○洞窟・内
意気揚々と歩いているエルヴィン(20)、パウル(18)、
一歩下がってティーロ(16)。
皆布地の服に剣や鎧を携え、全身は泥や傷で汚れている。
エルヴィンは首から光る袋を提げている。
エルヴィン「いやあ、これで俺達の名は村の誇りだな……見ろよ、ヤツのこの光る肝を」
と、光る袋を掲げるエルヴィン。
パウル「ああ、もう地震にも悩まずに済む。……しかし兄さんの一撃は素晴らしかった」
エルヴィン「はっは。お前の作戦があってこそだよ、パウル」
豪快に笑い合うエルヴィンとパウル。
その後ろで黙々と歩いているティーロ。
ティーロ「……」
エルヴィンとパウルが振り返る。
エルヴィン「よおティーロ、お前は相変わらずの役立たずだったな」
パウル「母さんが連れて行けなんて言うから」
エルヴィン「まあいい……小便もらさなかっただけでも褒めてやるよ」
豪快に笑い合うエルヴィンとパウル。
ティーロ、俯きぶつぶつと。
ティーロ「……ぼく……、いえにかえる……ぼく、いえにかえる……」
エルヴィン「なんだあ? 何か言ってやがる」
パウル「よほど早く帰りたいらしい」
エルヴィン「おいティーロ、家にはな、自分の足で歩かないと帰れないんだよ」
ティーロの足を蹴るエルヴィン。
ティーロ「……ッ」
痛そうに足を引っ込めるティーロ。
エルヴィン「お前のその棒きれみたいなヘナチョコの足でな!!」
パウル「でも僕も『早く帰りたい』には賛成かな……なにせ全身クタクタだ」
エルヴィン「ああ俺もだ、帰ったら女でも抱いてパーッとやりたいね」
と、そこへ前方から射す光。賑やかな宴会らしき物音と声が聞こえてくる。
足を止めるエルヴィンとパウル。
「BAR」と看板がある通路が見える。
エルヴィン「……『バー』……?」
パウル「……こんなところに……?」
立ち止まっていると、通路から美女が出て来てにっこりと微笑む。
妖艶なポーズに、露出した長い脚。
エルヴィン「……」
エルヴィン、吸い寄せられるようにフラフラと女の元へ歩いて行く。
パウル「! 兄さん……」
エルヴィン「おい、一杯やってこうぜ」
パウル「でももう日も暮れるし……」
エルヴィン「なあに、少しくらい遅れたって俺達の功績は変わらないさ」
と、女の肩を抱き、看板のある通路へと消えて行くエルヴィン。
パウロ「待ってよ兄さん! おい、行くぞ」
と、慌ててティーロの腕を引こうとするパウロ。
ティーロ、一点を見つめ、動かない。
エルヴィンの声「そいつは置いていけ! 居たら酒の席の邪魔になる」
パウロ「! けど兄さん……!」
エルヴィンの声「何ならお前達は先に帰ってても良いぞ」
パウロ、通路とティーロを見比べて。
パウロ「……しょうがないなあ……お前を一人にしたら、僕が母さんにドヤされる」
と、ティーロの肩を叩き歩き出すパウロ。
× × ×
少し進んだ洞窟。
歩いているパウロとティーロ。
パウロ「全く兄さんと来たら困ったもんだ……
早く帰って報告しないと、別の誰かが自分の手柄だと言いかねないのに」
ティーロ「……」
パウロ「大体こんなに遅くなったのだって兄さんのせいなんだ。
攻撃のチャンスは独り占め、実質自分一人で戦いたがるんだから」
ティーロ「……」
そこへかすかに後方からエルヴィンの悲鳴らしき声。
ティーロ、足を止め後方を振り返る。
ティーロ「……」
パウロ、悲鳴が聞こえてない様子で。
パウロ「兄さんのことなら心配しなくていいさ。せいぜいハメを外させてやればいい」
× × ×
少し進んだ洞窟。
引きずるように歩いているパウロと、普通に歩いているティーロの足元。
パウロ、頭を抱えフラフラ。
パウロ「……空気が……、薄いのかな……、なんだかすごく……」
と、パウロ、地面にしゃがみ込む。
パウロ「……眠、い……」
