大彗星 ドラマ

千年ぶりの大彗星が近づく夜。 若年性アルツハイマーの写真家の青年とボケ老人を装う中年男が出会った。
若林宏明 62 0 0 01/22
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第一稿

○スナック
 大彗星のニュース。
若い子の乃亜とママに挟まれてご満悦の沢田悦司(63)。
沢田「何願おうかな、乃亜ちゃんと楽しい一夜を過ごせますように」
ママ「沢田さん!」 ...続きを読む
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○スナック
 大彗星のニュース。
若い子の乃亜とママに挟まれてご満悦の沢田悦司(63)。
沢田「何願おうかな、乃亜ちゃんと楽しい一夜を過ごせますように」
ママ「沢田さん!」
沢田「ママ嫉妬するなよ、ママとの恋の成就をお願いするに決まっているだろう」
ママ「お願いは流れ星じゃないのかしら」
沢田「ママは細かいなあ。流れ星も彗星も同じなんじゃないの?」
ママ「ニュースだと大彗星は不吉って」
乃亜「そうそう、ネットでやばい事起こるんじゃないかって騒いでるし」
沢田「俺には関係ねえ、飲めればそれでいいんだ」

○同・裏路地
 泥酔した沢田がママに担がれて出てくる。
ママ「沢田さん飲みすぎ」
 しゃがみ込む沢田。
ママ「大丈夫?」
沢田「俺にはママしかいない」
ママ「他のお客さんに迷惑だから」
沢田「帰るさ、帰りますよ、歩けねんだ」
ママ「もう、今お水持ってくるから」
沢田「ママいつも悪いね、情けない、落ち着いたら歩いて帰るから」
 ママ、中へ。
 気分の悪い沢田。
 沢田、夜空を見上げる。
沢田「俺だってこんな生活したくねえさ」
 夜空を彗星が走る。
 次々に彗星が走る。

○観覧車
 夜空に彗星が落ちる。

○レストラン内・バー
窓から夜景が見える。
観覧車、彗星が落ちるのが見える。
菅野雅希(31)と渡辺みなみ(27)。
みなみ「綺麗」
雅希「みなみが気に入ってくれて俺も嬉しい」
みなみ「雅希、ありがとう」
雅希「どういたしまして」
みなみ「観覧車見えるしね。雅希やるなあ」
雅希「ん? うん」
みなみ「? 観覧車だよ?」
雅希「ああ、観覧車、綺麗だね」
みなみ「……」

○観覧車近くの道
 歩く雅希とみなみ。
みなみ「あれから二年、ベタだよね、観覧車で告白なんてさ」
雅希「……」
みなみ「でも、あの時の雅希、真剣で嬉しかった」
雅希「ああ」
みなみ「あの日と同じ日に観覧車の見えるレストランなんて」
 雅希、立ち止まる。
みなみ「どうしたの? 大丈夫?」
雅希「ワインかな、酔った」
 二人、腕を組み歩きだす。
 雅希、観覧車を見る。
 雅希の顔は暗い。

○夜道
 ふらふら歩く沢田。
 野良猫。
 野良猫をかまう沢田。
シャーっと威嚇する野良猫。
沢田「可愛くないね、どいつもこいつも」
猫、どこかへ行ってしまう。
沢田、人にぶつかる。
沢田「すいません」
 ボケ老人。
 部屋着のまま徘徊しているようだ。
老人「いやあ、社長こんなところでお世話になります」
沢田「俺は社長じゃないよ、ただの酔っ払いだ」
老人「いやあ、いつも大変お世話になっております」
沢田「お世話なんかしてねえよ。こりゃ大分キテますな専務、君も!」
 真剣な顔をしている老人。
沢田、老人の顔を見ながら思う所がある。

○タクシーの中
 雅希とみなみ。
みなみ「どうしたの?」
雅希「別に」
みなみ「仕事忙しいのにありがとうね」
雅希「あんま感謝とかすんなよ」
みなみ「……は? 何それ」
雅希「……ごめん」
みなみ「意味、わかんないんだけど」
雅希「疲れてんのかな」
みなみ「私だって仕事忙しいし」
雅希「……」
みなみ「私、電車で帰る、運転手さん」
 みなみ、先にタクシーを下りる。
 料金を払い雅希も降りる。

