漢字遣艇4・惑星アクティビティー SF

完成した天帝ホテルをより有効活用するために、半分を切り離し天帝号という宇宙豪華客船にして収益を上げることが決定した。その収益はHACの活動資金に当てられる。しかし乗客を乗せたまま、ついでに探査を実行するには無理があった。それでも天帝号は、宇宙の神秘が目にできる客船として船出をした。日米中の独占的な宇宙開発に意義を唱えている過激なジャーナリストも乗客として乗せたまま。
中野剛 7 0 0 01/01
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第一稿

漢字遣艇4・惑星アクティビティー

●1.天帝ホテル内のHAC分析室
  江島、劉、郭は、それぞれのデスクでモニターを覗き込んでいる。
江島「完成した天帝ホテルは広いのにH ...続きを読む
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漢字遣艇4・惑星アクティビティー

●1.天帝ホテル内のHAC分析室
  江島、劉、郭は、それぞれのデスクでモニターを覗き込んでいる。
江島「完成した天帝ホテルは広いのにHACの分析室は狭いよな」
劉「分析室は直接稼ぎにならないから狭いんでしょう」
郭「ちょっとでもスペースに余裕があったら、客室にしているようようですよ」
江島「しかし君らだとスマホの翻訳機能は使わないから、バッテリーの減りが遅くて助かる」
劉「エジ、ダイ、ちょっと来て、この一文は居住惑星を指しているんじゃないの」
  江島と郭は、劉のデスクに歩み寄る。
郭「それはどこにあると書かれてます」
劉「第二距越管のB-58の穴になるわね」
江島「Bってことは分岐点の方の58番目の穴だな」
郭「結構遠いから、このホテルごと行きたいところです」
江島「どうだろう。三連鄭和の方が、我々の居住スペースは広いのではないか」
  江島は分析室の鉄骨むき出し梁を見ている。

●2.ラグランジュ点付近の宙域
  横に倒したUの字を2つ向かい合わせにくっつたけようなシルエットの天帝ホテル。
  向かい合わせのUの字を回転させている。
  中央躯体はUの字の間を貫く線のようになっている。
  天帝ホテルの中央躯体にある発着ポートに向かっている宇宙船と出ていく宇宙船がすれ違っ
  て行く。

●3.迎賓館赤坂離宮の朝日の間
  テーブルの中央には、日章旗、星条旗、五星紅旗の小旗がクロスして置かれている。 
  重原首相、鄭主席、オハラ大統領、それぞれの秘書官たちが丸テーブルを挟んで座ってい
  る。
  江島は日本側のオブザーバーとして窓際の椅子に座っている。
  アメリカのオブザーバーには、マイケル・サンダース、中国のオブザーバーには陳がなって
  いる。
  クリスタルガラスのシャンデリアの光に重原首相の髪のポマードが光っている。
  各首脳はスマホを首から下げている。
重原「3ヶ国の協定が復活して、まもなく1年になります。まずは何よりのことです」
  重原の日本語はオハラのスマホには英語、鄭のスマホには中国語になって伝わっている。
江島のスマホのオハラの声「いろいろとありましたが、日本は今や中立国ですから、会談の場所
 に相応しいでしょう」
  重原のスマホ、鄭のスマホも作動している。
江島のスマホの鄭の声「地球でのことは宇宙に持ち込みたくないものですな」
  重原のスマホ、オハラのスマホも作動している。
重原「それで、天帝ホテルのことですが、ただの宇宙ホテルとするよりは、豪華宇宙客船とした
 方が、収益が上げられると思いますが、どうでしょうか」
江島のスマホの鄭の声「客船と言うことは動くようにするのですか」
江島のスマホのオハラの声「前例があるとは言え、今度は牽引船ではなく、しっかりとしたエン
 ジンが必要ですな」
江島のスマホの鄭の声「確かに宇宙の旅の方が魅力的かもしれないが、運営費は日本が負担して
 くれるのですか」
重原「日本としては、これからも自主防衛となり自衛軍の予算が増えるので、少なめにしていた
 だきたい」
江島のスマホのオハラの声「そうは言っても、HAC経費同様にやはり3等分となるでしょう」
鄭の声「それにしても天帝ホテルを動かすとなると、かなりのエンジン性能が必要ではないです
 か」
江島のスマホのオハラの声「それ用に開発しなければ」
重原「そこで、私は考えたのですが、半分にして、残りをラグランジュ点に固定するホテルと
 し、残りを観光客船にしたらどうでしょうか。そうすれば、前回の牽引船程度のエンジンが流
 用できます」
  重原はそう言うと、ちらりと江島の方を見てニヤリとする。
江島のスマホのオハラの声「前例はありますな」
江島のスマホの鄭の声「しかし乗客を募集すれば『管』のことが世界中に知られてしまうので
 は」
重原「もう既にかなり知られています。いつまでも隠すことはできないので、こちらから公開し
 てしまうのが、軋轢が少ないかと」
江島のスマホのオハラの声「それも一理あるかもしれない」
江島のスマホの鄭の声「それでその収益は、中国が60%、アメリカが20%、日本が20%が妥当だ
 と思います。基本的には中国主導ですから」
江島のスマホのオハラの声「いや、アメリカが35%、日本が25%、中国語45%でしょう」
重原「これも経費同様に3等分が基本で各国30%、残り10%はHACの共同基金にしてはどうで
 す」
江島のスマホの鄭の声「なんか有人宇宙船の実績が少ない日本のムシが良過ぎるようだが」
重原「それは戦前の話ですよ。今や米ロ中を凌ぐ安全性を誇っています」
江島のスマホの鄭の声「戦前とは中・米戦争前を指すのですかな」
重原「第二次世界大戦のことはもう言わなくていいでしょう」
  鄭はオハラを見てから重原を見る。
江島のスマホのオハラの声「重原首相は臆するところがありませんな」
重原「それでは表向きの経済復興会議に移りましょう」

●4.首相官邸・首相執務室
  執務デスクに座る重原。デスクの前にある応接ソファに座る江島。
江島「さすがです。今日の首脳会談は、堂々と日本の立場を主張していました」
重原「主張ができたのもスマホの翻訳機能が完璧だったからな。あれがあれば英会話教室は軒並
 み倒産だな」
江島「私もあれを利用したことで、中国人やアメリカ人と普通に会話してきました」
重原「…日本の英語教育は会話重視ではなく、再び読み書きの方が重要となるな」
江島「読み書きもスマホをかざせば良いのですが、会話ほど便利には使えませんね」
重原「さっそく、文科省の教育方針を以前のものに戻さなければな」
江島「今や重原首相の政策に異議を唱える人はいないでしょう」
重原「そうでもないぞ。面倒くさいのが民主主義だからな」
江島「中国とアメリカのプライドをうまく利用して国連の仲裁にねじ込んだ、米軍撤退と中国の
 領土野心を封印する手腕は、今までの首相では誰もできませんでした」
重原「しかしアメリカの核の傘がなくなった今、大切なのはミサイル防衛なのだよ」
江島「大気圏外でミサイルを撃ち落とすレーザー砲があると聞きましたが」
重原「いかにも。日本の中立を侵そうとする野望を打ち砕くためには、防衛ステーションが重要
 な役割を果たす。…これは国家機密だが…」
江島「何か問題でもあるのですか」
重原「防衛ステーションのレーザー砲の電子回路に不具合が生じているのだ」
江島「発足したばかりの航宙自衛軍の出番ですね」
重原「それが、完全に機能しているとインド宇宙軍にアピールして、防衛ステーションの受注契
 約を交わしているのだよ」
江島「受注契約ですか」
重原「その手前、表立って修理には行き難い。ましてや航宙自衛軍が動くとなれば、野党が追及
 してくるだろう」
江島「HACを活用するわけには行かないのですか」
重原「HACは探査という共同任務でなければダメだ。各国独自には動かせない」
  重原は、意味深な顔で江島を見る。
重原「これは、聞き流しても良いのだが…」
江島「首相、その先は言わなくても結構です。私はHACの研究員ですが、その前に日本人です。
 お役に立てることがあれば、内密にお引き受けます」

