星空のマーチ その他

余命わずかな子供と、余命わずかなお爺さんが同じ病室で出会い、絵本に書かれた綺麗な星空が見える丘を探し病室を抜け出す。 仲の悪い二人が徐々に心の距離を縮め、残りわずかな時間で旅に出る話。
春ノ月 12 0 0 08/20
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第一稿

○ 町・全景(夢の中・夜)
  灯りがほとんど無い田舎町。

○ 同・車道(夜)
  街灯が並ぶ道路。
  人や車が通る気配は無い。
  徐々に走る足音。坂巻公太( ...続きを読む
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○ 町・全景(夢の中・夜)
  灯りがほとんど無い田舎町。

○ 同・車道(夜)
  街灯が並ぶ道路。
  人や車が通る気配は無い。
  徐々に走る足音。坂巻公太(8)の息遣
  いが聞こえて来る。

○ 商店街(夜)
  シャッターが閉じられた店々。
  公太が道幅の狭い商店街を走る。
  駆け抜けた勢いでシャッターが揺れる。
  真っ直ぐ前を見て走り続ける公太。
  後ろから下松洋平(8)が公太を追いかける。
  下松、ビールケースにぶつかる。
  転がる空のビール瓶。
  その音に気が付き振り返る公太。
  下松、まだ追いかけている。
  公太、角を曲がる。

○ 草むら・前(夜)
  公太よりも背の高い草むらが生い
  茂っている。
  公太、走ってくる。
  何かに気付き立ち止まる。
公太「?」
  草むらの前に坂巻美香(32)が立っている。
美香「……」
公太「(立ち止まる)……」
  美香、草むらの中へ入っていく。
公太「お母さん!」
  公太、美香を追いかけて草むらに入る。

○ 草むらの中(夜)
  草をかき分けながら進む公太。

○ 丘(夜)
  草むらから勢い良く出てくる公太。
  あたりを見回す。
公太「……」
  広大な丘が広がっている。
  美香の姿は無い。
  公太、ふと夜空を見上げる。
公太「?」
 
○ 夜空
  月が浮かんでいる。
  しかし星は一つも無い。
  その夜空にタイトルが浮かび上がる。

○ タイトル
  「星空のマーチ」

○ 病院・病室・公太のベッド(現在・朝)
  4つのベッドが置かれた病室。
  それぞれがカーテンで仕切られている。
  ベッドに寝ている公太。
  時計は7時過ぎを指している。
  目を覚まし上半身を起こす。
  公太、手を頭にやって、
公太「痛って……」
  と痛がる。
  ベッドから降りて歩こうとするが倒れる。
  右足を抑える公太。
公太「……」

○ 同・トイレ・前
  トイレから出てくる公太。
  右半身の痺れをかばうように歩く。

○ 同・病室・前
  病室に入ろうとする公太。
女性の声「こうちゃ〜ん」
  その声で立ち止まる。
公太「!」
  隣の病室の前で女性とパジャマを着た
  男の子が抱き合っている。
女性「いい子にしてた?」
男の子「うん!」
  公太、寂しげに見る。
公太「……」
  女性と男の子の楽しそうな会話が聞こえ
  る。
  病室へ入って行く公太。

○ 同・病室・中
  公太、仕切りカーテンを開ける。
  隣のベッドには源吾郎(50)の姿。
  何かを書いている。
公太「……」
  公太、ベッドに入り布団に包まる。
  布団の中から公太の鼻をすする音。泣いている。
  吾郎の書いている紙には「遺書」と書か
  れている。
  吾郎、手を止め、
吾郎「おい、おい、ガキ」
  公太の泣き声が止む。
吾郎「……」
  吾郎、もう一度遺書を書き出すが布団の
  中から公太の泣き声。
吾郎「……」
  吾郎、息を吐きペンを置く。
  公太に近づき、
吾郎「(布団を剥ぎ)いつまでも泣くな! 
 集中出来んじゃろうが!」
  泣き止まない公太。
吾郎「(困って)帰って泣けえ」
  吾郎、自分のベッドに戻る。
公太「……家に帰れないんだよ。僕は」
  吾郎、聞いてないフリ。
吾郎「……」
公太「帰れるなら帰りたいよ……」
吾郎「何日そんなやり取りすれば気が済むん
 じゃ? ああ?」
公太「来てくれないんだもん」
吾郎「そりゃ1週間も来てないならもう来な
 いじゃろ」
公太「そんな事ない」
吾郎「なんじゃ? 大人に歯向かうんか」
公太「……」
吾郎「……見捨てられたんじゃ。お前は」
公太「お母さんは見捨てないもん。お祈りし
 たら絶対……」
吾郎「お前なあ、もしかしたら何年も先、い
 つかは来てくれるかも知れん。じゃがな、
 物事の結果はもう既に決まっておるんじゃ。
 お前の母さんが来ない事。祈る、祈らない
 関係ないんじゃ」
公太「……」
  病室のドアが開く音。
公太「!」
  公太、ドアの方を見るが次第に表情が暗
  くなる。
  そこに立っていたのは叔母さんの光本
  (30)。
光本「こうちゃん、お待たせ。良い子にして
 た?」
公太「……別に」
吾郎「……」
光本「ここに置いとくわね」
  光本、手に持っていた荷物をベッドの横
  に置く。
公太「お母さんは?」
  光本、一瞬手が止まる。
光本「……お母さんは外せない用があるみた
 いだからまた今度来るでしょう」
公太「……」
光本「新しい下着とかここに入ってるから。
 じゃあ、またね」
  光本、吾郎に会釈して病室を出る。
  吾郎、会釈を返さずテレビを見る。
吾郎「……」
公太「……」
吾郎「今度ってのはいつじゃろうな」
  テレビの画面には受験の結果発表が映し
  出されている。
  掲示板を指差しながら喜んでいる人。
  落胆している人。

○ 病院・外観(夜)
  窓の灯りは殆ど付いていない。

○ 同・病室・吾郎のベッド(夜)
  ベッドはカーテンで仕切られている。
  吾郎、ベッドで寝ている。
  カーテンを挟んで隣のベッドから微かに
  公太の声が聞こえて来る。
公太の声「カメくんをどんどん抜いていくウ
 サギさんやキリンさん。カメくんは自分が
 取り残されていく」
  吾郎、起きる。
吾郎「(舌打ちし)うるさいのう」
  と公太の元へ。

○ 同・同・公太のベッド(夜)
  吾郎、仕切られたベッドカーテンから顔
  だけ出す。
吾郎「おい、何時だと思っとるんじゃ」
  公太、読むのを止める。
公太「……」
吾郎「……」
  ベッドカーテンから顔を引っ込め病室を
  出る。

○ 同・トイレ・前(夜)
  便所の流れる音。
  股間の辺りを触りながら、
吾郎「キレが悪くなったのう」

○ 同・廊下(夜)
  病室まで歩いていく吾郎。

○ 同・病室・公太のベッド・前(夜)
  吾郎、入ってきて公太のベッドの前で
  立ち止まる。
吾郎「?」
  ベッドカーテンを開ける。

○ 同・同・公太のベッド(夜)
  公太の姿は無い。
吾郎「?」
  自分のベッドへ歩く。

○ 同・同・吾郎のベッド(夜)
  吾郎、ベッドカーテンを開ける。
吾郎「!」
  ベッドの上で遺書を広げて持っている公
  太。
吾郎「(驚く)何っ、何しとるんじゃお前
 は!」
  公太、遺書を閉じ、
公太「あっ、ごめんなさい……」
  吾郎、遺書を奪い取り、
吾郎「ごめんなさいで済む問題じゃなかろう
 が! このガキぃ! これは個人情報じゃ
 個人情報!」
  看護師の多野明香(28)が来る。
明香「ちょっ、ちょっとやめて下さい!」
  明香、襲い掛かりそうな吾郎を羽交い締
  めして止める。
吾郎「このアホたれがー!」

○ 同・同・吾郎のベッド(翌朝)
  眠っている吾郎、目を開ける。
  隣からは公太の嗚咽の声。
吾郎「?」
明香の声「スッキリした?」

○ 同・同・公太のベッド(朝)
  明香、公太の背中をさすっている。
  公太、気分が悪そうに座っている。
明香「吾郎さんまだ寝てるか見てみるね」
  明香、吾郎のベッドに向かう。

○ 同・同・吾郎のベッド(朝)
  明香、カーテンを開けて中を見る。
明香「……」
  吾郎は寝たふり。
  明香、そっとカーテンを閉じる。
  吾郎、目を開ける。
吾郎「……」
明香の声「まだ寝てたわ。今の内にお外で新
 鮮な空気吸ってこようか」
  ×     ×     ×
  ベッドに座っている公太と吾郎。
  カーテンは開けきっている。
  公太は右手で絵を描くが上手く描けて
  いない。
  吾郎は新聞を読んでいる。
  明香が病室に入ってくる。
明香「源さん、今日も来てますけど……」
  吾郎、新聞を広げたまま、
吾郎「今は忙しい、帰してくれ」
公太「?」
明香「源さん、一度くらい会っても」
吾郎「(遮り)たかが看護師に指図されたく
 ないのう。何も知らんのに口出しするな」
明香「……そうですか」
  と不服そうに病室を出て行く。
吾郎「……」
公太「家族じゃないの?」
吾郎「……」
公太「何でそんなに嫌ってるの?」
  吾郎、新聞を畳み、
吾郎「質問ばっかりじゃな。人が集中して読
 んどるっちゅうに。親からどんな教育受け 
 とるんじゃ」
公太「……ごめんなさい」
吾郎「信用しちょらん奴らに会いたくないわ」
公太「僕は家族の事、信用してるよ」
吾郎「お前の事は知らん。……わしの子供は、
 わしの事、親と思っちょらん」
公太「おじさんの事、絶対お父さんだと思っ
 てるよ! 子供にとったら親は大切な存在
 なんだ」
吾郎「……」
公太「だから会ってあげてよ。おじさん」
吾郎「……お前は」
公太「?」
吾郎「お前はわしを親だと思えるか?」
公太「えっ?」
吾郎「……」
公太「どういう事? 僕のお父さんは……」
吾郎「どうなんだ?」
公太「おじさんは僕のお父さんじゃないから
 思えないよ。……もしかしてひっかけ?」
  と、おどける。
吾郎「ガキんちょ相手にひっかけする暇ない
 わ」
  新聞を再び読みだす吾郎。
公太「(落ち込んで)はぁい」
  公太、再び絵を描く。
吾郎「……」
  吾郎、新聞を広げるがその目は遠くを見
  つめている。

