天才は早逝か ドラマ

暗い話
きし 13 0 0 11/10
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第一稿

人 物 
 立山譲 (31~23) 画家
 渋野健一(31~23) 陸軍上等兵
 陸軍兵
 従軍画家A
 従軍画家B


〇美術学校・教室・中(夕)
   立山譲 ...続きを読む
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人 物 
 立山譲 (31~23) 画家
 渋野健一(31~23) 陸軍上等兵
 陸軍兵
 従軍画家A
 従軍画家B


〇美術学校・教室・中(夕)
   立山譲(23)、夢中になって床上のキャ
   ンバスに絵筆を走らせている。
   渋野健一(23)が入室する。渋野、立山
   の背後に立ちしばらく絵を眺める。
   光にあふれて写実的な風景画である。
   渋野、立山から離れ、キャンバスの前
   に座る。重苦しい印象の自画像である。
   描く準備を始める渋野。
   無言でキャンバスに向かう立山と渋野。

○同・同・中(夜)
   絵筆を置いて汗を拭う立山。
   立山、振り返る。絵を描いている渋野。
立山「おお‼ 健ちゃん! いたのか!」
   渋野、絵具と汗で汚れた立石を嗤って
渋野「その恰好、ガキの絵遊びと変わらんの」
   渋野、画材を仕舞い始める。
立山「もう描かんのか⁉」
渋野「今日は終わりじゃ」
立山「ダメだ! 俺は完成を見届ける!」
渋野「なら、明日も学校に来てみい」
立山「……中退しても、来ていいのか?」
渋野「阿呆。中退を考え直せと言よう」
立山「いや、決めたことだ。明後日には船!」
渋野「……そうか」
立山「健ちゃん、やっぱり一緒に行こう!」
   立山、回り込んで渋野の前に立つ。
立山「これからの日本はどんどん窮屈になる
 ぞ。軍好みの芸術しか残らん。何より描き
 たいものが描けないなど、おぞましいと思
 わんか?」
渋野「譲……」
立山「だから一緒にパリへ行こう! 何、最
 初は苦労するだろうが、大丈夫だ。地を這
 おうが、筆さえ握ってれば、何とでもなる」
渋野「……譲、お前は一種の病気じゃ」
立山「何?」
渋野「世の中は、描きたいものが描けんなっ
 たら死ぬ画家ばかりやない。お前は特別じ
 ゃ。特別、絵に狂っとう。儂は違う。儂は
 何もかもを投げて、パリには行けん」
立山「千代か? だったら千代も連れてこい」
渋野「そうじゃない。お前ほど、人生を気軽、
 身軽に生きれる奴は、居らんと言よう」
   渋野、立山の絵に目を向ける。
   渋野、自分の自画像に視線を移す。渋
   野、そのまま自画像を見つめながら、
渋野「儂は行けん。お前だけ行ってこい」
立山「……わかった。健ちゃんを口説くんは
 諦める。でもな、健ちゃん」
   立山、渋野の絵筆を握って
立山「俺は絶対に帰国して、日本で絵を描く。
 その時は、でっかいキャンバスに合作を描
 こう」
   立山、絵筆を握る手に力をこめて、
立山「それまで、筆は折るなよ」
   諦めた様に手を重ねる渋野。喜ぶ立山。

○満州
   軍服姿の立山(31)、遠くに軍服姿の渋
   野(31)を見つけ駆け寄って、
立山「健ちゃん!」
   振り返って驚く渋野。
立山「健ちゃんもか⁉ 陸軍の画家とは――」
   渋野の側にいた陸軍兵が立山を遮って、
陸軍兵「貴様、渋野上等兵に――」
   渋野、陸軍兵を止めて、
渋野「ええ、旧友じゃ。向こう行っとれ」
   陸軍兵、敬礼して下がる。
立山「何だ健ちゃん。偉い雰囲気じゃないか。
 ここでそんな雰囲気の画家初めて見たぞ」
渋野「当たり前じゃ。画家ちゃうけんのう」
   立山、首を傾げる。
渋野「一般兵としての招集じゃ。言われるま
 まやっとったら、出世してのう。……どう
 やら、人殺しの才能があったらしい」
   立山、驚きで声が出ない。
渋野「お前は? 結局従軍画家か? パリで
 何しとった」
立山「いろいろあってな……忌々しい。……
 健ちゃん、描いてはいるんだろ?」
渋野「……絵は、田舎で小遣い稼ぎに活かし
 ただけじゃ。美術の講師」
   立山、ショックで立ち尽くす。
   渋野、去り際自身の腕を叩いて擦り、
渋野「まあ、この剛腕に絵筆は似合わんっち
 ゅうことじゃ」
   寂しそうな目で渋野を見つめる立山。

