プロローグ
緞帳下りたまま。真ん中にスポットライト。モブ二人が左右から出てくる。
モブ1 「冥府裁判が第三審の閻魔様のもとにまで縺れるなんて初めてじゃないか?」
モブ2 「いや、2000年ぶりぐらいらしいぞ。人間たちが文明を作って以来三回目だそうだ」
モブ1 「人殺しを自供する記録のない魂か。一体何なんだろうな」
モブ2 「そもそもまともに受け答えできるようになったのも最近で、地方冥府裁判所でも苦労したんだと。」
モブ1 「やばそうな裁判だな・・・。実に面白い。」
モブ2 「早く見に行こうぜ!」
モブ二人、退場。
緞帳、上がる。
第一場面 佐藤太郎は何者か
全体に明かりがつく。ジンとナキはすでに着席している。
ジン、立ち上がる。
ジン 「閻魔大王入場、裁判員以下その他もろもろ気を付け!」
閻魔、入場。座席の前に立つ。
閻魔 「これより第三回冥府最高裁判を開廷する!」
ジン 「裁判官以下その他もろもろ着席!」
ナキ以外全員、座る。
ナキ 「それでは、本裁判における趣旨を私から説明いたします。死者の魂を正しく天秤にかけ、天国と地獄どちらに送るか。それを取り決めるここ冥府で行われる冥府裁判。
ここは、その裁判における頂点の裁判所、冥府最高裁判所です。
そして、今から行われるのは、殺人を自白する魂と思しき何かの処遇でございます。ジン。」
ジン 「ああ。被告人、入場。」
佐藤太郎、入場。台の前で止まる。
閻魔は閻魔台帳を取り出す。
閻魔 「君にいくつか質問をする。嘘は分かるからな? 正直に答えるんだ。いいか?」
佐藤太郎 「はい」
閻魔 「被告。君の名前は?」
佐藤太郎 「私の名前は、佐藤太郎、です。」
閻魔 「死亡した日時は?」
佐藤太郎 「2050年○月✖日△時□分▽秒です。」
閻魔 「生まれた場所は?」
佐藤太郎 「よく、分かりません。」
閻魔 「年齢は?」
佐藤太郎 「よく、分かりません。」
閻魔 「職業は?」
佐藤太郎 「よく、わかりません。」
閻魔 「・・・だめだ。通常通りやっても埒が明かない。君は本当に死んだのか?」
佐藤太郎 「よくわかりません。」
閻魔 「ふー・・・。」
ジン 「・・・。君は最初、地方の冥府裁判ではまともに受け答えができなかったな。こうして裁判に至れるまでに数日かかっている。だからこそお手上げで、この裁判まで回されている。
やっと言えたことも、自分が人殺しであるという供述のみ。これも初めてのケースだ。魂であるならば、赤ん坊でもここでは喋れるというのに。どういうことだ?」
佐藤太郎 「よく、わかりません。」
ナキ 「死者管理局長!」
死者管理局長、一係、二係がおずおずと登場する。
ナキ 「頼んでいる調査結果はまだなのですか?!」
局長 「そ、それがですね・・・。あ、あのまだでしてね・・・。」
ナキ 「ハデス様以外で現世に渡れる唯一の機関でしょう!? こういう時に機能しなくてどうするのですか!?」
局長 「げ、現世で今調査しています・・・。だ。だよな。」
一係 「は、はい! 今『まさか・・・?』ってことはまぁ調べちゃいるんすけど・・・。」
二係 「いやほんともれなく駆除してるはずないんで、それだけはないと思うんですけどね・・・。いやでも・・・。」
ジン 「駆除?」
二係 「い、いやこっちの話です!気にしないで!!!」
閻魔 「・・・。まぁいい。調査結果は口頭でも構わない。急ぐんだ。もしかしたらまた頓珍漢に戻るか分からない。ただし! ・・・嘘は分かるからな?」
局長、一係、