○ 美香の家・リビング(夜)
  照明をつけておらず中は暗い。
  外からは雨の音。
  美香、ソファにもたれ掛かって動かない。
  座る側には写真。
  美香と公太が写っている。
美香「……」
  テーブルの上に置いたケータイに着信が
  入りバイブレーションが鳴る。
美香「……」
  ケータイは振動でテーブルの上を徐々に
  移動する。
美香「……」
  ケータイがテーブルから落ち、床の上で
  鳴り続ける。

○ 病院・病室・吾郎のベッド(夜)
  窓の外は雨が降り、時折雷が鳴っている。
  吾郎、窓の外を見つめる。
吾郎「……」
  公太が絵本を持って吾郎の元に来る。
公太「雨は嫌いだな。雷も」
  と、ベッドに腰掛ける。
吾郎「何じゃ、自分のベッドで寝ろ」
公太「何でこんな雨が降るかなぁ」
  吾郎、窓の外を見て、
吾郎「……雨っちゅうのはなぁ、空気中の汚
 れを落としてくれるんじゃ。雨が上がれば
 今まで見えなかった所が見えて来る。何か 
 の輝きっちゅうのを思い出させてくれるも
 んじゃ」
  公太、興味無さそうに、
公太「ふ〜ん、じゃあ雷は?」
吾郎「雷? そりゃあ……(咳払いして)と
 にかく寝る時間じゃ。子供はさっさと寝ろ」
公太「雷の音で眠れないんだよね」
吾郎「そんな事わしに言われても困るわ」
公太「(絵本を差し出し)これ読んで」
吾郎「(手に取り)?」
  本のタイトルは「星空のマーチ」。
吾郎「何じゃこれは?」
公太「眠る前にいつもお母さんから読んでも
 らってたんだ。ほら、ここの星空きれいで
 しょ?」
  と本を開いて見せる。

○ 絵本
  星空が描かれている。

○ 病院・病室・吾郎のベッド(夜)
吾郎「わしはお前のお母さんじゃないじゃろ。
 読まん」
公太「おじさんお願いっ」
吾郎「わしはこんな子供だましの本なんて好
 かん。希望みたいな甘ったるい事ばかり書
 いて現実に大切な事を書かんけんのう」
公太「……」
  公太、黙って絵本を取り返し自分のベッ
  ドへ戻っていく。
吾郎「(小さく)なんじゃ」
  吾郎、横になり布団を被る。
  隣のベッドから公太の声が聞こえて来る。
公太の声「夜空から生まれ落ちてきた星のか
 けらは、この世界で生きていく為に……」
  吾郎、体を起こし公太の声のする方を見
  つめる。
公太の声「あっ、流れ星が落ちてきた。今日
 も一つ新たな命がこの世界に」
吾郎「(ためらいながら)おい、こっちに来
 るんじゃ」
  公太の声がピタリと止まり、カーテンか
  ら顔だけ覗かせる。
公太「……」
吾郎「(頭を掻きながら)お前の声がうるさ
 くて寝れんけぇ、今日は読んじゃろう」
公太「(嬉しそうに)本当に?」
吾郎「今日だけじゃ」
  公太、吾郎のベッドに飛び乗る。
公太「早く読んで早く〜」
吾郎「勝手にベッドに寝るな。(本を取り)
 貸せい」
  吾郎、絵本を開く。
吾郎「え〜、なんじゃ、夜空から生まれ落ち
 てきた星のかけらはこの世界に」
公太「で」
吾郎「うっさいのう、ちまちました事で口を
 挟むな」
公太「(嬉しそうに)はぁい」
吾郎「星のかけらはこの世界で生きていく為
 に動物に変化するのです。あっ、流れ星が
 落ちてきた。今日も一つ新たな命がこの世
 界に生まれました。星を背負って動物に変
 化したカメくんはどの動物よりも動きが遅
 く……」
  公太の寝息が話を遮る。
  ぐっすり寝ている公太。
公太「……」
吾郎「……まだ序盤っちゅうに」
  吾郎、絵本を閉じ表紙を見つめる。
吾郎「星から生まれて動物に変化する……作
 者はどんな頭しとるんじゃ」
  と公太を見る。
  公太、寝返りを打つ。
吾郎「スヤスヤ眠りおって」
  公太を抱え隣のベッドまで移動する。

○ 同・同・公太のベッド(夜)
  公太を抱える吾郎。
吾郎「小学生でも結構な重さじゃのう」
  ゆっくりと公太をベッドに寝かせる。
吾郎「よいしょ」
  公太の右手が吾郎の左手を握っている。
吾郎「?」
  手を離そうとするが離れない。
  ゆっくりと握られた手を解く。
  公太の寝顔を見つめる吾郎。
吾郎「……」
  ベッドサイドにある時計は10時32分
  を指している。
  吾郎、時計を見て戻ろうとする。
  ふと、ベッドの下に紙が落ちているのに
  気付く。
吾郎「?」
  紙を拾い上げてベッドサイドに置くが見
  返してまた手に取る。
  紙を凝視する。
吾郎「……!」
  相変わらずスヤスヤと眠っている公太の
  顔。
公太「……」
  吾郎、公太を見て、
吾郎「公太……」

○ 病院・外観(朝)
雨は上がり、晴れている。

○ 同・病室・公太のベッド(朝)
  公太、起きて辺りを見回す。
公太「(頭押さえ)痛たっ」
  公太、ベッドから降りる。

○ 同・同・吾郎のベッド(朝)
  公太、カーテン開けてベッドを見る。
公太「?」
  吾郎の姿はない。
吾郎「おう、起きたか」
  と後ろから来る。
公太「おじさん早いね」
  吾郎の手には地図。
吾郎「嫌でも早起きになるんじゃ」
公太「そうなの。(地図見て)なに? それ」
吾郎「公太、これを見てみろ」
  ベッドの上に地図を広げる。
公太「地図?」
吾郎「星空が見える場所は間違いなくこの地
 域周辺じゃ」
公太「えっ?」
  ペンを手に取り地図に丸を書き込む。
吾郎「ここがこの病院じゃけぇ、ここから5
 キロ以内で探せば見つかるじゃろ」
公太「何の話し?」
吾郎「あの本の出版社に問い合わせたんじゃ。
 作者の連絡先を教えろうて。しかし、作者
 と音信不通で教えられんて言うもんじゃけ、
 調べさせたんじゃ。そしたらここの地域で
 取材してたって」
公太「えっ取材?」
吾郎「じゃけぇ、あの絵本に書いてある場所
 を探しに行くぞっちゅう話しじゃ」
公太「まじ? いいの?」
  吾郎、口の前に人差す指を立て、
吾郎「し〜、誰にも言っちゃいかんぞ」
  小刻みに首を縦に振り、
公太「……で、いつ?」
吾郎「(ニヤリとして)今夜じゃ」

○ 同・廊下(夜)
  灯りは少なく、皆寝静まっている様子。

○ 同・病室・公太のベッド(夜)
  ベッドカーテンを開けて覗く吾郎。
  公太は寝ている。
吾郎「(小声)おい、何寝とるんじゃ」
  公太を軽く叩き起こす。
  小声で会話する二人。
公太「(寝ぼけてる)う〜ん」
吾郎「早く起きんか」
公太「うん」
  公太、ベッドから降りる。
吾郎「あれだけ用意をしちょけ言うたろうが」
  公太、ベッド下に隠していたリュックサ
  ックを取り出す。
公太「カンペキ」
吾郎「やかましいわ」
  公太、絵本をリュックの中に入れる。
  ベッドサイドには、美香と公太が一緒に
  写っている写真立てがある。
  写真立てを手に取る公太
公太「……」
吾郎「行くぞ」
公太「(うなずく)」
  写真立てを元に戻す。

○ 同・廊下(夜)
  病室から吾郎の顔と公太の顔が出てくる。
  音を立てないようにゆっくりと歩く。
吾郎「……」
  周りをキョロキョロ見る公太。
公太「おじさんお腹すいた」
吾郎「少しは我慢せい」
公太「(うなずく)」
  ×     ×     ×
  物陰から顔を覗かせる吾郎。
  受付カウンターは照明が点いている。

○ 同・受付カウンター・中(夜)
  明香と、看護師の吉田冨美(35)がいる。
明香「巡回してきま〜す」
冨美「(パソコンモニター見ながら)は〜い」
  明香がカウンターから出て行く。