●5.天帝ホテルの軽食ラウンジ
  江島、劉、郭は、軽食ラウンジの席に座っている。
  テーブルに置かれたトレーにはコーヒーやアップルパイなどがある。
劉「重陽節の過ごし方はいろいろとあるけど…」
江島「日本のお盆みたいなもんでしょう」
劉「その要素もあるけど、それだけじゃないわ」
郭「台湾では高い山に登ったりしますよ」
劉「中国本土では高い山に登る代わりに、宇宙の高みの天帝ホテルに来る中国の金持ちが増えて
 るみたいね。だからHACの業務も休みになっているわけだけど」
郭「これは天帝ホテルの稼ぎ時ってところでしょう」
劉「エジは休みはどうするの」
江島「俺か、俺は…天帝ホテルの宇宙船操縦アクティビティーに参加するつもりなんだが」
劉「ええっ、宇宙船操縦は、陳センター長の許可がいるんじゃなかった」
江島「これはHACの業務じゃなくて、プライベートだから許可なんかいらないでしょう」
劉「そうかしらね」
  劉はちょっと不満そうな顔をしている。

●6.天帝ホテルのアクティビティー・カウンター
  江島と劉はソファーに座っている。
劉「一応、エジが勝手な行動をしないか、確認するように言われてるから」
江島「俺は信用されていないな」
劉「HACは国際協力組織だけど、この天帝ホテルは中国の施設だから、この周りを外国人が操縦
 するには、監視が義務付けられているの。仕方ないわ」
江島「このホテルはHACのものじゃなかったっけ」
劉「昨日から準備が進められて、半分のホテルの方は中国の所有となり、残りの半分の客船の方
 がHACの所有となったのよ」
江島「まだ、ホテルと客船の分離はしていないのだろう」
劉「してないけど、ホテルということで、暫定的に中国の所有となっているの」
江島「こりゃ、また日米中で揉めそうだな」
  カウンターの女性に呼ばれる江島。
江島「順番が来たようだ。操縦アクティビティーに行ってくるよ。一緒に付いてきたいだろう
 が、船はインスト ラクターと俺だけしか乗れないからな」
劉「時間通り帰って来るかどうか、見張っているだけね」
江島「中国軍の禁止エリアなんて行かないから、大丈夫だ。それじゃな」
  江島は、ハッチ室に向かって歩き出す。

●7.天帝ホテルのポート付近
  ボンネット・バスのようなシルエットの操縦アクティビティー用の宇宙船がポートから飛び
  出していく。

●8.操縦アクティビティー用の宇宙船内
  江島とインストラクターは宇宙服を着ているものの、ヘルメットは被っていない。
  無重力なので、座席からちょっと浮き上がり気味になっている。
江島のスマホのインストラクターの声「江島さん、特別コースのことは聞いています」
江島「いくら、握らされたんですか」
江島のスマホのインストラクターの声「いや、そのことはご勘弁を。とにかく聞いていますか
 ら、例のステーションに行きます」
  インストラクターはニヤリとしている。
江島「予定時間内に収まりますか」
江島のスマホのインストラクターの声「それは無理です。ですから、エンジンが故障することに
 しました」
江島「しかしレーダーで追尾しているのでは」
江島のスマホのインストラクターの声「それも大丈夫です。カネを渡してますから」
江島「どっちの国が資本主義だか、わかんなくなってきたよ」
江島のスマホのインストラクターの声「いいじゃないですか。これでお互いが丸く収まるのです
 から」
江島「それもそうだな」
  江島とインストラクターはニヤニヤしている。

●9.防衛ステーションの近くの宙域
  こうのとり級のユニットを3つドッキングさせたような形の防衛ステーション。
  その一端にはレーザー砲が2門備えられている。
  防衛ステーションにゆっくりと接近し、ドッキングする操縦アクティビティー用の宇宙船。

●10.防衛ステーション内
  江島は、電子回路の基板を手にしてステーション内を浮遊している。
  スマホの画面には、様々な操作手順が示されている。
  江島は壁面のコンポーネント・パネルを開けて、新しい基板を差し込む。
  コントロール・パネルの液晶画面の文字が反転していた部分が反転しなくなる。
  『作動正常』の表示になる。
  江島は壁面のコンポーネント・パネルを閉める。
  スマホの画面を見ると、最終手順として『低出力試射』が表示されている。
  江島は、ステーション内の手すりをつかみ、レーザー砲の操作パネルの所へ浮遊する。
  ダイヤルをLOWにして、発射ボタンを押す。微かな機械音と振動がある。
  江島は、試射に問題がないことを確認する。
  江島のスマホに着信がある。
江島のスマホのインストラクターの無線の声「緊急事態です。レーザー光が船尾を直撃しまし
 た」
江島「レーザー光って、この防衛ステーションのか」
  江島は操作パネルの注意事項にある発射角度確認の文字に目が留まる。
江島のスマホを介したインストラクターの無線の声「はい。突然、発射されて。エンジンの一つ
 がダウンしています」
江島「もしかして、帰れなくなったのか」  
江島のスマホを介したインストラクターの無線の声「時間が予定の倍以上かかるかもしれませ
 ん」

●11.操縦アクティビティー用の宇宙船内
  インストラクターは、宇宙船の被害状況をチェックしている。
  江島は、成すすべもなく、インストラクターを見ている。
江島「俺が良く見ていなかったから、こんなことに…」
江島のスマホのインストラクターの声「宇宙に出るといろいろなことがありますから」
江島「修理代は、長谷川さんに請求することになるか」
江島のスマホのインストラクターの声「また上乗せしてカネをもらいますから、大丈夫です。そ
 れよりも思った以上になんとかなりそうです」

●12.天帝ホテルのアクティビティー・カウンター
  江島がハッチ室から出てくると、劉は目の前に立っている。
江島「いやいや、エンジンが故障しちゃってさ。さんざんだったよ」
劉は「エンジンだけじゃなくて、レーダーでも居場所が確認できなくなったのよ」
江島「心配してくれありがとう」
劉「あのぉ、どこに行っていたか、詳細を報告書に書いてセンター長に提出して欲しいんだけ
 ど」
江島「立ち入り禁止区域の監視カメラには映ってなかったろう」
劉「それはそうだけど」
江島「そうって、既に確認してたんだ」

●13.横浜ニューグランドホテル・タワー館の特別会議室
  窓の外にはマリンタワーが見えている。
  徐、長谷川、ボルトンは、丸テーブル座っている。
  丸テーブルの中央には、日章旗、五星紅旗、星条旗の小旗が飾られている。
徐「日本政府は、HACの人間を共同探査や研究以外に使っていると聞きましたが、あれはどうな
 るんです」
  徐は中国語なまりの英語で言っている。  
長谷川「それは噂でしょう。その前に中国は天帝ホテルをHACではなく、中国の所有物と見なし
 ていることが問題です」
  長谷川は流暢に英語で言っている。
ボルトン「アメリカもこの中国の動きに不快感を感じています」
徐「日本のみならず、アメリカもHACの施設を国家のために利用していることはつかんでいます
 よ。もう、3ヶ国の協定は解消しますか」
ボルトン「勝手に所有権を移転させるよりはマシではありませんか。そこまで言うなら解消もあ
 りえますな。」
長谷川「解消とはなんと短絡的な。各国特使によるこの緊急会談は、互いにいがみ合うために集
 まったわけではありません」
ボルトン「ロシア、ブラジル、インド、欧州のいずれかと提携した方が、良いとも大統領はおっ
 しゃっている」
徐「今度は彼らも仲間に引き入れるのですか。せっかくの権益の分け前を減らすことになるんで
 すよ」
ボルトン「中国が独り占めしようとしているから、こんなことに…」
長谷川「ロシアなどの件もありますし、客船の方の天帝号はHACの所有で収益は3等分、天帝ホ
 テルの方は中国の所有で収益は3等分。これでどうです」
徐「中国はホテルは所有しているだけで収益が3等分ですか」
  徐は不服そうな顔をしている。
長谷川「一応体面は保ったから、主席の支持率はアップするでしょう」
ボルトン「天帝ホテル所有権は今後も交渉の余地を残したい」
徐「中国としては、天帝ホテルの収益も含めて交渉の余地を残したい」
長谷川「それじゃ、交渉の余地を残すことで、取りあえず私の言った方向で進めましょう」
ボルトン「協定の解消は延期ですな」
長谷川「それでは3ヶ国の結束を強めて、『管』の独占利用に関するロシア、ブラジル、イン
 ド、欧州の抗議をどうかわすかです」
徐「『管』の利用にいくらかの通行税をとって使わせるのはどうです」
ボルトン「彼らが納得するわけがない」
長谷川「通行料はタダにして、穴の通過ごとにその穴の第一発見者に利用料を払うのはどうです
 か。彼らも発見すれば利用料はもえるのですが、この場合、既に不毛な恒星系の穴は、いくつ
 かHACが把握してますから、我々が有利な仕組みとなります」
ボルトン「それなら、彼らの抗議もある程度かわせるだろう」
  徐も頬を緩ませている。

