」
 亨「広告を作っています。地元企業のパンフレットとか」
 警察官「会社の名前は?」
 亨「個人なんで」
 警察官「屋号は?」
 亨「ペイント・バードといいます」
 警察官「仁田交番わかりますか?」
 亨「はい」
 警察官「そちらに移動して、当事者同士でお話しをして下さい。我々は後ろについて行きますので」
 亨「はい」
 警察官「車に乗る前にあと自賠責、確認させて下さい。その方が向こうについてからも手続きが楽になります」

 ○駐車場
  亨、動揺しながら、自賠責を出す。
 亨「みっともないんですが、経済苦で任意保険はないんです」
 警察官「我々には必要ありません」
  
 ○走る車
 亨の車の後ろを二台のパトカーが続く。
 
 ○仁田交番
  亨の接触した車が止まっている。
  中ではお爺さんが警察官に話をしている。
  亨、お爺さんを見る。
  
 ○同・内
  交通課の的場(50)が他の警察官に声  をかける。
 的場「お爺さん、帰して」
  警察官がお爺さんに帰るように誘導する。
  的場の後ろに親子。
  谷村美穂子(36)と息子の陸。
 的場「こちらの前の車の運転者です」
 亨「すいませんでした」
 美穂子「……」
  的場の横に部下の田辺(25)が来る。
 田辺「奥の部屋がいいんじゃないですか」
 的場「そうだな」
 
