夢家 日常

誰もが恐れる怪しげな雰囲気をまとっている家。その家には、主人公とその母、父、祖母が住んでいる。主人公の名前は紫村桜子。ごく普通で今どきの女子高生の桜子は自分の家にコンプレックスを持っていた。ある日、とあるドラマプロデューサーから、その家をロケ地として使用したいと熱望される。桜子の家をロケ地として使われたドラマは日本中で大ヒット。桜子の家にも人が集まりだして、桜子自身も少し浮かれるが……?
籾山琴子 21 0 0 08/09
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

【登場人物表】
紫村桜子(17)高校2年生
    (7)
青野祥平(20)大学2年生

紫村菊子(70)桜子の祖母、蘭子の母
    (10)
    (17)
...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

【登場人物表】
紫村桜子(17)高校2年生
    (7)
青野祥平(20)大学2年生

紫村菊子(70)桜子の祖母、蘭子の母
    (10)
    (17)
    (37)

紫村蘭子(50)桜子の母、菊子の娘
    (7)
    (17)
    (33)

紫村秀一(50)桜子の父、蘭子の夫
    (33)

紫村林蔵(39)菊子の父
    (46)
紫村橙子(38)菊子の母
    (45)

紫村宏(32)桜子の祖父、蘭子の父、菊子
(42)の夫

朝日芽生(17)高校2年生。桜子の親友。

青野功(30)祥平の叔父。心霊専門誌の
       編集長。

爽太(26)俳優、「宇宙一君を愛してる」の主人公・柴田凌役

クリスティーヌ凛子(23)俳優、「宇宙一君を愛してる」アリス役

峰岸卓(50)「宇宙一君を愛してる」プロデューサー

木島那美(18)桜子の先輩
〇祥平のアパート・中
   薄暗く、物が散らかっている1Kほど
   の部屋。
   机には画面が真っ暗のパソコンが開かれて置かれている。
   天井のほうをうつろな目で見て寝転がっている端正な顔立ちの青年・青野祥平(20)。
   目をそっと閉じる祥平
SEチャイムの音
   目を開ける祥平。

〇同・玄関
   ゆっくりとドアを開ける祥平。
   ドアを開けて立っていたのは紫村桜子(17)。
   下を向き、息を整えている。
   風に吹かれ、髪は乱れている。
   手がかすかに震えている。
   顔をゆっくりと上げようとする桜子。
   F・O

〇紫村家・外観(夕方)
   長年手入れをしていないツタで覆われた洋風の外観をしている。
   ツタの下からのぞく薄汚い壁。
   家全体が重苦しい不思議な雰囲気。
   窓からかすかに漏れる家の中の明かり。
那美の声「この家、マジで怖いんだけど」
   家の前をジャージを着た桜子と部活の先輩・木島那美(18)が通り過ぎていく。
   那美は家をまじまじと見ている。
桜子「(若干苦笑いで)た、たしかに」
   家を横目で気にしつつも那美の話に相槌をうつ桜子。
那美「人住んでんのかな」
桜子「ど、どうなんでしょうねぇ」
   家を通り過ぎていく桜子と那美。
   家のほうを気にしている様子の桜子。
   × × ×
   速足で引き返してくる桜子。
   家の中に入っていく。

〇同・中
   外観とは真逆で家の中は明るい雰囲気。
   ドアを開けて入ってくる桜子。
桜子「(小声で)あー、やだやだ」
   靴を脱ぎ、向かって右のリビングに向かう桜子。

〇同・リビング
   桜子が入ってくる。
   テーブル下を雑巾で拭いている母・紫村蘭子(50)。
桜子の声「何してんの、母さん」
   テーブルにも液体がこぼれている。
   テーブルにはほかに一枚の紙が置かれている。
蘭子「(テーブルの下から出てきて)コーヒー
 こぼしちゃった」
   テーブルへ近づく桜子。
   コーヒーのシミがついた紙に目を止める。
蘭子「ただいまは?」
桜子「(紙に目を通しながら)ただいま。なにこれ」
   紙を蘭子に見せる桜子。
蘭子「んー?」
   雑巾で軽く机を拭く蘭子。
桜子「んーじゃなくてさ、なにこれ!」
   蘭子に紙を見せる桜子。
(インサート)
   「ロケ地提供のお願い」と書かれた紙。
桜子の声「ロケ地提供って! なに、どういうこと!」
   蘭子のほうを向く桜子。
   コーヒーの残りを飲んでいる。
桜子「母さん!」
蘭子「昨日届いたのよ、その紙」
桜子「紙の内容! これ、もうすぐするドラ
 マじゃん! タイトル、「宇宙一君を愛してる」って! しかも爽太と凛子がダブル主演で今話題のやつ! え、どういうこと!」
蘭子「知ってるの、その人達。私最近の俳優とか知らないから――」
桜子「もう、めっちゃ人気。ねぇ、来るってことだよね、これって」
蘭子「一週間ぐらい前に電話がかかってきたのよ。プ、プロなんとか」
桜子「プロデューサー。え、一週間前って、なんも言ってなかったじゃん!」
蘭子「よくわかんなかったから――」
桜子「すご! えっ、すごくない? 芸能人が来るんでしょ! しかもあの爽太と凛子! やったー!」
蘭子「ほんとに人気あるのねぇ」
桜子「(我に返って)え、でもなんで? 紙に書いてあることだと、この家を背景に使いたいってことでしょ? えっ、なんで」
   キッチンの流しにカップを運んでいく
   蘭子。
蘭子「そのプロデューサーがこの家に惚れたんだって」
桜子「うそでしょ?」
蘭子「この家の雰囲気? オーラ? まさに求めていた家だって」
桜子「変わってる人もいるもんね、この家のどこが――」
   首を傾げる桜子。

(イメージ)
   空は晴れているにも関わらず怪しげな雰囲気をまとっている紫村家外観。
   全体的に不気味。
桜子の声「お化け屋敷――」
蘭子の声「しっ」
   口に指をあて、視線を玄関へ向ける蘭   
   子。
蘭子「おばあちゃん帰ってきた」
   玄関の方を見る桜子。
   玄関を上がり向かいの和室へ向かう祖
   母・紫村菊子(70)の背中が見える。
   ポシェットについているお守りがかすかに見える。
桜子「おばあちゃんおかえりー」
蘭子「母さん、おかえりなさい」
菊子「(和室へ向かいながら)ただいま」
   菊子の背中を見つめる桜子。
   肩をすくめる仕草をする。
蘭子「さ、晩御飯の準備しないと」
   流しで手を洗い始める蘭子。
   手に持っている紙に視線を落とす桜子。
   コーヒーのシミで少し汚れた「ロケ地提供のお願い」と書かれた紙。

〇同・桜の部屋
   こざっぱりした今どきの女の子らしい部屋。
   クッションを抱え小見、ベッドでスマホを触っている桜子。
(インサート)
   LINEの画面。
   「ていうか、爽太くるのヤバすぎ」という親友朝日芽生(17)の返信。
   「それもやばいけど、マジでなんで私んちなのか謎なんだけど笑」と送信する桜子。
   スマホを置き、ベッドに寝そべる桜子。
   天井をぼんやりとした表情で見ている桜子。

〇同・リビング
   紙を見ている父・紫村秀一(50)。
   スーツを着たままの秀一。
   テーブルの食事の用意はほとんどできている。
   キッチンとテーブルを行ったり来たりしている蘭子。
   桜子が上から降りて入ってくる。
蘭子「(桜子を見て)手伝って。ねぇ、あなた
どう思う?」
桜子「はーい」
秀一「(紙を蘭子に渡して)俺は別に良いけ
どさ、(少し声をひそめて)お義母さんは
なんて言ってるんだ」
   秀一から紙を受け取る蘭子。
   手伝いをしながら蘭子と秀一の様子に
   注目している桜子。
蘭子「まだ言ってない」
秀一「そうか。まぁ、ある程度お金もらえるみたいだしな。そう悪いことじゃないだろ、大丈夫だと思うぞ」
桜子「(手を止めて)お金もらえんの!」
蘭子「(無視して)母さん良いって言うかなぁ」
桜子「ていうかなんで相談しなかったの。家って言ったらおばあちゃんじゃん」
蘭子「悪いようにはならないと思ったのよ」
秀一「とにかくお義母さんが良いって言ったらだな」
菊子の声「いいわよ」
桜子・蘭子・秀一「え?」
   リビングの入り口に立っている紫村菊子(70)。
   蘭子が持つ紙を手に取る菊子。
蘭子「いいの、母さん」
菊子「悪いようにはならないでしょ」
   一瞬、微妙な間。
秀一「一件落着だな。俺、着替えてきます」
   リビングを出ていく秀一。
菊子「夜ご飯、もうすぐね。手伝うわ」
   キッチンのほうへ回る菊子。
   菊子を思案顔で見ている桜子。