○ 同・廊下(夜)
吾郎「今じゃ」
  吾郎と公太がカウンターに近づく。

○ 同・受付カウンター・中(夜)
  冨美がパソコンモニターを見ている。
  その奥に吾郎の姿。
冨美「(体を伸ばす)」
  吾郎、カウンターの下に隠れる。

○ 同・受付カウンター・前(夜)
  しゃがんでいる吾郎と公太。
  少しずつ前へ進む。公太のお腹が鳴る。
吾郎「!」
公太「!」

○ 同・受付カウンター・中(夜)
  冨美がカウンターの方を見る。
冨美「?」
  立ち上がり、ゆっくりカウンターの
  出入り口に近づく。

○ 同・受付カウンター・前(夜)
  公太はお腹を押さえ、吾郎は口を押さえて
  いる。

○ 同・受付カウンター・中(夜)
冨美「……?」
  冨美、カウンターの外に出て見る。

○ 同・受付カウンター・前(夜)
  公太と吾郎の姿はない。
冨美「(気のせいか)……」
  物陰に隠れている吾郎。
吾郎「(公太を見る)」
  公太、飴玉の袋を開けている。
吾郎「おい」
公太「もうムリ」
  公太の手から飴玉が落ちる。響く音。
  転がっていく飴玉。
  さっと吾郎が拾う。
吾郎「!」
  冨美は戻ろうとしていた体の向きを変える。
冨美「?」
吾郎「……」
  公太、祈りのポーズ。
公太「……」
  冨美、ゆっくり近づく。
吾郎「……」
公太「……」
  冨美、公太と吾郎がいる物陰のすぐ側ま
  で近付く。
冨美「(警戒)」
明香の声「杉森さん!」
  明香が慌てた様子。
明香「川本さんが居なくなってます!」
冨美「(うんざりして)またあのおばあちゃ
 ん」
  明香と共に走り去っていく冨美。
  公太と吾郎、息を吐く。
吾郎「さぁ、今のうちじゃ」
  と歩を進めていく。

○ 同・出入り口・外(夜)
  手動のドア。鍵の開ける音。
  ドアを開けて吾郎と公太が出てくる。
吾郎「よし! 出られたぞぉ!」
公太「やったー! すごくドキドキしたけど
 楽しかった〜。(息を大きく吸い込んで)
 空気がおいし〜」
吾郎「久々に外の空気が吸えたのお」
公太「これからどうするの?」
吾郎「そうじゃな。……わしの家まで行こう。
 車がある」
公太「おじさんの家?」
吾郎「ここから歩いて少しじゃ。足がないと
 探しきれんけぇのう」
公太「うん! (適当なメロディに乗せて)
 星空が見えるぞぉ〜、綺麗な星空〜」
  と歩き出す。
吾郎「……」
  吾郎、公太を微笑ましく見つめる。
  
○ 夜空
  曇っていて星は見えない。

○ 住宅街(夜)
  公太と吾郎が歩いている。
吾郎「(周りを見渡す)」
公太「おじさん、もう疲れた」
吾郎「男じゃろうが。弱音なんか吐くんじゃ 
 ない」
公太「(ため息)」
  公太、とぼとぼと歩く。

○ 吾郎の家・表(夜)
  歩いている公太、吾郎。
吾郎「ここじゃ」
  一戸建ての豪邸。
  ガレージにはスポーツカーが止まっている。
  公太、家を見上げている。
公太「でっか」
  吾郎、車の方に向かう。
吾郎「行くぞ」
公太「いいの?」
吾郎「いいから乗るんじゃ」
  吾郎、車に乗り込む。
  公太、遅れて車の助手席に乗り込む。
  鳴り響くエンジン音。
  ガレージから車が出て消えていく。

○ 車の中(夜)
  吾郎が運転。助手席に公太。
吾郎「……」
公太「ねえ」
吾郎「なんじゃ」
公太「……何であんなに家族の悪口書いてた
 の?」
吾郎「ああ、遺書の事か」
公太「うん」
吾郎「……あっ」
公太「どうしたの?」
吾郎「忘れてしもうた」

○ 病院・病室(夜)
  ベッドサイドに遺書。

○ 美香の家・寝室
  ベッドの上で天井を見つめる美香。
美香「……」
  カーテンから漏れる光。
  立ち上がりカーテンを開く。
美香「(眩しい)……」
  ケータイの音が鳴る。手に取り電話に出
  る。
美香「(電話に)……はい。……そうですが。
 ……えっ、子供が!?」

○ 病院・駐車場
  警察車両が止まっている。

○ 同・病室・前
  入院中の患者達が野次馬の様に集まっている。
  それをかき分けて病室に入る明香。
明香「すみませ〜ん。通りま〜す」

○ 同・病室
  現場の写真を撮る鑑識。
  冨美と話している刑事の高松洋二(32)。
明香「すみません!」
冨美「明香さん! も〜大変なのよ。源さん
 が公太くんを誘拐したのよ」
明香「誘拐!?」
高松「いえ、まだ誘拐と断定した訳ではあり
 ません。可能性が非常に高いということで
 す」
明香「あの〜、どうゆう事ですか?」
高松「現場にこういったものが」
  高松、遺書を手に取る。
高松「ここに家族への恨みが書かれていまし
 た。公太くんの事も……」
明香「……まさか」
高松「普段から仲が悪かったと伺ってますが」
冨美「そうなの。よく隣の病室からうるさい
 って苦情が来てたわ。その苦情処理で大変
 よ」
明香「早く探さないと」
高松「はい、こちらも全力を尽くして捜査し
 ます」
  病室に別の刑事が来る。
別の刑事「高松さん、監視カメラの映像出ま
  した」
高松「わかった」
  高松、会釈して病室を出ようとする。
明香「余命が1ヶ月なんです……」
高松「(振り返り)えっ?」
明香「公太くんはあと1ヶ月しか生きられな
 いんです」

○ 道端(朝)
  公太と吾郎が乗っている車が停まっている。

○ 車の中(朝)
  運転席に吾郎。助手席に公太。
  公太は窓の外を眺めている。
  吾郎は眠っている。
  車の時計はAM7時20分。
  吾郎が目を覚ます。
吾郎「(腰を押さえ)あいたたた」
公太「おじさん起きるの遅いよ」
吾郎「朝からうるさいのう。こっちは遅くま
 で運転しとったんじゃ。お前がグーピーグ
 ーピー寝てる間にのお」
公太「この時間、学校に行ってるから嫌でも
 起きちゃうんだ」
吾郎「……あっ」
公太「?」
吾郎「絵本貸してみい」
公太「え、うん」
  公太、バックから絵本を取り出して渡す。
吾郎「確かここに……」
  吾郎、絵本をパラパラとめくる。
吾郎「(あるページを開いて)これじゃ……」
公太「?」
  吾郎、絵本を指差し、
吾郎「学校じゃないか?」

○ 絵本
  亀の絵の背景に学校が描かれている。

○ 車の中(朝)
 公太「……ホントだ」
吾郎「何か手掛かりがあるかもしれん。公太
 の学校に行ってみるか」
公太「いや、いいよ……。行かなくて」
吾郎「決めた事は最後までやり遂げえ、男じ
 ゃろうが」
公太「うん……」
  と俯く。
  吾郎、車を発進させる。

○ 道端(朝)
  走り出す吾郎の車。

○ 吾郎の家・表(朝)
  吾郎の妻の源優子(48)の声。
優子の声「はい、わかりました」

○ 同・リビング(朝)
  電話で話している優子。
優子「(電話に)申し訳ありません。失礼し
 ます」
  受話器を置く優子。その手は震えている。
  心配そうに見つめる娘の源絵奈(17)。
絵奈「大丈夫?」
優子「警察署に来てくれって。お父さんの事
 で」
絵奈「えっ、何したの?」
優子「まだ確かな事は分かんない。絵奈は学
 校に行っていいから。お母さんだけで行っ
 てくる」
絵奈「……わかった」

○ 小学校・前(朝)
  小学生が登校している。
  その近くに吾郎の車が停まっている。

○ 車の中(朝)
  公太、ドアに身を隠しながら学校を見ている。
公太「……」
吾郎「なに隠れて見とるんじゃ。堂々と見れ
 ばいいじゃろ」
公太「大人にはわからないこともあるの」
吾郎「子供のクセに一丁前に。……好きな子
 でもおるんじゃろ」
公太「そ、そんなことある訳ないじゃん」
吾郎「ほ〜、じゃあもう違うところに行って
 も良いんじゃな」
公太「ちょっと待って、もうちょっとだけ」
吾郎「ふん、勝手にせい」
  吾郎、カーラジオをつける。
  カーラジオからは番組の宣伝が流れてい
  る。
公太「あっ」
  吾郎、公太の目線の先を見る。
吾郎「?」

○ 小学校・前(朝)
  レイが歩いている。

○ 車の中(朝)
  レイを凝視する公太。
公太「……」
吾郎「好きな子か」
公太「違うよ。ただの……友達だよ」
吾郎「ほぉ〜」
  公太、レイを見つめる。
公太「……あっ」
  とドアに隠れる。
吾郎「?」

○ 小学校・前(朝)
  下松が、友達の桐島、間宮を引き
  連れて走っている。

○ 車の中(朝)
  公太、恐る恐る顔を出す。

○ 小学校・前(朝)
  レイにわざと肩をぶつける下松。
  レイ、倒れる。

○ 車の中(朝)
  レイを見つめる公太。
公太「レイちゃん!」

○ 小学校・前(朝)
  下松と桐島、間宮、レイを囲んで、
下松「(笑いながら)ああ、見えなかった。
 ごめん」
レイ「……」
下松「途中で足が痛くなったって言って保健
 室行くなよ」
レイ「……」
  倒れたままのレイ。
  下松が吾郎の車の方をチラッと見る。

○ 車の中(朝)
  公太、慌ててドアに隠れる。
公太「……」
  吾郎、下松を睨む。
吾郎「……」
  車の中から見える下松はこちらを見てい
  る。
カーラジオの音「今日は深夜から朝にかけて
 雨が降るでしょう」