パウロの腕を引くティーロ。
パウロ「……ああ、分かってる……帰って母さんに報告しないとな……」
立ち上がろうとするパウロ。
パウロ「……けど……、いつもお前のお守りをさせられる僕の身にも、なってくれ……」
と、そこへ前方から射す光。
パウロが顔を上げると、「INN」と看板がある通路が見える。
パウロ「……『宿』……」
パウロ、ティーロを振り返り。
パウロ「なあ、少しだけ休んで行かないか」
首を横に振るティーロ。
パウロ「……そう我儘を言うなよ……」
首を横に振るティーロ。
そこへ通路から聞こえてくる穏やかなクラシック調の音楽。
パウロ、眠そうに目を閉じて。
パウロ「……ああ……、駄目だ……」
と、這うように看板のある通路へと歩いていく。
ティーロ「……ッ!」
とっさにパウロの服を掴むティーロ。
パウロの体はティーロの手を離れ、通路へと消えて行く。
ティーロ「……」
ティーロが顔を上げると、「INN」の看板はふっと消える。
ティーロ「……」
ティーロ、悲しそうに無言で歩き出す。
× × ×
少し進んだ洞窟。歩いているティーロ。
後方からパウロの悲鳴らしき声が聞こえてくる。
足を止め、後方を振り返るティーロ。
ティーロ「……いえ、かえる……」
と、唇を強く結び、歩き出そうとする。
そこへお腹がぐるる……と鳴る。
ティーロ「……」
前を向き、ふと鼻をひくつかせるティーロ。
前方の空洞の下で、老人が大きな鍋をかき混ぜているのが見える。
ティーロ「……」
老人「どれ旅の人。お腹が空いただろう」
と、お椀に鍋からスープを掬い、ティーロに差し出す老人。
首を横に振るティーロ。お腹が鳴る。
老人「はっは! やせ我慢しなくていい」
老人の横を通り過ぎようとするティーロ。そこへ柔らかく微笑む老人。
老人「これは特別なスープだ。おまえが欲しい物が全て手に入る」
ティーロ、足を止める。
老人「一番目の兄のように強い体と心、二番目の兄のように明晰な頭脳……」
ティーロ、振り返る。
鍋の中には光る袋が浮かんでいる。
ティーロ「……にい、さん……」
ゆっくりと鍋の前に歩いて行くティーロ。
ティーロ「……にい、さん……みたいに」
老人「さよう」
スープの入ったお椀をティーロに差し出す老人。
ティーロ、受け取ってお椀に口元を近づける。
老人「もう人から馬鹿にされることは無い」
ティーロ「……」
老人「ひ弱な肉体、臆病な心」
ティーロ「……」
老人「でももうそれも変わる」
ティーロ、お椀に口元をつける。
老人「全てを捨てて、自分を肯定するのだ」
ピクリ……と動きを止めるティーロ。
ティーロ「……すて……る?」
老人「そう、兄達が化け物と戦う中、遠巻きに見ているしかなかった自分を」
ティーロ「……」
ティーロ、お椀を地面に置く。
ティーロ「……ちがう……、ぼくはただ……」
ティーロ、老人に背を向け歩き出す。
ティーロ「ぼくは、ぼくだ!」
○村・入り口外(夕方)
村の入り口すぐの道を歩いてくるティーロ。
アンナ(41)が村の中からティーロに手を振っている。
ティーロ「……かあさん」
ティーロ、アンナの元へ駆けて行く。
アンナ「あんただけなの!? 兄さん達は!」
ティーロ「……みちくさ」
アンナ「まあー、しょうがない兄さん達ね、半人前のあんたを一人にするなんて」
ティーロ「ぼく、『はんにんまえ』じゃない」
アンナ「えー?」
ティーロ「モンスターだって、こうげきしたら、かわいそう。
ぼく、自分でちゃんと考えた」
アンナ「まあ、何を言ってるの? あんたは」
笑いながら家へと消えて行くティーロとアンナ。
沈んでゆく夕日。
(END)
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