あの日見た空の色 恋愛

事故で記憶を失った藤永来未(18)。SNSには『みるく』と名乗り呟く、自分の痕跡があった。そして、どうしても惹かれる鎌倉の写真と出会う。それは『夢見人』という人物のアカウントだった。事故の日以降が白紙になった『10年手帳』と、四つ葉のクローバーのような形の雲が浮いている写真。手帳のラストページに記された、来未が自分にした『そうちゃんに会いに行く』という約束とは……
佐藤そら 91 1 0 04/02
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第一稿

登場人物
・藤永来未/みるく(18)(8)…高校三年生
・徳倉想一/夢見人(27)(17)…来未の旧友
・相田峻(18)…来未の親友
・成瀬佐和子(18)…来未の親友

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登場人物
・藤永来未/みるく(18)(8)…高校三年生
・徳倉想一/夢見人(27)(17)…来未の旧友
・相田峻(18)…来未の親友
・成瀬佐和子(18)…来未の親友

・藤永静香(40)(30)…来未の母
・宮本貞幸(47)(37)…来未の父
・徳倉千紘(55)…想一の母
・栗原沙穂(29)…想一の彼女
・坂本(50)…貞幸の知り合いの男

・医者(48)
・女(30代)
・男性担任教師(30代)


○(回想)ピンク色に染まる空(夕方)
   四つ葉のクローバーのような形の雲。
   カシャっとシャッター音。
   写真になる空。
来未N「運命ならまた会える。そんな絵空事をわたしは信じている」

○(回想)道
   遠くに、小さな少女を後ろに乗せた少年の自転車が走っている。

○道(朝)
   七月、名古屋市南区。
   回転する自転車のタイヤ。
   ペダルを必死に漕ぎ、スピードをあげ進む自転車。
   相田峻(18)が高校へ向かっている。
   走っている成瀬佐和子(18)を抜かしていく。
峻「遅刻するぞ!」
佐和子「分かっとる! あっ、ちょっと! 乗せてってくれたっていいがー!」
   峻の乗る自転車を掴み、無理やり後ろに乗ろうとする。
峻「おい! あっぶねぇだろ! 佐和子自転車どうしたんだよ!」
佐和子「朝パンクしとったの!」
峻「はぁ!?」
  ×  ×  ×
   高校周辺を歩いている藤永来未(くるみ)(18)の後ろ姿。
佐和子の声「来未ー!」
   振り返る来未。
   佐和子を乗せた峻の自転車が近づいて来る。
来未「(微笑んで)おはよ」

○タイトル
   『あの日見た空の色』
   夏の青空に重ねて。

○高校・教室
   峻に話しかけている佐和子。
佐和子「ねえねえ、夏の課題の量ヤバくない? これで更に勉強しろとか無理なんだけど!」
峻「そんなこと言っとって、いつもちゃっかり終わらせとるだろ?」
佐和子「無計画の峻とは違うだけ。写させてって言っても見せたらんからね!」
   チラリと来未を見る佐和子。微笑む来未。
   スマートフォンでツイッターアプリを開き呟く。
   アカウント名は『みるく』。フォロワーは少ない。
みるくの声「『幼馴染みは憧れである。けど彼女はわたしをいつもどこか気にしている。』」
   佐和子が来未のもとにやって来て、
佐和子「来未! 今年も行くでしょ? 花火大会!」
来未「あっ、うん」
佐和子「(峻に)来未も行くって!」
峻「おう!」
佐和子「今年は高校最後の花火大会かぁ」
来未「そうだねー」

○夏の空
   スマートフォンで空の写真を撮る来未。
   ツイッターに載せる。
みるくの声「『夏の香りがする。』」
   フォロワーから『いいね』が付き、微笑む来未。

○来未の家・部屋(夕方)
   自分の浴衣姿を鏡で確認する来未。
   ツイッターに呟く。
みるくの声「『花火大会。それは、この街に来た時から3人で行く夏のおなじみ。』」

○カフェ『そよ風の独り言』・店内(夕方)
   鉄板ナポリタンを作っている藤永静香(40)。
   二階から来未が降りて来る。
   家の一階はカフェになっており、カウンター席。
   客はほとんどいない。
静香「お祭りの日はお客さんが来んでねー」
来未「本当は出店より、お母さんの鉄板ナポリタンの方がおいしいのに」
静香「花火が人を狂わせるのよ」
   浴衣姿の佐和子が入って来る。
佐和子「迎えに来たよー」
来未「佐和子!」
佐和子「(静香に)あっ、おばさんのお手製ナポリタン! やっぱりこれは卵を敷いとかんと」
静香「また食べにこやーね」
佐和子「はい!」

○道(夕方)
   来未と佐和子が歩いている。
佐和子「青春だわー。青春しとるわー」
   緊張した面持ちの峻が待っている。
佐和子「峻、お待たせー」
峻「おう!」

○名古屋港・花火大会会場(夜)
   夜空に花火があがる。見とれる人々。
   花火にスマートフォンを向ける来未。
   来未を見ている峻。それに気が付く佐和子。
佐和子「(来未に)ちょっと来未、肉眼も大事にしやーよ!」
   ハッとする来未。
峻「いつも写真撮っとるよな?」
来未「(笑って)そうだっけ?」
  ×  ×  ×
佐和子「わたし焼きそば買って来るわー」
   その場に残される来未と峻。呟く来未。
みるくの声「『暗い空もこの世界には必要だ。花火は夜空だからこそ輝いていられる。』」
   ツイッターに載せる花火の写真を選ぶことに夢中の来未。
   走り抜けて行く人とぶつかりそうになる。
   自分のもとへ来未を引き寄せる峻。
来未「(動揺して)……!」
峻「(動揺して)あっ、あぶねーだろ」
来未「ありがと……」

○道(夜)
   鎌倉市。歩く徳倉想一(とくらそういち)(27)。
   ため息をつき空を見上げる。明るく照らす月。
   スマートフォンを取り出し、ツイッターアプリを開き、呟く。
   アカウント名は『夢見人』。フォロワーは少ない。
夢見人の声「『こんな病院の帰り道でも、あいつは僕を照らしている。全てを見抜いているかのように。でも、何も知らないかのように。』」
   フィルムカメラを取り出し、夜の街に向ける想一。
   カシャとシャッター音。