〇高校・教室
   昼休み真っ只中。
   話をしながら弁当をつつく学生たち。
   一つの机で向かい合って弁当を食べている桜子と芽生。
   少し不満げな桜子。
桜子「最初はさ、芸能人と会えるし――」
芽生「(食い気味で)爽太! 爽太と凛子ちゃ
ん!」
桜子「んで、ラッキーって感じだったんだけど」
芽生「ラッキーってもんじゃないから、超ラッキーじゃん」
桜子「そんな変わってないし。ていうかあの家だよ?」
芽生「あの家」
桜子「そう。あの家。古くて汚くて」
芽生「魔女住んでそうな家!」
桜子「他人に言われるとむかつくなぁ」
芽生「古くてって、だいぶだよね? うちのパパが子供のころからあったって言ってたし」
桜子「だっておばあちゃんが子供の時に建てられた家だもん。あんまその話聞かないけど、おばあちゃんの口から」
芽生「へぇ」
桜子「ドラマでしょ、全国放送じゃん? 私はいいけど、なんか、恥ずかしくないのかなって」
芽生「嘘だね」
桜子「はい?」
芽生「恥ずかしがってんのは桜子でしょ」
桜子「私は、別に」
   目をそらす桜子。
   肩をすくめる芽生。
桜子「この間、先輩と帰ったんだけどさ、先
輩、うちの家ガン見してマジ怖いって。それで一端通り過ぎて」
芽生「(少し笑って)まだそれしてるの。自分の家なんだからさ、いい加減堂々とすればいいのに」
桜子「地元の人でさえ怖がるじゃん、あの家。あー、爽太と凛子も来るんだよね、あの家見るんだよね」
芽生「そんなに嫌ならリフォームとかしちゃえばいいじゃん」
桜子「それ禁句」
芽生「あー、おばあちゃんか」
桜子「うちじゃおばあちゃん絶対的存在だから」
芽生「怖くはないよね、小さいころ遊んでくれたし」
桜子「家のことになると私とか母さん、父さんは口出しちゃいけないの」

〇紫村家・外
(インサート)
   動きやすい服装をして、家を眺めている菊子。
   そばには水の入ったバケツと、雑巾。
   手には剪定ばさみを持っている。
菊子「やろうかねぇ」
   家の壁へ歩いていき、少しずつ剪定をし始める菊子。
桜子の声「少なくともおばあちゃんはあの家
を不気味とか思ってないと思う。おばあち
ゃん、あの家をずっと同じでいさせようっ
て、全部自分で手入れしちゃうんだ」
  剪定を続ける菊子。
  所々腰を痛めている素振りをする菊子。

〇教室
   弁当を片づけ始めている桜子と芽生。
桜子「私にはあの家の魅力がわからない」
芽生「私も」
桜子「…… やっぱむかつくなぁ」
芽生「でもさ、そういうのはもっと後で分かるもんなんじゃないの。まだ新米でしょ」
桜子「どういうこと」
芽生「(ちょっと眠そうに)だからさ、家族の中で最年少なわけじゃん、もっとあの家で年月過ごしてさ、あの家のこともっと知ればさ、魅力的に見えてくるんじゃないの」

〇紫村家・外観(何年後かのイメージ)
   変わらない紫村家の外観。
   大人っぽい服装をした成長した桜子が家を眺めている。
   感慨深い桜子の顔。

〇教室
   妄想をしてる様子の桜子。
   眠そうな芽生。
芽生「って、思うけどねぇ」
   あくびをする芽生
桜子「眠いの」
芽生「寝る」
   うつぶせになる芽生。
桜子「(つぶやくように)ほんと他人事なんだから」
   うつぶせの芽生。
   芽生を見ている桜子。
桜子「(つぶやくように)魅力、か」

〇森・全体
   怪しげな雰囲気を醸し出している。
   奥へと続く入口があり、「白虎の森」と書かれた古びた看板がある。
祥平の声「今僕は一度入ると二度と出ることができないと噂の『白虎の森』に来ています」
〇同・中
   落ち葉を踏む足。
   昼間にも関わらず覆うように伸びている木々のせいで辺りは暗い。
   祥平が構えているビデオカメラ。
   無地のTシャツに、パーカーを羽織り、
   下は短パン姿の祥平。
   ビデオカメラを構えながら歩いている祥平。
祥平「森に潜入しておよそ一時間。まだ何も起きる気配はありません。入ったら二度と――」
   奥を見てげんなりした表情をする祥平。
(インサート)
   「でぐち」と書かれた看板が立てられている。
   奥には普通に歩道があり、犬を連れて散歩している人がいる。

〇祥平のアパート・外観(夜)
   そこそこ古い二階建てのアパート。

〇同・祥平の部屋
   最低限の家具しか置かれていない小ざっぱりとした狭い部屋。
   ジャージ上下が干してある。
   テーブルには電源の切られたパソコンが置かれてる。
   くつを脱ぎ、入ってくる祥平。
   ひどく疲れた表情をしている。
祥平「(リュックをおろしながら)帰ってきち
ゃったよ」
祥平「あ」
   リュックからビデオカメラを取り出す祥平。
(インサート)
   ビデオカメラのモニター。
   撮ってきた映像が映し出されている。
   すぐに「停止」を押す。
祥平の声「ボツ」
   SDカードを取り出し、テーブルの上に置く。
   リュックからスマホを取り出し、片耳に当てる。
祥平「(リュックから荷物を取り出しながら)
あ、叔父さん、夜にごめん。あ? あl、
いま帰ってきたとこ」
   耳からスマホを外し、スピーカーをオンにし音量を上げてテーブルの上に置く。
   叔父・青野功(30)の声が響く。
(インサート)
   スマホの「功叔父さん」という表示
功の声「無事に帰れたってことは結果は聞か
ずもがなだな」
   干してあったジャージの下をすでにはいており、上を着ようとする祥平。
祥平「やっぱり普通の森だったんだけど。何が一度入ったら出られない森だよ」
功の声「やっぱりとか言うなよ。お前のことだ、ちょっとは信じてただろ」
祥平「まぁ、そうだけど」
功の声「まーまー、仕方ない。誰かが適当に流したデマだったってだけだ」
祥平「(上のジャージを着ながら)本当だったら絶対面白かったと思うんだけど。絶対いい記事書けた」
功の声「噂通りだったらWiFiないんだろ、どうやってデータ送るんだ」
祥平「バリバリ使えました」
功の声「…… まぁ、次に期待ってことで」
   スマホを耳に当て、寝転がる祥平。
祥平「なぁんか悔しいなぁ」
功の声「お前が悔しがってもしょうがないだろ、お前の力で霊が出てくるわけじゃないんだから」
祥平「分かってるけどさぁ」
功の声「いいか、捏造だけはするんじゃんぇぞ」
祥平「わかってるって」
功の声「間違った情報が広まったら――」
祥平「わかった、わかったって」
功の声「そうか?…… お前の記事は本当に助かってる、人手不足だからな」
祥平「それも分かってる。俺が社会人になるまで頼ってよ」
功の声「あぁ、それは、もう」
祥平「(顔がにやける)んで、報酬は」
功の声「あぁ、原稿見てからだ。まぁ、今回はあんまり取れ高なさそうだからなぁ」
祥平「不気味な写真はちゃんと撮れてるよ?」
   カメラを触る祥平。
功の声「わかったから。見て判断するから、ほらもう遅いぞ、学校あるんだろ、早く寝ろ」
祥平「(少し不満げ)はぁい、おやすみ! 報酬よろしくね!」
功の声「まったくがめついな、おま――」
   「通話終了」を押す祥平。
   スマホを置き、冷蔵庫へ這って行く。
祥平「腹減った、なんかあるかな」
   冷蔵庫を開ける祥平。
   冷蔵庫には最低限の調味料しか入っていない。
   溜息をつく祥平。