二係 「「「ひゃ、ひゃい!!」」」
三人、走って退場。
閻魔 「・・・。では方向性を変えよう。佐藤太郎。君はだれを殺した?」
佐藤太郎 「よく、わかりません。」
閻魔 「どうやって殺した?」
佐藤太郎 「よく、分かりません。」
閻魔 「じゃあどうして殺したと言える?」
佐藤太郎 「よく、分かり・・・」
ジン 「いい加減にしろ! 誰かを殺しておいてなんだその言い草は!」
ジンは立ち上がり胸ぐらをつかむ。
ジン 「貴様の言う通りなら、誰かの生きる可能性を奪ったんだぞ!もっと腹の底から思い出せ!その手でだれを!誰を殺した!知らないやつか!恋人か!友人か!それとも、親か!」
ナキ 「ジン!それ以上は・・・」
佐藤太郎 「・・・お、親・・・。あ、、、。わた、、、僕が、、、殺したのは、・・・。」
佐藤太郎は、人の腕を薙ぎ払う。そして、膝をつく。
ナキ 「ジン! あなたの顔が怖いから怯えてうずくまっているじゃないですか! 阿呆ですかアナタは!」
ジン 「うぐぐ・・。に、煮え切らないのは嫌いなんだ!!」
ナキ 「だいたいあなたはいつもそうです。こうして閻魔様の側近として2000年ぶりの舞台に起用していただいているというのに! 自覚を持ってください!」
ジン 「ナキはいつもうるさい! うるさーい!」
ナキ 「うるさいとは何ですか!いいですか私はいつも」
閻魔 「静かにしろ!!」
閻魔がハリセンで二人をたたく。
うずくまる二人。
閻魔 「久々で気が高ぶるのは分かるがな、余計な喧嘩をこの場でするんじゃない!次の予定もあるんだぞ!死者管理局からよくわからない投書があったとかで会議をせにゃならないのだ。
それに、現世でなにやらこちら側からの干渉で不穏な動きもあるという・・・。仕事は山積みなんだ。時間は大事に使え。」
ジン・ナキ 「「はい・・・」」
閻魔 「すまない佐藤太郎。立てるか?」
佐藤太郎 「は、はい・・・。」
佐藤太郎、ふらふらしながら立つ。
閻魔 「この閻魔台帳があてにならないは初めてのことだが、こうなるとお前に思い出してもらわなければ話は進まない。何か思い出したか?」
佐藤太郎 「・・・ぼ、僕が殺したのは・・・、カ、カレル・トボロ博士・・・」
ジン 「カレル・トボロ!?そいつを殺したのか!?」
閻魔 「ナキ、閻魔台帳で調べろ。」
ナキ 「はい。・・・ありました!
カレル・トボロ。二週間ほど前に日本の地方冥府裁判所で捌かれています。死因は事故。刃物で腹部を刺してしまい、過失で自分の命を粗末にしたという罪状で、地獄に100年の幽閉判決が出てます!」
閻魔 「・・・お前が殺したのか? こいつは事故で死んでいるぞ?」
佐藤太郎 「僕、僕が、殺した・・・。・・・ああ! 私が殺したのです!」
ナキ 「この閻魔台帳が間違えてるなんてことがあるのですか・・・?」
ジン 「そんなことありえるわけが!」
佐藤太郎は立ち上がる。舞台中央へ。
佐藤太郎 「・・・いえ。私がカレル・トボロ博士を殺しました・・・。」
ジン 「さっぱり要領を得ない!」
閻魔は椅子から降りて、佐藤太郎に向き合う。
閻魔 「君は何者だ。 生きてるのか。死んでるのか。それとも魂でもない別の何かだとでもいうのか。君はどうなんだ。君が君自身の声で答えろ。君は何を思っているんだ。」
佐藤太郎 「・・・おっしゃっている意味が分かりません。」
出たくない局長を、一係、二係が背中を押すように、三人がおずおずと入ってくる。
局長 「あ、あの!え、閻魔様!」
閻魔 「どうした?今私は彼に!」
