いのちことほぐ 舞台

自身が余命いくばくもないことを悟った老人、松平。彼は、老人の脳を若者の肉体に移植することで第二の人生を歩むことを可能にするという技術に手を出そうとしていた。そう、孫の肉体に自身の脳を移植する手術を受けようとしていたのである。 だが、いざ手術が目前に迫ると松平に迷いが生じる。そんな松平に対し、手術の斡旋業者・鳥山はかつて彼が担当した2つの案件のことを語り始める・・・。
松横丁 10 0 0 07/28
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第一稿

登場人物
松平編
松平[ 松] ・・元教授の老人。死への恐怖から脳移植を企む。
鳥山[ 鳥] ・・脳移植手術の斡旋業者。他二編にも出演
光[ 光] ・・・松平の孫で、肉体の ...続きを読む
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登場人物
松平編
松平[ 松] ・・元教授の老人。死への恐怖から脳移植を企む。
鳥山[ 鳥] ・・脳移植手術の斡旋業者。他二編にも出演
光[ 光] ・・・松平の孫で、肉体のドナー。
之江[ 江] ・・松平の息子の妻、光の母。
小田編
小田[ 小] ・・小田繊維(有)の会長。不死への憧れから脳移植を企む。
三紀[ 三] ・・小田の孫で、肉体のドナー。
巌流島編
宮本[ 宮] ・・漫才コンビ「巌流島」のボケ。
佐々木[ 佐]・漫才コンビ「巌流島」のツッコミ。宮本を失うことへの恐怖から彼に脳移植を受けさせようとする。
柳生[ 柳] ・・巌流島にあこがれ、弟子入りを志願する若者。
光編
光[ヒ]・・大人になった光。

本文
松平編1

予め書斎セットを組んでおく。上手サスFI 。上手から能面をつけ、扇を手に持った松平が『敦盛』を謡いつつ入ってくる。タイミングとしては、松平の声をキューに照明がつく。

松 人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

下手サスFI 。同様に下手から光が入ってくる。

光 人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
松 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
光 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

地明かり、上下サスCF 。松平と光が中央サスに歩いていく。

松 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
光 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ

鼓SE 。地明かりCI 。面を取り、扇を机に置く二人。

光 おじいちゃん、今のなんていう歌?
松 『敦盛』だ。それと、歌ではない。
光 じゃあ何?
松 そうさな、お芝居といえばいいのか?
光 僕お芝居好きー!
松 ふん、そうか。
光 えっと、えっと・・・(何かを思い出そうとする仕草)

ドアノックSE 。

松 なんだ?

之江、扉から入ってくる。

江 お義父さん、お客様です。
松 客だと?
江 はい、確かお名前は・・・
鳥 はいはいー、失礼しますよー!
江 ちょっと!

鳥山、之江を押しのけて扉から入ってくる。

鳥 どーもどーも、お久しぶりですー!
江 お知り合い、なんですか?
松 うむ(嫌そうに)。お前は光を連れて出ていけ。
江 え、あ、はい。行くわよ、光。
光 やだー、まだ遊ぶのー。
江 おじいちゃんは忙しいんだからまた後でね。

光、駄々をこねるが之江が無理やり連れていく。

鳥 いやはや、可愛いお孫さんですなあ。
松 ・・・それは皮肉か?
鳥 ほほほほほ、そんことござあませんよ。
松 ふんっ。
鳥 おやおやぁ?

鳥山、机の上の和綴じ本をとる。

鳥 敦盛、ですか。敦盛と言ったら信長ですよね~。
松 うむ。
鳥 人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなりでしたっけ?
松 左様。人間にとっての五十年など、天の上の者にとっては夢や幻のごとくはかないとい
うことだ。
鳥 はー、そういう意味なんですか。
松 うむ。
鳥 流石ですなあ。
松 茶化すでない。
鳥 茶化すと言えば、お茶はまだですかな?
松 無断で茶菓子を食うやつに出す茶などないわ。

鳥山、机の上のきんつばを勝手に食べている。

鳥 こいつぁ一本。(頬張りながら)
松 で、用件はまだか。
鳥 まあ、そう慌てずに・・
松 儂には時間がないのだ。
鳥 ・・・それは失礼。では、始めましょうか、お掛けください。
松 ここは儂の部屋なんだがな。