〇紫村家手前の歩道
   鮮やかな着物を着たアリス(クリスティーヌ凛子(23))と汚れた作業着を着た柴田凌(爽太(25))が並んで歩いている。
アリス「やっぱり、少し歩きにくいデス」
   足元を見ながらぎこちなく歩くアリス。
   アリスを手を握ろうとするが、遠慮してしまう凌。
アリス「でも、でも、こうやってお着物を着
ると少しでも、あなたに近づけたような気
がシマス」
   アリスを見る凌。
凌「アリス……」
プロデューサーの声「カット!」
   一瞬にしてあたりが騒がしくなり、クリスティーヌ凛子と爽太のもとにメイク係やマネージャーが来る。
   クリスティーヌ凛子と爽太は会話をしたりしている。
   離れた場所で大勢の見学者がいる。
   見学者の中に、桜子、芽生、蘭子、秀一が見える。
芽生の声「主人公凌は工場で働く心優しい青
年。ある日、ひょんな事から一人の外国人
の少女と出会う。彼女の名前はアリス。ア
リスは工場近くの不思議な外観の家に住んでいた――」
   芽生がテレビ誌を見ている。
芽生「だって」
   芽生の横には桜子が撮影の様子を見ている。
桜子「ひょんな事って」
芽生「知らないよ、一話のあらすじだもん」
桜子「これ、何話の撮影?」
芽生「知らないよぉ。プロデューサーとしゃ
べったんじゃないの」
桜子「しゃべったのはおばあちゃん、あ、こ
っち見た! 爽太こっち見たよ!」
芽生「うそ!」
(インサート)
   見学者たちに向かってハンサムな笑顔を見せ、手を振る爽太。
   見学者(主に女性)の黄色い歓声。
芽生「やっばぁい、爽太超かっこいい!」
桜子「うーん」
芽生「何よ」
桜子「カッコいいけど……」
芽生「けど?」
桜子「なんか違う、好みじゃない」
芽生「(低い声で)贅沢者め」
   桜子と芽生よりも後ろ側にいる蘭子と秀一。
   蘭子も秀一も撮影現場に目が釘付け。
蘭子「近頃の俳優さんって本当に細いのねぇ、  
 今の若い子はみんなあんな感じなのかしら。
私もっと――」
隣にいる秀一を見る。
なんとなく鼻の下を伸ばしている様子の秀一。
(インサート)
   爽太と談笑をしているクリスティーヌ凛子。
   見学者の方を向いて投げキッスをする。
   見学者(主に男性)の雄たけび。
   緊張して変な顔になってしまう秀一。
蘭子「ねぇ、母さん知らない?」
   蘭子、秀一を見る。
   秀一、変わらず微妙な顔をしている。
蘭子「あなた?」
秀一「(ボソッと)夕飯、いいもん食べるか」
蘭子「は?」
秀一「今日はいい日だ」
蘭子「ねぇ、母さんは?」
秀一「…… お義母さんは、神社だと思うよ」
   
〇神社A
   ごく普通の神社。
   辺りを見回しながらやってくる菊子。
   ポシェットを身に着けている。
菊子「ここにもあるのねぇ」
   ゆっくりと中へ入っていく。

〇祥平のアパート・祥平の部屋
   空のカップラーメンの容器、飲みかけのエナジードリンクが机に置かれている。
   パソコンに向かっている祥平。
   キーボードをたたく音が響く。
(インサート)
   パソコンのWordに文字が入力されており、画像もある。
   「今回は残念ながら噂の真相を確かめることができませんでした」と文字が入力される。
祥平「(手を止めて)何回目だよ」
   少し文字を入力し、パソコンを閉じる祥平。
   大きく伸びをして息を吐きながらそのまま倒れる。
   ゆっくりと目を閉じるが、すぐに目を開ける。

〇道(夕方)
   自転車を立ちこぎで爆走させている祥平。
   シャツが風でめくれ、地肌が見える。
   祥平が通り過ぎた背景に紫村家が見えている。
   
〇神社B・駐輪場(夕方)
   駐輪場で自転車を止めている祥平。
   
〇同・境内(夕方)
   姿勢を正し、二礼二拍手を行う祥平の背中。
   しばらくして、一礼をし、向きを変え、神社を後にする祥平。
祥平「(小声で)もうちょっと、頼めば良かっ
たかなぁ」
   祥平と入れ違いで菊子が入ってくる。
   少し息が上がっている菊子。
菊子「(小声で)やっぱりここよ」
   神社Bとは違いまっすぐ境内へ向かう菊子。
   二礼二拍をする菊子。
   手を合わせ、目を閉じている菊子。
   ポシェットには「家内安全」のお守り。
   しばらくして目を開け、一礼した後、
   神社を後にする菊子。

〇紫村家・外(夕方)
   帰ってくる菊子。
   ドア近くの壁に蜘蛛の巣が張ってある。
   ポシェットからハンカチを取り出し、
   蜘蛛の巣を払う菊子。

〇同・玄関
   菊子がハンカチを片手に入ってくる。
   リビングからほかの家族3人のにぎやかな声がかすかに聞こえる。
   リビングの方を一目見る菊子。
菊子「今日はごちそうなのかしらねぇ」
   和室へ向かう菊子。
   
〇同・リビング 
   テーブルの中央に寿司がたくさん並んだ寿司桶が置かれている。
   一つの椅子を残して座っている桜子、蘭子、秀一。
   色とりどりの寿司。
   寿司桶をのぞき込むようにして見ている桜子、蘭子、秀一。
桜子「私、マグロ、サーモン、トロ、あ、あ
といくら!」
蘭子「私は、エビと、……いなりがあれば」
秀一「いやぁ、久しぶりだな」
蘭子「ほんと、こういう時でしかお寿司食べれないもんね」
   やってくる菊子。
菊子「あら、お寿司?」
桜子「おばあちゃんおかえりー」
   笑顔を見せるもすぐ期限を伺うような表情になる桜子。
菊子「(蘭子の隣に座りながら)いやぁ、おい
しそうねぇ」
秀一「お義母さんの好きなえんがわとしめサバもありますよ」
菊子「あらあら、どうも」
   小皿に醤油をたらす菊子。
桜子「(菊子に向かって)父さん、今日機嫌いいんだって。だから今日はお寿司なんだ!」
蘭子「もう、この人ったら、女優さんにデレデレしちゃって」
菊子「あらそう」
   3人黙って菊子を見る。
   菊子、テキパキとした手つきで寿司桶       
   のえんがわを全部持っていってしまう。
秀一「あー」
   そのままえんがわを醤油につけ口に運    
   ぶ菊子。
   再び沈黙。
蘭子「母さん、今日ね――」
菊子「(遮るように)あー、お寿司おいしいわぁ」
蘭子「…… ほんと」
   エビをほおばる蘭子。
   黙々と食べる蘭子と菊子を見て、桜子も秀一もそれぞれ寿司をほおばる。
   桜子も蘭子も食べながら菊子の様子をうかがう。
   もくもくと食べている菊子。
秀一「いやぁ、すごい人が来てたなぁ」
   お茶を一口飲む秀一。
   秀一を見る桜子と蘭子。
菊子「そうなの、へぇ」
桜子「そ、そりゃ爽太と凛子が来るんだもん、
見に行きたくなるよね」
   菊子をうかがう桜子。
秀一「そうそう、その人、美人だったなぁ」
桜子「芸能人って生で見ると本当に細いよね
ぇ、凛子も爽太もすっごい細かったし、顔小さかった」
蘭子「もうちょっと、がっしりしている人が好きだけどなぁ、細すぎるっていうか」
桜子「わかるぅー」
蘭子「そうよねぇ、やっぱ桜子とは好みが合うわねぇ」
   向き合っている桜子と蘭子を遮るように菊子が寿司桶からしめサバをとっていく。
   我に返ったように、また寿司を食べだす桜子と蘭子。
   桜子が菊子を一目見る。
桜子「そ、そういえばおばあちゃん、昼どこ
行ってたの?」
蘭子「そうそう、探したのよ。プロデューサーさんがもっとお話したいって言ってたよ」
秀一「神社、ですよね?」
菊子「(しめサバをとりながら)神社に、行ってたのよ。しめサバ、もらっていいわよね?」
桜子・蘭子・秀一「どうぞどうぞ」
菊子「今日はね、隣町の神社も行ってきたの、それから、いつもの神社」
   しめサバを口に入れる菊子。
桜子「へぇ、隣町にも神社があるんだ」
   ゆっくりとイクラを口に入れる桜子。
   蘭子、秀一も気まずそうに寿司を口に入れる。
   しばらく無言でそれぞれ食べる。
   × × ×
   味噌汁に口をつける菊子を見る桜子。
   箸をおく桜子。
桜子「おばあちゃん本当は気に入らないんじゃないの」
   桜子を見る秀一。
蘭子「(眉をひそめて)桜子、やめなさい」
桜子「だってなんか不機嫌そうだし、昼間から神社に行くのだって、なんか、当てつけみたい――」
蘭子「桜子!」
菊子「何も思ってないよ」
桜子「でもさ――」
秀一「やめなさい」
菊子「嫌なことは嫌って言うから」
蘭子「母さん、本当に良かったのよね?」
   桜子の空いた皿に稲荷を乗せる菊子。
菊子「はい」
桜子「あ、ありがとう」
   静かにお茶を飲む菊子。