○道(夜)
   来未の手には水風船。
佐和子「じゃあねー」
   来未、峻と別れる佐和子。
峻「なぁ、神社でお参りしてかん?」
来未「ん? いいよ」

○神社(夜)
峻「来未は進路決めた? 行きたい大学とか」
来未「うーん、まだ。うち母子家庭だしさ」
峻「そっか……」
   お参りする来未と峻。
   真剣に何かを頼んでいる様子の来未。
来未「帰ろっか」
峻「何、頼んだの?」
来未「えっ? うーん、来年もまた三人で花火大会に行けますように、かな?(笑顔)」
峻「来未……」
来未「ん?」
峻「ずっと来未に言いたかったことがある」
来未「えっ?」
峻「来未のことが好きだ。俺と付き合ってほしい!」
来未「……!」
   水風船が地面に落ちる。
来未「(動揺して)えっ……わたし? 佐和子じゃなくて……? てっきりわたしは二人が……」
峻「返事はすぐじゃなくていいから。考えてほしいんだ」
来未「……」

○来未の家・部屋(夜)
   窓を開ける来未。
   棚から『10年手帳』を取り出す。
   びっしり書かれた手帳をパラパラとめくる。
   ラストページを開く。
   子供の字で『そうちゃんに会いに行く』とある。
   ピンク色に染まる夕方の空に、四つ葉のクローバーのような形の雲が浮いている写真が挟まっている。
来未「(写真を手に取り)……」

○(回想)『みやもと文具店』
   T『10年前』
   三月、鎌倉市。電卓をはじきながら、頭を抱える静香(30)。
   宮本貞幸(37)が飲んだくれになっている。
   それを見て静香がイライラしている。
   書類の間には、離婚届が挟まっている。
   静香と貞幸の様子をそっと外から見ているランドセルを背負った来未(8)。
   外へ駆けて行く。

○(回想)公園(夕方)
   草むらで一人で何かを探している来未。
   カメラを持った想一(17)がやって来る。
来未「……?」
想一「そろそろ家に帰った方がいいよ」
   何かを探し続ける来未。
想一「何を探してるの?」
来未「四つ葉のクローバー」
想一「四つ葉のクローバー?」
来未「見つけるとね、幸せになれるんだよ」
想一「ひとり?」
来未「うん」
想一「そっか……」
   来未の隣にしゃがむと、一緒に探し始める想一。
来未「……!」
  ×  ×  ×
想一「なかなか見つからないねぇ。また明日探そうか」
来未「うーん……」
   ふと空を見上げる想一。
想一「あったよ、四つ葉のクローバー」
来未「どこぉ?」
   空を指差す想一。空を見上げる来未。
来未「わぁーー! 四つ葉のクローバーだ!」
   ピンク色に染まる夕方の空に、四つ葉のクローバーのような形の雲が浮いている。
   カシャっとシャッター音。
   想一の持つカメラが気になる来未。
想一「カメラ好き? これ、父さんの形見なんだ」
来未「カタミ?」
想一「父さんは事故で死んじゃった。母さんは病院を行ったり来たり。体が弱くてね」
来未「お兄ちゃんもひとりなの?」
想一「そうだね……」
来未「じゃあ、来未が友達になってあげる!」
想一「……!」
   笑顔の来未。
   胸元の名札に『宮本来未』とある。
想一「ありがとう。来未? いい名前だね。未来が来る……か。僕は想一。よろしくね」

○(回想)道
   来未に写真を手渡す想一。
   四つ葉のクローバーのような雲が浮いている空の写真。
   とても喜ぶ来未。
来未「想ちゃん、これは枯れないクローバーだね」
想一「本当だね。空が幸せを運んで来てくれたね」

○(回想)由比ヶ浜
   夏。楽しそうに桜貝を拾い、はしゃぐ来未。
   写真を撮る想一。
来未「想ちゃん、早く!」
   駆けて行く来未の後ろ姿。

○(回想)病院前
   秋。うなだれた様子の想一が中から出てきて、近くに腰掛ける。
   やがて、雨が降って来る。
   走って来た来未が子供用の小さな傘に想一を入れる。

○(回想)国道134号線沿い(夕方)
   来未と想一が出会ってから二度目の三月。
   江ノ電と並走する、来未を後ろに乗せた想一の漕ぐ自転車。
来未「負けるな! 負けるな!」
想一「おりゃーー!」
   電車を横目に全力で自転車を漕ぐ想一。

○(回想)秘密の丘(夕方)
来未「わぁーすごい!」
   海が見える丘の上からの眺めに、目をキラキラさせる来未。
  ×  ×  ×
   丘には一本の満開の桜の木と、古びたシーソーがある。
   シーソーの一方に腰掛ける想一。
来未「シーソーは二人いないと遊べないんだよ」
   シーソーのもう一方に乗る来未。
来未N「それは、いつの間にか当たり前で、いつまでも続くような気がしていた……」

○(回想)『みやもと文具店』
貞幸「来未、元気でな」
来未「(涙目で)……」
   一冊の手帳を来未に手渡す貞幸。
   そこには『10年手帳』とある。
貞幸「手帳には未来がある。言葉には魔法の力があるんだ」
来未「魔法の力?」
貞幸「そう。ここに書いたことは、描いた夢は現実になるんだ」

○(回想)秘密の丘
   シーソーの一方に腰掛ける想一。
   想一に抱き付き泣く来未。
来未「もう会えないの? 想ちゃんにもう会えないの? そんなの嫌だよ! 嫌だよ!」
   なだめる想一。
想一「来未、何かに迷った時はコイントスをするんだ。表なら必然。裏なら偶然」
   5円玉を取り出しコイントスする。
   表を向く5円玉。
想一「この出会いは必然」
来未「必然って何?」
想一「必ずそうなるってこと。来未と僕が出会うことは最初から決まってたんだ。だからまた会える」
来未「また会える? また会いたい! 大きくなったら会いに来る! 絶対想ちゃんに会いに来る!」
   来未の頭を撫でる想一。
   5円玉を来未の手に渡し、
想一「(微笑み)元気でね」

○来未の家・部屋(夜)
   夜空を見上げる来未。
来未の声「月はわたしを照らしている。答えを知っているかのように。でも、何も知らないかのように」
   ツイッターで呟く。
みるくの声「『守らないといけない約束がある。10年前のわたしが、わたしにした約束。』」

○想一の家(アパート)・部屋(夜)
   フィルム写真をデジタル化させている想一。
   夢見人として、鎌倉の写真をツイッターに載せている。

○道
   自転車を漕ぐ来未。
  ×  ×  ×
   来未を待っている峻。
  ×  ×  ×
   先に見える信号が青になる。進む来未の自転車。
   死角から車が飛び出してくる。
来未「!」
   車とぶつかる衝撃音。
   道路に投げ出される自転車。
   救急車の音。