松平、そう言いつつ座る。鳥山、数十ページからなる書類と、蛍光ペンを取り出す。

鳥 今日はまあ、契約の確認です。全部読むわけにもいかないので要点だけ・・

松平、手を差し出す。

松 寄越せ。
鳥 はい?
松 自分で読んだ方が早い。
鳥 百ページ近くありますよ?
松 いいから寄越せ。

鳥山、渋々といった調子で松平に書類を渡す。松平受けとって読み始める。松平が呼んでる間、鳥山はバッグからゲーム機を取り出して遊んでいる。数秒で松平は読み終わって顔を上げる。

松 何だそれは?
鳥 ふぁいっ!?あ、そのパソコンですよ。メールの確認をば、ほほほほ。
松 ふんっ、ほれ。

松平、書類を鳥山に返す。

鳥 もう、読み終わったんですか?
松 うむ。
鳥 は、ははは。そんじゃま、今日はこの辺で・・・。
松 待て。

きんつばをこっそり懐に入れて立ち上がりかけた鳥山を松平が制す。

鳥 あ、いや、これ(きんつばを手にもって)は冗談ですよ~、やだな~。
松 そうではない。四十五ページだ。
鳥 え?

鳥山、オリーブの首飾りを口ずさみながら書類をめくる。書類中ほどで手を止める。

鳥 Gotcha!で、このページがどうかしましたか?
松 それの十二行目・・
鳥 ふむふむ(書類を見ながら)あーはいはい、これですね。手術後の人生について、当社は一切の責任を負いません、ですか。
松 そこだけ妙に含みのある言い方だと思ってな。
鳥 あー、まあ、色々ございましてえ。
松 色々?
鳥 ンまあ要するにいるんですよ、手術が終わってからクレームを言いに来る人が。
松 クレーム?どういうクレームだ?
鳥 私共にも守秘義務がありますからねえ。
松 くれてやるから話せ。(きんつばの入った鉢を鳥山の方へ滑らす)
鳥 ようがす。(早速きんつばを食べながら)話が漏れると困るのはお互い様ですしね。呉越同舟ですな。
松 それを言うなら一蓮托生だ。
鳥 そうでしたっけ?ま、バウムクーヘンとアウフヘーベンぐらいの違いですよ。
松 貴様は一体何を言っているんだ。
鳥 ええと、何の話でしたっけ。
松 クレームが・・・
鳥 あーはいはい!思い出しましたよ。(手帳を取り出す)どこだっけなあ、クレームブリュレは初恋の味~。あったあった。
松 手短にな。貴様の話はいつも長すぎる。
鳥 善処しますよ。

鳥山、突然扇を手に取って立ち上がる。語りながら手前サスへ移動。
手前サス地明かりCF。鳥山のセリフの間にセットを変える。

鳥 あ、絶景かな絶景かな春の眺めは値千金、あそこに見ゆるは小田繊維・・・(扇を懐にしまいながら)疲れたんで止めます。今から話すのは私が初めて担当した方のことです。その人は小田繊維という会社の会長でした。

小田篇

地明かりCI。会議室のセット。腕時計を見ながら落ち着きなく歩き回る鳥山。扉が開いて小田が入ってくる。

鳥 こっ、これはこれは、お世話になっております。
小 うん?本田君じゃないのかね。
鳥 本田はインフルエンザで寝込んでおりまして、代わりに・・(咳払い)私、鳥山と申します。