〇同・和室(夜)
   ふすまを閉め、神棚に向かって柏手を打つ菊子。

〇同・桜子の部屋(夜)
   ついていた照明が消される。
   ベッドに入り横になる桜子。
桜子「……」

〇同・リビング(昼)・回想
階段から降りてきた桜子から見えた様子。
   テーブルに向き合って座っているプロデューサー・峰岸卓(50)と菊子。
   手前に見える峰岸の背中、菊子は峰岸に隠れて見えない。
   リビングを通り過ぎ、玄関で靴を履く桜子。
峰岸の声「この家を見た時、ピンと来たんですよ! ここで撮れば、私が作りたいビューティフルでワンダフルな世界が作れるって。そしてドラマを見た人たちも大好きになる。この家にはそんな魅力が――」
   靴を履き、出ていく桜子
(回想終わり)

〇同・桜子の部屋(夜)
 寝返りを打つ桜子。
桜子「(小声で)いいことじゃん」

〇同・階段(夜)
T2週間後
  階段を速足で降りている桜子。
桜子「やばいやばいやばい」

〇同・リビング
   ソファーに座ってテレビの画面を見ている蘭子。
   時計がちょうど9時を指す。
   テレビの画面がニュースからドラマの画面へと変わる。
桜子の声「始まった?」
   テレビの画面に「第一話 運命の出会い」という文字が出ている。
蘭子の声「今、始まったとこ」
   蘭子の隣に座る桜子。
桜子「いよいよじゃん」
蘭子「どれくらい映ってるかしらねぇ」
   テレビを食い入るように見ている桜子と蘭子。
   × × ×
   時計の針が9時45分を指している。
   ティッシュを目に当て号泣している桜子と蘭子。
桜子「(泣きながら)まだ、出てこないけど、
面白い、切ない、面白い、あぁ、感情めち
ゃくちゃ」
蘭子「(ティッシュを目に当て)本当に」
   やってくる秀一。
秀一「お風呂出たぞって、どうしたんだ」
   桜子と蘭子をみて唖然とする秀一。
   テレビ画面を指さす桜子。
秀一「あ、あぁ、今日か、そっか、そっか」
蘭子「すごい面白いのよ、でも切ないの」
秀一「どっちだよ。てか、出てきた? 家」
桜子「まだって、あ! で、出てきた!」
   リビングに入ってくる菊子。

(ドラマのワンシーン)
〇紫村家・前(昼)
   紫村家を背景に歩いてきたアリスと凌。
   アリスが家に帰ろうとしたとき、石に
   つまづくアリス。
   アリスを必死に支える凌のスローモーション。
桜子・蘭子の声「ぎゃぁぁぁ!」
秀一の声「うるさいわ」
   アリスを抱きしめた状態になっている凌。
   お互い見つめあう。
凌「アリス、さん」
アリス「……」
凌「好きです」
桜子・蘭子の声「ぎゃぁぁぁ!」
秀一の声「うるさいって」
   抱きしめあっている凌とアリスの下にクレジット、エンディングが流れている。
   少しだけ微笑んで去っていく菊子。
   テレビに映っているアリス、凌、紫村家外観。

〇高校・教室
   話ながら弁当をつつく学生たち。
   いつもの席で向かい合い、一つの机で弁当を食べている桜子と芽生。
   芽生は箸を休め、スマホを触っている。
芽生「今日、最終回じゃん」
桜子「なんの」
芽生「ウチュキミ」
桜子「なんそれ」
芽生「『宇宙一君を愛してる』、略して、「ウチ
ュキミ」
桜子「センスないね」
芽生「だって長いんだもん、タイトル。それ
で『ウチュキミ』」
桜子「やめてよ、変だし」
芽生「私も昨日知ったんだけど」
桜子「え、何、世間の人もそんな風に呼んで
るの、え、なんで」
芽生「ほれ」
   桜子にスマホを差し出す芽生。
(インサート)
   芽生のスマホの画面。
   ネット記事が表示されている。
   『今夜最終回! 放送開始前から“ウチュキミロス”広がる』
   平均視聴率20%の文字。

桜子「(芽生のスマホを見ながら)ほんとだ」
芽生「だって、ほんとにいいドラマだもん。
泣けるし、面白いし」
桜子「まぁね、もう情緒めちゃくちゃ」
芽生「それに、なんか爽太と凛子お似合いだ
しね。あー、もうハグのシーンとか最高だ
ったなぁ」
桜子「(少し嬉しそうに)あー、わかる。私もあのシーンが一番好きかも」
芽生「まぁ、自分の家が背景にあるもんね、そりゃそうだわ」
桜子「そうなんだよねぇ」
   それぞれおかずを入れ、しばらく食べることに集中する二人。
   机に置かれた芽生のスマホが静かに振動する。
芽生「ん?」
   スマホを見る芽生。
芽生「え!」
   芽生の目が飛び出るほど見開かれている。
桜子「え、どうしたの」
   黙ってスマホの画面を見せる芽生。
(インサート)
   「【速報】俳優・爽太と女優・クリスティーヌ凛子  結婚を発表」の文字。
桜子の声「えぇぇぇ!」

〇紫村家・外
   太陽が輝く青空。
   着物を着た女子二人組。
   紫村家を背景にスマホで写真を撮っている。
   手には「爽太」のアクリルスタンド。
女子1「はい、チーズ!」
   キメ顔をする女子二人。
SEスマホのシャッター音
   二階の自分の部屋からカーテンを開けて見ている桜子。

〇同・桜子の部屋
   カーテンを閉める桜子。
   嬉しさがあふれにやけている。

〇同・外
   家からちり取りと雑巾を持って出てくる菊子。
   着物を着た女子二人の後ろ姿が遠ざかっている。
   その背中を見ている菊子。
菊子「……」

〇同・リビング
   テーブルで雑誌を見ている蘭子。
   テレビではワイドショーがやっている。   
(インサート)
   映し出される爽太とクリスティーヌ凛子の結婚式の画像。
アナウンサー声「社会現象にもなった「宇宙で一番君を愛してる」、『ウチュキミ』ですが、出演していたお二人はなんと最終回当日に結婚を発表、その日の視聴率は過去最高の25%にもなりました」
   
   トートバッグを持った桜子がやってくる。
   テレビを見る桜子。
蘭子「どこ行くの」
桜子「芽生んち。夕方までには帰るから」
蘭子「はいはい。行ってらっしゃい」
   雑誌のページをめくりつつテレビを見る蘭子。

〇同・外
   菊子がかがんで生えている小さな雑草をとっている。
   そばにおいてあるちり取りにはビニール袋や、ティッシュ、お菓子のごみ。
   桜子が家から出てきてやってくる。
   蘭子がちり取りを隠すようにして置く。
菊子「出かけるの」
蘭子「うん、芽生んちに」
   菊子のそばを通り、立ち止まる桜子。
   家を見上げる桜子。
   不気味な外観だが、太陽の光で照らされている紫村家。
   ほほ笑む桜子。
菊子の声「どうしたの」
桜子「私、この家好きになったかも」
   手を止め、桜子を見る菊子。
   歩き出している。
菊子「……」
   溜息をつく菊子。

〇道
   浮かれた顔をして歩いている桜子。
   おしゃれな格好をした女性二人組と通り過ぎる。
女性1の声「この近くだって」
女性2の声「この道、凛子ちゃんも通ってた
りして」
   女性二人組を横目で見てにやける桜子。
   軽くスキップをする桜子。

〇祥平のアパート・外観(夜)
   
