ライオン 恋愛

卯月は、画家である恋人を失った。 生きる希望をなくした彼女は、以前、恋人と契った約束を思い出す。 二人が過ごした部屋で、蘇る思い出と現実の物語。
白石 謙悟 31 0 0 06/04
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第一稿

『ライオン』

登場人物

卯月…主人公。恋人を亡くす。
獅郎…卯月の恋人。画家。


明転。ダンボール箱に荷物を入れる卯月。
荷物の一つである ...続きを読む
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『ライオン』

登場人物

卯月…主人公。恋人を亡くす。
獅郎…卯月の恋人。画家。


明転。ダンボール箱に荷物を入れる卯月。
荷物の一つであるスケッチブックを持ち、中身を見る。
卯「懐かしいなぁ、これ…。」
スケッチブックを見ながら、微笑む卯月。
卯「風景画、静物画、人物画…全部得意だって言ってたっけ。」
卯「ホント、絵に関してだけは自信家なんだから…。」
暗転。


明転。(できるだけ短時間で)
椅子に座って絵を描く獅郎が登場。
獅「ははは、これだけが俺の取り柄だからね。」
卯「いつもは気が小さいくせに。」
獅「そう…?穏やかな性格って言ってほしいな。」
卯「ふふ…はいはい。」
獅「うんうん。そのままでいてほしい。」
卯「…?何が?」
獅「笑顔の方が似合ってる。描いてる方も楽しいしさ。」
卯「そ、そう…。っていうか、そんなこと真顔で言わないでよ…恥ずかしい!」
獅「本当のこと言っただけだよ。ほら、笑って笑って。」
卯「………。」
しばらく絵を描き続ける獅郎。
獅「…ねぇ、卯月。」
卯「ん?」
暗転。


明転。獅郎の姿は見えず、卯月がスケッチブックを見ている。
卯「『この絵が完成したら結婚しよう』…そう言ってくれたよね。」
卯「気が弱くて、優柔不断で、頼りなくて…。でも、誰にでも優しくて、努力家で、約束は守る…。大好きだった。」
卯「あなたが約束を守ってくれなかったのはこれが初めて…。ううん、獅郎のせいじゃないのはわかってる…。わかってるけど…。」
スケッチブックを眺め、寂しげに笑う卯月。スケッチブックをその場に置き、再び荷物を片付け始める。その途中、うさぎのぬいぐるみを手に取る。
卯「これは…。」
暗転。


明転。獅郎が登場。スケッチブックを見る卯月。
卯「…ライオン?」
獅「うん、そう。俺の好きな動物。」
卯「へぇ、そうなんだ…。名前も関係あるの?獅郎の獅って、獅子の獅よね。」
獅「うん、だからこの名前、気に入ってるんだ。」
卯「何でライオンが好きなの?」
獅「ほら、ライオンって言えば、百獣の王だろ?強くて、でもどこか気品みたいなものがあって。カッコいいじゃないか。」
卯「ライオンねぇ…。獅郎のイメージには合ってない気がするけど…。」
獅「そ、そうかな…。」
卯「どっちかと言うと、猫って感じね。」
獅「ね、猫……。(落胆)」
卯「可愛くていいじゃない?」
獅「可愛いねぇ…。複雑だよ。」
卯「そう?」
獅「卯月の卯はさ、うさぎって意味だよね。」
卯「そう言われれば、私にも動物の名前が入ってるね。」
獅「卯月はあんまりうさぎって感じじゃないなぁ…。気が強いし。」
卯「じゃあ、どんなの?」
獅「うーん……蛇とか。」
卯「ちょっと、それどういう意味―!?」
獅「ははは、猫の仕返しだよ。こう、シャーって感じで。(蛇のもの真似)」
卯「ふん、どうせ私は蛇女ですよ…。」
獅「…冗談だってば。」
卯「………。」
卯月、ふてくされる。
獅「………。(やれやれという表情で)」
立ち上がり、近くにあった袋からうさぎのぬいぐるみを取り出す獅郎。
卯月に近寄り、肩を叩く。
卯「これ…?」
獅「プレゼント。これで許してよ。」
卯「…あ、ありがとう…。」
獅「卯月はさ、うさぎはうさぎでも気が強いうさぎだよね。一匹になっても寂しがらないタイプだ。」
卯「………そんなことない。」
獅「え?」
卯「ううん、何でもないわ。とにかくありがとうね。大切にする。」
獅「うん。」
卯「…。(うさぎのぬいぐるみを見て微笑)」
獅「いつか、本物のライオンを見てみたいなぁ。」
卯「見たことないの?」
獅「うん、ない。うさぎなら見たことも触ったこともわるけど。」
卯「小学校の頃、学校で飼われてたよね、うさぎって。」
獅「あったあった。隣の小屋でニワトリが飼われてたんだけどさ、その中の一匹に俺、かなりなつかれちゃってさ。そいつ、番長って呼ばれてたんだけど。」
卯「どうして番長なの?」
獅「トサカがさ、こーんな感じでリーゼントみたいな形してたから。」
卯「あははは!何それ!」
二人で笑い合う。しばらくして暗転。


