<登場人物>
・桂木真央(6・12) 中学1年生。
・桂木拓海(6) 小学1年生。
・桂木優子(32・39) 真央と拓海の母。
・桂木洋一(36) 真央と拓斗の父。
・野次馬の女
・ドド
・ララ
〇通学路(夕)
制服姿の桂木真央(12)、一人歩いている。
と、道の先に人だかりを発見。
近づき、野次馬の女に声をかける。
真央「あの、何かあったんですか?」
野次馬の女「ほら、あれ。猫が飛び出して引かれちゃったの」
野次馬の女が指さす先を見る真央、瞳が揺れる。
真央「……クロ?」
〇桂木家・リビング(夕)
夕食をテーブルに運ぶ桂木優子(39)。
そこへ、真央が入ってくる。
真央「ただいまー」
優子「真央、お帰りなさい。帰ってきたところ悪いんだけど、向かいの公園に拓海がいるから呼びに行ってくれない? ご飯できたよって」
真央「……拓海、何しに行ったの?」
優子「いつも通り『クロと遊んでくる』って。ほら、あの子動物アレルギーでしょ? 家で動物飼えないから、その分、野良猫可愛がりたくて仕方ないんだよ」
〇公園・ブランコ(夕)
小さくブランコを漕ぐ桂木拓海(6)。
真央の声「拓海」
拓海「(振り返り)お姉ちゃん」
真央「ご飯できたって。一緒に帰ろう?」
拓海「……クロがいない」
真央、悲しそうに眉を下げる。
拓海「クロのご飯がまだだから、戻って来るまで待ってる」
真央、ブランコの端に置かれた、小さな皿と未開封の猫の餌に気付く。
真央「ダメだよ。ママが心配するでしょ? クロは野良猫なんだから、拓海がご飯あげなくたって大丈夫だよ」
真央、拓海の腕を摑もうとする。
拓海「(腕を払い)嫌だ。僕がご飯持ってくると、クロ、すごい喜ぶんだよ? いつも『ニャー』って鳴きながら走ってくる。きっともうすぐ来るから、ここにいる」
真央「来ないかもしれないでしょ」
拓海「絶対来るもん!」
真央「拓海!」
〇フラッシュ
ぐったりと倒れているクロの姿。
〇公園・ブランコ(夕)
真央、拓斗の前にしゃがみ込み。
真央「あまり言いたくなかったんだけど、クロは今日――」
その時、頭上の木にとまっていた雀が、バサバサッと一斉に飛び立つ。
思わず頭上を見上げる真央と拓海。
真央、優雅に飛び回る雀を眺めている。
真央M「子供の頃、よく聞かされた。嘘をつくと地獄に落ちて、閻魔様に舌を抜かれるんだって。でも私はあの時、確かに救われたんだ。閻魔様もびっくりするような、小さな小さな嘘で」
〇(回想)桂木家・リビング
T『7年前』
大声で泣きわめく真央(6)。
真央「ウサギさんって約束したじゃん!」
机の上には『真央ちゃん お誕生日おめでとう』のチョコプレートと共にケーキが。
真央に優しく声をかける優子(32)。
優子「拓海が動物アレルギーだから、お家でウサギさんは飼えないの。でもね、真央が楽しみにしてたの知ってるから、別のプレゼントを用意したんだ」
優子、布のかかった鳥籠を真央の前へ。
優子「(布を外し)じゃーん! オカメインコのドドちゃんとララちゃんだよ」
鳥籠には、黄色いオカメインコが二羽。
真央「(泣き続け)違う! そんなのいらない! 真央はウサギさんが欲しいの!」
優子、困ったように眉を下げる。
その時、インコのドドが喋り始める。
ドド「ドドのおやつ頂戴。おやつ頂戴」
真央「(顔を上げ)……何? 今の」
ドド「ドドのおやつ頂戴」
真央、ポカンと口を開けている。
優子「ウサギさんはお喋りしないけど、この鳥さんはできるんだよ。(真央に餌を渡し)ほら。ドドちゃんがおやつ欲しい、って」