○ 小学校・前(朝)
  下松とその友達、吾郎の車を見ている。
下松「行くぞ」
  友達を引き連れて小学校の中へ入ってい
  く。
  倒れたままのレイ。

○ 車の中(朝)
  吾郎睨んだまま。
吾郎「なんじゃあいつらは」
カーラジオの音「次のニュースです。今日未
 明、桜ヶ丘病院で入院中の50歳の男と8
 歳の男の子の行方が分からなくなっている
 事が判明しました。警察は入院中の50歳
 の男が子供を誘拐した可能性があるとして
 捜査を進めています」
吾郎「(カーラジオを見る)……」
公太「(ドアに隠れたまま)もう行ったか
 な?」
  吾郎、カーラジオを切る。
吾郎「……おい、まずいぞ」
公太「まだいるの?」
吾郎「(バックミラーを見て)ここは離れた
 方がいい」
公太「えっ? もしかしてこっちに来てる?」
吾郎「……ああ」
  バックミラーに警察車両がゆっくり近付
  いているのが写る。
公太「まじ?」
  公太、ドアから顔を出そうとする。
吾郎「公太、そのままじゃ!」
公太「(隠れたまま)えっ?」
  吾郎、バックミラーを見ている。
吾郎「……」
  隣を警察車両が横切る。
  警察官は気付いていない。
吾郎「……」
  そのまま警察車両は離れて行く。
吾郎「移動するぞ」
  車を出す吾郎。
公太「えっ?」
吾郎「……」
公太「どうなってるの?」
吾郎「わしが誘拐しとる事になっておる」
公太「えっ? 誘拐? ……してないよね?」
吾郎「当たり前じゃ。しかし厄介な事になっ
 たな」
公太「もう一度ここに来れる?」
吾郎「もうここには来れんじゃろ」
公太「警察が来るから?」
吾郎「人生にもう一度なんて無い。最後まで
 あの場所を探すぞ」
公太「……レイちゃんは?」
  バックミラーをチラッと見て、
吾郎「……大丈夫じゃろう」

○ 小学校・前(朝)
  立ち上がるレイ。
  公太を乗せた車を見つめる。
レイ「……」

○ 町(朝)
  走っていく吾郎の車。

○ 病院・エレベーター・前
  エレベーターのドアが開くと同時に
  急いで出てくる美香。

○ 同・病室
  ドアが開き、美香が中へ入ってくる。
  高松は、他の刑事と話している。
美香「(息を切らして)すみません、公太の
 母です」
高松「公太くんの?」
  美香、焦って、
美香「公太は、公太は大丈夫なんでしょうか」
高松「落ち着いてください。公太くんの居場
 所は今捜査している所ですから」
美香「私が来なかったから……全部私が……」
  崩れ落ちる美香。
高松「大丈夫ですから。しっかりして下さい」
  泣いている美香。
  高松、何かに気付く。
高松「?」
  美香の手は黒く汚れている。

○ 美香の家・表(2年前・朝)
  2階建ての古いアパート。
  T『2年前』

○ 同・寝室(朝)
  勉強机の上には小学1年生と書かれた教科書。
  椅子にランドセルが掛けられている。
  目覚ましの音。
  寝ている公太。
美香の声「こうた〜。ベル止めて〜」
  ベルの音も美香の声も届かない公太。
  美香がふすまを開ける。
美香「ちょっと〜隣にベルの音聞こえるんだ
 から〜」
  とベルを止める。
  ベルの近くには仏壇。
  仏壇には美香の夫、坂巻亮太(25)の
  遺影写真。
美香「こうた、起きなさい」
  カーテンを開ける。
  光が公太を照らす。
公太「う〜ん、眩しいよ〜」
  と布団に包まる。
美香「ほら、今日好きな体育があるんでしょ」
公太「そうだった!」
  公太、勢いよく起きる。
  美香、公太を見て笑う。
美香「顔を洗ってらっしゃい」
公太「はぁい」
  公太、走って洗面所に向かう。
  美香、ビニール袋から新品のノートを取
  り出す。
美香「こうた、新しいノート、ランドセル入
 れてるから!」
公太の声「はぁ〜い」
  美香、ランドセルの中にノートを入れる。

○ 小学校・表
チャイムが鳴る。

○ 同・教室
  生徒たちが席に着いて授業を受けている。
  女性の先生が教壇に立っている。
先生「じゃあ今日はここまでです」
生徒の声「きりーつ、きをつけー、れーい」
  声に合わせて動く生徒たち。
  その中に公太。
生徒たち「ありがとうございました〜」
  公太、ノートや筆記用具を直す。
下松の声「公太」
公太「うん?」
下松「給食終わったらサッカーしようぜ」
公太「うん! いいよ」
下松「よし、これでメンバー揃った」
公太「(笑顔)」

○ 小児科・表

○ 同・診察室
  年配の院長が書類を見ている。
  院長の前に美香と公太が並んで座っている。
院長「診断の結果ですが、あー、小学校に入
 学して環境が変わったせいで、えー、スト
 レスが溜まっていたんでしょうねえ」
美香「ストレスですか」
  公太、興味無さそうに椅子に座り足をプ
  ラプラさせている。
院長「よくこの時期はあるんですよね。あー、
 感じなくてもストレスが溜まっているって
 いう。そう心配はないでしょう。そのうち
 治ります」
美香「それなら良かったです。すごく活発は
 子で今までこんな事はなかったので」
院長「えー一応、頭痛を止める薬はだしてお
 きますから」
美香「ありがとうございます」
公太「ありがとう、おじさん」
院長「もうこんなとこに来るんじゃないぞー」
  と、おどける。

○ 川の土手沿い
  美香、ママチャリの後ろに公太を乗せて
  漕ぐ。
  公太、大きめのヘルメットを被っている。
美香「いつか自分で自転車に乗らないとね」
公太「自転車買ってくれるの?」
美香「公太が大きくなって後ろに乗れなくな
 ったら買ってあげる」
公太「まじ? 僕すぐに大きくなるよ」
美香「(笑って)好き嫌いしない事ね」
  
○ 小学校・表
  セミの鳴き声が聞こえる。

○ 小学校・教室
  女性の先生が黒板に文字を書いている。
  生徒たちは黒板を見ながらノートに書き込む。
  公太、頭を押さえている。
公太「先生」
先生「(振り返り)うん? どうしたの?」
公太「頭が痛いので保健室に行ってきていい
 ですか?」
先生「大丈夫? 行ってきなさい」
公太「はぁい」
  公太、立ち上がり机と机の間を歩いて行
  く。
  公太が通り過ぎた後に生徒達が声を抑え
  て笑っている。
  公太、俯いて歩く。
先生「では35ページ開けて下さーい」
  と授業の続きを話し出す。

○ 美香の家・寝室(夜)
  布団に入っている公太。
  美香、絵本を読み聞かせている。
美香「あの星空の元へ海を泳ぐように昇って
 いったのでした」
  公太、ぼーっと聞いている。
公太「……」
美香「どうしたの?」
公太「えっ?」
美香「いつも絵本読んだらすぐ寝るのに。何
 かあった?」
  公太、焦って、
公太「えっ、いや……買って貰ったノート無
 くしちゃって」
美香「えっ? 早くない?」
公太「ごめんなさい」
美香「……いいよ。明日も学校だからもう寝
 ようか」
公太「うん」
美香「先に寝てて。すぐお母さん来るから」
公太「うん」
美香「おやすみ」
公太「おやすみなさい」
  美香、電気を消す。
公太「……」
  うす暗がりの中で公太は目をぱっちり開
  けている。

○ 同・リビング(夜)
  美香、ふすまを閉じ引き出しからノート
  を取り出す。
  ノートをテーブルの上に置く。
  ノートには家計簿と書かれている。
  椅子に座りノートを開く。
美香「(ため息)」
  頭を抱える。

○ 小学校・教室
  担任の女性の先生が黒板に向かい生徒たちは
  ノートに文字を書き写している。
  下松と桐島、間宮が目で相槌する。
  桐島、頭が痛そうにして、
桐島「先生」
  先生、心配そうに、
先生「どうしたの?」
生徒「頭が痛いので保健室行っていいです
 か?」
  公太、桐島を見る。
公太「……」
先生「……うん、じゃあ行ってきなさい」
間宮「(わざとらしく)先生、僕も頭が痛い
 ので保健室に行って良いですか?」
  公太、間宮を見る。
公太「?」
  他の生徒たちはクスクスと笑っている。
先生「本当に痛いの?」
間宮「僕を疑うんですか?」
先生「ふざけている様に見えるけど」
間宮「ふざけてるって……」
下松「公太はいいのに他の人はダメなんです
 か?」
  と先生を睨みつける。
  公太、下松を見る。
公太「……」
先生「そうゆう訳じゃないです。公太くんは
 本当に痛がってたから」
下松「じゃあ他の人は痛がってないって事?」
先生「そうゆう事じゃない」
下松「それでもし本当に倒れたら知らない
 よ? ここにいる生徒全員証言者だからね」
先生「……」
下松「もしかしたら公太は仮病なんじゃない
 の?」
  生徒たち笑う。
  俯く公太。
公太「……」
先生「静かにしなさい!」
下松「じゃあ頭が痛いって言ってるのに行か
 せてくれない先生がいるって親に伝えとこ
 〜」
先生「……」
下松「先生、保健室に行ってきても良いです
 よね?」
先生「……じゃあ行って来なさい」
下松「行って来て良いってよ」
  桐島と間宮、立ち上がり、
間宮「行ってきまーす」
  と二人で出て行く。
下松「(ニヤリと笑う)」
公太「……」
  ×     ×     ×
  給食の時間。
  給食が入らない様子の公太。
  他の生徒は皆食べ終わっている。
公太「……」
下松「こうた」
公太「?」
下松「さっきはごめん」
公太「……いいよ。全然気にしてない」
  と無理に笑顔を作る。
下松「給食食べ終わったらサッカーしようぜ」
公太「良いの?」
下松「じゃあグラウンドで待ってるから」
  教室を出て行く下松。
公太「す、すぐ行く!」
  公太、残った給食を口の中へ急いでかき
  込む。