○病院
   搬送される来未。

○同・来未の病室
   意識のない来未が寝かされている。
   走って入って来る静香。
   暗転。

○カフェ『そよ風の独り言』
   店の扉にかけられた『休業中』の札が風で揺れている。

○(来未の夢の中)海
   来未の足元に押し寄せる波。
   波に桜の花びらが混じっている。
   それをすくい上げる来未。
   花びらは桜貝に変わる。

○病院・来未の病室
   来未の目が開く。それに気が付き、
静香「来未! 来未、よかった……」
   涙をこぼす静香。
静香「今、先生呼んでくるからね」
   慌てて出て行く静香。
来未「クルミ……?」
  ×  ×  ×
   医者(48)が、
医者「分かりますか?」
来未「……」
医者「名前、分かりますか?」
来未「……分かりません……」
   ショックを隠せない静香。
   呆然としている来未。

○同・個室
医者「おそらく、記憶喪失は一時的なものだろうと……」
   泣き崩れる静香。

○想一の家・部屋(夜)
   栗原沙穂(29)が来ている。
   自分の撮った写真を見ている想一。
沙穂「ご飯どうする?」
想一「(話を聞いていない様子で)……うん」
沙穂「中華でいい?」
想一「……うん」
   ムッとする沙穂。
沙穂「(想一から写真を奪おうとしながら)ねぇ、聞いてんの?」
想一「(写真を取られそうになり)おい! 聞いてるよ! 何だよ!」
沙穂「最近生返事ばっかり! カメラのことばっかりなんだから!」
想一「言ったろ、もうすぐフォトコンテストがあるって」
沙穂「カメラで食べていけるのは一握りでしょ? アシスタントやってたって、今後ちゃんとした仕事になるかどうかなんて分からないじゃない!」
想一「だから今やってるだろ? 何だよ、一握りに入れないみたいな言い方してさ!」
沙穂「想一の為でもあるんだよ? わたしもうすぐ30になるのに。考えてくれてるの?」
想一「……」

○病院・来未の病室
   峻と佐和子が見舞いに来ている。
佐和子「わたし達のこと……分かる?」
来未「……」
佐和子「わたし達は、来未の一番の親友だよ?」
来未「……ごめんなさい。思い出せなくて」
峻「俺は、相田峻。(佐和子を指し)こいつは成瀬佐和子。来未がこの街に来てから、俺らはいつも一緒におったんだよ」
来未「そう……だったんですね」
佐和子「ねぇ、この前一緒に花火見に行ったんだよ! ほら浴衣着てさ。すごい似合っとった。来未写真ばっかり撮っとって……」
来未「……」
佐和子「(涙を堪え)……」
峻「大丈夫、そのうち思い出すよ」
佐和子「そうだよ……。明日も来るね。いっぱい話そ(無理して微笑む)」

○同・ロビー
   泣き崩れている佐和子。
峻「泣くなよ。一番辛いのは来未だろ……」
佐和子「そうだけど……そうだけど……」
峻「(唇を噛み締めて)……」

○同・来未の病室
   一人きりの来未が空を見ている。
来未の声「来未は一体、どんな人だったんだろう……」

○高校・教室
   秋。
峻「じゃあ、今日学校終わった後に行こうよ!」
佐和子「そうそう! ついでにご飯もいっぱい食べてさ」
来未「うん……」
峻「太るぞ」
佐和子「うっさいなー」

○駅・改札前(夕方)
   峻、佐和子、来未が歩いている。
   ふと気になり、足が止まる来未。
  ×  ×  ×
   男(30代)に連れられた男の子(8)。女(30代)が、
女「(男の子に)元気でね」
   改札の向こうへ去って行く。
  ×  ×  ×
   動揺する来未。
佐和子の声「来未? どうしたのー?」
   ハッとする来未。
来未「なんでもない」
   佐和子と峻のもとへ駆けて行く。

○カフェ『そよ風の独り言』・店内(夜)
   カウンター席に座っている来未。
   静香が来未の前に、卵の敷かれた鉄板ナポリタンを差し出す。
来未「(反応薄く)ありがとう……」
静香「(来未の反応に)……」
  ×  ×  ×(回想)
   カラオケで熱唱している峻。
   ノリノリの来未、佐和子。
来未の声「二人とも、よく行ってた場所に連れて行ってくれたり……」
  ×  ×  ×(回想)
   プリクラを撮る、来未、峻、佐和子。
来未の声「わたしがどんな人だったのかを教えてくれるの」
  ×  ×  ×
静香「佐和子ちゃんも峻君も、優しいわね」
来未「でも、どこかプレッシャーなんだよね。本当に思い出せる日が来るのかなって。みんな笑顔で、楽しそうで、空元気」
   ナポリタンをフォークに巻き付ける。

○高校・屋上
   遠くを見つめている来未。
   峻がやって来る。
峻「どうしたの?」
来未「『元気でね』って言葉が一番寂しい気がする。『さよなら』よりも」
峻「え……」
来未「もう会えないんじゃないかって……何故か思っちゃう。分からないけど。何故か分からないけど……」
峻「……」
来未「わたしはわたしに、もう一度会えるかな……」
峻「会えるよ! 俺が会わせたる!」
来未「どうして? どうして、こんなにも、わたしを気にかけてくれるの?」
峻「えっ?」
来未「だって、まるでわたし別人だよ? 傷付かない? 苦しくない? こんなわたしといて……」
峻「!」
来未「もし、もしもだよ、このまま記憶が戻らなかったら……どう思うの?」
峻「それなら、また出会うところから始まっただけ」
来未「え……」
峻「俺は何度でも来未と出会いたい」
   ドキッとする来未。
峻「それに俺は、来未のこと……」
   佐和子がやって来て、
佐和子「あ、ここにおった! ちょっと探したがん!」
峻「わりぃ」
佐和子「はよ、戻るよ。二人とも」
来未「……うん」

○病院・千紘の病室(夜)
   鎌倉。徳倉千紘(55)がベッドで風景写真を見ている。
   その様子を見守る想一。
千紘「想一の写真を見ていると、連れて行ってもらったような気持ちになるわ。いつもありがとう(微笑む)」
想一「うん……」
千紘「ここに居てもね、どこへでも行ける気がするのよ」
想一「(カメラをいじりながら)父さんもそうだった?」
千紘「そうねぇ(思い出して嬉しそうに)」
想一「そっか……。また来るよ」
   病室を出る想一。