鳥山、名刺を差し出す。小田、名刺を受け取る。

小 回生ライフコンサルト鳥山・・なんて読むんだい?
鳥 ゲンキです。鳥山元喜と申します。
小 若い人の名前は読めなくてねえ。
鳥 す、すいません。
小 最近はこういうカタカナ肩書も多いしねえ。
鳥 は、はあ。
小 それで、手術の日程は決まったのかい?
鳥 は、はい!一か月後、六月二十五日になります。
小 一か月後!?
鳥 はい、なにせ難しい手術ですから。
小 にしたってそんなにかかるものかい。
鳥 はい。小田様の脳だけをそのままドナーの肉体に移すわけですから・・拒絶反応が起こらないように十分チェックを重ねる必要があるんです。
小 まあそれで若い体が手に入るなら我慢するしかない、か。
鳥 一つお聞きしてもよろしいですか?
小 なんだい?
鳥 小田様はなぜ当社のサービスを受けようとお考えになったのですか?
小 ・・・簡単なことさ、私は死ねないからだよ。
鳥 死ねない、ですか。
小 そうだ。私はこの小田繊維を裸一貫で立ち上げ、国内最大級の企業へと上り詰めた。これほどの手腕を持つ者は私以外に存在しない。だから私は生き続けて、この会社を発展させ続けねばならないのだよ。永遠にね。
鳥 永遠、ですか。当社の技術でもさすがにそこまでは・・。
小 なぁに、それが可能になるよう小田繊維が君たちを全面的にバックアップしてあげるさ。無論、今回の手術が上手くいけばの話だがね、
鳥 それはそれは、ありがとうございます。
小 それで、本題に入ろうか。
鳥 はい、本日は最終契約書を・・・
小 それなら別の部屋のがいいかな。付いてきたまえ。
鳥 はい。

小田、部屋を出る。鳥山、それに続いて出ようとする。手前サス地明かりCF。鳥山は部屋か
ら出ずに手前サスへ。

鳥 歴史書を読むと永遠の命にあこがれる権力者の話には事欠きません。あの方、小田信二さんもそのうちの一人だったということでしょうか。脳みそを若い肉体に移して延命を図る、当社のサービスを端的に表すとそういうことになります。それについて最大の障壁になるのが拒絶反応。小田さんのケースも肉体のドナーを探すのには苦労しました。中々ピッタリ当てはまる肉体ってないもんなんですよ。結局、一番うまくいくのは肉親の体ですな。小田さんの場合は・・・松平さん、あなたからしたら他人事とは思えないかもしれませんね。

鳥山、ネクタイを黒いものに付け替える。鳥山、焼香のマイム。地明かりFI。木魚SEFI。部屋の中は机やいすが取り除かれ、座布団がいくつか置かれている。壁には鯨幕がかけられている。三紀、座布団の一つに寝転んでいる。鳥山、その近くの座布団に座る。周りの座布団には喪服のマネキンが座っている。

鳥 おぼっちゃん、そんなところで寝ると風邪をひきますよ。
三 ん~ん。
鳥 おぼっちゃん、おぼっちゃん。
三 やめたまえ、わからないのか、私だよ。
鳥 え?

三紀、鳥山を睨む。

鳥 あー!小田様でしたか。
三 声が大きい。
鳥 申しわけございません。そのお姿でお会いするのは初めてでしたので。
三 顧客のドナーの人相位把握しておくべきだと思うがね。
鳥 あ、いや、はあ。しかしまあ、小田様の脳を移植したからでございましょうか、以前の面影がチラリとこう・・・。
三 孫の体だ、似ていて当然さ。
鳥 左様でございました、これはうっかり、はっはっは・・。
三 何がおかしい?
鳥 はっは、はあ。申し訳ございません。

間。

鳥 いや、しかし、流石ですなあ。ここまで人が集まる葬式もなかなかございませんよ。
三 当然だ、私の葬式なのだからね。
鳥 はー。
三 ここにいるのは私に恩がある者ばかりだ。
鳥 はい。
三 家族も、社員も私がいなければ今の生活を送ることはできなかっただろう。
鳥 そうですねえ。
三 この葬式に来ている人数が、私の人生の業績の大きさを物語っているのさ。
鳥 なるほどですね。
三 君もこんな葬式が開けるように精進することだね。
鳥 ・・肝に銘じておきます。
三 さて、そろそろヒアゲかな?
鳥 (腕時計を見て)そのようですね。

間。

鳥 そのぅ、大変申し上げにくいのですが・・あの・・
三 金なら秘書に持たせてある、斎場の外で受け取るがいい。
鳥 はっ。それでは私はこの辺で、失礼いたします。

鳥山、扉から去る。地明かり中央サスCF。それに合わせて木魚SEヒアゲガヤSECF。三紀、箸を取り出して食べるマイム。以下数字は小田の縁者や部下、声のみ。

1 しかし、とうとう会長も亡くなったか。
2 うちの会社の経営も多少はマシになるといいんだがなあ。
3 ノブオ、遺産の話だけど・・
4 兄さん、葬式の席ですよ、自嘲してください。
3 いい子ぶるなよ。お前だって辛抱してきたんだろ?