〇同・祥平の部屋
   玄関で祥平に背中を向け、靴を履いている功。
   靴を履き終え、祥平の方を向く      すらりと背が高く、端正な顔立ちをしているがスーツはよれよれ。
功「じゃあな」
   扉を開けて出ていこうとする功
祥平「(目を見開いて)ちょいちょい叔父さん。
お金」
  ニヤッと笑って再び祥平の方を向く功。
功「あぁ、そうだった忘れてた」
   鞄をゴソゴソする功。
祥平「ちょっと、そのために来たんだろ」
功「違うね、可愛い甥っ子と談笑するために来たんだ、はい」
  細長い茶色の封筒を祥平に渡す功。
  すばやく受け取り、中身を取り出す祥平。
  一万円札を3枚手に持つ祥平。
祥平「3,3万円!? なんか多くない?」
功「1万は俺からだ。まともに貯金できてないだろ、どうせ」
祥平「(功を見て)ありがとう、叔父さん」
功「じゃあ、今度こそ」
  すぐに出ていこうとする功。
祥平「え、行くの」
功「なんだよ」
祥平「もっとおしゃべりしようよ」
功「もうなんも出てこんぞ。それに――」
祥平「あ! 家にほかに人がいるんだ。だから早く帰りたいんだ」
功「違うよ、ちょっと寄りたいところが――」
祥平「どこ」
功「(にやりと笑って)ウチュキミのロケ地っ
てこの辺なんだろ」
祥平「なんすか、ウチュキミって」
功「宇宙で一番君を愛してるって、ドラマ。
略してウチュキミ。えっ、知らないの? 近くで撮影してたのに」
祥平「ドラマっすか」
功「おう」
祥平「知らないっすねぇ、うちテレビないから」
   背景の自分の部屋を指す祥平。
功「そっか、そっか、そうだったな」
祥平「で、そのロケ地見に行くんだ」
功「いや、それがな、すごく神秘的なんだよ。独特の、怪しい雰囲気を持ってる家でさ」
祥平「そこ人住んでるの」
功「どうなんだろ、俺だったら住みたくないけどなあんな不気味な家」
祥平「不気味ねぇ」
功「でも…… わかんねぇや。なんて言えばいいか。そうだ、お前も一緒に行くか」
祥平「えっ、俺は良いって」
功「見に行けば俺の言ってることがわかる。帰りもここまで送ってくからさ、な? 行こうよ」
   祥平の腕をつかみ、連れ出そうとする功。
祥平「ちょ、ねぇ、おじさん!」
   
〇紫村家・外観(夜)
   功が運転した自動車がゆっくり停まる。
   車から出る功。
功の声「噂通りだなぁ」
   億劫そうに車から出てくる祥平。
祥平「だから、何が――」
   紫村家をゆっくり見上げる祥平。
(インサート)
   かすかな部屋の明かりが見える紫村家。
   月に照らされ、怪しい雰囲気を醸し出している。

   紫村家を見上げて目を見開いている祥平。

〇祥平のアパート・祥平の部屋
   呆然としたまま扉を開け、入ってくる祥平。
   ドアが閉まり、玄関に立ち尽くす祥平。
   ゆっくりと顔を上げ、急ぐように部屋の中へ入っていく。
   テーブルの上に置かれたカメラを手にする祥平。

〇紫村家・外観(夜)
   カメラのファインダーから目を離し、ゆっくりとカメラを下におろす祥平。
   紫村家をカメラを持って見上げている祥平。
祥平「……」

〇神社B
   賽銭箱の前で手を合わせている祥平の後ろ姿。
   一礼した後に神社を出ていく祥平。
   どこか目に光がない表情。

〇紫村家・外観(深夜)
   ジャージ姿のまま立って紫村家を見ている祥平。
   カメラを構える。
(インサート)
   雲に隠れていた月が現れる。
   紫村家にその月光が当たる。
祥平「いまだ」
SE カメラのシャッター音

〇同・桜子の部屋
   ベッドで目を開ける桜子。
   ベッドから抜け出し、部屋を出ていく。
   
〇同
   階段を下りてくる桜子。
   リビングの電機は消されている。
   リビング向かいの和室を通り過ぎようとするが、立ち止まる桜子。
   和室のふすまの隙間から明かりが漏れている。
   首を傾げ、通り過ぎる。

〇同・外観
   天気は曇り。
   あたりには誰もおらず、寂しい雰囲気。

〇同・リビング
   テーブルで雑誌をめくっている蘭子。
   ソファーで体育座りをして外を見ている桜子。
桜子「もう、ブームは去ったのかな」
蘭子「暇なの、桜子」
桜子「前まであんなに人来てたのに」
蘭子「(ページをめくりながら)やっぱり暇な
のね」
   溜息をつく桜子。
蘭子「最終回から二か月経ってるからねぇ、
そんなもんじゃない?」
  ページをめくる蘭子。
   溜息をつく桜子。
   桜子を一目見る蘭子。
蘭子「困ることも――」
桜子「(遮り)来た!」
   窓の外に男女が数人。
   顔を輝かせる桜子。
   窓の外の男女、家の方を見てひそひそと話している。
   家を背景に写真を撮る男女。
   取り終わり、家の方をちらちら見ながら足早に去っていく。
桜子「もっと見てけばいいのに」
   再び誰もいなくなった外。

〇同・桜子の部屋(夜)
   カーテンを少し開け、窓の外を見ている桜子。
(インサート)
   家のそばで上を見ている男女数人。
   男女のうちの一人が桜子の方を指さす。
   悲鳴を上げながら走って去っていく男女。

   眉をひそめている桜子、カーテンを閉める。
   再びベッドへ戻る桜子。
   目をつぶる。
   何度も寝返りを打つ。
   再び目を開ける桜子。
   ベッドから出て、部屋を出る。

〇同・和室前
   和室のふすまが少し開いている。
   小さく菊子の丸まった背中が見える。

〇同・和室
   仏壇の前でアルバムを見ている菊子。
(インサート)
   白黒の写真がいくつか貼ってあるアルバムのページ。
   紫村家の前に並んでいる家族の白黒の写真。
桜子の声「おばあちゃん?」
   アルバムが勢いよく閉じられる。

   ふすまの方を向く菊子。
   ふすまの隙間から桜子がのぞいている。
桜子「おばあちゃんも人の声で起きたの?」
菊子「人?」
桜子「さっき外見てみたら、なんか数人いた
んだけど」
菊子「ちょっと目が覚めちゃったの。もう寝るから。あんたも寝なさい」
   アルバムを後ろに隠す菊子。
桜子「はぁい」
   ふすまを閉めようとする桜子。
菊子「桜子」
桜子「(手を止めて)ん?」
菊子「おやすみ」
桜子「……おやすみ」
   少し怪訝な顔をしてふすまを閉める桜子。
菊子「……」

〇同・和室前
   首をかしげながら去っていくトイレへ行く桜子。
 
〇同・外観(朝)
   落ちている手書きのふざけて作ったような「おふだ」、短くなった「ろうそく」、安物の「ライター」

〇教室
   昼休み真っ只中。
   いつもと同じように向き合って座っている。
(インサート)
   スマホに表示されている夜の紫村家の外観。
   不気味に画像が加工されている。
   ところどころ白い靄がかかっている。
   玄関すぐそばの地面から白く伸びた手。
桜子の声「なにこれ」

〇祥平のアパート・祥平の部屋(夜)
   ジャージ姿の祥平、よれよれのスーツを着た功が座っている。
   そばの机にはパソコン、カメラが置かれている。
   前回よりも厚い茶封筒を祥平に差し出す功。
   茶封筒を見る祥平。
祥平「(功をみて)どうも」
   茶封筒を触ろうとする祥平。
功「待て」
   功を見る祥平。
功「(祥平を見て)合成じゃないんだな」
祥平「…… それはご法度だろ」
   探るような眼で祥平を見る功。
功「…… いいぞ」
   茶封筒を手にする祥平。
祥平「あざす」
   封筒を手に取り、中を見る祥平。
   立ち上がり、玄関へ向かう功。
祥平「(金を数えながら)帰るの」
功「あぁ」
祥平「おやすみ」
功「祥平」
祥平「ん?」
   功の方を見る祥平。
功「覚えておくんだ、祥平」
祥平「は?」
功「お前が手にしている封筒の厚み。どれほどの人があの家に新しい興味を抱いたか」
   出ていく功。
祥平「……」
   茶封筒を机の上に乱暴に置き、寝転がる。
   × × ×
   パソコンに向かっている祥平。
(インサート)
   「宇宙一君を愛してる」と検索する祥平。
   文字を入力したところで「心霊」の単
   語が出てくる。
   クリックし、表示される数々の記事、
まとめサイト。
『呪われた大人気ドラマのロケ地』
『“アリス”の家は呪われていた』
『地面からの白い手。真実は家に隠されている!?』のような見出し。

   黙って画面を見ている祥平。
   リュックからクリアファイルに入った写真を取り出す。
(インサート)
   紫村家の写真。
   何も加工はされておらず、月のあかりに照らされた美しい紫村家外観。

   寝転がり、写真を見る祥平。

〇紫村家・桜子の部屋
(インサート)
   ツイッターの画面
   「ウチュキミ」を文字が入力される。
   サジェストに「心霊」「事故物件」「やばい」という文字が出てくる。

   机に勉強用具を広げながらスマホを見ている桜子。
   溜息とともに机に突っ伏す桜子。
桜子「いえるわけないじゃん」
   しばらく突っ伏している桜子。
SE インターホンの音。
蘭子の声「桜子、出てー」
桜子「はいはい」
   億劫そうに起き上がり、部屋を出ていく桜子。