明転。舞台にはうさぎのぬいぐるみを持って座っている卯月。
卯「言ったよね、私は気の強いうさぎだって。そんなことない。私は強くなんかない。」
ぬいぐるみを見つめる卯月。
卯「あなたがここにいないだけで、こんなにも怖くて寂しい……。」
卯月、立ち上がり、机の上に置いてあるライオンのぬいぐるみの横に、うさぎのぬいぐるみを置く。
卯「私はただ、こうやって寄り添っていたかった…。それだけで幸せだったのに。」
暗転。


明転。獅郎が登場。ライオンのぬいぐるみを持っている。
獅「これ、くれるのかい?」
卯「ええ、この間のうさぎのお返しよ。」
獅「………。(苦笑気味に)」
卯「…気に入らなかった?」
獅「いや…。可愛いなぁーって思ってさ。」
卯「そうでしょ?あげるのもったいないくらいなんだから。獅郎、ライオン大好きって言ってたでしょ?」
獅「もう少し、カッコよくて勇ましいのがよかったなーなんて…。」
卯「こののほほんってした感じ、獅郎にそっくりじゃない?」
獅「え、う、うん、そうだね…え、そうかなぁ?」
卯「勇ましくなりたいんなら、もっと頼りがいのある男になりなさいっ!」
獅「…俺ってそんなに頼りない?」
卯「うん。」
獅「即答かぁ…ショックだなぁ…。」
卯「でも、そこが可愛いのかもしれないわね。」
獅「すごく複雑だよ…。」
卯「百獣の王にはまだまだ遠いね。」
獅「……。(苦笑)」
獅「でも、ありがとう。これはここに飾っておこうかな…。」
机の上にライオンのぬいぐるみを置く獅郎。
卯「あっ、じゃあ私も!」
ライオンのとなりにうさぎのぬいぐるみを置く卯月。
獅「うん、いい眺めだね。」
卯「ライオンとうさぎが並んでるなんて、面白いよね。」
獅「確かにすごい組み合わせだ…。よし、これをモチーフに絵、描いてみようかな。何かいいのが描けそうな気がしてきた。」
スケッチブックを開く獅郎。
卯「…ねぇ、獅郎。(うさぎとライオンのぬいぐるみを見ながら)」
獅「ん?」
卯「私たち、ずっと一緒にいられるよね?」
獅「どうした?急に…。」
卯「いや…何となく。」
獅「はは、当たり前じゃないか。」
卯「本当に?」
獅「俺が今までに嘘ついたことある?」
卯「冗談は時々言うからね。」
獅「む…まだあのこと根に持ってる?」
卯「………。」
獅「わかった。これは冗談でも嘘でもない。約束する。」
卯「…約束よ。」
獅「ああ。」
暗転。


明転。うさぎとライオンのぬいぐるみの前に立つ卯月。
卯「ずっと一緒にいるって言ったじゃない…。あの時、約束したのに…。」
崩れ落ちる卯月。
卯「約束は守るんでしょ…。大切な人との約束は必ず守るって言ったじゃない。どうして、こんな…。もう一度、私に意地悪言わせてよ…笑顔を見せてよ…。もう一度、あなたの好きな絵を描いてる姿を見せて…。」
暗転。


明転。スケッチブックに絵を描いている獅郎。
卯「…獅郎は、何で画家になろうって思ったの?」
獅「やっぱり、絵を描くのが好きだったからかなぁ。」
卯「小さい頃から?」
獅「うん。俺、子供の頃は体が弱くてね。しょっちゅう寝込んでた。」
卯「へぇ…初めて聞いたわ。」
獅「で、ただずっと寝てるのもつまらなかったんで、そこから見えた景色をスケッチブックに描いたんだ。ちょうど、四月の今くらい、桜が綺麗だった。」
獅「ちょっと体調がいいときに、色までつけた。完成した絵がすごくいい出来でね…。感動したんだ。自分でも、頑張ればこんな絵が描けるって。それからかな、画家を目指すようになったのは。」
卯「見てみたいな…その絵。」
獅「その絵、小学校の頃の絵画コンクールで金賞取ったんだよ。」
卯「うー、ますます見たい。」
卯月、何かに気づいた素振り。
卯「そうだっ!じゃあ、今から描いてよ。季節もピッタリだし、その頃より絵も上達してるでしょ?きっといいのが描けるよ。」
獅「ん、構わないけど…ちょっと時間がかかるかもよ?」
卯「いいよ、待ってるから。」
獅「今年も桜が綺麗だ…。いいものが描けそうだよ。」
卯「そうね…。」
スケッチブックに絵を描き続ける獅郎。
獅「絵を描いてるとさぁ。」
卯「ん?」
獅「自然と見えてくるんだよね、その絵の完成した形が。」
卯「その絵のイメージみたいなもの?」
獅「まぁ、そんな感じかな。そのイメージ通りに絵が完成されていくのが楽しくてね。」
卯「へぇ…。」
獅「もちろん、上手くいかないときも多いけどね。だからやりがいがあるんだ。」
卯「ふふ…本当に絵が好きなのね。」
獅「ああ、絵を描いてると幸せな気分になれるんだ。」
卯「………。」
獅「卯月と一緒にいるときの方が、もっと幸せだけどね。」
卯「あっ、わざとらしい。」
獅「本当だよ。」
卯「うん、わかった。信じてあげる。」
笑い合う二人。