 ○同・個室
 的場、コピー用紙を持って入室する。
 的場「谷村さんも田島さんの話には一応、納得してくれたので、お互いの連絡先をこちらに書いて交換しましょう」
 亨「はい……すいません」
 亨、陸を見る。
 陸、亨を真っ直ぐ見ている。
 的場「谷村さんも息子さんが一緒だったからよかった。何かと安心でしたね」
 亨、陸にも頭を下げる。
 的場「名前と住所、それから日中通じる連絡先、携帯番号とかを書いて下さい」
 二人、記入する。
 書き終わる。
 的場「では、お互いに交換を」
 交換する。
 的場「それではこの先、現場検証……」
 亨「あのう……」
 的場「はい」
 亨「大変申し訳ないんですけど、その番号通じてなくて、携帯止まっているんです」
 美穂子「!」
 陸「!」
 的場「え?」
 亨「すいません、今経済的に中々、大変で止まっているんです」
 美穂子「はあ?」
 亨「すいません、アプリメールかメールだったら大丈夫なんで、下に書いたアドレスなんですけど」
  亨の家まで来た警察官たちも顔をみわせ  ている。
 警察官「大変だな、どうしますかね」
  警察官たち、交通課に任せて出て行く。
 的場「そうですか……」
 美穂子「固定とかないんですか」
 亨「一人暮らしなんでないです」
 美穂子「失礼ですけど、お仕事は何をなさってるんですか」
 的場「広告と伺ってますが」
 亨「個人でやってるんで」
 美穂子「会社の番号とか」
 亨「この携帯だけです」
 美穂子、絶句。
 亨「この住所に住んでるのは間違いないんで」
 美穂子「私の方は修理代払って貰えればそれで。ちゃんとした連絡先がないと……」
 亨、言葉が出ない。
 的場、席を外す。
 亨「(美穂子を見て)すいません、なくて」
 美穂子「……陸、どうしよう」
 亨「あの、アプリメールだったら、連絡返せますんで」
 美穂子「それって自宅にWi-Fiあるんですか」
 亨「いや、ないです、けれど、マイハンバーガーとかWi-Fiあるとこにつないで」
 美穂子「アプリメール登録のやり方わかんないんだけど、携帯止まってて登録できるのかな」
 陸「フリーのWi-Fiあるとこなら、携帯番号かQRコードで登録できるけど」
 美穂子「一緒にマイハンバーガー行かないといけないの?(陸に)」
 亨「いや、そちらの番号を私がWi-Fiがあるところで登録するんで」
 美穂子「どちらにしても、Wi-Fiないと連絡取れませんよね」
 亨「はい……」
 的場が戻って来る。
 地図のコピーを美穂子に見せる。
 的場「こちらの住所に田島って名前のっていますね」
 亨「個人で企業した時に古いですけど、戸建てを借りたんです。間違いないです」
 美穂子「信じらない。住所がわかって何になるんですか、この人、逃げたんですよ」
 亨「いや、逃げてはないですよ。夢中でハンドル切って何も無かったから」
 美穂子「はあ? 凄い音したし、何言ってるのよ!」
 亨、諦める。
 亨「すいません」
 美穂子「信用できない。ちゃんと連絡つかないと、バックれるかもしれないし」
 亨「パソコンのメールかアプリメールならすぐ返しますから」
 美穂子「止まってるんですよね」
 重い沈黙。
 亨「広告物を全てデザインして、印刷所に発注している古瀬企画というところに日中は必ず出入りしているんで、そこに私がいる時間と古瀬企画の固定電話をここに書いて起きます」
 亨、紙の余白に書き始める。
 亨「代表の古瀬さんにも事情を伝えて、私が不在でも連絡が折り返せるようにしておきます。これでどうですか」
 美穂子、ため息つきながら了承する。
 的場「では、そういう事で、谷村さんは現場検証は終わっているので」
 美穂子「あの、私こういうの初めてなんですけど、普通こういうのって保険屋さん同士がやるんじゃないですな」
 的場「いえ、谷村さんは追突された側ですので保険を使う事はないです。むしろ、田島さん側でどうするかなんですが、田島さんは任意保険には加入されてないので」
 美穂子「はあ? 保険に入ってないんですか」
 的場「まあ、あくまで任意ですから」
 亨「中々、経済苦で……」
 美穂子「それじゃ、この人に直接請求するんですか?」
 的場「そうですね」
 亨「必ずお支払いしますんで、板金屋やカーショップで……」
 美穂子「私は正規の買った場所で直したいです」
 的場「それはどちらでも」
 亨「……」
 美穂子「それじゃ車屋さんに持って行って見積もり出してもらって請求書をアプリメールで送ればいいんですね」
 的場「そうなりますね」
 亨「すいません、よろしくお願いします」
 的場「谷村さんは以上になります。お気をつけて」
 亨、お辞儀をするが、美穂子は一度も亨を 見ない。
 美穂子、出て行く。
 亨「音なんて何もしませんでした。凄い音なんて」
 的場「後ろから接触された場合、田島さんの運転席からの体感とは全く違いますから」

 ○夜の道
  亨、的場、田辺の三人。
  現場検証の作業。
 的場「ではこの場所で」
 亨「はい、気づいて慌ててブレーキ踏んで」
 的場「田島さんは危ないので、こちら側で待っていて下さい
 作業をする的場。
 田辺「寒いですがもう少しお時間を」
 亨「はい……すいません、いやあ、マイハンバーガーから一緒で」
 田辺「一緒?」
 亨「向こうはテイクアウトで私は中で食べたんでもう一つのレーンを進んでいて、同じく左折だったんで。なんだか遅い車だったんで譲ったんですよ」
 田辺「それじゃ、ずっと後ろをついて行ったわけですね」
 亨「はい、なんだか、危ないんで車間も空けていたんですよ。あー、カバンなんか見なければ……」
 田辺「注意の必要な運転って気づいていたのなら、余計に気をつけないと」
 亨、何も言葉が出ない。
 的場「これから書類作成します。寒いので自分のお車でお待ちください」

