登場人物
遠野優菜(21)……写真専門学校生
荻野奈美(21)……服飾専門学校生
○居間・(早朝)
アパートの一室。
居間とキッチンと玄関と一つになっている。
トイレのドアと部屋に続く襖がある。
ジャージ姿にTシャツ姿の遠野優菜(21)がコップで水を飲んでいる。
外から差す光を見ながら、『翼を下さい』を口ずさむ。
優菜「♪今、私の願いごとが叶うならば翼がほしーい」
トイレのドアが開き、モップを持ったパジャマ姿の荻野奈美(21)が呆れ顔で出てくる。
奈美「あのさ、吐いたんだったらちゃんと掃除してくれない?」
優菜、とりなす様に笑いながら、奈美にキスしようとする。
奈美、避けながら
奈美「ちょっと吐いたんでしょ」
優菜「ちゃんと洗ったって」
奈美「やーだー」
○タイトル
○同・(昼)
テーブルでカメラのレンズの手入れをしている優菜。
長袖のトレーナー姿である。
テーブルにパックに入った柏餅が置かれている。
襖が開き、赤いドレスを着た奈美が立っている。
奈美「どう?」
優菜「新作?」
奈美「学内のコンテストに出すの」
優菜、レースを摘み
優菜「これも自分で作ったの?」
奈美「うん」
優菜「すごいじゃん。ヒラヒラして可愛いし」
奈美「……可愛い」
優菜「赤一色って金魚みたいだね」
奈美「……金魚」
優菜、奈美の表情が厳しくなっているのを見て
優菜「どうしたの?」
奈美「私は大人っぽいドレスを作ったの! それを金魚だなんて」
優菜「そうなんだ」
奈美「それに私はダメなところを聞いているの!」
優菜「ごめんって、私、服がどうこうとかわかんないんだよ」
優菜、柏餅のパックを差出
優菜「これ食べない?」
奈美「いらない!」
自分の部屋に戻り、襖を閉める。
優菜、バツの悪そうな顔をする。
× × ×
優菜が恐る恐る襖を開ける。
優菜「奈美、シチュー出来たけど」
優菜、中を見て、テーブルに戻り、カメラを持ち、奈美の部屋を撮る。
○同・(夕方)
電気がつけられ、怒った様子の奈美が靴を脱ぎ中に入る。
後ろから優菜がたじろぎながら入って来る。
優菜はTシャツ姿の軽装、奈美は半袖のワンピース姿である。
優菜「ねぇ、聞いてよ。あいつはそんなんじゃなくて」
奈美「別に何も言ってないじゃん」
優菜「怒ってんじゃん。あいつの相談に乗ってただけなんだって」
奈美「あっそ」
優菜「私は奈美だけなんだって」
奈美「高校生の時、男の人と付き合ってたんでしょ」
優菜「あれはさ」
奈美「私は付き合うとかそういうの優菜が初めてなの」
優菜「うん」
奈美「それに私達そんなに時間ないんでしょ」
奈美、自分の部屋に入っていく。
○同・(日替わり)
キッチンに立っている奈美。
キャミソールにジーンズ姿。
足元の扇風機の角度を顔に合わせるが、暑そうにため息をつき、鍋をかき回す。
優菜、カメラ雑誌を持ち浮かれて玄関から入って来る。
優菜「ただいま、この匂い、カレー!」
奈美「うん、夏野菜のだけど」
優菜「やった! わたし大好き」
奈美「そうだっけ? なんかいいことあったの?」
優菜「えへへ」
優菜、カメラ雑誌を広げる。
赤いドレスを着て和室で眠りこけている奈美の写真に『眠り姫』とタイトルが付けられている。
優菜「この雑誌載るの夢だったんだよね」
奈美「何これ。私聞いてないんだけど!」
優菜「え、あ」
奈美「なんでこんなことするの?」
優菜「だって絶対許してくれないでしょ」
奈美「当たり前でしょ! 信じらんない」
奈美、怒りながら自分の部屋に行く。
優菜、まだ火のついたままのコンロを消す。
やはり嬉しい優菜、笑みが抑えきれない。
○同・(夜)
暗い部屋。
壁に『眠り姫』の写真が額縁に入れられて飾られている。
蝋燭の明かりが写真を照らしている。
奈美「早く吹き消しなよ」
優菜「えー、歌ってよ」
奈美「やだよ」
優菜「歌って」
奈美「(仕方なく)ハッピバースデー・トゥー・ユー」
