登場人物
・リナ(30代)ポッドキャストパーソナリティー
・女の子(声のみ)
○海辺(夕暮れ時)
人気の少ない海辺
波の音と、遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえる。
そこに佇むリナ(30)。
くたびれた格好をしており、大きなバスケットを持っている。
砂浜に座り込むと、バスケットからマイクとスマホを取り出し、ポッドキャストの録音を始める。リナはしゃべっている間、海の方を見つめている。
リナ「……あなたの人生に幸せを。こんにちは、リナです。あなたの人生に幸せを、は毎週金曜日、みなさんとゆったりとした時間を楽しむ、ポッドキャストです。お相手はわたくし、アラサー女子のリナでございます。はい、皆さん、お元気ですか。聞こえるかなあ、この波の音。わたしは今、ハワイに来ています。夕日が海にキラキラ反射して、とっても綺麗。心が洗われるって、まさにこのことですね。それにね、ハワイの風って本当に優しくて、エネルギーを感じるの。海のパワーっていうのかな。このパワーを感じたくて、年に4、5回は来ちゃうんですよね。ふふふ。ホテルもプール付きのところにしてるんだけど、やっぱりプールより海ですね。自然の水って心地良いから」
海辺あたりの風景。
リナのいる場所は日本であり、それと分かる風景が映し出される。
リナ「砂の一粒一粒も、日本とは質が違うんですよ。触れるととても温かくて……現地の人もこの海を大切に思ってるのかな。ゴミも落ちてなくて、ただただ、ありのままの自然の風景が広がっています」
そこかしこに散らばっているゴミ。
リナはそれを見ると、すぐに目を背ける。
リナ「では、ここでリスナーさんからのお便りをご紹介します。ラジオネーム。ミカミカさん」
リナはスマホに届いたメールを読み上げる。
リナ「『こんにちは、リナさん。リナさんのラジオ、いつもうっとりしながら聞いています。すてきなライフスタイルで、いつかわたしもこんな暮らしがしてみたいなぁと思うことが多いです。そんなリナさんに質問です。リナさんが使っている香水の種類を教えて下さい。わたしもリナさんと同じ香りに包まれていたい!』……ふふふ、ありがとうございます。ちょっとまってね、香水はいつも数種類持ち歩いているんだけど、今日は……」
リナはバスケットを探る。
出てきたのは虫除けスプレーと、ハンドクリーム。
リナ「……今日はね、スプレータイプのものはバラの香り。これは友達のプライベートブランドなので、あとでポッドキャストの概要欄にリンク貼っておきますね。それから、最近練り香水にハマってて、自分で調合したものを使っています。これはラベンダーの香り。花の香りが好きなんですよね、私」
リナの手は荒れていて、血がにじんでいる。
リナ「……あとで練り香水の方を塗り重ねようかな。ミカミカさん、お便りありがとうございました。もう一通。えーっとお名前がないようだけど……名無しさん、でいいかな。『こんにちは。リナさん、ご婚約おめでとうございます!』あーっありがとうございます! そう、前回の放送でお伝えしたんですけど、わたし、婚約いたしました〜。彼は本当に自立した、優しい男性でね。この人が一生のパートナーだって出会ってすぐに分かったくらい、素敵な人」
リナは左手の薬指を見る。
くすんだ、宝石のない結婚指輪。
リナはそれを外す。
リナ「心が広くて、人のためになる仕事を喜んでしていて、そしてわたしのことも応援してくれる、理想的な人。プロポーズには、わたしの大好きなルビーの指輪をくれたんです。すごく大きいんですよ。ダイヤモンドじゃなくて、ルビー。わたしの好みを完璧に把握してくれるところが、もう、大好きだなって。この人と二人なら幸せになれる。そう思って、プロポーズを受けました。ほかにも婚約おめでとうのメッセージたくさんいただきました! 皆さん、本当にありがとう! あ、ちょっと待ってね。よいしょ」
リナは結婚指輪を海に投げ捨てる。
リナ「……おまたせしました。さて、そろそろ今日のトークテーマに移りましょう。今日のトークテーマは、『生きるのが辛いときは』。このテーマはリスナーさんからのリクエストです。……重いテーマですね。うん。生きるのが辛いこと。たくさんありますよね。特にこの現代では。例えば収入が足りない、とか。お金がないって、本当に大変なことですよね」