 ○亨の車
  力が抜けている亨。
  田辺が呼びに来る。
 
 ○交通課のバン
  後部座席で書類を記入している亨。
 的場「こちらは田辺さんは中々、連絡を取りづらいということがありますので、こちらに記入して下さい。向こうも車を修理すれば良いとの事なので、必要はありますんが、一応後日、体等に異変があった時のための書類になります」
  亨、記入する。
 的場「それでは以上になります。点数の減点などはありません。何か質問ありますか」
 亨「いえ、後は向こうの修理代をお支払いすれば終わりですかね」
 的場「そうですね」
 田辺「向こうもその点を心配してましたので、ご負担は大変だとは思いますが、よろしくお願いします」
 亨「交換になりますかね」
 的場「こういったケースは大体交換になりますね」
 田辺「バンパーは一度、ショックを吸収してしまうと、次はもうダメですからね」
 亨「あのくらいの傷なら板金屋とかで」
 的場「それは向こう次第ですから、でもおそらく交換にはなると思います」
 亨「そうですか……ありがとうございます」
 的場「お気をつけて」
 亨「一応、この後、マイハンバーガーでアプリメールから連絡入れとこうと思います」
 田辺「そうですね、その方が親切ですね」
 的場「今、警察の現場検証が終わりましたと入れれば説得力があると思います。我々、警察と文面に入れてあれば相手の信頼を得られると思います」
 亨「ありがとうございます」
 
 ○マイハンバーガー・店内
  入口でアプリメールの新規登録を始める。
  谷村美穂子のページが出る。
  美穂子と息子と娘の幸せそうな家族の写  真。
  メッセージを送信する亨。
  すぐに既読にはならない。
  亨、注文することにする。
  妙に明るく愛想のいい女店員。
 女店員「いらっしゃいませ」
 亨「ナゲットをお願いします」
  座ってアプリメールを開く。
  既読されており、承知しましたと一言だ  け返信がある。
  ナゲットを持って外へ出る
  
 ○道
  運転している亨。
  その顔は暗い。
  ほとんど手のつけられてないナゲット。
  
 ○谷村家・リビング
  マイハンバーガーのセットの食べた残骸。
  谷村祐樹(44)、美穂子、陸、初音の  四人。
 美穂子「返事しといた」
 初音「スマホ止まっててよく生きていられるね」
 祐樹「ふざけやがってよ、そいつ当て逃げして、しかも連絡とれねえなんてよ」
 陸「真面目そうではあったよ」
 祐樹「そんな奴かばうことねえよ」
 美穂子「でも大人しそうだったけど、ぶつけた音は何もしなかったとか言った時はマジむかついたわ」
 初音「スマホ止まってて仕事できるのかな」
 陸「自営業とか言ってたよ」
 祐樹「なんの?」
 陸「広告って、パンフレットを印刷しているとか」
 美穂子「儲からなそうだよね、今どき」
 初音「紙とかないでしょ、ネットですむし」
 美穂子「とにかく修理代だけが心配」
 祐樹「大丈夫だろ、警察が家知ってんだし、もし払わなかったらぶっ飛ばしてやるよ」
 美穂子「そういうのはやめて、だから警察署にもあんたを呼ばなかったんだから」
 祐樹「オレだって別に騒ぐ気はねえよ、ただ当て逃げして、連絡先もねえってのかすげえ信用できねえって話なだけだよ」
 美穂子「でもお金は本当ないんだろうね、ケイタイ止まってるし、任意保険にも入ってないし、車もボロボロだったよ」
 祐樹に着信。
 祐樹「おーもしもし、しゃ、わかった」
 電話を切る。
 祐樹「それじゃ、憂さ晴らしに飲み行って来るわ」
 美穂子「何でだよ、飲み行きたいのはこっちだよ」
 祐樹「飲みは三日前から決まってたろ」
 美穂子「わかってるよ、あんまり遅くなんないでよ」
 
 ○亨の家
  ポストには督促状の封筒が溢れている。
 
 ○同・キッチン
  鍋のラーメンは伸びている。
  それでも食べる亨。
 亨「なんでなんだよ。こういう事が起こるんだよ」
  ラーメンを捨てる。
  缶ビールを飲む。