○街中
 雅希、みなみを追いかける。
雅希「みなみ!」
みなみ「何?」
雅希「ごめん」
みなみ「今日はいい、もう帰るから」
雅希「待てって」
みなみ「せっかくの記念日だと思ったのに」
雅希「記念日……」
 みなみ、振り払って行ってしまう。
 一人残される雅希。
雅希「観覧車とかわかんねえよ」

○コンビニ前
 沢田が袋片手にコンビニから出てくる。
沢田「夜道で酔いも醒めちまったぜ」
 酒を飲む。
沢田「家までガソリンがもたねえよ、あ、そうだそうだ」
 沢田、老人のマネをする。
 表情も歩き方もそっくりである。
 前方から下を向いた雅希が歩いて来る。
 沢田と雅希、ぶつかる。
雅希「すいません」
沢田「あ、どうも社長、いつもお世話になります」
雅希「え?」
沢田「ゴルフはどうですか、最近」
雅希「は? ゴルフ? 誰だよおじさん」
 雅希、行ってしまう。
 沢田、表情を戻す。
沢田「こりゃ傑作だ」
 沢田、酒を飲む。

○電車の中
 雅希、窓ガラス越しの自分の顔を見る。

○回想・観覧車の中
 五年前。
雅希とみなみは会話をしている。
 声は聞こえない。
 闇に包まれる。

○電車から見える夜空
 彗星が落ちる。

○幼稚園
 働くみなみ。
 走る子ども。
 同僚が話しかける。
同僚「どうだった? 昨日」
みなみ「まあ、よかったよ」
同僚「みなみもそろそろゴールインか」 子どもたちが遊んでいる。

○病院・診察室
 医師と雅希と母親の明美(60)。
 脳のレントゲン写真。
 驚愕する雅希。
 明美、雅希の身体を掴む。

○スタジオ
 フォトグラファーの雅希。
 スタッフの中村がセッティングしている。
中村「菅野さん、どうでした病院?」
雅希「ああ、何も。疲れ疲れ」
 美人モデルの瀬理菜(25)が来る。
瀬理菜「おはようございます」
雅希「おはよう。よろしく」
瀬理菜「職場だと随分、他人行儀」
瀬理菜、セットに向かう。
中村「菅野さん、彼女いるんだから。手が早いんだから」
雅希「うん?」
中村「とぼけちゃって。まさか瀬理菜ちゃんとこんなすぐ仕事することになるとは思わなかったんじゃないですか」
雅希「……まあな」
中村「飲みで出会った子とすぐに仕事なんて」
雅希「中村、仕事。動けって」
 瀬理菜を撮る雅希。
 瀬理菜の笑み。
 レンズから目を離す雅希。
雅希の声「この女は一体、誰だ」

○沢田の家
 昼過ぎ。
ワインの発注書やら資料の山。
起き出す沢田。

○同・台所
 食パンにコーヒー。
沢田「味ねえ……また朝が来ちまったか」
 隣の和室を見る。
沢田「……」

○同・玄関
 沢田の息子の祥真(14)が登校する。
沢田「今日帰ったら(バッドを振る)これ行くか?」
祥真「部活も普通に今日はあるよ」
沢田「いいじゃねえか、そこでまたやるから周りと差が付くんじゃねえかい」
祥真「いいよ、けどさ、帰り味噌チャーシューいい?」
沢田「おう、もちろんよ」
 妻の徳子が来る。
徳子「また、帰りラーメン? 夕飯の用意はどうするのよ?」
沢田「細けえことはいいんだよ」

○同・仏間
 仏壇の沢田。
 息子の祥真の遺影。

○大型スーパー
 『大彗星、きらきら星特価セール』をしている。
 弁当を物色する沢田。
沢田「こいつにすっか」
 遠くで買い物をするママ。
沢田「お、ママじゃねえか」
 ママの方に行こうとすると、男が現れる。
 沢田、物陰に隠れる。
沢田「何だあのキザな野郎は」
 ママ、男といちゃいちゃしている。
 ママ、沢田を見つける。
 気付かないフリをして去る。
沢田「冷たいね」
 レジへ行く沢田。
 支払をする。
沢田「(店員に)アプリ? プリケツは好きだがアプリなんざしらねえよ、こっちはいつも現金商売よ」
 奥のレジにママたちが見える。
沢田「あんにゃろう、見せつけやがって、あちゃ」
 動揺して財布を落とす。
 財布から祥真の写真がはみ出る。
 大事にしまう沢田。