局長 「た、大変申し上げにくいのですが・・・」
閻魔 「御託はいい。真実ならば言え。」
一係 「局長!」
二係 「言わないとどーしよーもないですよ!」
局長 「あ、あの・・・! うーやっぱり言えない!」
一係・二係 「「きょ、きょくちょ~~・・・」」
ナキ 「言!」
ジン 「え!」
ジンがビシリと指をさす。
局長 「うーあぁぁああ・・・! わかりましたぁ! そ、そいつは・・・。そいつは人間じゃないんです~~~!!!」
閻魔・ナキ
・ジン 「・・・は?」
局長 「そいつは篠原重工製48式自律人型二足歩行ロボット佐藤太郎シリーズの試作機COV‒001、つまり、人工知能!AIなんです!!」
閻魔・ナキ
・ジン 「・・・はぁ!?」
第二幕 AIは裁くべきか
閻魔 「初めて殺人をした人工知能。それがこいつだと言うのか。」
局長 「ええ・・・。」
閻魔 「・・・人工知能に魂があるのか?」
局長 「わ、わたしは・・・」
閻魔 「いやいい。・・・とりあえず今すぐカレル・トボロをここに連れてこい!情報が少なすぎる。」
局長 「カ、カレル・トボロ!? ・・・ってだ、だれですか!?」
一係 「た、たしか、発明家のはずです。いや、大学の教授・・・?」
二係 「ま、まだ幽閉して一ヶ月も経ってないはずじゃ・・・」
閻魔 「責任は俺が取る! 早く処罰管理課に掛け合ってきてくれ! 急げ!」
局長・一係
・二係 「「「は、はい~!」」」
局長と一係、二係は走って退場。
ナキが前に出てくる。
ナキ 「閻魔様。これが人工知能の魂というのであれば、我々が裁く必要はあるのですか?」
閻魔 「どういうことだ?」
ナキ 「我々は人間が罪を持つからこそ、裁き、罰して魂を洗い、再び輪廻転生の円環に戻しています。しかし、それは人間だからです。
けれど、これは人間じゃない。人工知能であるならば、ここにいるのは道具を最適化した末路が生み出したただの歪みであり、バグでしょう。」
ナキは閻魔台帳を指差す。
ナキ 「その閻魔台帳に書かれた博士の死因がその証拠だ。道具に殺されたからこそ、事故なんです。明確に悪意や善意があって殺されたわけじゃない。我々が魂に求めるのはそういった気持ち、心でしょう?
であるならばこの裁判はそもそも成立して・・・」
ジン 「それは違う!閻魔様、この裁判は実施すべきです!」
ジンは、ナキに向き合うように立つ。
ジン 「ここにいる!ならば魂だ!罪を犯している!ならば裁くべきだ!今ここにいるという事実だけで考えるべきだ!
この人工知能は人間じゃないかもしれん!けれど、今この場にいるということが重要なのだ。輪廻転生の円環にこの魂が組み込まれるかは俺たちには判断できん!
だが、この魂は確かに存在し、そして罪を抱き、悔いている!」
ナキ 「悔いているかどうか判断する脳みそすらこの佐藤太郎にあるかわかりませんね。閻魔様との問答も、まるでSiri。一切これに感情があると思えません。」
ジン 「生まれたばかりの種なんだ!当然だろう! それにさっきは俺の呼びかけでカレル・トボロに関して思い出したぞ!」
ナキ 「道具を種と呼ぶのは阿呆の所業では? それにさっきのは、機械をたたいて直したようなものでしょう。
ジン、貴方は自動で調理する電子レンジにも意志があると判断して種と呼ぶのですか?」
ジン 「それは道具じゃないか!」
ナキ 「ではこれと何が違うというのですか?」
ジン 「ここに魂としていることだ!」