○同・廊下(夜)
   静かに泣く想一。

○高校・教室
   男性担任教師(30代)が、
教師「はい、では今から、文化祭について決めていきます」
   ガヤガヤする教室。
教師「まず、中心となって動いてくれる実行委員。やりたい人!」
峻「はい!」
   手を挙げる峻。
   それを見て慌てて手を挙げ、
佐和子「はい!」
教師「相田と成瀬……。あともう一人、誰かやってくれるか?」
   来未を見て微笑む峻。
来未「!」
峻「(来未に向かって)一緒にやろう!」
来未「(小声で)えっ……」
クラスメイト「(からかうように)ヒューヒュー」
佐和子「(来未に向かって)やろうよ!」
教師「じゃあ、藤永、やってみるか?」
来未「……。はい……(静かに手を挙げる)」
教師「では、三人にやってもらいます」
   拍手するクラスメイト。
  ×  ×  ×
   教壇前に峻、佐和子、来未。
   黒板にいくつも出し物の案が書かれている。
峻「では、多数決の結果、お化け屋敷に決まりました」
   『お化け屋敷』の文字を丸で囲む佐和子。
   拍手するクラスメイト。

○秘密の丘
   錆びた古いシーソー。
   シャッターを切る想一の目の前には、海が見える景色が広がっている。

○踏切前
   段ボールを両手に抱えて歩いている来未と峻。
   段ボールを落としかける来未。
峻「大丈夫?」
来未「(笑いながら)うん」
   段ボールを拾い上げ、
来未「ありがとね。実行委員誘ってくれて」
峻「え?」
来未「嬉しかった。ずっと、自分が迷惑な人間に思えて、嫌いだった。でも、誰かの役に立ちたいって、少し前を向けた気がするの」
   微笑む峻。
来未「文化祭でみんなを笑顔にできたらいいな」
峻「俺らは怖がらせる方だけどな」
来未「そうだったね(笑顔)」
   目の前の遮断機が下りる。
来未「でも、まだ見つからないな。昔のわたし(無理して笑って見せる)」
峻「俺は今の来未も好きだよ?」
来未「(冗談を聞いたように笑って)えっ?」
峻「俺さ、夏休みに……来未に好きって……」
   電車が目の前を通過し、峻の声がかき消される。
来未「えっ? なんて?」
峻「いや、……なんでもない」
来未「えっ? なんでもないわけないでしょ?」
   踏切が上がり、小走りで逃げるように進む峻。
峻「なんもねーよ!」
来未「(笑って追いかけ)ちょっと!」

○高校・教室
   教壇前に峻、佐和子、来未。
   『神隠し』の文字を書く来未。
   クラスメイト達が意見を交わし、ざわざわする教室。
来未の声「お化け屋敷のコンセプトは『神隠し』。妖怪の世界に迷い込んでしまった少女を助けなければならないのだ」

○同・体育館
   実行委員の集まりでメモを取っている来未、峻、佐和子。
来未の声「わたしは自分自身が、神隠しに遭っているかのようで、どこか親近感を感じていた」

○同・廊下
   お化けの格好をして、佐和子を驚かす峻。
   それを見て笑っている来未。
来未の声「わたしには、こんな素敵な親友がいたのね? 来未……」

○由比ヶ浜
   押し寄せる波。それを見ている想一。
来未の声「あなたは、今どこにいるの?」

○高校・教室(夕方)
   教室に残り段ボールに色を塗っている来未、峻、佐和子の三人。
来未「(筆をゆすぎ)ちょっと、水変えてくるね」
佐和子「うん」
   絵の具バケツを手に、出て行く来未。
   沈黙。
佐和子「来未、記憶まだ戻らんのかな」
峻「焦らせたって仕方ないだろ?」
佐和子「そうだけど……」
  ×  ×  ×
   水を変えた来未が教室の前まで戻って来る。
峻の声「俺、あの事故の日、来未と会う約束しとったんだ」
   足が止まる来未。バケツの水が跳ねる。
  ×  ×  ×
佐和子「何それ、どういうこと?」
峻「花火大会の日、俺、来未に気持ち伝えたんだ。その返事をもらう約束をしとった」
佐和子「……!」
峻「俺があの日、告白なんかしんかったら、来未は今こんなことになってなかった……」
佐和子「(動揺して)……」
峻「でもさ、そんなことも覚えてないんだよな……」
  ×  ×  ×
   教室前で峻の話を聞き、
来未「……!」
  ×  ×  ×
佐和子「罪悪感? だから来未に……」
峻「(かぶせて)それもある。でも、好きなことに変わりはない」
佐和子「どうせ覚えとらんなら、諦めたら?」
峻「何でそんなこと言うんだよ! 今は分からんくっても、そのうち思い出す。きっと、思い出す……」
佐和子「思い出さんかもしんないじゃん!」
峻「!」
佐和子「このまま、ずっと思い出さんかもしんないじゃん……」
峻「なんでだよ。なんでそんなこと言うんだよ! 俺らは親友だろ?」
佐和子「親友だよ、ずっと。親友のままなんだよ……!」
峻「……」
佐和子「来未の記憶が戻って、二人が付き合うくらいなら、記憶なんて戻らんかったらいいんだわ!」
峻「……!」
佐和子「だって、だって、わたしはずっと……峻のことが好きだから!」
峻「!」
  ×  ×  ×
   激しく波打つバケツを残し、外へと飛び出していく来未。

○道(夕方)
   泣きながら走る来未。
来未の声「知らなかった……わたしは二人の気持ちも……何も……!」

○来未の家・部屋(夜)
   ベッドに倒れたままの来未。
静香の声「来未? ご飯できとるよ」
来未「……」

○カフェ『そよ風の独り言』・店内(夜)
   元気のない来未がやって来る。
静香「どうしたん? 体調良くない?」
来未「いや、大丈夫……」
   食べ始める来未と静香。
来未「お母さん、記憶って戻らない方が幸せなこともあるのかな」
静香「! どうしたの、来未。何か言われたの?」
来未「そうじゃないけど。わたしが思い出さない方がみんな幸せなのかなって。その方が笑っていられるのかなって」
静香「そんなわけないがね」
来未「じゃぁ、わたしはどこで生まれて、これまでどうやって生きてきたの? 何を思って過ごしていたの? 峻はどんな想いでわたしに話しかけてたの? 佐和子はそれをどんな想いで……(涙が溢れる)」
静香「……」
来未「踏み込んではいけないところに土足で踏み込んで、余計にいろんな人を傷付けてる! 人の心を抉ってる!」