○ 同・校庭
  サッカーをしている下松と生徒たち。
  走ってくる公太。
公太「お待たせ〜」
  下松、ボールを止めて、
下松「丁度良かった。公太、キーパーして」
公太「えっ?」
  生徒たち笑う。
下松「良いからあそこに立てよ。友達だろ」
  下松、ボールを蹴り出しサッカーを再開
  する。
公太「……」

○ 美香の家・リビング(朝)
  目覚ましの音。
  朝食を作っている美香。その顔は疲れて
  いる。
美香「こうた〜」
  公太の返事がない。
美香「こうた〜?」

○ 同・寝室(朝)
  襖を開ける美香。
  公太、布団に包まっている。
  美香、目覚ましのベルを止める。
美香「公太?」
  公太、布団から顔を出す。
公太「……」
美香「どうしたの?」
  公太、美香と目を合わせず、
公太「ちょっと頭が痛いかな」
美香「えっ、本当?」
  公太のおでこに手を当てる美香。
公太「……」
美香「熱はないわね」
公太「精神的に来てるんじゃないかな?」
美香「……精神的に?」
公太「ほら、ストレスとかで精神的に」
美香「……」
  目が泳ぐ公太。
公太「……」
美香「私の目を見て言いなさい」
  公太、目を合わせるが何も喋れない。
美香「言えないの?」
公太「……」
美香「嘘なのね」
公太「いや……」
美香「頭は痛くないんでしょ?」
  公太、小さく頷く。
  美香、公太の頬を軽く叩く。
美香「なんで嘘つくの!」
  公太、頬を押さえている。
公太「(驚く)」
美香「この間、病院にいった時も嘘だったん
 でしょ!」
公太「それは」
  美香、公太の言葉を遮って、
美香「病院で見てもらうのもお金が掛かるの
 よ! お母さんがどれだけ頑張って働いた
 お金か分かるの!?」
公太「……」
美香「本当に苦しんでる人だっているのに」
  仏壇に飾ってある旦那の遺影写真。
美香「お母さんの負担を増やさないで……」
公太「……ごめんなさい」
  美香、深く息を吐く。
美香「……何かあったの?」
公太「……学校で」
美香「……」
公太「学校で……プールの授業があるから…
 …水が怖くて」
美香「……授業なんだから、行ってきなさい」
公太「……はい」

○ 車の中(現在)
  運転する吾郎。助手席に公太。
吾郎「お腹空いてきたのお。ご飯でも食べる
 か」
公太「いいね。僕もちょうどお腹空いてきた」

○ 定食屋・表
  吾郎の車が停まっている。

○ 定食屋・中
  公太、吾郎ご飯を食べ終わる。
吾郎「あ〜腹いっぱいじゃ」
公太「美味しかった〜。ちょっとトイレ行っ
 てくる」
  席を外れる公太。
吾郎「奥行って右じゃ」
公太「(走りながら)分かってる!」
吾郎「(小さく)なんじゃあいつは」
  定食屋のテレビ画面。
テレビの音「続いてのニュースです」

○ テレビ画面
  キャスターが原稿を読んでいる。
キャスター「桜ヶ丘病院で起きた誘拐事件で
 すが、誘拐されている8歳の坂巻公太君は
 病気で余命僅かということが判明致しまし
 た」

○ 定食屋・中
  吾郎、テレビを見て唖然とする。

○ テレビ画面
  病院の外観が映されている。
キャスター「警察も一刻も早く容疑者逮捕に
 努めると捜査を強化していく模様です」

○ 定食屋・中
  吾郎、公太が走って行った先を見る。
  公太、テレビの方を向いて立っている。
公太「……」
吾郎「公太……」
  公太、ゆっくり吾郎の方を向いて、
公太「……トイレこっちじゃ無かった」
  と無理な笑顔。
吾郎「……」

○ 定食屋・駐車場
  吾郎と公太、店から出てくる。
  二人とも無言のまま車に乗り込む。
吾郎「……」
公太「……」

○ 車の中
  吾郎と公太、シートベルトを着ける。
  吾郎、車を発進させる。

○ 車道
  吾郎の車が走っている。

○ 車の中
  無言のままの二人。
  吾郎、落ち込んだ様子の公太を見て
  声を掛ける。
吾郎「……美味しかったのお。久々の外食じ
 ゃった。公太も久々のお子様ランチじゃっ
 たろう」
公太「……」
吾郎「次はどこに行こうかのう。次は……」
公太「……僕、死ぬの?」
吾郎「(トボけて)何の事じゃ?」
公太「テレビ……」
吾郎「……ああ、あれか。あのテレビはでた
 らめばっかりじゃのう。誘拐やら……余命
 やら……。ただ星を見たいだけじゃのに。
 何であんな風に言うんじゃ、何で……」
  と、目に涙を浮かべる。
公太「おじさん、泣いてるの?」
吾郎「バカ言え! わしが泣くはずなかろう
 が。わしは男じゃぞ!」
  吾郎、涙ぐんでいる。
公太「……」
吾郎「余命がなんじゃ。誰でもいつかは死ぬ。
 わしじゃって、誰じゃってどうなるかは分
 からん。じゃからじゃ、じゃから今を一生
 懸命生きるだけじゃ! 公太も一生懸命、
 今を生きるだけで十分なんじゃ」
公太の声「……僕は男じゃないね」
吾郎「?」
公太「なんだか涙が出てきたから」
  公太、目から涙が溢れている。

○ 小学校・教室(1年前・朝)
  T『1年前』。
  以前の教室と席が変わっている。
  公太、ランドセルから教科書を出してい
  る。
レイ「おはよう。公太くん」
  と隣の席にレイが座る。
公太「(笑顔)おはよう」
レイ「今日はちゃんと宿題やってきた?」
公太「いやー」
レイ「ちょっと貸して」
  と公太のノートを取る。
レイ「(ノート見て)全然違うじゃない」
  と公太のノートに書き込む。
  公太、レイを見つめる。
公太「……」
  レイ、不意に公太の方を見る。
公太「(焦り)ど、どうだった?」
レイ「どうだったじゃないでしょ。だいたい
 自分でやるもんだよ」
公太「はあい」
生徒達の声「きりーつ」
  ×     ×     ×
  生徒たちが起立している。
生徒の声「きをつけー、れーい」
生徒たち「よろしくお願いしまーす」
  席に着く公太。
  公太、鉛筆を持つが鉛筆を机の上に落と
  す。
公太「?」
  公太、右手を開いて見る。
  鉛筆を掴むが机の下に落ちる。
  机の下で跳ねる鉛筆。
下松「うるさいなー」
レイ「あんたがうるさい」
下松「転校生が口出すな」
レイ「ふんっ」
公太「大丈夫だよ。慣れてるから」
レイ「……」

○ 田んぼ道(夕)
  公太とレイが並んで歩いている。
公太「今日はありがとね。助けてくれて」
レイ「……」
公太「何されても大丈夫だよ。慣れてきて強
 くなったから」
レイ「それって、強いってことじゃないよ」
公太「えっ?」
レイ「悪いことは悪いって言えるようになら
 ないと。誰も守れないよ」
公太「……僕は、守れる男になるよ。絶対」
レイ「じゃあ、まずはちゃんと宿題やってく
 る所からだね。じゃあね!」
  と、手を振りながら別の方向へ走って行
  く。
  公太、手を振り返し、
公太「じゃあね〜!」

○ 美香の家・リビング
  美香、ビニール袋から弁当を取り出している。
  公太、美香に近づく。
美香「今日どうだった?」
公太「レイちゃんから算数教えてもらったん
 だ。もう掛け算出来るんだよ。ホントすご
 いんだよね〜」
美香「(微笑み)公太もレイちゃんに負けな
 いようにちゃんと勉強しないとね」
公太「わかってるよ。今日から頑張る」
  とランドセルからノートを取り出す。
美香「ご飯は?」
公太「あとあと」
  と、リビングを離れる。
美香「えーっ、食べないのー?」
  と微笑む。
  
○ 同・寝室(夜)
  公太、寝ている。それを見つめる美香。
美香「……」
  美香、仏壇の前に座り。
美香「最近、学校楽しそうにしてるよ。あな
 たは心配しないで」
  仏壇に置かれている亮太の写真。

○ 弁当屋
  小さな弁当屋。
  中には美香と従業員の姿。
  美香、客に弁当を渡す。
美香「ありがとうございました」
  従業員の男が電話の子機を持って。
従業員「坂巻さん、学校から」
美香「……はい」
  従業員の男から子機を手渡され、
美香「(電話に)はい、そうですが……え
 え!」
従業員「?」
美香「(電話に)わかりました。すぐに」
  と、電話を切る。
従業員「大丈夫ですか?」
美香「子供が倒れたって」
従業員「本当にっ!? 早く行ってやってく
 ださい」
美香「(焦る)はい」
  と、店の奥に走って消える。

○ 町
  美香、自転車を立ち漕ぎ。
美香「……」

○ 同・病室
  美香、勢い良くドアを開けて入って来る。
美香「(息を切らしている)」
  公太と年配の医者が座っている。
公太「お母さん」
美香「公太!」
  と、駆け寄り抱きしめる。
公太「(抱かれて)痛い痛い」
医者「公太君は大丈夫ですよ」
美香「……原因は何だったんでしょうか?」
医者「……手足の痺れがあります。一度、脳
 のMRIを取られては?」
美香「痺れですか?」
  美香、公太を見る。
公太「……?」
  公太は何も分かっていない様子。

○ 同・検査室・前
  検査室に入る公太と付き添いの看護師。
公太「行ってくるね」
  公太、痺れで右足をかばう様に歩く。
美香「……」
  美香、小さく頷く。

○ 同・待合室
  掛け時計は午後4時過ぎを指している。
  美香はイスに座っている。
  診察室から出てきた女性の看護師。
女性看護師「坂巻さ〜ん。坂巻美香さ〜ん」
美香「はい」
  と立ち上がり診察室の中へ入る。