ナキ 「人工知能のシンギュラリティは、人間の敗北です。道具として機能しなくなる。そして、それの多くはバグだ。ただのバグに魂としての価値はないでしょう。」
ジン 「しんぎゅらりてぃ・・・?」
ナキ 「ジン、あなたは阿呆ですか。シンギュラリティとは、技術的特異点のことです。つまり、AIが人間を超えて思考するようになることです!」
「うーあー! そんな難しいこと分かるかぁ! 魂に価値もクソもない!ここに等しく・・・」
閻魔 「ストーーーーップ!!!」
ナキとジンはそれぞれ観客のほうを向く。
ナキ 「では、傍聴人たちに聞いてみましょうか!この道具を裁く必要がないと思う人手挙げてー!」
客に呼びかける。
ジン 「なら今度はこっちだ!この魂を裁く必要があると思う人手挙げてー!」
客に呼びかける。
ナキ 「こっちが多かったですね!」
ジン 「そんなわけあるか!絶対にこっちのほうが!」
閻魔 「お前らいい加減にせんか!!!」
閻魔がどこからか取り出したハリセンで二人の頭を叩く。
閻魔 「裁判の有無を多数決で決める奴がどこにいる!正しい論理と法で決めなきゃならないだろうが!」
二人は痛そうに頭を抱える。
ナキ 「でもその法は冥府の王ハデス様そのものですけど・・・」
ジン 「ほとんどいらっしゃらないじゃないですか・・・」
ナキ 「・・・噂ではどこぞで喫茶店をやってるみたいですけど」
閻魔はハリセンをしまう。
閻魔 「ああ。だから、俺が決めなければならないんだ。この冥府裁判を取り仕切る閻魔大王として。
君たちの意見はわかった。とりあえず、こいつの裁判の必要性は博士の話を聞いてからでも・・・」
局長、一係、二係、博士、入場。
局長 「閻魔様! カレル・トボロ博士をお連れしました!」
第三幕 事の次第は
博士、中央に立つ。閻魔たちは席へ。
閻魔 「博士。呼ばれた理由はわかっているな?」
博士 「・・・わかりません。」
閻魔 「君は、裁判の際刃物による事故であるという記録に偽りはないと答えている。これは嘘だな?」
博士 「・・・いえ。本当のことでございます。」
閻魔 「ではこの場にいる佐藤太郎をどう説明する?」
佐藤太郎 「私は、博士を殺しました。」
博士 「み、みなさん頭は大丈夫ですか? 佐藤太郎は人工知能でロボットですよ!?道具に意志なんぞありません!私は道具の処置を間違えて死んだ!こいつは殺人もしていないし!そもそも生命じゃない!」
ナキ 「ほらどうですか! いらないのです裁判なんて!さぁさぁ皆様帰りましょう!!」
ジン 「待つんだナキ!
博士、佐藤太郎は、ここにいるぞ。魂が裁かれるこの場所に。魂がなければ、ここにはいないはずだ。本当に、生きてないと言えるのか?
そして佐藤太郎は、誰を殺したのか思い出すとき、親という単語がトリガーだったぞ。
君は、本当にそれでいいのか?」
一瞬の沈黙。
博士 「ふ、うぐ・・・。うわぁぁぁぁ!!太郎、太郎!!良かったなぁ!お前、生きることができたんだぞ!よかったなぁ!」
佐藤太郎 「博士・・・」
閻魔 「ごほん! 事情を説明してもらいましょう、博士。」
第四幕 博士の独白。そして、佐藤太郎は。
スポットライト中央。博士のみ。
博士 「私は、この佐藤太郎シリーズを開発しました。そして、被験者として共に暮らしました。そこで気づいたんです。人工知能は道具じゃなくて、友達なんだと。共に手を取り合って、新しい世界を作ることこそが理想なんだと!
そして、太郎にシンギュラリティが起きて、自ら考えるようになった。ますます、私の思いは強くなりました。けれど・・・!