●14.天帝ホテル内のHAC分析室
  江島はデスクのディスプレーを見つめている。
  立っている劉と郭は石板の3D映像を眺めている。
郭「ここからは何もわからない。ところでこの分析室は、天帝号の側なんでしょう」
劉「うん。天帝ホテル側じゃないから、分離後も使えるわ」
江島「わかった。わかったぞ。この『就』の字は、古くは高い場所という意味もあるから、惑星
 上の高地を指すはずだ」
劉「高地に何があるの」
江島「『涼』の文字もあるから、たぶん暑くはないオアシスのようなものじゃないかな」
郭「それって、どこにあるんですか」
江島「第二距越管の乗り換え穴から第三距越管に入り19番面の穴の所だ」
劉「早速、天帝号の周遊コースに加えるようにセンター長に言いましょう」

●15.ラグランジュ点の宙域
  横に倒したUの字を2つ向かい合わせにくっつたけようなシルエットの天帝ホテル。
  その真ん中から2つに分かれ始める。横に倒したUの字は、どんどん離れていく。
  太陽寄りの横に倒したUの字には『天帝号』、もう一方の横に倒したUの字には『天帝飯
  店』と躯体壁面にペイントされている。

●16.天帝号の通路の端
  江島、劉、郭は、閉ざされている隔壁を見ている。
江島「今日からこの向こうは、宇宙空間か」
郭「うっかり開けたら大変なことなりますよ」
劉「開けられないようにロックされるでしょう」
江島「そう言えば、シャロンは、天帝号側に来ているのか」
郭「どうでしょう」
劉「あの人のことだから、まだホテル側にいるんじゃないの」
江島「だとしたら、天帝号側に来るのに宇宙船に乗らなきゃならない。面倒だぞ」
劉「気になるんなら、HACのスタッフに問い合わせて見たら」
  江島がスマホを耳にあてると、劉は一瞬顔をしかめる。  

●17.天帝号のコントロール室  
  陳は、船長席に深々と座っている。江島、郭、劉はその脇に立っている。
江島のスマホの陳の声「スミス少佐は、隔壁と隔壁の間に取り残されたようだ」
江島「無事なんですか」
江島のスマホの陳の声「だろうな。本人のスマホから連絡があったから」
  劉は中国語で悪態をついている。
郭「それってホテル側の隔壁なんですか」
江島のスマホの陳の声「いや、天帝号の側だ。だから今、保安部員が救出に向かっている。君ら
 も行ってみるか」

●18.天帝号の隔壁前の通路
  江島、劉、郭の前には、保安部員たちが、隔壁の操作パネルを調整している。
劉「なんで、そんなことになったのかしらね」
江島「ホテル側も客船側も漢字表記が多いから、わからなかったんだろう」
劉「文字にスマホをかざせば、済むことなのに」
郭「ここを開けても、その向こうにもう一つ隔壁があるんでしょうね」
江島「そうじゃなきゃ、今頃、シャロンはお陀仏だろう」
  保安部員が慌て始める。部員のチーフが中国語で叫んで、後ろへ行けと手振りをしている。
  江島たちと保安部員たちは、一つの後ろの隔壁の所まで退く。

●19.天帝号の一つ後ろ隔壁前の通路
  江島たち、保安部員は新たに閉じた隔壁の前に立つ。
  江島はスマホを操作している。
江島のスマホのチーフの声「まもなく隔壁が開きます。手すりにつかまって注意してください」
  隔壁がゆっくりと開き、通路の埃が僅か動く。
  隔壁の向こうから、宇宙服を着た人物が歩いて来る。
  その人物は背後の隔壁が閉まるのを確認するとヘルメットを外す。
江島のスマホのスミスの声「博士、あたしよ。びっくりした」
  劉は顔をしかめる。郭はあ然としている。
江島「なんで、そんな恰好でこんな所に」
江島のスマホのスミスの声「アメリカの技術チームによると、このあたりの隔壁に不具合がある
 らしかったの。時間がないからあたしが、確認していたら、案の状よ」
郭「そういうことだったんですか」
江島のスマホのスミスの声「劉さん、中国の技術の甘さがちょっとあったみたいね」
劉「でも、あなたが、そんなことやらなくても」
江島のスマホのスミスの声「あたしは変わり者だから、気にしないで。でも隔壁の事はお宅の技
 術者に言っておいてね。あら、あたしのスマホ、劉さんの日本語も訳すのね」

●20.ラグランジュ点の宙域
  天帝号は、重力区画を回転させたまま、穴に入っていき、その姿が歪んで消えていく。この
  宙域には、天帝号の片割れの天帝ホテルだけが浮遊している。

●21.天帝号のHAC分析室 
  距越管の3Dモデルを見ている江島。
  第一~第五距越管までが複雑に交差している。
  劉と郭は、少し離れたデスクでモニター画面を見ている。
江島「レイ、これが全体の8%って、どうしてわかったんだ」
劉「62番の石板に『六十二本在認』とあったから、5本は8%程じゃないかしら」
郭「まだ57本もあるのか」
江島「でも未知の存在が確認したもの全てなのか、銀河系全体なのか、宇宙全体なのか見当もつ
 かない」
劉「今の所、穴を出た先は銀河系内だけどね」
郭「とにかく今回のクルーズコースは、第二距越管と第三距越管だから、魅力的な惑星に探査に
 行けそうですよ」