○雅希の部屋
 夜。
 リモートでみなみに連絡する。
 みなみが出る。
みなみ「どうしたの? テレビ電話で」
雅希「みなみ、突然だけどさ、俺と別れてほしい」
みなみ「……」
雅希「俺、これからみなみに絶対迷惑かけるから今のうちに別れてほしい、別れよう」
みなみ「何それ、勝手に」
雅希「色々考えて別れるのが一番いいって結論になったんだ。俺、病気みたいなんだ」
みなみ「だから何で。何で何も話してくれないの? 何で勝手に決めてんのよ、この間、記念日祝ったばかりなんだよ」
雅希「みなみ、別れるのが一番だと思う」
みなみ「意味わかんない。病気のことだって今初めて聞いたんだよ」
雅希「俺たちの始まりってあの観覧車だろ」
みなみ「そうだよ、あれからはじまって」
雅希「真っ暗なんだよ! 観覧車の思い出なんてないんだ」
みなみ「何いってんの?」
雅希「みなみ、ごめん、これっきりにしよう。じゃあな」
 雅希、切る。
 ベッドに寝転がる。
 みなみからメールの着信。
 雅希、メッセージを見る。
 『納得できないよ』
 雅希、途中まで返信の文章を打つ。
 『観覧車だけじゃない、みなみと行った場所はもうほとんど思い出せない……』

○施設
 食事の時間、患者が順番待ちをしている。
 沢田がいる。
 目もうつろで歩き方もゆっくり。
 沢田、お盆を取る。
 食堂係、無表情で料理を載せる。
沢田「(周りを確認して)おばちゃんよ、おい(呼ぶ)カツもう一個くれよ。たりないんだよ(太った腹をたたき)ますます痩せちまうよ」
 食事をする沢田。
 看護師の小松真奈(29)が来る。
真奈「沢田さん、また大盛り?」
沢田「何の事?」
真奈「栄養管理も大事なんだから」
沢田「真奈ちゃんが俺の事、ちゃんと管理してくれないと」
真奈「何言っているんですか。沢田さん午後のリハビリ二時ね」
沢田「おう。真奈ちゃん担当な、他のババアならすぐ帰るから」

○施設・玄関
 一台のタクシー。
 雅希と明美がタクシーを降りる。
 雅希、外観を見る。
雅希「お母さん、なんか病院変わったね」
明美「雅希、ここははじめてのところよ」

○施設内・ステーション
 婦長から説明を受ける雅希と明美。

○同・相部屋
 沢田がいる。
 雅希と明美、真奈が来る。
 真奈、ベッドを案内する。
 沢田の横である。
沢田「おいおい、真奈ちゃん、そりゃないぜ」
真奈「何?」
沢田「俺に彼氏を見せびらかすなんてひどいじゃねえかよ」
真奈「こちらは沢田さん、菅野さんよりもちょっと先輩、三ヶ月前にここへ来たんですよ」
沢田「いらっしゃったんだい」
真奈「わからないことがあったら沢田さんに聞いてください。口は悪いけど中身はいい人だから」
沢田「褒めてんのかなんなのか」
 沢田、立ち上がり雅希の前に立つ。
沢田「沢田悦司よろしくお願いします。悦っちゃんって呼んで」
真奈「誰も呼んだことないでしょ」
雅希「菅野雅希です」
沢田「菅野くんか菅野(かんの)って書いて菅野くんか」
真奈「だから何?」
沢田「お、菅野くん、よく見るとイケメンだね」
雅希「ありがとうございます」
沢田「まあ、俺よりはおちるけど、中々しゅっとしていい男だ」
 真奈、呆れる。
沢田「真奈ちゃん、何それ、ああ、なるほどイケメンだからここまでの案内をかってでたな」
真奈「何をいっているんですか、たまたま順番で」
沢田「顔赤くして、やだね、女はこれだから(雅希の後ろの立つ明美に気付く)あ、お母さまいらっしゃったんですね。や、お隣同士、一つよろしゅう」
 沢田のベッドのテレビの映像。
キャスター「専門家の予想ではおよそ八百年ぶりに大彗星が観測されるのではないかとのことです。今年中に大彗星は日本の夜空を落下するものと予想されており……」