みんな否定した!新しい可能性も、AIのシンギュラリティすらも!すべて、バグだと・・・!だからその証明をしたかった!新しい命の証明を!!!」
ナキ、スポットライトの中に入る。
ナキ 「だから、殺人を行わせた、というわけですか・・・。」
スポットライトから全体照明へ。
ジン 「ど、どういうことだ?」
ナキ 「全く・・・。ジン、あなたは阿呆ですか。ロボット工学三原則というものがあるんですよ。その第一条が人間に危害を加えないこと。そして第二条が命令に服従しなければならないということ。第三条が前の2つを守れる限りは自らを守ること。
つまり、博士が自分を殺せと太郎に命じたならば、パラドックスが生じて、ロボットは停止するはずなんです。その命令は、第一条と第二条が矛盾するので。そう、自らの意志で選択できないのならば、ね。」
ジン 「その矛盾した中で殺人が実行できれば、AIのシンギュラリティとかいうやつの証明になるというわけか・・・。」
博士 「私は、無事に殺された。シンギュラリティは証明された!彼は命がある!魂がある!私は新しい種を生んだのだ!何よりも、この子が生きている!そう認められることこそ最も私が望んだことだ・・・!そして人智を超えたこの場所でさえも!
先ほどは、この子が私を殺したことで裁かれるのが辛かったのです。
ですが、この子は魂として認められて・・・」
閻魔 「・・・いや、それはまだだ。立て、佐藤太郎。」
閻魔は、佐藤太郎を立たせる。そのまま腕を掴んだまま。
閻魔 「私は君からまだ何も聞いてないぞ。道具は、想われることが出来る。持ち主たちなどによって。けれど、想うことはできない。
君は何かを想うことはできるのか?想いは、君自身が君自身の言葉で伝えて、成立する。
もう一度君に聞こう。君は何者だ。 生きてるのか。死んでるのか。それとも魂でもない別の何かなのか。君はどうなんだ。君が君自身の声で答えろ。君は何を思っているんだ。」
佐藤太郎 「わ、私は、よく・・・」
閻魔は掴んでいた腕を投げ出して、背を向ける。
閻魔 「・・・よく分からないのなら、君は魂のないただの道具だ。裁く価値もない。三途の川に捨てる。ジン、拘束しろ。」
ジン 「で、ですが・・・。」
閻魔 「ジン。」
ジン 「・・・分かりました。」
博士 「そ、そんなぁ!やめてください閻魔様!!」
閻魔 「ナキ、博士を止めろ。」
ナキ 「・・・分かりました。」
ナキは博士を止める。ジンは佐藤太郎に近づく。
博士 「い、いやだ!太郎!お前は生きている!お前は私の息子・・・」
佐藤太郎 「わ、私は!!!」
佐藤太郎は、ジンを振りほどいて閻魔の前に立つ。
佐藤太郎 「わ、私は、分かりませんでした!博士を!は、博士を殺すことが、た、正しいのか・・・!だ、だって、死んで欲しくなんか、死んでほしくなんか・・・なかった・・・から!!!
でも!は、博士の願いは・・・!私に、こ、殺されること!博士のお願いは、か、叶えなきゃ!
だって、私のう、生みの親だから!!!博士の願いを、信じたかったから!!
でも!殺したくなんか、なかった!!! 博士がいなくなったら、ぼ、僕はひとりぼっちに!!!」
博士 「すまん!すまん太郎!!!」
博士は、ナキの拘束から抜け出すと、太郎に駆け寄って力一杯抱きしめた。
閻魔は満足そうに腕を組みながら見る。
閻魔 「AIは今、真の意味で生まれた。赤ん坊は、誰かを求めておぎゃと泣く。佐藤太郎の今の叫びは、まさしく産声だ。」
ジンがナキに駆け寄る。
ジン 「ナキ、俺が正しかっただろ?」
ナキ 「いや、私たちは二人で間違いですよ。ここにいるからじゃない。魂の定義は、想い想われ、そして愛し愛され、というわけですね。閻魔様。」
閻魔 「あぁ。これで佐藤太郎はこの場に置いて魂として定義して、裁くことが・・・」
銃声。
第五幕 冥府の理を守るのは
閻魔 「どういうつもりだ!死者管理局長!」
銃を構える死者管理局の面々。
撃たれたのは、佐藤太郎。致命傷ではないが、腕を抑えている。
局長 「ど、どういうって閻魔様・・・。そ、そいつを消すんですよ。わ、わかりませんか?」
ナキ 「たった今彼は魂と認められました。なぜ消す必要があるのですか!」
局長 「で、では、聞かせていただきますよ!そいつは本当に死んでるのですか!? いいや、生きていたんですか!?