 ○飲み屋
  祐樹と幼馴染の田原眞人(44)が飲ん  でいる。
 祐樹「七年ぶりか、いやあ懐かしいわ、酒が美味いわ、この後、お姉ちゃんのとこ行くか?」
 眞人「お互い家庭があるんだし」
 祐樹「硬いな、いつからそんな真面目になったんだよ、一也みたいになっちまうよ」
 眞人「一也ね……」
 祐樹「今日は一也来れなくて残念だな、オレたちやっぱり三人そろわないと。あいつも郵便局員なんだから、定時に終わるだろう」
 眞人「そうだな……」
 祐樹「うん? 一也もおめえと一緒だから七年は会ってねえな」
 眞人「やっぱりお前知らないんだな、オレは、なんだか電話じゃ言えなくて、それで今日お前に会う事にしたんだよ」
 祐樹「へ?」
 眞人「いやだから、一也の事、伝えようと思ってこっち帰って来たんだよ」
 祐樹「何だよ、改まって、今日は変なことがあったから、気分転換に来てるのによ」
 眞人「変なこと?」
 祐樹「ああ、うちのカミさんの車、オカマほられちまって」
 眞人「え? 大丈夫? 怪我とか」
 祐樹「ああ、こすられただけ」
 眞人「そうか、よかった」
 祐樹「だけどよ、ぶつけた奴が気づかなかったとか言って当て逃げしてよ。しかも貧乏な奴みたいでケイタイ止まってて、修理代払えんのかってなってよ」
 眞人「今、不況だからね」
 祐樹「まあ、でも向こうが払ってくれたら解決、終了だよ」
 眞人「そうか……」
 祐樹「何だよ、暗いな、マジ一也に似て来たな」
 眞人「一也なんだけど」
 祐樹「一也がどうした? 独身一也が」
 眞人「自殺未遂したんだ」
 祐樹「はあ?……何それ、つまんねえ」
 眞人「……」
 祐樹「マジ……か」
 眞人「うちの親と一也の親知り合いだろ? それで知ったんだ」
 祐樹「だって郵便局にストレスなんてないだろ?」
 眞人「いや、オレも七年前会ってから、たまにアプリメールのオレたちのグループメッセージでやり取りするぐらいだったから、知らなかったんだけど、一也、配達中に事故って免停になったみたいなんだ。それで相手にも怪我をさせちまって、郵便局も辞めたみたいなんだ」
 祐樹「……」
 眞人「あいつ真面目だから悩んでいたんじゃないかな」
 
 ○夜の街
  若者が騒いでいる。
  歩く祐樹と眞人。
  外人ホステスが呼び込みをしている。
 祐樹「行こうか」
 眞人「今日はやめよう」
 祐樹「こういう日こそ飲むんだよ、なあ、君何人?」
 ホステス「ラテン、ブラジル」
 祐樹「こいつら日本語わかんねえよ」
 ホステス「ウン、ワカンネエ」
 
 ○クラブ
  派手に踊る祐樹。
  席で暗い眞人。
  席に着く祐樹。
 祐樹「で、一也に会ったの?」
 眞人「会ってない、精神科に入院してる」
 祐樹「今度、一緒に行くか」
 眞人「……ちょっとした、魔がさしただけで人生って狂っちまうんだな」
  光の半裸のようなドレスで踊る女。

 ○谷村家・玄関
  祐樹、帰宅。
 美穂子「くさっ! 何この香水」
 祐樹「ブラジル人の店行ったからな」
 美穂子「凄い羽を伸ばしたわね、今度高いお返してもらうからね」
 祐樹「水くれ」
 美穂子「いい年してバカじゃないの?」
  祐樹の顔をまじまじと見る。
  祐樹、酔ってない。
 美穂子「……」
 祐樹「車ぶつけられるとか、普段と違う事があった時は出歩くもんじゃねえな」