舞台奥サスFI、鳥山の姿が浮かび上がる。

1 あの人のやり方も昭和の内はよかったんだろうけどなあ。
2 役員の連中も尻拭いばっかで大変だっただろうな。
4 あれだけ苦労させられたんです、その対価がなければ気が済みません。
3 対価、か。お前も冷めてるなあ。
4 父さんにはそれが妥当な扱いでしょう。
3 言えてるよ。
三 ふざけるなあ!

三紀、立ち上がる。

三 誰のおかげで飯が食えたと思ってる!誰のおかげで生きてこれたと思ってるんだ!
5 座りなさい!三紀、急に大声出して。おじいちゃんみたいな怒りん坊は嫌いなんじゃなかったの?
三 あ、ああ・・。

ふらふらと座る三紀。

三 そんな、そんなの知りたくなかった。私は、私は・・こんな思いをするくらいなら、生まれ変わりたくなかった!

泣き崩れる三紀。鳥山。中央サスへ歩いていく。

鳥 世の中知らない方がいいこともあるとはよく言ったものです。そういうの知らずに逝けたら、その方が幸せなんでしょうかねえ。

中央サス、手前サスCF。鳥山、フェードに合わせて手前サスへ。

鳥 こういう状況になったとしても、当社では責任を負いかねます。文字通り第二の人生を送るチャンスを差し上げるのが我々の仕事になります。その第二の人生、ましてや第一の人生をどう生きるか、それは正直言ってお客様次第、というほかありません。悔いのない人生を過ごせるよう、頑張ってくださいませ、ホホホホ。

鳥山のセリフの間にセットを変える。

松平編2

松平の咳払い。地明かりCI、BGMCO。

松 勝手に盛り上がるな。
鳥 これは手厳しい、盛り上がろうが何だろうが、烏の勝手でしょー。私は鳥、山ですし?はーっは!

鳥山、喋りながら椅子へ行き、腰かける。松平、頭を抱える。

松 何があったらこうも下らぬことばかりスルスル出てくるようになるのだ・・。
鳥 ホホホ。
松 ところで・・
鳥 はえ?
松 小田という男はあの後どうなったのだ?
鳥 私の体を返せぇ!

突然大声を上げる鳥山に驚く松平。

鳥 って、怒鳴られました。電話越しですけど。
松 後元の体に戻ったところで何にもならないと思うが。
鳥 権力は取り戻せるかも、ってことですよ。
松 権力?
鳥 ええ、恩知らずどもを処分できる権力です。
松 それで、どうなった?
鳥 もちろんどうにもなりませんよ。元の体はとっくに死んでますし。
松 そうか、そうなるのか。
鳥 ええ、まさかドナーの脳を移植するわけにもいきませんから。
松 ・・その後は?
鳥 さあ?ああなってはもう我々の関与するところではありませんからね。小田繊維は息子さんが継いだみたいですけど。
松 結局何もかも失ったわけか、愚かだな。
鳥 おや?意外ですね、共感なさるものとばっかり思ってましたが。
松 共感だと?
鳥 松平さんも小田さんと同じく、お孫さんがドナーじゃないですか。
松 ・・儂はその小田とやらのように見苦しく後悔などせん。
鳥 ホホホ、それは頼もしい。
松 それに、ここまで来ては退くわけにもいか・・。
鳥 できますよ、今なら。
松 は?
鳥 それも含めた最終確認ですから、キャンセル可能です。
松 キャ、キャンセルだと?
鳥 ええ、キャンセル料は発生しますが。
松 どこの酔狂がそんなことを・・
鳥 (一瞬腕時計を確認して)見ますか?キャンセルした張本人。
松 何だと?

