里山のつどい 舞台

これは健太が、里山で人間と他の生き物との共生の道しるべを学んだ物語である。
佐藤そら 6 1 0 09/01
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第一稿

   夏、里山の日中。
ナレ「とある里山に一人の少年がやって参りました。彼の名は健太と申しまして、山道を歩いておりますとハンミョウのハン吉と出会いました。ハンミョウと申しますのは ...続きを読む
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   夏、里山の日中。
ナレ「とある里山に一人の少年がやって参りました。彼の名は健太と申しまして、山道を歩いておりますとハンミョウのハン吉と出会いました。ハンミョウと申しますのは、別名道しるべ、道案内などとも呼ばれておりまして、健太の数メートル先を飛んでは止まり、また飛んでは止まりと、まるで山の中に案内しているかのようでございます。健太はハン吉のあとを追って、ため池の近くまでやって参りました」
ハン吉「おい、あんた、一体いつまでおいらについてくるつもりだい?」
健太「(辺りをきょろきょろして)えっ!? 誰かいるの?」
ハン吉「とぼけたことを言ってるね。あんたの今目の前にいるじゃないか」
健太「(目線を下げて)このハンミョウ!?」
ハン吉「何を驚いている。そっちが勝手について来たんじゃないかい?」
健太「だって、案内してくれたんだろ?」
ハン吉「おいらは案内したつもりなんかないね。なんでいつも、おいらのあとには誰かがついて来るんだい?」
ため池からアカハライモリが現れる。
アカ「ハン吉よ、またしょうもない人間を連れて来たのか」
ハン吉「これはこれは、アカハライモリのアカさん」
健太「あっ、ヤモリだ!」
アカ「何を言ってるんだい、少年。わたしはアカハラのイモリだ。家を守るヤモリではない。頭のおかしい人間の家なんぞ守らん。わたしは、井戸や田んぼを守るイモリだ。まったく、人間って奴は自分で勝手に名付けておいて違いも分からんのか」
健太「僕は健太って言うんだ。よろしく、ハン吉、アカさん!」
アカ「出会ってすぐに距離をつめてくる子だねぇ。もう少し、わたし達とは距離をとってくれないか」
ハン吉「それにしても、健太。あんたは顔に気持ち悪いもんを付けてるね。それは何を付けているんだい?」
健太「これはマスクだよ」
ハン吉「それがあのマスクというものなのか。噂では確か、人間というのは春にマスクをしている生き物だと聞いたぞ?」
健太「今はなんだか年中する時代になったんだ。これまで春に人間がよくマスクをしていたのは花粉症のせいさ」
ハン吉「花粉症!? それはおいら達には関係のない話だね?」
健太「ハン吉やアカさんには関係ない話だよ。まったく、人間だけが迷惑してるんだよ」
アカ「なんだと? けしからん。とんでもないことを口にする人間だね。ハン吉、やっぱりしょうもない人間を連れて来たよ。迷惑してるだって? 一体本当に迷惑してるのはどっちだろうね?」
健太「えっ、迷惑してるの? もしかして、アカさんは花粉症?」
ハン吉「ってことはアカさん、おいら達もやがて花粉症になるんですかい?」
アカ「いやいや、そういうことではない。あんたらは花粉症の起源とやらを知らんのかな?」
健太「それは、スギとヒノキがいっぱい花粉を出すからだろ?」
アカ「ほう、では何故いっぱい花粉が出るんだ?」
健太「それは……」
ハン吉「分かった。スギやヒノキが増え過ぎたんじゃねえんですか?」
アカ「そうだ。では、何故増えた?」
ハン吉「そいつは……」
アカ「いいか。それはな、全て頭のおかしい人間の仕業なんだよ」
健太「僕達、人間のせいなの?」
アカ「昔々、人間は里山に住んでおった。けどある時、人間は里山を離れて都会に出て行こうと考えたのだ。それでその時に、棚田や湿地にスギやヒノキを沢山植え、後で利益にしようと考えたんだ。木材に使えると思ったんだよ」
健太「木材!?」
アカ「そうだ。スギやヒノキは傾斜地でも真っ直ぐ伸びる。だから人間にとってとても都合のいい木だった。だから、スギやヒノキを植えて都会に出れば、木が大きく育った時、お金になると思ったんだ。しかし、人間の考えは浅はかだった。植えた報いが今、己の身に返ってきておるのだ」