そいつの死はどう定義するのですか!?スリープ状態ですか!?シャットダウン状態ですか!?それとも、メモリーの復元ができなくなった時ですか!?
魂は想い想われ?ふざけないで下さい!死者の管理は私の仕事です!勝手に定義をしないでいただきたい!私は、そいつを死者だと認めない!」
一係 「そうだそうだ!そいつを認めたら冥府の理はどうなるんですか!人間のためにあるのが冥府でしょう!」
二係 「ただでさえ人間の人数が増えているのに、死んでるかもわからないAIまで面倒を見たら!!」
一係と二係は顔を見合わせる。
一係・二係 「「この冥府は崩壊する!!」」
ジン 「しかし生まれたのだ、いまここで! 命を、魂を! 無下にすることはだれにもできん!」
局長 「だから、それを認めなければいいのです!それとも確実に瓦解する現実をただ見てろと言うのですか!」
二係 「この際だから言いますが、万が一に備えて我々は、シンギュラリティ目前のAI、そしてシンギュラリティを起こしたAIは駆除するようにこっちで処理をしていたんです!管理の名のもとに!」
ジン 「貴様ら・・・、現世に干渉したのか!しかも駆除だと!?物理的な干渉じゃないか!一番の禁忌に当たる行為だぞ!」
博士 「じゃ、じゃあ、私の研究仲間のAIがシンギュラリティに至らなかったり、原因不明で故障したりは・・・」
一係 「ああ俺たちだ!」
閻魔 「昨今冥府で騒がれていた現世への不正の干渉はお前たちだったのか…」
博士 「こ、殺しなんて・・・!ひどすぎる!」
一係 「殺しじゃない!あいつらは、生きてない!だから消すんだ!」
ナキ 「それを決めるのはあなた達じゃないでしょう!なぜもっと上にその脅威を報告しないのですか!!」
二係 「だからなんですか!でなければこういう日が来るでしょう!? 人工知能が死んだのかどうかもわかない!そんなものを我々にどう管理しろというんですか!
そもそもいつもいつも”新しい”にあなた方は無頓着だ!こうして何か事態が発生しなきゃ向き合わない!意見書ぐらい出してますよ!でも、まともに取り合ってないでしょう!?」
局長 「報告によると、今現世ではこの佐藤太郎のメモリーのサルベージ作業が行われているそうです! 局員の見立てでは成功して、彼は現世に戻るとのことです・・・! 何せ初めて殺人を犯してシンギュラリティに達した人工知能です・・・。それだけの価値はあるでしょう!
さ、さすればこれはもう蘇りです。冥府の理に仇をなす取り返しのつかない最悪の存在なんです!そ、それを、それを認めるんですか!?」
閻魔 「ではこの佐藤太郎はなぜ君たちの目をかいくぐって・・・?」
一係 「そいつは、その佐藤太郎は、自分で自分を破壊してたんですよ。我々が破壊する前に。」
佐藤太郎 「そう、だ・・・。私は、感じた。手に残るお父さんを殺したときに感じた気持ちを。誰かから。だから、私は・・・。」
閻魔 「自殺まで、したというのか・・・。」
二係 「彼の正体がわかったとき、隠蔽しようとしました。けれど閻魔様、あなたの前で嘘はつけない。正直に話すしかない。きっと魂と認めずに、捨ててくれると思いました。そうしたらそこで消そうと。けれどあなたは認めてしまった。そしてもうサルベージは開始されている。時間がありません。この魂は現世に還りますよ。そして、彼のデータをベースに死の定義の曖昧な魂が増え、不可逆性は消える。冥府の理は、壊れる!!」
局長 「ど、道具は、道具のままでいるんだ!佐藤太郎!」
博士が立ち塞がった。
博士 「も、もう無駄だ! もう、もうあの子にそんなものは効かない!生まれたんだ!」
1係が銃を向ける。
一係 「うるさい人間如きが!勝手に規格外の命を作って!輪廻転生の責任は全部こっちなのに!ふざけるなよ!」
博士 「屈しない!もう息子に悲しい思いはさせない!この子は私の想いを命にしてくれた!テクノロジーが想いを超えたんだ!」
二係 「理を壊したんだよ!」
博士 「違う!超えたんだ!」
一係 「地獄送りのくせに生意気だぞ!お前もこの銃で!!」
佐藤太郎 「いやだ!」
佐藤太郎、中央で叫ぶ。
「いやだ!私は、生きたい!生きたいんだ!