鳥山、机の上のリモコンを取り、客席に向ける。テレビ起動SE。新喜劇調のBGMCI。地明かり手前サスCF。上手から宮本、下手から佐々木が手前サスへ入ってくる。宮本はスタンドマイクを小脇に抱えている。

巌流島編

宮本がスタンドマイクを置くと巌流島の漫才が始まる。漫才の間にセットを変える。

宮・佐 ど~も~。
宮 宮本です!
佐 佐々木です!
宮 二人合わせて
宮・佐 巌流島です!
宮 いやー、近頃随分暖かくなってきましたねー。
佐 もう春ですからねー。

上手サスCI。鳥山上手サスに入る。
手前サスFO。

鳥 追悼番組で漫才丸々一本やるってのも珍しいですよね。巌流島が一時代を築いたことの証ってやつでしょうかねえ?私は世代じゃないけど、有名だってのは知ってましたし。だから本物にあったときはちょっと感動したなあ。そういやこの漫才の後にもお会いしたんですよねえ。

鳥山、上手へはける。地明かりCI。楽屋セットが用意されている。扉を開けて巌流島コンビが入って来る。

宮 ふー、疲れた疲れた。オイラも年だよなあ
佐 しゃんとしなよ、立てなくなったら漫才師じゃないよ。

セリフを言いながらとてつもなくゆっくり座る佐々木。

宮 がっはっは、お前こそおばやん丸出しじゃねえか。
佐 うるさいよ!このオタンチン!

宮本、お腹から座布団を取り出す。

宮 ただのざぶとん~。
佐 いつ仕込んだんだい、そんなもん。

宮本、座布団を椅子の上に敷いてから座る。佐々木は机の上の菓子を食べる。

宮 オイラあこれがないと座れなくてよー。
佐 腰悪いのかい?
宮 腰っつーか、ケツが痛くてよ。お前が食ってる煎餅みたいな色のおできができちまって。
佐 (吹き出して)なんて話してくれんだい!
宮 (一口チョコを手に取って)見ろこれ、オイラの鼻くそそっくり!
佐 んがあああ!この文字通りの糞じじいがっ!

扉のノック音。

佐 誰だい!?(ドスをきかせて)
柳 ヒィッ!
宮 んなヤクザみてーな声出すなよ。柳生ちゃんだろ?入んな。
柳 はいっ!失礼します!

扉を開けて柳生が入ってくる。

柳 巌流島さん、お疲れさまでした!
宮 おう、ありがとさん。
佐 あんたも懲りないねえ、何度来たって弟子はとらないよ。
柳 え、あ、そこをなんとか!
佐 じゃあなんかやってみなよ。
柳 な、なんか?
佐 あたしを笑わせたら考えてやるよ。
宮 お前なあ、ちっと性格悪・・
柳 いきます!
宮 いきますって、ええ!?

柳生、ボロボロの日本人形を取り出す。

柳 一人漫才!
宮 お嬢さん、ちょっと相方怖すぎじゃありません?
柳 いやー最近寒くなってきたねー
宮 むしろ逆だろ!もう春だぞ!
柳 うんそうだね、もうすぐ氷河期だね、サーベルタイガーだね(腹話術をしようとして何を言っているかわからない状態になる)
宮 いや一言もわかんないんだけど!なんでそれやろうとしたんだよ!
柳 じゃあ一発ギャグいきます!
宮 この状況で!?お前の面の皮六法全書?
柳 足だけで服を脱ぎます!
宮 やめて!需要ないから!十八禁になっちゃうから!
柳 想像だけで電気ウナギの踊り食いします!アッいてっ!
宮 話を聞けえ!ここは無法地帯かあ!もういいよ、
宮・柳 どうも、ありがとうございました~。
佐 なんであんたがツッコミやってんだあ!
宮 いやでもすごいんだよ柳生ちゃん、ボケの畳みかけ方がオイラそっくり。
柳 小さいころから巌流島さんが好きでずっと見てましたから!
宮 そいつぁ嬉しいねえ。
柳 だからどうか弟子にしてください!
佐 あたしを笑わせるのが条件だったろ、あたしゃ笑ってないよ。
宮 佐々木よぉ。
佐 帰んな。そもそもあたしは弟子なんて取る性分じゃないのさ。
柳 ・・・絶対、いつか絶対佐々木さんを認めさせますから!

柳生駆けだして扉から出ていく。扉は開けっ放し。

宮 柳生ちゃん!佐々木、お前なあ。
佐 なんか文句あるかい?