●22.天帝号の展望デッキ
  乗客でごった返している。その中、スミスは髭を伸ばしている男性と話をしている。
  江島、劉、郭は、入口付近に立っている。
  展望デッキを覆っている半球型の強化ガラスの外には赤色巨星が見えている。
  少し離れた位置に青色巨星も見えている。
江島「凄い混雑ぶりだな」
郭「そんなに巨星が見たいですかね」
劉「そう言ってる自分も見に来ているじゃないの」
郭「なったって、図鑑じゃなく、肉眼で見れるのですから」
劉「もうちょっと窓際に行きたいんだけど」
  劉は、乗客の間をすり抜けていく。
  江島は劉と郭の姿を見失いかけている。
江島「おい、急ぐなよ」
  江島は肩を叩かれて振り向く。
江島のスマホのスミスの声「江島博士、あのうざいロシア人からやっと抜け出せたわ」
  スミスは、遠くにいる髭を生やした男に笑顔を見せながら言っている。
江島「おぉ、シャロンか。あの男とはなんか親しいそうだが」
江島のスマホのスミスの声「なわけないでしょう。日米中の協定に抗議しているロシア人ジャー
 ナリストよ」
江島「ということは、あのコズロフスキーが天帝号に乗っているのか」
江島のスマホのスミスの声「お金払って乗ってるんだから、断れないわよね」
江島「ここは著名人たちの社交場だな。IT長者、世界的ロック歌手や金メダリストの顔が見え
 るぞ」
江島のスマホのスミスの声「まっ、一般庶民が乗れる客船じゃないからね」
  ちょうど江島とスミスの前の人だかりが引き、窓際に近寄れるようになる。
  江島とスミスは、窓際に立つ。
江島のスマホのスミスの声「やっぱ、凄いわ。あの赤いドデカい星。太陽の数百倍もあるんでし
 ょう」
江島「俺にはちょっと不気味な気もするが」
  劉と郭たちも近くに来る。
劉「あら、お邪魔だった」
江島「おっ、これでHACの主要メンバーが集ったわけじゃないか」
劉「どうだか」
郭「いやぁー、この景色の前では人間なんてちっぽけなものですよ」
  郭は感慨深げに外を眺めている。
江島のスマホのスミスの声「マイケルも乗っているから、仲間に入れてあげてね」
  劉は頬を緩ます。
劉「サンダースさんって今肩書はなんなの」
江島のスマホのスミスの声「彼ねぇ、いろいろとやっているから…ペンタゴンの特別主査で、
 NASAの特別顧問でもあり、あたしも把握しきれてないわ」
劉「HACと関係はないわけ」
江島のスマホのスミスの声「肝心なの忘れてた。HACのアメリカ特別研究員よ」
劉「そう」
郭「なんか特別なんですね」
江島のスマホのスミスの声「そうね」

●23.天帝号の江島の自室
  4畳程の部屋にベッドとデスクが置かれている。
  江島はベッドをソファー仕様にして、部屋の備え付けモニターを見ている。
  モニターには、二つの惑星が極端に接近し、片方の惑星の大気や海洋水がもう一方の惑星
  に流れ込んでいる映像が映っている。
  部屋のドアがノックされる。江島がドアを開けると郭が将棋盤を持って入ってくる。
郭「今日は、負けませんよ」
江島「この前は、俺が勝ったんだっけ。それよりもあれを見てくれ」
郭「船外カメラの砂時計惑星の映像ですか。確かに凄いけど、見飽きましたよ」
  郭は将棋盤をデスクの上に置き、ちらりとモニターを見る。
江島「あの二つの惑星では、生物も行ったり来たりしているのかな」
郭「わかりません。ただ今回のクルーズでは、あそこには立ち寄らないようです」
  郭は折り畳みの将棋盤を広げている。
郭「やっぱ、リアル将棋は味わいがあります」
江島「それだったら、本格的な将棋盤を持ってくれば、駒を指す音が全然違うぞ」

●24.天帝号のコントロール室
  船長席には陳が座っている。江島と許が入ってくる。
江島のスマホの陳の声「先ほど穴から出たばかりだが、ここの恒星系には、人間が降り立てそう
 な惑星があるんだ」
江島「そうなんですか」
江島のスマホの陳の声「惑星アクティビティーの候補惑星の最初の一つなんだが、何があるか探
 査して欲しい」
江島のスマホの許の声「博士と自分だけでありますか」
江島のスマホの陳の声「いや、航天軍の君の部下を4人伴ってくれ」
江島「私を行かせるということは、石板がありそうなのですか」
江島のスマホの陳の声「もしあった場合、コズロフスキーも乗客にいることだし、面倒なことに
 なるから調べて欲しいのだ」
江島「その惑星の名前は決っているんですか」
江島のスマホの陳の声「まだない。惑星14b-3だ」

●25.惑星14b-3の地表面
  周囲は夕暮れのような明るさになっている。
  日が沈んている方向は氷山や氷原が広がり、その反対側の近場には雲があり、その先は砂漠
  になっている。小型シャトルのような探査船は、ブースター・ロケットのそばに着陸する。

●26.探査船内
江島のスマホの許の声「先に投下しておいたブースター・ロケットはどこも問題ありません」
  許は、探査船のモニター上でチェックをしながら、船外にいる部下からの無線連絡も受けて
  いる。
江島「これで帰りの切符は確保できたわけか。それじゃ降りて見ますか。ん、なんか足が軽い
 や」
江島のスマホの許の声「博士、ここの重力は0.8Gです」
江島「この惑星の温度はどうなんだ」
江島のスマホの許の声「マイナス80℃からプラス90℃ってところです」
江島「過酷だな、それでここはどうなんだ」
江島のスマホの許の声「現在9.6℃です」
江島「宇宙服なしでダウンジャケットでもOKかな」
江島のスマホの許の声「博士、宇宙線が強い上に、空気が地球の6分の1なんで無理です。それ
 に明暗境界線から外れると両極端に温度が変化します」
江島「夜になる前に急いで夕暮れの間に探査ということか」
江島のスマホの許の声「それが夕暮れの時間が40年と推定されます」
江島「40年!本当か」
江島のスマホの許の声「私の部下が石板らしきものを発見したそうです」

●27.惑星14b-3の地表面の窪地
  宇宙服を着た江島は、許の部下2人と共に窪地の中央に立っている。 
江島「これがそうか」  
  江島は、頭部が僅かに地面から突き出ている板状のものを触っている。
江島「これ、掘り起こせそうか」
  部下たちは首を横に振っている。
  江島は、板状のものをスコップで少し掘り起こすと甲骨文字と金文体の漢字が見える。

●28.天帝号の作戦室
  コントロール室側の扉がスライドして陳船長が入ってくる。
江島のスマホの陳の声「どうだった」
江島「やはり明暗境界線上は、人間が降り立てる場所なので、石板がありました」
江島のスマホの陳の声「となると、惑星アクティビティーは別の惑星にするか」
江島「たぶん、何百年か何千年か前なら、宇宙服なしでいられたような気がします。まだ他に候
 補惑星があるんでしたっけ」
江島のスマホの陳の声「ここの恒星系の第五惑星の14b-5がある」
  陳は着信音にスマホを耳にあてる。
  急に渋い顔をする。
江島のスマホの陳の声「博士、第五惑星は全部海洋らしい」
江島「石板は一時的に埋めてしまえば、良いのではないでしょうか」
江島のスマホの陳の声「わかった。惑星アクティビティーはクルーズの目玉だからな」

●29.惑星14b-3の地表面
  ロケット・ブースターが3本立ち並ぶ。
  探査船より少し大きめの連絡船が3機着陸している。
 
●30.惑星14b-3の地表面の小高い丘
  アクティビティー客たちは宇宙服を着て、氷原と砂漠の両方を眺めている。
  宇宙服を着たサンダースは、客たちの先頭に立っている。
  サンダースのツアーガイドの声は、客たちの宇宙服に聞こえている。
サンダースの声「この惑星は夕暮れがなんと40年間も続くのです。そして40年後から41年にかけ
 て日が完全に暮れて、120年間の夜、40年間の朝焼け、120年間の昼となり再び夕暮れが訪れま
 す」
  客の一人が手を挙げる。
コズロフスキーの英語の声「あの窪地の方は最近埋められたように見えますが」
サンダースの声「地盤の安定性を調査した時のものです」
コズロフスキーの英語の声「しかしこの丘とは結構離れていますけど」
サンダースの声「気になりますか」
コズロフスキーの英語の声「直感と言うか、何かありそうな気がします」
サンダースの声「それじゃ、ご案内しましょう」

●31.惑星14b-3の地表面の窪地
  江島、劉、郭、許の部下3人は窪地の斜面に宇宙服を着て座っている。
江島「アクティビティー客が帰ったら、また掘り起こさないと」
  江島は宇宙服間の無線リンクの感度を調整している。 
劉「できたら、持ち帰りたいわね」
郭「あれっ、お客さんたち一行がこっちに向かってきますけど」