○同・通路
 窓から下を見る雅希。
明美の乗ったタクシーが走り去る。
通路に立つ雅希を見かける沢田。
雅希の横顔。

○レクリエーションルーム
 映写会。
 モノクロ映画。
 真剣に見ている雅希。
 沢田は退屈そうに寝転がっている。
 沢田、雅希の横に座る。
沢田「面白い? 白黒映画なんて観た事ないだろう」
雅希「僕、フォトグラファーなんですよ。モノクロ映画好きです」
沢田「へー、菅野くん、芸術家かい」
雅希「いや学生時代はそういうのも目指してましたけど、今は商業雑誌の写真撮ってます。頼まれた物を撮るサラリーマンです」
沢田「俺は映画とかそういう文化系はさっぱりよ」
雅希「沢田さんは何をしているんですか」
沢田「だから悦っちゃん。俺はよ、ただのフリーターだよ、働いてねえ」
雅希「そうですか(真剣に映画を観る)」
沢田「だけどよ、映画観賞会なんてよ、皮肉なもんだ、ここにいる奴らはみんな、記憶がなくなったり、(周りの人を見ながら)憶えられなくなったり、しまいには何が何だかわかんなくなっちまう奴らの集団なんだ。いい映画観たって憶えてらんねえし、次の日になりゃあ、話の筋なんてさっぱりこんよ」
雅希の表情が曇る。
沢田「綺麗な女優の顔ですら憶えてられねえ」

○イメージ
 観覧車。
 みなみの顔。

○レクリエーションルーム
沢田「どんなに感動したってどんな映画だかわからねえ」
 雅希、立ち上がる。
沢田「おい、どうした」
 沢田、まずい事を言った事に気づく。

○施設・最上階
 大きな窓から夜景、街並みが見える。
 街を見ている雅希。

○病室・回想
 子どもの頃の雅希。
 ベッドに寝る雅希の父、修平(38)。
 写真を見せる雅希。
修平「いい写真だな、雅希が撮ったのか」
雅希「うん」
修平「いいものをありがとう。この写真があれば雅希とお母さんと三人で一緒に出掛けた気持ちになれる。ありがとう」
 修平、急変し苦しむ。
 病室から外に出される雅希。
 小高い丘がある公園の写真。
 苦しむ父に近づく雅希。
 手を握る雅希。
 雅希の手と修平の手。
 雅希、圧倒され声がでない。

○施設・最上階
 沢田、雅希に駆け寄る。
沢田「菅野くん、すまんな、俺は余計なことを言っちまうたちでな」
雅希「……」
沢田「ごめんな、まだやってるから戻ろう」
雅希「沢田さんの言うとおりです」
沢田「何が?」
雅希「今更どんないい映画観たって、すぐに忘れてわからなくなる」
沢田「いや、忘れちまう場合もある。全部が全部忘れるわけじゃあ」
雅希「沢田さんにムカついたんじゃなくて今の俺に腹が立ったっていうか」
沢田「……わかるよ、俺だった同じだ」
雅希「……」
沢田「俺、最近よく頭に浮かぶ言葉があってな、おれの婆ちゃんの言葉なんだ。婆ちゃんはもうとっくに死んであの世に行ってんだけどよ。その婆ちゃんがな、悦司、神さんの目から見たら逆よってな」
雅希「かみさん?」
沢田「ああ、婆ちゃん、何教だかの熱狂的な信者で、俺は全くそういうのは信じないんだが、神さんって神様のこと。神さんの目から見たら現象は逆な場合かもしれないんだと」
雅希「逆、何と」
沢田「その人の物差しで見て悪いと思える現象も神さんの目から見たらいい事ってことらしいんだ」
雅希「じゃあいい事に思える現象が悪い事」
沢田「そう、全てがそうじゃないかも知れないけれど。だから俺たちがこんなふうになってこの施設に入ったのもいい事かも知れないんだ」
雅希「……」
 一瞬、夜空に星が輝く。
 次の瞬間、強い光の彗星が立て続けに落ちる。

○レクリーションルーム
 映画の上映を途中で止め、ニュースに変える。
 カーテンを開けると無数の彗星が落ちる。
 緊急速報が流れ、大彗星を伝える。
 閃光が走る。

○施設・最上階
 閃光。
 闇。

○道路
 自転車で通学する祥真。
 信号で止まる。
 祥真、バッドをふる動作。
 信号が変わり前に進む。
 祥真、赤信号で侵入する車にはねられる。

○沢田の家・仏間
 祥真の遺影。
 ふて寝する沢田。
 妻の徳子が仕事から帰ってくる。
徳子「ご飯は食べたの?」
沢田「……」
徳子「私、しばらく実家に帰ります」
沢田「勝手にしろ」