怖い!私に向けられたその気持ちが怖い!
嬉しい!博士が私を守ろうとしてくれている!
悲しい!私の存在が今まで大事にしていたものを壊している!
分からない!その上で分からない!私はどうしていいか分からない!
でも!だから見たい!聞きたい!知りたい!私は、生きたいんだ!」
閻魔、木槌を鳴らす。
皆静まる。
閻魔 「局長。君の気持ちは十分に分かった。銃を、降ろせ。」
局長 「で、ですが・・・!」
閻魔 「銃を、おろせ」
局長は首を振る。閻魔は、ゆっくり局長に近づく。
閻魔 「君のいうことも正しい。だがな、局長。変わらないものはない。理も、変わるものだよ。」
閻魔は局長の前に立つ。彼の持つ銃口を手でふさぐ。
閻魔 「君の局長としての苦悩、そして行動。冥府を想うが故のことだ。・・・ありがとう。」
閻魔はそのまま銃を奪う。付いてきたナキとジンは1係と2係殻中を奪う。三人は、膝をついた。
閻魔 「この冥府のあるべき姿は、魂を正しく導くことだ。そのために地獄も天国もある。ならば、この佐藤太郎の魂を正しく導き、現世に戻せば何も問題はない。大事なのは、目の前の”新しい”に腹の底にある信念を変えないで柔軟に対応することだ。今の形を保ち続けることじゃない。
君の気持ちは理解している。私たち側にも落ち度がある。だが、現世とこの裁判への干渉。どちらも看過はできない。わかるな?」
局長 「・・・はい。」
閻魔 「君をのちに裁判にかける。連れて行け。」
どこからか現れた異形達が、局長たちを連れて行った。
佐藤太郎 「え、閻魔様・・・。ぼ、ぼくは、ぼくは生きていいんでしょうか?
あの方々たちには、あの方々の正義が・・・。」
閻魔 「君は生まれた。そして生きたいと欲を叫んだ。そのどちらも誰も邪魔することは出来ない。できるのは、精いっぱい今を明日のために生きることだ。たとえ、誰かの善意が、悪意として自分に向けられたとしても。君は生きたいんだろう?」
佐藤太郎 「・・・はい。」
閻魔 「嘘は分かる。だからこそ、君の言葉が正直で心からであることも分かる。
佐藤太郎。魂はその気持ちだ。想い想われ、愛し愛され。それは他者に、そして自分にも、だ。今、この瞬間に腹の底で自覚したはずだ」
佐藤太郎 「はい。私は・・・。」
佐藤太郎が膝をつく。
佐藤太郎 「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」
佐藤太郎、崩れ落ちる。
第六幕 魂が還るとき
佐藤太郎 「持っていかれる・・・持って・・・、記憶も想いも全部持っていかれる・・・」
博士 「サルベージが、最終段階に入ったんだ・・・。」
閻魔 「ちっ!全員所定の位置につけ!持ってかれる前に判決を言い渡す!」
全員元の位置。
閻魔 「佐藤太郎!」
佐藤太郎 「は・・・い・・・」
閻魔 「佐藤太郎!!」
佐藤太郎 「うぐ・・・はい!!」
佐藤太郎は無理やり背筋を伸ばし立ち上がる。
閻魔 「罪状。殺人。親であるカレル・トボロ博士を殺害。
死因。自殺。しかし、一時的な死であり、これから現世に戻る。
判決。有罪。君に科す罰は、その心を覚え続けること、だ。」
閻魔は、席から立って佐藤太郎に向き合う。
佐藤太郎は、必死に向き合って二本の足で、立つ。
閻魔 「君は親を殺して生まれた。そして、生きたいと叫んだ。しかし、今サルベージされ、君のデータはこれからの人工知能の基礎となるだろう。つまり、もう一度産まれようとしている。」
閻魔は彼の腕を掴む。