●32.惑星14b-3の地表面の窪地
  アクティビティー客は斜面に座っている江島たちを見ている。
江島のスマホを介したサンダースの声「彼らは、皆さんの安全のために待機しています」
江島のスマホを介したコズロフスキーの声「彼らの何人かはHACのワッペンが付いていません
 か」
江島のスマホを介したサンダースの声「天帝号のクルーズをサポートしていますから」
江島のスマホを介したコズロフスキーの声「ツアーに見せかけて日米中が探査しているのではな
 いですか」
江島のスマホを介したサンダースの声「皆さんの安全を確保するためなので、そのようなことは
 ございません」
江島のスマホを介したコズロフスキーの声「やはり宇宙開発の国際化や透明性をはかるには、隠
 し事はいけませんな」
江島のスマホを介したサンダースの声「隠し事はないですが、酸素の方がそろそろ減ってきてお
 りますので…」
江島のスマホを介したコズロフスキーの声「何も隠し事がないというなら、ここを掘り返してみ
 てください」
江島のスマホを介したサンダースの声「それでは後程、掘り返しましょう。酸素も残り少なくな
 っています。続いて、あちらの川の跡地に参りましょう」
  アクティビティー客たちは、ゆっくりと移動し始める。
  江島は宇宙服の無線を別回線に切り替える。
江島「サンダースさん、どうしてここに案内したんですか」
江島のスマホを介したサンダースの声「まさか、博士たちがいるとは知らされてなかったんで、
 いや驚きました」
江島「感づかれましたかね」
江島のスマホを介したサンダースの声「コズロフスキーは、何でも噛みついて様子を見るんでし
 ょう。後は私がうまく丸め込みます」

●33.天帝号のレクチャー室
  江島とサンダースは、パイプ椅子に座り、モニター上の窪地を掘り起こしている映像を見て
  いる。
江島のスマホのサンダースの声「もう少し深く掘っている映像はないですか」
江島「ありますけど、石板が見えてしまいます」
江島のスマホのサンダースの声「でも、この映像じゃコズロフスキーは納得しないでしょう」
江島「別のバージョンがあります。これならかなり掘っても何も出てこないようになっていま
 す」
  江島はリモコンを操作し別のバージョンをモニターに流す。
江島のスマホのサンダースの声「これは加工しているんでしょう」
江島「劉がプロ級の腕前で加工したから、まずバレないでしょう。後はサンダースさんの口の上
 手い所でなんとかすればもバッチリです」
江島のスマホのサンダースの声「OK、やりましょう」

●34.天帝号の作戦室
  陳に呼ばれた江島は、楕円テーブルを挟んで座りモニター画面を見ている。
江島のスマホの陳の声「この監視カメラの映像を見てくれ」
江島「展望ラウンジで何か演説しているようですね」
江島のスマホの陳の声「コズロフスキーは何様のつもりなんだろう」
江島「乗客たちを先導して何かするつもりですか」
江島のスマホの陳の声「とにかくマークしておくつもりだが…、演説ならまだしも、どうも彼
 は、天帝号の内情を探っている節がある。最悪、拘束するかもしれない」
江島「乗客としてではなく、一種のスパイ活動しているなら、仕方ないですね」
江島のスマホの陳の声「君も彼との接触は極力避けるようにしてくれ」

●35.第三距越管内の空間
  天帝号は『穴』の近くに浮遊している。

●36.天帝号の作戦室
  楕円テーブルを囲んだ席には陳、江島、劉、郭、スミス、許が座っている。
江島のスマホの陳の声「探査ドローンによると、惑星308e-4は、宇宙服なしでいられる」
郭「そんな第二地球みたいな所なんですか」
  日本語で喋っている郭に、スミスはポカンと口を開けている。
江島のスマホの陳の声「ちょっと言い過ぎたか、江島博士が読み解いた高い丘ならだがな」
江島「相当いろいろなものが発見できそうな気がします」
  江島の目は輝いている。
江島のスマホのスミスの声「我々が探査に行っている間、乗客たちには何と説明するんですか」
江島のスマホの陳の声「恒星系に散らばる氷の欠片を採取し、水を補給しているとするが」
江島のスマホのスミスの声「それで、あのコズロフスキーやブラジルのロドリゲスが納得します
 か」
江島のスマホの陳の声「いくら騒いだって、探査船には乗れないのだから、ここで大人しくして
 いるしかない。それに無重力アトラクションやカジノ大会で他の乗客たちを盛り上げるから、
 何の先導もできないだろう」
劉「ここにいる5人で探査ですか。となると石板関連が主体となるのですね」
江島のスマホの陳の声「他の生物班や地学班は、君たちの後になる」  

●37.恒星系308e
  空間が歪んで穴ができ、そこから探査船とロケットブースターが姿を現す。
  太陽に似た恒星が輝いている。
  探査船とロケットブースターは、穴から出ると地球のような第四惑星に向かって進む。

●38.惑星308e-4の高地
  江島、郭、劉はぺしゃんこのバブル型テントを広げている。
  許とスミスは固定用の支柱を立てている。 
江島「地球以外の空気を吸って生きていられるんだから、凄いよな」
劉「確かに、組成が地球とほとんど同じなんて奇跡に近いわね」
郭「でも、あの崖の下は炎暑地獄で濃厚な空気なんでしょう。滑り落ちないように注意しない
 と」
江島「後は、空気を入れて膨らませれば、ベースキャンプ設営完了だな」
  江島は空気注入器のホースをテントにつないでいる。

●39.ベースキャンプから1キロほど離れた地点
  シダのような植物が茂り、一枚岩の丘のようなものがある。
  江島、スミス、郭は、ススキのような下草をかき分けて丘の斜面に向かっている。
江島「この惑星は、石板に書かれていた場所に間違いないと思うが、石板が見たらないな」
江島のスマホのスミスの声「まだ他にも高地はあるんだから、それ全部を見てみないとね」
郭「ここと同じ標高の高地は、後2箇所ですよ」
  江島たちは斜面を少し上った所で立ち止まる。空は夕焼けになっている。
江島「もう日暮れか」
郭「一日は21地球時間ですから」
江島のスマホのスミスの声「今日はここいらで、石板探しは終わりにしましょう」
江島「そうするか」

●40.ベースキャンプのメイン・テント内
  折り畳みテーブルの上にモニター、無線機などが置かれている。
  テーブルのそばには、江島、劉、郭、スミス、許が折り畳み椅子に座っている。
  モニター画面には陳が映っているが、たまに画面が乱れている。
劉「こちらは一日21時間で、昼間の気温は20℃程です。重力は1.1Gなので、石板探しには、体
 がちょっと重く感じられます」
  劉はモニター画面の上部にあるカメラに向かって喋っている。
江島のスマホを介した陳の無線の声「その高地なら、ほぼ地球の環境が整っているのか。それで
 天候はどうなのだ」
劉「この3日は快晴続きですが、日照りと言うわけではなく、近くを流れる川は水量が豊富で
 す」
江島のスマホのスミスの声「その川で捕れる魚もどきがウマ過ぎ!」
  スミスが横から口を挟む。劉はちょっと顔をしかめる。
  郭は焼いた魚もどきをカメラの前に掲げる。
江島のスマホを介した陳の無線の声「夜は月が二つのなんだろう。と言うことは潮汐力も複雑に
 なっているわけだな。実に魅力的だ」
江島のスマホのスミスの声「船長も来たくなった。今までこんな惑星どこにもなかったでしょ
 う。人類初の居住可能な場所よ」
江島のスマホを介した陳の無線の声「私も行きたいのはやまやまだが、船を離れるのは、問題が
 多そうだからな」
江島のスマホのスミスの声「そんなの関係ない。ちょっとぐらいいいじゃない。絶対後悔しない
 から」
江島のスマホの許の声「スミス少佐、あおらないでください」
江島のスマホを介した陳の無線の声「考えておく。あぁ、それと現地のものを食べる時は、毒性
 などを充分に検査してからだぞ」
江島「船長、コズロフスキーは大人しくしてますか」
江島のスマホを介した陳の無線の声「今の所はな。カジノにご執心だから」