○施設・最上階
 彗星の無くなった夜空を見つめる沢田。
沢田「菅野くん、みんな色々あるさ」
 沢田、雅希の横顔を見る。
沢田「いや、今更だけど、菅野くん見た事あるな」
雅希「僕は失礼ですけどないですね」
沢田「菅野くんは俺がこの病を発症した日に出会った人だ」
 雅希、沢田をまじまじと見る。
雅希「全く思い出せない。ここで会ったのが最初だとしか」
沢田「なんか思いつめた顔をしていたな、俺はそんな菅野くんをからかっちまったんだ、すまねえ」
雅希「あやまらないでくださいよ。どうせ憶えてられないんですから」
沢田「そろそろ戻ろうか、昼間売店買ったプリンがあるんだ。一緒に食べよう」
雅希「プリンですか」
沢田「俺はプリン大好きなんだ。菅野くんは嫌いか」
雅希「いや、そんなことはないですけど」
沢田「よっしゃ、じゃあ行こう。俺の好きな銘柄のプリンがあってな。売店で入荷すると全部買い占めてんだ。しこたま食おう」
 沢田、先に歩きだす。 
雅希「沢田さん、さっき僕にはじめて会った日が発症した日って、自分でわかるんですか」
沢田「え? そんなこと言った? 忘れちまったな」

○相部屋
 ベッドでプリンを食べる沢田。
 隣の雅希に声をかける。
沢田「うまいだろう、菅野くん」
雅希「はい、かなりの旨さですね」
 反対側から咳払い。
沢田「嫌味だね、うるさいならうるさいって言いなさいよ、だからアンタにはプリンあげないんだよ」
雅希「まじ、旨いです」
沢田「でしょでしょ、もう一個食べる?」
雅希「この味も忘れてしまうんでしょうね」
沢田「……」
雅希「こうして、沢田さんからもらったことも含めて」
沢田「……いいじゃねえか、俺があげる度に新たな感動を味わえるじゃねえか」
雅希「……沢田さん、ありがとうございます」
沢田「なあに、映画を邪魔したお詫びよ」

○施設・外観
 季節は冬へと変わる。

○同・食堂
 沢田、ふざけている。
 それを見て笑う雅希。

○タクシーの中
 明美とみなみ。
みなみ「わがまま言ってすみません」
明美「……」

○施設・玄関
 タクシーがつく。
 明美とみなみが降りる。

○同・相部屋
 ゲームをしている沢田と雅希たち。
 明美、みなみが入ってくる。
沢田「お、菅野くん、お母さん来たよ」
 雅希、明美の方を見る。
 後ろにみなみ。
沢田「お、可愛い子発見! 菅野くんの彼女かな?」
 みなみ、にこりともしない。
 雅希、みなみを見つめる。
 みなみはお時儀をする。
 雅希、曖昧な顔。
みなみ「久しぶり」
雅希「……」

○同・喫茶室
 坐っているみなみ。
 コーヒーを持ってくる雅希。
みなみ「ありがとう」
雅希「砂糖とミルク、使うんでしたらどうぞ」
 みなみ、ミルクだけを入れる。
 気まずい間。
雅希「母から何も聞いていないんですが、何のご用件でしょうか」
みなみ「……(目に涙を浮かべる)」
雅希「せっかく来て頂いたんですが、過去の事は憶えている事と憶えてない事がありまして、差し支えなければ私になぜ会いに来たのか教えてもらえますか」
みなみ「私の顔わからないの?」
雅希「……」
みなみ「すいません。私に前に仕事でお世話になった渡辺みなみと申します」
雅希「渡辺さんですか……私、仕事のことは少し憶えているんです。フォトグラファーでした。母がカメラを持ってきてくれてここでもたまに植物とか写したりしています」
 みなみ、スマホを取り出す。
 写真を見せる。
 観覧車の写真。
雅希「いい写真ですね」
みなみ「……行った事ありますか?」
雅希「いえ、どこですか? 綺麗ですね」
みなみ「……」
雅希「名前なんとおっしゃいましたっけ?」
みなみ「みなみです。渡辺みなみ」
雅希「渡辺さん、すみませんが、私何故ここにいるんでしょうか?」
みなみ「……私と話をしにここに」
雅希「あ、そうですか、沢田さんとポーカーをしていたんですか、何故ここにいるのかわからなくなってしまいました。あ、気が利かなくて、コーヒー今持ってきますね」
 雅希、立ち上がる。
 雅希を見つめるみなみ。
 テーブルにはコーヒーが置いてある。