開けっ放しにした扉からぬうっと覗き込む鳥山。

鳥 お取込み中ですかー?
佐 誰って、あ、あんたは!
宮 知り合いか?
佐 悪いけどちょっと席外してもらえるかい。
宮 お、おう。

宮本、扉から出ていく。宮本が去ったのを確認してから室内へ入る鳥山。

鳥 (扉を後ろ手に閉めながら)どーもどーも、お元気そうで何よりですー。
佐 人が気にしていることを言うんじゃないよ。
鳥 それは失敬。(宮本の椅子に座ってお菓子入れをまさぐる)とらやの羊羹じゃないですかー!やだー!
佐 食いたきゃ食いな。
鳥 いやー悪いですねー催促したみたいで。(食べながら)
佐 で、今日は何の用だい?
鳥 ンガング、(懐から出したエナジードリンクを飲んで)ドナーが確定したのでお知らせに参った次第です。
佐 誰なんだい?
鳥 お弟子さんです。
佐 ・・アイツは弟子じゃないよ。
鳥 あれまそうなんですか?じゃあ言い直します、最もドナーに適してると考えられるのは柳生さんです。
佐 やっぱり、そうなったのかい。
鳥 ええ。前回の訪問でも申しましたが、肉親でもないのにあの適合率は素晴らしい。いやー、ツイてますな。
佐 手術はいつになるんだい?
鳥 ドナーが決定しましたら、最終確認を一度挟んで手術と相成りますので・・三か月後くらいですかねえ。
佐 ちょっと、考えさせてくれないかい。
鳥 ようがす。本日中にお電話いただければ再度伺いますので。
佐 そうかい。
鳥 それでは、一旦失礼します。

鳥山、お菓子を鷲掴みして扉から出ていく。入れ違いに宮本が入ってくる。

宮 随分手土産をやったもんだなあ。
佐 業突く張りな奴だったからねえ。
宮 ま、結構いいモン揃ってるからな、気持ちはわからんでもない。
佐 あんた、お菓子好きだったもんねえ。

間。

佐 検査・・したんだろ?どうだった?
宮 ん?いやあ、レントゲン見て笑っちまったよ、世界地図みたいになってんだもんなあ。
佐 あんた・・。
宮 もう体中転移してないところ探す方が難しいってよ。オイラも年貢の納め時ってわけさ。
佐 ・・・なんで、そんなに笑ってられんのさ。
宮 ジタバタしたってしょうがねえ、漫才師なら死ぬまで辛気臭えツラするわけにはいかないだろ。
佐 生きたく、ないのかい・・?

間。

宮 生きたいよ。

間。

佐 じゃあさ・・
宮 だからよ、弟子入り、認めてやっちゃあくれねえか。
佐 え?
宮 柳生ちゃんのことさ。
佐 それとこれとどんな関係があんのさ。
宮 こないだ出た番組でよ、生き物の本能ってのは子孫を残すためにあるっつー話があったろ?
佐 ああ、なんか大学の先生が言ってたねえ。
宮 したらよ、この年までずっと独りモンのオイラは本能に反してるってことになるよな。

わずかに間。

宮 だがよ、そんなの糞くらえだ。オイラに本能ってもんがあるならそれは漫才師としての本能さ。最期の瞬間まで漫才続けて、そんでポックリ逝くならそれがオイラの本能的生き方って奴だろうさ。
佐 あんた・・。
宮 と思ったんだがよぉ。最近、ちっと欲が出てな。
佐 欲?
宮 柳生ちゃんの漫才、どう思った?
佐 どうったって・・。
宮 正直に言え。
佐 ・・あんたにそっくり、とまでは言わないよ。まだモノマネの域さね。
宮 その通りだ、まだモノマネだ。そう、まだ、だ。磨けばいつかオイラに勝るとも劣らねえ漫才をするだろうよ。
佐 まさか・・。
宮 絶対そうなる。オイラとお前で鍛えればな。
佐 あたしもやるのかい。
宮 そうだ、オイラが死んでもオイラの漫才は柳生ちゃんが生かしてくれんだ。
佐 あんたの、漫才。

頷く宮本。

宮 佐々木よお、オイラとお前は結局一緒になんなかったな。
佐 ・・お互い、所帯を持つ柄じゃなかったんだよ。
宮 だろうな。今もそれについちゃあ後悔はねえ。でもよ、もしお前と作り上げてきたオイラの漫才を残せるなら、オイラあそうしてえ。そいつが、きっと漫才師っつー生き物としてのオイラの本能なんだ。

間。

佐 アッハッハ、全くあんたらしくない小難しい言葉使っちゃってさ。愛の告白にしては下品すぎるよ、俺の子孫を残してくれなんてさ。
宮 ちげえねえ!
佐 まあでも、死にかけのジジイの最後の願いだ。弟子入り、許してやるよ。
宮 本当か!?
佐 女に二言はないよ!
宮 そうか、ありがてえ。だとよ、柳生ちゃん!
佐 はっ!?