 ○同・寝室
  祐樹と美穂子、寝ている。
 美穂子「眠れない、まだドキドキしてる。横に陸がいてよかった」
 祐樹「男だからな、あいつも」
 美穂子「明日、休みだし、車屋に電話してみるよ」
 祐樹「そうだな、ちょっとの傷でもそう取っ替えだよ、厄祓いだ」
 美穂子「そっちは言いたくなったらでいいから」
 祐樹「何が?」
 美穂子「何がって、そうやって眠れてないじゃん」
 祐樹「今日会ったろ」
 美穂子「眞人さんね」
 祐樹「ああ」
 美穂子「眞人さんとあんたと一也さんって人とで仲良し三人組でしょう」
 祐樹「中学のな」
 美穂子「盛り上がんなかったか、まあしょうがないよね、昔仲良くたってみんな別々の人生生きてるからね、ケンカでもしたの?」
 祐樹「いや、それに今日は一也来なかった」
 美穂子「そう」
 祐樹「一也、最近自殺未遂したんだ」
 美穂子「……」
 祐樹「真面目な奴なんだ」
 美穂子「私ね…」
 祐樹「うん?」
 美穂子「今日、ぶつけられた瞬間、ゴリって音とね……泣き声みたいなのが聞こえたの」
 祐樹「なきごえ?」
 美穂子「……うん、男の人の泣き声が耳に聞こえたの」
 祐樹「……」
 
 ○古瀬企画
  駐車場に亨の車。
 
 ○同・部屋
  亨と古瀬企画代表の古瀬幹雄(62)
 古瀬「泣きっ面に蜂だね」
 亨「すいませんが、多分、ここまで連絡が来ることはないと思いますんで。必ずWi-Fiある場所で対応しますんで」
 古瀬「僕は構わないけど、任意保険入ってないんでしょ。大変だね」
 亨「コンパウンドとか、板金屋でやってもらえたら安いんですけど」
 古瀬「難しいね、相手はディーラー持ってくよ、人って悪いからね」
 亨「ケイタイ止まってたのが余計に怪しまれちゃって」
 古瀬「この人、ちゃんと修理代払ってくれるんだろうか」
 亨「そうですね」
 古瀬「あ、そうだ、オレの知り合いに板金屋がいるから、そこに出すよう言ってみたら」
 亨「そうですか」
 古瀬「そうだよ、安くすむよ、ディーラーとも通じている板金屋だから、大丈夫じゃないかな。先方と交渉してみなよ」
 亨、かける。
 美穂子が出る。
 音声のみ。
 美穂子「はい」
 亨「すいません、先日は失礼しました。田島です」
 美穂子「こちらも連絡しようと思っていたところなんですが、今日この車を買った場所に行って見積もり出ししてもらったんで」
 亨「あの、その事なんですけど、私の知り合いに板金屋やってる人がいまして、わたしも生活に困ってまして、少しでも安く仕上がれば」
 美穂子「すいません、私、ちょっとわからないので夫に変わります」
  祐樹に変わる。
 祐樹「お前さ、ふざけんじゃねえよ、てめえ、当て逃げしてんだろ」
 亨「すいません」
 祐樹「当て逃げしといて何言ってんだよ、オレももめたくねえんだよ、黙ってりゃあよ」
 祐樹「すいません、わかりました、そちらのお店で請求書送っていただいたら、振り込みますんで」
 祐樹「あたりめえだろ、お前、いい加減にしろよ、なあ!」
 亨「はい、すいません、お願いします」
  電話を切る。
 亨「夫が出て来て、当て逃げしてるのにふさけんなって」
 古瀬「はなから悪人扱いか、それじゃ何を言っても無理か」
 亨「本当、当たったのは気づかなかったんで」
 古瀬「信用を回復するのは難しいよ」
 亨「仕事もないし、飯代だってギリギリなのに」
 古瀬「いくら軽自動車でも、バンパー交換だとそこそこするんじゃない」
 亨、調べる。
 亨「工賃いれて、五、六万ですね……」
 古瀬「お金あるの?」
 亨「古瀬さんにデザインやってもらった翡翠美術館の制作代の四万円が今週入る予定です」
 古瀬「それに少したして払うんだね、せっかく入ってくるのに」
 亨「はい、本当はそのお金で安いケイタイ買って新規で開通させようと思ってて」
 古瀬「今のケイタイは滞納してるんでしょ」
 亨「かなり滞納していて払えないんで、解約して分納しよかと」
 古瀬「厳しいね」
 亨「水道も、いづれ止まりそうだし」
 古瀬「修理代、安くなるといいね」
 亨「あの感じだと、バンパー交換する気満々ですね」