ハン吉「つまりこれは、スギ、ヒノキの陰謀なんだな?」
アカ「そのとおり。そして、人間が里山を離れたことで、里山はすっかり荒れてしまった。怒った花粉達は、人間を恨んだ。なのに、どうしたものか、自分達のことを恨む人間がいて、花粉達はそんな人間に腹を立て、攻撃するようになった。つまり、それが花粉症だ」
健太「そうだったんだ!」
アカ「人間が里山を離れることで、増加したスギやヒノキは、はらわたが煮えくり返り、大荒れだ。その一方で、わたし達イモリや、ハン吉の仲間達は、昔と比べれば随分と減少しておる。わたしもアカさんだが、アカガエルのアカさんも、全然見かけなくなっちまった」
健太「絶滅危惧種ってやつだろ? 本で見た事があるよ」
アカ「誰のせいで絶滅に追い込まれてると思ってんだ」
健太「人間のせいなんだろ?」
アカ「そうだ。アカガエルのアカさんに代わってアメリカからやって来た外来種、ウシガエルのニューオリンズが増えたんだよ」
ハン吉「そういや近頃は、里山なのに牛の鳴き声が聞こえるな?」
アカ「食欲旺盛なニューオリンズは我らの仲間を次々と食べてしまった。でも元々は人間が食用として持ち込んだのだ」
ハン吉「そのニューオリンズとやらを喰っちまう人間の気が知れねぇーな」
健太「ごめんよ。何もかもが、人間のせいなんだね。僕は人間だから、花粉からも他の生き物達からも恨まれて当然なんだ」
ハン吉「せめて健太が花粉からの攻撃を受けない手立てはないのかい? そんな給食当番みたいなマスクじゃ、おいらは不安だね」
健太「忍法隠れ身の術。人間であることが問題なら、そこにいることを悟られないように、人間としての存在を消す方法を身に着けるとか?」
ハン吉「なるほどな。健太、良い案じゃねぇーか」
健太「でも、一度忍者村で修業をしないといけなくなる……」
ハン吉「それまでに花粉症になっちまいそうだな。なんとかする方法はねえんですか、アカさん?」
アカ「大きな杉の木の下で、あーなたとわたしー。仲良く遊びましょう。その歌に全ての答えはあるぞ。健太は花粉が嫌いか?」
健太「別に嫌いじゃないけど……」
アカ「なら花粉症にはならん」
健太「えっ、そうなの?」
アカ「花粉と友達になればいい。そもそも、花粉を毛嫌いするから、花粉から攻撃されるんだ。友達になれば、花粉症になるはずがないんだ」
健太「そうだったんだ! なら僕、花粉と友達になるよ。仲良く遊ぶよ」
ハン吉「なるほど、そいつはいいことを聞いた。おいらも花粉と友達になれば大丈夫なんだな?」
アカ「ハン吉、わたし達ははじめから花粉と友達だぞ? この里山で皆共生して生きている生き物なんだから。いまだ共生しようとしていないのは、頭のおかしい人間だけなんだ」
ハン吉「なるほど、そうなんだな」
アカ「人間以外の生き物は皆、花粉と友達だ。だから、健太のように気持ちの悪いマスクをする日は来ない」
健太「僕達は里山で共生しなかった報いを、今受けているんだね」
アカ「憎まれっ子世にはばかる。ご覧の通り人間は、はばかっておる。人間の数も、いつか自然の力によって、減らされる時が来るかも知れないな。目に見えないものが一番手強いんだ」
ハン吉「そいつは、おっかないな」
アカ「今や花粉症は人間に『国民の病』と呼ばれているようだ。主に春の時期、スギとヒノキの花粉と友達になれず、攻撃を受けている者が多いそうだ。田んぼの稲子が言っとった。稲花粉も人間に攻撃を開始し、イケイケだそうだ。だから人間は年中マスクになるわけだな」
ハン吉「つまり、あれかい? 花粉は国民的アイドルになったのかい?」
アカ「もちろんだ。人間の目に見えんだけで容姿も整っておるし、かなりのイケメンだ。あれを毛嫌いする理由が分からん」
健太「気になる子には嫌がらせをしてしまうってやつに似てるのかな?」
ハン吉「そいつは良くないことだな。せっかく会えるアイドルだってーのに。花粉を避けたり、無視したり、それはいじめじゃないか! 誰とも仲良くできないのが、人間という生き物なのかい?」
アカ「まったく、人間の頭がおかしいエピソードは、とどまることを知らんな」