○来未の家・部屋(夜)
   部屋に置かれていたスマートフォンに、メッセージが届いている。
   開くと、峻から『どうした? 大丈夫?』とある。
来未「大丈夫なわけ、ないじゃん……」
   三人で撮ったプリクラを見つめる来未。
来未の声「来未は峻と付き合うつもりだったのだろうか? 佐和子が峻のことを好きだと知っていたのだろうか? どう返事をするつもりだったのだろうか?」
   スマートフォンにある写真を見返していく。
   そこには峻や佐和子との写真。花火の写真。
   沢山の空の写真が保存されている。
来未「こんなに写真撮ってたんだ」
   ツイッターアプリを見つけ、ためらいながら開く。
   『守らないといけない約束がある。10年前のわたしが、わたしにした約束。』の文字が目に飛び込んで来る。
来未「ん? 約束……?」
   自分の呟きを遡って読んでいく来未。
来未「みるく……来未……」

○高校・校舎内
   文化祭で賑わう学生達。
   足早に進む来未。峻が追いかけながら、
峻「なぁ、俺なんかした?」
来未「別に……」
   峻から逃げるように速足で進む来未。
峻「最近、俺のこと避けとるよな?」
来未「そんなことない!」
   走り抜けて行く生徒とぶつかりそうになる来未。
   とっさに自分のもとへ来未を引き寄せる峻。
  ×  ×  ×(O.L)
   花火大会の会場。
   走り抜けて行く人とぶつかりそうになる来未。
   自分のもとへ来未を引き寄せる峻。
来未「(動揺して)……!」
峻「(動揺して)あっ、あぶねーだろ」
  ×  ×  ×
来未「!」
峻「あぶねーだろ」
来未「(かたまって)……」
峻「来未?」
  ×  ×  ×(回想)
   夜空に次々と上がる花火。
佐和子の声「ちょっと来未、肉眼も大事にしやーよ!」
峻の声「いつも写真撮っとるよな?」
  ×  ×  ×(回想)
佐和子「わたし焼きそば買って来るわー」
   離れていく浴衣を着た佐和子の後ろ姿。
来未の声「そうだ……あの日……」
  ×  ×  ×(回想)
   水風船が地面に落ちる。
来未の声「わたしは……」
  ×  ×  ×
峻「おーい。 来未? おーい!」
   かたまったままの来未。
   暗転。

○病院
   走る想一の足。

○同・千紘の病室
   扉を勢いよく開け、入って来る想一。
千紘「想一……」
想一「……!」
千紘「ごめんね、心配させちゃったわね」
想一「先生から連絡貰って……」
千紘「落ち着いたから、もう大丈夫よ」
   力が抜ける想一。
千紘「最近疲れた顔してるけど、大丈夫? ちゃんと食べてる?」
想一「え……」
千紘「彼女さんとは結婚するの?」
想一「……」
千紘「想一には夢を追いかけてほしいと思ってる。でもね、想一がお父さんに縛られているならそれは違うと思う。自分にとって一番大切なものは、失わないようにね」
想一「……」

○神社(夕方)
   学校終わり、一人やって来る来未。
   後ろから誰かが近づいて来る。
   振り返ると、自転車を引いた峻がいる。
峻「こんなところで、どうしたの?」
来未「なんてお参りしたのかなって……」
峻「えっ? ここに来たこと覚えとるの!?」
来未「……! (動揺して)いや? わたしここに来たんだ……へぇー」
峻「来年もまた三人で花火大会に行けますようにって、来未言っとったんだよ」
来未「……」
   目が泳ぐ来未。
来未の声「違う。それじゃない。本当に頼んだことはそれじゃない。特別に大事なことだった気がする」
峻「あの日俺……」
来未「ごめん! お母さんに買い出し頼まれててさ。急ぎだから」
   慌ててその場を立ち去る来未。
峻「……」

○来未の家・部屋(夜)
   ツイッターを開いて、みるくの呟きを見ている。
来未「約束……(考えるが思い出せない)」
  ×  ×  ×(夢の回想)
   海にいる来未の足元に押し寄せる波。
   波に桜の花びらが混じっている。
   それをすくい上げる来未。
   花びらは桜貝に変わる。
  ×  ×  ×
   ツイッターで『桜貝』の文字を入れ検索。
   『桜貝』の文字が入った呟きが出てくる。
   過去の呟きへとスクロールしていき、指が止まる。
   押し寄せる波と桜貝の写真。
   呟いたのは夢見人。
夢見人の声「『今年も桜貝に出会うことができた。君はまだ、海の中の世界を覚えているの?』」
来未「夢見人?」
   夢見人のアカウントに行く来未。
   最新の呟きが目に飛び込んで来る。
夢見人の声「『桜が咲く頃、またここで。』」
   丘の上から撮られた、海が見える景色の写真が載っている。
   食い入るように写真を見つめる来未。

○由比ヶ浜
   押し寄せる波。

○カフェ『そよ風の独り言』・店内(夜)
   店の片付けを手伝う来未。
来未「この店って、どうしてこんな名前なの? わたし聞いたことある?」
静香「由来ねぇ。そよ風に連れ去ってほしかったんだわね。何もかも」
来未「何それ」
静香「これでいいんだって、間違ってないんだって、自分に言い聞かせるような独り言」
来未「へっ?」
静香「この店ね、もともとは来未のおじいちゃんの店だったの。もう随分と使っとらんかったから、ここでカフェを開くことにしたのよ」
来未「そうなんだ」
静香「来未は、鎌倉で生まれたの」
来未「鎌倉?」
静香「小さな文具店でね、経営も苦しくて。お父さんはお酒がやめれなくてね……。来未が小学校二年生の終わりに、お父さんとは離婚したの」
来未「それで、名古屋に……」
静香「でも過去は、良いことも悪いこともずっと付きまとう。どこまでも引き連れて行くしかないものね」

○高校・屋上
   風が吹き、少し寒そうな来未。
   峻がやって来て、
峻「またここにおった。寒くない?」
来未「少し寒くなって来たかも」
   沈黙。
来未「人ってさ、自分にとって都合の悪い過去は、全部消したくなるじゃない? 何もなかったことにしたいって思う。でも、その過去を全部消しちゃうと、今のわたしじゃなくなっちゃうんだよね」
峻「……」
来未「思い出せないのは怖い。でも、思い出すのも怖い。それでも知りたい。知らなきゃいけない……」
峻「俺は来未が昔のことを覚えとらんくても、今でも同じことを思っとる。俺は来未が好き。前の来未も、今の来未も」
来未「……!」
   来未の目から涙が溢れる。
来未「(気持ちを押し殺し)ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。……でも、ごめん。わたし、峻のことは親友として好きだから……」
峻「……」
来未「ごめん!」
   その場を立ち去る来未。