○同・野営基地・テント・中(夜)
   テント内、立山と従軍画家A、従軍画
   家Bがいる。
従軍画家A「石井がやられた」
立山「やられた? 負傷か」
従軍画家A「いや……死んだ、らしい」
   立山、唾を飲む。
従軍画家B「嘘や! あの臆病もんが死ぬ⁉」
立山「俺も信じられん。迂回組に付いていっ
 ただろ」
従軍画家A「隊列ごとやられたんだ。中国軍
 に横から奇襲されたって」
従軍画家B「石井……石井っ」
   従軍画家B、目に涙を溜め堰を切った
   ように泣き出す。立山、茫然とする。
従軍画家A「石井は、弔っても、もらえん。
 たかが無名の画家一人、構う暇はない、と」
従軍画家B「クソっ、クソが‼」
   立山、立ち上がって外へ出ようとする。
従軍画家A「立山、どこへ行く?」
立山「……便所だ」
従軍画家A「立山、僕は君を信じるぞ?」
立山「信じる? 何を?」
従軍画家A「立ち聞いた話には続きがある。
 ……立山は中国の共産党員と繋がってる。
 どうせ軟弱な左の一派。難癖つけて即殺せ」
従軍画家B「立山!」
   立山、目を見張って、
立山「馬鹿言うな! 俺が中国の諜報員⁉」
従軍画家A「シュールレアリスム」
立山「……面白い表現だと思っただけだ。結
 果、こうして痛い目見てる」
従軍画家B「痛い目?」
立山「軍に属して絵を描いている! 釈放す
 るなんて言って、あれは脅しと同じだ!」
従軍画家A「ともかく、一人でウロウロする
 な。何されるかわからんぞ」
   立山、息を呑んで俯く。
従軍画家A「特にあの柄の悪い田舎者。親友?
 とか言った」
立山「健ちゃん? 違う。あれは誤解が――」
従軍画家A「『即殺せ』と言われて、『承知し
 ました』と返しとったぞ」
立山「……言っているだけだ」
   立山の瞳の中でランプの火が揺れる。

○同・同・外(夜)
   立山、星を見ながらぼーっと歩く。
   立山の傍で手を叩く大きな音。
   立山、不自然なくらい動揺し転倒する。
   渋野、意地悪くからかって、
渋野「構え阿呆。ここは戦場やぞ」
   大きく息を呑む立山。
   ×  ×  ×
   並んで座る立山と渋野。
立山「千代は、どうした?」
渋野「山奥で細々とやっとう。疎開じゃ。ガ
 キ二人連れて。あっちも大変じゃろう」
立山「じゃあ、健ちゃんも、尚更辛いな」
渋野「覚悟の上じゃ。赤紙は断れん」
立山「子供は、男か?」
渋野「一姫二太郎。安泰じゃ……見るか?」
   渋野、懐から折り畳んだ用紙を広げて
   立山に見せる。
   渋野の家族を描いた絵である。
   立山、渋野の絵を奪うように取り眺め
立山「いい! 写真じゃないのが尚いい! 
 ……いい家族だ」
   立山、渋野に絵を返して、
立山「何だ。辞めたのかとドキドキした」
渋野「……満州に行くと決まって描いてみた」
   渋野、しばらく絵に目を落とす。
   渋野、絵を折り畳みながら、
渋野「最期と思って描いて、これじゃ。情け
 のうての。千代には渡せなんだ」
   渋野、折った絵を懐に仕舞う。
渋野「譲、お前は描け。望まんもんでも、一
 生描け。そのためなら、生かしたる」
   立山、注意深く渋野の目を見つめ、
立山「嫌だと言ったら?」
渋野「なら儂の弾避けじゃ。描かんお前に何
 の価値がある」
   立山、俯いて利き手を握りしめる。
   渋野、明るく嘲笑うように、
渋野「いや、もしかしたらその方がええか? 
 早死にやと箔がつくかもしれんぞ?」
立山「そんな売れ方は御免だ。だったら描く」
渋野「それが賢明じゃ」      
   立山、息を呑んで渋野を見つめる。

○同・戦場
   銃撃戦。立山、離れた場所に身を隠す。
従軍画家B「立山、戻れ! あっちから来る」
立山「戻れったって、どこに逃げ場が――」
   従軍画家B、撃たれて崩れ落ちる。
   立山、腰を抜かす。荒い呼吸の立山。
   立山、そのまま肩を撃たれる。
   立山、利き腕から流れる血を凝視する。
   立山、前方に自分に対して銃を構える
   渋野を見つける。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
従軍画家Aの声「難癖付けて即殺せ……『承
 知しました』と返しとったぞ」
渋野の声「なら儂の弾避けじゃ。描かんお前
 に何の価値がある」
   ×  ×  ×
   立山、震えて地面に転がる銃を取る。
立山「おおおお‼」
   しっかり睨んで撃つ立山。前方で倒れ
   る渋野。立山の後ろで中国兵が倒れる。

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