 ○カーディーラー・駐車場
  車に美穂子と祐樹。
  美穂子、見積書を写メに撮っている。
 祐樹「おくれ、おくれ」
 美穂子「怒り過ぎ」
 祐樹「板金屋で安い偽物バンパーつけようとしやがって」
 美穂子「そこまでじゃないでしょう。ただお金がないんでしょ」
 祐樹「そうかもしれねえけどよ、何か昨日からの気持ちがあったから腹たったわ」
 美穂子「私はとにかくこれ送って支払ってくれるかだよ」
 祐樹「こいつ、ケイタイ止まってるぐらいだから、水道ガスも止まってんじゃねえのか」
 美穂子「夕飯は毎日モヤシ」
 祐樹「ありえるな……」
  前の道を郵便配達のバイクげ横切る。
 祐樹「まあ、でも考えようによっちゃ、可哀想な奴かもな」
 美穂子「何言ってんの、いきなり追突されて、バンパー壊されてんだよ、こっちは」
 祐樹「そうだな」
 美穂子「車屋さんも振り込まれてから、作業するって言ってたし、ちゃんとお金払ってくれないと、ずっと傷のある車に乗らなきゃならないじゃない、そんなのいや」
 祐樹、自分のスマホを見つめる。

 ○古瀬企画・玄関
  帰ろうとする亨。
 亨「では、また」
 古瀬「まあ、しょうがないさ、しかし、田島君はどうしてお金が出る事が多いんだろうね」
 亨「悪魔に取り憑かれているんですかね」
  亨、メール受信。
 古瀬「来たんじゃない? Wi-Fiあるところでよかったね」
  亨、見積書を見る。
 亨「やっぱり五万でした」
 古瀬「そうか……」
  亨、見積書をスクショする。
 古瀬「?」
 亨「スクショしとかないと、見れなくなったら困るので、まあ見たくないですけど、じゃ、帰ります」
 古瀬「お疲れ様」
  亨、スマホを出す。
 亨「相手に返事だけ、ここで送らせて下さい」
 古瀬「どうぞ」
  亨、承知しました。何日に振り込むかは  明日決まったら連絡します、という文面。
 
 ○古瀬企画・駐車場
  亨、車に乗り、エンジンをかける。
  給油ランプが点灯。
 亨「……」
  
 ○亨の家
  夜、帰宅。
  玄関の電気をつけようとする亨。
  つかない、止まっている。
  スマホのライトで照らす。
  冷蔵庫を開ける。
  暗い。
  月明かりの中で発泡酒を飲む。

 ○谷村家・リビング
  美穂子、祐樹、陸、それぞれスマホの画  面を見てくつろいでいる。
  席を外す祐樹。
 
 ○同・別室
  一也に直接、電話をかけようか迷いやめ  る祐樹。
  
 ○同・寝室
  寝ている美穂子と祐樹。
 美穂子「ちゃんと振り込んでくれるかな」
 祐樹「……」
 美穂子「ねえ」
 祐樹「寝てた」
 美穂子「嘘じゃん、さっきから寝返りばかり」
 祐樹「……」
 美穂子「うちら、ちゃんと収入あって、あの子たちも何の問題もなくて、幸せだね」
 祐樹「そうだな」

