「ビタースイート」
登場人物
稲森浩輔(49)刑事
前島由里(21)アイドル
葛原明(24)タクシー運転手
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○府中芸術劇場・大ホール・ステージ(夜)
大音量の流れる満席のホール。
目まぐるしく照明が動いている。
20人程の女の子たち、制服を模した衣装を着てステージ上で踊っている。
前島由里(21)、女の子たちのセンターにいる。
○洋菓子店Cramoisi・外(夜)
店の前にタクシーが止まっている。
稲森浩輔(49)、大きな包を抱えて出てくる。
葛原明(24)、タクシーに寄りかかっている。
葛原「また買いましたねぇ。稲森さん」
稲森「あちらは大所帯ですから。助かりました。葛原くんが場所を知っていてくれて」
葛原「一応情報屋ですから。どうぞ」
葛原、後部座席のドアを開ける。
稲森「ありがとう」
稲森、タクシーに乗り込む。
○タクシー・車内(夜)
稲森、後部座席に乗っている。
葛原、運転席に乗り込む。
葛原「で。稲森警部補。どちらまで?」
稲森「ああ。芸術劇場へ」
葛原「前島由里ですか」
稲森と葛原、バックミラー越しに目を見合わせる。
稲森「打てば響きますね」
葛原「国民的アイドルグループ・KBJ23の絶対的エースですよ。知らないとお客さんと話し合わないですから」
稲森「会いに行くと言ったら、あの店で差し入れを買うよう同僚に勧められました」
葛原「SNSとかによく書いてますからね」
稲森「なにか情報はありますか」
葛原「どこもすっぱ抜いてないですが例の。俳優の夏川健と不倫してるって話ですよ」
稲森「確かな情報ですか」
葛原「いや。まだ確証までは」
稲森と葛原、バックミラー越しに目を見合わせる。
葛原「おととい夏川が奥さんを刺した事件のことですね」
稲森「捜査のことは話せません」
葛原「でも、先週の週刊誌に撮られたのは別の。確か。モデルさんでしたよね。だからオレもてっきり都市伝説かと」
稲森「男から見てもいい男です。噂だけなら掃いて捨てるほどあります」
葛原「それは。すみません」
稲森「いえ」
葛原「テレビやSNSの印象だけですけど、稲森さん、苦戦しますよ」
稲森「苦戦」
葛原「彼女。相当キレます」
車内にウィンカーの音が響く。
○府中芸術劇場・楽屋・中(夜)
部屋には3台の加湿器。
由里、スウェット姿でヨガをしている。
由里の手には手袋。
ノックの音。
由里「どーぞー」
稲森の声「失礼します」
稲森、入ってくる。
由里「おはよーございまーす」
稲森「府中署の。稲森です」
稲森、警察手帳を見せる。
由里「えー? それー。ホンモノですかー?」
稲森「え。ええ」
由里「写メ撮っていいですかー?」
稲森「それはちょっと」
由里「あー。それー。Cramoisiの?」
稲森「ええ。ケーキ大福です。皆さんで」
由里「ありがとーございまーす」
由里、包みを受け取り、スマートフォンで写真を撮る。
由里「大好きなんですよー。これー」
由里、楽屋のドアを開ける。
由里「みんなー。刑事さんから差し入れ頂きましたー!」
湧きあがる黄色い歓声。
女の子たちが顔を出す。
女の子たち「ありがとーございまーす!」
由里「はーい。よくできましたー」
由里、女の子たちに箱を渡し、ケーキ大福を一つ持って戻ってくる。
由里「いただきまーす」
由里、ケーキ大福をくわえ、スマートフォンで自撮りをする。
由里「ちょっと盛りまーす」
由里、くわえていたケーキ大福をテーブルに置くと、スマートフォンを操作する。
稲森、うすく歯形だけついたケーキ大福を見つめている。
由里「あとで刑事さんと写メいいですかー?」
稲森「今日は夏川健さんのことでお話が」
由里「これってー。任意の聴取ですよねー?」
稲森「はい。ですが」
由里「夏川さんはー。私にとってー。東京のー。お父さん的な感じ? だからー。すっごいショックでー」