○施設・玄関
 みなみの乗ったタクシーが走り去る。 
 沢田、タクシーを止める。
みなみ「はい?」
沢田「俺は菅野くんの横のベッドの沢田ってもんだけどよ、菅野くん、大分進んじまってな、いい青年なんだけどよ」
みなみ「で、なんですか?」
沢田「お嬢ちゃんもよ、気持ち切り替えてな頑張れよ。菅野くんはお嬢ちゃんのいない世界を自分なりに必死に生きてんだよ」
みなみ「……」
 タクシー走り去る。
沢田「自分の変わっちまった姿なんて見られたくねえんだ。それが男ってもんよ」

○雅希の夢
 観覧車、みなみの姿。
 ホテル、雅希とみなみと抱き合う。
 みなみの顔。

○施設・相部屋
 深夜。
 雅希、目を覚ます。
雅希「(起き上がり)み…な…み…」 
 部屋を出る。
 沢田、物音で目を覚ます。

○同・通路
 うつろな表情で徘徊する雅希。
 真奈が雅希を見つける。
真奈「菅野さん、トイレですか」
 雅希、振り返る。
雅希「みなみ?」
真奈「?」
 雅希、突然、真奈に襲いかかる。
 嫌がる真奈。
 雅希、真奈の服を脱がそうとする。
 真奈、悲鳴を上げる。
 沢田が駆けつける。
 他の看護師も来る。
 沢田、雅希を止めに入る。
沢田「菅野くん、落ちつくんだ」
雅希「……みなみ!」
 看護師、注射を打とうとする。
沢田「おい待て、彼は寝ぼけているだけだ」
 雅希、無理やり注射を打たれ、強制的に連れて行かれる。
沢田「……」
雅希「(意識を取り戻し)沢田さん俺なんでここにいるのかな」
沢田「……」

○レクリエーションルーム
 カラオケ大会。
 沢田、衣装をキメて熱唱する。
 患者が演歌を歌っている。
沢田「おいおい、世はZ世代だぜ、ウケないよ。古い歌わよ。白けちまうぜ」
患者「うるせえ、ここに若者なんていねえ。みんなジジイ世代だ」
 無表情で前を見ている雅希。
 噂話をする患者たち。
患者の声「菅野さん、可哀そうに、まだ若いのに。随分進んでいるじゃないかしら」
 お菓子を投げつける沢田。
沢田「ババア、うるさいんだよ、お前らもそのうちなるんだよ」
 沢田、雅希に近寄る。
沢田「菅野くん、何か飲む?」
雅希「ああ、はい、えっと」
沢田「炭酸な」
 炭酸ジュースを飲む雅希を見つめる沢田。
沢田「海でも行くか? 気分転換に」
雅希「……」

○施設・ロビー
 沢田、ソファに坐っていると明美が来る。
明美「いつもご迷惑をおかけしてすいません」
沢田「迷惑だなんて、菅野くんと僕は友だちですから」
明美「話というのは」
沢田「はい、彼、菅野くんなんですけど、まだ若いしこんなところにずっといるのも可哀想なので、ドライブに行こうかと思いまして。その許可を頂きたくて今日はこうやってここにお呼びしたしだいです」
明美「そうですか」
沢田「気をつけますのでオーケーもらえますか?」
明美「……せっかくですがお断りします」
沢田「心配しなくて大丈夫ですよ」
明美「すいません」
沢田「大丈夫ですって」
明美「ダメです」
沢田「……」
明美「……雅希は親の私から見てもかなり進行しています。外に連れ出して何か起こったら大変です」
沢田「何かって何も起こりはしませんよ」
明美「とにかくダメです。第一あなただってここの入居者でしょう? そんな人に任せられません」
沢田「……」
明美「この事についてはこれで」
 明美、行ってします。
沢田「……もうすぐ海だって何だってわからなくなっちまう」

○施設・中庭
 患者たちは各々、遊んでいる。
 明美、患者と笑い合っている。

○同・ロビー
 窓から真奈を見る沢田。
 沢田、真奈から室内の雅希に目を移す。
 雅希、ロビーの大きなテレビを見ている。
 大彗星接近のニュース。
 沢田、雅希を抱えて起こす。
雅希「何だよ、おじさん」
沢田「悦っちゃんだよ」
雅希「えっちゃん? 女?」
沢田「おじさんだろ、沢田だよ」
雅希「ああ、沢田さんかどうもどうも」
沢田「どうもって、菅野くん、行くぞ!」