おやつをドドに与える真央。
ドド「美味い! 美味い!」
真央の顔が一瞬にして晴れる。
〇通学路(夕)
ランドセルを揺らし、息を切らして走っている真央。
〇桂木家・リビング(夕)
真央「ただいま!」
優子「お帰りなさい」
真央「ドドちゃんとララちゃんにも挨拶してくる!」
真央、急いで部屋を出て行く。
それ見ていた桂木洋一(36)、微笑む。
洋一「相当気に入ってるみたいだね」
優子「毎日一人でお世話してるんだよ。一か月前までウサギが欲しいって泣いていたあの子が。本当感心しちゃうわね」
〇空(朝)
ギラギラと照り付ける太陽。
セミの鳴き声が聞こえる。
〇桂木家・真央の部屋(朝)
カーテンが全開の部屋。
太陽の光を浴び、暖められている鳥籠。
ドド・ララ「暑い。暑い。暑い」
ドドとララ、『暑い』と連呼している。
真央「暑いよね。もう7月だから」
ランドセルを背負う真央。
真央「じゃあ、行ってくるね!」
真央、部屋を出て行く。
ドド・ララ「暑い。暑い。暑い――」
〇同・同(夕)
掃除機を持って部屋に入る優子。
ふと、鳥籠に目をやると、ドドとララがぐったりと倒れている。
優子「(駆け寄り)ドドちゃん、ララちゃん⁉」
ドドとララ、応答しない。
優子「(声が震え)どうしょう……」
〇道端(夕)
鳥籠を乗せ、全力で自転車を漕ぐ優子。
〇ペットショップ・店前(夕)
優子、自転車を駐車し、店に駆け込む。
優子「すみません!」
〇通学路(夕)
ランドセルを揺らし、息を切らして走っている真央。
〇桂木家・真央の部屋(夕)
クーラーの電源が入っている。
勢いよく扉を開けて入ってくる真央。
真央「ドドちゃんララちゃん、ただいま!」
真央、鳥籠に被せられている布を外す。
真央「……えっ?」
〇同・リビング(夜)
優子と洋一、座って話し合いをしている。
洋一「じゃあ、ララちゃんは助かったんだな?」
優子「うん。あの子が悲しむと思って、私、ドドちゃんそっくりな子を探したの。でも、同じインコはいないって店主が……」
洋一「……生き物はいつか死ぬんだ。辛いけど、真央には本当のことを話そう」
優子「……わかった」
と、そこへ焦った様子の真央が登場。
真央「ママ! パパ! 大変だよ!」
机の上に鳥籠を置く真央。
真央「見て見てほら‼」
籠の中にはララちゃん、そして青色のインコが入っている。
ゴクリと息をのむ優子と洋一。
真央「ドドちゃんの色が変わった‼」
優子、洋一を一瞥してから。
優子「……凄いじゃない!」
洋一「ああ、これは凄いな!」
洋一、優子、真央、これ以上ないと言うほどの笑顔を見せて喜んでいる。
(回想終わり)
〇公園・ブランコ(夕)
拓海「お姉ちゃん?」
我に返った真央。
目の前にはブランコに座っている拓海。
拓海「クロが、何?」
真央「……クロはね、今日、来ないと思うの。帰り道、商店街歩いてるの見かけたから」
拓海「えっ! 本当?」
真央「……うん」
真央、ブランコに腰を掛ける。
真央M「この決断が正しかったのか、今はわからない。でもその答えは、いつか嘘だとバレた時、拓海が決めることなんだ。これが真っ赤な嘘なのか、それとも真っ白な嘘なのか」
拓海、俯き気味でぼそぼそ喋る。
拓海「でもやっぱり、あと5分だけここにいたい」
真央「……仕方ないな」
拓海、顔を上げる。
真央「一緒に待とっか。拓海の気が済むまで」
拓海が微笑む。
真央も微笑む。
<了>
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