稲森「お父さん」
由里「前にー。あ。私。たまに演技とかやらせてもらっててー。共演したんですよー。夏川さんとー」
稲森「それからはどういうお付き合いを」
由里「お付き合いっていうかー。たまにゴハンしたりー。最近はー。お酒もー。えっと。たしなむ? みたいな」
稲森「夏川は。あなたに言われてやったと主張しています」
由里と稲森、目を見合わせる。
由里「刑事さん超うけるー」
稲森「え」
由里「だってー。私のところに来たってことはー。それ信じたってことですよねー?」
稲森「食べないんですか」
由里「え?」
稲森「お好きなんですよね? ケーキ大福」
由里、ケーキ大福を見る。
由里「刑事さん知ってますー? これってー。こーなってるんですよー」
由里、ケーキ大福を割る。
白いケーキ大福の中からストロベリーソースが流れ出てくる。
由里「可愛い顔した悪魔なんですよ」
稲森「え」
由里「カロリーめちゃ高なんでー」
稲森「そうですね」
由里「私。完全アイドルになりたくてー」
稲森「完全アイドル」
由里「だからー。大好きなんですけどー。食べないんです」
稲森「はぁ。手袋や加湿器も。それで」
由里「あとー。ヨガとかー。ジムとか?」
稲森「お仕事もお忙しいでしょうに。アイドルは大変ですね」
由里「大変なんですよー。刑事さんはー。動機をどう推理してるんですかー?」
由里と稲森、目を見合わせる。
稲森「独占欲でしょうか」
由里「ドクセンヨクー?」
稲森「はい。先週の週刊誌の記事でそれに火が付き、奥さんを殺させようとした」
由里「んー。23点かなー。刑事さんモテないでしょー?」
稲森「では前島さんならどう推理しますか」
稲森と由里、目を見合わせる。
由里「攻めますねー。そうだなー。私ならー。独占欲っていうよか。一体欲かなー」
稲森「いったいよく」
由里「本当に好きになったらー。その人とは一つでありたいんですよー。オンナって」
稲森「一つでありたい」
由里「この場合はー。共犯っていうかー。運命共同体? みたいな」
稲森「しかしあなたはそれも拒絶した」
由里「他に女がいたからじゃないですか」
稲森と由里、目を見合わせる。
由里「自分を犯罪者にした相手はー。一生忘れないじゃないですかー」
稲森「それは。それはそうかもしれませんが」
由里「ずっとお互いがお互いの記憶に残ってるってー。それはもう一つになったってことじゃないですかー」
稲森「馬鹿げてる」
由里「ひっどーい。人がせっかく」
稲森「命はあなたの欲望を満たすための道具ではありません」
由里「うざ」
スマートフォンのアラーム音。
由里、アラームを止める。
由里「証拠はあるんですか?」
稲森と由里、目を見合わせる。
由里「私が夏川さんに殺害を依頼したり、そもそもお付き合いをしていたっていう証拠が」
稲森と由里、目を見合わせる。
由里、微笑む。
由里「だったら今までのってー。ただの想像っていうかー。もう妄想ですよねー」
稲森「前島さんお願いです。本当のことを」
由里「私ー。撮影あるんで行きますねー」
由里、立ち上がり、ドアに手をかけたところで立ち止まる。
由里「でー。さっきの刑事さんの妄想ってー。間違ってるっていうかー。そもそも前提条件が整ってないんですよねー」
稲森「前提条件?」
由里「ええ。刑事さん知ってます?」
稲森と由里、目を見合わせる。
由里「アイドルって。恋愛しないんですよ」
由里、微笑み、出ていく。
稲森、由里が出て行ったドアを見つめている。
ストロベリーソースがテーブルの上で赤い水たまりを作っている。
〈おわり〉
コメント
私、岩崎雄貴と申します
私は脚本を翻訳し、海外の映画祭に出展するサービスをしているのですが、この脚本を翻訳して海外の映画祭に出展することに興味はございませんか?
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