○ 同・診察室
  診察室の中に入る美香。
  年配の医者が座ってレントゲンを見つめ
  ている。
美香「失礼します」
  と中へ入り、椅子に腰かける。
医者「坂巻さん、冷静になって聞いてくださ
 いね」
美香「(うなずく)」
医者「単刀直入に言います。公太君には脳腫
 瘍があります」
美香「脳腫瘍……」
医者「しかも末期の。……すぐに入院させた
 方が良い」
美香「いやっ、ちょっと待ってください。そ 
 んなはずは」
医者「今まで頭痛は?」
美香「ありました。だけど精神的なものだっ
 て……」
医者「その時病院には?」
美香「別の病院でそう言われたんです」
医者「そうですか……」
美香「嘘ですよね。精神的なものでしょう? 
 先生」
医者「(首を横に振り)ここでは治療できま
 せん。病院を紹介します」
美香「嫌……」
医者「すぐに入院を」
美香「(泣き出し)嫌です、嫌……」
医者「……公太くんが隣の部屋で待っていま
 す。公太くんに伝えるか伝えないかはお母
 さんにお任せします」
  美香、泣いている。
美香「……」

○ 町(夕)
  美香が後ろに公太を乗せて自転車を
  漕いでいる。公太はヘルメットを 
  被っている。
公太「お母さん」
美香「……」
公太「お母さん」
美香「何? どうしたの?」
公太「大丈夫?」
美香「……」
公太「なんか、悲しそうな顔してる」
美香「……公太は私の心配なんかしなくてい
 いの」
公太「僕はどうなっちゃうの?」
美香「ちょっとの期間だけ、入院しなくちゃ」
公太「えっ、絵本見れなくなっちゃうじゃん」
美香「……読み聞かせに行くわよ」
公太「(笑顔)良かった」
  美香、振り向く。
  後ろに公太は乗っていない。
美香「……」
  美香、自転車を止めて泣く。

○ 警察署・外観(現在)

○ 同・中
  高松がデスクに座っている。
刑事の声「高松さん」
高松「?」
  刑事の男が急いで走ってくる。
刑事「容疑者の男ですが、以前自殺関与の疑
 いで任意聴取されています」
高松「自殺関与?」
刑事「今から15年前の話しです」
  と、持っている書類を高松へ渡す。
  書類を眺める高松。
高松「……」

○ 吾郎の家・外観(夜)

○ 同・リビング(夜)
  優子、テーブルの上を片付けている。
  絵奈はソファに座っている。
絵奈「お母さん」
優子「何?」
絵奈「警察に言ったんでしょ? あの事」
優子「……絵奈は心配しなくて良いの」
絵奈「心配になるよ! 私も関係してるじゃ
 ない!」
優子「絵奈、あとは警察がやってくれるから」
絵奈「いつも二人で話して決めるじゃない! 
 私の気持ちは関係ないの!?」
優子「これは私と吾郎さんの問題なの。分か
 って」
絵奈「私なんか生まれて来なければ良かった。
 お父さんもこんなに苦しまなかった!」
  部屋を出て行く絵奈。
優子「絵奈!」
  追い掛けようとするがドアが勢い良く閉
  まる。
優子「……」

○ 山のふもと(夜)
  吾郎の車が止まっている。

○ 吾郎の車の中(夜)
  目を瞑っている吾郎。助手席に公太。
吾郎「……」
公太「星空見えるかな?」
  吾郎、目を瞑ったまま。
吾郎「……」
公太「星空が見えます様に」
吾郎「(目を開け)……早く寝らんか」
公太「何だか眠れないんだ」
吾郎「わしは運転で疲れとるんじゃ。勘弁し
 てくれ」
公太「……もう見れなくなるのかな」
吾郎「それに祈る事はやめろと言ったじゃろ」
公太「良いじゃん」
吾郎「これからどうするかを考えんといかん
 時じゃ。祈ってどうする」
公太「祈れば叶うんだよ」
吾郎「それは叶ったんじゃない。そうなった
 んじゃ。元々からそうなる事が決まって」
公太「そんな事ない」
吾郎「祈るより、考える。考えて何か行動す
 れば結果は変えれるんじゃ」
公太「じゃあ勝手におじさんが考えればいい
 じゃん。僕に押し付けないで」
吾郎「こっちはせっぱ詰まっとるんじゃ。こ
 こでもし警察に捕まったらお前は一生あの
 星空を見れんのじゃ!」
  公太の手には絵本。
公太「でも祈ったらレイちゃんと会えたし、
 テストだって沢山点取れたし、あの病院だ
 って……」
吾郎「祈ってもなあ、どうにもならない事が
 あるんじゃ。信じたい事があっても、もう
 結果は変えられない事だってあるんじゃ」
公太「……おじさん男らしくない」
吾郎「ああ?」
公太「おじさんが男らしくないじゃないか」
吾郎「いじめられてばっかりで、一人の女も
 助けられねぇでどの口が言ってんだ!」
公太「おじさんだって家族を見離してるじゃ
 ないか! 家族を守る事怖がってるんでし
 ょ!」
吾郎「なにぃ!? こっちも気を使ってん
 だ! お前は脳にガンがあるんじゃ、ガン
 が! お前はもうすぐに死ぬんじゃ! 結
 果はもう決まっておる!」
公太「……」
吾郎「……これが希望のない大人の世界じゃ。
  この現実を受け止める事は出来んのか」
公太「希望がないなんて言わないでよ」
吾郎「……男なら全て受け入れてみろ」
公太「……もう寝る」
  公太、吾郎に背を向けて寝る。
吾郎「勝手に寝とけぇ!」
  吾郎、車から降り、勢い良くドアを閉め
  る。

○ 山のふもと(夜)
  吾郎、車から離れて行く。

○ 近くの別の場所(夜)
  吾郎、座って頭を抱えている。
吾郎「はぁ〜」
  とため息。左手を見つめる。
吾郎「……」
  左手の薬指には何も付いていない。

○ 吾郎の家・中(15年前・夜)
  酔っ払った様子の吾郎。優子が介抱している。
吾郎「わしに触れるな!」
  と、優子の手を払いのける。
優子「吾郎さん、危ないから座って」
吾郎「こんな物いらん!」
  と、左手の薬指についた指輪を外し投げ   
  る。
優子「何するんですか! 早く座ってくださ
 い!」
吾郎「ほう、わしに指図するんか。いい度胸
 じゃ」
優子「酔いすぎよ」
  吾郎をソファに座らせる。
吾郎「優子、なんで絵奈はお前にも俺にも似
 てないんじゃ」
優子「えっ……。何バカな」
吾郎「わしは分からんのじゃ。絵奈にどんな
 笑顔を見せたらいいか」
優子「……」
吾郎「普通なら勝手に笑顔になるんじゃろ
 う? わしは眉を下げ、歯を見せ、目にシ
 ワを寄せ、考えて笑顔を作っとる」
優子「絵奈は……あなたの子供よ」
吾郎「だからわしは苦しいんじゃ。わしの子
 供のはずなんじゃ……」
優子「(ドアの方を見る)絵奈……」
  絵奈が吾郎と優子を見ている。
吾郎「絵奈……」
  吾郎、作り笑顔で会釈する。

○ 町(現在・夜)
  懐中電灯を手に持ち歩く美香。

○ 小学校・校門前(夜)
  美香、立ち止まる。
美香「……」

○ 教員室・中(10日前)
  美香と担任の女性の先生が話している。
先生「そうですか。その件は校長にも伝えて
 おきます」
美香「よろしくお願いします」
  先生がその場を離れようとする。
美香「あの」
先生「(振り向き)?」
美香「公太は学校でどんな子でしたか?」
先生「……すごく強い子でした」
  と、足早に去っていく。
美香「……」

○ 小学校・校門前
  美香、自転車を押して歩いている。
  校門の陰にレイが立っている。
レイ「公太くんのお母さんですか?」
美香「……レイちゃん?」
レイ「(頷き)公太くんは?」
美香「少しの間、入院するの」
レイ「そうなんだ……」
美香「ごめんね。少し急ぐから」
レイ「お母さんは公太くんの事知ってます
 か?」
美香「どういう事?」
レイ「……公太くんの事分かってやってます
 か?」
レイ「……なに? 子供相手に申し訳ないけ
 ど、今は大変な時期なの。ほっといて」
レイ「これ」
  と、袋を渡し走って消える。
美香「?」
  袋の中からノートを取り出す。
美香「なにこれ……」
  美香が公太にあげたノート。ノートには
  悪口が書かれている。
美香「……」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  美香が公太の頬を叩く。
  ×     ×     ×
  美香の自転車が倒れる。
美香「(呆然)……」
  自転車の車輪がクルクルと回っている。

○ 吾郎の車・中(現在・朝)
  吾郎、目を覚ます。
吾郎「(隣を見る)」
  助手席に公太の姿が無い。
吾郎「?」
  辺りを見回す吾郎。

○ 山のふもと(朝)
  吾郎、車から出て付近を探す。
吾郎「……」
  吾郎、車に戻る。

○ 吾郎の車の中(朝)
  ガラケーを開く。
吾郎「……」
  画像フォルダから、吾郎、優子、絵奈が
  写った写真を開く。
吾郎「……」
  ダッシュボードからペンとノートを取り
  出す。
吾郎「……」

○ 警察署・取調室(15年前)
  吾郎と年配の刑事が座っている。
吾郎「(うつむいている)」
刑事「だからあんたが自殺に追いやったん
 だろ」
  刑事、デスクを叩く。
吾郎「……」
刑事「なぜ二人で口論してたんだ」
吾郎「……」
刑事「……黙ってたらあなたを守れない」
吾郎「申し訳ありません……」
刑事「……」
  刑事、取り調べ室を出る。