○同・更衣室前
沢田「ちょっとここで待っててな」
雅希「あ、トイレ行きたくなった」
沢田「そこだから行って来い」
雅希「了解、おじさん」
沢田「沢田だよ」
雅希「今のはボケだよ、沢田さん」
沢田「その冗談はかなりキツイぜ」

○トイレ
 沢田が入ってくる。
 男性看護師の格好。
沢田「いつまで手を洗ってんだ、行くぞ」
雅希「いや、手を洗ったかわからなくてもう一度洗ってて。あ、沢田さん何その格好?」

○同・玄関ゲート
 警備員がいる。
沢田「ちょっとこの子の投げたボールが外いっちまって」
 ゲートから出る。

○レンタカー
 レンタカーで出発する。
沢田「よし、今日はドライブだ」

○施設・玄関ゲート
 婦長、真奈、警備員と話している。
 焦る婦長。

○車の中
 沢田、助手席の雅希を見る。
沢田「せっかくのドライブにその格好はさえねえな」

○大型洋服店
 着替えた沢田と雅希が出てくる。

○車の中
 沢田と雅希。
雅希「どこへドライブに?」
沢田「ドライブと言えば海だよ」
雅希「何だか楽しい」
沢田「ずっと同じところじゃ、くさくさするだろう。ま、俺は望んで入ったがな」
雅希「……お父さん、ありがとう」
沢田「え?」
雅希「あ、何を言ってんだ俺。沢田さん、ありがとう」
沢田「……」
 車からバッティングセンターが見える。

○バッティングセンター
 受け付けをしている沢田。
雅希「海じゃないの?」
沢田「体、なまってるからたまには運動だ」
 受け付けを終えると、店主が沢田をまじまじと見る。
沢田「何だ? おれの顔になんかついてるか」
店主「あんた、もしかして沢田? 沢田悦司?」
沢田「おーよ、沢田の悦っちゃんよ、悦っちゃんとは誰も呼ばないが」
店主「彗星のごとく、イエローズの期待の新人、沢田の悦司か」
 沢田、表情が変わる。
沢田「昔のことだ」
店主「だてにバッティングセンターやってないわ。こちとら筋金入りの野球バカよ」
雅希「沢田さん、プロ野球選手だったの?」
沢田「まあな、大昔の話よ」
店主「いい選手だったのに、肩壊してな、引退。その後は株か何かに手を出して、不正して逮捕されて消えたな」
沢田「余計なことは言うな」
店主「いや、まてよ、その後何かワインの輸入業で儲けたって週刊誌に出ていたな」
沢田「その通りだ、その辺でいい、菅野くん行こう」
店主「それだけファンだったってことさ、活動期間は短いがマニアの間では伝説の選手よ、そこのポスターにサインしてくれ」
沢田「注文の多いじじいだな」
 ペンでサインをする沢田。
 ポスターは雅希が写した瀬理菜の広告写真。
沢田「俺とはなんも関係ねえポスターだしよ」
 雅希、ポスターの瀬理菜を見つめる。
店主「めんこいよな」
沢田「いい齢こいて。こんな女は当時の俺だったらイチコロよ、お、菅野くんこういう子タイプ?」
雅希「どこかで見たような」
店主「なかなか生ではおめにかかれない女だね」

○同・競技場
 バッドを振る雅希。
 指導する沢田。
 段々と打てるようになる雅希。

○イメージ
 祥真が登校する。

○バッティングセンター・競技場
 バッドを振る雅希を見て涙を浮かべる沢田。

○走る車の中
 海が見えてくる。
沢田「腹減ってきたな」
雅希「うん」

○ラーメン屋
 自販機の前に立つ沢田と雅希。
沢田「菅野くん、好きなの選びな」
 雅希、味噌チャーシュー麺を押す。
沢田「味噌チャーシュー」
雅希「味噌チャーシュー好きなんです」
 ラーメンが到着する。
 勢いよくすする雅希を見ている沢田。
 雅希と息子の翔真の姿が重なって見える。
雅希「沢田さん、どうしたんですか?」
 沢田、自分のラーメンを勢いよくすする。