○来未の家・部屋(夜)
   窓を開けると月が見える。
来未「これでよかったんだよね。来未……」

○想一の家・部屋
沙穂「わたし出て行くから!」
想一「おい、待てよ」
沙穂「過去の栄光にすがって、未来を見られない人とは一緒にいられない!」
   荷物をまとめ、出て行く沙穂。
   勢いよく閉まる扉の音。
  ×  ×  ×
   取り残され一人になる想一。ツイッターで呟く。
夢見人の声「『夢を見るのには期限があるらしい。』」

○高校・教室(夕方)
   来未と佐和子二人だけの教室。
佐和子「来未」
来未「ん?」
佐和子「来未、本当はもう記憶戻っとるんじゃない?」
来未「!」
佐和子「戻っとるよね? なのに、知らないふりしとる」
来未「……!」
佐和子「友情を選んだとでも言うの? わたしに同情しとるの?」
来未「え……」
佐和子「同情しないでよ! 峻に二度も告白させて! 本当は峻のこと好きなくせに!」
来未「!」
佐和子「わたしに悪いから? このままでいたいから? そんなの綺麗事だが……馬鹿にしないで!」
来未「違う……。そんなんじゃない! わたしは、わたしの為に告白を断ったの!」
佐和子「……?」
来未「佐和子の言う通り、わたしは思い出した。あの事故の日、わたしは峻と会う約束をしてた」
   不審な顔で来未を見る佐和子。
来未「でも、告白を断るつもりだった」
佐和子「なんで?」
来未「分からない……。それが思い出せない。でも、同情とか、そんなんじゃない。分からないけど、すごく大事なことだった」
佐和子「大事なこと?」
来未「最近のことは断片的にでも思い出せるようになったの。でも、昔のことが思い出せない」
佐和子「……」
来未「正直に言うとね、今のわたしは峻のことが好き。こんなわたしのことを好きでいてくれて嬉しかった。だから断るのが本当は辛かった。でも、思い出さないといけない人が、わたしにはいる気がするの……」
佐和子「……」

○想一の家・部屋(夜)
   5円玉を取り出す想一。
想一「表なら過去にすがる。裏なら未来を見る」
   コイントスをする想一。
   キャッチし損ね床に落ちる5円玉。
   裏を向いている。
想一「(それを見て)……」
   突然部屋の中をめちゃくちゃにし、暴れる想一。
   手に取ったトロフィーを投げつけようとするができない。
   トロフィーには『鎌倉フォトコンテスト 優秀賞』とある。
   泣き崩れる想一。
   部屋の隅に飾られた写真には、桜の花びらを両手ですくうようにキャッチする来未(8)の嬉しそうな姿がある。

○来未の家・部屋(夜)
   夢見人の最新の呟きを見ている来未。
   スクロールして行き、丘の上から撮られた写真を見ている。

○道(深夜)
   当てもなくバイクを走らせる想一。
想一の声「夢だったのだろうか。それとも父を探していただけだったのだろうか」

○秘密の丘(早朝)
   シーソーの一方に腰掛けている想一。
   スマートフォンに一件通知が来ていることに気付き開く。みるくから、
みるくの声「『はじめまして、みるくと申します。実は少し前から夢見人さんの写真を拝見させて頂いておりました。この写真の場所はどこですか?』」
   驚く想一。
   重い腰を上げると、目の前に広がる丘の上の景色を見つめる。

○来未の家・部屋(朝)
   目を覚ました来未は、すぐに夢見人からの返信を見る。
夢見人の声「『鎌倉です。』」
来未「鎌倉!?」

○スタジオ
   カメラアシスタントをしている想一。
   一段落し、ツイッターを開く。
   みるくからの返信が来ている。
みるくの声「『鎌倉なんですね。フォローさせていただきます!』」
   みるくのアカウントに行く想一。
   最新の呟きに『どうしても惹かれるその風景は、わたしの故郷だった。』の文字。
想一「鎌倉の人?」
   夢見人はみるくをフォローする。

○想一の家・部屋(夜)
   ぐちゃぐちゃになった部屋に帰宅する想一。
   トロフィーを手に取り、部屋の隅に飾られた来未の写真を見つめる。
想一「誰も見てないと思ってた。僕の写真なんてさ」
   みるくから通知が届き、ツイッターを開く。
みるくの声「『夢見人ってことは、カメラマンか何かを目指されている方なんですか? 壮大な夢、憧れます。』」
想一「(ため息をつき)……」
   返事を返す。
夢見人の声「『そんな大それたものじゃないです。むしろ、志半ばで……と言っていいでしょう。』」

○高校・教室
   スマートフォンで『桜貝 鎌倉』で検索している来未。
   『由比ヶ浜の儚い桜貝』のページを見つける。
佐和子「(画面を覗き込んで)由比ヶ浜?」
来未「わっ、びっくりした!」
佐和子「だって集中し過ぎなんだもん。由比ヶ浜って、確か桜貝の石碑があるんだよね」
来未「そうなの?」
佐和子「なんか、テレビで聞いたことあるよ」
来未「へぇー」
   『儚い』と言う文字を見て、
来未「『人』に『夢』って書いて、『儚い』って読むんだよね。人が描く夢は、やっぱり儚いものなのかな」
佐和子「儚くたっていいがね。叶うまで見続けるから、それは夢なんだってわたしは思っとる」
来未「そっか」
   黙々と勉強している峻の姿。
佐和子「(峻を見て)わたし達だってみんな、小さな夢見とるじゃない?」
来未「峻は進学するんだっけ」
佐和子「うん。来未は?」
来未「わたしはお店手伝うことにした」
佐和子「そっか。応援しとるよ、来未のこと」
来未「ありがとう」

○来未の家・部屋(夜)
   ツイッターで呟く、みるく。
みるくの声「『命には神様から与えられた期限がある。でも誰が、夢に期限を作ったのだろう。』」

○想一の家・部屋(夜)
   ツイッターを開く想一。
想一「(みるくの呟きを見て)……」
   夢見人は、みるくの呟きにコメント。
夢見人の声「『みるくさんの夢は何ですか?』」