扉を開けて柳生が入ってくる。

佐 あ、あんたいつから・・。
宮 最初から、さ。どっちに転んでも聞いていてほしくてよ。
佐 あんたねえ・・
柳 師匠!

柳生、巌流島コンビのもとに大股で歩いていく。

柳 お二人の思い、しかと受け取りました!必ず、必ず、立派な漫才師になって見せます!(鼻をすすりながら)

勢い良くお辞儀する柳生。

佐 ・・弟子入りの挨拶で笑いをとれないようじゃまだまださね。
柳 ふぁいっ!?
佐 明日からビシビシしごいてやるから覚悟しな(荷物を持つ)、半端な漫才で巌流島の弟子は名乗らせないよ。
柳 はい!よろしくお願いします!

扉を開けて去る佐々木。その背にお辞儀する柳生。扉が閉まってから柳生は宮本に向き直る。

柳 宮本さんも、よろしくお願いしま・・。

柳生、神妙な顔をした宮本を見て固まる。

宮 柳生ちゃん、あいつのこと・・。

宮本、その先は言わず柳生の両肩に手を置く。宮本、自分の荷物を持って扉から出ていく。
柳生、その背に向かって深々とお辞儀する。柳生、扉から外へ出ていく。BGM M-1グランプ
リのテーマCi。地明かり手前サスCF。上手から柳生、下手から佐々木が入ってくる。柳生
は小脇にスタンドマイクを抱えている。

佐 ど~も~、佐々木です。
柳 柳生です。
佐 二人合わせて、
佐・柳 燕返しです!

下手サスFI。下手サス内には鳥山がいる。燕返しコンビ、口パクで漫才を続ける。鳥山の
セリフの間にセットを変える。

鳥 この件は本人の合意が得られなかったためキャンセル、という扱いになってます、書類上は。そもそも手術を受ける本人以外が手続きをしていた・・というのが異例ですし、本人にぎりぎりまで黙ってたってのもまた異例中の異例でした。ま、キャンセル料さえいただければこちらとしては文句なしなんですけど。

手前サスFO。

鳥 私はどっちかと言えばコント派だったんですけど、この件以来漫才も見るようになりましたね・・たまーに、ですけど。

鳥山、歩いて椅子に座る。地明かり手前サスCC。

松平編3

松平、リモコンを客席に向ける。テレビ消えるSE。

松 師匠の死をネタにするとは不謹慎な。
鳥 そういう試練、だったみたいですよ。
松 酔狂なものだな。
鳥 それが漫才師根性ってやつなんでしょう。
松 儂には理解できんな。
鳥 そんで?どうします?
松 キャンセルか。
鳥 ええ。
松 無論、せぬ。
鳥 はあ、承知いたしました。ではこの書類に判をお願いします。

印鑑を取り出す松平、書類の真上に印鑑を構えたまま動かなくなる。

松 ドナーはやはり、光でなくてはいかんのか?
鳥 ええ、拒絶反応で死にたくないのなら。
松 先ほどの例のように、肉親でないドナーも・・
鳥 さっきも言いましたけど、あれはレアもレア、ハイパーウルトラレアケースですよ。