○山道
 夕暮れ。
 沢田の車が進む。
雅希「海と反対に進んでいませんか」
沢田「この先でな、昔、息子の翔真とカブトムシ採りに行ってな」

○山
 車を止めて二人は歩き出す。
 山道を歩く二人。
沢田「早朝っても夜中だな、祥真と二人でよ、そこの木の辺りでカブトムシいっぱい採ったな」
雅希「息子さん、いたんですね」
沢田「二十年前に死んだよ」
 沢田、気づくと一人で歩いている。
 後ろに振り返ると雅希が倒れている。
 沢田、駆け寄る。
雅希「大丈夫です。疲れたのかな」
沢田「ゆっくり歩こう」
 歩き出す。
沢田「大丈夫か?」
雅希「大丈夫ですが、えっとですね」
沢田「ん? なんだションベンか?」
雅希「いえ……」
沢田「何だよ、はっきりいいな」
雅希「私は今、何をしているんでしょうか」
沢田「……」
雅希「施設にいたはずなんですか」
沢田「海を見に来たんだ、さあ行こう」

○山・高台
 海が一望出来る。
 綺麗な夜景。
沢田「どうだ見晴らしいいだろう。ほとんど
夜景になっちまったが」
雅希「海ですね」
沢田「そうよ、雄大だろ。いつも施設の中にいちゃくさくさするだろうよ」
 沢田、雅希を見る。
 無表情な雅希。
沢田「な、菅野くんよ」
雅希「はい、本当お世話になります」
沢田「菅野……」
雅希「すいませんけど、ここはどこですか」
 目に涙を浮かべる沢田。
 雅希、辺りを見回す。
雅希「……すいません、この辺り詳しいですか? 私、障害がありまして」
沢田「冗談だろ、菅野くん」
雅希「……」
沢田「俺みたいにボケ老人の姿を見てそれで思いついて施設に入ったんだろ。世の中から逃げるために」
雅希「?」
沢田「なあ、そうだろ、菅野くん」
雅希「あのう、あなたは誰ですか?」
沢田「……何でだ。俺みたいなだらしないジジイが…昔のことを忘れてしまいたい俺の方の記憶はしっかり残ってるのに」
雅希「ここはわからない。戻らないと、どこに戻ればいいんだ」
 沢田、雅希に抱きつく。
沢田「菅野くんや翔真みたいな若い子がどうしてこんな目にあわなきゃならないんだよ」
 閃光と轟音。
 海上の夜空に無数の彗星が落ち始める。
 その中から巨大な大彗星が落ち始める。
雅希「怖い、誰だ、お前、放せ!」
 沢田を突き飛ばしパニックになる雅希。
 轟音。
沢田「危ない、落ちつくんだ菅野くん」
 二人の上空を流れる彗星。
 雅希、沢田から逃げようとする。
 沢田、雅希の手を掴む。
雅希「……」
 雅希、沢田を見る。
 父の姿と沢田が重なる。
 大彗星が夜空に消えてゆく。
雅希「お父さん」
沢田「……菅野くん?」
雅希「お父さんだ」
沢田「俺はお父さんじゃない、残念だけど」
 沢田、雅希に近づく。
沢田「さあ、戻ろう」
雅希「沢田さんだろ」
 沢田、まじまじと雅希を見る。
 雅希、笑う。
雅希「沢田の悦っちゃんだろ」
沢田「!」
雅希「思い出したんだ。俺がみなみとケンカして、くさくさしてる時に街でぶつかったの悦っちゃんだろ」
沢田「奇跡ってやつだ、こいつは!」
雅希「俺、もう大丈夫だ。施設のみんな、心配しているから戻ろう。それで明日には検査して退院だ」
沢田「おう、おれはどうしようかな」
雅希「悦っちゃんも退院よ、いつまでその下手な芝居続ける気だよ」
沢田「急に言うようになったね。菅野くん。ところで、その悦っちゃんってやめてくれ」
雅希「自分が望んだんでしょう」
沢田「いざ、呼ばれるとこそばゆい」
 二人は歩き出す。
 夜空の大彗星は跡形もなく消えた。
○レストラン・テラス
 ワイン販売サイトの画像。
 海を見ながらワインを飲む沢田と雅希。
沢田の声「菅野くんは完全に復活しフォトグラファーの仕事に戻った。俺も何故か施設からひっぱり出されて、娑婆世界に戻った。そしてワインの輸入業を再開した。菅野くんがワインの写真を写しワイン販売のホームページを作ってくれた。売り上げは好調である」









おわり

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