○来未の家・部屋(夜)
   通知に気付き、ツイッターを開く。
来未「夢見人さん……」
   返信する、みるく。
みるくの声「『わたしの夢は、未来の自分の為に過去を取り戻すことです。実はわたし、昔の記憶がないんです。』」

○想一の家・部屋(夜)
   みるくの返信を見て、
想一「えっ……」

○カフェ『そよ風の独り言』・店内
   静香と共に店を手伝う来未。
来未N「それからというもの、わたしの思いを知ってなのか、夢見人さんは以前にも増して、鎌倉の景色をあげるようになった」
   エプロンからスマートフォンを取り出し、ツイッターを開く。
   夢見人の鎌倉の写真で溢れている。

○来未の家・部屋
   引き出しから5円玉を取り出す来未。
来未「表なら、鎌倉に行く」
   コイントスをし、そっと手を開くと表。
来未「(5円玉を見つめ)……」

○カフェ『そよ風の独り言』・店内
   上から降りて来る来未。
来未「お母さん、わたし、卒業したら鎌倉に行ってみたい」
静香「えっ?」
来未「わたしの生まれた街を、この目で見てみたいの」

○春の空
   桜の花が青空に向かって咲いている。

○来未の家・部屋(朝)
   部屋のカレンダーが三月になっている。
   ツイッターを開き、呟くみるく。
みるくの声「『鎌倉へ向かう。昔のわたしに会うために。』」
   荷物をまとめ部屋を出ようとして、
来未「地図持ってった方がいっか」
   棚に立てられた地図帳を探し、引っ張ると横にあった手帳が引っかかり一緒に飛び出してくる。
   手帳には『10年手帳』とある。
来未「10年手帳……?」
   手帳から写真が少し飛び出ている。
来未「(写真の挟まっているページを開き)!」
   四つ葉のクローバーのような雲が浮いている空の写真。
   手帳には、子供の字で『そうちゃんに会いに行く』とある。
来未「そうちゃん……?」
静香の声「来未? ちょっと来れる?」
来未「今行く!」
   『10年手帳』を荷物に入れ出て行く。

○カフェ『そよ風の独り言』・店内(朝)
   静香がメモ紙を来未に渡す。
来未「!」
   メモには『みやもと文具店』とあり、鎌倉の住所が書かれている。
来未「これって……」
静香「お父さんに会って来やぁ」
来未「いいの?」
静香「いいも何も、あなたのお父さんだがね」
来未「……」
静香「これは、お母さんの独り言」
   静香は微笑むと、店の準備を始める。
来未「ありがとう。いってきます!」
   店を出て行く来未。
静香「いってらっしゃい」

○駅前(朝)
   最寄り駅から電車に乗ろうとする来未。
佐和子の声「来未!」
   振り返る来未。佐和子を乗せた峻の自転車が近づいて来る。
峻「会えるといいな。昔の来未に」
佐和子「いってらっしゃい」
来未「(微笑んで)いってきます」

○新幹線
   『10年手帳』を取り出す来未。
   最初のページには『元気でねは、さよならよりもさびしいことば』の文字。
来未「!」
   パラパラと手帳をめくると、びっしりと書かれている。
来未「こんなにも……」
   事故の日以降が白紙になっている。
   事故前日のページを読み始める。
来未の声「明日、告白を断ろうと思う。佐和子が峻を好きなことは分かっていた。それに、幼馴染みは憧れで、二人こそ一緒にいてほしいと願いっているわたしがいた。それはどこか、自分に重ね合わせてきた願いなのかもしれない」
   前のページに遡る来未。
来未の声「告白されてしまった。どうしたらいいのだろう。わたしの心の中には、誰にも知られていない想い人がいる。あなたは今どこにいますか? わたしのことを覚えていますか? もう忘れてしまいましたか? それでも、もう一度会いたいのです」
   一心不乱に手帳を読み続ける来未。
  ×  ×  ×
車内放送「まもなく、新横浜、新横浜です」
   『10年手帳』を閉じる来未。
来未「約束……」

○新幹線・ホーム
   横浜の地に降り立つ来未。
来未の声「わたしは、過去の来未から分厚い手紙を貰った気がした」

○鎌倉の街中
   街並みを見ながら歩く来未。
来未の声「昔々鎌倉には、想ちゃんという少年がいた。一人ぼっちの少年は、一人ぼっちの少女と出会い、当たり前のように一緒にいた。少女の両親の離婚と共に、鎌倉を離れるその日まで」

○道
   静香から貰ったメモを見ながら、地図を確認している来未。
来未の声「再び一人ぼっちになった少女の心の穴を埋めたのは、峻と佐和子だった。初めて一緒に行った花火大会。夜空にあがる花火を見て思った。真っ暗の世界も悪くないかもしれないと」
   店が立ち並ぶ通りを歩いて行く来未。
来未の声「峻の想いを断ってでも会いたかった想ちゃんとは、どんな人だったのだろう」

○『みやもと文具店』
   店の前にやって来る来未。
   建物は古く閉まっており、人の気配がしない。
来未「すいませーん」
   静まり返っている店。扉を叩き、
来未「すいませーん、どなたかいませんか?」
   静まり返っている店。
来未「(途方に暮れ)……」
   店前の通りを歩いている想一。次第に来未に近づく。
   辺りをきょろきょろしている来未。
   坂本(50)が来未に、
坂本「お嬢さん、ここの文具店に用事かい?」
来未「あっ、はい。宮本貞幸さんはいらっしゃいますか?」
   来未と坂本の後ろを通過していく想一。
坂本「宮本さん、一週間くらい前に入院してね」
来未「入院!?」

○病院・貞幸の病室
   貞幸(47)がベッドに横たわっている。
   入って来る来未。
来未「失礼します……」
貞幸「……?」
来未「……」
貞幸「えっと……」
来未「わたしのこと、分かりますか……?」
   来未の抱えている『10年手帳』に気が付き、
貞幸「え……来未? 来未なのか!?」
   静かに頷く来未。
貞幸「会いに来てくれたのか」
来未「はい……」
貞幸「来未が、ずっとその手帳を大切に持っていてくれたなんて(感動して涙ぐんでいる)」
来未「え……」
   持っている『10年手帳』を見つめる。
   『10年手帳』を持つ手に力が入る。