リナはバスケットから督促状を取り出し、眺める。
リナ「わたしも今でこそ、こうやって年に何度も海外に行ける程度に収入が入るようになりましたけど、子供の頃は貧乏でした。そうなの、昔からこういう生活をしていたわけじゃないんですよ」
リナは写真を取り出す。
古い写真。
リナの幼い頃。
優しそうな両親も写っている。
リナ「……それから、家族関係。わたしの両親はわたしが幼い頃に離婚しました。母はそうは言わなかったけど、離婚原因が父の浮気だったことは分かっています。モラハラ気質で、最低な父。そういえば、父に笑顔を見せてもらったこと、わたし、ないかも」
リナは写真を見る。
リナが大人になっていく過程の家族写真。
その全てに幸せそうな笑顔の両親が写っている。
リナ「ほかにも、仕事がない。友達がいない。いじめられている。たくさん、人生にはたくさん、わたしたちを苦しめるものが溢れています」
リナは自分の結婚式の写真を見つめる。
そして結婚式の写真と、督促状だけを手に取り、他を戻す。
リナ「苦しみ抜いたときにどうするか。わたしたちは、この人生を終わらせようと、旅に出ることがあります。この感情を終わらせたい。何も考えたくない。生きていたって、この先が好転するとは思えない。だから」
リナは言葉に詰まる。
マイクを置き、督促状と結婚式の写真に火をつける。
砂の上で燃えていく督促状と写真。
リナは一息つくと、燃えカスに砂をかけ、マイクを持ち直す。
リナ「……ごめんね、編集したと思うけど、ふふふ。少し間があったでしょう。ちょっと感情が込み上がってきちゃって。……そう、生きるのが辛いとき。あると思うんです。だけどね、逃げ場はそこじゃないの。つまり、命を終わらせるための、その場所、その方法。それは、ほんとうにあなたの逃げ場? いいえ、あなたが逃げるのはそっちじゃない。逃げるのはいいの。ごめん、ちょっと言いたいことがバラバラになっちゃうけど。逃げてもいいけど、逃げ場を間違えないでって言いたいの。逃げ場はたっくさんあるの。それは、新しい人間関係かもしれない。昔身をおいた環境かもしれない。ある人にとっては遠い親戚かも。海外の可能性だってあるし、昔諦めた夢かもしれない。そう。たくさんあるの。逃げていい。そこから離れても、何年も経てばそれを責める人もいなくなるはずだから。道は、一つじゃないの。わたしの母はとっても苦労して、わたしをここまで育ててくれたけど、わたしはね、リナは、母のようには生きない。わたしは幸せになる道だけを選んで、迷わずに生きていく。みんなもそうして。生きるのがつらいときは、逃げ場を間違えてはいけないよ。……ごめん、ちょっと、熱く語りすぎたね。来週はもうちょっと、ふふ、落ち着いた感じで配信しますからね」
リナはしゃべりながら燃えカスを片付け、バスケットの中身を整理する。
と、バスケットの中に赤い宝石のおもちゃがついたヘアゴムを見つけ、それを手にとって微笑む。
リナ「うん……逃げ場。わたしの母にとって、その逃げ場は、わたしだったのかもしれません。何もうまくいかない、母の逃げ場。それが、里菜(リナ)。さて、夕日が、わたしの大好きなルビーと同じ色になってきました。そろそろ、お開きにしようと思います。この番組では、あなたからのご質問や、トークテーマを随時募集中です。概要欄に詳細がありますので、よろしければ、御覧ください。それでは、今日はこの辺で。あなたの人生に幸せを。リナでした。また来週」
リナは録音を終わらせる。
リナは波の音を聞いている。
リナは立ち上がって、海で遊ぶ子供に向かって声をかける。
リナ「里菜〜! そろそろ帰るよ! ほらあ、髪の毛ボサボサじゃない。ママが結んであげるからはやくおいで! ほら! 里菜の好きな、赤いキラキラのゴムだよ!」
子供の声「もうちょっと!」
リナ「早くいらっしゃいって言ってるでしょ〜!」
リナは笑顔で海にいる子供のもとへ駆け寄る。
波の音と、リナと子供がはしゃぐ声が、夕暮れの海に響く。
了。
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