○ 警察署・前
  中から吾郎が出てくる。
吾郎「!」
  離れた所に優子と小学生の頃の絵奈が立
  っている。
  吾郎、2人に近づき。
吾郎「(優子に)わしもそんなつもりは無か
 ったんじゃ……」
優子「ごめんなさい……」
吾郎「もう終わった事じゃ」
  吾郎、絵奈を見つめる。
絵奈「……」

○ 山のふもと・山道・前(現在)
  吾郎の車が停まっている。
  中には誰も乗っていない。

○ 山道・赤い橋の前
  吾郎が山道を歩いている。
吾郎「!」
  吾郎、絵本を取り出し。
吾郎「(絵本と景色を見比べる)……」
  絵本に似た赤い橋が架かっている。
  吾郎、空を見上げる。空は曇り空。
吾郎「……」

○ 吾郎の車・中(夕)
  吾郎、車を運転している。
  カーラジオから天気予報が流れる。
カーラジオの音「今日の夜から明日の明け方 
 にかけて大雨が降るでしょう。明日の天気
 は」
  吾郎、カーラジオを消す。
吾郎「?」
  吾郎、車を止める。

○ 公園・前(夕)
  公太が下松と2人の男子に公園の中へ
  連れて行かれている。

○ 吾郎の車・中(夕)
吾郎「あいつら」
  吾郎、車から降りる。

○ 公園(夕)
  倒れている公太の前に下松と男子2人。
下松「仮病で学校休んでいいな公太は」
公太「レイちゃんに手を出すな」
下松「(笑って)誰に口聞いてんだ?」
  笑う下松と男子2人。

○ 公園の陰(夕)
   吾郎、陰から公太達を見つめる。
吾郎「……」

○ 公園(夕)
公太「(小さく)下松くん……」
下松「? 聞こえねえよ」
公太「お前じゃ」
下松「(笑い止め)おれに歯向かうのか」
公太「歯向かって悪いのか!」
  公太、下松に飛びかかる。
  男子2人が下松から公太を引き離す。
  公太、倒れる。
下松「公太がいなくなったからレイをいじめ
 てんだ。いなくなった公太が悪い」
公太「僕はどこにも逃げない」
  再び立ち上がり下松に向かっていく。右
  足をより引きずる様になっている。
下松「(足を見る)おい」
男子2人「(足を見る)」
  公太、下松に掴みかかるが倒れる。
下松「公太、足……」
公太「(下松に寄りかかって)僕は、男だ」
  下松、公太の体を払う。公太、倒れる。
下松「……」

○ 公園の陰(夕)
吾郎「(公太の元へ行こうとする)」
警察官の声「こら、何しているんだ」
  吾郎の側を若い警察官が横切る。

○ 公園(夕)
  警察官が走って近づいてくる。
下松「やばい、行くぞ」
  下松と男子2人が走って逃げる。
警察官「(公太に)大丈夫か?」
公太「(顔を伏せながら)うん……」
警察官「家はどこ? 帰れるかい?」
公太「……!」
  公太、吾郎に気付く。

○ 公園の陰(夕)
吾郎「(車で行くぞとジェスチャー)」

○ 公園(夕)
公太「お父さん、来てるから」
  と、立ち上がり吾郎の元へ歩く。
警察官「(吾郎を見る)」

○ 公園・前(夕)
吾郎「(演技くさく)おい、遅くまでどこに
 おったんじゃ」
  吾郎、公太を車に乗せようとする。
  吾郎の車のナンバープレート。

○ 公園(夕)
警察官「? ちょっと」
  と、吾郎に近づいてくる。

○ 公園・前(夕)
  吾郎、急いで車に乗り込む。
警察官「待ちなさい!」
  吾郎、車をバックさせ警察官から逃げる。
  警察官、警察車両に走って戻る。
警察官「(無線に)こちら11号車、容疑者
 の男を発見。◯◯公園から◯◯方面に向か
 って北上中。至急応援を頼む」

○ 吾郎の車・中(夕)
  バックミラーを気にしながら運転する
  吾郎。
吾郎「公太も周りを見るんじゃ。警察が来た
 ら教えてくれ」
公太「……」
吾郎「(公太を見る)」
  公太の足から血が流れている。
吾郎「大丈夫か」
公太「このくらい傷の内に入らないよ」
吾郎「……男になってきたのう」
公太「でしょ?」
吾郎「公太、いい報告がある」
公太「?」
吾郎「絵本の場所を見つけた」
公太「まじ!? おじさん最高!」
吾郎「もう時間がない。警察にも見つかって
 しもうたしな」
公太「今日の夜だね」
吾郎「ああ、今夜じゃ」

○ 車道(夕)
  吾郎の車が走っていく。

○ 警察署・中(夜)
  高松がデスクに座っている。
  別の刑事が高松に近づき。
刑事「高松さん、あの男の」
高松「あー聞いたよ。取り逃がしたらしいな」
刑事「いや、これを」
  と、絵本を渡す。
高松「(受け取り)?」
刑事「事件当日の朝、ここの出版元に連絡し
 たそうです。この星空が見える場所を探し
 ていたそうです」
高松「こんなもの創作物だろ。存在しない」
刑事「そうゆう訳でもないみたいです」
高松「?」
刑事「その作者は」
  高松、絵本の表紙を見る。タイトル「星
  空のマーチ」と、作者「みつもと」と書
  かれている。

○ 山道・前(夜)
  吾郎の車が停車する。中から吾郎と
  公太が降りてくる。
吾郎「ここからは歩かんとならん。歩ける
 か?」
公太「頑張る」
吾郎「(うなずく)」
  山道へ入っていく。

○ 山道(夜)
  吾郎が歩いている。
吾郎「(後ろを振り返る)」
  公太が足を引きづりながら歩いている。
  吾郎、公太の元へ戻る。
吾郎「捕まれ」
  と、手を差し出す。
公太「(手を払い)自分で歩ける」
吾郎「……そうか」
  並んで歩き出す。2人歩きながら。
公太「なんであんなこと書いたの?」
吾郎「……わしの事、嫌っておるんじゃ」
公太「なんで?」
吾郎「……血が繋がってない。子供と」
公太「それ、どういう事?」
吾郎「わしの会社の同僚との間に出来た子供
 じゃ。そいつはもう、この世にいない」
公太「死んだって事?」
吾郎「……自分でそういう選択をしたんだ」
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  同僚の家に入る15年前の吾郎。
吾郎「!」
  首を吊っている同僚。机の上に手紙。源
  吾郎様へと書かれている。
  ×     ×     ×
吾郎「わしの子供じゃないと分かってからど
 うも子供への接し方が分からなくなった」
公太「話したの?」
吾郎「……いや、子供には打ち明けておらん」
公太「知ってるかもよ」
吾郎「?」
公太「意外と子供は分かってる。親を傷つけ
 たくないから言わないだけで」
吾郎「……」
公太「書いたやつ書き換えたら?」
吾郎「(微笑み)……書いたものは消せんよ」
公太「? 僕だったら書き換えるな」
吾郎「わしと公太は似たもの同士じゃ」
  雨が降り出す。
公太「あ……」
吾郎「雨じゃ」
  空はどんより暗い空。

○ 町(夜)
  雨が降っている。
  傘をさして公太を探す美香。
  ケータイの音が鳴る。
美香「(ケータイに)はい……え!? あれ
 は桜ヶ丘です」

○ 警察署・表(夜)
  高宮、警察車両に乗り込む。
高宮「(ケータイに)桜ヶ丘に急行! 容疑
 者はそこに向かっている」
  サイレンを鳴らし、走り出す警察車両。

○ 山道(夜)
  雨に濡れながら歩く吾郎と公太。
吾郎「ひどい雨じゃ」
公太「……」
  吾郎の後ろを黙々と歩く公太。
吾郎「これじゃ何も見えんぞ」
公太「……」
吾郎「おそらくここを越えたら丘に出る。そ
 れまでの辛抱じゃ。なあ公太」
  と、振り向く。
  公太、倒れている。
吾郎「こ、公太!」
  吾郎、倒れている公太を抱く。
吾郎「公太、しっかりしろ! 公太!」
  目を開ける公太。
吾郎「もう辞めよう公太。このままじゃ、死
 んでしまう。もう帰ろう」
公太「(吾郎を見つめている)」
吾郎「立てるか? 公太」
公太「おじさん……」
吾郎「……」
公太「(吾郎っぽく)人生にもう一度なんて
 来ないんじゃ」
吾郎「公太……」
公太「最後までやりきりたい」
吾郎「わかった。わかった。俺の背中に乗れ」
  吾郎、公太を背中に乗せる。
吾郎「わしのせいじゃ。もう公太に何があっ
 てもわしの責任じゃ」
公太「お父さんみたいだね」
吾郎「うるさいわ……」

○ 草むら・中(夢の中・夜)
  草をかき分けて走る公太。

○ 丘(夜)
  草むらから出てくる公太。
公太「(周りを見渡す)……あっ」
  と、何かを見つける。
  遠くで吾郎が夜空を見上げている。
吾郎「(公太に気づき)公太!」
公太「おじさん!」
吾郎「公太、ここじゃ! 公太が探しよった
 場所は!」
  暗転。

○ 丘(夜)
  吾郎が公太を背中に乗せて歩く。
吾郎「公太、ここじゃ! ここじゃあ!」
  と、喜ぶが公太はぐったりしている。
  吾郎、側にある木の下まで移動する。
  公太を木に立てかける様に座らせる。
吾郎「大丈夫か?」
公太「(目を覚まし)うん……」
吾郎「(空を見上げる)……」
  