 ○夢の中
  寝室の祐樹が宙に浮く。
  
 ○森の中
  宙に浮いたまま、横に移動する祐樹。
 
 ○滝
  少年時代の祐樹、眞人、一也が次々と滝  壺に飛び込む。
  一也だけ、ひるむ。
  下から祐樹が呼ぶ。
  大人の一也。
  郵便局員の格好をしている。
  一也、飛び込む。
  滝壺に消える一也。
 
 ○部屋
  部屋でうずくまる一也。
  衝突音。
 
 ○道
  美穂子が運転席で祐樹が助手席。
  追突した車が横切る。
  窓から顔が見える。
  運転手は一也である。
  顔面蒼白で郵便局員の格好の一也である。
 
 ○谷村家・寝室
  目を覚ます祐樹。
  横には寝息を立てている美穂子。
  スマホの着信。
  画面を見る祐樹。
  眞人からの着信。
 祐樹「もしもし」
 眞人「あ、祐樹、オレだけど一也が死んだ。今、実家から連絡があった」
 祐樹「……」
 眞人「明日また連絡する」
 祐樹「ああ、ありがとう」
  祐樹、固まっている。
  月明かりが部屋に入っている。

 ○月
  夜空に月。

 ○亨の家
  朝日が部屋に入っている。
  鳥の鳴き声。
  目を開く亨。
  スマホを開き、見積書を見る。
 
 ○公衆電話
  電話をかけている亨。
 亨「ええ、すいません。月末にお約束の掲載料は何日に? ええ、金曜日ですね」

 ○マイハンバーガー・店内
  美穂子に返事をしようとアプリメールを  開く。
  メッセージが削除されている。
 亨「?…見積書が消されている……」
  メッセージを打つ。
  振込に行ける日が確定しました。見積書 が消えてまして、以前、送られた見積書の 金額を金曜日に振り込みますと文章を打つ。
  既読にならない。
 亨「……」

 ○走る車
  運転する祐樹。
  助手席に美穂子。
 美穂子「ねえ、なんでそこまでするわけ?」
 祐樹「向こうも悪気はないかもしれないし」
 美穂子「こっちは危ないとこだったんだよ」
 
 ○平山板金
  板金屋。
  車がつく。
  祐樹、作業員に車を見てもらう。
 作業員「リアバンパーの耳の部分すね」
 祐樹「よろしく」
 作業員「バンパー、イヤ〜 ははは」
 祐樹「はあ?」
 
 ○マイハンバーガー・店内
  コーヒーを飲む亨。
  亨、外を見る。
  明るい店員が休憩で自分の車に乗り込む。
  店員は物凄く暗い表情で昼飯を食べる。
  亨、スマホに通知。
  見積書が再送される。
  美穂子、こちらの見積書になります。以 前送ったもの破棄してこちらの金額をお願いします。振込先は……とある。
  五万円が一万二千円になっている。
  請求書には平山板金とある。
 亨「?」
  すぐに振り込みますと返信。
  古瀬にアプリメールから電話する。
 亨「古瀬さん、先方から変更あって、一万二千になりました。はい、よかったです。その金額なら今から振込できるので、振り込んでから、そっちに向かいます」
 