●41.高地にある湖
  江島と郭はゴムボートに乗り、有線水中ドローンから送られてくる湖底の画像を見ている。
郭「あそこに見える黒い影は」
  江島は、操縦スティックをニュートラルにする。
江島「もう一回、旋回してみるか」
郭「もうちょっと潜れます」
  江島は、別のスティックを倒す。
  モニター上には、薄緑の湖水越しに黒い板が立っている箇所が映っている。
江島「こんな所に石板があるのか。潜水装備がないと無理だな」
郭「エコー画面には水深50m付近に大きな何らかの塊があります」
江島「魚もどきの群れじゃないか」
郭「あぁ、こっちに向かってます」
  湖面の下の方から、何かが上がって来るのが見える。
  次の瞬間、巨大なナマズのような生き物が湖面にジャンプしてくる。
  大きな水しぶきと波を起こし、潜って行く。江島たちの乗るボートがひっくり返る。
  ひっくり返ったボートの裏面に這い上がる江島と郭。
江島「なんだあれ」
郭「恐竜のようなネッシーのような、なんでしょう」
江島「ここの石板を調査するには、水棲動物にも注意が必要だな」
  江島と郭は、裏返しのボートを手でかいて岸に戻ろうとする。
  その途中、上空を探査船2号が通過していく。

●42.ベースキャンプ地
  陳はキャンプファイヤーを囲んで江島たちの報告を楽し気に聞いている。
江島のスマホの陳の声「そうか湖にはネッシーもどきがいたか。その生物に2つの月の潮汐力は
 どのような影響があるのだろうか」
江島「あのー船長、天帝号にはいつお戻りで」
江島のスマホの陳の声「君らの話を聞けば聞くほど、生物学者と天体学者としての血が騒ぐか
 ら、しばらく帰られないな」
江島のスマホのスミスの声「えー船長、生物学者の博士号も持っているのですか」
江島のスマホの陳の声「ん、修士号だけど、ここでの研究論文で博士号を取得するよ」
  陳と同行している天帝号の船員が、ちょっと深刻な顔をして、陳に近寄ってくる。
  無線機を陳に渡す。
江島のスマホの陳の声「私だが、…何っ、わかった。至急戻る」
劉「どうしました」
江島のスマホの陳の声「コズロフスキーらが天帝号のバケットホールを占拠しているらしい」
  一同は驚いている。
江島「なんでまたそんなことに」
江島のスマホの陳の声「私が職責放棄していることに抗議しているというのだ」
郭「職責放棄って、ここにいることですか」
  陳のスマホが郭の日本語を訳している。陳は静かにうなずいている。
劉「副船長の李とサンダースさんは、どうしてます」
  陳のスマホが作動している。
江島のスマホの陳の声「誤解を解くように説得しているらしい」
江島「場合によってはテロ行為になるのでは」
江島のスマホの陳の声「参ったな。テロだろうがなんだろうが、こんな宇宙の果てじゃ、警察も
 国連もない」

●43.天帝号内のバンケットホール
  入口付近には、椅子やテーブルが積み上げられている。
  その隙間越しに李とサンダース、コズロフスキーとロドリゲスが向き合っている。
李「ですから陳船長は職責放棄ではなく、現場をちょっと視察に行っただけです」
  李は中国語なまりの英語で言っている。
コズロフスキー「我々に一言も言わないで、出かけるとは、どういうことですか」
  コズロフスキーはロシア語なまりの英語で言っている。
サンダース「船長の行動は、逐一、乗客の皆さんに報告する義務はありません」
ロドリゲス「とは言いましても、ここは地球から何百光年も離れているわけですし、不安になる
 のは当然です」
  ロドリゲスはポルトガル語なまりの英語で言う。
コズロフスキー「何か極秘の行動をしているとか、客船に危険が迫っていることを隠していると
 いうことはありませんか」
サンダース「そんなことはありません。とにかく他のお客様もいることですから、このバリケー
 ドを解いて冷静に話しましょう」
李「このままでは、船の航行を乱すテロ行為と見なします」
コズロフスキー「見なして、どうするんですか。拘束でもしますか。だいたいこの船は、どこの
 国の法律に従うのですかな。中国、アメリカ、日本のいずれかですか」
サンダース「それは…船籍は」
李「中国の法律になります」
コズロフスキー「ということは中国の領土と言うことですか。もしかする『管』と呼ばれている
 ものもそうなのですか。宇宙開発は国際協力が基本ではないのですか」
サンダース「それとこれとは別問題です」
ロドリゲス「米中日の独占は明白です。この機会にこれを是正しなければなりません」
コズロフスキー「この会話は録画されています」
李「どうやってです」
コズロフスキー「それは言えませんが証拠となります」
サンダース「あなた方の行為で帰れなくなるかもしれませんがね」

●44.天帝号のコントロール室
  船長席に座る李の横に立つサンダース。二人はコントロール室のモニター画面を見ている。
  画面には陳が映っている。
  陳の無線の中国語は、サンダースのスマホが英語に訳している。
陳の無線の声「天帝号を惑星308e-4の周回軌道まで来させてくれ」
李「しかし、コズロフスキーらが立て籠もったままですか」
陳の無線の声「私には妙案がある。とにかく、そのままで来てくれ。いいな」
李「わかりました」
  サンダースもうなづいている。

●45.惑星308e-4の低地
  宇宙服を着ている江島とスミス。
江島「高緯度でも低地だと温度が高いな、54.5℃もある。宇宙服を着て正解だな」  
江島のスマホを介したスミスの声「酸素濃度もかなり高いから、静電気の火花でも火事になるわ
 ね」
  江島は探査船の側面をスプレーを吹きかけ黒焦げに見せかけている。
  スミスは張りぼての岩に探査船が激突しているように見せかけている。
江島のスマホを介したスミスの声「こんなんで誤魔化せるかしらね」
江島「軌道上からカメラからでは、問題ないだろう」
  少し離れた湖沼地帯では、酸素マスクを付けたTシャツ姿の天帝号の船員たちが水をタンク
  に入れている。
江島「宇宙服なしでいるんだから、彼らは元気だな」
江島のスマホを介したスミスの声「酸素濃度を調整するマスクはつけてるけどね」 

●46.惑星308e-4の周回軌道上
  重力区画を回転させた天帝号は、青い地球のような惑星の軌道を回る。  
  探査船2号が天帝号のポートにドッキングする。

●47.天帝号内のバンケットホール
  入口付近には、椅子やテーブルが積み上げられている。その前に立つ陳、劉、サンダース。
  コズロフスキーはクロスする椅子の脚の隙間の向こうにいる。
陳「私は何も隠し立てはしていない。水を補給に行った乗組員を助けに行こうとしただけだ」
  陳のスマホが英語にしている。
陳のスマホの中国語になったコズロフスキーの声「バンケットホールのモニターにも、下の状況
 は映し出されているが、妙ではないか。宇宙服を着ている人間の少し離れた所にTシャツの男
 たちがいるぞ。何を隠している」
劉「それは、暑さが嫌いな人と、そうでない人の違いよ」
  劉のスマホが英語にしている。
劉のスマホの中国語になったコズロフスキーの声「見え透いたことを。居住可能な惑星を見つけ
 たのだろう。それも米中日で独占するつもりでな」
陳「スマホをロシア語にした方がいいか」
  コズロフスキーは首を横に振る。
陳「本当にそうなのだ。あそこは55℃近くはある。それに酸素濃度も高過ぎる」
劉のスマホのコズロフスキーの声「かなりの高緯度帯ではないか。ありえない。それにあの宇宙
 服の二人は誰なんだ」
陳「それは関係のない話だろう」
劉のスマホのコズロフスキーの声「ヘルメットを外させろ。そうすればこれからの交渉の余地は
 ある」
  陳はうなずくと無線で指示を出す。