優菜「ナー」
奈美「ハッピバースデー・トゥー・ユー」
優菜「ナー」
奈美「ハッピバースデー・ディア・ユーナー、ハッピバースデー・トゥー・ユー」
優菜「ナー」
蝋燭が吹き消され、暗くなる。
奈美、明かりをつけると優菜がケーキをつついている。
優菜「これ三月堂の?」
奈美「モンブラン、季節限定だって」
優菜「ありがとう」
奈美、シャンパンを飲み、ケーキを食べている優菜を見つめる。
奈美「ねぇ、本当に卒業したら実家に戻るの?」
優菜「うん」
奈美「私達、このまま暮らせない?」
優菜「無理だよ」
奈美「どうして?」
優菜「約束なんだ。三年間好きなことさせてもらって、その後は実家の旅館手伝うって」
奈美「でも」
優菜「それにこのまま暮らしてどうするの?」
奈美「優菜は私といたくないの?」
優菜「カブトムシ飼ったことある?」
奈美「無いよ」
優菜「あれってさ、幼虫の頃はどっちが雄か雌かよくわからないんだ」
奈美「何が言いたいの?」
優菜「昔、兄貴がつがいのカブトムシを知り合いにもらって一生懸命に育てたんだ。一年間、ずっと面倒見てた。私もそれを見てずっと楽しみにしていた。でも、成虫になったのを見て、いきなり叩きつけて殺しちゃった」
奈美「何で?」
優菜「両方メスだったんだよ」
奈美、目を伏せる。
優菜「今そんなことでって思ったでしょ。でも実際そんなもんじゃない? 私、東京出てきて、芸術系の学校入って自由になるかと思ったけどそんなことはなかった」
奈美「……」
優菜「奈美のことは本当に好きだよ。高校生の時に男の人と付き合ってたのはカモフラージュだし」
奈美「……もういいよ」
優菜「こんなことに付き合わせてごめんね」
○居間・(夜)
手をかざし、電気ストーブの温度を確かめる奈美。
手をこすり合わせながら首を傾げる。
椅子にかかっている毛糸のカーディガンを羽織り、座って履歴書を書きはじめる。
ダッフルコートを着て、マフラーをした優菜が入って来る。
憔悴しきった表情の優菜。
奈美「おかえり……どうしたの?」
優菜「……」
奈美「顔真っ青だよ」
優菜「……」
奈美「何かあったの?」
優菜「……あいつが飛び降りた」
奈美「あいつって?」
優菜「学校の屋上から、あいつ悩んでて」
奈美「落ち着いて、誰のこと? 私の知っている人?」
優菜「前、奈美が私といるのを見て怒ってた子だよ」
奈美「その人が何で?」
優菜「ゲイだってバラされて、それで馬鹿にされて……あいつら最低だ!」
奈美「その人どうなったの? まさか」
優菜「(首を振り)今、病院に……でもどうなるかわからないって」
優菜、奈美を見て懇願するように
優菜「ダメだよ。やっぱりこんなの」
奈美「優菜」
優菜「私は死にたくない……殺されたくない……普通になりたい」
優菜、崩れ落ちるようにへたり込む。
○居間・(昼間)
片付いた居間。
薄手のコートを着てロングスカートを履いた優菜、バッグを持って立っている。
首からカメラを下げている。
優菜「じゃあ、私、行くね」
奈美「うん」
優菜「鍵は」
奈美「大家さんに返しとく」
優菜「ありがとう」
奈美、『眠り姫』の写真を指差し
奈美「あれ貰っていいの?」
優菜「うん、奈美に持っててほしいんだ」
奈美「ありがとう」
優菜、カメラを手に取り
優菜「それとこれも」
奈美、首を振り
奈美「(強く)それはダメ」
優菜「そう」
カメラを見つめている優菜。
優菜「奈美、ごめんね……私に勇気がなかったから」
奈美、優菜を抱きしめ
奈美「私たちはお互いが好きだったから一緒にいたんだよね」
優菜「うん」
奈美「それは普通のことでしょ。私たちは普通だったんだよ。普通の恋人だったんだよ」
奈美の腕に顔を埋める優里。
優菜「……うん」
抱きしめあう二人。
(完)
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