健太「アイドルとは、どの時間に会えるの?」
アカ「アイドル花粉が活動する時間帯は主に日中だ。一日のうち最も気温が高い時間帯だ。早朝、スギヒノキ林ステージからデビューし、やがて都市部へと向かうそうだ」
健太「じゃあ、人間はアイドルから日中に攻撃を受けるんだね?」
アカ「攻撃はそれだけでは終わらんぞ? 人間が油断した夕方、都市部ではお楽しみアンコールが待っておる。上空の花粉が地面に落ちたり、落ちていた花粉が再び舞い上がるアクロバットショーだ」
ハン吉「アクロバットですかい? ただじゃ転ばない花粉だな。尊敬するぜ」
アカ「この山の中では、ファンも多くてなぁ。なにしろ自作のうちわを持って、現場に駆けつける者も多いらしい。イケメン過ぎて、吸い込んで想像妊娠したやつもいるそうだ。花粉を取り込んでも受粉はできんから残念だ」
ハン吉「こっちでは、随分と人気だねぇ」
アカ「人間へのイケイケコールがあるらしいぞ?」
健太「なら、僕もうちわを作ってファンになろうかな?」
アカ「健太、良い心がけだ。そうそう、花粉は一度でも恨んだ人間のことは許さないらしいからな。それだけは忘れずに」
健太「分かった!」
ナレ「健太はその日、家に帰りますと、早速うちわの制作に取り掛かったのでございます。するとそこに、一緒に暮らす、じいじがやって来たのでございます」
じいじ「おい健太、一体何を作っておるのかな?」
健太「あ、じいじ! 今ね、アイドルのうちわを作ってるんだ」
じいじ「アイドルのうちわ!?」
健太「花粉は国民的アイドルなんだ。僕は花粉と友達になるんだ。じいじは知ってる? 花粉と友達になると、花粉症にはならないんだよ」
じいじ「それは誰が教えてくれたんじゃ?」
健太「今日里山に遊びに行った時、アカハライモリのアカさんと、ハンミョウのハン吉が、スギやヒノキの花粉について教えてくれたんだ」
じいじ「おぉ、そうだったのか。まだイモリやハンミョウの仲間達は生きておったか」
健太「えっ?」
じいじ「わしは子供の頃、親に連れられて里山から街に出た。多くの若者が出て行った。そして、里山は人間から見放されたのじゃ。わしが大人になって久々に山を訪れた時には、スギヒノキアフロができあがっていた。そして出迎えてくれたのは、数少ないアカガエルのアカさんじゃった」
健太「えっ!? じいじ、アカガエルのアカさんに会ったことあるの?」
じいじ「おぉ、あるぞ。アカさんはひどく人間に怒っておった。人間によって環境が崩れ、この山はすっかり変わってしまったと。絶滅に追い込まれた生き物も沢山いると」
健太「みんな仲間が減ったって、今日も言ってたよ」
じいじ「人間が安い輸入木材に頼って、結局植えたスギやヒノキを使わなかった。実はな健太、この家もカナディアンツーバイフォーだぞ」
健太「えっ! 外来種!?」
じいじ「アカさんはわしに、これからは花粉が街へ大量に出動すると教えてくれた。里山のつどいで満場一致で決まったことだそうな。人間は大きな罪を犯したなぁ」
健太「なんで仲良くなれないんだろう? 花粉は目に見えないから嫌われちゃうのかな? 僕達にも目が付いているのに、どうして見えないんだろう?」
じいじ「大切なことは、だいたい目に見えないんじゃ。だから間違える。でも、分からんぞ? もしかしたら、健太にはいつか見える日が来るかもしれん」
健太「えっ、本当に!?」
じいじ「応援していたら、いつか花粉も姿を現すかもしれんだろ?」
健太「そっか! じゃあ、僕、花粉を応援するよ!」
じいじ「これからはもう一度、共存、共生していく時代じゃなぁ……」
健太のママがやって来る。
ママ「夕ご飯、できたわよ」
健太「あっ、ママ! 見て、見て! アイドルのうちわだよ!」
ママ「アイドルのうちわ!?」
健太「僕、スギヒノキ花粉を応援するんだ!」
ママ「そんなもん応援してどうすんの。おかしなことを言う子だねぇ?」
健太「国民的アイドル! イケメンなんだよ?」
ママ「あら、うちの子、夏の暑さで頭がおかしくなったのかしら?」
健太「人間の頭がおかしいのは昔からさ」
終わり

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