●48.惑星308e-4の低地
  宇宙服を着ている江島とスミスは、岩場に腰かけている。
江島「この暑い最中にヘルメットを取るんですか。わかりました」
  江島はヘルメットを外し小脇に抱える。スミスも嫌々ながらヘルメットを外す。
江島「顔が焦げる、暑過ぎだ、服の方は絶対に脱がないぞ」
江島のスマホのスミスの声「あたしもよ」
  スミスは空を見上げている。腕を突き上げかけたがやめる。
江島「天帝号の高解像度カメラに何かアピールするか」
江島のスマホのスミスの声「やめておくわ。船客全員に見られてるんでしょう」

●49.天帝号内のバンケットホール
  陳はコズロフスキーの様子を見ている。
陳のスマホのコズロフスキーの声「おいおい、あれは江島博士ではないか。石板でも見つけたの
 かな」
陳「何も隠さず見せたぞ。水を補給しているついでに石板がないことを確認しただけだ」
陳のスマホのコズロフスキーの声「そんな芝居はやめろ。宇宙服も酸素マスクもなくても住める
 惑星を見つけたのだろう」
陳「数十分なら問題ないが酸素中毒になる。長居はできない」
陳のスマホのコズロフスキーの声「そんなわけないだろう。軌道上から見る限り地球と変わらん
 ぞ。国際共同開発の対象だな」
陳「そんなに言うなら、バリケードを解いて降りてみるが良い。一人で心配なら私が案内する」

●50.惑星308e-4の低地
  探査船1号の隣に探査船2号着陸している。
  探査船2号から、船内服の陳、劉、コズロフスキー、ロドリゲスが降りて来る。
  暑さに顔をしかめるコズロフスキー。
陳「今日の気温は49.3℃だから涼しい方でしょう」
  陳のスマホが英語に訳している。
陳のスマホのコズロフスキーの声「こんな所だとは…、取りあえず呼吸はできるが」
  コズロフスキーは周囲をゆっくりと見回している。
陳「共同開発で惑星環境を改造でもしないとダメですな」
陳のスマホのコズロフスキーの声「「惑星の環境改造なんて何百年かかるんだ。それよりも他を
 探した方が良いだろう」
陳「ご自由に散策してください。ただし20分程度でにしてください。スミス医師は待機していま
 すが、酸素中毒になるかもしれませんから」
陳のスマホのコズロフスキーの声「江島博士たちは、どこですか」
陳「あの探査船1号の所で給水タンクを積み込んでます」

●51.探査船1号の付近
  江島、スミス、天帝号の船員3人は、給水タンクを運び入れている。
江島「このタンクを積み込んだら、エアコンの効いた船内で一休みだな」
江島のスマホのスミスの声「結局積み込むまねでしょう」
江島「いや、この水はウィルス・レベルまで問題ないから、本当に持ち帰るよ」
江島のスマホのスミスの声「あぁ、こっちに来るわ」
  陳、劉、コズロフスキー、ロドリゲスが近寄って来る。
  江島はスマホの翻訳機能を調整する。
江島のスマホの陳の声「作業は無事完了したようだな」
江島「探査船の修理も終わってます」
江島のスマホのコズロフスキーの声「あなたが江島博士ですね、本当に石板はどこにもないので
 すか」
  コズロフスキーは、軽く握手してくる。
江島「残念ながら、今の所この惑星では見当たらないようです」
劉「やっぱりここは暑いわね。エアコンの効いた船内に入りたいわ」
江島のスマホのスミスの声「何か揺れてない」
  江島が周囲のシダのような樹木を見ると揺れている。
  だんだん揺れが激しくなる。樹木が擦れる音が大きくなる。
  陳は探査船のフレームをつかむ
江島「でかいぞ」
  江島は身を屈める。江島たちは、激しく揺さぶられている。
  探査船自体も揺さぶられ、少しずつ動いている。
  近くの木が倒れ、探査船の上部に覆いかぶさり動きを止める。
  給水タンク内の水は激しく波打っている。
江島「このままだと酔っぱらうぞ。あぁ止まったか」
  地面に少し亀裂が入っているが、揺れていない。
  ゆっくり立ち上がる江島。
劉「震度7の強じゃない」
江島「弱かもな。震度8なら」
江島のスマホのスミスの声「地震って、こんなに揺れるものなの」
  コズロフスキーは腕時計を見ている。
江島のスマホの陳の声「帰りたくなりましたか」
江島のスマホのコズロフスキーの声「まだ確かめたいことはあるが、ここはロボットが適してい
 るようだ」

●52.探査船1号の付近
  船員と共に覆いかぶさる木をどけようとする江島とスミス。
  劉、ロドリゲスは周りに落ちている枝を払い除けている。
  陳とコズロフスキーは、少し盛り上がった地面に立っている。
  双眼鏡を手にするコズロフスキーが江島のそばに駆け寄る。
江島のスマホのコズロフスキーの声「碑文に大津波のことは書いていなかったか。あれはなんだ
 ろう」
  コズロフスキーは双眼鏡を江島に渡す。
  江島は双眼鏡を覗き、口が開いたままになる。
江島「波高が90.2mって、双眼鏡の測距センサー壊れてないか」
劉「津波なの」
江島のスマホの陳の声「博士、ここの標高は90mそこそこだろう。しのげるか」
江島「この辺りは入江になってるから無理です。飲み込まれる」
  海の方から木々が倒れ土砂や岩が海水と共に迫ってくる。
  江島たちは頭から海水を被る。滝の下にいるような状態になる。
江島のスマホの陳の声「探査船に乗れ…」
  陳の言葉は、途中で翻訳されなくなる。  
  江島は海水を飲みながら、手近にある探査船のフレームにつかまる。
  すぐに周囲が海水で満たされ、探査船も含めて全てが押し流される。
  
●53.低地から高地に向かう斜面の辺り
  探査船1号のハッチが開いて、陳が顔を出す。
  江島とスミスは探査船のフレームにつかまっている。
江島のスマホの陳の声「…誰か無事なものは、…か」
  江島はフレームから手を放し、スマホを調整する。
江島「私は無事です」
江島のスマホのスミスの声「あたしも無事よ」
  陳がハッチから出てくると続いて劉も出てくる。
江島のスマホの陳の声「助かったの4人だけか」
  陳の視線の先には、木の太い枝が胸に突き刺さっているロドリゲスの姿がある。
江島のスマホのスミスの声「ここにも、助かった船員さんが…、あぁ死んでるわ」
  スミスは足元から顔を上げる。
江島のスマホの劉の声「船長、となるとコズロフスキーと船員2名が行方不明です」
江島のスマホの陳の声「そうか。それで探査船は使えるか」
江島のスマホの劉の声「エンジンは問題なさそうです」

●54.探査船1号内
  操縦席に陳が座り、隣の副操縦席に劉が座っている。
  江島とスミスは後部座席に座わり、丸窓の外を見ている。
江島のスマホのスミスの声「下はぐっちゃくちゃね。探査船2号も見当たらないし、こんな所に
 誰かいたってわかりっこないわ」
江島「船長、もう一回、回ってみてください」
劉「あっ、あそこで船員が手を振っているわ」
  劉は日本語で言った後、中国語で陳に言う。
  探査船は、その近くに着陸する。

●55.探査船1号内
  後部座席に骨折した船員を座らせ、足にギブスを巻いているスミス。
  江島は丸窓の外を見ている。
  探査船は大きく旋回し、船内が傾く。
江島のスマホのスミスの声「もうちょっと静かに操縦してよ」
江島のスマホの陳の声「燃料がなくなってきたから手荒な噴射はしてないがな」
江島のスマホの劉の声「あっ、あそこに船員が、もう一回その向こうの岩場の近くに接近してく
 ださい」
江島「おっ、岩場の手前の崖縁にコズロフスキーがいる。手を振っているぞ」
江島のスマホの陳の声「そうか。まず船員の方から助ける」
  探査船は岩場の平らな場所に着陸する。