 ○居酒屋
  亨と古瀬。
  カウンター。
  にぎやかな店内。
 古瀬「まあ、よかったよ、そんなものですんで」
 亨「はい」
 古瀬「落ち込んでいたから、言えなかったけど、本来なら警察が家まで来たんでしょ、当て逃げで逮捕されたっておかしくないよ」
 亨「……」
 古瀬「変な話、めちゃくちゃラッキーだったよ」
  横に客が座る。
  祐樹である。
 祐樹「生一つ」
  一人で飲みに来た。
  祐樹、一也や眞人のメールの文面を見ている。
 古瀬「仮に警察大丈夫でも、向こうが、ゴネて、何十万も請求される可能性だってあったよ。僕の知り合いに田島君とは逆に」
  田島という名前に一瞬、反応する祐樹。
 古瀬「当てられたって騒いで」
 亨「いくらですか」
 古瀬「八十万」
 亨「!」
 古瀬「そうだよ、運がよかったんだよ」
 亨「そうですね……」
  祐樹、文章を打つ。
  葬式は行けそうだ。そこで合流しよう。
  祐樹、ビールをあおる。
 亨「一応、今日で落ち着いてよかったです」
 古瀬「多分、家族で話をして、意外とご主人が板金屋にしてくれたんじゃないかな」
 亨「僕には怒ってましたけど」
 古瀬「まあ、僕のなんとなくの勘だけど」
  古瀬、着信。
  電話に出る。
  店内で話すので祐樹、怪訝な顔で古瀬を  見る。
  古瀬、電話を切る。
 古瀬「田島君、申し訳ない、仕事で人に会う事になっちゃったから、僕行くね」
  古瀬、財布を出す。
  祐樹、古瀬を見ている。
  古瀬、お金を置く。
 古瀬「まだ一人で飲んで行きなよ、お釣りはいいから」
 亨「え、僕も帰りますよ」
 古瀬「いいから、いいから、これで何か食べて、僕からの少しの気持ちだから。それじゃ、また」
  古瀬、出てゆく。
  目の前のジョッキを見る亨。
 祐樹「いい上司だね」
 亨「え?」
 祐樹「今までいた人」
 亨「ああ、上司じゃなくて、仕事でいつもお世話になってる人です」
 祐樹「それじゃあ余計にいい人だ」
 亨「……」
 祐樹「オレなんかよ、建築関係だからよ、周りはみんな荒っぽいよ、まあいい人もいるけどよ」
 亨「はい……」
 祐樹、亨、それぞれに飲む。
 祐樹は日本酒に変えている。
 美穂子から着信。
 美穂子「もしもし、明日早いんでしょ」
 祐樹「もう少し、飲んだら、おう着いたら、おう、わかってるよ
 電話を切る。
 テレビには海外で活躍する野球選手。
 祐樹「にいちゃんもなんか嫌なことあったんだろ?」
 亨「……」
 祐樹「顔に書いてあるさ、オレも色々あってな、淀んでいるから、わかるんだよ」
 亨「そうですか……」
 画面には活躍する選手の姿。
 祐樹「やっぱよ、夢見る力ってのが、大事なんだよ」
 亨「はあ……」
 祐樹「オレだったら、家族が喜んでる姿とか。それがなくなっちまったら、闇になっちまうよ」
 亨「……」
 祐樹「見た感じ、初対面で失礼かも知れないけどよ、おにいちゃんは仕事で悩んでそうだな」
 亨「ええ、まあ……」
 祐樹「未来に自分はどうなりたいっていう、夢見る力がないとな、まあ、説教みたいだけど、そうなんじゃねえかって」
 亨「はい……」
 祐樹「酒の味がしねえな、酔わないんだよな」
 亨「……」
  祐樹、着信。
 祐樹「おう、じゃ行くわ、にいちゃん、それじゃあな」
 亨「はい」
  祐樹、会計をして店を出る。

 ○居酒屋の外
  美穂子が車で待っている。
  祐樹が出てくる。

 ○同・店内
  亨も会計を済ませて外にでる。

 ○同・外
  祐樹、車に乗り込む。 
  祐樹、亨に気づく。
 祐樹「おう、帰んのかい、にいちゃんもなんかいい事あるさ、それじゃあ」
  亨、お辞儀する。
  美穂子、気づかない。
  亨、車の後ろ姿を見る。
  バンパーは修理され気づかない。
  亨、駅に向かって歩きだす。

 ○谷村家・リビング
  オセロをしている初音と陸。
  黒優勢の陸。
  初音の白の一刀で途端に白一色に。
  初音、笑う。
  
                 おわり
 

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