〇同・外観
   歩いてきて立ち止まる祥平。
   手には大きめのカメラ。
   家の前に宅配の車が停まっている。
   家から出てきて荷物を渡す配達員と受け取っている桜子の姿が見える。
祥平「え……」
   祥平の方を一目見る桜子。
   視点は桜子へ。
配達員「ありがとうございました」
   いいさって車へ戻っていく配達員。
   大きなカメラを抱えた祥平が見ている。
   唖然とした表情の祥平。
   きつい目つきになる桜子、荷物を持ったまま祥平へ近づく。 
桜子「何してるんですか」
祥平「え、えっと」
桜子「ここに何しに来たんですか」
祥平「…… 写真を撮りに来たんです」
   溜息をつく桜子。
桜子「帰ってください、迷惑してるんです、
 いろいろと」
   荷物の重みで桜子の腕が震え始める。
祥平「あ、あの、俺は」
   桜子に近づく祥平。
   後ずさりをする桜子。
   段差に躓き、よろけてしまう桜子。
   とっさに桜子を支える祥平。
   桜子と祥平の顔が接近する。
   しばらく静止する二人。
   すぐに離れる桜子と祥平。
桜子「(目を泳がせて)あ、あ、どうも」
   唇をかみ、カメラを触る祥平。 
   一瞬眉を顰め、桜子の方を向く祥平。
祥平「俺は――」
蘭子の声「桜子?」
   家から出てくる蘭子。
   蘭子の方を一目見て悔しそうな表情をする桜子。
蘭子「桜子、早く中に入りなさいよ。どうし
たの?」
   祥平に気づく蘭子。
蘭子「友達?」
   うつむく桜子。
祥平「あの、俺、あ、僕――」
桜子「(唇をかんで)母さん、実は、この家ネット上で心霊スポット扱いされてるの」
蘭子「ん、ん? ど、どういうこと」
   祥平の方を見る桜子。
桜子「たぶんこの人もそれを見てここに来たっぽい」
祥平「ちょ、ちょっと、俺は――」
蘭子「何言ってるの、桜子」
   祥平の方を見る蘭子。
桜子「ちょっと、この荷物どうかしていいかな」
   荷物を再び持ち直す桜子。
蘭子「じゃあ、中に上がってもらおうか」
桜子・祥平「え?」
蘭子「中で話聞かせてもらえるかしら」
   祥平の方向く蘭子。
   不安げな顔をする祥平。

〇同・リビング
   テーブルに座っている桜子、蘭子、向井に祥平。
   祥平のもとには湯呑みに入れられたお茶がある。
   祥平の大型カメラは湯呑の横に置かれている。
蘭子「まず、この家は心霊スポットって言わ
れているの?」
  唇をかむ桜子。
  しぶしぶうなずく祥平。
  スマホを取り出す祥平。
(インサート)
   スマホの画面。
   アルバムのアプリを開こうとするが途中で検索エンジンに切り替える。

祥平「こんな感じです」
   祥平がスマホを桜子と蘭子へ見せる。
   スマホの画面には「宇宙一君を愛してる」「ロケ地」「心霊」で検索して出てきたまとめサイトが並んでいる。

   しばらくスマホの画面を見つめる蘭子。
   蘭子をちらちら見る桜子。
蘭子「桜子はこのこと知ってたんだよね?」
桜子「言いたくなかったの、言えなかったの」
   スマホを祥平に渡す蘭子。
蘭子「ありがとう、もう大丈夫よ」
   蘭子からスマホを受け取る祥平。
祥平「あ、あの僕、青野祥平と言います」
桜子「桜子です。あ、母です」
   蘭子が伏目勝ちに会釈をする。
桜子「祥平さんもあの心霊写真を見て来たんですか」
蘭子「やめてよ、心霊スポットなんて、そんな」
   額に手を当てる蘭子。
   うつむき、息を整える祥平。
   手が少し震えている。
桜子の声「でも世間にはそう思われているんだよ、あんな写真出回ったら」
   唇をかむ祥平。
蘭子の声「確かにこの家は戦後すぐに建てられて古いけど――」
   息を吸い、顔を上げる祥平。
祥平「俺は――」
桜子「(小声で)母さん! おばあちゃん!」
   桜子が蘭子の方を勢いよく見る。
   桜子と蘭子が祥平の後ろを見る。
   祥平の後ろには帰ってきたばかりの菊子の姿。
   ゆっくり後ろを見る祥平。
   菊子が祥平を見る。
菊子「あなたは……」
桜子「おばあちゃん、この家――」
蘭子「桜子!」
桜子「言ったほうが良いって」
菊子「(少し笑いながら)何よ、言いなさいよ」
桜子「おばあちゃん、この家――」
蘭子「この家、心霊スポットになってるらし
いの」
   眉を顰め、きつい表情になる菊子。   
桜子「記事にもなってる。借りていいですか」
   祥平のスマホをとり、蘭子に見せに行こうと立ち上がる桜子。
菊子「見せないで!」
   力なく座る桜子。
   桜子と蘭子に背を向ける菊子。
菊子「私の家なのよ」
   和室へ入っていく菊子。
   和室のふすまが静かに閉まる。
   リビングで和室を見ている桜子、蘭子、         
   祥平。

〇同・外観(夕方)
   家から出てくる桜子とカメラを持った祥平。
祥平「内装は普通ですね、ほんとに」
   うつむいている桜子。
   家の前まで歩いていく祥平と桜子。
   桜子が慌てて祥平を見る。
桜子「あっ、はい。小学生のころに中だけはリフォームしたんです」
祥平「そっか」
   家の前まで来て、祥平が桜子と向き合う。
祥平「ここでいいよ、ありがとう」
   向きを変え、帰ろうとする祥平。
桜子「あの! やっぱりこの家って怖いですか」
   歩くのをやめる祥平。
   家を見つめる祥平。
祥平「俺、この家の写真たくさん撮ってるんです」
桜子「え?」
   桜子の方を見てぎこちなく笑う祥平。
祥平「今度、その写真渡しますね」
   背中を向け去っていく祥平。
桜子「……」
  × × ×
  歩いている祥平。
  振り向く祥平。
  小さく紫村家が見える。

〇同・玄関
   入ってくる桜子。
   玄関上がり、リビングに向かう途中、和室の「法を見る桜子。
   ふすまが閉じられた和室。
桜子「……」

〇教室
   昼休み真っ只中。
   いつもと同じように向かい合い、弁当を食べている桜子と芽生。
芽生「その人ってさ、SNSとかやってなか
ったのかな」
桜子「どーだろう。やってるのかなぁ、せめ
 てLINEとか――」
芽生「は?」
桜子「は?」
芽生「何個人利用しようとしてんの、その人
がSNSやってたら、拡散してもらえば良かったんだって」
桜子「あー、確かに」
芽生「みんなが騒いでるこの家には住人もい
て、全然心霊スポットなんかじゃありませんって」
桜子「いやぁ、あの人自身が信じ切ってたらだめじゃない?」
芽生「そうだけど。ていうか、桜子、その男の人のこと好きなの?」
桜子「え!」
芽生「いや、そうかなぁって。さっきからその人のことばっか話してるし」
桜子「違いますぅ、変な人だったから。カメラ持ってて、この家の写真もたくさん撮ったって。あ、でね、その写真今度くれるんだって!」
   生き生きとした顔になる桜子。
芽生「ふぅん?」
   おかずを口に運び、桜子をにやにやと見る芽生。
芽生「何よ」
   白米を口へ運ぶ桜子。

〇神社B(夕方)
   賽銭箱の前で目を閉じ、手を合わせている祥平。
   目を開ける祥平。
祥平「俺、どうすればいいですか」
   溜息をつき、一礼してから向きを変える祥平。
   菊子がやってくる姿が見える。
   菊子が祥平に気づく。
祥平「(会釈をしながら)どうも」
菊子「よく来るの? ここ」
祥平「はい。気が向いたら」
菊子「あなた、一人で住んでるの?」
祥平「…… まあ」
菊子「そう。(少しほほ笑んで)健康に気を付
けて」
  賽銭箱の方へ向かう菊子。
  祥平も神社を出ていこうとする。
  突然足を止める祥平。
  菊子の方を見る。
祥平「あの」
  菊子が祥平の方を見る。
祥平「(息を吸って)俺は、あの家、素敵だと思います」
  一礼してから去っていく祥平。
  優しくほほ笑む菊子。