間。

鳥 怖気づきましたか?構いませんよ、キャンセルしても。
松 ・・そう軽く言うな。若い貴様に何がわかる。
鳥 はて?
松 儂には時間がないのだ。
鳥 時間、ですか?
松 老年の一日は青年の一日とその重みが違う、貴様にはわかるまいが・・
鳥 わかりますよ。仕事柄あなたのような方を何人も見てきましたから。
松 わかってたまるか!体は鉛のように動かなくなる、頭は霞がかかったようにぼんやりとしていく、それがいかに恐ろしいことか、貴様にわかるとでもいうのか!
鳥 私は・・。
松 宮本とかいう男も所詮手術の存在を知らなんだゆえあのような綺麗事が言えたのよ!知っておれば何としてでも延命を望んだであろうよ!
鳥 弟子の命を踏み台にしてでも?
松 ・・そうだ。
鳥 松平さんがお孫さんの命を踏み台にしようとしてるように?
松 なんだと!?
鳥 私共が斡旋する延命ってそういうことじゃないですか。誰かの命を使ってお客様の命を永らえるのです。
松 貴様、なんのつもりだ、なぜ儂の道を阻むようなことばかり言うのだ。
鳥 私の仕事はお客様が第二の人生を送るチャンスを差し上げることです。
松 ならばなぜ!
鳥 松平さんはどんな人生をお望みなんですか?
松 儂は・・儂にはわからん。
鳥 わからん、とは?
松 儂はただ生きたいのだ。一日でも長く。
鳥 だったらどうして躊躇うんです?
松 そう簡単に孫の命を奪えるか!
鳥 どっちなんですか、生きたいのか、生かしたいのか。選ぶしかないんですよ。
松 儂は・・っ、儂はっ・・。

印鑑を握りしめたまま震える松平。

江 こら!やめなさい!

扉が開いて竹とんぼを持った光が入ってくる。

光 おじいちゃん、竹とんぼー。

之江、それに続いて入ってくる。

江 こら、光!おじいちゃんはお仕事中なんだから駄目だって言ったでしょ!(鳥山の方を見て)すいません。
鳥 いえ、お構いなく。
光 ごめんなさい。でも、竹とんぼ壊れちゃったのー。
松 ・・どれ、貸してみなさい。

光、竹とんぼを松平に渡す。松平、竹とんぼを修理する。

松 ほれ、持って行け。

光、竹とんぼを受け取る。

江 ほら、ありがとうは?
光 ありがとう。

松平、光の顔を見続ける。

光 おじいちゃん、僕ね、桃太郎になるの。
松 桃太郎?
江 幼稚園の発表会のことです。お義父さんとお芝居の勉強したから頑張るんですって。
松 ・・そうか・・そうか。
江 (鳥山に向かって)ではすいません、お邪魔いたしました。
鳥 いえ。

之江、光扉から出ていく。間。

松 儂は、あの子の成長を見届けることができまい。
鳥 はい。
松 それでも少しでも多くのことをあの子に教えてあげたかった。ワシのことを覚えていてほしかった。
鳥 そうですか。
松 そのために長生きの法を探していたというのに、儂は、なんと・・。

俯く松平。帰り支度を始める鳥山。

松 お、おいっ!
鳥 仕事は終わったようですので、失礼いたします。
松 なに?
鳥 私の仕事はお客様に第二の人生を送るチャンスを差し上げること・・精々長生きしてお孫さんと仲良くしてくださいね、おじいちゃん。

鳥山、扉を開けて去る。机の上の契約書をぐしゃぐしゃに握りしめる松平。暗転。暗転の間
にセット変える。

光編

地明かりCi。松平葬式セット、パネルには鯨幕がかかっており、松平の遺影が飾ってある。大人になった
光がマイクを持って中央サスの位置に立っている。

ヒ 生前、祖父は敦盛が好きで、よく私に暗唱させていました。

光、マイクを外し、息を吸って朗々と謳いあげる。

ヒ 人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

光、マイクを手にする。

ヒ 織田信長が桶狭間の戦いの前に詠んだという逸話で有名な一節です。人間にとっての五十年など、天の上の者にとっては夢や幻のごとくはかないという意味だそうです。祖父は、それでも、いや、だからこそ一日一日を精一杯生きるのだとよく言っていました。ですが、亡くなる前日、もう一言だけ付け加えて私に伝えました。大切な人と生きるならなお良し、と。大切な人を見つけろと言う私へのメッセージであり、不愛想な祖父なりの愛情表現だったのかもしれません。私は・・・

地明かり舞台奥サスCF。サス内の鯨幕からのっそりと鳥山が現れる。鳥山、そこから手前
サスの位置へ移動する。舞台奥サス手前サスCF。

鳥 皆さんはどんな第二の人生を過ごしたいですか?心に決めた人生がおありでしたら、いえ、お決まりでなくとも是非当社にご一報を。金と縁のある限り、当社はお客様の望みを全面的にサポートいたします。それでは。

鳥山、お辞儀する。暗転。

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