●56.探査船1号内
  船内に戻って来る江島。
江島「あの船員は死んでいた」
  江島は泥だらけのペンダントを握りしめている。
劉「それ、ご遺族に渡さなきゃね」
  探査船1号は上昇し始める。
江島のスマホの陳の声「もう、余分な燃料はない。高地のブースターの所に戻ろう」
江島「コズロフスキーが残ってます」
江島のスマホの陳の声「仕方ない、災いのもとは断っておこう。それに我々が戻れなくなるぞ」
江島のスマホのスミスの声「ちょうどいいわ。誰も見てないし、行っちゃいましょう」
江島のスマホの劉の声「船長、どうしますか」
江島のスマホの陳の声「お人よしではいられないからな」
  ゆっくりと水平方向に移動する探査船1号。
  上空を見上げているコズロフスキーを船外カメラが映している。
江島「こんなところに一人取り残される気持ちは、どんなもんですか。誰であっても助けるべき
 です」
  江島は操縦席の燃料計を見ている。
江島のスマホの陳の声「全く日本人は、お人よしだな。そんなことだから国際外交で損をしてい
 る。世の中は正義が正しいとは限らない」
江島「確かに日本はお人よし外交をしてきたかもしれないが、国の話ではなくて、人の命です
 よ。このまま放置したら必ず死にます」
江島のスマホのスミスの声「奴がいなくなったら、我々にとって懸念材料が一つ減るわ」
劉「博士の正義感は尊いものです。しかし、ここは我々や天帝号のことも考えるべきです」
江島のスマホの陳の声「テロリストだぞ」
江島「船長、まだ燃料はあります。奴に正当な裁きを受けさせるためにも、見殺しにはできませ
 ん。我々はその時の感情に流される野蛮人ですか」
  探査船1号は、岩場付近から離れていく。
江島「船長、コズロフスキーを救う度量の広さを示せば、あなたの評価は世界的に高まります」
江島のスマホの陳の声「博士、帰り途中に奴が面倒を起こしたら責任を取れるか」
江島「いいでしょう。取ります。私も一緒に監禁室に入れてください」
  探査船1号は旋回する。

●57.天帝号のコズロフスキーの部屋前
  警備担当の船員がドア脇に立っている。その前を通りかかる江島。
江島「コズロフスキーは大人しくしてますか」
江島のスマホの船員の声「今の所は、面倒を起こしていません」
  部屋のドアが開き、コズロフスキーが出てくる。船員が立ちはだかる。
江島のスマホのコズロフスキーの声「バーで飲みたくなった。警備の君も付いて来るだろうが、
 …おっ博士、ちょうどいい、一杯どうです」

●58.天帝号のバー
  カウンター席に座る江島とコズロフスキー。
  少し離れた所に警備担当の船員が二人立っている。
江島のスマホのコズロフスキーの声「私は、どうもあの船長が私を救ったとは思えんのだが…、
 あの探査船には博士も乗っていたのだろう」
江島「最終的には船長の判断です」
江島のスマホのコズロフスキーの声「最終的、それじゃ、スミス嬢か劉あたりが言ったのか…そ
 れも考えにくい」
  コズロフスキーは、ウォッカをごくりと飲む。
江島「私が説得しました。しかしあなたの行動に賛同しているわけではなく、正当な裁きを受け
 させるためです」
江島のスマホのコズロフスキーの声「ご立派なことで。石板の研究以外に、法律にも興味がある
 のですか」
江島「法律なんて糞食らえですが、人の道は外れたくないだけです」
江島のスマホのコズロフスキーの声「テロリストの私を救うとは、お人よしだ」
江島「あなた方が何をしようとも三ヶ国の協定は揺るがないでしょう」
江島のスマホのコズロフスキーの声「我々は中国とアメリカの間を渡り歩く日本には注目してい
 る。とくにあの重原という男にはな。かつていなかった日本の政治家だ」
江島「重原首相は私もお会いしていますが、日本を託せる人物です」
江島のスマホのコズロフスキーの声「とりあえず、博士に免じて帰りは暴れないことにするよ。
 恩があるからな」

●59.天帝号のバーのトイレの前
  警備の船員が立っている。他の客が入ろうとすると、別のトイレの場所を説明する。

●60.トイレの個室の中
  コズロフスキーは流水タンクの蓋を開ける。
水の中に手を突っ込み、中からビニールの袋にくるまれた四角い箱と粘土のようなものを取り
 出す。
四角い箱とリード線でつながる粘土のようなものをビニール袋から出す。
コズロフスキーは、ニヤつきながらリード線を外す。緑色のLEDは赤になる。
  コズロフスキーは、それをビニール袋に入れず、そのままタンクの中に放り込む。
水中の四角い箱の赤いLEDは徐々に消えていく。

●61.ラグランジュ点付近の宙域
  天帝号は天帝ホテルとドッキングして、重力区画を回転させている。
  その付近を連絡船が通過している。

●62.京都迎賓館・藤の間
  徐、長谷川、ボルトンは、丸テーブル座っている。
  丸テーブルの中央には、日章旗、五星紅旗、星条旗の小旗が飾られている。
ボルトン「この惑星308e-4は3ヶ所の高地なら、地球と同等に過ごせるのだが、どう割り振る
 かだ」
徐「どこが一番優れているとか、埋蔵資源があるかは、どうなのです」
  徐は中国語なまりの英語になっている。
長谷川「それぞれ高地の広さも気になります」
  長谷川は流暢な英語で言っている。
徐「まだ具体的な調査も済んでいないのに、割り振るのは時期尚早ではありませんか」
長谷川「今、決めるとなると宝くじのようなものですな」
ボルトン「誰がスカを引くかですか」
徐「ロシアやブラジルは、我々の領有を認めますかね」
長谷川「私の聞くところによると、ロシアは惑星308e-4に興味をさほど示していません」
ボルトン「それじゃ問題はないでしょう」
長谷川「日本としては大大陸の極北高地を希望します」
徐「そこに金鉱でもありますか」
長谷川「いや、ただ形が私の出身地の群馬県に似ているからです」
ボルトン「アメリカとしては、大大陸の極南高地か小大陸の遠南高地ということか」
徐「極南高地は、…何となく広東省に…」
ボルトン「広東は徐特使の出身地ですか」
徐「そうです」
ボルトン「となると残りは、サウスカロライナ州に似ている遠南高地ですか。私の出身地ではな
 いけど、祖父はサウスカロライナ出ですよ」
徐「なるほど」
長谷川「くじでなければ、こんなことぐらいしかないでしょう」
徐「今回は意外にすんなり行きましたな」
ボルトン「取りあえず、3ヶ国の結束は固くなったのではないですか」
  三人は頬を緩ませている。
長谷川「それでは後からちゃぶ台返しのようなことがないように、公式文書で取り決めましょ
 う」

●63.首相官邸の首相執務室
  執務デスクに座る重原。デスクの前にある応接ソファに座る江島。
重原「長谷川君の働きで、惑星308e-4の極北高地は日本領になったのだよ」
江島「日本初の地球外領土となるわけですか」
重原「資源などはありそうか」
江島「あの高地の近くの低地は火山地帯で地震が多いようですが、そういう所は、金の鉱脈が多
 いとは聞いたことがあります」
重原「金か。でもあそこから地球に運んでくる経費を考えると、どんなもんだろう」
江島「それよりもレアメタルとかですかね」
重原「…、ところで次に惑星308e-4にはいつ行くのだ」
江島「惑星419d-6に行った後ですから、半年後ぐらいですか」
重原「そうか。HACの探査の合間で良いから、将来的に100万人都市が築けそうな場所を探して
 くれないか」
江島「100万人規模の都市ですか。なんでですか」
重原「私の任期は後7ヶ月ほどだ。これ以上再選の再選も無理だから、後は長谷川君に任せて、
 極北高地に移住しようかと思ってな」
江島「移住ですか。まだ危険過ぎますよ」
重原「近々超寿医療も受けるつもりだから余生は長いぞ。どっちが余生かわからないかもしれな
 い」
江島「なるほど。それで行くからには、かの地に礎を築きたいというわけですか。わかりまし
 た」

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