〇紫村家・玄関
   入ってくる菊子。
   ちょうど階段から降りてくる桜子。
桜子「おかえり、おばあちゃん」
菊子「桜子、これ」 
   ポシェットから白い小袋を出す。
   白い小袋を手に取る桜子。
桜子「神社?」
   白い小袋から「健康」と金の刺繍がされたお守りが出てくる。
桜子「おばあちゃん、これ前にもらったよ」
   小さく笑う菊子。
菊子「この間来たあの男の子にだよ」
桜子「え」
菊子「今度会ったら渡してあげなさい」
   にこやかに笑い、和室へ入っていく菊子。
   ふすまが閉じられる。
桜子「……」
〇祥平のアパート・祥平の部屋
   リュックの中から写真を印刷したての写真を取り出す祥平。
(インサート)
   深夜・夕方の紫村家の写真が数枚。

   写真屋の袋に再び入れ、優しく机の上   
   に置く祥平。
   寝転がり、天井を見る祥平。

〇紫村家
   立っている祥平と桜子。
   写真屋の袋のまま桜子に渡す祥平。
祥平「はいこれ、写真」
   袋を受け取る桜子。
   おずおずと祥平の顔を一瞬見るが、すぐに目をそらす桜子。
桜子「こんなに――」
   夜の紫村家の写真を抜き出す桜子。
桜子「(嬉しそうに)綺麗」
祥平「じゃあ、俺はこれで――」
   会釈をして去って行こうとする祥平。
桜子「あ!」
   驚いて桜子を見る祥平。
桜子「ちょ、まだ行かないでください!」
   写真を持ったまま中へ入っていく桜子。
祥平「なんだ?」
   × × ×
   玄関のドアが開かれ桜子がドアをおさえる姿勢をとる。
桜子「あ、あの、中に入りませんか。おばあ
ちゃんが呼んでいるんです」
祥平「え?」
   あっけにとられている祥平。

〇同・和室
  大きな古びたアルバムと、祥平が持ってきた写真の袋が置かれている。
  正座をして並んで座っている桜子と祥平。
  祥平の前にお茶を出す菊子。
菊子「二人とも、もっと足崩しなさい。そんんなにかしこまらなくても。桜子まで」
桜子「だっておばあちゃんが私をここに入らせることなんてなかったから」
菊子「私はここに座ろうかね」
   桜子の隣へ座る菊子。
   祥平が持ってきた写真の袋を手に取る菊子。
菊子「どれどれ」
   袋から写真を取り出し、何枚か見る菊子。
   写真の中から一枚抜き出し、他の写真を袋へしまう。
祥平「あの――」
菊子「この写真はこのアルバムに仲間入りだね」
   喜久子が手にした写真は夜の紫村家の写真。
桜子「あっ、それ一番きれいなやつ」
   アルバムを手に取り、めくり始める菊子。
桜子「おばあちゃん、そのアルバム――」
   桜子を見て、祥平の撮った写真を一度机の上に置く。
   アルバムを桜子と祥平にも見えるように座卓の上に置く。
菊子「つまらないかもしれないけど」
(インサート)
 ゆっくりアルバムをめくり始める菊子。
   現れたのは一枚の大きな白黒の写真。
   大きく紫村家が映っている。
桜子の声「この家? 今より、さっぱりしてる。
蔦もないし」
菊子の声「そう、私が10歳のころ、この家の建てられたばかりのころの写真」
   写真がクローズアップされる。
   写真の中の人物が動き出す。
   紫村家の前に並びだすスーツを着た菊子の父・紫村林蔵(39)、母・紫村橙子(38)。
   橙子の後ろから恥ずかしそうに顔を出す菊子(10)。
橙子「ほら、笑って、菊子」
林蔵「撮り直しはしたくないからな」
   はにかんだ笑顔になる菊子。
写真を撮る人の声・「撮りますよ、はい!」
SE シャッター音
   紫村家の前に並んだ林蔵、橙子、菊子の白黒の写真となる。
   アルバムのページがめくられる。
   セーラー服を着ておさげを垂らした小柄な少女(菊子)の白黒の写真が現れる。
   クローズアップされる写真。
菊子の声「これは私が高校に入学するとき」
   紫村家の前に菊子(17)が立つ。
   前髪を触り、うつむきがちな菊子。
林蔵の声「ほら、顔を上げなさい」
   菊子の前でカメラを構える林蔵(46)、
   横に橙子(45)。
菊子「(周りを気にして)恥ずかしいよぉ」
   前髪をいじる菊子。
橙子「なら早く撮った方がいいじゃない」
   にこやかに笑う橙子。
林蔵「いくぞー、はいチーズ」
   はにかんだ笑顔をカメラに向ける菊子。
   紫村家の前に立ったセーラー服姿の菊子の白黒の写真になる。

桜子「もしかして、これ、おばあちゃんが若
かったころの写真のアルバム?」
菊子「私が中心で映っているのはここでおし
まい」
桜子「え?」
菊子「年を重ねると写真を撮られるのが恥ず
かしくてね。それにもともと恥ずかしがり
やだったから」
   アルバムのページをめくる菊子。
   現れるのは七五三の着物を着た少女と親二人が並んだカラーの写真。
桜子の声「これ母さんじゃん」
菊子の声「蘭子が7歳の時の写真」
   写真にクローズアップ。
   少女・紫村蘭子(7歳)と、着物を整えているスーツ姿の菊子(27)、自分のネクタイを気にしている蘭子の父・紫村宏(32)。
菊子「よし、できた」
宏「お願いします」
写真を撮る人の声「はい、撮りますよ、お嬢
ちゃんこっち見て。はい、チーズ」
  動きを止め、カメラの方を見て笑う菊子、蘭子、宏。
  一瞬、誰もいなくなり、地味なブレザーの制服を着た蘭子(17)が現れる。
菊子の声「ちょっと、スカート長すぎない?」
蘭子「ちょっと、母さん、黙ってて」
菊子の声「はしたないから言ってるのよ」
   蘭子のそばに来てスカートを引っ張る菊子(37)。
蘭子「いいってば。恥ずかしいんだから」
宏の声「おい、もう撮るぞ」
菊子「はいはい」
   宏(42)が構えるカメラの横に立つ菊子。
宏「はい、チーズ」
   顔の隣で小さくピースをする蘭子。

   アルバムのページがめくられ、現れるはじけるほどの笑顔で七五三の着物を着て紫村家の前で立っている少女(桜子)の写真。
桜子「ああああっ、ちょ、やだよ」
   覆い隠す桜子の手。
祥平「え?」
桜子「ここから私映ってるんだもん」
菊子「だいぶ前の写真じゃない、いいでしょ」
桜子「七五三は良いけど、高校入るときはさすがに事故ってる――」
菊子「はいはい」
   桜子の手がどけられ、現れる写真。
桜子の声「マジで恥ずかしい……」
菊子の声「あらぁ、桜子可愛いわねぇ」
   着物を着た桜子(7)が落ち着きなく立っている。
   カメラを構えている菊子。
   桜子を挟んで並ぶ蘭子(33)と、秀一(33)。
   蘭子も秀一もスーツを着ている。
秀一「お義母さん入らなくていいんですか」
菊子「私はいいの、もうあなたたちの時代な
んだから」
蘭子「頑なに母さん映んないのよね」
菊子「もう、撮るわよ。桜子ちゃん、にっこりして、そうそう」
   笑顔の桜子。
菊子「はい、チーズ」
   にこやかな桜子、蘭子、秀一。
SEシャッター音
   カラーの桜子、蘭子、秀一が紫村家の
   前で立っている写真となる。
   アルバムのページがめくられる。
桜子・菊子「え?」
   めくったページには写真がなかった。
祥平「ない、ですね」
菊子「やだ、どうして」
桜子「あ、これスマホで撮ったんじゃない? プリントしてないんだよ」
菊子「なんでよぉ」
桜子「母さんのスマホに入ってると思うけど」
菊子「プリントしなさいよ、ここに貼るんだから」
桜子「はいはい」
菊子「仕方ないわね」
   アルバムをめくる菊子。
   何も貼られていない真っ白なページ。
桜子「おばあちゃん?」
菊子「ここに、これ――」
   座卓においてある祥平の撮った写真を手に取る菊子。
祥平「え、俺の写真でいいんですか!」
菊子「ん、この写真が一番きれいだけど――」
   袋を手に取り、中から一枚取り出す。
(インサート)
   昼間に取った紫村家の写真。
桜子の声「え、それでいいの? 夜の方がき
れい――」
菊子の声「いいの、はっきり私たちの家ってわかるもの。この方が」
   アルバムに貼られる写真。
   写真を優しくなでる菊子の手。
   ゆっくりとアルバムが閉じられる。