○ 夜空
  降り止む気配のない暗い空。

○ 丘(夜)
吾郎「(空を見上げている)……」
公太「……お母さんに会いたかったな」
吾郎「まだそんな事言うな」
公太「決まってるんでしょ? 会えない事」
吾郎「……」
公太「祈っても無駄なんでしょ?」
吾郎「……」
公太「だけど、祈りたい。だって会いたいも
 ん」
吾郎「公太……」
公太「考えたら本当の気持ち分かんなくなっ
 ちゃう。そのままの気持ちが大事じゃない」
吾郎「(うなずく)」
公太「おじさん読んでくれない?」
吾郎「ああ」
  吾郎、バックから絵本を取り出す。
吾郎「さあ(抱き寄せる)」
  公太、吾郎の側にピッタリくっつく。
吾郎「夜空から生まれ落ちてきた星のかけら
 は、この世界で生きていく為に動物に変化
 するのです」

○ 絵本
  星空から星が流星の様に軌道を描きながら
  街に落ちている。
吾郎N「『あっ、流れ星が落ちてきた』今日
 も一つ新たな命がこの世界に生まれました」
  亀の甲羅が星になっている。
  頭に星がついているシマウマや、カエル
  が亀を残して先へ進んでいる。
吾郎N「星を背負って動物に変化した亀君は
 どの動物よりも動きが遅く、友達にバカに
 されていました。この世界では足が早い動
 物が良いとされているからです」
  山の頂上が光輝き、黄色の光が空へ伸び
  ている。
吾郎N「ここに住む動物は常にあの山の頂上
 に向けて歩いています。山の頂上まで辿り
 着くと夜空の星に帰る事が出来るのです」
  学校の前で星のシンボルをつけたウサギ
  や、キリン、インコが亀を抜いていく。
  亀は甲羅に手、足、頭を隠し、甲羅の陰
  から見つめる。
吾郎N「『亀君おそいね〜』と友達のウサギ
 ちゃんやキリンちゃん、インコくんがバカ
 にしながらどんどん、どんどんと抜いてい
 きます。亀君は取り残される恐怖から甲羅
 にこもってしまいました」
  顔のついた大きな星が夜空に浮かんでい 
  る。甲羅に身を隠した亀がその星を覗き 
  込んでいる。
吾郎N「その時、一つのお星様がキラリと光
 り、こう言いました。『いつまでも甲羅に
 こもっていたら前へ進めないよ。前へ進む
 という事は傷つくって事だよ』そして亀君
 は歩き出します」
  様々な星のシンボルを持った動物が亀を
  抜く。
吾郎N「次々と動物に抜かれて行きますがも
 う亀君は気にしません」
  空からヒョウが降り、カエルが頭を押さ
  えている。亀は甲羅でヒョウを弾いてい
  る。
吾郎N「ある夜、ヒョウが降ってきました。
 『イタタタた』カエル君が頭を抑えて立ち
 止まっています。亀君の甲羅はヒョウを弾
 き前へ進みます。カエル君は亀君に助けを
 求めます。『亀君助けて』カエル君にバカ
 にされた亀君でしたがカエル君を助けまし
 た」
  ヒョウは止んでいる。星の甲羅がボロボ
  ロになり、亀は目を閉じぐったりしてい
  る。
吾郎N「しばらくしてヒョウは止みましたが、
 亀君の甲羅はボロボロです。亀君はとうと
 う力尽きその場に倒れてしまいます。『あ
 の山の頂上まで行きたかった。この世で一
 番キレイな星空を見たかった』瞼が重くな
 り目を閉じてしまいます。すると、どこか
 らかピョン、ピョンと音が聞こえてきます」
  様々な動物が集団で進んでいる。その中
  でカエルの背中に亀が乗っている。
吾郎N「亀君が目を覚ますと、今まで一度も
 感じたことのないスピードで景色が動きま
 す。カエル君達が亀君を背中に乗せ山の頂
 上へ向かっているのです。カエル君は『助
 けてくれたお返しだよ。バカにしてきてゴ
 メン』と言いました」
  山の頂上は丘の様になっており、星空は 
  街の夜景のように光っている。
  その中に顔のついた星が2つ浮かんでい
  る。
吾郎N「そして山の頂上に着くと今まで見た
 事のない星空が広がっていました。その星
 空はまるで街の夜景の様に煌めいています。
 亀君は星空を見上げ、『あの星は僕のお父
 さんとお母さんだ』と言いました」
  星空に昇っていく亀。
吾郎N「そうです。星空の街でお父さんとお
 母さんは亀君をずっと見守っていたのです。 
 『いつも見てくれていてありがとう』と、
 亀君は言い、あの星空の元へ海を泳ぐ様に
 昇っていったのでした」

○ 丘(夜)
  読み終わり、本を閉じる吾郎。
吾郎「(公太を見る)」
公太「(寝ている)」
吾郎「……」
  絵本の表紙には、作者「みつもと」と書
  かれている。
吾郎「……みつもと」
  吾郎、本を裏返して見る。
  本の発行年が「2007年7月」となっ
  ている。
吾郎「!」

○ 警察署・中(少し前・夜)
  高松と刑事が話している。
高松「こんなもの創作物だろ。存在しない」
刑事「そうゆう訳でもないみたいです」
高松「?」
刑事「その作者は」
  高松、絵本の表紙を見る。タイトル「星
  空のマーチ」と、作者「みつもと」と書
  かれている。
刑事「誘拐されている子供のお母さんです」
高松「坂巻?」
刑事「旧姓、光本美香。今は活動をやめてい
 るそうですが作家として絵本を出版してい
 たそうです」
  ×     ×     ×
 (フラッシュ・8年前)
  美香が絵本を描いている。
  その側で赤ちゃんを抱いている旦那の姿。
  美香が二人を見て微笑む。その手は黒く
  汚れている。
  ×     ×     ×

○ 丘(夜)
  吾郎、絵本を置き。
吾郎「公太は本当に愛されておるのう。愛さ
 れておる」
公太「……」
吾郎「きっとこれはメッセージじゃ」
公太「……」
  公太、倒れる。
吾郎「公太、しっかりしろ! おい!」
公太「……」
  吾郎、公太を抱きしめ。
吾郎「公太、もうちょっとじゃ。もうちょっ
 とで雨は止むぞ。公太……」
  吾郎、立ち上がり木の側から離れる。
吾郎「(空に向かい)止んでくれ。頼むから
 止んでくれ! 俺の寿命を公太にやったっ
 ていい! 最後に星空を見せてやってく
 れ!」
  吾郎、膝から崩れ手を組み祈るポーズ。
吾郎「お願いします。お願いします……」
  降り続く雨。雨に打たれる吾郎。
公太「(倒れたまま)……」

○ 山道・前(夜)
  雨は止んでいる。
  吾郎の車が停車している。
  警察車両が吾郎の車の横に停車し、
  中から高松と刑事が降りる。
  ライトで車の中を照らす高松。
  車の中には何も乗っていない。
高松「……」
  山道の中へ入っていく。

○ 丘(夜)
  吾郎、目を瞑って倒れている。
吾郎「(目を開ける)」
  吾郎、体を起こす。
吾郎「(空を見上げ)! 公太」
  公太、倒れたまま。
公太「……」
  吾郎、よろよろと歩き公太に近づく。
吾郎「公太、起きろ。星じゃ、星じゃ」
公太「……」
吾郎「星じゃぞ。早く目を開けんか……」
公太「……」
吾郎「目を……」
  吾郎、泣く。

○ 病院・中(夜)
  ストレッチャーに乗せられ、運ばれる公太
  と吾郎。2人とも酸素マスクをつけている。
  美香、運ばれる公太に合わせて走り。
美香「公太、公太!」
公太「……」

○ とある山
  どこからともなくお経が聞こえてくる。

○ 墓地
  お経が聞こえる。喪服を着た人たちが手を
  合わせている。その中に高松刑事、明香、
  冨美がいる。
  美香、手を合わせている。
美香「……」
  美香、目線を下に落とす。
  公太が手を合わせている。
公太「……」
美香「公太、行くよ」
  その場を離れようとする。
優子の声「坂巻さん」
  優子が近づく。その後ろには絵奈。
公太「……」
優子「本当に申し訳御座いませんでした」
美香「いえ、吾郎さんは悪くなかったんです
 から」
優子「……実は主人も公太君と同じ病気だっ
 たんです」
公太「!」
美香「そうだったんですか」
優子「色んな思いを重ねたに違いありません」
公太「……」
優子「(公太に)最後に一緒にいてくれてあ
 りがとね。主人から手紙も貰ったわ」
公太「あ、あれは本当の事じゃないからね! 
 悪口書いてるけど、本当は家族の事、好き
 なんだよ」
優子「うん、主人の車の中に入っていたノー
 トに」
  手提げからノートを取り出す。(吾郎が
  車のダッシュボードから出したノート)
  公太、ノートを広げて見る。
優子「私にありがとうって。それに絵奈をや
 っと自分の子供だって書いてくれた」
絵奈「(目を合わせない)」
優子「公太くんのおかげだって」
公太「いや、僕は……」
絵奈「(公太に)……ありがとう」
公太「(美香の後ろに隠れる)」
  優子、美香が微笑む。
吾郎の声「公太、公太」

○ 丘(3日前・夜)
  泣きながら吾郎が公太を揺すっている。
吾郎「目を開けんか。目を」
  公太、ゆっくりと目を開ける。
吾郎「! 公太!」
公太「おじさん……」
吾郎「公太……。見てみろ」
  二人、夜空を見上げる。
公太「きれい……」
吾郎「公太、これが星空の街じゃ」
公太「(うなずく)」

○ 星空
  星が光り輝く。

○ 丘(夜)
  星空を見上げている吾郎、公太。
  公太、目をこすって。
公太「雨上がりだから超キレイだね」
吾郎「じゃろう? 雷はわからんけどなぁ」
  公太、吾郎、改めて星空を見上げる。
                 終わり

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