○同・出入口
   中から出る来未と入る想一がすれ違う。

○同・千紘の病室
   千紘が眠っている。
   持って来た写真を置くと、ツイッターを開く想一。
   みるくの呟きに目が行く。
想一「鎌倉……」
   呟きが更新される。
みるくの声「『10年ぶりに再会した父は病院にいた。父はわたしに気が付き涙ぐんでくれた。なのに、わたしは父を思い出せなかった。』」
   慌てて走り出す想一。

○同・ロビー
   きょろきょろしながら、焦った様子で来未を探す。

○道
   歩いている来未とバイクを走らせる想一が、互いに気付くことなくすれ違う。
想一の声「どうして僕は、顔も名前も知らないあの人を探しているのだろう……」

○由比ヶ浜
   押し寄せる波。浜辺を歩く来未。
来未の声「幸せは貝殻を拾い集めるように、一つ一つ小さな喜びを拾い集めていくもの。こぼれ落ちたわたしの記憶も、きっとそれと同じで……」
   桜貝を見つける来未。拾い腰を下ろす。
   横に置いた『10年手帳』が海風で勢いよくめくれ『運命ならまた会える。そんな絵空事をわたしは信じている。』と書かれたページが開く。
   来未に近づく気配。
   来未が振り向くと、カメラを首から提げた想一の姿。
来未・想一「もしかして……」
想一「みるくさん?」
来未「夢見人さん?」
想一「会えた……。会わないといけない気がしたんです」
来未「わたしも。ここに来たら会えるかなって……」
想一「呟き、見ました……」
来未「鎌倉に来たら、昔のこと思い出すかなって思ってたんです。けど、やっぱり分からなくて」
想一「……」
来未「夢見人さんの写真を初めて見た時から、何故か惹かれていて、それが自分の生まれた故郷の風景だって分かって、わたしすごく嬉しかったんです」
想一「そうだったんですね」
来未「でも、空っぽなんです。わたしのメモリー」
   想一は5円玉を取り出す。
想一「何かに迷った時はコイントスをするんです。表と裏、出た面の運命に従って」
来未「あっ、それ、わたしもやってます! 昔から! (自分の言葉に驚いて)昔から?」
   その様子に微笑む想一。
想一「表なら必然。裏なら偶然」
   コイントスをする想一。
   宙を舞う5円玉。
   キャッチし、手を開くと表。
想一「この出会いは必然。協力しますよ」
来未「え……」

○道
   来未を後ろに乗せた想一のバイクが走り抜けていく。

○二の鳥居
   鳥居の前にやって来る来未と想一。

○段葛の桜並木
   門をくぐり、桜並木を進んで行く。
   二人を包むように桜の花が咲いている。

○鶴岡八幡宮
   上から下を見下ろして、
来未「素敵……」
想一「僕は、春の風景がとても好きです。心があたたかくなる」

○小町通り
   食べ歩きする来未と想一。
   紫いものソフトクリームを食べている。
来未「これ、食べてみたかったんです」
想一「まだ寒くないですか?」
来未「(笑って)寒いかも」

○宇賀福神社
来未「ここなんですね、銭洗弁天」
想一「コイントスした5円玉は、ここで洗ったものなんですよ」
来未「そうだったんですか!」
   ざるに小銭を入れて、洗う来未と想一。
   水でキラキラと光る5円玉を空に向ける来未。にっこり。
想一「お金を洗うと何倍にもなって返って来るって言われていて、必死になって、カードまで洗っている人を見たことがあります」
   笑う来未。
想一「でも僕はそういうものじゃないと思うんです。自分が人生に迷った時に、正しい道を教えてくれる、道しるべみたいなもの」
来未「(5円玉の円を覗いて)ここから見えた景色が素敵だと思えたら、幸せになれる気がする」
   くしゃみをする来未。
想一「ソフトクリーム食べて、冷えましたか?(微笑む)」
   自分の着ていた上着を、来未に着せる想一。
来未「(ドキッとして)……!」

○国道134号線沿い(夕方)
   来未を後ろに乗せた想一のバイクが走る。
   やがて江ノ電と並走状態になる。(O.L)
  ×  ×  ×(回想・夕方)
   江ノ電と並走する、来未(8)を後ろに乗せた、誰かが漕ぐ自転車。
   誰かの背中。
来未「負けるな! 負けるな!」
  ×  ×  ×
来未の声「えっ……」
   目の前の想一の背中。
来未の声「覚えてる。この景色、この背中……」
  ×  ×  ×(回想)
   ゆっくりと宙を舞う5円玉。
来未の声「分からないのに……分からないのに覚えてる……!」
  ×  ×  ×(回想・夕方)
   公園の草むらで一人何かを探している来未(8)。
来未の声「ずっと、探していた。何かを、探していた……」
  ×  ×  ×
   風を切り走るバイク。

○秘密の丘(夕方)
   丘には一本の満開の桜の木と、錆びた古いシーソー。
来未「(呟くように)シーソーは二人いないと遊べない……」
想一「(どこかで聞いたことがあるような面持ちで)……?」
  ×  ×  ×
来未「わぁーすごい!」
   海が見える丘の上からの眺めに、目をキラキラさせる来未。
来未「ここが夢見人さんの写真の場所……」
想一「はい。僕なんかが撮った写真で喜んでくれる人がいてよかった」
来未「え……?」
想一「僕は大事なことを忘れかけてたんです。それを思い出させてくれたのは、みるくさんなんですよ」
来未「わたし?」
想一「写真は、誰かを幸せにすることができる枯れないクローバー……」
来未「へっ……」
   そよ風が吹き、桜の花びらが舞う。
   桜の花びらを両手ですくうようにキャッチする来未。
   カシャとシャッター音。
   振り返る来未。
想一「来未……」
来未「想ちゃん!?」
   見つめ合う二人。
来未「わたしの……会いたかった人!」
   来未の目から涙がこぼれる。
来未「想ちゃん!」
   想一に飛びつく来未。
来未「(涙を流しながら)ずっと、会いたかった……会いたかった……」
  ×  ×  ×
   来未が『10年手帳』を見つめて、
来未「魔法の力だね、お父さん……」
   『10年手帳』をギュッと抱きしめる。
   シーソーの一方に腰掛ける想一。
   5円玉を見つめ、
想一「未来が来る……か」
   フィルムカメラのレバーを巻き上げようとするが、いっぱいになり巻き上がらない。
   微笑む想一。
   誰かがそっと、シーソーのもう一方に乗る。
   シーソーに乗る来未と想一の陰。
   ピンク色に染まる夕方の空。
   来未と想一の笑い声が聞こえる。
来未の声「あの日見た空の色」
END

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