桜子「そういえば、全部この家が背景だった」
   アルバムを下に静かに置く菊子。
菊子「そうね」
   畳の上に置かれた古いアルバム。

〇同・外観(夕方)
   神社の袋に入れたお守りを祥平に渡す桜子。
桜子「おばあちゃんから」
祥平「(目を丸くして)え?」
   袋からお守りを取り出す祥平。
   お守りをじっくりと見る祥平。
祥平「ありがとう、でもなんで」
桜子「さぁ。おばあちゃんが神社から帰ってきた後で渡してきたんです」
祥平「神社…… あぁ、あのときか」
桜子「会ったんですか」
祥平「うん。…… ありがとうございますって――」
桜子「私も、神社に連れて行ってください」
祥平「え」
   祥平をしっかりと見る桜子。

〇神社B
   鳥居の前に立っている桜子と祥平。
   物珍しそうに見てる桜子。
桜子「意外と小さいんだ」
祥平「お参りしてく?」
桜子「あっ、お守り!」
   神社隅にある授与所を指さす桜子。
桜子「ここで買ってくれたのかぁ」
祥平「うん、また今度お礼言わないと」
桜子「ううん、私のお守り。まぁ、家族全員持ってるんですけど」
祥平「そう、なんだ」
桜子「ちょっと前に買ってきてくれたんですちよね。あ、あと、私の受験のお守りも。そうか、ここだったんだ。おばあちゃんはここに通ってるのね」
祥平「お参りしてく?」
桜子「ううん。知れただけでよかったです」
祥平「そっか」
桜子「この道まっすぐですか?」
   祥平よりも先に進んでいく桜子。
祥平「(あわてて)えっ、ちょ、ちょっと」

〇祥平のアパート(外観)(夕方)
   歩いてくる桜子と祥平。
祥平「大丈夫? 帰れる?」
桜子「はい」
祥平「じゃあ」
   アパートの中に入っていこうとする桜子。
   うつむいている桜子。
桜子「あの」
   足を止める祥平。
桜子「写真、ありがとうございました」
   桜子を見る祥平。
   切なそうに微笑む祥平。
祥平「うん、おばあちゃんによろしく」
   一礼して、去っていく桜子。
   桜子の背中を見ている祥平。
   大きく溜息をつく祥平。
祥平「俺は……」
   唇をかんで泣きそうな顔になる祥平。

〇紫村家・外観(深夜)
   月が雲に完全に隠れる。

〇同(朝)
   手書きで書かれたお札や、「悪霊退散」
   「急急如律令」と大きく書かれた紙が家の壁にたくさん貼られている。
   家から出てきて、家の有様を見て愕然とする桜子、蘭子、秀一。
   
〇同・和室
   座卓の上にアルバムの最初の家だけ映っている写真を見ている菊子。
   優しく写真をなでる菊子の手。

〇同・外観(夜)
   家に貼られていた紙はすべてはがされている。

〇同・リビング
   蘭子がつかんでいる手を振り払う菊子。
   険しい顔つきの菊子。
   泣きそうな目で菊子を見ている桜子と蘭子。
   目をそらして立ち尽くしている秀一。
菊子「邪魔しないで!」
蘭子「母さん!」
桜子「おばあちゃん、やめてよ!」

〇同・リビング(回想)
   峰岸と向き合っている菊子。
   神妙な顔をしている菊子と対照的に生き生きとしている峰岸の顔。
峰岸「ここで撮れば、私が作りたいビューティフルでワンダフルな世界が作れるって。そしてドラマを見た人たちも大好きになる、この家にはそんな魅力が――」
   死んだような眼をして相槌だけしている菊子。
(回想終わり)
息を強く吐く菊子。
菊子「あんたたちにはわからないわよ。私はこの家にずっと住んでるの。この家と一緒に生きてきたの、わかってたまるもんですか!」
桜子「わかるよ!」
秀一「お義母さん、警察に任せましょう。私たちだけで解決できるか――」
菊子「住んでるのは、私たちなのよ! 他人が関与してくることじゃない!」
蘭子「母さん、分かるけど、分かるけど」
   リビングを出て、玄関へ向かう菊子。

〇同・玄関
   扉を開けて外へ出ようとする菊子。
   飛び出し、菊子を押さえる蘭子。
蘭子「母さん、母さん!」
菊子「離して! 捕まえてやる、私が、私が」
   桜子も飛び出し、菊子が外に出ないように押さえる。
桜子「おばあちゃん! おばあちゃん!」
菊子「この家は私のすべてなのよ! 私がこ
の家を守るしかない――」
   突然菊子の力が抜け、蘭子と菊子は反動でよろける。
   ぺたりと座り込む菊子。
   目を閉じ手を合わせさすり始める。
菊子「この家をどうかお守りください、どう
か、この家を――」
   菊子の姿を切なげに見ている桜子、蘭子、秀一。

〇同・外観(早朝)
   掃き掃除をしている菊子。
   やがて、家の方を向き、しばらく眺めている菊子の後ろ姿。
F・O

〇同・外観(日替わり)
   家のほとんどが焼け落ちている。
   家の前で静かに手を合わせている老女(菊子)の小さな背中。

〇祥平のアパート・祥平の部屋
   机に置かれた新聞。
(インサート)
   「人気ドラマロケ地 全焼」
   「自称・除霊師(29)逮捕」
   「自分がファンの芸能人がけがされるのが嫌だった、と供述」の文字。

〇マンション
   マンションの一室に引っ越し業者が出たり入ったりしている。
   引っ越し業者に紛れて、部屋の中で家具を運んでいる桜子、蘭子、秀一、蘭子。
   額の汗をぬぐう桜子。
蘭子「桜子、反対側持って」
   重そうな段ボールの片方を持つ蘭子。
秀一「あ、俺持つよ」
   蘭子を手伝う秀一。
   手が空き、息をつく桜子。
   ポケットにあるスマホが振動し、スマホの表示を見る桜子。
(インサート)
   スマホの画面
   芽生からのLINEの通知。
   「話したいことがある」の文字。

〇ハンバーガーショップ
   注文した品をトレーで席まで運ぶ桜子と芽生。
   席に着き、向き合う桜子と芽生。
   桜子のもとにはハンバーガーとジュースの乗ったトレーと写真屋の袋。
芽生「何それ」
   写真屋の袋を指さす芽生。
桜子「写真」
芽生「誰の」
桜子「家族写真、私が高校入学するときの」
芽生「ふぅん」
桜子「アルバム燃えちゃったけど、おばあち
ゃんに渡すんだ」
芽生「…… おばあちゃん、元気?」
   首をゆっくり振る桜子。
桜子「まったく」
芽生「そう」
桜子「あ、話したい事って何?」
芽生「あ」
   手に持っていたジュースを置き、スマホを取り出す。
   桜子の前にスマホを差し出す芽生。
芽生「これ、昨日出た、ていうか載った文章
みたい」
桜子「え?」
   スマホを手に取り見る桜子。
芽生「桜子の家が心霊スポットだって言われるようになった原因の雑誌」 
(インサート)
   スマホの画面。
   「レポ担当者:SYOHEIよりお詫び」の文字。
   「自分にはこの家族と同じお守りを持つ資格はない」
   「自分が招いてしまった事態を深く反省」の文字。

スマホを力なく置く桜子。
桜子「なにこれ」
芽生「……」
桜子「(震える声で)なにこれ。なにこれ」
   スマホを置き、立ち上がる桜子。
   写真の袋だけ持つ桜子。
芽生「桜子!?」
芽生「(涙目で)私、行ってくる」
   スマホも持たずに走って店を出ていく桜子。

〇神社B
   走って、通り過ぎていく桜子

〇祥平のアパート・外観

〇同・祥平の部屋
   薄暗く、物が散らかっている1Kほど
   の部屋。
   机には画面が真っ暗のパソコンが開かれて置かれている。
   そばには新聞。
   天井のほうをうつろな目で見て寝転がる祥平。
   目をそっと閉じる祥平
SEチャイムの音
   目を開ける祥平。
ゆっくりとドアを開ける祥平。
   ドアを開けて立っていたのは桜子。
   下を向き、息を整えている。
   風に吹かれ、髪は乱れている。
   手がかすかに震えている。
   顔をゆっくりと上げる桜子。
   上げた顔の表情が悲しみから怒りに変化する。

〇紫村家・前
   しゃがみこんで残骸を見ている菊子。
   やってくる桜子。
   菊子のそばに同じようにしゃがむ桜子。
桜子「おばあちゃん」
   高校の制服を着た桜子を、菊子、蘭子、秀一が囲んだ紫村家を背景に撮った写真を渡す。
   写真を一目見て涙を流す菊子。
   何も言わず菊子を抱きしめる桜子。
   嗚咽を漏らす菊子。
   菊子の背中をさすりながら顔を上げる桜子。
(イメージ)
   燃焼する前の紫村家が輝いている。

   涙で目を潤ませた桜子。
              
                  了

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。