獅「でも、完成されたイメージは自分の頭の中にしかないから、早くそれを表現して、多くの人に見てもらいたいんだ。自己満足で終わるのは嫌だからね。」
卯「だから、それを絵にするのね。」
獅「そう。それがモチベーションになってるのかな…。」
卯「私は獅郎の絵、大好きよ。」
獅「ありがとう。」
卯「見てて落ち着くし…。獅郎らしさが出てて、どれもいい作品だと思う。」
獅「そういう風に、俺の絵で人に感動を与えられたら嬉しいな。」
卯「うん、応援してる。」
獅「さてと、じゃあ、もう一回笑ってみてくれる?」
卯「え?」
獅「いや、この絵の完成には、卯月が笑ってくれないと。それが俺のイメージしてるこの絵の最高の形だからさ。」
卯「だ、だから、そんなこと言われたら逆に笑えないってば。」
獅「うーん、早く完成させたいんだけどな。約束のためにも。」
卯「…焦って変な絵になったら怒るからね?」
獅「ははは、うん、気をつけるよ。」
少し考える獅郎。
獅「…あ、でも、怒った顔ってのもオツでいいかも。どうせなら、色んな表情を描いてみたいなぁ。」
卯「ちょっと、笑顔が最高の形じゃなかったの?」
獅「そ、それはもちろんさ!でもこれは、画家の性っていうか、何というか…。」
少しの間、沈黙。その後、二人でくすくすと笑う。
獅「絶対、最高の形で完成させるよ。約束だ。」
卯「…うん。」
暗転。


明転。ぬいぐるみの前で崩れ落ちている卯月。
卯「私は、あなたがいてくれるだけでよかったのに…。あなたのそばにいると、満たされた気分になれた。あなたの笑顔が見れれば、それでよかった…。」
卯「結婚できなくてもいい。絵も未完成のままでもいい!だからそばにいてよ…。」
舞台に獅郎が登場。卯月は崩れ落ち、うつむいたまま。
獅「…ごめんな。」
卯「あなたがいなくなってからの生活は辛くて仕方がないの。毎日がカラッポで…。」
獅「………。」
卯「やっぱり、私は一人じゃ生きられない…。」
獅郎、卯月に近づき、後ろから抱きしめる。
卯「………。」
獅「生きてくれ。俺も一緒に、生きる。」
卯「無理よ…。あなたはもう、ここにはいないわ。」
獅「俺はずっと絵を描き続ける。俺の大切なものを、ずっと。」
卯「大切なもの?」
獅「卯月の笑顔だよ。」
卯「…笑えないよ。」
獅「君には笑顔が一番似合うよ。ほっとするんだ。」
卯「獅郎がいないと、笑えない。」
獅「笑ってくれないと、絵が完成させられないよ?」
卯「え…?」
獅「約束しただろ?完成させるって。」
卯「いないのに、どうやって…。」
獅「俺は画家だからね。絵に関しちゃ、不可能はないのさ。」
卯「ふふふ…何それ。」
獅「ほら、やっぱり笑顔の方が似合うよ。」
卯「あ…。」
獅「大丈夫、君は強い。だから、自分で命を断つようなことだけはしちゃ駄目だよ。」
卯「でも…。」
獅「心配いらない。俺はここにいる。ずっと、そばにいるから…。」
暗転。


明転。獅郎の姿はない。
卯「獅郎…。」
立ち上がり、遠くを見る卯月。しばらくして、スケッチブックを拾い、座る。
中身を開き、驚いた表情。
卯「こ…これ…どうして…。さっきまで描きかけだったのに……。」
卯「…完成…してる…。」
涙混じりに笑う卯月。
卯「ありがとう…。」
卯「私、生きていけるよ…。あなたはちゃんと約束を守ってくれたもの…。私はもう、一人じゃないんだから……。」
立ち上がり、卯月はける。


―完―

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