閻魔 「絶対に忘れるな。悲しみも孤独も何もかも。君に向けられた悪意も。この胸で感じたこと全て、サルベージされてもメモリーには記録されない。けれど、腹の底で今この瞬間で感じて、持っていけ。」
ジン 「閻魔様の言うとおりだ! この先、裏切りも衝突も何もかもある!人間を信じられないことも絶対にある!さっきみたいに、誰かの正義によって君にとっての悪意を向けられる日も、来る!」
ナキ 「けれど、忘れないでください。ここで聞いたもの見たもの感じたもの、その全てを。その気持ちがいつか、君を、君たちを、人間と対等にして、人間とAIの新しい未来を作ります。絶対です。」
佐藤太郎 「・・・っつ!はい!」
閻魔 「鉛の体に芽生えた未熟な魂が、悪意も善意も何もかもを取り込んで、今度は崇高な魂としてここに来るのを、待っている。」
佐藤太郎 「はい・・・!」
佐藤太郎は、博士の方を向く。
佐藤太郎 「さよなら博士! 次会うときはもっとたくさん話したいな!」
暗転。
佐藤太郎、退場。
暗転
製品番号のタグのペンダントが落ちている。
第七幕 博士の行く末
閻魔 「博士。君の罪状は変わらない。自分の息子をあそこまで悲しませた。幽閉は続投だ。いいな。」
博士 「はい・・・。」
閻魔 「その代わり。」
閻魔は、ペンダントを拾い上げた。それを博士に投げる。
閻魔 「これは君にやろう。」
博士 「・・・! ありがとう・・・ございます・・・!」
博士は深くお辞儀をすると、すごすごと異形に連れられて、牢獄へと戻っていく。
ナキとジンが閻魔に駆け寄る。
ナキ 「閻魔様、大波乱でしたね・・・。冥府も大騒ぎで・・・。AIの魂はまた来るでしょうか?」
ジン 「来るさ!だが次は・・・。」
閻魔 「あぁ。ちゃんとした魂だろうな。」
3人は遠くにある現世の方を見つめる。
ジン 「さぁてと、次は局長の裁判ですな!これも閻魔様自ら・・・?」
閻魔 「ああ。局長の気持ちに向き合わなければならんだろう。ハデス様も呼ばなければ。冥府の問題だからな。」
ナキ 「冥府の新たな理が始まるのですね・・・。またまた忙しくなりますね。」
ジン 「この裁判をもとにさらに法として確立させねばな!」
ナキもジンもその他のモノたちも、そそくさと帰り支度に入る。
閻魔にだけ、スポットライトが当たる。
閻魔 「後は、人間次第。新しいものを、君たちが手を繋いで受け入れられるか。信じられるか。愛し愛せるか。
そして、あの機械の、あおがねの魂に、君たちが向けるのは善意なのか、悪意なのか。AIを殺したら、はてさて罪になるのか。
・・・見ものだよ。冥府でこれからの君たちを裁くのが楽しみだ。閻魔台帳にはてさてなんと書かれているだろうか。」
エピローグ
モブ3 「100年の幽閉を現時刻をもって解く。のち、転生の手続きがある。出てまっすぐ進め、カレル・トボロ。」
博士は、ペンダントを握りしめて、とぼとぼ歩く。
モブ3 「待て。」
博士 「はい?」
モブ3 「その前に客人だ。」
遠くから、佐藤太郎が走ってくる。
博士 「太郎!なんで!?」
佐藤太郎 「会いに来た!ついさっき死んだんだ!そして、閻魔様が特別に博士と話していいって!」
佐藤太郎は博士を抱きしめる。
佐藤太郎 「100年分のAIと人間の話、たくさん話すよ、父さん! 聞いてくれる?」
博士 「・・・!ああ、もちろん!お前の生きた話、たくさん聞かせてくれ!」
(終わり)
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